そして、本話の前書きとしては不適切ながら言わせてください
第三次ゾイド『ゾイドワイルド』の始動だぜイェァア!!!!
タカラトミーさん期待してますぜ!
『色々すみませんでした。一か月間ですが、お世話になりました。ありがとうございます』
「そういう言葉を口にするなら、これからで示すんだな。俺に見せたような態度を、二度と繰り返すんじゃないぞ」
『はい!』
威勢のいい声には、どこか棘があったようにも思う。だが、それを出さないようにしたのは進歩した点か。
夜遅くにかかってきたバンからの通話にそんな感想を抱き、ケントは通信機を切ると、ほっと息を吐いた。
少しは彼の力になれただろうか。部下を指導するということなら何度もやってきたが、新米の、それも同じような立場に立つだろうまだまだ若すぎる少年に、軍人としての心構えを教えるなど初めてだ。普段のように思考を働かせることが出来ず、ずいぶんと硬い態度を取っていただろうという自覚はあった。
もう少し態度を軟化させ、バンに軍人としての心構えを指導しようと考えていたが、生憎と研修期間はもう終わってしまった。バンは休暇を経た後、少佐として
「軍人は国のために生き、国のために死ぬ……か。なんだそれは」
自分でバンに告げた、冷徹な言葉だ。思わず苦笑が漏れる。そう習った軍人の心構えが狂っているなど、当時の自分は気づいていたはずだ。いつの間にか、自分が教えられた通りのやり方をそのまま投げつけてしまっている。
教える立場としての自分は、果たしてどうだっただろう。落第点もいいところだと思う。
「ケントー、なんか悩み事?」
「カエデ姉さん」
ノックもせずに部屋に上がり込んで来たのはケントの一つ年上の姉、カエデである。普段から眠そうな表情は夜だからではなく普段からだ。おかっぱに近い短髪は、さきほどまで寝ていたのか寝癖がついていた。
「アタシに話してごらん? 楽になるよー」
「俺が研修生を受け持っていたのは話したでしょう。そのことで」
「ああやっぱりー? 毎日それだもんね。昨日もアヤメねえに泣きついてたし」
「そ、それは……姉さんたちは頼りになるから……」
「それに、アタシは入ってないんでしょー。悲しいわー」
「そんなことはない! 絶対だ! カエデ姉さんは俺に必要な人だ!」
「そんなこの世の終わりみたいな顔しないでよー」
カエデは表情の変化が乏しい。それがカエデという姉の特徴だが、だからこそケントにとっては癒しになっていた。
そして、ケントにとって必要な人はもう一人。
「あら、騒がしいわね」
「アヤメ姉さん!」
騒ぎを聞きつけてもう一人の姉、アヤメも顔を見せた。黒髪の清楚な美人と言った印象だが、これで共和国きってのゴジュラス乗りなのだから分からないものだ。おとなしいゴルドスの方が似合うのではないかと言うのはもっぱらの噂だ。
「またフライハイト少尉のことかしら? 今日で研修期間は終わったんでしょう」
「そうなんですが、俺はきちんとやれたのか心配で……」
バンとのやりとり、それに先ほどのバンからの言葉まで伝えると、アヤメは口元を手で覆い「ふふ」と笑った。
「大丈夫よ。あなたはあなたにできることを精いっぱいやったわ。あとは、彼次第」
目を細め、アヤメはニコリと笑った。ただ、その目は少し力が籠っている。
「ケント。フライハイト少尉のことは、彼自身にとって大きな経験になったと思う。でも、忘れないで、あなたにとっても、とても大切な経験なの」
「はい」
「教えられる方はもちろん、教える方も学ぶことはたくさんあるわ。忘れないで、私たち軍人は、多くを学び、それを国民の皆さんを守るために使うの。私たちの命は、この国のためにあるのよ」
「……はい」
