ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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今回は、本編は少し休ませて幕間。
それもかなり寝かせてしまった読者キャラ企画の最後の一角です。

バンと彼を指導する上官、ケント・ヤマタニ少佐を温かく見守って下さい。


幕間:大空の巨人 前編

「おっさん!」

 

 指令室の扉を勢いよく開き、バンは中に居るであろう人物を呼んだ。

 

「ん?」

 

 呼ばれた男は――軍人としてはすでに引退していてもおかしくない年である共和国の智将、リーデン・クルーガーが窘めるような視線を向けた。その仕草にバンは慌てて居住まいを正し、「クルーガー大佐」と呼び方を改めた。

 

「聞いたぞ。軍を引退するって、ホントか?」

 

 改めはしたものの、結局上司に向けるべきではない口調(それ)にクルーガーは小さくため息を――非難するのではなく、半ばあきらめているような――吐いた。

 

「戦争が終結した今、儂の役目は終わった。くたばり損ないの老兵がいつまでもしがみ付いている場所ではない」

「俺はどうなる! あんたが本物のゾイド乗りに仕込んでやるって言うから、俺は軍に入ったんだ」

 

 噛みつくような勢いのバンに、クルーガーは手に持っていたコップを机に置き、ゆっくり諭すような口調で語り出す。

 

「……昔、あのシュミレーションテストをどちらが先にパスするかで賭けをした二人の若者が居た」

 

 クルーガーが口にしたシュミレーションテストとは、バンが配属されている共和国基地にて実地されている基地の防衛テスト――防衛網を突破するための演習のことだ。そして、それはついさっきバンがパスしたものであった。

 

「どちらが勝ったと思う?」

「……?」

 

 答えが分からないと言いたげなバンに、クルーガーは懐かしむような目で自室の壁に賭けられた写真に視線を向けた。写真の中では、二人の若い共和国兵が肩を組んで笑っていた。独房の中でだ。

 

「答えはどちらも参加できなかった、だ。なぜなら、二人はテストの前日に酒場で乱闘騒ぎを起こし、当日は営倉の中だったからだ」

 

 写真の中で肩を組んで笑う二人の男のうち一人は、クルーガーによく似ていた。そしてもう一人は、どことなくバンに似ている部分がある。

 

「バン。お前はオーガノイドの力を借りずともブレードライガーの力を十二分に引き出した。士官学校での日々と、訓練生として技術を高めた時間、無駄なく力を身に付けた。もう、儂から教えることはない。これからは、ハーマンやお前さん、若いもんの時代だ」

「クルーガー大佐……」

「明日からは、ただのおっさんだ」

 

 自嘲するようにクルーガーは微笑み、コップを傾ける。カランと中の氷が音を立て、柵を脱ぎ捨てたような軽やかな雰囲気を醸し出す。

 バンが共和国軍に入るきっかけとなったのは、約二年前になる暗黒大陸での一件だ。だが、もっと言えば、それ以前に声をかけてくれたクルーガーに原因はあった。

 今の自分を形作った要因に、クルーガーの存在は大きい。それを感じているからこそ、バンにとってそのきっかけが軍を離れるのは寂しく思ってしまう。

 

「さて、バン。お前を呼んだのは、この話をするためだけではない」

 

 一区切り淹れるようにクルーガーはコップを机に置き、バンを見つめ上げた。その目に宿っているのは、もう見ることはないと思っていた軍人、クルーガー大佐としての目だった。

 

「お前さんも、GF(ガーディアンフォース)の噂は聞いたことがあるだろう」

「帝国と共和国が共同で設立する平和維持組織、のことか?」

 

 バンは記憶を反芻するように言った。

 暗黒大陸での一件は表立って語られることはなかった。プロイツェンナイツの生き残りが暗黒大陸に亡命し、帝国と共和国の部隊が派遣されて始末に追われた、程度の簡単にまとめた噂が流れただけだ。

