ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第110話:虐殺竜来襲

 ウルトラザウルスがウンディーヌレイクを脱した頃、共和国の老兵、アーサー・ボーグマンはエウロペ南西部の山岳地帯に居た。

 デススティンガー出現とその脅威が無線で飛び交い、それに呼応するように各地でヒルツの配下と思しき者たちが暴動を起こしている中、アーサーはある任務を授かりこの地に出向いたのである。

 

「あーくそ、デススティンガーってのを早く拝みたいもんだぜ」

 

 山脈に開けられた坑道から右腕にドリルを装着したゴドスが現れ、その後に続いて鉱石が満載されたトロッコを別のゴドスが鎖で繋ぎ、引っ張り出す。

 アーサーの任務は、とある鉱石の採掘だった。これまでそのあまりの質量と特異な性質から研究が待たれていたのだが、対デススティンガーの切り札になると目され、その採掘の護衛にアーサーが出向いたのである。

 当初はトロッコに載せ、輸送ゾイドの元まで運搬する予定だったのだが、鉱石の重量からトロッコが動かなくなってしまったのだ。そこで、ゴドスを使って運び出すと言う力任せな方法がとられることとなった。

 

 運び出されたトロッコの中を、アーサーはブレードライガーのコックピットから覗き込む。カメラを拡大しつつ見ると、黒光りする、しかし何の変哲もない鉱石が満載されていた。

 

「こいつが、プラネタルサイトって奴か」

「はい。一説では、惑星大異変の際に降り注いだ隕石の破片とも言われています」

 

 アーサーの問いに、空から哨戒を行っているレドラーのパイロットが返した。その機体には、赤い龍の紋章が刻まれている。

 

「お? トリップさんは詳しいな」

「いえ、出発前にドクターディから説明がありましたが。聞いていなかったので?」

「面倒だったからな。やることがわかってりゃ、それでいいだろ」

 

 アーサーはめんどくさそうに手を振って返した。トリップ――サファイア・トリップは少し呆れたような視線を漂わせ、しかし気取られる前に澄ました態度に戻る。

 今回の鉱石採掘の任務には、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)も護衛として参加していた。共和国からの要請を受け、万が一のためにと鉱石の護送を頼まれたのである。

 

 アーサーがブレードライガーを降り、サファイアもレドラーを着陸させた。トロッコからグスタフの荷台に積まれたコンテナに鉱石が移されていく様子を眺めつつ、アーサーはプラネタルサイト鉱石のひとかけらを掴み取る。

 掌程度の大きさの欠片だが、ずっしりと重く、見た目以上の質量があった。

 

「しっかし、こんなモンを使ってあのデススティンガーを倒そうってんだ。ドクターディもよく考えるなぁ」

重力砲(グラビティカノン)と言いましたか。全長1100mになるウルトラザウルスに匹敵する長大さを有し、30m口径の大砲、との話でしたが……」

「バケモンだよな。んーな大砲詰めるゾイドがいることにも驚きだが、そんなもんを計画しちまうドクターディの頭ん中も、おれにはさっぱりだ」

 

 重力砲(グラビティカノン)

 それこそが、対デススティンガーのために両国が用意した最終兵器だ。

 サファイアの解説通り、並のゾイドをはるかに凌駕する超巨大要塞ゾイド――ウルトラザウルスに搭載することを前提として開発された、バケモノと言う言葉ですら足りないように感じられる巨大砲塔だ。

 砲塔がそこまで巨大になった理由は、撃ち出される砲弾にあった。

 砲弾に利用される材料は、今アーサーたちが採掘してきたプラネタルサイト鉱石だ。プラネタルサイト鉱石は嘗て起こった惑星Zi大異変の降り注いだ月、若しくは彗星の欠片と予測されている。鉱石には内部重力が付加されており、これが鉱石の重量の理由にもなっている。鉱石の外側が砕けると内部重力が崩壊、周囲を放出された重力で一気に押しつぶす。これを利用し、着弾地点に重力波を叩きつけるのだ。

 重力砲(グラビティカノン)は、デススティンガーに対する帝国と共和国が作り上げた最大の切り札であり、最後の希望でもあるのだ。

 

「つまらん」

 

