「状況は?」
持ちこまれた書類に目を通したヴォルフは、視線を書類に向けたまま問いかける。
「は。現在、ヘリック共和国はニューヘリックシティの市民を帝都ガイガロスへ避難させている模様です。おそらく、首都決戦は避けられないのでしょう」
「首都決戦ではなく、首都の放棄だろうな」
痛烈な皮肉を口にする。ズィグナーが顔をしかめるが、ヴォルフは気にしなかった。つい最近まで、こちらを邪険にしてきた共和国だ。少しくらい愚痴ったところで、大した問題ではない。問題視するだろう共和国の人間がいないのだ。このくらい、許されてもいいではないか。
「ヴォルフ様……」
「すまんな。私もヤキが回っているらしい」
形だけ取り繕うも、ズィグナーには見抜かれているだろう。ヴォルフは目を通していた書類から侮蔑するように視線を外す。
「我々を散々悪党モドキ扱いして、いざとなったら援軍要請か。共和国も落ちたものだな」
「ヴォルフ様」
「分かっている。ルイーズ大統領からは、謝罪の言葉も貰っているさ。それに、大統領の真意は知っているつもりだ。ただ、我々が抱えた問題と、共和国の高官どもの目の付け所が、絶妙に悪かっただけのことだ」
正直なところ、ヴォルフはイラついていた。
レイヴンの件で散々
両国のトップは心苦しく思っているのだろう。だが、その下に着く高官たちの下心は見え透いている。
上から目線で協力を強いてくるその態度に、ヴォルフとしては物申したい。
お前たちのふがいなさが、デススティンガー復活という事態に発展してしまったのではないか? と。
それが責任の押し付け合いで、醜いことであるのは承知の上だ。だが、ここ数ヶ月で溜まった鬱屈した感情が、ヴォルフの中に黒い感情を芽生えさせ始めている。
「さて、愚痴るのはこの辺で終わりとしよう。それで? 共和国はどうするつもりだ?」
「ニューヘリックシティでデススティンガーを叩くつもりでしょう。ですが、それはあくまで倒せればよしといった程度のもの。本命は――」
「例の、最終決戦プログラムか。我々には概要すら伝えない、GF設立の裏に秘められた計画。
暗黒大陸での戦い以降、ヴォルフはとある二人を共和国に潜入させた。彼らは少しずつ、確実にその奥部まで入り込み、ついにはヴォルフ達
それが、GFに秘められた最終決戦プログラムだ。
「さて、それで?」とヴォルフが続きを促すと、ズィグナーはよどみなく答えた。
「我々には、例の機体の準備が整うまでの時間稼ぎが要求されています。ドクター・ディ主導の最終兵器がもうじき完成しますが、
「捨て駒、というわけか」
自虐するような物言いにズィグナーの眉間に皺が寄った。先ほどから、ヴォルフの言いぐさは自分たちを卑下するようなものが多い。それも最近の
ズィグナーの視線からその意図を察したのか、しかしヴォルフは肩を竦めるにとどめた。
「ウィンザーとサファイアは?」
「は、既に出撃しました。アーサー・ボーグマン少佐と、輸送部隊の護衛にあたることとなっております」
「重要機密の物資、切り札となり得るものだから、厳重に厳重を重ねるのも致し方なし、か」
出撃していった者たち、そして今準備を整えているだろう者たちを思い浮かべ、ヴォルフは今後の行動をシミュレートする。決断を下すのに、時間はいらなかった。
「ズィグナー、
ズィグナーは微かに瞠目し、すぐに平静を装いつつ「はい」と答える。
「よし、アンナとハルトマンを連れて行く。留守はズィグナー、お前に任せるぞ」
「は……、しかしヴォルフ様。あれはまだ……」
「相手はデススティンガー、我が『
デススティンガーという未曽有の危機に対し、ヴォルフは自信を持って言い放った。傲慢さすらにじみ出ているその態度に、ズィグナーは懸念を覚える。
ヴォルフは昨今の置かれている状況から、だいぶ参ってきているのではないだろうか。自分たちを認めない両国の高官たちに。大望の成就が少しずつ視界に収まる距離まで近づいているからこそ、これまでの苦難の道を思い返し焦っているのではないだろうか、と。