 この一件は戦争終結以来、帝国と共和国が初めて明確に手を取り合い、事件解決を目指した案件である。ほんの一年前まで戦争をしていた国同士でのこととしては極めて異例とも言える事態である。

 だが、それが必要とされる事態は今後も起こる可能性が十分にある。それを両国の首脳陣に認識させるには十分なことであった。

 そんな経緯を経て設立が決まった組織、それがGF(ガーディアンフォース)である。

 

「そこの特務隊員として、お前さんを推薦しておいた」

「は?」

「少佐としてな」

「はぁ!?」

 

 二重の意味で、バンは驚愕を覚えるほかなかった。

 

「おっさん! 俺は一人前のゾイド乗りになるためにあんたのとこに来たんだ! 軍に入る気なんてなかったんだぜ!」

「士官学校を卒業して、訓練生もやっておいてか?」

「それは、あんたの口車に乗せられて……」

「そう言うと思ったよ。だからこれは儂からの頼みだ」

 

 バン自身、クルーガーの元でゾイド乗りとしての経験を積むのが目的であった。そして、そのための()()()として今日まで学ぶことを学び、特訓を重ねて来たのだ。

 軍の空気は肌に合わない。そう感じていたバンは、時機を見て軍を辞めるつもりでいた。クルーガーの要請は、それを真っ向からら叩き潰すものであった。

 クルーガーの言葉はバンの意志を頭から無視したものだ。それに対して、バンが反発を覚えないのも無理のないことである。

 

「さっきも言ったがな、これからはお前さんたち若い者たちの時代なのだ。儂が生涯を賭けて磨きこんできた共和国軍を託せるのは、お前さんくらいのもんだ。頼まれてはくれんか?」

「それは……」

 

 策略も知略も一切ない。智将の名を頭から斬り捨てたクルーガーの常に訴えかける言葉に、バンも思わず言いよどむ。士官学校に編入するよう便宜を図ってくれたのも、訓練生としての自分を鍛え上げてくれたのもクルーガーだ。その頼みを無碍にするのは、どうにも憚られる。

 

「でも、少佐ってのは……」

 

 バンは士官学校を卒業し、共和国軍に入隊する直前の状態だ。当然、階級は少尉から始まる。いきなり少佐など聞いたことが無い。

 

「お前さんは二年、三年前になるか。帝都でデスザウラーを倒し、その名を上げた。それほどの実績を有するお前さんを期待のGF(ガーディアンフォース)に入れるとなる、それなりの地位も持っておいてもらいたい。意味は、分かるな」

「……要するに、新生組織の看板役になれ、か」

 

 バンの実績は目覚ましいものだ。現ガイロス皇帝ルドルフを帝都まで護衛し、帝都を壊滅させんとした破滅の魔獣デスザウラーを撃破。その上、公にはなっていないものの暗黒大陸でもニクスの民の中心人物であるマリエス・バレンシアの護衛を行っていた。エウロペではすでに英雄として名が知れ渡っている。

 そんなバンの名声は、平和維持を目的としたGF(ガーディアンフォース)の旗印として申し分ないものである。

 

「今ここで答えを訊こうという訳ではない。だが、いずれにせよ、考えておいてくれ」

 

 バンはしばし目を瞑り黙考する。だが、やがて根負けしたように前身の力を抜いた

 

「……わかったよ」

「すまんな」

 

 すまし顔でそう言うクルーガーだが、その表情にはどこか陰りが見えた。おそらく、クルーガー自身にとっても望んでいたことではないのだろう。一度軍部に片足を突っ込めばずるずると引きずり込まれる。そんな状況を嫌がっていた嘗ての知り合いの顔を思い浮かべ、バンは嘆息する。

 

「それからバン、紹介しておく者がいる」

「紹介?」

「訓練生を卒業した者は、早速それぞれの配属先での研修があるのを知っているな」

「ああ」

 

