ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第106話:今できること

「まったく、お前という奴は何を考えているんだ?」

 

 ぶつくさと愚痴る老人を前に、レイは村で採れた洗っただけのトマトにかじりついた。

 

「共和国の中で旧ゼネバス民である自分の居場所を確立して見せる。そう言って村を飛びだしたお前が、何をやっているんだ。軍の命令を無視して子供を拾って村に逃げ帰ってくるなど、軍法会議ものだろうが」

 

 愚痴の絶えない老人の言葉を甘酸っぱいトマトの身と共に噛み砕き、手はそのまま新鮮なきゅうりに伸びた。パキッ、という小気味良い音が口の中から響き、ポリポリと咀嚼していく。

 

「お前の言う師匠(せんせい)に迷惑をかけてまで単独行動を押し通し、その顛末が故郷で時間を潰す日々。情けないとは思わんか?」

 

 さらっと机の上を眺め、目についた焼きトウモロコシを手に取ると息を吹きかけながらほうばり始める。

 

「聞いてるのか! レイ!」

 

 いい加減我慢の限界なのだろう老人の言葉をやっと耳に入れ、レイは徐に目線を持ち上げた。

 

「……聞いてますよ、村長。今俺にできるのは、何時でも出られるよう万全の体制で待機することだけ。メシ食ってて何か悪い事でも?」

「その態度がイカンと言っとるんだ!」

 

 老人は握り拳を机に叩きつけて一喝する。だが、肝心のレイは大して気にしていないような態度のままトウモロコシを半分食べ尽くした。

 そんな態度を見せつけられた老人はさらに怒気を発し――しかし、これ以上怒ることに意味を見いだせなくなったのか、代わりに大きくため息を吐いた。

 

「はぁ……それで、あの子たちはなんだ?」

 

 老人はちらりと部屋の奥を示し、そちらに視線を投げた。居間と繋がっているもう一つの部屋には、数少ない家主である老人の布団と来客用の布団が占領され、リュウジとフェイトが寝かされていた。二人とも、村にたどり着くまでの行程で疲れてしまい、そのまま寝てしまったのだ。

 

「知り合いの弟子と妹ですよ。なりゆきで拾うことになって、とにかく療養が必要だと思って、近くだったんでここに連れて来たんです」

「そうか。それで?」

 

 老人の問いは、それまでのそれとニュアンスが違った。さきほどまでの問いはレイの突然の帰郷について。今のは、レイが帰るたびに行っている報告だ。

 

「何度も言ってますが、ニューヘリックシティでは旧ゼネバス国民に対する偏見はもうほとんどない。ルイーズ大統領……いえ、村長に言わせれば()()()『姫』ですか。あの方の庇護の元、ヘリック国民もゼネバス国民も同等です。むしろ、こうやって俺たちの側が逃げているから、迫害なんてものがあるんじゃないですか」

 

 ゼネバス帝国国民は敗戦国の民として冷遇されている。その認識は、当たっているようで間違ってもいる。

 国境線付近など、風当たりが強い場所は多い。だが、首都に近い地域では過去が払しょくされ、同じ国の民として同等の権利を有するに至っている人々は多かった。

 レイは、それを共和国の軍人として見て来た。

 

「見せかけだ。まだお前は暗部を知らんのだ」

「しつこいな。俺は、俺の目で見たことをありのまま話してるんだ。いつまでも否定されるって意固地になってないで、歩み寄ろうって気にはならないのか。村長」

「共和国が我々にしたことを、儂は生涯忘れんよ」

 

 村長は元々ゼネバス帝国の兵士で、忠義の熱い男だった。祖国の敗北以来、共和国を憎みながら村でひっそり暮らしてきたのだ。その憎悪が消えることは、生涯ありえないとまで言い切っている。

 

「お前は共和国連中に騙されているだけだ。目を覚ませ」

「あんたのゼネバス贔屓は聞き飽きたよ。そんなだから俺は共和国軍に入隊したんだ」

 

