ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第104話:幻影の暴風(ファントム・ストーム) 後編

 南エウロペ大陸の荒野を疾走するゾイドが一機。燃え盛る炎のような真紅の機体色を宿し、機体横に備えられた盾のような形状の武装からはギザギザの刃を持ったものが見え隠れしている。凶悪な印象を与える頭部からは、鋭い一本の角が背部に向かって突き出している。

 真紅のティラノサウルス型ゾイド。その中でも特に強力であろう機体。現時点ではガイロス帝国やヘリック共和国、さらには鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の戦力が結集しても倒すのは容易ではないだろうゾイド。

 ジェノブレイカーだ。

 

 そのコックピットに座る黒髪の青年、レイヴンはただひたすらにジェノブレイカーを慣らしていた。

 もう一ヶ月も前になるバンとの激突。それを制して以来、レイヴンはガイロス帝国とヘリック共和国を挑発するように各地を飛び回っては、その真紅の機体の恐ろしさを民に知らしめていた。

 

 目的があるのかと言われれば、はっきりないと言えよう。

 

 今のレイヴンの目的はバンと戦うこと。ただ戦い、そして勝つ。勝って勝って、勝ち続けるのだ。それ以外には、何もない。

 だから、バンが負傷を癒し、戦いの準備を整える間は、はっきり言ってすることがなかった。

 自分のコンディションを整え、ジェノブレイカーの制御を万全に行えるようにする以外、特になにもなかった。

 

 少しは歯ごたえのある奴がいないものか。

 

 そう考えたレイヴンの脳裏には、一人の青年が思い浮かんでいた。

 

 ダークカイザーを名乗る男の前に連れてこられて以来、レイヴンは少しずつ昔の自分を思い出し始めていた。

 オーガノイド研究を続ける両親と天文台のてっぺんで暮らしていた頃。研究にかかりきりの両親に不満を持ち、つきっきりであるオーガノイドに嫉妬を抱いて、ゾイドを嫌いになっていた頃。両親を亡くし、拾ってくれた共和国の少佐も殺され、プロイツェンの元で駒として育てられたあの頃。バンに敗北した記憶。

 そして、もう思い出すことはありえないと思っていた、穏やかで、しかし楽しかった一年間。純粋に共として接してくれる少女と、頼りになると思った、少しずつ魅かれた戦友とも悪友とも呼べる彼の存在。

 

 ――まぁ、ここまで来たんだ。今更戻るなんて出来る訳がないな。

 

 レイヴンには自分が大犯罪者である自覚があった。当然だ。平和というものを手にし始めた惑星Ziに、バンとの決着というただ一つの信念のためだけに、ジェノブレイカーという悪魔を生み出したのだ。

 罪を償うつもりなどない。どうせ、最初から後戻りできるはずがなかった。ならば、ジェノブレイカーの力をもってしてバンとの決着に終始すればいい。

 それだけが、今のレイヴンを突き動かすただ一つの感情だった。

 

「…………、誰だ?」

 

 無作為に飛ばしていた荒野の真ん中で、ジェノブレイカーは急停止した。その眼前には、一機のレブラプターが立っていた。

 回収されていない自動操縦(スリーパー)ゾイドかと思ったが、どうやら違う。

 自動操縦(スリーパー)なら、もっと直線的に襲いかかってくるはずだ。つまり、人が乗っている。

 付近の盗賊か何かかとも思ったが、それも違う。

 一介の盗賊に至るまで、今のレイヴンのことは知れ渡っている。軍隊の有する大部隊をたった一機で蹴散らしたジェノブレイカーの存在に立ち向かおうなどと言う馬鹿な盗賊は、そもそも居る筈がない。居るとすれば、相当な無鉄砲の大馬鹿者だ。

 

 シャァアアアア!!!!