 ぼんやりとバンは自分に渡された異動通知を思い出す。確か、アーサー・ボーグマン少佐の率いる高速戦闘隊第12独立戦闘隊だったはずだ。バンもよく知るレイ・グレック少尉も属しており、軍を辞めることを考えている中だが密かに楽しみにもしていた。

 

「配属先は変更だ。お前さんの研修先は、空軍の戦略爆撃隊だ」

「はぁ!?」

 

 今日は何度驚かされるのだろうか。今日までずっと高速ゾイド乗りとして腕を慣らしてきた自分が、いきなり空軍など聴いたことが無い。特務部隊への配属に始まりいきなりの少佐任命、その上初心者同然のゾイドを扱う部隊への配属と、一連の決定を下した人物の頭が狂っているとしか思えなかった。

 

「お前の言い分も分かる。だが、これは今後のお前に必要なことだと儂が判断した」

「犯人はおっさんかよ!」

 

 もはや上司への口調など気にしていられない。食ってかかる勢いで突っ込みを入れるバンの耳に、コツコツと扉が叩かれる音が届く。クルーガーが「入れ」と一言告げると、部屋の戸が開かれ一人の共和国兵が入室する。

 まず目に付くのはその巨漢だ。二メートルはあるだろう巨体に加え、それに見合った筋骨隆々の身体付き。短くカットされた黒の短髪の下から覗く茶色い瞳は、獲物を見据えた翼竜のように鋭かった。

 現れた大男はちらりとバンに視線を向け、さした興味も見せずクルーガーに向かって敬礼する。

 

「ケント・ヤマタニ少佐。参上いたしました」

 

 それが、本来ならば顔を合わせることもなかっただろう二人の、初対面の瞬間だった。

 

 

 

***

 

 

 

 その光景を一言で表すなら、絶景だろう。

 人類は空を飛ぶ術を持たない。自らの手で空を駆けることは叶わず、それを叶えるには他の物の力を借りなければならない。そうでもしなければ、人類は空から眺める世界を見ることはできない。

 だからこそ、知識欲を持つ人類と言う存在は空に憧れを抱くのだ。冒険心冷めやらぬから、その絶景に魅せられるのだ。

 そして、バンはいつまでもこの景色を眺めていたいと思うのだ。

 上官からの通信すら耳に届かないほどに、その想いに支配されるのだ。

 

『――少尉。フライハイト少尉!』

「は、はい!」

 

 怒鳴り声が鼓膜を劈き、それでようやく意識が現実に引き戻される。そして、同時に機体を捕らえた重力によって自らの乗るゾイドは一気に急降下を開始する。

 

「うわっ!? この、こんのぉ、上がれぇえええええええええ!!!!」

『マグネッサーシステムを全開に、頭を上げろ』

 

 腹の底から突き上げた声が彼の――バン・フライハイトの脳内を熱い焦りで支配する中、通信機から若干の焦りを交えた声がコックピット内に反響する。それを受けて多少冷静さを取り戻したバンは言われた通りに、記憶の中の操縦法を反芻しながら機体のバランスを保つ。

 急降下していた機体が一転、重力法則に反比例し空中で姿勢を制御し、滞空する。

 

「ふーっ、危ねぇ」

『そんな軽口を叩いている場合か』

 

 淡々と告げられる言葉がバンの背筋をピシりと固める。

 

『あのままだったら、お前の命は確実に潰えていたことだろう。訓練中に死亡事故など、考えたくもないな』

「分かってますよ! でも、ちょっとぼーっとしちゃったっていうか……」

『なんだと』

 

 通信機越しの声音が絶対零度に達する。しまったと思った時にはもう遅かった。

 

『もういい。帰投しろ』

「へいへい」

『……少尉』

「了解! バン・フライハイト、帰投します!」

 

 自分が悪かったのは分かっている。だが、ここまで幻滅した言葉を投げかけられると落ち込むよりも苛立ちが増した。

 通信機からは呆れきったようなため息が零れ、それきり通信は切られた。

 

「くそっ」

 