 その時だった。

 戸が開かれ、中から今起きて来たばかりだろうリュウジが顔を出した。その表情は、強い警戒心に満ちている。

 そう言えば、まだ互いに挨拶を交わしたこともなかった。

 レイは立ち上がって歩み寄る。

 

「もう、大丈夫なのか」

「はい、あなたは」

「ヘリック共和国高速戦闘隊所属、レイ・グレック少尉だ」

 

 その名乗りを聞いた村長が隠そうともしない嫌悪感を露わにするが、今は放っておく。

 

「共和国の……?」

「フェイトに付き合わされてね。今は、軍部騙して無断行動さ」

 

 「そのまま辞めてしまえ」と言う村長はどこまでもとげとげしい。だが、それもいつものことなので、レイも放置する。それよりもリュウジだ。

 リュウジには、聞いておかねばならないことがあった。

 

「それで、君はこれからどうするつもりなんだい」

「どうするって」

「君がローレンジを師と仰いでるって話はフェイトから聞いた。でも、今はそれが正しかったのか迷っているんだろう?」

 

 レイの問いに、リュウジは答えることが出来なかった。

 やはりか、とレイは胸中で呟いた。リュウジが抱く気持ちは分からなくもない。チャランポランな師匠を選んでしまうと、絶対に不安を抱えてしまうだろう。

 

「君から見て、ローレンジはどんな人なんだい?」

 

 逡巡し、口を開くことのできないリュウジに、レイは机の上の籠から洗ったばかりの胡瓜を手に取り押し付けた。自分は食べかけのトウモロコシを取る。

 

「食べろよ。うちの村で採れた奴さ。うまいぜ」

 

 しばし迷うように胡瓜を見つめていたリュウジだが、やがて「きゅるる」と力なく腹が鳴った。「食えよ」と再三に勧めると、リュウジは根負けし齧りつく。そして、一度口に入れたらもう止まらないという勢いで胡瓜を平らげた。

 

「俺も師匠(せんせい)が居るんだけどさ、まぁいい加減な人だよ。今の階級以上要らないからって、昇進話が持ち上がるたびに厄介事を起こすんだ。格納庫のゾイドを勝手に起動させたり、命令無視して起動を禁止されてるゾイドを動かしたり。町の酒場に行って暴動騒ぎ起こしたりな。最悪の事態にはならないよう計算してやってるのは流石なんだけど、それに俺まで巻き込むんだ。おかげで入隊からもう五年は経つのに俺の昇進話は一っつも上がらないんだ。まるで、俺が問題児みたいにさ。ああ、師匠(せんせい)の弟子だから少尉で満足だろって言われてるのか」

 

 つらつらと述べる愚痴は、笑い話になればそれでいい。冗談ならまたよかったのだが、悪いことにこれは全て真実だ。

 

「その上何でも自分の物差しで計っちゃうとこがあってさ、冗談みたいな任務につき合わされたり単独任務に就かされたり、今回なんて小隊くらいは欲しかった青い悪魔の追跡、それに捕縛って任務なのにさ、俺一人にやらせるんだぜ? 命がいくつあっても足りないって」

 

 空腹で、しかも初めて会う相手に話すのは酷なことだろう。まずはこちらから適当な話をさらけ出し、その上で話しやすい環境を整えてやるといい。

 そんな打算も含めて振った話題だったが、肝心のリュウジはクスリと笑った。

 

「変わった人なんですね。レイさんのお師匠さんって」

「まぁな。いい加減な人で、正直大変だよ。だけどさ、ただの一兵卒に過ぎなかった俺を一介の軍人に叩き上げてくれたのは、間違いなく師匠(せんせい)なんだ。そこは感謝してるし、信頼もしてる。リュウジ君は、どうなんだ?」

「僕は……」

 

 話を振り返してみると、リュウジは下を向いて気落ちしたように言った。

 

「師匠は、あまり僕のことを見てくれないんですよね」

 

