ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第107話:大鴉と暴風

 共和国領内にある小さな山。アララテ山と呼ばれるそこは、山頂に個人の研究施設が建てられた、あまり人に知られていない寂れた山だった。

 

 そして、それも過去の話だ。

 

 

 

 朽ち果てた研究施設の崩れた壁に背中を預け、レイヴンはコーヒーカップを傾けた。その傍らには、黒いオーガノイドの姿をした石が横たわっている。

 いや、以前は動いていたのだ。ただ、ほんの数日前に機能を停止し、二度と動かなくなった、ゾイドの亡骸なのである。

 

 動かなくなったオーガノイド――シャドーをちらりと見、レイヴンは自分が背を預けている建物を見た。否が応にも、記憶の奥底に投げ込んだままだった苦痛が蘇ってくる。

 

 ――ここは、あの時から何も変わっていないな。

 

 小さくため息を吐き、レイヴンは意識を戻す。

 今の世間がどうなっているか、多少なりとも情報はあった。

 

 出現と同時に荷電粒子砲を放ったデススティンガーは、その後シュモクザメ型ゾイドのハンマーヘッドを巨大化させた輸送機、ハンマーカイザーに載せられて遥か高空へと去った。そして、無差別に荷電粒子砲を叩きつけ、村々を襲い始めたのだ。

 また、帝国と共和国の領地内ではヒルツの配下と思しき集団が一斉に蜂起。各地で戦乱を巻き起こし、エウロペの大地は嘗ての戦争状態と同様なほどに荒れ果てようとしていた。

 

 これに対抗すべく、共和国では特殊ブースターを搭載した二機のストームソーダーがハンマーカイザーを撃墜すべく出撃、見事その役目を果たしたと言う。

 

 だが、デススティンガーはこれをものともしなかった。

 

 ハンマーカイザーが滞空していたのは高度11万メートルの上空だ。ほぼ成層圏と言ってもよいほどの高空から一切の対抗措置なしに墜落したと言うのに、デススティンガーは健在だったのである。

 

 そして、現在は共和国の偵察部隊の追跡を受けながら悠々と進撃、脇目も振らずに共和国の首都、ニューヘリックシティを目指しているらしい。

 

 レイヴンはこれらの情報を共和国の無線を傍受して知り得た。今後の行動の指針の一つになればとも思い拾った情報なのだが、正直なところどうでもよかった。

 

「……なぁ、見てるか、シャドー。ここが俺の生まれ、育った場所だ。長く過ごしたことはなかったがな」

 

 シャドーは、答えなかった。

 当然だ。ゾイドが石化するときはただ一つ。その生命が終わりを迎え、ゾイドコアが停止したその時、ゾイドの鋼の肉体は石と化す。

 ゾイドの石化は、ゾイドの死である。

 

「シャドー……」

 

 答えない。

 問いかければ、話しかければ、応えてくれる。それがいつしか当たり前になっていた。邪険に扱おうと、酷使しようと、従順について来てくれた存在が、もう動かない。応えない。

 当たり前だったはずのそれが、もう、ない。

 

「どうして俺は、忘れていたんだろうな」

 

 シャドーがどれほど大切な存在か、それは、自分が壊れると自覚した時、自分の周りにあるものが全て消え去ると分かった時に、ずっと深く後悔したはずだ。

 暗黒大陸で己の全てが終わる瞬間に、分かっていたはずではないか。

 なのにどうして、それを忘れていたんだろう。どうして、もう一度それを味合わなければならないのだろう。

 

「……シャドー?」

 

 淡い光が視界にちらちらと踊り、レイヴンはシャドーを視界に映す。シャドーの亡骸は、淡い光を放ち、それはますます強くなっていた。

 そして、

 

「なっ……!?」

 

 一瞬、ひときわ強く光ったかと思うと、シャドーの姿は跡形もなく消えた。

 

「そんな……どうして……」

 

 意味が分からない。シャドーが石と化し、その生命に終わりをつげ、今日で一週間ほどだ。今日まで何の変化もなかったというのに、なぜ今日に限ってシャドーは姿を消したのだろう。

 訳が分からない。

 ただ一つ、はっきりしていることは、

 

 レイヴンは、またしても全てを――今度こそ完全に失ってしまったのだ。

 自分の元にある、最後まで残っていた全ての――唯一の仲間が、失われたのだ。

 

 どうして、こんなことになってしまうのだ。

 どうして、自分はいつもこうなのだ。

 手元に居て欲しい者、一緒にささやかな幸せを享受したいもの、結局は全て失われてしまう。

 