 だが、それを男は一言で切って捨てた。

 紅の短髪を駆け抜ける風に流し、さっぱりとした、しかし燃え滾るような熱を感じさせる男、カール・ウィンザーだ。

 

「このようなバケモノ兵器でカタをつけるなど、一瞬で終わってしまうではないか。戦いとは、もっとこう――熱く、煮えたぎるような灼熱を感じさせるものであろうが」

「ウィンザーさん」

 

 ため息交じりにサファイアが制する。

 ただ、アーサーにはウィンザーの気持ちが少しわかる気がした。

 ウィンザーはゾイド乗りだ。それも、戦士と言う言葉がこれ以上なく似合うほど、骨の髄までゾイド戦士なのだ。手ごわい、強力なゾイドとの戦いを常に希求し続ける。

 アーサーも同じだ。自分は、死ぬまでゾイド乗りだと常に口にしている。それは、生きていれば新たなゾイド、より強力なゾイドに会うことができるからだ。そして、そんなゾイドと出会って何をするかと言えば、それはゾイドの本能――戦いを求め、求められることにあるのだろう。

 アーサーは、アーサーもデススティンガーとの戦いを求めていたのだ。正直言って、その最前線に常に立つことのできるGFの若い者たちが、バン・フライハイトが羨ましくて仕方ない。

 

 もう、自分の心がざわめきたつような戦いは来ないのだろうか。

 

『少佐!』

 

 一瞬脳裏をよぎった欲を、部下の焦声がかき消した。

 

「どうした?」

『敵部隊を確認、包囲されています!』

「奇襲をかけてきやがったな。で、勢力は?」

『はっ、ステルスバイパーとレドラーを中心とした部隊です。それから……』

「なんだ、煮え切らねぇな」

 

 部下の応答を待ちつつ、アーサーは不思議に感じた。

 敵襲にではない。いつ以来かの、肌がピリピリと張り付く感覚を覚えたのだ。そして、アーサーのその感覚が誤っていないことを肯定するように、部下が吐き出すように言った。

 

『ジェノザウラーです』

 

 その瞬間、周りの空気が凍りつく。

 

『それも、確認できる限り四機です』

 

 ジェノザウラー。その恐ろしさは、もはやすべての兵士の知るところとなっていた。その恐怖の塊とも呼ぶべき存在が、四機。恐慌に陥っても仕方がない。だが、

 

「へぇ」

 

 指揮官たるアーサー・ボーグマンは、それに反して好戦的な笑みを見せた。

 

「どっから来る?」

『はっ、三機は森の中を進行中。五分後に接敵するかと。もう一機は、山岳を越えて』

「別々のルートか。ただ連携してるってわけじゃねぇな。それならどっちかが待ち伏せ(アンブッシュ)してるはずだ。いや、ジェノザウラーにその戦法は似合わねぇ。なるほど、解せないな」

 

 淡々と、同様の欠片も感じさせないその態度に、兵士たちの間で不信感が広がる。普段はいい加減なところが多いクレイジーアーサーだが、今日はそれに輪をかけておかしいように感じられる。

 

「ウィンザー殿。確か、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)最新のあんたの相棒は、ジェノザウラーを軽く凌ぐ性能だと豪語していたな」

 

 問いかけるアーサーの声音は、いくらかの挑発が混ざっている。そして、投げかけられたカール・ウィンザーも、同じようにふてぶてしい笑みを覗かせた。

 

「ふっ、当然よ。俺様のテュランは――」

「なら、ジェノザウラーを三機ばかり任しても問題ねぇよな」

 

 一機でも強力なジェノザウラーだ。それを三機もまとめて、しかもひとりで相手をさせるなど、正気の沙汰ではない。だが、カール・ウィンザーはさも当然のように、

 

「無論だ」

 

 と、即答を返した。

 アーサーは軽く笑いかけると、表情を引き締め直して部隊を見回し、口を開く。

 

「よぉし。手練れのジェノザウラーは、おそらく一機で向かってくる奴だ。そいつの相手はおれが、残りのジェノザウラーは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)疾風(ハヤテ)殿にお任せしよう。おめぇらは物資の輸送に注力しろ。ひとかけらもなくすんじゃねぇよ? コンテナの十分の一のプラネタルサイトが、おれたちの命運を握ってると言っても過言じゃねぇ。――分かったらかかれ! もたもたすんなよ!」