姉たちはケントにとって支えだ。ヤマタニの家系は代々共和国の軍人であり続け、それがヤマタニ家の誇りであった。それに従い姉二人も共和国の軍人の道を進み、ケントも同じ道を歩んだ。幼き頃から軍人としての心構えを説かれ、特にアヤメからは軍人としての姿勢を学んできた。
軍人たる者、国のために戦い、国のために死ぬ。
それが間違っていることはないとケントは思う。軍人は国のため、国民のためにその命を使う。それが仕事だ。
だが、どこか反発する意思もあった。自分の命を全て国に捧げる。それは、本当に正しいのだろうか。そう、人として。
バンは自分の夢に向かって邁進する人物だ。軍人の仕事と役割に全てを捧げる自分とは違う。そして、その考え方は認めるべきと思う。
「ケント。あなたの教えたことは間違っていないわ。あなたに疑問を持っている人たちも、いずれ解ってくれるはずよ。だから……」
「はい、これからも精進します」
話が自分の現状に逸れかけたのを、ケントは一言で片づける。それは、姉たちに相談すべきではない。気を引き締め、ケントは決然と言い放った。
「ケントー、もうちょっとゆるーくいこうよ」
カエデののんびりとしたそれに、つい甘えそうになったのは秘密だ。
「アヤメねぇ。ケント、大丈夫かな」
カエデののんびりとした口調は普段からだが、今日のそれは少し違う。ビシと核心に迫るような時、カエデの口調は変わらないものの目は細まる。
「どういう意味? フライハイト少尉のことかしら?」
「そっちは心配いらないよ。クルーガーのおじさんが言ってたらしいじゃん? ケントとその少尉君はウマが合いそうだって」
その話は、ケント自身も語っていた。彼は「何故そう思われたのかまるで分からない」と愚痴っていた。カエデもアヤメもバンの人となりは人伝でしか知らない。だから、その判断がどういう経緯でくだされたのか、どうも言えない。
そして、二人の論点はそこではない。
「そうだったわね。なら、なに?」
「ケントのことだよ。アタシはさー、ほら、ゆるーく、のんびりまったり、周りなんてどうでもいーって感じだから気にしないけどさ、このままだとあいつ、潰れそうだよ」
「潰れたら潰れた。人生なんて、所詮そんなものよ」
すべての人間が人生を全うできるわけがない。どんな場所でも、どんな時代でも、順応できない、能力の低い人間は淘汰され、社会的弱者に落ちて行く。それが世の常だ。アヤメはそう思っていた。そして、だからこそヤマタニ家に伝えられる心得「軍人は国のために死ぬべし」に共感も持っていた。順応できず、役にも立てなのなら、国のために淘汰されるのも致し方ない、と。
「うひぃー、つめたいねぇー。そういうとこ、アタシは好きじゃないなー」
「好き嫌いでやっていけるほど、人生甘くないわ」
「まぁ大事かな? とは思うけどさぁ、そういう感覚。でもね、アタシは、潰れて欲しくないかな、ケントにはさ。だってほら、アタシおねーさんだし」
「そう」
アヤメはそっけなく答える。カエデの冷めた視線を浴びても動じない。それも、彼女たちの常だった。
***
バンがケントの元を離れ、数ヶ月が経った。
その先端に立つのは、ガイロス帝国の名門、シュバルツ家の跡取りカール・リヒテン・シュバルツの弟であるトーマ・リヒャルト・シュバルツと並び、共和国からはバン・フライハイトの名が挙がっていた。
デスザウラーを倒した英雄の名声は伊達ではなく、加えて少佐に任ぜられたバン自身への評判も上々だった。十代後半に差し掛かったばかりという若さには似合わない思慮深さと采配、名声に裏打ちされたゾイド乗りとしての卓越した腕前、そして年相応の若さ溢れる熱意で多くの
その噂を耳にすると、ケントもほっと胸をなでおろすことが出来た。自身の教えは、決して無駄にはならなかった。そして、バンは自分と同じ轍を踏まずに済んだのだと安心もした。
そして、日々の激務に再び身を投じ、いつしかバン・フライハイトを指導した日々も過去のものとなり始めた、ある日のことだった。