 そして、リュウジは話した。

 ローレンジからは師と呼ばないよう言われていること。レイヴンのことを機に欠けているローレンジに憤りを感じた事。そして、彼の元を飛び出し、レイヴンと戦いに行った事。

 

「僕は、ローレンジさんに僕を見て欲しかったんです。僕は、もっと強くなりたい。何も失くさずに済むよう、守れるくらい強くなりたかったんです。でも、教えてほしいのに、ローレンジさんは僕を見てくれない。それが、なんだか辛くて……」

 

 リュウジの言い分を聞きながら、レイはぼんやりとローレンジの事を考えた。

 レイはローレンジを深く知っている訳ではない。会ったのは暗黒大陸の一件と、その後のニューヘリックシティでの一悶着の際くらいだ。

 ただ、彼の現状はフェイトの口からなんとなしに訊いていた。

 以前会った時に立ち上げ直後だった傭兵団歪獣黒賊(ブラックキマイラ)は、どうにか軌道に乗っている。だが、肝心のローレンジは、自身の組織運営が正しいのか間違っているのか分からず、頭を抱えていた。

 ここからはレイの憶測なのだが、今ローレンジを取り巻く状況はすこぶる悪い。

 母体とも言える鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)はへリックガイロスの両国から疑惑の目を向けられ、必然的下部組織である歪獣黒賊(ブラックキマイラ)にも厳しい視線が向けられていることだろう。

 さらに、フェイトも言っていたが、ローレンジは単独活動が多かったこともあり、集団を取りまとめる長の立場に慣れていない。慣れない組織運営をするに当たって、そちらに意識の多くが割かれているのだろう。現に、共に行動することの多かったフェイトも、ここ数ヶ月はローレンジとは別に遺跡の探索などに出ていたらしい。

 

 つまり、ここ数ヶ月のローレンジは多忙に多忙を極めていたのだ。そこにリュウジの面倒も見るとなれば、その心労は計り知れない。

 

 それがローレンジを襲ったことなのかどうか、それはレイに判別できることではない。だが、おそらくそれがリュウジへの対応をおろそかにしてしまった原因になるのだろうと思う。

 

 だが、それはそれだ。

 リュウジがローレンジに教えを乞うているのは確かであり、ローレンジもリュウジの相手を完全に放置している訳ではない。ただ中途半端なのだ。

 その中途半端な対応が、ローレンジとリュウジの間に溝を生んでしまったのだろう。

 

「なぁリュウジ。君が飛びだす前のローレンジって、どうだった?」

「どうって……いつもと変わりませんよ。歪獣黒賊(ブラックキマイラ)のみんなに指示を出したり、僕より小さい子どもたちの相手をしたり、それに……」

 

 口を突いて出て来るのは、レイも知っているようなローレンジの多忙ぶりだ。そして、実際にそれを口にしてみて、リュウジもようやく想い当たったらしい。「そっか」と呟き、また俯いてしまう。

 

「君が悪いわけじゃない。君の相手をないがしろにしたローレンジにも非はあるさ。いや、あいつが悪いのは間違いない。むしろ、あいつのが責任は大きいだろうさ。だけど――」

「僕は、早く強くなりたくて、そのために教えを受けたくて、それしか考えてなかったんですよね。師匠の事情が、すっかり頭から抜けてた」

 

 どうやら察しはいい方らしい。リュウジはすぐに自分が犯していた失敗に気づいた。

 

「あまり焦ることはないよ。何事も一朝一夕にできる訳ない。俺も、軍に入ったのは15の時だ。もうそろそろ8年近くなるけど、まだまだ実力不足だよ」

 

 レイがレオマスターの称号を得たのは、暗黒大陸派遣任務の二ヶ月前だ。軍に入って6年目のことである。

 一方のリュウジはローレンジに師事し始めて一年も経っていない。師弟間のいざこざがあったことは別にして、まだまだ経験不足は大きいと言わざるを得ない。

 

「あいつに会って、きちんと言えばいい。どうもローレンジの方も今頭を冷やしに出てるらしいから、きっと師弟関係を一からやり直せるさ」

 

