ニューヘリックシティでの大敗を喫した共和国軍は、ひたすら撤退を行っていた。
首都を失い、守るべき民を全てかつての敵国に預け、共和国軍はひたすらにある場所を目指して後退する。
「それで? そのウンディーヌレイクにはなにがあるのさ?」
撤退する共和国軍に同行するムンベイが、同乗するバンに問いかける。
「ウンディーヌレイクは、偽装湖なんだ」
「偽装湖?」と不思議気に訊き返すフィーネに、バンは簡単に説明する。
偽装湖とは、人工的に作り上げ、あたかも自然に作られたように見せかけた湖だ。湖という巨大な地形を利用して、何かを隠すために作られることが多い。
バンの知る中でも、ニクス大陸でオルディオスが封印されていたミミール湖がそうであった。もっとも、これは暗黒大陸での事件の終息後に訊いたことなのだが。
「つまり、共和国は何かどえらいのを隠してたわけね」
「クルーガーが関わってたらしいからな」
アーバインが投げやりに呟いた言葉が、事の大きさを物語っていた。
リーデン・クルーガー大佐は、バンを士官学校から卒業させたのち、軍を退役した。だが、その後は穏やかな余生を過ごしたかと思えば、そうではなかった。ウンディーヌレイクの極秘プログラムに関わっていたのである。
共和国の知将と称された男が関わるほどのプログラム。それも、GFの設立当時から極秘裏に、さらに言えばそれ以前から共和国内で最重要案件として扱われていた計画だ。バンたちにとっても未知の部分が多く、絶体絶命の現状を打破する最後の希望に全てを賭けている。
すがりついてしまうのも、仕方ないだろう
「――って、ちょっとなにあれ!?」
ムンベイが驚愕を口にし、モニター画面を指差した。
「ゾイド、なんだよな」
バンも思わずと言った様子で呟く。
グスタフの進行方向の先にある湖からは、それを構成するはずの水がきれいさっぱり抜かれていた。代わりに、その中心部に一体のゾイドが脚を半ば埋めて鎮座している。
ムンベイたちが見ているのは、側面からの姿だろう。ただ、それは予想以上に長い。推定だけでもその全長は――優に1000mは超えるだろう。あのデスザウラーやデススティンガーですら、このゾイドを前にしては小型ゾイド同然のサイズに思えてしまう。
よく見ると、そのゾイドは首と尻尾が長い。ブラキオスやビガザウロなどと同じ、雷竜型のゾイドが元となっているのだろう。共和国では嘗てビガザウロを超大型に改造し、司令母艦機として使用していた時期がある。
役割はウンディーヌレイクのゾイドも同じなのだろうが、それにしても桁違いの巨体だ。
「とにかく、腹の辺りから中に入れるみたいだし、行こう」
バンの言葉に全員が頷き、グスタフは謎の超大型ゾイド――ウルトラザウルスの中に収容された。
***
ウルトラザウルスのコックピットは頭部だ。
腹部にある収容スペースからいくつかの通路を経て、長大な首の中を専用の移動エレベーターを使って上がり、ようやくたどり着けた。
そこは、とても一機のゾイドのコックピットとは思えないほどの広さだ。共和国基地の作戦司令室を一回り広くしたようなスペースを有している。
先に通ったゾイド格納庫に至っても、大型ゾイドの一個大隊は余裕で積み込むことが可能であり、ウルトラザウルスの護衛を担当することになる部隊だけでも余りあるほどだった。
そして、その大きさに驚嘆し、歓喜したのは以外にもムンベイだ。
運び屋として多くの物資やゾイドを積み込む輸送ゾイドには興味があり、大部隊の指揮、及び輸送なども可能な超巨大ゾイドには、己の職からの興味が尽きないらしい。早速操縦性に座り、その感触を確かめていた。
「こんなゾイドを動かすことが出来たら、もう最高よね!」
「その時は、歌うの? ムンベイ?」
「もっちろん。あたっしはぁ~こ~うやの~、はっこびやっさ~ん♪ ってね」
「生憎だけど、この子はまだピクリとも動きはしないわよ」
ムンベイの言葉を引き継ぎ、一人の女性がその場に現れる。ムンベイは自分の腕を否定されたような言い草に思わず振り返り、そして目を点にする。
「カリュエ……?」