「ハルトマンには例のテスト機を使ってもらうとしよう。ガイロス帝国との共同開発だったあれも、そろそろ実力を確かめてよい頃合いだ。ダークスパイナーも、自動操縦しか無理だったが、今回は十分な戦力となろう。それから……」
僅かに含み笑いすら浮かぶヴォルフに、ズィグナーはほんの少しの不安を覚える。このままでは、
「……いや」とズィグナーは思い直す。道が逸れているのなら、正せばいい。何のために、自分はギュンター・プロイツェンから離反し、ヴォルフを担ぎ上げてここまで来たのだ。それは、このまま倒れる道を歩むためではない。
「ズィグナー」
呼びかけられ、ズィグナーは意識を戻す。
「行ってくる」
涼しい顔で言い放つヴォルフに、今は止めるべきではないと思った。ヴォルフの道は正しい。それを信じ、見定め、外れれば矯正する。それが、自分の役目なのだろう。
いや、もしかしたらそれは、ズィグナーではなく彼の親友の役目ではないのか。
ならば、
「御武運を、殿下」
あえて呼び方を嘗てのものに改め、ズィグナーはヴォルフを見送った。
***
ニューヘリックシティは、戦火の炎に包まれていた。
象徴とも言うべきゴジュラス像は半ばから貫かれ、脆くも崩壊した。惑星Zi史にも名を遺すだろう多くの化石と化したゾイドが眠る博物館は叩き潰された。ニューヘリックシティの市民にとって憩いの場であろう商店街は、見る影もなく灼熱の中に消えて行く。
「ニューへリックシティが、クソォ!!!!」
拳を握りしめ、ロブ・ハーマンは愛機シールドライガーのキャノピー越しに怒気の籠った眼光をデススティンガーに浴びせかける。当然だが、デススティンガーは一切気にするそぶりを見せず、破壊活動にいそしんだ。
デススティンガーはニューヘリックシティの西側からまっすぐ向かって来ていた。
そこから進撃ルートを予測した共和国軍は、強固な防衛線をルート上に配置した。
だが、デススティンガーはその行動をあざ笑うかのようにマウントオッサ火山の
いかなゾイドと言えど、灼熱のマグマの中で活動は出来ない。その常識があっさり叩き潰され、デススティンガーの行方は一時不明となった。
そして、次の対策を練っている最中に、デススティンガーはニューヘリックシティの地下から出没。防衛隊の裏をかいて共和国の首都に牙をむいたのである。
『おいトーマ。手ぇ貸せ』
『分かった。行くぞ! 奴を叩き潰してやる』
付近まで戻ってきていたアーバインとGFのトーマ・リヒャルト・シュバルツの二人が前に出た。
アーバインのライトニングサイクスがデススティンガーの眼前をちらつき、注意を引き付けたのちに一気に懐へ潜り込み、背後をとる。トーマのディバイソンもライトニングサイクスの援護を受けてデススティンガーに接敵した。共に、死角である背後からの攻撃を狙ったのだ。
ライトニングサイクスの背部砲塔から、ディバイソンの17門突撃砲から火砲が、吸い込まれるようにデススティンガーへと突き刺さって行く。
だが、デススティンガーは痛痒を受けた様子がまるでなく、無造作に機体後部の鋏のような爪を開き、二機のゾイドを掴み上げた。
脱出しようともがく二機だが、大型ゾイドの10倍はありそうな巨体のデススティンガーに捕まれれば脱出はほぼ不可能だ。ギリリと締め付けられ、そのまま投げ捨てられた。
「アーバイン! トーマ!」
崩れ落ちる二機のゾイドに向かって、ハーマンが叫ぶ。
『申し訳ありません……システムフリーズです』
『わりぃな。無理し過ぎたようだ』
通信設備もイカれてしまったのか、とぎれとぎれながら二人からの報告が届いた。声の質からして、パイロットへのダメージは少なく済んだのだろう。
「無茶をする。下がっていてくれ」
少しすれば動けるようになるだろう。そう予測し、ハーマンは指示を出す。そして、デススティンガーに意識を戻した。
デススティンガーはなんとしても止めねばならない。共和国の首都であるニューヘリックシティはほぼ陥落しているが、一切の手傷を負わせることすらできずに陥落されたとなれば、共和国の軍人たるハーマンの意地はズタズタだ。