その日、ケントはレッドリバー前線基地にまで足を延ばしていた。隣接する帝国のドラゴンヘッド要塞には戦争終結時に作られたストームソーダーの発着場があり、それに付随する形で航空基地の要素を兼ね備えるようになっていた。
レッドリバー前線基地も呼応するように航空要塞の体を成しており、いくつかの飛行ゾイドが配備されていた。
そして、ケントにはこのレッドリバー前線基地にて担当するゾイドの飛行テストの命が下されていた。普段は外に出すことすら許されない機体だが、ケント自身が粘り強く進言を続けたことで月に一度の飛行テストが行われるようになっている。いざと言う時に、その操縦の勘を忘れないためだ。
朝も早いためか、基地内の廊下は静かだ。ケントの靴の音だけが響く。
まずは司令部で着任の挨拶だ。だが、朝早過ぎる時間帯では、基地の司令官もいないかもしれない。先ほど到着した際に通信士は居るのは分かっているから、その人物に司令官の現在地を聞けばいいだろう。そう、安易な思考でケントは司令部に足を向け、ピシりと開かれた自動ドアを通り抜け、司令部に踏み込んだ。
「失礼します。ケント・ヤマタニ少佐、着任しま――?」
そこでケントは思わず口を止めてしまう。
司令部に居たのは亜麻色の髪の少女から女性へと成長しようとしている美少女と、その隣に立つ精悍な顔つきの青年だ。それに実直な顔つきの帝国軍兵士と、いかにも賞金稼ぎと言ったガラの悪い男が立っている。ただ、ケントが思わず固まったのは精悍な顔つきの青年を見たからだ。
「……フライハイト少尉」
「ヤマタニ少佐……」
同じようにフライハイト少尉――バン・フライハイトも目の前に現れたケントに驚きを隠せていない。ただ、ある程度予想はしていたようでその驚愕はケントよりは少なかった。
二対の訝しげな視線に問われ、ケントは場の空気を変えるように空咳を打った。
「……着任の挨拶に伺ったのだが、ここの司令官は?」
「……ハーマン少佐は今仮眠をとっている。到着は、もう少し遅くなるって話でしたから」
「ああ、風の調子がよくてな。予想よりも早く着いたんだ……」
「そうですか……」
言いつつ、ケントは自身の失態を呪った。レッドリバー前線基地に
「おいバン、コイツは?」
「ああ、士官研修の時の上官で空軍のケント・ヤマタニ少佐だ」
「少佐? コイツがか?」
訝しげにじろりとねめつけてくる山賊風の眼帯の男に、ケントはその視線を甘んじて受けとめた。そう言った疑いの眼差しを向けられるのは、日ごろから慣れている。
「ケント・ヤマタニだ。よろしく頼む。
「俺は
山賊風の男――アーバインの物言いにそう取られるのが嫌いなのだろうと判断する。「失礼した」と一言謝罪を口にし、それ以上の問答を沈黙で封じる。
「フライハイト少尉――失礼、少佐たちはここで何を?」
「ああ、最近の事件の経過をまとめてたんです。対抗手段が見いだせないかどうかと」
バンからの答えに、ケントはなるほどと思った。
昨今、
加えて、その背後で暗躍する赤いオーガノイドを伴った赤い髪の青年の話題もあった。いずれもやっと訪れた平和な世の中を脅かす危険極まりない存在であり、
そして、彼らの存在はケントにとっても無視できないものであった。ひと月ほど前にケントの担当するゾイドを強奪に入ったものがおり、その人物の背後関係を洗うと赤い髪の青年がおぼろげに浮かび上がってきた。
また、友好の証として帝国に送られるはずだったストームソーダーステルスタイプ、通称『3S』がプロイツェン派だった元ガイロス帝国将校に奪われる事態もあった。
ストームソーダーの一件は共和国空軍にとって由々しき事態であり、それゆえケントの記憶にも新しい。
バンたちはその対策としてミーティングを行っていたということだろう。納得のいく回答が得られ、ケントは満足げに「なるほど」と頷いた。
