「なぜですか」
ほの暗い洞穴を思わせる空間。ほんのわずかに灯る光は、洞穴のひび割れから降り注ぐ陽光ではなく、人工的な無機質な明かりだ。しかし、それも洞窟全体を照らし揚げるものではなく、不気味に瞬くような明かりだった。
「訳は、全て話したはずだが」
僅かな光が照らしだす赤髪の男に、金色の髪の老人はさも当然のように、傲然と言い返した。
「先日ここに来た二人組。あ奴らの目を見たろう? これの起動に、ユーノ・ユピートは協力せん」
「無理やりにでも取り込めばいい。そうでしょう!」
「それを、ゼル・ユピートが許してくれると思うか? ワタシは荒事に向かん。ゼル・ユピートのガードを突破できぬよ。それは、お前も同じこと。惑星Ziにおける最強の戦士の一人、ゼル・ユピートとブリッツタイガーを倒せる訳なかろう」
老人の言葉に、赤髪の青年は表情に焦りを募らせ、納得できないといいたげに、しかし老人の言葉を肯定した。
「それに、これはワタシが生み出した『紛い物』に過ぎん。オリジナルと比べ、いささか手を加えすぎた。これは、ゾイドではなく兵器の側面が強い」
「しかし、これも『魔獣』でしょう! あなたが生み出した、あなたの手で!」
「本物ではない。それを理解し、最も痛感しているのはお前だろう? 我が弟子よ」
「そ、それは……」
赤髪の男は僅かに狼狽しつつ、しかし確たる野望を秘めた瞳を老人に向けた。ほの暗い洞穴のような空間の中で揺れる瞳は、彼の野望を知る老人には危うく、そして面白く映った。
さて、どう説き伏せたものか。老人は僅かに思考の海へと意識を沈め、視線を持ち上げ、視界に『魔獣』を映した。
巨大な恐竜型ゾイド。
ずらりと並んだ牙に、目元は昆虫の複眼を思わせるバイザーのようなもので覆われている。腕先にはギラリと輝く爪が、その上からさらに巨大で、より鋭利な
――ワタシの生みだしたこやつ。遺跡から拾い上げた
それから視線を外し、老人は手元のコンソールを操作する。すると、洞窟の天井から重い鉄扉が降ろされ、老人たちと巨大な恐竜型ゾイドの間を遮った。
赤髪の男が息を飲み、その先へ駆け入ろうとするも、老人がその腕を掴んだ。
「あれに触れてくれるな。あれはワタシの作品であり、ワタシの子だ。いくらお前でも、触れることは許さん!」
語気を強める老人。真紅のサングラスの奥に覗く力強い瞳は、老人の手を振り切ろうとする赤髪の男を委縮させた。
二人の望む先で、魔獣は鉄扉の奥深く――闇のさらなる闇の中へと消えて行った。
「なぜ、起動目前で断念するのです! ザルカ博士!」
赤髪の男は責めるような口調で尋ねた。僅かに怒りの感情すら覗かせるその言葉に、金髪の老人――ザルカは、口端を持ち上げにやりと笑みを浮かべた。
「理由が必要か? 欲しければ、いくつでも挙げてやろう。ワタシの後押しをしていた『帝国』が滅び、密かな研究も限界だった。起動させる鍵だった少女の行方が分からなくなったことで、こいつの起動が絶望的になった。運よく見つかったが、確保が不可能なのはさっき話した通りだ。それに他の研究にも興味があった。それから……」
「そうではなくて! あれほどデスザウラーを復活させることに躍起だった、そのあなたが! デスザウラーを復活させること以外に目もくれなかったあなたが! あれほど没頭していたあなたがなぜ!? 手を引くと言ったのか、それが分からないのです!」
語気を強め、洞窟中に反響する音に、ザルカは目元を顰めて不快な表情を作った。
「あまり大声で怒鳴ってくれるな。年寄りはいたわるものだろう?」
「あなたの言葉とは思えませんね」
ザルカの年はすでに六十を超えている。肉体が老化の苦痛を訴え始めるには少し早いが、長年研究職として身体を酷使したザルカならば、それが起きてもおかしくないだろう。だが、ザルカはこの歳でも背筋をまっすぐ伸ばし、若々しい馬鹿笑いを響かせるほどに老いを感じさせない老人だ。
「まったく、可愛げのない助手だ。お前を拾い、そこまでの知識を授けてやったのは誰だ? このワタシだ。遺跡の奥深くで、記憶もなく朽ちていくだけだったお前に人並みの『知識欲』を授けてやったのはどこの誰だ?」
