ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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本作の名脇役、出番です。


第111話:決戦前夜戦

 帝国領海沖のピレムデン諸島。

 ドラグーンネストで海底を突き進み、ようやくたどり着いた最後の希望を見上げ、アーサーは感嘆のため息を吐いた。

 

「……はぁ、こりゃ、どえらいゾイドだなぁオイ」

「こいつが帝国と共和国の切り札かぁ。うむ、切り札の名にふさわしい規模と迫力だな」

 

 相槌を打ちつつ、いくらかテンションの上がった声を洩らすのは、燃えるような赤髪を掻き揚げた男、カール・ウィンザーだ。

 

 ブリッジからその威容を見上げ、ため息の出るような感想しか溢せない二人を余所に、ドラグーンネストは海中からウルトラザウルスの格納庫へと侵入を開始する。

 大型輸送艦であるドラグーンネストが一隻、まるまるすっぽり収まってしまうことからも、ウルトラザウルスの規格外な規模が表されている。

 

 ドラグーンネストから下り、ウルトラザウルスの格納庫に足を着けたアーサーの前に金髪角刈りの男が現れる。アーサーは「おっと」と小さく零すと、右手を持ち上げて敬礼する。

 

「ロブ・ハーマン大佐。アーサー・ボーグマン以下別働隊、帰艦しました。乗艦の許可を」

「乗艦を許可する。お疲れ様です、少佐」

 

 形式上の挨拶を終えたハーマンの口元に笑みが浮かぶのを見て、アーサーは「慣れてねぇな」と苦笑した。

 

「お前さんはウルトラザウルス(いつ)の艦長だろうが。そんなすぐに気ぃ抜いてどうする」

「すみません。分不相応な大役を任ぜられてしまったもので」

「まぁな。クルーガーは?」

「先日、ホエールキングでガイガロスへ発たれました。護衛にパリスを付けています」

「おいおい、あいつまで抜いちまっていいのかよ」

「もしも我々が破れた時、大佐は無理をしてでも戦場に戻られるでしょう。副官として、申し分ないあいつを配しておいた。それだけのことですよ」

「そうかい。なら、あいつが暇したまま終われるようにしないとな」

「ええ」

 

 互いに互いの良く知る人物を思い浮かべ、二人は乾いた苦笑を浮かべた。しかし、アーサーのそれは宥めるようなそれであり、ハーマンのそれは気疲れからくるものだった。

 

「無理はすんな……と、言いてぇが、今は限界まで身体を酷使してもらわんとな。頼むぜハーマン“大佐”」

「は、不肖の身ではありますが、全力を尽くさせていただきます。ボーグマン少佐」

 

 軽い挨拶を済ませ、二人は連れ立ってウルトラザウルスのブリッジに上がった。数人の見張り要員を残して閑散としているブリッジは、指令室と呼ぶにふさわしい面積を持て余してしまっている。

 アーサーが来るちょうど数時間前、ウルトラザウルスは最終兵器『重力砲(グラビティカノン)』の試射を終えた所だった。今は必要最低限の人員を残して休憩の時間というわけだ。

 

重力砲(グラビティカノン)の性能は申し分ありませんでした。これならば、デススティンガーの奴も叩き潰してやれるでしょう」

 

 自信を持って答えるハーマンに、アーサーもそっと胸をなでおろした。

 ウルトラザウルスに合流するために向かっている最中、発射された重力砲(グラビティカノン)の威力は身を持って味わっている。最大の注意を払い、影響の及ばない方向から接近したにもかかわらず、その威力は海を揺るがし、大海原に大穴(クレーター)を穿つほどだったのだから。

 

「しかし、弾数二発です」

「すまねぇな」

 

 プラネタルサイトは非常に希少な鉱石だ。アーサーたちが回収した量でも十分ではなく、三発作るのがやっとだったという。遅れてもう少し届けられる手筈だが、それでも一発分がやっとという見込みである。

 アーサーたちはその膨大で、しかし僅かしかない量のプラネタルサイトを確実に移送する為、偽装の輸送隊を編成し、敵の目を欺いた。それがアーサーたちと鉱石の到着の時間が大きくずれた理由でもあった。

 

「ジェノザウラーの邪魔がなけりゃ、もうちっと集められたんだが」

「仕方ありません。敵がそれほどだった。そういうこととしましょう」

「まぁな。で?」

 

 続きを促すように、アーサーはブリッジの司令官席に用意されたコンソールを目で示す。

 