 バンは小さく毒吐いた。

 共和国空軍への異例の配属を命じられて以来、バンは鬱々とした日々を送っていた。

 バンはゾイドが好きだ。どんなゾイドでも、それに乗り共に動き回ることに快感を覚えてきた。士官学校でも、多くのゾイドに乗り、共に愉しみ、平均以上に乗りこなして見せた。

 だが、そんなバンでも空戦ゾイドに乗るのは初めてだ。

 陸戦ゾイドと空戦ゾイドの勝手は大きく違う。士官学校の頃から聞いていたことだが、ここまで難しいとは思ってもみなかった。

 難しい事の理屈は分かる。身を任せる重力場が確かな陸戦ゾイドや浮力と言う力の存在で機体の安定を保てる海戦ゾイドと違い、空戦ゾイドには身を任せられる力場が存在しない。常にバランスを保つことを意識しつつ、それを陸戦ゾイドなどはるかに超える速度で制御しなければならない。その上、高度の変化で身体にかかる負担は大きく変化する。降りた後の感覚や精神的、肉体的疲労感は他のゾイド以上だ。

 士官学校でも空軍所属を志望していた者たちには追加の操縦訓練が課せられていた。

 

 空戦ゾイドの扱いは難しい。それこそ、乗りこなせれば優秀とされる高速戦闘ゾイドよりも遥かに難しいのだ。

 

「ムンベイは、けっこううまく乗ってたよな。はぁ……」

 

 嘗ての旅を思い返し、バンは嘆息する。

 普段は扱いやすいグスタフを相棒としている運び屋のムンベイだが、彼女は共和国で戦争に巻き込まれた際に臨時でプテラスを操縦したことがある。同乗したフィーネ曰く、心配していたほど酷い操縦ではなかったそうだ。実際、傍目に見ても危なげなく乗りこなしていたと思う。

 運び屋である彼女も、あれで一流のゾイド乗りなのだ。いっぱしの軍人になったバンがそれを思い返し、今の自分を顧みると、ため息しか出ない。

 

「俺だって、けっこううまくなったんだぜ」

 

 誰にでもなく、小さく愚痴る。

 配属当時は飛ばすことさえままならない状態だったのだ。それが一週間足らずで満足に飛ばし、アクシデント――自身のミスではあるが――にも対応できるようになっている。バンは知らないことだが、これはバンが十分に優秀なゾイド乗りであることの証明でもあった。

 

「少しは、褒めてくれたっていいじゃねぇか……」

 

 漏れ出た弱音を二度と吐くものかと脳に刻み付け、バンはプテラスを着地させる。そのまま格納庫まで歩かせ、プテラスを降りた。タラップに足を着け、かんかんと無機質な音を響かせながら階段を降りると、案の定と言うべきか、上官であるその男が腕を組んで立っていた。

 

「ヤマタニ少佐」

「フライハイト少尉、訓練ごくろうだった」

 

 バン・フライハイトとケント・ヤマタニは互いに淡々と、事務的に挨拶を済ませる。そして二人は動くことなく、じっとその場に立つ。見つめ合う、というよりは睨み合うと言った方がいい二人の表情は硬く、周囲の空気は決して穏やかではない。

 

「少尉。私が何を言いたいか、分かっているな」

「はい」

 

 大方、プテラスの操縦訓練中に意識を放出してしまっていたことだろう。そうバンが視線で問うと、ケントは黙したまま小さく息を吐いた。

 

「少尉。君はなぜ、軍に入った」

 

 いささか場違いな質問とバンは思う。だが、それを問い直す空気ではない。

 バンはどう答えたものか少し考える。実をいうとこの質問は初めてではない。着任してすぐにも問われていた。その時のバンとケントの受け答えは、思い返せば良いとは決して言えないものだった。

 発言を改めるべきか。一瞬層も思ったが、それはケントの機嫌をさらに損ねることになる。それに、バン自身の性分にも合わない。

 