現れたのは、上半身の作業着を脱ぎ、下に着込んだアンダーシャツを露出させたいかにも作業員と言った印象の女性――民間のゾイド整備会社、シルバーファクトリーの若き工場長カリュエ・シルバだった。
「カリュエじゃない! あんたなんだってここに!?」
「やっほームンベイ。あたしはさ、共和国に手伝ってくれって泣きつかれてねぇ。それで、このウルトラザウルスの整備のお手伝いに参上したって訳よ。かれこれ一年、工場ほったらかしでこっちに付きっきりよ」
周りには共和国の重役たちが大勢いる。しかし、カリュエはわざと聞こえるように、冗談めかして縁起たっぷりに語った。わざとらしい肩をすくめる仕草にため息までプラスし、いかにも「やれやれ」といった姿だった。
「ふふ、相変わらずそうで何よりだわ」
「それはあたしもよ。久しぶりに火の玉やってたみたいだし、お互い変わんないわね」
互いに笑みを返し、二人は旧交を温めあう。そして、気を良くしたカリュエはムンベイを制止に来た共和国兵を押しのけてウルトラザウルスの詳細について説明を始めるのだった。
***
ウルトラザウルスは、まだ完全には目覚めていない。共和国と帝国の技術部を結集し、シルバーファクトリーという民間企業の力も借りうけ、どうにか目覚めの目途が立った状態である。
懸念事項はあった。ウルトラザウルスの復活計画は発掘と整備、さらに動けるようにするまで足かけ五年はかけた壮大なプロジェクトである。
緊急事態に備えて整備を整えてはきたものの、ウルトラザウルスが完全に目覚めて活動を開始するまでにはまだ時間が必要だった。
動き出せるようになるその瞬間、それまでウルトラザウルスは完全な無防備である。ことに、今回の敵であるデススティンガーには対抗手段が一切ない。今のウルトラザウルスは巨大な鉄塊同然、デススティンガーからすれば、巨大な動かない的でしかないのだ。
――勝てるのか?
ウルトラザウルス内の一室からすべての水が抜かれたウンディーヌレイクの湖底を見下ろし、ハーマンは疑問を抱いた。
脳裏に思い起こされるのは、首都ニューヘリックシティで戦ったデススティンガーのことだ。共和国の全戦力の内の5割を投入しての戦いだったそれは、デススティンガーに一方的な蹂躙を許すだけと言う最悪の――悪夢のような結果だった。
全力をかけた攻撃は一切通じず、逆に、まるで赤子がおもちゃを壊すように自軍のゾイドは蹴散らされた。
大統領命の元、ニューヘリックシティ市民を全員逃がすことを優先したのは正解だった。だが、それは敗北と言う結果を先延ばしにしただけではないのだろうか。
暗雲立ち込め、雷がゴロゴロと鳴り響く外を見つめる。悪天候は、このまま好転しないのだろう。自分たちの置かれた状況と同じく。
「ハーマン?」
出し抜けに背後からかけられた言葉は、自分より10以上も若い少年兵のものだった。
「バンか」
ハーマンの居る一室は、乗組員の休憩スペースだった。現在は警戒態勢を維持しつつ、交代で休憩をとるように通達が出してある。デススティンガーがいつ現れても対応できるよう、各員のコンディションを万全に整えておくのだ。
だから、ハーマンは一人自分の思考に耽っていたのだ。
バンが隣に立ち、同じように窓の外へと視線を投げる。
「なぁ、バン」
「なんだよ」
「お前は、勝てると思うか? この戦い」
口に出し、ハーマンは胸中で自分を詰った。
これから避けられない絶望的な戦いが始まるというに、なぜこのような弱気な言葉を吐き出したのだ。なぜ、それをバンに吐露してしまったのだ。と。
「それは、どういう意味だよ!」
案の定というか、バンは声を荒げながら返した。
すまん、つい口にしてしまった。忘れてくれ。そう前言を撤回しようとするが、その意思に反して口から滑り出たのは弱気な自分をさらに吐き出させる言葉だった。
「言葉通りの意味だ。このウルトラザウルスは、我々の最期の希望だ。だが、それをもってしても、あれに勝つことなどできるのか」
ハーマンは密かにウルトラザウルスのプロジェクトに関わってきた。陣頭指揮は軍を引退したクルーガー大佐に任せていたが、ハーマンもプロジェクトの概要と、その進境についての報告を受け続けていた。