 

 最後に怒号を飛ばし、兵士たちが駆けだすのを見届ける。そして、アーサーも自身の相棒の元へと駆けた。

 

 

 

***

 

 

 

 プラネタルサイトの採掘所の上、その山岳地帯から、ジェノザウラーの一機はやってくる。そう、報告にはあった。アーサーは報告で告げられたジェノザウラーの進行方向から逆算し現場に急行――する必要はなかった。

 相棒が、ブレードライガーが自らの意志で獲物(ジェノザウラー)の元へと向かったからである。

 

「なんだブレード、お前も滾ってやがったのか?」

 

 軽い口調で問いかけるも、アーサーのブレードライガーは荒々しく唸り声を洩らすのみだ。

 

「おれもだよ。こんな状況だってのに、血が滾って仕方ねぇ。楽しみだ。戦うことがな。――こんなこと、ダンのセガレに言ったらなんて言われるだろうなぁ」

 

 バンは、命のやり取りになりかねない戦争という名の戦いを好む人物ではない。共和国の士官学校に入って早二年、そろそろ三年が経つ。

 当初は不安がられたバンだが、メキメキと実力を身に着け、ものの一年足らずという誰もが驚くほどのスピードで士官学校を卒業した。そして、共和国空軍での研修を経て、やがてGFの特務少佐へと任ぜられた。

 そんなバンを、アーサーは教え導くことがあった。その中で、バンの人となりをよく理解したつもりだ。

 バンは、戦争の非情さを知っている。戦うことのむなしさをよく理解している。

 バンはゾイド乗りだ。戦いを嫌ってはいない。矛盾しているが、ゾイドと共に戦うことは好きで、だからこそ、戦争を嫌っている。望まぬ戦いに駆り立てられることを、何よりも嫌っている。

 

 アーサーは、いろんなゾイドを見てみたいという興味本意から軍に入った。共和国の民を守ろうとか、共和国と言う国のために戦おうとか、そんな御大層な思想を持ち合わせている訳ではなかった。

 共和国軍と言う枠組みに属しているから、必然的にそれを成して来ただけだ。本質は、未知のゾイドとの出会いと戦いを求めているだけなのだ。

 相手が望む望まないは関係ない。ただ、強者と戦いたいから、未知を探求したいから。それだけで軍に入り、戦う道を選択した。

 

「ま、おれはいろんな奴らと戦えれば、それでいいんだけどよ」

 

 少し余計なことを考えたと自虐する。これからの戦いは相手も求めての事だろう。ならば、自分の趣味と興味という欲に従い、存分に戦おうじゃないか。

 

「来たぜブレード。締まって行くぞ!」

 

 キャノピーの切れ目から見えた漆黒の虐殺竜に向かい、アーサーは吠えた。

 

 

 

***

 

 

 

『ボーグマン少佐のブレードライガー、ジェノザウラーとの交戦に入りました。輸送部隊も敵機との接敵します』

「了解だ。こちらも、時期に接敵するだろう」

 

 サファイアの報告に応えつつ、ウィンザーは気を引き締めた。

 相手はジェノザウラー三機。思えば、これまで自陣営がジェノザウラーを敵に回したという事態はあったが、自分がその相手をするのは初めてだった。

 腕が震える。体の芯から揺れ動き、心がすっと引き締まる感覚がした。

 そんな主を嘲笑う様に――いや、からかうように相棒(テュラン)が唸る。

 

「なんだテュラン? 俺様の震えが怯えているようだと? 馬鹿言え、武者震いだ」

 

 言い放ち、ウィンザーは「これではただの言い訳ではないか」と感じた。言い分、返し方、どれをとってもみっともない言い訳にしか聞こえない。

 嘘ではない。ウィンザーの震えは、正真正銘の武者震いだ。強敵と戦えることに歓喜し、撃ち震えている。

 

「ふっ、負けるつもりはないさ、テュラン。奴に言ってしまったからな。俺様たちは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は最強の部隊だと」

 