「俺は、最高のゾイド乗りになりたいから、たくさんのゾイドに乗りたかったから、自分を鍛えるために、ここに来ました」

 

 着任当時もバンはそう言った。そして、ケントはそれに少し考え込むような顔つきを見せていた。あの時はケントからの明確な回答はなかった。「まぁ、理由は人それぞれだろうな」という曖昧な言葉が返って来たに過ぎない。今こそ、その答えを聞けるのではないか。バンはそう思っていた。

 じっと見下ろすようなケントの眼光に耐えること十秒ほどか。ケントが重い口を開く。

 

「我々軍人の仕事とは何か、分かるか」

「ヘリック共和国の平和を守り抜くこと。有事の際に共和国を守り通す武力となる事」

「そうだ」

 

 叩きつけるように、ケントは強い口調で続ける。

 

「我々軍人は国のために生き、国のために死ぬ。それが我々だ。自身を鍛えるためだの、自身の欲を満たすためだの、自分本位で動くものではない。国のために動くのだ」

 

 バンの奥歯がギリと鳴る。自身の琴線を乱暴に弾かれたように、バンの中で激情が暴れ出す。

 

 ――なんだよ、それ……!

 

 配属された当初から、バンはケントとはうまくやっていける気がしていなかった。この軍人という仕事に全てを捧げたような青年とは、とても合わせられる気がしない。それは、今この瞬間に決定的となった。

 

「特に、少尉はGF(ガーディアンフォース)への配属が決まっているのだろう? その上、特別に少佐の階級を与えられるらしいじゃないか。ならばなおのこと、人々の平和を維持する役割を重視せねばならんはずだ。自己中心の考え方は、今すぐに捨てるべきだろう」

「くっ……」

 

 バンの舌打ちは、ケントには聞こえていないだろう。バン自身聞こえないようにかなり抑えたつもりだ。

 

「佐官になるということは、それだけの責任を負わねばならないということだ。少尉には、まだその実感がないのだろうが、覚悟はしておけ」

「分かっています」

 

 感情を押し殺し、事務的にバンは返答する。その態度にケントは表情を変えず、淡々と続けた。

 

「少尉が私の元に配属されたということは、軍人としての心構えを説くことが求められているのだろう? 否が応でも、少尉には叩き込んでやる。少尉も、心しておけ。期間は、後三週間しかないのだからな」

 

 くるりと背を向け大股で去って行くケントに、バンは敬礼する。そして、ケントの姿が見えなくなったところで「くそ」と、小さく毒吐くのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「なんつーかさ、真面目過ぎなんだよなぁ」

 

 眼だけを上方に向け、バンは記憶を辿るように言った。そんな総評を訊きつつ、トミー・パリス中尉とレイ・グレック少尉は「ああ」となんとない相槌を打った。

 

 共和国領内にある小さな都市、ミールと名付けられた町の小さな居酒屋にバンは居た。他に集まった面子はバンの高速ゾイド乗りの先輩である二人、そして士官学校の同期であるリーリエ・クルーガー少尉だ。

 

「うーん、大変だったね。バン君」

「大変ってもんじゃないぜ。真面目で几帳面な性格ってのは分かるけどさぁ、あの身体付きだから威圧感あるんだよなぁ。とっつき辛いぜ」

「バンとは性格的に合わないってか? まぁそんな奴もいるさ。運が無かったな」

 

 くっくと笑いながらトミーは麦酒の入ったコップを傾けた。その顔はいかにもなほど赤く染まっている。

 

「ケント・ヤマタニ、か。変わった名前だよな。昔の移民船の乗組員の苗字らしいけど、そうなるとそれなりに歴史ある家系なのかな」

 

 レイは次から次へと枝豆をつまみ、それを口に放り込みながらぽつぽつと感想を溢す。

 この集まりは、バンが士官学校に通っていた当時から不定期で開かれていたものだ。常に気を張らねばならない軍事の仕事に就き、それぞれの所属も違う彼らにとって、休みの日にちを合わせるのは大変だ。だが、気心の知れた者同士ならば日頃の愚痴を吐きだし、気持ちを新たに次の任務に就くことが出来る。