ハーマンはウルトラザウルスについて、それなりに詳しい。目覚めた際の性能も、大方把握している。
だからこそ、デススティンガーの力とウルトラザウルスの性能を比較することが出来た。そして、デススティンガーの底知れぬ力を前に、ウルトラザウルスでも勝ち目は薄いのだと実感を覚えているのだ。
「我々は最後の希望に縋ってウルトラザウルスに全軍を結集した。だが、奴からすれば我々は動けない要塞に立てこもっただけ。袋のネズミなのではないか?」
もしもウルトラザウルスが目覚めず、デススティンガーの攻撃が早かったのなら、ウルトラザウルスごと帝国共和国の連合軍は壊滅する
ハーマンが告げた最悪の予想は、バンとて想定しなかったわけではないのだろう。彼は一瞬言葉を選び、しかし迷うことなく告げた。
「例えそうだったとしても、俺たちがすべきことに変わりはない」
「バン……」
「俺たちは負けるわけにはいかない。共和国の、帝国の全ての人たちの命がかかってるんだ。どんなに絶望的だったとしても、相手が古代ゾイド人を揺るがした強大なゾイドだとしても、必ず勝つ!」
よどみなく、ハーマンの瞳をまっすぐ見上げ、バンは腹の底から轟くような声で告げた。
ハーマンは悟る。バンは、自分にはない経験がある。
ハーマンは、嘗て帝都ガイガロスでデスザウラーと相対した。ギュンター・プロイツェンが復活させ、牙をむいた破滅の魔獣と、総力を結集して戦った。
だが、そのデスザウラーは所詮
バンは、二年近く前に暗黒大陸へと出向いている。そこには、デスザウラーとしのぎを削ったギルベイダーがいた。紛い物ではなく、正真正銘本物の、
現代のゾイドなど足元にも及ばない強大な古代の最強ゾイド。それと向かい合った経験が、バンにはあった。
「それに、ボーグマン少佐やヴォルフさんは最後まで諦めなかったぜ。どんな絶望的状況だろうと、最後まで戦い抜いた。小さな希望を目指して、その先の『奇跡』を掴み取ったんだ」
断言するバン。その姿が、ハーマンには輝いて見えた。
デススティンガーの強大さに圧倒され、怖気づいている自分と比べ、バンは一切の迷いがない。ただひたすらこの戦いに勝つ事、その先にある平和を目指して、己のすべきことを全うしようとしている。
そして、そんなバンが告げた奇跡だからこそ、ハーマンも賭けてみたくなる。
バンは幾度の戦いを経て名を上げた。その功績に触発されたからではない。バンと言う、幾度となく奇跡を起こした実績を持つ人の言葉だからこそ、ハーマンはそれに賭けたくなった。
「……気に入らんな」
「ハーマン!」
「お前に言われると、情けなく悩んでいる俺が馬鹿に思える。ただ、この戦いに勝つためにやり抜こうという想いしか湧いてこん。――それが、気に入らんのだ」
ハーマンはにやりと笑みをこぼした。バンのそれに触発され、やる気を取り戻した証拠だ。バンが安堵するように表情を緩め、二人は互いを鼓舞するように笑い合う。
その時だ。ウルトラザウルス内で警告音が鳴り響いた。
このタイミング、間違いない。来るべきものが来たのだ。
「来たか。行くぞ、バン!」
「ああ! ヒルツのヤロウをぶん殴ってやるさ!」
二人は廊下を駆けた。戦いに勝つ、奇跡を起こすために。
***
ウルトラザウルスのブリッジは、すでに騒然となっていた。
ブリッジにハーマンが入ると、すぐに報告の声が飛んだ。
「デススティンガーです。北西1500キロの地点に出現!」
ハーマンは素早くモニターの地図に視線を走らせた。ウンディーヌレイクの中心に鎮座するウルトラザウルスと、直線距離1500キロの山間に出現したデススティンガー。両者の間には、三つもの山脈が横たわっている。
「デススティンガーがこのウルトラザウルスを射程に捉えるには?」
「あの位置からでは山脈を迂回する必要があります。推定3時間はかかるかと」
「ウルトラザウルスが覚醒するまでの時間は?」
「およそ1時間半です」
通信士からの報告に、ブリッジの緊張がほんのはずか緩められる。ムンベイの「どうにか間に合いそうじゃない」という言葉が、状況を物語っていた。