「ヤマタニ少佐は?」
「私は、例のゾイドの飛行テストをここで行うことになったから――」
バンの質問に答えた、その時だった。基地内に警告アラームが鳴り響いた。
バンが、アーバインが、トーマが表情を変える。ケントが素早く視線を張らせると、すでにフィーネが状況の確認に走っていた。
「上空に所属不明の巨大ゾイド、ホエールキングです。何かを投下して――おそらく、ゾイド?」
「ゾイドだと!?」
「警戒飛行中のプテラスレドームからの映像です」
作戦司令室のモニターに送られてきた映像が投影される。
そこに移っていたのは、ホエールキングの腹から無数のゾイドが投下されていく姿だった。拡大された投下されたゾイドは、これまで見たこともない姿だ。
プテラスやシュトルヒと同じ穴の開いたマグネッサーシステムを搭載した翼に、小さな翼とはちがい小さな頭と足。空戦ゾイドと言えば翼竜型ゾイドが主であるが、映されたそれは翼竜とはまるで違う身体構造をしている。
言うなれば、コウモリだ。
『
指令室に声が響き渡る。何者だ、と言う疑問符は、怒声を響かせたバンによって吹き飛ばされる。
「ヒルツ!」
『お前たちとの戯れはなかなか楽しいものだった。そこで、私からささやかなプレゼントを用意した。見るがいい』
ヒルツの声に誘導されるように、ホエールキングから垂直降下していくコウモリたちは、翼を広げて隣接する帝国軍のドラゴンヘッド要塞へと殺到する。そして、
「なっ……」
誰から漏れたか分からない。ただ、絶句がその場を支配する。
投下されたコウモリたちは瞬く間にドラゴンヘッド要塞へ殺到し、次の瞬間には要塞は閃光と爆音、そして衝撃波に支配された。
フィーネは口元を抑えて言葉を溢せない。アーバインもトーマも、あっという間の出来事に反応できていない。そして、バンは憎々しげに表情を歪め「ヒルツっ!」と声を荒げた。
『さて、次はお前たちの番だ。ザバットによって訪れる最後の時を、有意義に過ごすがいい』
それきり、ヒルツからの通信は途絶えた。
***
レッドリバー前線基地は、すぐに泡を食ったような騒ぎとなった。
幸いにもドラゴンヘッド要塞と言う大きすぎる犠牲を用いたデモンストレーションにより、「ザバット」と呼ばれたゾイドの攻撃手段は解明された。
ザバットは腹部に埋め込んだ爆弾を投下し、爆撃を行うゾイドだ。また、その機体にコックピットと思しき箇所は確認できず、無人のゾイド――スリーパーではないかと言う予想も立てられた。
ただ、そこまで判明していながら、対抗手段は厚い防空網を張ることと、母艦であるホエールキングの撃墜しか見いだせないと言うのが現状だ。
ホエールキングが滞空している高度はおよそ一万メートル。ホエールキングを墜とすための爆装を兼ねたプテラスでは届くかどうかといった高度だ。加えて、ザバットたちの防空網が存在する。
――こいつしかいない。
状況説明を受けた段階で、ケントにはすぐに予想がついた。今回の任務に適しているのは、あのゾイドを置いて他に居ないと。
ゾイド格納庫には幾数のゾイドが整然と並んでいた。その中には今回の作戦での主力となるだろう脚部にガトリング砲を装備し火力を向上させたシルバープテラスがある。
しかし、ケントはそれに目もくれず最奥に安置されていたゾイドの元に駆け寄った。
見上げるほどの巨体にプテラスの三倍はあるのではないかという巨大な翼。プテラスをそのまま大きくしたような姿のそれは、ゴジュラスとゴドスの
「……出番だ、ルーデル」
ケントだけが乗ることを許された、共和国に一機しか存在しない、永きに渡った西方大陸戦争の中で今も昔も「空の王者」と称えられる最強の空戦ゾイド。
それこそが、サラマンダーだ。
喧騒に包まれる格納庫の中、こちらに駆けてくる足音が聞こえる。振り返ったケントの視界に入ったのは、バンだった。