 実際のところは、こうして知り合い同士で顔を合わせたいと言うだけのことだが。

 

「でも、お父さんも変な異動を出したよね。バンが空軍って」

「研修期間だけだけどな。ま、おかげでプテラスはだいぶ乗りこなせるようになったよ」

 

 バンの今の所属は共和国空軍、その戦略爆撃隊の一つだ。ガイロス帝国との戦争が終結した今、その役割は同じ空軍の制空戦闘隊とあまり変わらない。空から共和国の平穏を維持するための哨戒任務、それからいざという時に備えた訓練が主だ。

 

「俺は会ったことないから何とも言えないんだけどさ、どんな奴なんだ? そのヤマタニ少佐って」

「とにかくでけぇんだよ。ホントに二十歳なのかってくらいさ。二メートル以上は絶対あるって!」

「はわわ、私だったら子供に見られちゃうんんだろうなぁ。十代前半くらいに」

「あー、それはないだろうな」

 

 疑問符を浮かべたリーリエに、真っ赤な顔をしたパリスは曖昧に笑い、また麦酒を呷った。パリスの言うリーリエが子どもに見えない部分をぼんやりと思い浮かべ、バンは慌てて頭を振った。

 適当に話題を変えようか。そう思ったバンの思考を、新たに運ばれてきた山盛りのから揚げの香ばしい匂いがふんわりと遮った。

 

「うわ、すげぇ量。噂にゃ聞いてたが食いきれんのか、これ?」

「大丈夫だって。なんなら、俺が全部食べてもいいんだ」

「よく食うなぁお前」

 

 言うが早いか、レイは早速から揚げの一つに箸を伸ばし、子供の握り拳ほどありそうなそれを一口で口の中に放り込んだ。

 傍目には実に美味しそうに食べているのだが、あまりの量にバンとリーリエは胸やけを起こしそうだと思う。

 

「あ、そう言えば」

 

 一つ目を咀嚼して飲み込み、二つ目に箸を伸ばしたところでレイがはたと思い出したように口を開く。

 

「ヤマタニってどっかで聞いたことあると思えば、カエデ・ヤマタニ少尉が居たじゃないか」

「誰?」

「バンはまだ知らないか。高速戦闘隊に所属してるシールドライガー乗りの人だよ。結構腕のいい。あの人もわりかし若かったはずだぜ」

 

 どこかで会ったことが無いかと記憶を探るも、生憎と今のバンは高速戦闘隊に属してるわけではない。会ったこともない少尉の顔など、思い出せるはずもなかった。

 

「その人っていくつくらいなんだ?」

「バン。女性の年を訊くのは失礼ってもんだぜ」

 

 パリスが苦笑しながらやんわりと否定する。「そうなのか」と問う様にリーリエに視線を走らせると、リーリエは戸惑いながらも頷いた。そして、

 

「意外とデリカシーないのね」

 

 その言葉はリーリエのものではなかった。

 

「おう、ブリジット。遅いぜ」

「仕方ないでしょう。定時の哨戒飛行(フライト)が長引いちゃったんだから」

 

 なげやりな様子でやってきたのは気だるげにした長身の女性。防空戦闘隊のマミ・ブリジットだ。

 

「なにかあったんですか?」

「国境付近で変なのが目撃されたらしくてね。ハーマン少佐も気になってこっちに来てたり、面倒くさいのなんの」

 

 「あーあ」と疲れを吐き出すように席に着いたブリジットは、ちょうど近くにあったパリスのジョッキをひったくり、中身を一気に飲み干す。

 

「おいそれさっき来たばっかりの」

「――あー、だからいいじゃないの。ああ生き返る」

 

 なみなみと注がれたジョッキを一息で空にし、ブリジットは机にジョッキを叩きつけた。そして、僅かに上気した顔とほんのりと赤みを帯びた唇を拭い、座った目で飲み会メンバーを見渡す。