 家族も、居場所も、唯一の仲間だって、全部――全部消えてしまう。

 

『……す、繰り返します。デススティンガーはなおを進行中。現在の速度を維持すると、明後日にはニューヘリックシティに到達するものと……』

 

 その通信は、レイヴンの頭に電撃を走らせた。

 自分が全てを失うのはなぜか。そんなことは今どうでもいい。

 大切な者が、シャドーが死んでしまったのは、ジェノブレイカーを限界以上に酷使したからだ。その制御に力を使い果たし、シャドーは倒れたのだ。

 では、ジェノブレイカーをそこまで追い込んだのは誰か。答えは簡単だ。

 デススティンガーであり、ヒルツだ。

 

 思い至れば、何をすべきかなど容易く分かる。

 

 レイヴンは、ジェノブレイカーのコックピットに乗り込み、起動させる。

 

「……ヒルツっ!」

 

 帝国と共和国を翻弄し続けた魔装竜が、アララテ山天文台から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 デススティンガーが向かっているのがニューヘリックシティなのは、当に知っている。共和国は厚い防衛線を張っていることだろう。無駄なことだが。

 デススティンガーは強大だ。並のゾイドが十個師団揃ったところで、まとめて蹂躙されるがオチだ。そして、それはジェノブレイカーだろうと変わりはないだろう。

 これは犬死だ。そんなことは分かっている。だが、だからと言って、黙っている訳にはいかない。シャドーを奪った者に、鉄槌を下さねばならない。全てを失った自分に、やれることはもうそれしかない。

 

「…………っ?」

 

 ジェノブレイカーの最高速度は時速345キロだ。現存する陸戦ゾイドで、これに匹敵する速度を秘めているのは、アーバインの駆るライトニングサイクスくらいだろう。

 そのジェノブレイカーに迫る影があった。

 漆黒の闇夜の所為だろうか、姿は掴めない。だが、ナイフのような鋭い気配が、ジェノブレイカーを追いかけている。振り切るのは簡単だが、なぜか止まってみなければならないと思った。

 影は、立ち塞がる様にジェノブレイカーの眼前に現れた。

 

『……レイヴン?』

「ローレンジか」

 

 現れたのは、失った筈の居場所の主であった。

 

 

 

***

 

 

 

 デススティンガー出現の報は、僅か一日で帝国と共和国の間を駆け巡った。情報は各地を飛び交い、各国はその対策に緊急会議を招集するまでに至っている。またその先兵であろう謎の集団が各地で暴徒と化していることも、悩みの種として上げられた。

 当然、ローレンジもその情報を得ていた。

 

 耳にし、詳しい話を聞けば聞くほど、とても勝ち目がないと言わざるを得なかった。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の戦力を集結しても、そこに歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の主戦力を加えても、帝国共和国の総力を結集したとしても、勝ち目はない。

 以前帝都に現れたデスザウラー以上のゾイドであることは確実だ。そして、ギルベイダーの時のように真っ向から対峙できるゾイドもいない。

 情報は不足しており、さらに各地での暴動がそれに拍車をかけた。

 デススティンガーはニューヘリックシティに向かっているという。壊滅は時間の問題だろう。

 

 こんな時こそ組織としての力を結集すべきなのだが、ローレンジはそれをよしとはできなかった。

 勝ち目がない戦に、無駄な命を散らせるわけにはいかない。

 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)には待機を命じ、様子を窺うよう徹底させた。それで得た情報と言えば、ますます勝てないと思わせるような絶望的なものだったのだが。

 

「さぁて、とにかくは……」

 

 まずはフェイト達と合流すべきだろう。

 獣の里(アルビレッジ)に残っているタリスによると、フェイトは今もレイやリュウジと行動を共にしているらしい。なにやら極秘の任務を帯びることとなったらしいが、そうなると彼女たちの身の安全がますます心配だ。

 レイという強者が同行するのだとしても、敵はその上を行っている。デススティンガーは言わずもがな、レイヴンとジェノブレイカー、リーゼにサイコジェノザウラーもある。さらに、姿は見せていないがコブラスとシロガネの存在もあった。不安は尽きない。

 

「そばに居ないと心配か。たくっ、だったら離れるなって話だろ、俺はよ」

 

 距離をとったのはフェイトやリュウジだ。だが、それをありがたいと思ったのはローレンジでもあった。結局後悔するなら、離れなければよかった。もっと真剣に向き合っていればよかったのだ。