 レイの言ったそれは、気休めではなく本心からだった。レイは移動中に歪獣黒賊(ブラックキマイラ)のタリスと最低限の連絡を交わしており、ローレンジの状況も聞けた限りで掴んでいる。

 それを知っているレイだからこそ、本心からそれを言うことが出来た。

 

「はい。ありがとうございます、レイさん」

 

 リュウジは幾分気持ちが晴れた顔つきで、素直に礼を告げた。

 

 

 

「ふわぁあああ……おはよー」

 

 寝室の方からどこか寝ぼけた声がし、フェイトがひょっこり顔を出す。

 

「あれ? もう起きてたんだ」

「ああ、フェイトちゃんもどうだい?」

 

 レイは机の上の皿に乗せられている野菜を示すと、フェイトは駆け足気味で近寄り、さっと、トマトをとった。

 

「レイ、ここはお前の家ではないのだぞ」

「今更でしょう。村に居た頃は何度もお邪魔したじゃないですか」

「それとこれとは話が別だ」

 

 物調面で言う村長に、レイはまぁまぁと軽い気持ちで宥める。実際、このようなやり取りはレイが村に居た頃も何度かあり、言ってしまえば日常茶飯事というものだ。

 トマトにかじりついていたフェイトはそんなやり取りに視線を持ち上げ、村長に合わせて「おや?」と首を傾げた。

 

「……あれ? おじい?」

 

 三人の不思議そうな視線が突き刺さり、しかしフェイトは口を吐いた言葉を撤回するつもりはない。

 

「誰のことだ?」

「あ、やっぱり違う人? わたしを育ててくれた人なんだけど、アースコロニーの村長をやってて……」

「アースコロニー? ああ、儂はお前さんの言うおじいとやらの弟だからな」

「そうなんだ!」

 

 フェイトの故郷をレイが訪れたことはないが、育ての親である村長の話は間接的に聞かされていた。フェイト本人からであったり、一時期村に逗留していたトミー・パリスからであったり。

 どちらからの情報にも共有しているのは、レイの村の村長とはまるで正反対の、穏やかで老熟した人物であるということだ。

 実の兄弟という密接な関係を持っているというのに、方や穏やかで親しみやすく、方や頑固な堅物と、どうして正反対の性格なのだろうか。

 

 ともかく、このまま身の上世間話に発展しても仕方ないと、レイは話を切り上げることにする。

 

「村長、俺たちのゾイドは、もう動かしても大丈夫ですよね」

「ああ、整備はしておいた」

「なら、そろそろかな」

 

 レイが一旦故郷の村に立ち寄ったのは、リュウジの疲労と傷のために療養を必要としたからだ。それが完了したのなら、村に留まる理由はない。

 

「さて、二人は――ローレンジを探しに行きたいんだよな」

 

 訊くまでもない事だろう。言葉無く頷く二人に、レイもこのまま同行する意志を固める。

 

「分かった。じゃあ、俺は軍に連絡を入れておく」

 

 フェイトに同行して以来、レイは定期的に共和国とも連絡を取っていた。形としては青い悪魔の追跡に出ているのだから、日々の報告は欠かせない。

 レイは手持ちの通信機を取りだした。

 

「こちらレイ・グレック。応答し――」

『レイ! お前どこほっつき歩いてやがった!』

 

 反射的に通信機を遠ざけたくなる怒声が響き渡る。レイは顔を顰め、しかし身に覚えのない――理由は思い浮かぶが――怒りに目をしぱたかせた。

 

「――師匠(せんせい)? いったいどうし」

『昨日今日とお前から連絡が来ねぇからだろうが! で!』

 

 師匠(せんせい)――アーサー・ボーグマンの言はいつもとまるで違った。レイはアーサーに頼み、単独任務の許可を引っ張りだした後は毎日定期連絡を入れていた。それが途切れたことで多大な迷惑をかけたことは承知しているが、アーサーの怒りはそれ以上のものである。

 