「デススティンガーに撃ちこむ算段はついています。対ジェノブレイカーフォーメーション。デルタフォーメーションを基としたフォーメーションです」

 

 デルタフォーメーションとは、三体のゾイドで敵機一機を三角形の中心に据えるように囲む包囲陣形だ。三角形の頂点を成す三機の内一機に攻撃が向かったとしても、残りの二機がすぐにカバーできる。敵に攻撃の隙を与えず、且つこちら側は何時でも攻勢に移れるよう包囲する。

 そこまでを思い返し、アーサーは小さく頷く。

 

「接敵するのはバン・フライハイト、トーマ・リヒャルト・シュバルツ、アーバインの三名です」

「ま、妥当なとこか」

 

 ウルトラザウルスに格納されている戦力は多いが、三機での作戦行動となると、この三人以外のチームでは練度に不安が残る。GFの任務で鍛えられてきた彼らなら、デススティンガーと直接相対する任に就くことにも申し分ない。

 ブリッジから見下ろすと、ちょうど三体のゾイドが格納庫から離れてきたところだった。演習の準備段階、といったところだろう。

 

「最初はフォーメーションのチェック。それから実践テストってわけだ。テスト相手は?」

「ゴジュラス・ジ・オーガを使用します」

「オーガだと?」

 

 普段から陽気で、楽天的なアーサーにしては珍しく、僅かな驚愕が現れた。

 ゴジュラス・ジ・オーガ。それは、OSを利用することで完成を見たブレードライガーの成果を受けて開発された、実験機だった。

 シールドライガーにOSを組み込み、バン・フライハイトが生み出したブレードライガーのオリジナルデータを流用しブレードライガーは完成した。OSの実配備も現実味を帯びたことで、共和国は象徴であるゴジュラスにもOSを組み込むことを決定したのだ。その背景には、戦争終結後の不安定な情勢を、ゴジュラスの圧倒的な力で威圧するという目論見もあった。

 だが実験は失敗に終わった。

 生み出されたゴジュラス・ジ・オーガは、通常機をはるかに上回る性能を有していながら、あらゆるゾイド乗りを受け入れない悪鬼(オーガ)と化したのである。

 シールドライガーにOSを組み込んで作りだされたブレードライガーは、扱いにくさが他のゾイドよりも一歩抜きんでている。もとより狂暴性の強いゴジュラスへの導入は、無謀と言うほかない代物を生み出したのだ。

 

「まさか、あのオーガがおれたちに協力してくれるとはな」

「デススティンガーの脅威を感じ取っている、ということなのでしょうか。なんにしても、デススティンガーに対する練習相手としてこれ以上の存在はありません」

 

 ハーマンは期待を込めてそう言った。バンたちの練習相手となるオーガのパイロットは、ハーマンに決まっていた。状況が状況と言えど、誰も受け入れようとしなかったゴジュラス・ジ・オーガが――不承不承と言えど――パイロットを乗せることを承諾したのだ。そのパイロットに選ばれ、ハーマンが興奮するのも無理はない。

 

「まったく、頼もしい限りだな」

 

 オーガが人を受け入れるのは、おそらくこれが最初で最後だろう。今回のことは、オーガとて納得して行った事ではない。仕方なく、渋々だ。

 そんなオーガの思考を思いながら、アーサーは一つ空咳を打った。

 

「さて、それで? 肝心のデススティンガー(サソリヤロウ)はどこに居んだ?」

 

 アーサーからの質問に答えるべく、ハーマンはモニターを操作する。共和国両の地図が表示され、その地図上にはところどころ×マークがつけられていた。おそらくは、デススティンガーの目撃箇所だろう。

 

「妙なルート通ってんだな。このままいけば、イセリナ山を突っ切るぞ」

「ヒルツめ、一体何を考えているのか……」

「だが、目的地はガイガロスなんだろ?」

「奴自ら宣言してきましたからね。帝都が崩れ去る様を見届けろ、と」

 

 ハーマンは苦虫をかみつぶした顔で言った。自身の故国ではないとはいえ、ヘリック共和国に並ぶ大国の、その首都が崩れ去る様は見たくない。ことに、二年前のプロイツェンの動乱で崩壊した帝都を目の当たりにしているのだから、余計にそう感じるのだ。

 

「間に合うのか?」

「そこは、彼らに期待しますよ。我々がデススティンガーの先回りをする。その時間を稼ぐことを」

 