 

「で、何の話だったわけ? ヤマタニがどうのって聞こえたけど?」

 

 やってきたブリジットにパリスが説明する。その説明を半眼で聞いたブリジットは追加でやってきた二杯目のジョッキも一息で空にすると、バンに鋭い目を向けた。

 

「そりゃ、バンが悪いわね」

「なん――っと」

 

 バンは思わず拳を握りしめて反論しかけ、中腰まで体を起こしたところでゆっくりと腰を下ろす。リーリエが心配そうに見つめる中、バンは「はぁ」と息を吐いた。

 

「自分に落ち度があったってのは、自覚してるのね」

「まぁな」

「でも、納得はできてないってとこかしら」

 

 ブリジットの言葉に、バンは反論できなかった。代わって、リーリエが「どういうことです?」と問いかける。

 

「バンはもちろん、リーリエだってもう軍人の一人よ。立場が研修生とかそんなんだとしても、世間から言わせれば立派な社会人ってこと。ヤマタニ少佐の言葉はその通りね。ゾイドに乗りたいから、最高のゾイド乗りになりたいからって好き勝手やっていいわけじゃない。軍部の一員として、組織の構成員としてやることを果たせってこと。バンにもリーリエにも、責任が課せられているのよ」

「解ってるさ」

 

 吐き捨てるように、バンは強気で言った。溜まった感情を吐き出すようなそれは、普段のバンからは考えられない態度だっただろう。

 

「息が詰まりそうなんだよ。仕事だから、軍人の役割だからって、規則だの使命だの縛り付けてさ。俺が今居る戦略爆撃隊(ところ)ってどいつもこいつもつまんなそうな顔してやがるし、口を開けばみんな愚痴ばっかりだ。規則に縛られてて、ちっとも気分が晴れねぇ」

 

 溜まった感情を吐き出し尽くしたバンに、隣に居たリーリエは書ける言葉を失って固まる。レイも料理に伸ばす手を止め、考えあぐねている様子だった。

 そして、ブリジットはと言うと……、

 

「言い過ぎたかしら。ところで、パリス。あれ、バンに話してないの?」

「いっぱしの軍人のリズムに慣れてないコイツに言うのは酷じゃねぇか? 他を気にする余裕がねぇってのに」

「でも、そうやって周囲に気を配れるくらいが必要だと思うのよ。どんなに慣れてなくても、ね」

 

 二人はどこか諦めた様子で話していた。伝えられていないことがあるといその言葉に、バンはのろのろと顔を上げ、喉の奥に引っかかった言葉を無理やり抉り出す。

 

「何が、俺に話してないんだ?」

 

 「任せた」と態度で言い放ったブリジットに「コノヤロウ」とパリスが睨む。だが、やがて諦めたようにバンに、すっかり酔いで赤くなった顔を向けた。もはや、思考を巡らせるのも面倒だと言いたげだ。

 

「あのなバン。一つ言ってなかったんだがな」

 

 少しのためを作って、パリスは一気に吐き出した。

 

「お前の居る隊って、かなり問題だらけなんだよ。特に、あの異例の少佐のことでな」

 

 

 

***

 

 

 

 飲み会も終わり、それぞれがそれぞれの帰路に着く。バンは、研修期間が終わった後の休暇を故郷のウィンドコロニーで過ごすべく、愛機ブレードライガーの駐機場に向かった。その道の途中、バンの脳内ではパリスから告げられた事実が反響していた。

 

『ケント・ヤマタニ少佐は「肩書きだけのウド」なんて言われてんだよ』

 

 ケント・ヤマタニは、ある非凡な才を持っていた。それは、今や共和国に一機しか存在しないあるゾイドに高い適性を持っているということだ。

 共和国のゾイドは帝国のゾイドよりも野生の意志を多く残している。それはゾイドとパイロットの相性によってその性能をより生かしやすい設計なのだ。逆に、相性が悪ければ乗る事すら困難になるということだ。