「博士ですよ。だからこそ、納得がいかないのです。あなたほどの人物が、なぜ目前に迫った目標の頂点を手離すのか」
心の底から納得のいかないという目で見つめる赤髪の男。その意思は、言外に発せられ、間違いはないのだろう。だが、ザルカはその奥の意志を感じた。そして、それはザルカだからこそ、敏感に察知することが出来たのだ。
ふてぶてしい笑みを浮かべ、ザルカは口を開いた。
「まったく、では理由を重ねようか。ワタシはな、過去の力になど頼りたくない」
「過去の……?」
「古代ゾイド人の力よ。彼らが我らにもたらす知識は素晴らしきものだ。我々では想像も出来ん、ゾイドの神秘を彼らは教えてくれる。だがな、それはあくまで『知識』なのだ。ワタシが欲するのは、ワタシの栄養となってくれるその知識であって、彼らが残した形のある遺産ではない」
ザルカは指を持ち上げ、鉄扉に閉ざされた向こう側をビシリと指した。
「あれは古代人が残した成り損ないのコアを培養し、生み出したもの。結局、古代人の遺産を流用したに過ぎん。あれはワタシが作り上げた、ワタシの『子』だ。だが、子は子でもワタシのもとにやってきて育った、『里子』だ。真にワタシの意志を受け取っている訳ではない」
「あなたの、『子』?」
ザルカの言葉に、赤髪の男は不快気に語尾を濁した。彼にとっての目標であり、再び掴んだ生を全て注ぎ込むと決めた存在を『子』と称したザルカへの不快感だ。だが、ザルカとてそこを歪めるつもりはない。
ザルカにとってゾイドは己の全てだ。幼き頃より人の身をはるかに上回る力を持つゾイドに陶酔し、その秘密を解き明かすこと、そして自らゾイドを生むことに喜びを見出してきたのだ。自ら生み出すゾイドという『子』の存在を否定することは、ザルカにとって己の全てを否定することだ。
懐から一枚の封筒を取り出す。その口から雑に書状を取りだし、突き出すように赤髪の男に見せた。
「ガイロス帝国の重鎮の一人からの協力要請だ。「亡国再誕のために、デスザウラー研究に協力しろ」と言っている」
男は突き出された書状を受け取り、文面の上に視線を流した。流れるように読み上げた文章は、全て男の脳に刻みつけられた。
「ワタシはこの誘いを受ける。彼の下で、ワタシの手で、デスザウラーをゼロから生み出して見せる」
「破滅の魔獣を、あなたが? 古代ゾイド人の叡智と遺産に頼らず? いくらあなただろうと、不可能だ」
「どうかな? ひょっとしたら、ワタシが生み出したデスザウラーが、運命に導かれし真の主と共に、古代の遺産を焼き尽くすやもしれん。なれば、ワタシの力を愚かな馬鹿どもに示せるものだろう。愉快愉快!」
ザルカは「フハハハハハ!」といつもの馬鹿笑いを響かせた。そして、一つ咳払いをすると、続きの言葉を紡ぎ出すべく口を開く。だが、
「私は、私の求めるデスザウラーを見出して見せます」
確固たる意志で、火のついた目で、赤髪の青年はザルカを見つめた。身長はザルカの方が高く、男が睨み上げるような立ち位置だ。それが、ザルカには挑戦する若者のようで、気骨溢れる凄みを感じて、愉快に思う。
だが、その想いはすぐに消えることとなった。
「所詮、今この星に蔓延る人間――ムシケラどもの浅知恵では、偉大なる古代ゾイド人の叡智を上回るなど不可能です。見せつけて差し上げましょう。古代ゾイド人の力は、この星から……お前たちのような、思い上がったムシケラどもを消し去ると」
続けようとしたザルカの言葉は、虚空へと消える。僅かな驚きと、虚無感を覚えつつ、ザルカは愛弟子を見下ろす。
古代遺跡の中から見出し、無垢で純粋だった彼を己の右腕とすべく教えて来た過去を思い返す。そして、結論に至った。
――流石は我が弟子。知識欲に忠実だ。お前の目的など、分かりやすい。ならば、
「フハハハハ! そうか、己の仮説を証明したいのだな。この星を滅ぼしたのは、『デスザウラーである』と。絶対の力を誇るのは、『デスザウラーただ一匹』であると。――それ以上に、研究者として見たいのだろう、『真のデスザウラー』を」