 暗黒大陸での一件を思い返し、ウィンザーは自嘲するように言った。

 あの戦い以来、ウィンザーはより一層己を鍛えた。以前の戦いは、半ば中断したようなものだ。決着はついていない。次に戦う時は、必ず勝って見せる。

 それが、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の特攻隊長の異名を誇り、『赤き疾風』と称された己の役割なのだ。

 

「ゆくぞぉ!」

 

 咆哮に気合を乗せ、紅焔に彩られたテュランとウィンザーが吠えた刹那、その身体を一筋の閃光が飲みこんだ。

 荷電粒子砲だ。

 接近を察知し、先制攻撃を仕掛けられたのだろう。挨拶代わりと言うには大きすぎる必殺の光に飲み込まれ、テュランの姿は覆い隠された。

 

 続けざまにテュランの斜め前から二筋の閃光が襲いかかる。同じく荷電粒子砲だ。一切の情け容赦を許さない嵐すら霞むような三条の荷電粒子砲が、勇ましく吠えた一人と一機を一瞬で掻き消し、

 

「……ぬるいな」

 

 ウィンザーは、にやりと笑みを浮かべた。

 

「ぬるい。ぬるいぞ。アンナとグラムの荷電粒子砲に比べれば、なんとぬるい事か。噂に聞くジェノブレイカーのそれとは比べるべくもない。こんなものが、ジェノザウラーだというのか?」

 

 三筋の荷電粒子砲をまともに叩きつけられ、しかしテュランは全くひるまなかった。新たに背部に装備された片刃の刃を三つ集束させたドリルのような武装を展開し、そこから張り出したEシールドで荷電粒子砲の全てを受け止め、拡散させていく。

 テュランの踏みしめる大地があまりの破壊力に削られ、割れ砕け、クレーターを形成していく中、テュランとウィンザーは得意げな表情を崩さない。

 

「どうやら、こいつらはヒルツとやらの一味が生み出したジェノザウラーとは別物だな。あまりにも弱すぎる。出自が気になるが、まぁいい。完成したテュランの初陣に付き合ってもらうぞ」

 

 連続照射の限界を迎え、ジェノザウラーの荷電粒子砲が止んだ。その隙を突いて、テュランが飛びだす。

 

 背部のハイマニューバスラスターを全開で噴かし、シールドを展開していた武装を集束させてドリル状に戻すと、それを回転させながら眼前に迫るジェノザウラーの顔面目がけて突き込んだ。

 一瞬だ。

 突き出されたドリル――バスタークローがジェノザウラーの顔面を抉り、砕き、粉々に粉砕する。

 頭部を失ったジェノザウラーは断末魔を上げることすら許されず、前のめりに倒れ込んだ。その首の傷口を踏みしめ、テュランは睥睨する。

 

 テュランの姿は以前とはまるで違った。

 金属生命体の肉体をむき出しにしたような野性味あふれる姿は、紅焔に塗られた装甲に覆われていた。背部にはジェノザウラーの荷電粒子砲を寄せ付けないシールドを展開し、逆に一撃で叩き伏せた攻防一体の兵器、盾にもドリルにもなる【バスタークロー】が折りたたまれて背負われている。

 

「ふっ、帝国と共和国の圧力の所為で開発が滞ったが、ようやく完成したぞ。俺様たち鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の象徴、バーサークフューラーだ!」

 

 バーサークフューラー――テュランが吠える。すると、ジェノザウラーが身を低くした。反射的な行動は、まさしく怯んだのだ。あのジェノザウラーが。

 

「引き腰になった時に勝負は決まっている。だが、手加減はせん! 行くぞ、テュラン!」

 

 バーサークフューラーが吠え、バスタークローを振りかざす。

 狂竜の狩りが、始まった。

 

 

 

***

 

 

 

 叩きこまれるパルスレーザーガンを躱し、ブレードライガーは岩壁を横に駆け抜ける。ジェノザウラーの背後に回り込んで一気に斬り込もうとし、しかしやみくもに振るわれる尻尾に打ち払われると判断し、明後日の方向に向きを変えて再度対峙する。

 

「――やるじゃねぇか」

 

 アーサーは楽しげに言った。戦闘前に抱いた期待を裏切らない、満足いく戦いぶりだ。通信でウィンザーの方が手ごたえが薄いということは聞いていた。ジェノザウラーに対し、同じく魂揺さぶる戦いを期待していた者として、どうやらアーサーは当たりを引いたらしい。