 ハーマンがポツリとつぶやいたそれは、僅かばかりの後悔が混じっていた。

 言いたいことは分かる。ハーマンとて、()()のことは信用している。だが、共和国議会では彼らに対する不信感も高まっていた。だからこそ、危険で、勝ち目のない時間稼ぎと言う役回りが投げつけられたのだ。

 彼らのことは信じたい。だが、彼らをそんな視線から守ることはできない。ハーマンの僅かばかりの苦悩が、少しずつ空気に溶けだしている。

 

「ま、あいつらならうまいことやるさ。たぶんだが、単純なゾイドの質で言えば、あいつらのが一歩先を行ってるんだからな」

「……ええ、生きて帰ってきてくれるでしょう」

 

 アーサーの言葉に曖昧な答えを返し、ハーマンは踵を返した。

 彼らが稼いでくれる時間は、自分たちがデススティンガーを確実に仕留められる様、その成功率を高めるためのものだ。虐げられ、それでもこちらに協力してくれる彼らに報いるためにも、ハーマンは迷ってなど居られなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 ガイロス帝国領のとある収容所。そこは、帝国に対する罪を犯したものを収容する施設だ。

 普段は囚人たちの生気を失くしたため息と、どんよりとした雰囲気が漂うその場を、今は喧騒とどよめきが支配していた。

 

「……なんの騒ぎ?」

 

 収容所の奥まった一室にいたスティンガーも、その喧騒を肌で感じていた。

 数ヶ月前、スティンガーは嘗てバンから受けた敗北への報復を画策し、ガイロス帝国現皇帝ルドルフのお忍び休暇に襲撃をかけた。しかし、結局は護衛兼遊び相手として同行していたバンの活躍により破れ、有無を言わさず独房に押し込まれたのである。

 実に屈辱的なことであったが、同時に得たものもあったとスティンガーは思っている。その報酬が退屈な独房暮らしなのは、割に合っていないが。

 

「ちょっと、看守さん。外で何が起きてる訳?」

 

 慌てた様子でやってくる看守の一人に声をかける。看守は、スティンガーの問いかけが耳に入っていないかのように落ち着きが無く、そのまま牢屋の電子ロックを解除した。

 

「なんの真似?」

「看守長の命令だ。非常時につき、一時的にお前たちを解放する」

「……解せないわね。いったいどういうつもりよ」

「こっちだってアンタらを逃がすのは本意じゃない。あんな化け物がいなけりゃ……」

「化け物?」

「デススティンガーだよ」

「あら、それってアタシの新しい渾名?」

「んなわけあるか!」

 

 これ以上付き合ってられない。そんな感情を吐き捨てつつ、看守の男は別の牢の電子ロックを解除しに行った。

 さて、とスティンガーは牢の隙間から天井を見上げる。天井は恐ろしいほどに鳴動し、今にも崩れそうだ。人命を最優先し、囚人を生かすことを優先した、ということだろう。

 

「ま、逃げれるならなんてことないわよね」

 

 何はどうあれ、獄内で一生を棒に振るような事態を避けられる千載一遇のチャンスがやってきたのだ。理由はバンへの復讐だったとはいえ、行ったことは現ガイロス帝国皇帝ルドルフの誘拐、さらには彼を人質扱いにし、命を奪いかけてもいる。牢獄を出る機会を得ることが出来たのは奇跡と言っていい。

 スティンガーは早速ロックの解除された牢屋の引き戸に手をかけ、

 

「……あら?」

 

 扉は、開かなかった。

 

「ちょっと? え? どうなってるの!? なんで開かないのよ!」

 

 周りの牢獄からは次々に囚人たちが逃げ出している。戸のロックが解除されたことで、難なく自由となり、野に解き放たれていく。しかし、スティンガーにはそれができなかった。

 

「ちょ、ぇえ!? ウッソでしょう!? あ、ちょっと、そこのおにーさん!」

 

 堪らず、逃げ出していた囚人に声をかける。だが、我先にと逃げ出す囚人たちは一人取り残されたスティンガーを気にかける余裕などない。

 

「ね! お願い! ちょっと待って! ここ開かないのよ! あ、そこの! 助けておにーさーん!」

 

 適当な誰かではダメだ。そう考えたスティンガーは、逃げ出す囚人の中でも珍しいだろう、顔立ちの整ったメガネの男に賭けた。囚人には似つかわしくない人の好さげな、そしていかにも秀才といった男ならば、人命救助にも精を出してくれるはずだ。

 

「ん、どうした?」

 

 そして、その目論見はまんまと的中する。

 