「どう思おうと、あなたの勝手です。もう、あなたは必要ない。私は、私のデスザウラーを蘇らせて見せましょう」
そう言うと、男は踵を返して歩き出した。力強い足取りは、ただ一つの目的にのみ見据えて迷わない、力強い若者のそのものだ。だからこそ、ザルカは、一言言わねばならないと感じたのだ。
「……南エウロペ、共和国領のアララテ山の山頂付近。そこに、一体のオーガノイドのカプセルが運び込まれたらしい。お前の目的がそれならば、
選別のように投げつけた言葉に、男はちらりと目を向けた。道を違えた弟子に向けたザルカの言葉は、しかし、もはや共に歩まぬと決めた男には届かない。
「それを利用するか否かは、私が決めること。――バイバイ、ザルカ博士」
そして、赤髪の男は暗闇の奥へと消え去った。
ザルカはしばし男の後ろ姿を見つめ、心の中で呟いた。男へ向ける筈だった、言葉を。
『なぁ、ワタシの助手として、共に新たなデスザウラーを生み出さないか? ヒルツよ』
意識が戻り、ザルカの視界ははっきりする。目に映る光景は、追憶の奥底にあった砂漠の地下に眠る研究所ではなく、見慣れた今現在の自身の城だ。
いつものように研究所内のソファに身体を横にして眠っていたためか体の節々が痛む。いい加減、年を自覚せねばならんか、などとらしくない思考が脳裏をよぎり、しかしすぐに昨夜の夢を思い出す。
数日前、いや数ヶ月前からザルカを悩ませているものだ。執拗に自身の過去を思い起こさせるそれは、ひたすら興味に向けて邁進するザルカという老人の思考に逆らうもので、嫌味に感じるほどだ。
まるで、追憶の中の存在となったはずの助手が、自身を誇示しようとしているかのようだ。
現実に、正面から見せつけるのではなく、姑息に暗躍しつつ見せつけるタイミングを窺っているようだ。実に、不愉快である。
「まったく、不愉快極まりない」
言い捨て、ザルカは研究所に安置されている機体を見上げる。ヴォルフ専用機として開発したそれには、とある機体の
これこそが、今のザルカの最高傑作。そして、自身の研究をさらなる高みへと押し上げてくれる踏み台だ。
「さぁ、早くお前の成果を見せてみろ、
エリュシオンに夜明け日差しが差し込む少し前、ザルカのいつもの馬鹿笑いが、からからと響いた。
***
薄暗い洞窟のさらに奥。天井からの水滴がいくつもの水たまりを作り、不気味な波紋を生み出す空間。初めてこの場所を見出し、もう何年と経っただろうか。
すっかり見慣れてしまった光景を、しかし何の感慨もなく進むヒルツは、傍らに相棒たる赤のオーガノイドを連れ、洞窟の奥で静かに跪いた。
「ダークカイザー様」
『……ヒルツか』
闇が、蠢く。
洞窟の奥底に身をひそめる闇の深淵のような謎の塊が、明確な声を上げてのそりと反応する。
『首尾はどうなっている』
「順調です。レイヴンが奴らの目を欺いてくれています。尤も、本人にその気はないのでしょうけど」
『終焉の使者は、どうだ?』
「もうすぐ、今週中には目覚めるかと」
『そうか』
蠢く闇――ダークカイザーの反応は、どこか鈍かった。
嘗て、ヒルツの導きの元に目覚めたダークカイザーは、もっと活発だったように思う。自身を滅ぼした二つの国に、この惑星Ziそのものに復讐しようという明確な意志が、ありありと表れてたはずだ。
だが、最近はその意志が鈍い。思えば、暗黒大陸の一件に終止符が打たれてからだ。ダークカイザーが、復讐をあまり口にしなくなったのは。
心変わりでもしたのだろうか。だとしたら、滑稽で笑えてくる。
何をいまさら善人気取りに戻るつもりなのだろう。もう、引き返すことなどできる筈もないというに。
――哀れだな。プロイツェン。
ヒルツは胸中で嘲笑した。
所詮、ダークカイザーなど見せかけに過ぎない。精々卵殻としての役割を果たしてくれればいい。
『奴らに、気付かれることはないのか?』
「ないとは言いきれません。ことに、あの古代ゾイド人の女は、異変を察知しているころかと」
『そうか』
「心配はいりません。もはや覚醒は時間の問題です」
『その後の段取りは、どうなっている?』