「せん――ボーグマン少佐、落ち着いてください! いったいどうしたんです!?」

 

 再三に説得し、アーサーは何とか落ち着いたのか通信機越しに大きなため息を吐いた。

 

『ああ、わりぃなレイ。ちょいと厄介なことが起きてよ』

「厄介? まさか、レイヴンの案件がまた?」

 

 言いつつ、レイはそうでないと半ば確信していた。アーサー・ボーグマンがこれほどまで慌て、緊急性を隠そうともしない態度をとる。それは、これまでにない未曾有の状態を示しているに違いない。

 

『違う。それ以上だ。とんでもねぇバケモンのお出ましだ』

 

 遠回しに言いつつ、アーサーはゆっくりと口を開いた。

 

『いいか、共和国のサーコ基地のことは前に話したから知ってるよな』

「ええ。確か、今レイヴン対策にバンが詰めてるって」

『そうだ。そのサーコ基地だが……』

 

 その瞬間、村の外から閃光が走った。次いで爆音、熱の暴風が押し寄せる。

 とっさのことに村長は扉を掴み、レイは反射的に一緒に通信を聞いていた二人を庇った。

 恐ろしいまでの破壊力を伴った風は、家屋の窓ガラスを叩き割り、息も出来ないほどの熱風で人々を押さえつけた。

 

 

 

「フェイト、リュウジ、大丈夫か?」

「ぼ、僕は大丈夫です」

「わたしも……、レイさん。ありがとう」

 

 どうにか二人を庇いきれたようで、レイはほっと安堵の息を吐いた。

 

『おいレイ! どうした!?』

「……っっ。分かりません、村の近くに特大の爆弾でも落ちたんですかね。そんくらいの衝撃に襲われました」

 

 報告しつつレイは素早く立ち上がり外に駆けだした。村長は元々ゼネバスの軍人であったことから対処法も心得ており、二人は無事だった。ともかく状況を確認するのが先だろう。

 

 村の外は酷い有様だった。倒壊したり吹き飛ばされた家屋もあり、とてもではないが先ほどまで平穏な暮らしがおくれたということを認識できる状態ではない。

 呻きながら倒壊した家屋から抜け出そうとする女性。それを助けようと必死になる子ども。突然のことに右往左往するしかない男性。見知った顔の人々の日常が唐突に崩れ去り、皆が危機にうろたえている。

 そんな状況にレイは胸を痛めつつ、感情を押し殺して村の外に向かった。まずは状況を確認するのが優先だ。

 

 村は台地の上に立っており、村を出て少しすれば見晴らしの良い高台に出られる。レイが向かったのもそこだ。高台の上からは麓の、そのさらに先に町が見えたはずだ。

 

 だが、肝心の町はなかった。

 代わりに、痛々しいほど焼け付いた大地と、隕石が落ちて来たんじゃないかと錯覚するほどのクレーターが生み出されている。

 

「な、なにあれ……」

 

 レイに追いついたリュウジが同じようにクレーターを見て絶句し、フェイトは口元を覆いながら目を見開いた。そして、ふっと上空に視線を上げ、さらなる驚愕を宿す。

 

「……デス、スティンガー」

「え?」

 

 フェイトがポツリとつぶやいた言葉に反応するより早く、通信機からアーサーの声が響く。

 

『おい! お前の村の近くがやられたらしいが、大丈夫なのか!?』

「なんとか。師匠(せんせい)! あれはいったいなんです!?」

 

 さしものレイも泡を食ったように問いかける。アーサーは、重苦しい空気の中発言するように、言った。

 

『さっき話したサーコ基地だが、今お前たちの前に出てきた「それ」で壊滅した』

「そんなっ……、バンは!? フィーネや、あいつの知り合いも全員あそこに居たはずですよ!」

 

 レイがバンとフィーネの名を出したことで、フェイトの顔にも焦りが生まれる。

 

『バンたちはレイヴンとの戦闘で基地から離れてたから無事だ。間一髪だったらしいが。それから、フィーネも奴の反応を察知して出てたから生きてる。ただ、基地は壊滅だ。あいつ、デススティンガーってバケモンの仕業でな』