「フライハイト、少佐か。どうした」
「返事がなかったから直接来たんです。レッドリバー前線基地司令官、ハーマン少佐からの伝言です。サラマンダーに、
「そうか」
ふっ、とケントは我知らず笑みをこぼした。
「ヤマタニ少佐?」
「なんでもない。了解した」
鉄板で作られた急ごしらえのタラップを半ば駆け上がる様に抜け、サラマンダーのコックピットに身を滑り込ませる。
高度は一万メートル。サラマンダーは通常兵装で三万メートルまで楽に到達することが出来る空の王者だ。ゴジュラス用のバスターキャノンにシールドライガーDCSのビームキャノンを増設した制空、対地戦仕様の機体でも、一万メートルまでなら十分到達可能だ。
そして、この重装ならホエールキングを撃墜するのも十分可能な圏内だろう。
操縦桿を握り込み、サラマンダーを強く始動させる。ふと、ケントは自分が我知らずに笑みをこぼしていることに気づいた。緊迫した状況に合ってだ
それも
「行こう、ルーデル。――ケント・ヤマタニ、出撃する」
そして、高ぶる感情を無理やり押し込んだように、空の王者はついに訪れた戦いに身を投じた。
その光景を一言で表現するなら、圧巻だ。
空一面を黒い煤のような小型の機体が覆い尽くす様は、どこか畏怖の感情を焚き付ける。しかも、それが全て強力な爆弾を積んで、正確無比な爆撃を行ってくるのだからなおさらだ。
しかし、ケントの顔に焦りはなかった。
「――ふん」
軽く鼻を鳴らし、トリガーを引き込む。翼の付け根に増設されたビームキャノンが火を噴いた。高出力のビームが焦げ臭いにおいの漂う空気中を貫き、数機のザバットをまとめて撃ち抜いた。
爆撃ゾイドは、空中から地上を攻撃するためのゾイドだ。その役割の都合上、対空戦闘の装備はさほど多くない。嘗ては制空戦を想定して開発されたプテラスが、現在は爆撃機としての運用が主であることを考慮するとその意味も解りやすい。
サラマンダーは純粋な戦闘機型ゾイドではない。どちらかと言えば、現在のプテラスと同じ爆撃機としての意味合いが強いゾイドだ。ただ、その巨体と、それに見合った装備を備えられることが、サラマンダーを並みの爆撃機とは一線を科す存在へと押し上げていた。
主翼の真ん中あたりに備えられたビーム砲が唸りを上げる。対空二連装ビーム砲は先ほどのビームキャノンほどではないものの、ザバット程度の大きさでは話にならない。再び数機のザバットが爆発し、連鎖的にまとめて叩き落す。
クゥァアアアアアアッ!!!!
甲高い声音でサラマンダーが咆哮する。威厳と迫力を伴ったそれは、一声でザバットたちを委縮させた。
この空の王者に敵うものか、と。
「……いける」
我知らず、ケントは獰猛な笑みのままに口走る。
不思議な昂揚感だった。普段なら、軍人としての責務や自身の役割を優先する。そんな理性が何よりも優先した。それがケントという軍人のある姿だった。
だが、今日は違う。
原因は分からない。だが、ケントの戦意は限りなく高かった。サラマンダーを駆る
そして、その高揚感はケントの目を僅かに曇らせた。
「――あれはっ!?」
黒雲と化した群から一体の、いや二体のザバットが現れた。
二体のザバットは互いに肩を組むように、二つの身体が一つに結合された異形の姿をしていた。二体の身体を隣り合わせに、右のザバットは左の翼を、左のザバットは右の翼を失くし、足りない部分を補いあうように存在している。双頭ではない。一体のゾイドが、二つの身体を有しているのである。
生物の中には外的要因によって起きた突然変異により奇形の姿を与えられてしまう者もいる。現れたザバットは、まさしくそれだった。
「なんだ、あれは……?」
高揚感に包まれていたケントの精神が、冷水を浴びせられたように急速に冷え固められた。ゾイドと言えど生物だ。それなのに、戦場に現れた異形の