「完全な覚醒を迎えるまでは、終焉の使者の力を両国に見せつけるつもりです。来るべき時が来れば、あなた様にその身を捧げることが出来るかと」
『よろしい』
ダークカイザーはそう言うと、繭のような体にくるまる様にして動かなくなった。
来るべきその時を待ち望んでいるのだろう。ならば、こちらも今は目的をそのまま果たすとしよう。
「もうすぐだ」
眠りについたダークカイザーの元を離れ、地の底から地上へと戻ってきたヒルツは、傍らの紅いオーガノイド――アンビエントにだけ聞こえるように呟いた。
「終焉の使者が目覚めれば、来るべき時まで阻むものはない。終焉を止めることなど、誰にもできはしないのだからな」
アンビエントに乗り、ダークカイザーが潜む地を離れて数刻ほど行くと、渓谷地帯が見えてくる。
渓谷の岸壁に築かれた入り口から中に進入すると、そこには近代的な設備が広がっていた。
嘗てプロイツェンがデスザウラーを復活させる際に用いた巨大な筒状の水槽が真ん中に置かれ、その周囲を研究員と思しき者たちが慌ただしく行きかう。
「ヒルツ様!」
ヒルツの来訪に気づいた者たちが一斉に敬礼する。しかし、ヒルツはそれに応えず、水槽を上から覗けるだろう場所まで歩み寄った。
「どうだ」
「目覚めは時間の問題でしょう。ハンマーカイザーの準備も整っております。目覚めと同時に、出撃可能です」
「よし、下がれ」
研究員は再度ヒルツに敬礼し、下がっていた。代わりに、一人の男がヒルツの横に立つ。
涼しげな表情の、薄い青髪の男だ。畏まったスーツを適度に着崩し、サメのような眼光を水槽の底に向けた。
「順調のようだね、ヒルツ君」
「リムゾンか」
ヒルツの隣に立った男――リムゾン・オクサイドは肩を竦めながら苦笑する。
「末恐ろしいゾイドだ。二年と少し前、帝都ガイガロスを蹂躙した
ヒルツの奥歯が、ギリと微かに鳴った。
「おっと失礼。君の前で魔獣を否定するのはよしておこう」
「賢明な判断だな。お前は、まだ利用価値がある」
互いに冷笑を浮かべ、牽制し合う。それだけで、二人の立場の差がないことが見て取れる。
「そうそう、ルドルフ陛下暗殺の件だがな、どうやら失敗したらしい。流石は平和の守護者、GFの捜査力といったところだろう」
「そうか」
「それから、Zi基金の運営と最新の装備の密売をやっていたガース将軍とその一味も押さえられた。君が送り込んだ刺客も、勝手に暴走して勝手に散ったのだったな」
「ああ」
「まだあるぞ。我々は実に多くの事件を起こした。だが、その全てがGFによって最悪の事態を迎える前に、終息された」
リムゾンはそこで言葉を切り、吐き捨てるように言った。
「ま、すべて予想の反中だったのだろう? ヒルツ君」
「…………」
沈黙を保つヒルツと様子を窺うように静かな唸りを上げるアンビエントを警戒しつつ、リムゾンは両手を広げながら続けた。
「まったく、ここ数ヶ月で起こした両国の間を揺るがしかねない事件、その全てがただのカモフラージュに過ぎないんだ。両国のトップを暗殺しようとしたことも、早急な処理が待たれる破壊兵器の処理場でのボヤ騒ぎも、共和国基地に突貫したホエールキングとザバットの事件に至っても、ましてや幾度となく帝国共和国に牙をむいたレイヴンの件すらも、全て
そこまで言い、リムゾンは苦笑して両手を挙げた。その首元には、アンビエントの射殺さんばかりの眼光が注がれている。鋭く並んだ牙が、今にも喰らいつきそうなほどだ。
「しゃべり過ぎは殺すかい? かのギュンター・プロイツェンが、部下にそうしたように」
「いいや、お前にはまだ利用価値があると言ったはずだ。精々使わせてもらう。切り捨てるのは、それからだ」
「本人の前で言う言葉ではないね」
探るような眼差しを向けてくるリムゾンに、ヒルツは冷ややかな表情で答えた、声に抑揚はなく、感情は籠っていない。
やがて、リムゾンは「無駄か」と諦観を示した。
「茶飲み話はこの辺りで締めようか。君は言っていたね、『終焉の使者』の覚醒は、もうすぐ察知されると」
「すでにコアの温度が5000℃を越えている。コアの覚醒は近い。これほどの熱エネルギーを発するとなれば、気付かれるのも時間の問題だ」