「デススティンガー、ですか」

『ああそうだ。でっかいサソリのバケモンだぜ。輸送艦に乗っけて、空から荷電粒子砲ぶち込んできやがる』

 

 レイは先ほどの大爆発とそれによって形成されたクレーターに視線を戻した。その圧倒的な力は、レイに暗黒大陸での悪夢を想起させる。

 

「まさか……あれもギルベイダー並みのゾイドって奴なのか……?」

『とにかくだ、今共和国ではレッドリバー基地で戦略ミサイルを積んだストームソーダーを使って大気圏にいる奴を叩き落そうって作戦が動いてる。ドクター・ディの開発した馬鹿みてぇなエンジンでどうにかそこまで飛ばせるらしい』

「ストームソーダー? サラマンダーではないのですか? あれの方がその役には相応しいと」

『サラマンダーが詰めてる基地に襲撃があったのさ。泡喰ってるところに奇襲だ。サラマンダーは駆動系を損傷してすぐには飛ばせねぇ。十中八九、デススティンガーを使ってるヒルツってヤロウの差し金だ』

 

 遥か高空の輸送艦を落とすには、それに匹敵する飛行能力を有するゾイドが相応しい。サラマンダーが適任なのは敵も承知しており、その基地に襲撃をかけたのだろう。垂直離着陸可能なゾイドと言えど、動いていない状態で襲撃をかけられれば、損傷は避けられなかった。

 

「軍部は、どう考えているのです?」

『さぁな。最悪、GFの秘密兵器にも頼らなきゃならねぇかもな』

「秘密兵器?」

『おっとすまねぇ。こいつはクルーガーの奴から口止めされてんだ。まだ言えねぇ』

 

 GFの秘密兵器とは、レイも耳にしたことはあった。GFの設立と同時に進められていた計画の一つに【最終決戦プログラム】なるものが用意されている。

 GFの設立には帝都で起こったプロイツェンの反乱、そして暗黒大陸の一件が大きくかかわっている。

 かの地に現れた古代ゾイドの脅威をまざまざと見せつけられた両国は、もしも三度それが現れた時のことを考慮し、それに対する措置を施していたというのだ。

 レイが知っているのはそこまでであり、それ以上のことは調べることすらできなかった。GFに所属しているバンならあるいは踏み入った部分まで知っていたかもしれないが、今はそれについて議論する時ではない。

 

「それで、俺はどうすれば?」

『敵さんの目的は掴めてねぇ。だが、重要度はこっちが上だ。お前もすぐに共和国に帰ってこい』

 

 アーサーの判断は妥当だろう。それにはレイも同意であり、反論するつもりはない。フェイトとリュウジに同行できないのは不安が残るが、一介の軍人に過ぎない自分では出過ぎた真似をするわけにはいかなかった。

 

「待って!」

 

 だが、その決定をフェイトが止めた。

 

『なんだ? 確か、フェイトってぇいったよな』

「あ、はい。その」

『わりぃが急ぎなんだ。文句あんならはっきり言ってくれ』

 

 アーサーもフェイトが年端もいかぬ子供なことは知っているはずだ。話も聞かずに切って捨てるような冷たい選択はしなかったものの、その言い方はいささかぶっきらぼうにもとれた。

 フェイトもことの重要性を読み取ったのか黙りかけ、それでも口を開く。

 

「デススティンガーのことなんだけど、たぶんこれで終わりはしない」

『ほぅ』

 

 アーサーは否定も肯定もせず、続きを促すように言った。その短い言葉には、どことなく興味を示しているような感情が入っていると、レイは感じた。

 