なにより、それ以上に、共和国の首都を守りきることはハーマンたち軍人が何を置いてでも成し遂げるべきことだったはずだ。それがこうもあっさり陥落させられ、デススティンガーはもちろん己すら許せるわけがない。
なんとしても、ここでデススティンガーに一矢報いてやらねば気が済まなかった。
だが、デススティンガーの防御性能の圧倒的力が今、目の前で見せつけられている。
ライトニングサイクスとディバイソンの砲撃は、デススティンガーには全く通じていなかった。だが、それは正確ではない。正確には、デススティンガーのEシールドには、全く通じなかったのだ。
ライトニングサイクスは古代ゾイド人の残した技術を限定的ながら取り入れ、ドクター・ディとガイロス帝国が共同開発した、現時点でのガイロス帝国とヘリック共和国の中では最新鋭の機体だ。高速走行からの射撃を主な戦闘スタイルとしていることから、その火力はセイバータイガーのものすら凌ぐ。
ディバイソンはと言えば、前面に集中装備された17門突撃砲に両頬のミサイルポッドなど、砲撃能力に関して言えば共和国製の機体の中では随一のゾイドだ。バスターキャノンを装備したゴジュラスやゴルドスは遠距離からの砲撃性能に主眼が置かれており、近距離での砲撃であればディバイソンは共和国ゾイドの中でもトップクラスの火力を秘めている。
そんな砲撃に比重が置かれたゾイド二機による連続射撃を、デススティンガーはあっさり耐えきった。いや、デススティンガーにとっては「耐えた」という感覚すらなかっただろう。子どもの投げた小石が髪の毛を撫でた、その程度だったのではないだろうか。
デススティンガーのEシールドの力は圧倒的だ。だが、逆を言えば、デススティンガーのEシールドさえ突破すれば、可能性はある。そこに、ハーマンは突破口を見出した。
Eシールドを崩すにはどうすればいいか。そのヒントは、ハーマンがこれまでに経験した戦いの中にあった。
一人いるのだ。Eシールドを標準装備した機体を目の仇にし、ひたすらその攻略に身をとしてきた男が。そして、その男が見出したEシールド崩しの術が、ハーマンの脳裏にありありと描かれている。
「シュバルツ大佐。俺に策がある。乗ってはくれないか?」
「ああ分かった、ハーマン少佐。貴殿の策に乗ってやる」
ハーマンは愛機シールドライガーのEシールドの出力を全開にし、デススティンガー目がけて体当たりを敢行する。その背後に、シュバルツのセイバータイガーSSがぴったりと追走した。
『愚かなムシケラどもが。無駄な足掻きと言うのが分からんか』
淡々と、蔑むようなヒルツの物言いが響く。
「無駄な足掻きかどうかは、やってみなければ分からんさ!」
『ああ、そういうことだ!』
通信先でシュバルツが声を荒げ、いつも目深にかぶっている帽子を投げ捨てた。整った金髪がシュバルツの激昂に合わせて猛々しく踊り、セイバータイガーSSも闘志を燃やすように吠える。
セイバータイガーSSの雄叫びに応じるようにシールドライガーも気持ちを高ぶらせるように一声上げ、そしてEシールド全開のままデススティンガーにぶつかる。
シールドライガーのEシールドとデススティンガーのEシールドがぶつかり合い、形容しがたい光を弾かせ合う。
『ほぅ、考えたな。Eシールド同士を反発させあうとは』
「これで、シールドをダウンさせてやる!」
ハーマンの目論見は、果たして成功する。ぶつかり合ったEシールドが互いの反発力をぶつかり合わさせ、発生装置がショートを起こしたのだ。
シールドが消え去り、しかしデススティンガーは止まらない。低い姿勢から鋏を振り上げ、鋏に格納されていた砲塔を突き出すとシールドライガーの背中に浴びせかけた。
「ぬ、ぐぁあ!」
たった一撃、その一撃だけで、シールドライガーは悲鳴を上げてエビのように背中を反らせ、沈黙する。
だが、それで終わりではない。
崩れ落ちたシールドライガーの背中を蹴り、セイバータイガーSSが跳躍した。