「ということは、君が本格的に動き始める時も近い。そういうことだね」
「ああ」
「確認しておくよ。君は『終焉の使者』をもってガイロス帝国とヘリック共和国を壊滅させる。俺は手駒を煽って君の進撃をサポートする。ま、各地で戦乱の火種を撒き散らせばいいのだろう?」
「そうだ。終焉の使者だけでも十分だろうが、念には念を入れておこう。これも、我々によるテロと
ヒルツの言った「誤認」という言葉に、リムゾンの眉が微かに反応する。鮫が獲物を見定めるように、眼光は鋭くなった。
「これからどれほど世界を引っ掻き回すか分からないと言うに、それすらも隠れ蓑というわけか。君たち、いや
「リムゾン。おしゃべりが過ぎるな」
リムゾンは「失礼」と肩を竦め、背を向ける。自分の持ち場、拠点に戻るのだろうと思ったが、基地内に鳴り響いた警戒アラートがそれを阻害する。
二人は基地内のモニターに目を向ける。そこに警戒に当たっていた男の一人が走り込んできた。
「ヒルツ様! 上空にプテラスが二機。内一機はプテラスレドームと思われます。また、遠方からディバイソンも一機向かって来ていると」
部下の報告に、ヒルツは不敵な笑みを浮かべる。
「来たか。少し早かったな」
「始まるのかい?」
「ああ」
待ち望んだその時を迎え、アンビエントが吠えた。それを手で押さえつつ、ヒルツも興奮を抑えるのに苦心した。
長かった。
あの日、ついにその目に収めることが出来ると思っていた夢のゾイドは、その日まで慕い続けてきた「師」によって永劫の彼方へと消し去られることとなった。
それ以来、ずっと願って来たのだ。あの機体を、――
終焉の使者は、まさにそれを迎え入れるために必要な最高の前菜だ。
主菜を見せる前に、それを引き立てる最高の存在が必要なのだ。だからこそ、今日まで世間の目を欺いて来た。多くの事件を起こし、レイヴンに翻弄させ、ひた隠しにしてきたのだ。
さぁ、まずは何を見せようか。
強固な装甲か?
驚異的な機動力か?
海中だろうと溶岩の中だろうと活動できる汎用性か?
それとも、一撃で町も山も吹き飛ばす圧倒的な力か。
なんでもいい。ついに、この時を迎えるのだ。
今日この時までずっと秘匿にしてきた自らの研究成果が、ついに世界中に見せつけられるのだ。それに対する世界の反応を想像するだけで、気持ちが高ぶって仕方ない。
研究成果を見せつけ、それに対する世間の反応を見ること。
『研究者』にとって至上の喜びは、研究成果が実を結ぶ瞬間に他ならない。
そして、ヒルツという研究者の成果が実を結び始めるのは、今まさにこの瞬間だ。
「さぁ、始めようか」
そして、ヒルツとアンビエントは、暗い研究室から外へ、光を浴びた。
そこに居たのは、報告通りのゾイドだ。そして、そのパイロットたちも予想していた通り。
「ヒルツ。これは……まさか……!」
唇を震えさせながら、プテラスに乗ったフィーネはヒルツに問う。
上ずり、恐怖を隠そうとしないフィーネの姿は、まさに期待通り、いやそれ以上だった。
「よく来たなGFの諸君。君たちは今、歴史的瞬間に立ち会うのだ。この世を破壊し尽くす終焉の使者。その誕生の瞬間にな!」
渓谷の地下から水槽が音を立ててせり上がってくる。
ついに水槽が開け放たれ、培養液に浸され続けたその機体が顕になる。恐怖と驚愕に歪むフィーネ達を余所に、ヒルツの心は愉快に嗤っていた。
ゆっくりと開かれる水槽の扉から現れたのは、形状だけ見るならばガイサックに近いゾイドだった。だが、その大きさはガイサックなど話にならない。
それが有している鋏はジェノブレイカーのエクスブレイカーとはまるで違う。ガイサックのそれに計上は似ているものの、厚みはその比ではない。ドラグーンネストの出撃口に匹敵する大きさの、巨大な鋏だ。
次いで、無機質な頭が突き出される。その頭も、ダブルソーダのそれに近い。獣型や恐竜型とはまた異なる、生物らしさが感じられず、さりとて生物であることには違いない微妙な嫌悪感を抱かせる頭部でもあった。短く、しかし突き出された鋭い牙とその奥の複眼のような目が、怪しく輝く。