「デススティンガーはすごく強くて、怖いゾイドなんだっていうのは分かってるよ。デスザウラーやギルベイダーにも通用するくらい。だけど、同等じゃない」

『ほぅほぅ』

「ザルカさんと遺跡の調査をしていたらさ、たぶんそのデススティンガーに関することだと思うけど、それも分かってきた。それで、わたしのお母さんが残したノートをもう一回読み返したらさ、デススティンガーに関するメモがあったの。デスザウラーを封印するのに使われた、二体のサソリゾイドのこと。だから、もう少し突き詰めれば、デススティンガーの出自が分かるかもしれないし、その目的も見えてくる」

『よし、分かった』

 

 アーサーが通信機越しに手を叩き合せた音が響いた。

 

『フェイト。お前さんを一人の遺跡研究者として聞かせてもらう。デススティンガーによって、デスザウラーがまた現れる可能性は、どうだ?』

「ある、絶対に。デススティンガーからは、デスザウラーの気配がすっごいするもん」

 

 研究者として、と言われていたにもかかわらず感覚でものを言ったフェイトだが、その表情は確信を帯びていた。そして、それはアーサーにも伝わったのか、彼の口調にも更なる真剣さが帯びられる。

 

『レイ。お前はその子の護衛につけ。デススティンガーの出自を割り出して、あれが現れた真意を探り出すんだ。最悪の事態に備える』

師匠(せんせい)、最悪の事態ってのは……」

 

 レイもうすうす予感はしている。だが、しっかりとした言葉で聞いておきたいと思った。

 

『デスザウラーだ。それも、完全な奴が現れる』

「……推論を訊いても?」

『ニクスの伝承に鍵がある。デスザウラーやギルベイダーに匹敵するゾイドは、二体を含めて合計三体、三頂点(トライアングル)って呼ばれてる。そして最後の一体は中央大陸に眠ってるって話だ。これが真実なら、デススティンガーが同等じゃないってのが導き出されるな』

「はい」

『なら、デススティンガーは何か。答えはさっきその子が言ったことだ。デススティンガーはデスザウラーを封じたゾイド。つまり、惨禍の魔龍(ギルベイダー)に対する黒龍(ガンギャラド)天馬(オルディオス)だな』

「封印のゾイド、ってわけですか」

『封印のゾイドってのは、性質が同じなら三角点(トライアングル)のゾイドを目覚めも封じもする力を持ってる。デスザウラーのための布石で現れたって線が濃厚になるな』

「でも、デスザウラーはコアを破壊して――」

『コアはな。考えて見ろ、ギルベイダーはコアも肉体もそのままで封印されてたんだ。同じ存在のデスザウラーはコアだけ、おかしな話じゃないか。デスザウラーをコアだけにできるなら、なぜギルベイダーもそうしなかった? 魔獣と魔龍の封印はそのプロセスが違うんだ。デスザウラーの封印には、別の要素が関わってる線もありえる。……下手したら、二年前の帝都で破壊しきれなかったコアがどこかで復活を待ち望んでいるのかもしれねぇ』

 

 よどみなくすらすらと答えていくアーサーには、一切の迷いがない。いい加減な印象を与えやすいクレイジーアーサーとはとても思えない姿が、そこにある。

 

『いいかレイ、この件には裏があるんだ。……たぶんな』

「……たぶんって」

『そいつには、デススティンガーの出自が関係してるはずだ。そして、その最たる手がかりは、フェイトが握ってるんだろ? だったらその護衛が必要ってなワケだ』

 

 デススティンガーという巨悪が姿を現したこの一件、それを解決するにはフェイトの持っている調査の記録が必ず必要になる。だから、それを守れ。それこそが、レイの元に下った新たな指示だ。

 

「分かりました」

『おう、頼むぜレイ。ちなみに、もしおれたちの予測が外れたら、勝手な単独行動のしすぎで始末書の山でもすまねぇ。下手すりゃ、軍法会議にかけれられるか』

「それって、当たっても外れても最悪ってことじゃあないですか」

『簡単に言やあそういうことだ。ま、元々独断で動いたのはお前だし、責任はとれよ』

「はいはい」

 