だが、それに反して一部の人間の緊張は、まったく緩まない。
「え? なによ」
「そう簡単にいく相手じゃねぇってこった」
アーバインが噛みつくような目で外を睨み、バンが緊張を滲ませながら続ける。
「相手はヒルツだ。どんな手を打って来るか分からない。まだ終わる感じじゃないぜ」
ヒルツは、ホエールキングそのものを共和国の基地に突っ込ませた実績がある。また、ルイーズ大統領を誘拐し、ガイロスへリックの首脳会談会場を襲わせたという事件も起こしている。
バンたちGFにはヒルツの掌で踊らされてきたという認識があった。だからこそ、あえて時間のかかる地点に出現したのにも、なにかしらヒルツの策があると疑ったのだ。バンたちを絶望させるという、性質の悪い策が。
「荷電粒子反応増大!」
それは、すぐに現実へと現れた。
「馬鹿な! 山一つ撃ち抜くつもりか!」
オコーネルが呻いた。
デススティンガーはウルトラザウルスとの間にある山を全て撃ち貫き、直接ウルトラザウルスに荷電粒子砲を叩きこもうというのだ。
「やーれやれ。嫌な予感が当たっちまった」
「ちょっとアーバイン! 何のんきなこと言ってんのよ!」
「今更ジタバタしたところでどうにもなんねぇだろうが」
「じゃこのままやられろっての!?」
騒ぎ立てたのはムンベイだけではない。ブリッジに詰めている共和国の兵士たちも同様だった。
ニューヘリックシティの防衛隊はデススティンガー一機に壊滅させられ、共和国の主都であった街は完全な廃墟と化した。
それを成した存在が、今度はウルトラザウルスを圧倒的な力で消し去りにかかっているのだ。
皆が浮足立ってしまうのも、無理からぬことである。
「うろたえるな!」
だが、そんな空気を一喝する咆哮が轟いた。ブリッジの皆が、檀上の司令官――ロブ・ハーマン少佐を見上げた。
「うろたえるな。このウルトラザウルスは我々にとって最後の希望となる要塞だ。ここを落とされたその時が、我々の最期だ。ならば! 今うろたえるよりも、奴に勝つために最善を尽くすべきだ! そうだろう!」
ハーマンの声は空気を振動させ、ブリッジ中に響き渡った。デススティンガーの脅威に乱されていた空気が凛と静まり、一つの形となる。
「それで、ハーマン。そこまで言うからには、策があるのだろうな」
クルーガーの問いかけに、ハーマンは自信満々な様子で頷き、答えた。
「はい、奇跡を」
「奇跡?」
「そう、奇跡です」
ハーマンはクルーガーから視線を外し、操縦席の近くに立っていたムンベイに視線を向ける。
「ムンベイ、ウルトラザウルスの覚醒と操縦を任せる」
「はぁ!?」
「フィーネとトーマはムンベイからの指示で動け。戦える者はデススティンガーの足止めだ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
当然ながらいきなり重要任務を投げつけられたムンベイは大いに慌てた。普段の毒舌が発揮されていないのも、彼女の焦りを物語っている。だが、
「なんだ? 伝説の運び屋は、所詮その程度だったということか?」
薄ら笑みを浮かべ、ハーマンは嘲笑するように口端を持ち上げて見せる。それは、ムンベイの琴線を弾くには十分だ。
「な……あんたなんかにそこまで言われたら、やるしかないじゃない! いいわ、やってやろうじゃないの!」
そうと決まればこのままじっとはしていられないとばかりに、ムンベイはウルトラザウルスの艦内放送である人物を呼び出す。ウルトラザウルスの内部機構を訊き出すつもりだ。
「ハーマン、俺たちは――」
バンが名乗りを上げる。その目を見れば、彼に与える役割は一つしかないだろう。
「頼むぞ。できるだけ時間を稼いでくれ」
「なぁーに言ってんだ。デススティンガーをぶん殴ってきてやるぜ。行くぞ、アーバイン」
「おうよ」
バンとアーバインがブリッジから駆け出す。他の者も、ハーマンの指示に従って動き始める。ハーマンが語った、奇跡を起こすために。