マッドサイエンティストによる生物の尊厳を踏みにじった実験の果てに誕生した悲しき姿なのか。ともかく、ゾイドという生物に乗るゾイド乗りとして、それはあってはならぬものに見えた。
人としての道徳以上に、国を守るべき軍人であるべき。幼い頃よりそう教え込まれてきたケントだが、ツインザバットのそれは彼の思考をフリーズさせるには十分過ぎた。
そして、その僅かな沈黙がケントを窮地へと追いやった。
サラマンダーの機体が大きく揺らいだ。
ケントはすぐに原因を探り出す。上空を埋め尽くす黒雲から投下された爆弾が、サラマンダーに直撃したのだ。本来なら地上の基地を破壊するためのそれが空中で炸裂する。いかに空戦ゾイド最大の大きさと「空の王者」の異名を誇るサラマンダーと言えど、一発の爆弾で致命傷は避けられない。
加えて、ツインザバットからの追撃があった。ツインザバットの背中にはジェノザウラーのものと同系のパルスレーザー砲が備えられていた。しかも、ザバットの身体の数だけ、一体につき二門であり、ツインザバットのそれは四門だ。
ジェノザウラーには及ばないものの、二つのゾイドコアの結合から生み出される出力は同クラスのゾイドをはるかに上回るものだった。サラマンダーの腰が炎を上げ、増設されていたビームキャノン砲が爆発を起こす。
自身のふがいなさに歯噛みし、しかしもう遅かった。爆風の衝撃波をモロに喰らったサラマンダーは滞空状態を維持できず、垂直落下を開始する。
「くそ……くそっくそっくそぉっ!」
サラマンダーのコックピットでケントは自身を呪った。月に一度行われる飛行訓練は、こんな有事の際に問題なく乗りこなすためのものだった。サラマンダーという希少性の高く、且つ強力な機体を完璧に制御する為だった。なのに、自分はその役を果たせず、このまま墜落するのだろうか。
『軍人は国のために死すべし』
幼い頃より教え込まれてきた軍人としての鉄則が脳裏をよぎった。
サラマンダーで出撃し、基地を守るためにザバットの大軍団を相手に戦った。そしてその末に、自分は死ぬのだ。
十分ではないだろうか。十分、国のために命を消耗したではないか。ならば、いつ死んでも、悔いは、
『ヤマタニ少佐!』
ケントの思考に、怒号が割り込んでくる。聞き覚えのある声だ。
「……フライハイトか?」
落下していくケントの横を、銀色のゾイドが翔け抜けた。
サラマンダーをそのまま小型化したようなゾイドだ。機体は海を思わせる鮮やかな青ではなく、薄ら雲に覆われた曇天の空のようなくすんだ銀色をしている。脚部に空対空ガトリング砲を装備した制空戦闘用改造機、シルバープテラスだ。
空対空ガトリング砲の砲身から荒っぽく弾丸が吐き出される。砲身から吐き捨てられた弾丸は矢の様に跳び、数機のザバットを撃ち落とす。
ケントは僅かな感心を覚えた。嘗て、プテラスの操縦に四苦八苦していたバンが、ものの数ヶ月で完璧に乗りこなしている。
そして、バンに続くように次々とシルバープテラスが空域に突入してくる。
『ヤマタニ少佐! 落ちてる場合じゃないでしょう!』
「ああ、だが無理だ。ダメージが大きい。このままでは――」
『諦めんなよ!』
ケントの言葉を遮り、バンが怒鳴る。
『聞いたよ。そのサラマンダーに出撃命令が下ったの、今日が初めてなんだろ。だったら、見せてやれよ! サラマンダーの、少佐の力って奴を! 「肩書きだけのウド」なんて言わせんなよ!』
「だが、私はもう……」
『少佐。いつだか言ってたよな。軍人は国のために死ぬって』
それをバンの口から聞くとは思わなかった。バンは、決してその心得に同意しない。そうであると確信できるほど、バンは生きることの意味を理解している。
「ああ、そうだが」
『違うだろ!』
ふっと、ケントは小さく笑みをこぼした。それを、待っていたのだ。