 そう考えを改めると、自分がいかに余裕がなかったのかよく分かる。

 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の運営、メンバーの生活保護、レイヴンを各国から守り抜く、リュウジと言う押しかけ弟子をなんとか形にしようとしたこと。すべて一度にやりきろうとしたから、ローレンジは困り果ててしまったのだ。

 

 通信を開き、拠点に待機しているだろう副官を呼び出す。

 

「タリス、俺だ」

『どうしました? 頭領』

 

 呼び方はいつも通り。歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の頭領と副長の間で躱される時のものだ。呼び方一つだというに、タリスから「頭領」と呼ばれると気が引き締まる。やはり、彼女は自分に必要な人間だ。

 

「デススティンガーの状況は?」

『変化ありません。サイツさんが追跡していますが、真っ直ぐニューヘリックシティを目指しています』

「外傷は?」

『ありません。支障をきたした様子もです』

「高度十一万メートルから叩き落されて爆炎に包まれて、それで平気だってのか。大したバケモノだ」

『共和国は市民をガイガロスへ避難させているそうです。また、ニューヘリックシティに間に合わないでしょう部隊はウンディーヌレイクに集結させているようです』

「やり合う前から負けを覚悟してるってことだな。ま、実質勝ち目がないのはどっちのトップも分かりきってんだろ」

 

 共和国の下した決断は、間違いではない。ニューヘリックシティが戦火に包まれた時、そこに暮らす2000万もの市民を犠牲にすることは絶対に避けねばならない事態だ。

 だが、ローレンジには共和国の対応が、腰が引けた「逃げ腰」に見えてしまった。

 最悪の事態を避けるために市民を逃がすことは間違いではない。だが、戦力をニューヘリックシティとは別の場所に集めるのはなぜか。

 ニューヘリックシティは共和国の首都であり、要だ。首都が落とされるという事態は、国としてほぼ敗北したのと同義でもある。そこを捨てるということは、起死回生の奇策があるか、あるいは少しでも長生きするための愚策であるか。

 つまり、共和国は一日にして国の存亡をかけた選択を迫られていたのだ。

 

 デススティンガーはまさしく惑星Ziの歴史に刻まれる怪物だろう。

 そして、そんなバケモノを、ローレンジ達は相手にしなければならない。

 いや、それは果たして()()()()()()()

 

鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)はどうするつもりだ?」

『先ほど、共和国から正式な援軍要請があったようです。現在出撃準備中とのことで』

「ま、さすがになりふり構ってられないよな」

 

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が立場的に追い詰められているのは明白だ。レイヴンの一件を皮切りに疑惑を向けられ、それによって苦しい立場に追い込まれてきたのだ。ヴォルフはここで一気に印象を覆したいと思っているのだろう。

 

「具体的には?」

『ヴォルフ様率いる部隊がデススティンガーと交戦するでしょう』

「勝ち目あんのか?」

『いえ、帝国と共和国の切り札のために時間を稼ぐことを要求されています。それから、その切り札のために弾薬の材料を回収してほしいとか』

「なるほどね。結局は予備戦力ってとこか」

『それから頭領、別件ですが、耳に入れておきたいことが』

「なんだ?」

『先日、獣の里(アルビレッジ)黒龍(ガン・ギャラド)がやってきました』

「なに?」

 

 黒龍と言えば、忘れる訳がない。暗黒大陸ニクス、巫女の守護者であったジーニアス・デルダロスだ。あの一件が終結して以来、中央大陸に向かって去って行ったとの報告を最後に行方を眩ましていた彼が、こんな時期に、それも決戦の相手だったウィンザーではなくローレンジに、一体何の用だろうか。

 

『中途半端は嫌いだからと、頭領宛に手紙を』

「なんだそれ。内容は?」

『他人宛の手紙を勝手に見るような常識知らずではありませんので。検閲も、必要ないでしょう』

 

 タリスのことは信用している。彼女が何かを抱えていることはヨハンから密告されているが、それも含めて彼女は信頼に値する人物だ。その彼女が必要なしと判断したのだから、内容については後で確かめればいい。

 

「そいつは、見れるときに確認するよ。今は、デススティンガーだ」

『そうですね。私たちは、どうします?』

 

 タリスの問いに、ローレンジは答えを出していた。

 自分たちがすべきことは、露払いだ。

 共和国の持つ切り札は、ほんのわずかに残された希望である。それが役目を成し遂げるためにも、彼らに余計な苦労をかけてはならない。各地で暴徒と化したヒルツの手先は、軍に属さない自分たちにうってつけの役割だ。