***
ウルトラザウルスの操縦席。その横で、ムンベイは持ちこまれた書類の内容を一気に頭に叩き込んでいく。時間はない。専門家に示された、ウルトラザウルスの起動に関すると思われる報告部分だけをピックアップして一気に浚う様に見取った。
「カリュエ、これで全部」
『ええ。残念だけど、整備士のあたしじゃ今すぐに動かす方法は解らなかったわ』
ムンベイが意見を求めたカリュエは、ゾイド整備士だ。
整備士は、いかなる状況でも万全の状態で起動できるよう整備するのが仕事だ。そして、起動の際にはゾイドに余計な負担を与えてはならない。
長く、永く、ゾイドが生き続けられる様に、金属生命体として、戦闘機械獣として長く任を果たせるよう、整備を施してきた。常に万全の状態に。
その役割に従い、代わりにカリュエが無くしたのは緊急事態に際した起動の術だ。戦場で、急な起動を強いられた際、負担を減らすことを考慮していられない事態も当然起こりうる。そんな時の術を、カリュエはもう持っていない。
長く戦場から離れたツケとして、戦場に生きるゾイド乗りの技術がさび付いて来ているのだ。
「大丈夫よ。こんだけ分かれば、やりようは見えたわ」
『やっぱり? ムンベイがパイロットの役を担ったのは正解ね』
「ホントは、アンタがハーマンに推薦したんじゃないの」
『さぁ、あたしはただ友人が乗ってみたいって言ってたって話をしただけよ』
「どこまで本当だか」
ため息交じりに呟きつつ、ムンベイはカリュエの判断に感謝していた。
カリュエはウルトラザウルスの整備を、共和国の技術者たちと行っていた。民間の整備会社からの派遣という扱いだが、その技術は軍属の技術者に勝るとも劣らない。
さらに、さびついているとはいえ戦場で戦ってきたカンも持ち合わせている。
おそらく、カリュエは状況から安全な起動は間に合わないと予感したのだろう。そこで、緊急起動の方法をすぐに探り出せる人物としてムンベイを推薦したのだ。
また、ムンベイが感謝していたのはそれだけではない。純粋に、単純に、この
「こっから先は、あたしに任しときなさい」
ウルトラザウルスのブリッジから外では、戦闘が始まっていた。ウルトラザウルスと直接当たり、その足止めに向かう筈だったバンとアーバイン、帝国のシュバルツ率いる部隊が、ヒルツの放ったヘルキャット部隊と交戦しているのだ。
ハーマンの指示が怒号として飛ぶ。その声から、察することは出来た。バンたちは足止めの役目を果たせそうにない。ヘルキャットたちからウルトラザウルスを守るので手いっぱいだ。
となると、ムンベイたちがウルトラザウルスの起動を出来るか否かが勝敗を左右する。
――やったろうじゃないの。
一人気持ちに火を灯し、ムンベイは通信マイクを掴んだ。
「フィーネ、トーマ。聞こえる?」
『ええ。今ウルトラザウルスの動力ブロックに入ったわ』
「オッケー。それじゃ、これからあたしの言う様に動力ケーブルを付け替えて」
ムンベイはフィーネ達に指示を出しながらその意図を説明する。
ウルトラザウルスは、その桁外れの巨体故に一つの動力で動くことはできない。ウルトラザウルス内部に設置された7つもの動力ブロックを起動させ、その動力でやっと動くことが可能になるのだ。
その動力ブロックだが、6つまでは起動済みだ。最後の一つの起動だけが間に合わないのである。
「いい、ウルトラザウルスの動力ブロックは6つが起動済みなの。だったら、その動力で7つめを連動させて、一気に寝坊助ゾイドを叩き起こしてやるのよ」
「そんなこと可能なのか!?」
「うるさい! シロウトは黙ってて!」
疑問を口にした共和国兵へ暴言を叩きつけ、ムンベイ自身もブリッジ内を奔走した。
ほどなくして、フィーネから起動準備完了の報告が届く。だが、その時だった。
「うわっ!?」
ウルトラザウルスの頭部が激しく揺れた。下で行われている戦闘の流れ弾が直撃したのだろう。ムンベイもしりもちをついてしまい、痛むお尻を抑えながら立ち上がる。
「あぁもうバンたちしっかりやりなさいよね!」
愚痴る様に言い捨て、すぐに操縦席に駆け込む。