『こいつはパリスからの受け売りだけどな、命ってのは、信念のために使うもんなんだ! 国じゃない。共和国を守りたいって
ケントは、声を溢さず、しかし口だけで「ははは」と笑った。
それだ。ずっと悩んでいた。軍人の使命とは何か。国のために命を賭けることか。それに対して抱いて来た疑心が、ついに答えを見出したようだった。
ストンと、摘み上げられたブロックの隙間に、一部の隙もなく填められたような快感を覚える。幼い頃より自分に押し付けられてきた型が、やっと外れたようだった。
見ると、空域にはバンのそれ以外にも別のシルバープテラスが集結しつつあった。見まごうはずもなく、それが自分の指揮する隊のシルバープテラスであることは明確だ。
短く、指揮を下そう。
「全隊、空域の
指示に対する短い返答が成され、シルバープテラス各機はザバットたちへ向けて猛攻を始める。それを見送り、ケントは通信先をバンに絞り、彼の名を呼んだ。
『ヤマタニ少佐?』
「フライハイト少尉――いや、少佐。私の護衛に着いてくれ」
『俺が?』
「これから、あの
ケントの言葉にバンが上空を仰ぎ、「くっ」と歯噛みする。空を覆い尽くすザバットの大軍勢に隠されていたが、ザバットの運搬という役目を終えたホエールキングは基地への突撃を敢行しようとしている。確実にとどめを刺すつもりだ。
「心配いらん。
『その後は?』
「下に、私と少佐の仲間たちが待機していよう? お任せします」
ケントは最後の一言だけ、地上でその瞬間を待ち構えているゾイドたちに向ける。
下に居る機体はトーマ・リヒャルト・シュバルツ中尉のディバイソン。そして、32連装対空ミサイルを背負った重武装改造シールドライガー、アームドライガーだ。
『ふん。少佐方が奴を墜とさんと話しにならん。賭けているんだぞ』
『うひぃー、でかいねぇ。ま、こっちはスーパーカエデ様にお任せだよ。ケント』
やはりか。アームドライガーを引き連れて現れたのはケントの姉、カエデ・ヤマタニだ。後始末は、彼女たちに任せていい。
「やってくれるな。フライハイト少佐」
『もちろん! 俺たちの底力を見せつけてやろうぜ』
俄然やる気を見せるバンに、ケントは小さく、ふっと笑った。そして、
「なぁ、この戦いが終わったら、付き合ってくれないか? 俺のおごりだ。クジラのたたきで一杯やろうじゃないか。なぁ、バン」
『少佐? いや、そうだな、ケント!』
バンも小さな笑みを浮かべる。そして、空を駆ける巨人と戦士は、
***
「おいケント、こっちだこっち」
「ほぅ、こんなところになぁ……」
ニューヘリックシティにほど近い都市、ミール。いくつもの料理店が軒を連ねる細道をバンの先導でケントは訪れた。
この場に来たのは初めてだ。これまで、誰かと夕食を食べに行くなど、家族以外にはなかった。それもニューヘリックシティでのことなのだから、別の町の料亭など知る訳もない。
バンは立ち並ぶ料亭の中から迷うことなくある店に足を向けた。早速案内に現れた店員に「待ち合わせで」と話す姿は、バンがこういった対応に慣れきっていることを思わせる。そして、ケントと二人揃って店の奥に通される。
「おう、おせぇぞバン。先始めてるぜ~」
「わりぃ、トーマがうるさくてさ」
微妙な笑顔を浮かべ、バンは顔を赤くした陽気な男に返す。
「あぁ、紹介しとくよ。あっちで赤くなってるのは高速戦闘隊のトミー・パリス中尉。の隣に居るのが、同じ高速戦闘隊のレイ・グレック少尉。それから、強行偵察隊のリーリエ・クルーガー少尉。俺の同期なんだ」
すっかり飲んでますといった様子の面々にケントは渋い顔を隠せない。バンが自分を連れて来た理由はなんとなく分かったが、念のため聞くこととする。
「ああ。それで、どうして俺をここに連れて来たんだ?」
「なんだ、ノリわりぃな。少佐殿?」