 

 だが、それを告げるべく吐き出しかけた言葉を、ローレンジは飲み込んだ。

 

「悪いタリス。野暮用が出来た」

『頭領?』

 

 一方的に通信を切断し、ローレンジは目の前に現れた紅い竜に正面から向き合った。

 実際にこの目で見るのは初めてだ。だが、その姿は前身であるジェノザウラーと酷似していた。おそらく、ジェノザウラーに追加装備を施せば、同等の姿へと転じさせることも可能だろう。シールドライガーからブレードライガーのように、機体の外観を大幅に改造した機体と言うよりは、カスタマイズパーツを装備したジェノザウラーと言った印象だ。

 

 だが、それが無意味な推察なことはローレンジも分かっている。ただ強化パーツを付けただけでは、今日まで帝国と共和国を揺るがし続ける多大な戦果を上げることはできなかっただろう。

 

「……レイヴン?」

『ローレンジか』

 

 ローレンジの心臓が大きく鼓動音を響かせた。

 レイヴンははっきりと自分の名を呼んだ。そのことが、これまでにないほど嬉しい。

 

「なんだ、ようやく思い出してくれたのか」

『……ああ』

 

 レイヴンは抑揚のない声で答えた。ほんの少し違和感を覚える。だが、それは今は置いておくこととした。

 

「元気そうじゃないか。デススティンガーに奇襲喰らったらしいから心配して――」

 

 そこまで言った瞬間、ジェノブレイカーの右爪が発射された。すんでのところで回避し、ローレンジは引き戻される爪を目で追った。

 

「おいおい、感動の再会の挨拶にしちゃあ、物騒過ぎんだろ?」

 

 ひやりとした汗が、頬を伝って流れ落ちる。今の攻撃には、レイヴンからの明確な殺意を感じた。

 どうやら、自分が想定していた事態とは大きく違うらしい。注意深くレイヴンの様子を観察し、ローレンジはあることに気づいた。

 

「どうしたよ。ジェノブレイカー、万全とは言えそうにないじゃないか」

 

 デススティンガーからの奇襲を受けた際の傷は、ジェノブレイカー自身の自己回復機能によって修復されていた。だが、それでも隠し切れない傷跡が、ジェノブレイカーには残っている。

 思えば、先ほどのロケットアンカーによるハイパーキラークローも勢いが少し足りない。具体的に言えば、アンナのジェノリッターと比べても遅い。ジェノザウラーをオーガノイドの力で進化させ、その上シャドーがいるはずなのだ。ジェノブレイカーが負傷していることを踏まえても、どこかおかしい。

 

 グレートサーベルに合体しているニュートが、その違和感を言葉に変え、モニターに映し出す。それは、ローレンジがもった違和感の答えだった。

 なぜだ? そう思い、問いかける。

 

「おい、シャドーは、どうした?」

 

 瞬間、ジェノブレイカーが飛びだした。

 

「――っ!!!?」

 

 頭部のレーザーチャージングブレードを突きだし、真っ向から突撃してくるジェノブレイカーは、シャドーがいないハンデを感じさせないほどの力とスピードだった。

 横っ飛びに回避し、すぐにその場を飛び離れる。急停止したジェノブレイカーが機体を反転させ、再び爪を飛ばしてきたからだ。

 掴まれたら終わりだ。どうにか回避しきり、なおも追撃をかけようとするジェノブレイカーに対し、ソリッドライフルの銃口を向け、放つ。狙い違わずエクスブレイカーの刃を弾き、しかしジェノブレイカーを止めることは出来ず思考を回避に切り替える。

 

「くそっ……おいレイヴン! なにしやがる!」

『……どけ』

 

 ジェノブレイカーがエクスブレイカーを格納する。代わりに、尻尾を一直線に伸ばして放熱板を開き、腰を落とした。すでに見慣れたその体勢に、しかし完全には捨てきれない恐怖感からローレンジは息を飲んだ。

 

「お前、本気かよ」

『……どけと、言っているんだ!』

 

 荷電粒子砲が放たれ、禍々しい光が漆黒の闇夜を切り裂き、黒の雷獣へと迫る。

 これも横に回避するが、ジェノブレイカーは脚部のスラスターの噴射口を調整し、その場で回転して追撃をかける。

 回避しきれない。

 そう感じるのに時間は必要なく、ローレンジはその場に踏みとどまって対荷電粒子シールドを展開する。だが、いくら荷電粒子砲に対し絶対の力を有することに成功したシールドと言えど、本来サーベルタイガーにはお門違いの装備である。瞬く間にエネルギーが消費され、叩きつけられる粒子砲の圧力がシールドごとグレートサーベルを押しのけた。