背後ではクルーガーが負傷したという声が聞こえたが、ムンベイは意識してそれを頭から追い払った。一人二人の負傷で騒いでいる場合ではない。クルーガーはウルトラザウルスの艦長を任じられているが、だからといって気にかけている時間はないのだ。
最終調整を済ませ、いよいよ準備が整う。
『ムンベイ、こっちは確認も終わったわ。どう?』
「オッケー、フィーネ。さぁ、時間よ。起きなさい、寝坊助ゾイド!」
絶対の自信を賭けて、ムンベイはウルトラザウルスを起動した。
だが、ウルトラザウルスは動かない。
「おい! 動かないじゃないか!」
「えぇ!? ちょっとなんでよ!?」
傍の共和国兵士の追撃に返す言葉はない。準備は万端だったはずだ。なのに、なぜウルトラザウルスは起動しないのだ。
「落ち着け!」
再び浮き足立つブリッジ内に、ハーマンの一声が響き渡った。
「もう一度チェックし直すんだ。最後まであきらめるんじゃない!」
ハーマンの胸には、艦長であることを示すバッヂがつけられていた。
ウルトラザウルスの艦長は、クルーガーである。それがハーマンの胸元に移されたということは、艦長としての役割もそのまま移行していることを示している。
――へぇ、やるじゃない。ハーマンの奴。
デススティンガー出現の報が成された時もそうだったが、ハーマンの指揮官としての能力は十分なものだった。それは、ウルトラザウルスの起動に失敗し失意が漂い始めた艦内を一声で奮い立たせたことからも見て取れる。
ハーマンも自分のすべきことを全うしているのだ。ならば、ムンベイも自身に与えられた役割をおざなりにしてはいられない。
「フィーネ! トーマ! もう一度動力炉の接続をチェック。見逃さないでよ!」
『ええ!』
『了解した!』
二人が再度のチェックを行う間、むろんムンベイも操縦席からウルトラザウルスへのアプローチを試みる。
ゾイドは生物だ。それは、並のゾイドをはるかに上回るとてつもない巨体を誇るウルトラザウルスでさえ、変わらない。ゾイドを動かすのに必要である重要な要素は、結局のところパイロットとゾイドの相性なのだ。
『報告します。第二動力ブロックとの接続が不十分だったようです。接続、完了しました』
「よぉし! 今度こそ起動だ!」
報告を受け、ハーマンが指示を下す。
全員が固唾を飲んで見守る中、ムンベイは操縦席のレバーに触れた。祈る様に、握り込む。
――ウルトラザウルス、お願い……!
ゆっくり、ムンベイはレバーを倒した。
同時刻、三つ目の山脈を貫いたデススティンガーの砲塔には、ウルトラザウルスを貫く荷電粒子が集束している。
これが、最後のチャンスだ。
ムンベイは、握り込んだ右手に振動を感じた。
それは途切れることなく、また一気に強くなり、超巨大要塞全体を激しく揺らした。コアが鼓動し、生み出されたエネルギーが1000mを越える機体の全身に送り届けられ、最初は低く、そして一気に高く、それは声を上げた。
クゥォオオオオオオオオ!!!!
甲高い、久方ぶりの目覚めに大あくびをするように、ブリッジが持ち上がる。巨大な大岩のような足がゆっくり持ち上げられ、水の無い湖底を振動させた。
「やった!」
「目覚めたか!」
ムンベイが歓声を上げ、ハーマンは会心の笑みを宿す。ブリッジに居た他の者たちも同様で、またそれはウルトラザウルスの内部に詰めていた者全員の感情でもあった。
ついに訪れたのだ。ウルトラザウルスの、覚醒の時が。
だが、まだ気を許していい段階ではない。
荷電粒子を集束させたデススティンガーは、今まさに撃ち放たんとしていたところだ。
「荷電粒子砲が来るぞ! 回避!」
「あいさー!」
ハーマンの指示に応え、ムンベイはウルトラザウルスのレバーを強く引いた。もう片方を前に押し出し、巨体を少しでも横へと移動させる。
放たれた荷電粒子砲がウンディーヌレイクの斜面にぶつかり、大爆発を巻き起こした。立ちこめる煙が視界を奪い、その煙に紛れてウルトラザウルスは脱出を図る。
「よし! 目的地はピレムデン諸島だ! 行くぞ!」
ウンディーヌレイクを抜け、ウルトラザウルスは海へと向かって歩き出す。
希望の大要塞が動きだし、帝国と共和国の反撃への第一歩が、この時踏まれたのだ。