『くらえ!』
シュバルツが啖呵を切り、セイバータイガーSSの背中のビームガトリング砲が火を噴いた。瞬きすら許されないスピードでビーム弾が吐き出され、デススティンガーの頭部を叩いてゆく。
だが、これも通じなかった。Eシールドは突破できたものの、デススティンガーの強固な装甲がビーム弾の全てを受けきってしまう。
逆に振り上げた鋏を無造作に叩きつけられ、セイバータイガーSSは炎に包まれたニューヘリックシティの建造物に半身をめり込ませて沈黙する。
「くっ、攻撃の手を緩めるな!」
突破されたEシールドが復旧するまで時間はあまりないだろう。ハーマンの指示に応え、首都内に残っていた防衛隊のゾイドから次々に砲撃が叩き込まれる。だが、デススティンガーは群れるアリを振り払うかのようにそれらを薙ぎ払って行った。
幾多のゾイドが挑み、その全てが無駄であったように薙ぎ払われていく。その光景は、嘗て帝都に現れたデスザウラーの比ではない。それをはるかに上回る、圧倒的な大敗を見せつけられた。
機体のシステムフリーズで動けないハーマンやシュバルツは、歯噛みしながらそれを見送るしかできない。
『後は我々に!』
そこに、首都内防衛隊よりも多くのゾイドが集まってきた。首都の外で防衛ラインを築いていた、対デススティンガーの防衛本隊だ。
彼らの合流はハーマンの希望の灯に一筋の光を取り戻した。
嘗て、帝都に現れたデスザウラーは圧倒的な個の力を見せつけるも、帝国と共和国による連合軍の火砲の前に動きを止めることに成功している。
現れた共和国の防衛本隊は、当時のそれに匹敵するとは言わずとも、技術の進歩からゾイド個々の性能を加味すると同等の戦力を有しているはずだった。
彼らの戦力ならば、或いはデススティンガーに一矢報いることも可能なのではないか。そんな予感が、ハーマンの胸中に生まれていた。
一機のシールドライガーDCS-Jが前線に躍り出た。シールドライガーMk-Ⅱを引き連れ、シールドアタックを敢行する。デススティンガーの復活しかけだったEシールドが再度ショートし生身の装甲が晒される。
合図に応え、後方からの集中砲火が浴びせかけられる。カノントータスとゴルドスシャイアンを中心とした、遠距離重砲撃ゾイドによる火砲の嵐だ。
さらに、他のゾイドたちも一斉にデススティンガーに己の火砲を浴びせかける。コマンドウルフが、ガンスナイパーが、ゴドスが、ゴジュラスが。共和国の持ちうるゾイドたちの多くが、デススティンガーを倒すことに集中する。
「やったか!?」
ハーマンは思わず歓声を上げた。
帝都に現れたデスザウラーであれば、装甲の一部は弾き飛ばせる。それほどの火力を叩きこめたはずだった。だが、
『ハーマン少佐。ダメです』
最前線でその様子を見ていたシールドライガーDCS-Jのパイロットが苦心を表情に表しながら言った。その言葉を肯定するように、煙の向こう側からデススティンガーの太く分厚い鋏爪が繰り出される。
とっさのことにそれを躱せたのは、DCS-Jのパイロットの優秀さゆえだ。近くに居たシールドライガーMK-Ⅱが鋏に捕まり、一瞬で握りつぶされ、投げ捨てられる。
『これは、厄介すぎますわ。後退を』
前線の維持が難しいと判断したゴルドスシャイアンのパイロットが部隊を退かせる。
「後退!? モントゴメリー中尉! 何を言っている!」
『首都が落とされたとて、私たちは負けたわけではありませんわ。再起にかけ、撤退すべきです。大統領からの指示もあったでしょうに』
ハーマンの怒声を、中尉の言葉が一喝する。階級はハーマンの方が上なのだが、言い負かされたのはハーマンの方だった。
『それに、我がヘリック共和国と英国の意地が、このような不遜な輩に全て叩き潰されるわけがありませんでしょう? デススティンガーの脚部を集中砲火。少しでも進撃を遅らせるのです!』
中尉の指示に応え、頭部装甲や尾部の武装に集中されていた砲撃が脚部に変更される。