「扉が開かないのよぉ」

「電子ロックは解除されてるはずだろ。この騒ぎで壊れたのか? おい、ちょっと手伝ってくれ」

 

 メガネをかけた男は近くに居た別の男に声をかけ、二人が力を合わせて扉をこじ開ける。罪を犯した者たちが収容される場所だが、非常事態に遭って助け合いの精神が働いたのだろうか。そんな打算的な思考を過らせている間に扉は開き、スティンガーはやっと脱走の足掛かりをつかんだ。

 

「ありがとう。助かったわ」

「気にするな、こんな状況だからな。うまく逃げろよ」

 

 メガネの男はさわやかな言葉を残し、その場を去って行った。

 知的そうな外見もあり、スティンガーとしてもなかなか好みのタイプだ。ただ、外見はスティンガーを捕まえたガイロス帝国の軍人であるトーマ・リヒャルト・シュバルツに通ずる部分がある。

 数日前にガイロスアカデミーに通っていた学生の集団が事件を起こし、ここに収容されたという噂を聞いたが、おそらく彼は犯行グループの一人だったのだろう。

 

「っと、アタシも早いとこ逃げないとね」

 

 この場に留まるのは得策ではない。それは、周囲の状況を見れば明らかだ。一刻も早く外に出ねば、崩れゆく収容所と運命を共にしかねない。

 だが、

 

「きゃっ」

 

 外に出ようと足を動かしたスティンガーに、何者かがぶつかってきた。

 

「ちょっとどこ見てんのよ!」

「ああ! そりゃこっちのセリフ――」

 

 ぶつかった男に向かって罵声を浴びせ、浴びせられ、そして二人は同時に固まった。

 スティンガーには見覚えがあったのだ。現れた小太りなネズミ顔の男に。そして、

 

「兄貴? 何やってんだよ。早く逃げよう……」

 

 遅れてやってきた、やせ気味なネズミ顔の男に。

 

「クロスボウ兄弟!?」

「あ!? テメェ、スティンガー!」

「こんなとこに居たのかよ!」

 

 互いに互いの顔を見て驚愕する。クロスボウ兄弟とは、バンへの復讐のために共謀してルドルフ皇帝の誘拐騒ぎを起こした間柄だ。共にバンとトーマに敗れ、てっきり別の収容所に収監された者と思っていたのだが、どうやら同じ収容所に居たらしい。

 

「はっ、無様だなぁスティンガー。こんなところで一人ぼっちか?」

「あのねぇ、それあんたたちもでしょ。大体、ここに入れられたのもアンタたちがだらしないから……」

「ああ!? テメェの無様きわまわりねぇ作戦の所為だろうが! 俺たちの責任じゃねぇ!」

「そうだそうだ! 兄貴、もっと言ってやれ!」

「なによ! アタシに文句でもあるっての! 上等だゴラァ!」

 

 スティンガーが本性をむき出しに――ついでに牙もむき出し――クロスボウ兄弟といがみ合いを始めたまさにその瞬間、一際大きな揺れが収容所を襲った。

 かろうじて、収容所が崩れ落ちるほどのものではない。だが、このままではここも何時まで保つか分からない。

 

「と、とりあえず……」

 

 一旦怒りの矛を収め、スティンガーとクロスボウ兄弟は互いに互いの顔を見つめ合う。ロスとアルバートの顔は、分かりやすいほど引き攣ってぴくぴくと動いている。そして、自分ではわからないものの、スティンガー自身も同じように引き攣った顔になっているだろうことが容易に想像できた。

 

「逃げるわよーっ!!!!」

「お、おうよーっ!」

 

 情けない悲鳴だと分かりつつ、スティンガーとクロスボウ兄弟は一目散に収容所の出口に向かって駆けだした。

 

 

 

***

 

 

 

 収容所の出口を飛びだした時、そこにあったのは蹂躙の光景だった。

 警備に配備されていたであろうレブラプターがあっさりと崩れ落ち、その小柄な機体の先には圧倒的な巨体を有する、恐怖の象徴のようなサソリ型ゾイドが悠然と破壊した収容所を見渡している。

 収容所の警備兵は、どうにか悪魔のようなサソリ――デススティンガーを退けようとしているのだろう。が、相手が悪すぎだ。

 巨体を支える八本の足のうちの一本に叩きつけられたレブラプターの爪は、あっさりと弾き返され、逆に爪の方が砕けた。背中の刃、カウンターサイズですれ違いざまに切りつけたレブラプターは、しかし傷一つ付けることも叶わない。逆に、巨大な鋏で持ち上げられ、そのまま圧搾されてしまった。