言いつつ、トミー・パリスは空のジョッキに麦酒をなみなみと、泡が零れ落ちるのも気にせず――それを気にしないほど酔っているのか――注ぎ、ケントに突き出した。
「ほら、飲め! 今日は少佐殿の稼ぎでおごりらしいからな!」
「……バン!」
「い、いや、奢りって言うから、みんなも呼んだ方が楽しいかなって……」
「あのなぁバン。お前は、俺の懐に氷河期をもたらすつもりか? 勝手にこんな――」
「おい、ケント」
唐突に投げかけられたなれなれしい呼び方に、ケントは忌々しげに振り返る。すると、席を立ち上がったパリスがジョッキを突き出していた。
「俺たちのルールでな。この場じゃ階級だの年だの関係ねぇ。お互いの親交を深めようってことだ。だから、ほら!」
「それと、この酒は関係があるので?」
「互いの親交を深めるって言ったら、飲み比べだろ。俺と勝負だ。そのガタイだ、いけるクチだろ?」
挑みかかるようなパリスの眼差しにケントは「はぁ」と大きくため息を吐いた。渋々ジョッキを受け取ると、呼応するようにその場の全員が自分の飲み物を掲げる。
「んじゃレイ、音頭頼む」
「俺が? 今回はバンかケントやってもらった方が……」
「なーに言ってんだ。今日はお前の順番だろうが。そらそら」
「……それじゃ、俺たちの自由気ままな息抜き会に新しいメンバーが加わったことを祝して――」
乾杯!
騒がしい料亭の雑踏の中で、ガラスをぶつけ合う子気味良い音が響いた。
「あら、いいじゃないトミー。もう一杯付き合ったって」
「いや、俺はもうちょっときつ……うぷっ」
「あら、意外と弱いのねぇ」
顔を赤から青に変えて口元を抑えるトミーに迫る粘っこい口調。女性的なそれだが、その人物はこの場での紅一点であるリーリエではない。
「なぁ、バン。教えてくれ。ケントって、あんな奴だったか?」
「俺だって知らねぇよ。絶対静かにちびちび飲むタイプだと思ってたぜ!?」
「お前が飲み方を語るのは早いと思うが」
「何回レイたちの飲み方を見て来たと思ってんだ」
ひそひそと会話を交わす二人の横でリーリエは早くも眠りに落ち始めていた。いや、様子が一変したケントに飲まされてダウンしているのだ。
「これじゃいつ俺が飲まされるか分かったもんじゃねぇ。レイ、頼むよ」
「馬鹿言え、俺は酒に弱いんだ」
「それが七杯も飲んだ奴のセリフかよ!」
「もう限界だ。お前が飲め!」
「俺はまだ未成年だ!」
ちなみに、リーリエも同じく未成年だが、結果は見ての通りである。
「バン、飲まないのかしら?」
「勘弁してくれ。オカマとは相性が悪いんだ。……ひょっとして、俺とケントが合わないのってこれだからじゃないか?」
渋々、意を決してバンはジョッキを煽った。
後日、バンは二度とケントを誘わないと誓ったのだが、生憎と飲み会は今後も定期的に続けられ、その度にバンはオカマと化したケントに飲まされる羽目になったのである。
一つ、一つだけバンが感想を述べるとしたら、こうして誘う様になって以来、ケントの表情が依然と比べて見違えるほど柔らかくなったことである。
登場させましたツインザバットはだいぶ昔の漫画「ゾイドバトラー雷牙」(だったはず……)に搭乗した改造ゾイドです。知ってる人居たりするかなぁ。記憶を頼りに書きました。
また、ケントの姉は私の自由に書いて良いという許可を頂いたので、ことカエデ姉さんは劇中のようなキャラに仕上がりました。愛機アームドライガーを含め、ミサイル(魚雷)満載な某艦隊シミュレーションの彼女を意識したキャラ設定となりました。あ、アームドライガーはゾイドバトルカードに存在した機体です。
それはともかく、今回のキャラ提供いただきました無名の兵士さん。大変長らくお待たせする結果となってしまい、本当に申し訳ありません。
ご満足いただけましたでしょうか。
今後とも、本作を応援していただければ幸いです。