 軽い口調でレイは返す。だが、それと裏腹に事態は深刻の一途をたどっている。

 しかし、レイもアーサーも悲壮感は一切なかった。まだ事態が動き出したばかりで危機感が足りないとも言えるが、それ以上に二人は恐れていなかった。

 それは、やることがはっきりしているからだ。未曾有の事態が起こり始めている現状でも、軍人として己が成すべきことははっきりしている。それだけで、十分だった。

 

「ところで師匠(せんせい)、さっきの推論、よく出てきましたね」

『いや、それは隣で話聞いてたクルーガーの言葉をそのまま言っただけだが』

 

 レイは思わず「ずるっ」と音を立ててコケかける。

 

師匠(せんせい)!」

『おれもGFの計画の一端で呼び出されててな、これから出かけるとこなんだ』

 

 おそらく重要な任務なのだろう。それも、デススティンガーと言う目の前の脅威から離れてでも成し遂げなければならない重要任務だ。

 そして、それはアーサーだけでなくレイにも言えることである。

 

『じゃあなレイ、生きてまた会おうぜ』

「縁起でもないこと言わんでください。――御武運を」

『おう』

 

 アーサーの軽い言葉が最後となり、通信は途切れた。片手に握った通信機をゆっくり下ろし、レイは同行者となる少女に向き直った。

 

「そういうことだから」

「またよろしくね、レイさん」

「ああ」

 

 フェイトが差し出した手を、レイは硬く握った。

 小さく、柔らかく、温かい手だ。

 自分が居る立場には、本当ならもっと相応しい男がいる。だが、彼は今居ない。

 迷い、袋小路に陥っている今の彼では、役割は果たせない。彼が自分と向き合い、戻って来るまで、その代わりを務めるのが自分の役目だ。

 

 ――あれの代わりか。まぁ、それでもいいさ。役目があるなら、俺はそれを全うするだけだ。

 

 不思議と、レイは清々しい気分だった。

 なぜだろうか。共和国に居た頃は、多くの任務をこなしてきた。レオマスターの称号を得てからは、その実力を買われて単独での任務に就くこともあった。だが、今日ほど、やる気を持って任務に赴ける日はなかった。

 

 ――たぶん、あれか。バンが、羨ましかったんだろうな。誰かのために全力を尽くせるあいつが。俺は、結局自分のためにしか戦ってこなかったから。

 

「あの、レイさん!」

 

 思考の海を漂いかけていたレイの思考を、リュウジの声が引き戻す。見ると、リュウジはこれ以上ないほど真剣な表情で、レイを見上げていた。

 

「あの、足手まといになるのは承知の上です。でも、お願いします。僕も連れて行ってください! 僕だって、師匠のために頑張りたいんです! 師匠に顔向けできるよう、精いっぱい頑張ります、だから」

 

 リュウジの事情は、同じ弟子であるという立場からよく分かっているつもりだ。だから、レイにこれを断る理由はない。

 

「ああ、期待してるよ。リュウジ」

「あ――はい!」

 

 期待している。その言葉が嬉しかったのか、リュウジは顔を輝かせながら頷いた。

 

「それでフェイト。どこに行けばいいんだ?」

 

 今回の行動の指針になるのはフェイトの母が記した調査記録だ。読み慣れているフェイトが、行き先を示してくれる。

 

「えっと、デススティンガーが封じられていた場所は、たぶん言っても意味ないの。もう、もぬけのからだからね。だから、わたしたちが行くのは――」

 

 そういってフェイトが示したのは、共和国領の方角だった。フェイトは、ノートに記された言葉を口にする。

 

「えっと、レアヘルツバレーだって」

「レアヘルツか。なら、まずは強力なパルスガードを組み込まないとな」

 

 レアヘルツはゾイドを狂わす謎の電波だ。それが多く確認される地点がレアヘルツバレーであり、レイたちの目的地である。

 




 サラマンダーがいるなら、原作のストームソーダーによる迎撃作戦は変更されてますよね。なのでサラマンダーさんには損傷していただきました。……もうしわけない。原作の展開は、出来る限り崩せません。
 そういう訳です。

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