 デススティンガーの動作は緩慢だ。警備のレブラプターの攻撃を、防御態勢をとることなく、全て余さず受け止め、鈍重で緩慢な動きで一体一体に絶望を与えるように仕留めて行く。

 

 その様を目撃し、スティンガーたちは思わず足を止め、思考を奪われた。

 もしも自分たちが戦ったとして、勝ち目などない。ゾイド乗りの腕前や、賞金稼ぎとして培った戦術など、このバケモノの前では何の意味もなさない。ただただ、打ち砕かれていくのみだ。

 

 だが、

 

 ――なーにかしらね、この感覚。

 

 ぼんやりと、スティンガーは眼前の巨悪を見つめた。

 僅かな隙を見出して必死の抵抗を試みるレブラプターたち。それをあざ笑うかのように一匹、また一匹と、甚振り潰していくデススティンガー。

 両者の戦力差は圧倒的。このままこの場に留まればスティンガーたちも危ない。だが、スティンガーはそんな状況に、普段の彼からは到底考えられないだろう感情に湧き立っていた。

 

「なによ、だっらしないわねぇ」

 

 悩むまでもなく、スティンガーは自身に湧き立った感情の正体に感づく。

 反骨神だ。

 

「あたしがやらなきゃダメみたいじゃない」

「おい、スティンガー!?」

「本気か!?」

 

 クロスボウ兄弟が口々に言った。同然だ。相手は並みのゾイドではまるで歯が立たない怪物ゾイドだ。対するスティンガーたちは、今目の前で蹂躙されている警備隊のゾイドを奪って儚い抵抗をするほかない。そんな状況で戦いに向かおうなどと、正気の沙汰ではない。少なくとも、これまでのスティンガーを知る人物であれば耳を疑うほどだ。

 しかし、スティンガーは自分が吐き出したセリフを撤回しようなどとは思わない。

 

「アンタたち気付かない? あのゾイド、そのパイロットがどういう奴か」

「ああ? パイロット?」

 

 訝しげに言ったロスだが、ほんの少しデススティンガーを眺めただけで何かを察したような得意顔になる。

 

「ああ、そういうことか」

「兄貴?」

「アルバートよぉ。あいつのやり方をよく見ろ」

 

 ロスに示され、アルバートもデススティンガーを凝視する。そして、彼も得心がいったと言いたげな表情を見せる。

 

「なるほどな。確かに、あれから尻尾巻いて逃げたんじゃぁなぁ」

 

 二人が納得したのを確認し、スティンガーは得意げな顔で口を開く。

 

「あたしたちは一流の賞金稼ぎ、そしてゾイド乗りよ。それが、ド三流以下から逃げ出すなんて、ちょっと格好がつかないじゃない」

「だが、命と報酬最優先が俺たちの生き方(やり方)だ。らしくねぇぜ」

「そうね、でも、気付いちゃったのよ、アタシ。あのバンって坊やと何度も戦ってるうちに、ゾイド乗りのプライドって奴が。それに――」

 

 そこでスティンガーはくるりと振り向く。収容所の横に併設されたゾイド格納庫だ。スティンガーたち囚人が掃除の雑務をやらされていたおかげで、そこに収容されているゾイドの種類はあらかた見当がついている。おあつらえ向きの、乗り慣れた機体があるはずだ。

 

()()()だったら、この状況でもあれに『してやった』ぐらいのことをするはずよ。あいつにできて、アタシたちにできないこと、ある?」

「へっ、少なくとも、これくらいは楽勝だぜ。乗ってやるよスティンガー。俺たちのプライドって奴にな」

「兄貴……俺もだ。付き合うぜ!」

 

 

 

 デススティンガーはついに収容施設に手をかけ始めた。巨大な鋏が施設の柱を掴み、細枝のようにあっさり握りつぶす。一本ずつ破壊していくその様は、まるで破壊行為そのものを楽しんでいるようだ。そして、その無機質な眼が崩れ落ちたレブラプターに向けられた。

 デススティンガーの無差別な攻撃に晒され、しかし奇跡的に助かった機体なのだろう。だが、もはや戦意はなく、潰れた片足を引き摺って必死に戦場を離脱しようとしていた。

 その身体を、デススティンガーは容赦なくつまみ上げる。ほんの僅かでも力を籠めれば、レブラプターの身体はあっさり砕け散ってしまう。恐怖するレブラプターの様を楽しむかのように軽く振り、しかしそれにも飽きたのかデススティンガーの鋏に力が籠る。その刹那、