 

 吹き飛び、二転三転し、コックピット内でもみくちゃにされながら、ローレンジはどうにかモニターを視界に収めた。

 意識の端で警告アラームが鳴りだす。機体に受けた衝撃と、消耗したエネルギーによる警告の信号だ。ニュートからも同様の被害が伝えられる。

 そして、ジェノブレイカーは悠然と歩み寄ってきた。

 

 ローレンジは舌打ちする。

 一撃、たったの一撃だ。荷電粒子砲の一撃を受け止めただけで、機体は瀕死も同然だった。共和国のドクター・ディが開発したシールドは、グレートサーベルと同じく外部装備であったにもかかわらず、ディバイソンやライトニングサイクスで荷電粒子砲を受けきることに成功している。それも、今よりも強力なものをだ。

 ザルカが作り上げたものは試作品で、自分が使っているシールドもそれだ。後発品の方が性能が上なのは仕方ないとしても、この差には文句を言いたくなった。

 

「サーベラ、ニュート、どうだ?」

 

 呼びかけると、二機の相棒からは苦しげな声が帰ってきた。ニュートは若干怯えも混じっている。サーベラは、一撃でのされてしまったことが不服なのだろう。

 ふと思い出すのは、初めてジェノザウラー系列機と戦った時のことだ。

 そして、当時と同じように、死の直前に追い詰められている。

 時と場所が違えば、仲間なのかもしれなかった相手に、だ。

 

「……なぁレイヴン。お前に何があったか知らないけどさ、どこに行くつもりだったんだよ」

 

 問いかけても、返事はない。倒れ伏したサーベラの前に、ジェノブレイカーは静かに立ち尽している。

 レイヴンは、こちらを排除するつもりだろう。だが、それは絶対の意志の元とは言い難かった。現に、今レイヴンはローレンジにとどめを刺すことに躊躇している。少なくとも、ローレンジにはそう感じられた。

 常に傍に居る筈のシャドーがいないこと、ボロボロの状態ながらデススティンガーに立ち向かおうとする姿。それは、

 

「……デススティンガーに、復讐でも考えてたのか?」

『黙れ』

 

 なんとなく口にした言葉は、自分がレイヴンの立場だった時のことを考えて言った。

 もしもローレンジがレイヴンと同じ立場で、シャドーではなくニュートやフェイトを奪われたとして、ローレンジは我慢できない。例え勝ち目のない戦いだろうと、せめて一矢報いようと挑みかかるだろう。

 

「シャドー、死んだのか」

『黙れ!』

 

 レイヴンの声に怒気が混ざる。貫かれるような殺意がローレンジに向けられ、しかしそれは揺らいでいた。

 

「だったら、俺はここで崩れてられねぇな。そうだろ」

 

 操縦桿を握る手に力が籠り、それを受け止めたと言わんばかりにサーベラは立ち上がる。だが、すぐさまジェノブレイカーに蹴り飛ばされる。

 再び大地を転がり、足がひしゃげる嫌な音がコックピットに響いた。

 

『黙れと言っているんだ!』

 

 レイヴンの怒声が頭に響く。だが、震えるような声音で言われ、どうしてそれを受け入れられようか。

 

「黙らねぇよ! お前、シャドーを失くして、自暴自棄(ヤケ)になってんじゃないだろうな」

『うるさい!』

「そんな状態のお前がデススティンガーのとこに行ったって犬死するだけだろうが! そんなの、ほっとけるか!」

『お前は、俺に構うな!』

 

 ジェノブレイカーはグレートサーベルの腹を踏みつける。加えられた衝撃がコックピットを揺さぶり、ニュートとサーベラが悲鳴を上げた。聞き苦しい相棒たちの声を耳にし、しかしローレンジはあがく。

 

「行くなよ、レイヴン。せめて、俺も一緒に――」

『だから、お前に会いたくなかったんだ!』

 

 僅かな疑問が脳裏をよぎり、しかしその答えを見出すより早く、ローレンジの視界は闇に覆われて行く。比例するように、意識にも薄闇がかかっていった。

 

『……お前まで、死なせたくはない。デススティンガーは、俺がこの手で潰す』

 

 ジェノブレイカーのスラスターが火を灯し、ニューヘリックシティへと駆ける。レイヴンは、もう止まらなかった。


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