 しかし、それはすなわち、一切の油断が出来ない相手に当たったと言うことの裏付けでもある。

 

「さて……そんで? お前さんは何の用でおれたちに戦いを挑んで来たんだ?」

 

 アーサーの問いに対する答えは、パルスレーザーガンの連射だった。Eシールドを展開してそれを受け止め、すぐに場所を変える。

 

 慎重に相手の様子を窺いながら、アーサーはジェノザウラーの腕部に目を止めた。そこには、飛龍をかたどったガイロス帝国の国章が刻み込まれていた。

 

 ――ガイロス軍から逃亡したジェノザウラーか。確かに居たなそんな奴も。

 

 アーサーの記憶がその事件を掘り出す。

 昨今のデススティンガー騒ぎと、それ以前にあったレイヴンに関する問題の中にすっかり埋もれていたが、ガイロス帝国ではPKが残したジェノザウラーを戦力に加えようという動きがあったはずだ。

 皇帝ルドルフからは苦言を洩らされたが、大貴族たちの押しが強いこともあり実験的に採用される運びとなった。

 しかし、結果は最悪の形となった。

 実験施設でのテストの際にジェノザウラーはパイロットと共に暴走。テスト戦闘の相手となった機体はボロ屑になるまで破壊され、パイロットは全治三か月の重傷を負った。テストの場に居合わせた帝国軍のある中佐とその弟子を自称する男の活躍が無ければ、施設ごと壊滅していたかもしれない。

 さすがに隠しきれる事態ではなかったためか、一部情報の規制が敷かれたのち、制御(コンバット)システムの不具合による暴走と言うカバーストーリーが公開されていた。

 

 眼前に現れたジェノザウラーは、件のテスト機に間違いない。

 

「暴走の果てに行方不明って話だったが、ヒルツの配下に落ち着いたってか?」

 

 アーサーが投げかけた問いに対する答えは、パルスレーザーライフルによる荒い砲撃だった。レーザーガンが木々の太い幹を貫き、くり抜き、轟音を立てて大木が崩れ落ちる。

 倒れ来る大木を回避すると、ジェノザウラーはブレードライガーに猛然と迫った。荷電粒子砲ではなく、牙で叩き伏せようと言うのだろ。

 だが、ジェノザウラーとブレードライガーでは運動性能に差があった。ジェノザウラーは全ての能力が高水準にまとまっているが、機動性と格闘戦に特化したブレードライガーには敵わない。

 アーサーはブレードライガーのロケットブースターを全開にし、駆け抜け様にジャンプする。その軌道に沿って、ジェノザウラーの右腕と背中の砲塔が斬り捨てられた。

 

『ガァアアアアアッ!』

 

 ジェノザウラーが吠えた。

 怒りか、憎しみか。

 負の感情を隠そうともせず、その全てを吐きだすべく、口内に荷電粒子が集束する。

 

「させるかっ!」

 

 アーサーが吠えた。

 必殺の荷電粒子砲を撃つには、ジェノザウラーは自身を固定せねばならない。その場から動けなくなるのだ。ジェノブレイカーはそれすら打ち破ったが、ジェノザウラーにはまだできない。

 いける!

 その確信が、アーサーにはあった。

 

『――嘗めるなぁ!!!!』

 

 明確な怒りの言葉が、アーサーの耳に届く。

 その瞬間、アーサーは反射的に機体を横にステップさせた。

 悍ましい光の濁流が、アーサーとブレードライガーのすぐ横を流れ去って行く。それは、やがて名残惜しむようにゆっくりと収まって行く。

 攻勢に出るチャンスだ。しかしアーサーたちは動けなかった。

 その荷電粒子砲を放ったのは、ジェノザウラーだ。しかし、アーサーにはデスザウラーのそれのように感じられた。

 威力に、ではない。荷電粒子砲に乗せられた感情、気迫、それらが、嘗て帝都で見たデスザウラーに似ているようにも感じたのだ。それは……、

 

「……逃げるのか?」

 

 ジェノザウラーは、ゆっくりと背を向けた。そして、脚部スラスターを噴かし、一気に戦場を離脱する。

 

 

 