デススティンガーの足元が揺らぎ、足が崩れた地面に陥没し、僅かながらデススティンガーの行軍が抑えられた。
『ほう、ムシケラどもも多少はやるようだ』
相変わらずというべきか、ヒルツからは余裕の表情と態度が消えることが無い。屈辱的だと思いつつ、ハーマンも撤退に方向を転換すべく指示を出す。
少しずつ、ニューヘリックシティの戦いはハーマンたち共和国の完全敗北と言う形で、幕を下ろそうとしていた。
『どけぇええええええ!!!!』
その時だった。
猛烈な怒気と共に共和国防衛隊を蹴散らして一体のゾイドが現れた。
「レイヴンだと!?」
ハーマンは瞠目し、現れた真紅の魔装竜を見た。
レイヴンは、ジェノブレイカーは一瞬動きを止めた共和国軍など見向きもせず、脚部のウェポンバインダーキャノンの銃口をデススティンガーに向け、撃ちこんだ。
『仲間割れ、なのか……?』
困惑しつつシュバルツが呟いた。
ヒルツの行動は謎が多かったものの、レイヴンと繋がりがあることは予測されており、またレイヴンの裏で糸を引いているということも半ば確信されていた。だからこそ、レイヴンとヒルツが戦闘に突入することは、シュバルツやハーマンにとって予想外であったのだ。
『ロブ! 大統領から撤退の指示よ! 急いで』
「あ、ああ、分かった。全軍、退くぞ!」
防衛本隊のアルカディアからの提案を即座に受け入れ、ハーマンは指示を飛ばす。
守るべきはずだった共和国首都ニューヘリックシティに背を向け、ハーマンたちは戦場を脱する。
***
「ヒルツ、キサマァ!!!!」
レイヴンの怒声が業火の轟音に包まれるニューヘリックシティに響き渡る。
ジェノブレイカーとデススティンガー。共に帝国と共和国を恐怖と混乱に包み込んだゾイドでありながら、その戦いは一方的なものだった。
レイヴンの指が素早くトリガーを引き絞り、脚部のウェポンバインダーから連続してビームキャノンが吐き出される。吸い込まれるようにデススティンガーの装甲に直撃し、しかしデススティンガーはあっさり弾いて見せた。
『レイヴン、なんのつもりだ?』
「黙れ!」
『シャドーはどうした? シャドーが居なければ荷電粒子砲はおろか、シールドすら満足に張れないのではないか』
「くっ、シャドーは……」
ジェノブレイカーはただでさえ扱いの難しいゾイドだ。レイヴンほどの腕を持ったゾイド乗りだろうと、少しでも油断すればたちまち制御を離れられてしまう。また、オーガノイドのサポートがあってようやく秘めたポテンシャルを遺憾なく発揮できるのだ。
しかし、そのシャドーは……。
『所詮はムシケラオーガノイドと言ったところか。あの程度のダメージで戦えなくなるとはな』
「黙れぇ!!!!」
ジェノブレイカーは頭部のレーザーチャージングブレードを展開し、突撃を仕掛けた。だが、これもデススティンガーには通じない。
デススティンガーはジェノブレイカーの頭部を僅かに突き出された牙、レーザーファングで捕まえると、両の鋏をジェノブレイカーの側面に叩きつけた。エクスブレイカー基部のフリーラウンドシールドに鋏爪がめり込み、穴を穿ち、終いにはフリーラウンドシールドを弾き飛ばした。
ジェノブレイカーはそのまま突き飛ばされ、ニューヘリックシティの大地に機体は横倒しとなった。
倒れた衝撃で、レイヴンも機体から投げ出される。
『レイヴン、お前の裏切りには、ダークカイザーもさぞお嘆きの事だろう』
「フン、奴のことなど、俺にはどうでもいい」
『そうか。だが、裏切り者には消えて貰わねばならんな』
デススティンガーの尾先の砲塔におびただしいエネルギーが注ぎこまれる。
荷電粒子砲だ。
デススティンガーほどの巨体であれば、デスザウラーのそれに匹敵する荷電粒子砲を撃つことも容易だ。そして、Eシールドを満足に張ることも出来ないジェノブレイカーに、それを凌ぐ術はなかった。
『バイバイ、レイヴン』
ヒルツの指から意志がデススティンガーに送り込まれ、デススティンガーは無造作に荷電粒子砲を発射する――その直前に、動きを止めた。