 

「雑魚に構ってんじゃないわよ!」

 

 ミサイル弾とビーム砲がデススティンガーの脚部に殺到する。

 デススティンガーはレブラプターを投げ出し、ゆっくりとその怪しげな眼光を向ける。

 

「おいおい、全然効いてねぇみたいだぜ。苛立たせるくらいか?」

「なに言ってんだ兄貴、ただの強がりだろ」

 

 一本で樹齢500年はあろうかと言う巨木の幹に匹敵するデススティンガーの足は、その程度では破壊できない。だが、全身を強固な装甲に包まれたデススティンガーにとって、脚部は数少ないウィークポイントに見えた。

 それを狙ったスティンガーたちの正確な射撃だったが、然したる成果は得られていないようだった。しかし、その程度で臆するようならばスティンガーたちはそもそも挑みかかって等いない。

 

「ゾイド乗りの意地、受け取りなッ!!!!」

 

 スティンガーが啖呵を切り、それを合図として砲撃が再開される。クロスボウ兄弟が駆るヘルディガンナーのアサルトビーム砲、スティンガーのセイバータイガーATから撃ち出されるミサイル雨、その全てがデススティンガーの装甲の薄い箇所を狙って撃ち出された。

 

 豪と爆風が吹き荒れ、黒煙が吹き上がる。この程度で破壊は不可能だろうが、少なくともかすり傷程度は与えられたのではないか。

 そんな願望とも呼ぶべき望みは、黒煙の先から現れた尾先にエネルギーを溜め込んだデススティンガーの姿が、あっさりと破り捨てた。

 

「……あらら、アタシもヤキが回ったかしら」

 

 スティンガーはポツリと呟く。諦めととれるその言葉に応える者はおらず、輝きを増す荷電粒子の煌めきが増していくのみだ。

 

『ムシケラが』

 

 呟かれた言葉に、スティンガーはにやりと笑った。苛立たせるくらいは出来た。化け物が、ゾイド乗りを舐めるな。そう、身体を張ってぶつけることが出来たのだ。

 ただ、そんな自分を反芻し、思わず言わずにはいられなかった。

 

「……これ、アタシらしくないわねぇ」

 

 放たれた荷電粒子砲が、瞬く間にスティンガーたちを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あら?

 

 覚悟した衝撃と熱は、こなかった。

 

「……二人とも、生きてるワケ?」

「ああ」

「どうにか」

 

 ロスとアルバートも口々に、訝しがりながら答える。

 デススティンガーは確かに荷電粒子砲を撃ち放ったはずだ。しかし、どういうわけかスティンガーたちは生き残ることが出来た。いったい何が起こったのだろうと周囲を見渡し、スティンガーはすぐそれに気づいた。

 スティンガーたちの眼前には、一体のゾイドが居た。燃えるような真紅の装甲を宿した、二足歩行の恐竜型ゾイドだ。そのゾイドの額と背部に背負ったバックパックの内部から黄金色の粒子が明滅し、ゾイドの前に光り輝くEシールドを展開している。

 真紅の恐竜型ゾイド。そのフレーズから、スティンガーたちはジェノブレイカーを想起した。デススティンガーが現れるまでへリックガイロス両国の最大の脅威として八面六臂の活躍を見せ、手玉に取っていたゾイドだ。

 だが、目の前のそれはジェノブレイカーではない。特徴的なエクスブレイカーを装備しておらず、ジェノブレイカーよりも僅かに小柄で、武装もコンパクトに収まっている。背部に背負ったバックパックに外付けされたスラスター、目立つ装備と言えばそれくらいだ。

 

 現れた機体は低く喉を鳴らし、シールドを解除する。それと同時に、けたたましい音を立てて光を放っていたバックパック内部の装置も機能を停止する。

 

『試作とはいえ、十分すぎるな』

 

 若い男の声が、そのゾイドから呟かれた。

 

「お前は……?」

『挨拶が遅れたな』

 

 若い男は、一瞬得意げに笑ったような声音で、よどみなくその名を告げる。鬣のような髪を掻き揚げ、獅子の如き迫力を表に見せた。

 

『私はヴォルフ・プロイツェン。ヒルツだったな。しばし我々の相手になってもらうぞ』

 

 ヴォルフの言葉に応えるように彼の愛機はデススティンガーを睨み上げた。

 


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