 アーサーはしばし呆然とその場に立ち、やがて思い出したように、緩慢な動作で通信回線を開いた。

 

「カール・ウィンザー。そっちはどうだ?」

『なーに、軽くひねりつぶしてやったさ』

 

 こともなげにウィンザーは語った。

 確か、彼の相手はジェノザウラーが三体のはずだ。それを軽く――声の調子から本当に軽く――征してしまえるとは、完成したバーサークフューラーの力は底が見えない。

 しかし、アーサーの意識はそことは別にあった。

 

 バーサークフューラーは、完全な野生体を使用したゾイドである。ゾイド本来の意志が、既存のゾイドよりもより色濃く表出される。機体ごとの性能のムラが大きい。

 だが、ゾイド本来の力が現れていると言えるだろう。

 

 そして、先ほど戦ったジェノザウラー。あれは、それとは別物だ。

 アーサーのブレードライガーと同じ、古代のシステムの一つ、OSが使用されている。

 OSには操縦性に関する致命的なデメリットが存在した。OSを搭載したゾイドは決まって狂暴性が増す。それは戦闘能力の向上と同時に、ゾイドの扱いにくさに繋がった。

 おそらく、帝国で作られたOS搭載ゾイドも同じ欠点を抱えているはずだ。

 

 ジェノザウラーのパイロットについては、資料だけなら知っている。帝国で優秀なテストパイロットだった男、リッツ・ルンシュテッドだ。年は二十代半ば。まだまだ若い。誠実で、優し気で、真面目そうな青年だった。

 だが、その若い彼は、OS搭載のジェノザウラーを完璧に乗りこなしていた。エースパイロットと呼ばれるものですら持て余すジェノザウラーを、実戦経験に乏しいだろうテストパイロットの彼が、だ。

 あのまま戦闘が続いていたら、分からない。もしかしたら、自分は負けていたのかもしれない。

 

 おそらくだ。リッツはジェノザウラーが秘めている闘争心に飲まれている。いや、それが(リッツ)の本質であったのかもしれない。

 ただ、それは差し置くとしても、アーサーは自分が負けたと感じていた。ゾイド乗りとして、ジェノザウラーと一体化して戦っているような彼に、ゾイド乗りとして負けた気がするのだ。

 

 考えてみると、彼の乗り方は今の若いゾイド乗りに多い傾向だ。バン然り、レイヴン然り。

 そして、カール・ウィンザーはその最たる例だ。完全野生体と言う、ゾイド本来の姿とも言える存在と、完璧に同調している。

 昨今の有力なゾイド乗りは、いずれも本能的にゾイドと繋がり、その力を引き出している。

 自分はどうだ? ブレードの事を、よく分かっていない。その本質的な部分を、自分は理解しきれていないのではないだろうか。

 

『おい、ボーグマン少佐? どうかしたのか?』

 

 ウィンザーに呼びかけられ、アーサーは自分が思考の渦にのまれていたことに気づく。

 いかんな。そう思った。

 今は、帝国も共和国も、個人の思想など関係ない。国の垣根を越え、一丸となって、デススティンガーという名の脅威に立ち向かわねばならぬ時だ。

 だが、嘗て暗黒大陸で、アーサーはバンに言った。

 世界の危機など丸投げでいい。自分が成長する最大の機会があるなら、それに縋れ、と。

 自分は老いた。だが、そんな機会があるのなら、縋ってもいいだろうか。

 老いぼれたゾイド乗りが、まだ成長を願ってもいいのだろうか……?

 

 ――いや

 

「いや、なんでもないさ。さっさとブツを運んじまおう。まだ、追手が来ないとも限らねぇ。早いとこ合流してやらねぇとな」

『おおさ! それに、さっきのジェノザウラーのような輩が来るかもしれんしな。楽しみで仕方ない。だろう? 少佐!』

 

 まったく、この男はどこまでも戦いを求める。根っからの戦士じゃないか。

 一本気が通ってて、暑苦しくて、だがそれがいい。

 

 嘗ての自分もそうだったのではないか。新たなゾイドとの出会いと戦いを求めて。

 

 アーサーは、久しぶりに自身の血が滾るのを思いながら、ブレードライガーの操縦桿を強く握り込んだ。

 ブレードライガーは、不思議と力強くそれに応えた。

 


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