ヒルツの意識が視界の端からやってくる一機のゾイドに向けられた。
青いジェノザウラーだ。
ジェノザウラー――サイコジェノザウラーはジェノブレイカーの横に立つと、胸部のコックピットを開き、中からリーゼが降りてくる。そして、横にレイヴンが居るのに目もくれず、デススティンガーだけを視界に収める。
「……ヒルツ。僕は、必要ないのか……?」
リーゼがゆっくりと吐き出した言葉は、震えていた。
「デススティンガーが復活した。だから、僕はもう、必要ないのか? だから、僕も撃ったのか……?」
レイヴンはあずかり知らぬことだが、デススティンガーがバンとレイヴンの戦いの最中に向けて放った荷電粒子砲は、その様子を窺っていたリーゼも射程に収めていた。
デススティンガー=ヒルツは、リーゼすらも標的としていたのである。
『そうだ。お前はもう、必要ない』
冷徹に、いや、感情の一切ない声で、ヒルツは言った。
リーゼの表情がビシリと固まり、酷く悲しげな感情が見え隠れする。
その表情を見て、レイヴンは思い当たる節があった。
リーゼのそれは、信じていたものを失われた瞬間の表情だった。同じ顔を、レイヴンも嘗てしたことがある。赤いオーガノイドに両親を殺された時、孤児となった自分を拾ってくれたダン・フライハイトが目の前で散って行った時。
信じることの出来そうだったものを亡くした時、レイヴンは今のリーゼのような表情だったように思う。それはもう一つ、暗黒大陸で自らを犠牲にすると決めた時、信じられるものから、自ら離れると決めた時もそうだった。
それで分かった。
リーゼは、不安だったのだろう。
孤独に苛まれ、誰かに必要とされることで、自身を保ってきた。彼女がどのような生い立ちを辿ってきたのかは知らないが、誰かに必要とされ、そのために生きることで、彼女は自分を保ってきた。
いつもレイヴンに見せていた嘲笑する彼女は、そんな本心を覆い隠すための必死の虚勢だったのではないか。
だとしたら、自分とリーゼは、案外似ているのではないか。
本心を――嘗て抱いていた心を押し込み、今の自分の姿を必死で描こうとする。本当の自分を隠し、作り上げた自分を演じようとする。そんな姿が、同じではないか。
『消えろ、レイヴンと共に』
再度、デススティンガーの尾先に荷電粒子が集束する。
リーゼは、動かなかった。もはや自暴自棄になったのだろうか。死を覚悟したのではなく、何もかもどうでもよくなったかのように、一切表情を変えずにただその場に立ち尽くす。
――ちっ
胸中で舌打ちし、レイヴンは立ち上がる。記憶を掘り返し、思い出した名を叫んだ。
「スペキュラー!」
反応は、早かった。
サイコジェノザウラーに合体していた青いオーガノイドは呼びかけに応じて姿を現す。
「お前の主を助けたいなら、俺に力を貸せ!」
スペキュラーは主とレイヴンを見比べ、見定めるように数秒ためらった。そして、デススティンガーの脅威を正しく認識したのだろう、レイヴンの意図に従い。ジェノブレイカーに合体する。
レイヴンはスペキュラーが動き出したのと同時に走っていた。リーゼの腕を掴み、半ば投げ込むようにジェノブレイカーのコックピットに押し込む。
――くそっ、時間が……
スペキュラーの数秒のためらいが、仇となった。デススティンガーはすでに荷電粒子砲の発射寸前だ。回避するには距離が足りず、Eシールドで凌ぎ切れるかは怪しい。
だが、生き残れる可能性が高いのはEシールドで少しでもやり過ごす方だろう。スペキュラーとの慣れない意思疎通をどうにかこなし、ジェノブレイカーの表面にEシールドが展開される。
その刹那、荷電粒子砲が叩きつけられた。
「ぐっ……くそ」
『キュォォ……』
デススティンガーの荷電粒子砲は、ジェノブレイカーのものをはるかにしのぐ火力だった。とてもではないが、付け焼刃のオーガノイド制御によるEシールドでは凌ぎ切れない。早々に限界が訪れ、ジェノブレイカーは荷電粒子のチリと化すだろう。
「くそ、限界か……」
レイヴンの呟きを最後に、ジェノブレイカーを光の本流が覆った。