その巨体を支えるのは左右合わせて八本ある脚だ。一つ一つが樹齢500年の大木に匹敵、或いは上回るのではないかと錯覚する大きさだ。
背中にはゴジュラスの胴体を吹き飛ばすのではないかと疑うほどの大口径のショックカノン。さらに前面に向けられた尻尾の先端には、左右二門ずつの小口径の砲塔に守られた、一門の大型砲塔があった。
姿だけ見ればガイサックと同じサソリ型。だが、その大きさは帝都に現れたデスザウラーに匹敵、いや上回るほどだ。
フィーネ達の前に現れた超巨大なサソリ型ゾイドは、無機質な金属生命体の声を響かせる。
『ぐっ……ビーク! 照準セット!』
ディバイソンが動いた。
ディバイソンに乗るトーマ・リヒャルト・シュバルツは、自らが開発した人工AI『ビーク』を活用することで機体や火器管制の制御を用意にしている。
パイロットが自ら行うよりも早くディバイソンの背中に備えられた17門突撃砲の照準が全てサソリにロックオンされ、光を放つ。
『メガロマックス、ファイヤァアアアアアッッッ!!!!』
ディバイソンはレアメタルを用いた強固な二本角と、前面に集中して配置された17門の突撃砲を有する、共和国の突撃戦の要であるバッファロー型ゾイドだ。
しかも、トーマのディバイソンは17門突撃砲に改造を施し、実弾とビーム弾を自由に切り替えられるようになっている。
そして、ビーム弾に切り替えた状態で一斉に放ち、敵に向かってビームの雨を降らせる攻撃――通称『メガロマックスファイア』は同クラスの大型ゾイドでさえ一撃で大破に追い込むほど圧倒的な集中火力をもっている。
突如目の前に現れた巨大なサソリ型ゾイドに対しても、倒せないまでも傷跡を残すくらいは出来る。消極的ながら自信を持って、トーマは第一射に全てをかけた。
だが、
『なっ……』
サソリは、圧倒的火力を受けてなお健在だった。
悠然と佇み。先ほどの凄まじい火砲などなにもなかったようにそこにいた。
素晴らしい装甲だ。そう、ヒルツは満足する。
「さて、これはデモンストレーションだ。受け取ってくれたまえ、GFの諸君」
サソリの尾先にエネルギーが集束する。周囲の空気中から必要なエネルギーを溜め込み、球体を形作っていく様は、眼前で見せられた三人に最悪の兵器の存在を想起させる。
『まさか、荷電粒子砲を撃つっての!?』
もう一機のプテラスに乗るムンベイが呻いた。フィーネは言葉無く口元を覆い、目を見開いてその様を見届けるしかない。
ヒルツは射線を確認すべく手持ちのモニターを覗いた。荷電粒子砲の射線には、ちょうど共和国の基地を貫く位置だ。そして、その近くで戦うバンとレイヴンも巻き込まれてしまうだろう。
それは、ヒルツにとって好都合でしかなかった。
――フッ、もうお前たちに用はない。消えてもらうとしようか。
エネルギーが十分に溜め込まれただろうことを見越し、ヒルツは合図を下す。
「撃て」
そして、荷電粒子砲は撃ち放たれた。
発射された荷電粒子砲は谷間を貫き、渓谷の形を変え、射線上の共和国基地を断った一撃で更地へと変貌させた。
加えて、幾度となく帝国共和国両軍を苦しめたジェノブレイカーを一撃で瀕死寸前に追い込んでいた。
ヒルツを満足させる、十分すぎる破壊力だ。
「さて、『デススティンガー』のお披露目はここまでとしよう。お前たちムシケラどもが滅びゆく時を、怯え震えながら待っているといい」
サソリ――デススティンガーの背後にシュモクザメ型ゾイド、ハンマーヘッドを二回り以上も大型化させた輸送機、ハンマーカイザーが降り立つ。デススティンガーを格納し、ハンマーカイザーははるか上空へと飛びだった。
デススティンガーの操縦席に入ったヒルツは、遥か高空から眼下の大地を浚う。そして、小さな村と思しき物を見つけると、徐に荷電粒子砲の発射準備に入った。
「さぁデススティンガーよ、破滅への道を歩むとしよう」
無慈悲な荷電粒子砲が放たれ、村は跡形もなく壊滅する。
その様を見つめながら、ヒルツは笑みを抑えることが出来なかった。遂に晴れ舞台を飾った、己の『研究成果』に。