 そして、件のゾイドは現状ケント以外に適正者がいなかったのである。

 一機しか存在しないゾイドを扱うと言うことは、相応の権力が必要だ。それが、ケント・ヤマタニが特例で、二十歳と言う若さで少佐の地位に任ぜられた理由だった。

 

 扱うゾイドによって無理やり少佐に就かされたケント。デスザウラー撃破という輝かしい功績が知れ渡り、その名声から特務で少佐に任ぜられたバン。二人には、そんな共通点があった。

 クルーガーがバンの研修をケントの元で積ませた理由はそこにあるのだろう。

 

 ――ケントが俺に厳しかったのや、やたら地位に固執した教育をしてきたのって、そう言う事かよ。

 

 ケントは、少佐に任ぜられていながら、その理由となったゾイドに乗った経験は限りなく少なかった。なぜなら、それに乗る機会に巡り合わなかったからだ。

 その理由は定かではない。ただ、少佐である理由のゾイドに乗れず、地位に即した役割を求められる。だから「肩書きだけ」などと呼ばれるようになってしまったのだ。

 ケントはバンの境遇を理解していた。そして、それに負けないよう鍛えようとしたのだろう。

 

「でも、俺は……」

 

 ケントのやり方に反発し、意にそぐわないと態度を露わにし、対立した。その想いを理解しようとしなかった。

 

 研修期間は、もう終わっている。

 バンは休暇の後、正式にGF(ガーディアンフォース)への配属を任ぜられるだろう。そして、ケントと共に仕事をすることは、もうない。

 

 ブレードライガーを置いている駐機場にたどり着く。ブレードライガーの足元では、ジークが暇そうに尻尾をプラプラさせていた。バンに気づいたジークが、楽しみを待ちきれないように走ってくる。

 

「よう、ジーク」

「グゥオ?」

 

 バンの様子を見たジークの声は「どうしたの?」と問うてるようだった。柔らかく微笑み、バンはジークの頭を撫でる。ジークとならこうやって微笑むことが出来るのに。どうしてケントとはうまくいかないのだろうか。

 

「そうだ!」

 

 バンはブレードライガーのコックピットに乗り込み、ライガーを起動させる。

 そのままウィンドコロニーに向かうのかと思っていたジークだが、ライガーが歩き出さないのを見て不審げに見上げる。そんなジークの様子に目もくれず、バンは通信回線を開いた。しばらく待つと、夜中だと言うのに回線が開かれた。

 

『どうした、バン』

 

 いつも「フライハイト少尉」と呼ばれるからか、名前で呼ばれるとは思ってもいなかった。ふと着任当時に名前で呼ばれたことを思いだす。仕事上と普段では言い方を別けているのだろう。

 やっぱ真面目だなと思いつつ、バンはためらいながら口を開いた。

 

「あの、ヤマタニ少佐。その……」

『なんだ』

「色々すみませんでした。一か月間ですが、お世話になりました。ありがとうございます」

 

 思えば、今日が最後だと言うに喧嘩別れのような形で出てきていた。ケントはしばし沈黙し、やがてゆっくりと口を開く。

 

『そういう言葉を口にするなら、これから態度で示すんだな。俺に見せたような態度を、二度と繰り返すんじゃないぞ』

 

 不機嫌そうに告げるそれに、反発を覚えなかった訳ではない。だが、それを押し殺し、精いっぱいの虚勢を張って、バンは答えた。

 

「はい!」

 

 通信を切り、バンは大きく息を吐くと、久しぶりにブレードライガーの操縦桿を握りしめた。懐かしい相棒の感覚が、バンの活力を復活させる。

 

「……帰るか。ジーク、ライガー」

 

 相棒たちに呼びかけ、バンは気持ちを引き締めてブレードライガーを起動させた。

 

 

 

 研修を終えたバンがケントと再会するのは、数ヶ月ほど間を置くことになる。

 


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