 

 レブラプターは腰を落とし、両爪と牙を見せつけて威嚇した。

 見方によっては勇敢とも思えただろう。あるいは無謀とも。ただ、レイヴンにはその行動が恐怖に縮こまる己と、パイロットである主を奮い立たせるために必死に吠えたようにも思えた。

 

「俺に、なんのようだ」

『……あなたと、戦いに来たんです。ジョイスさん』

 

 通信波に乗せられて届いた声には、聞き覚えがあった。今から一年と少し前くらいか。記憶も意識もほとんど擦れ、もうろうとした意識の中ではあったが、この声は記憶の片隅にほんのり残っていた。

 

 ――リュウジか……?

 

 全く想定外の人物の出現に、さしものレイヴンの思考も僅かにフリーズする。

 

「俺と戦いに来た、だと? そのレブラプター一機でか」

 

 リュウジはその質問に答えはしなかった。ただ、通信機から聞こえてくる浅い息遣いは、彼が自分に恐怖し、それを必死に抑え込んでいるだろうことが見て取れた。

 

 ふと、ローレンジに頼まれたことが思い出される。

 『リュウジとは、戦わないでほしい』

 無視すればいい。そんな頼み、守る義理もない。だが、必死に背伸びして喰らいつこうとするネズミ一匹を叩き潰すと言うのも、あまりやる気の出ることでもない。

 

「帰れ」

 

 ぞんざいに、投げやりにレイヴンは言った。

 

「お前を倒したところで面白くもなんともない。不毛な作業に、無駄なエネルギーを消費するだけだ。見逃してやる、帰れ」

 

 こんなところでエネルギーの消耗をするわけにはいかない。例えレブラプター一機だろうと、補給手段が限られている今のレイヴンにとって、無駄にはできない。

 だが、レイヴンの言い方はリュウジを見下し、眼中にもないと言外に言い放つようなものだ。それが、リュウジの反骨神に火をともす。

 

『馬鹿に、するな!』

 

 今にも噴き消えそうな、燃え尽きてしまいそうな蝋燭のともしびを激しく燃やし、レブラプターは地を蹴り飛ばす。

 大地に深く突き立つ鉤爪が蹴りあげた砂と岩の破片を後方に追いやり、機体そのものを一直線に突っ込ませた。

 両爪のハイパーキラークローが閃き、夜闇に月光を反射した銀の光が迸る。

 

「……フン」

 

 レイヴンはそれに冷静に対処する。背を向け、真っ直ぐ突っ込んでくるレブラプターの横合いから尻尾を叩きこんだ。

 足の付け根部分に赤く太い尻尾が直撃し、レブラプターは真横に吹っ飛んだ。大地に叩きつけられ、しかし素早く起き上がった。

 レイヴンは少し感心を覚えた。尻尾を振り抜くスピードは抑えめに、大して怪我をしないような速度で尻尾の一撃を叩きこんだ。行動不能はないにしろ、しばらく倒れてもがくのはしかたないはずだ。

 だが、リュウジとレブラプターは跳ね飛ばされながらも落下する箇所を調整し、爪を大地に突き立てて体制を崩されることだけは防いだ。並みのゾイド乗りとは違う。少なくとも、軍隊の一般兵士より少しは優れているのではないかと思う。

 

 あの男の指導の賜物か、それともリュウジ自身がゾイド乗りとしての素質を持っていたのか。

 バンですら、最初はレイヴンに圧倒されていた。だが、それでも光る部分を持ち合わせ、失望するどころか期待を抱かせたのだ。リュウジも、それに通ずる何かがある。

 

 ――なるほどな。

 

 体勢を立て直したレブラプターに、脚部のウェポンバインダーキャノンを放つ。出力が高いビームキャノンだ。当たればレブラプター程度、一撃で大破だろう。

 レブラプターはとっさに横に跳んでそれを躱す。立て直してすぐの体勢からの回避行動だった所為か、着地がおぼつかない。足から伝わる衝撃をどうにか殺し、少しの間硬直する。

 その様子を、レイヴンは注意深く観察した。

 

『このぉッ!』

 

 再び攻撃を再開したレブラプターは、今度は無策に突っ込みはしなかった。背中のカウンターサイズの付け根に増設した小口径のビーム砲を撃ちこみ、少しでもジェノブレイカーの動きを牽制し、誘導しようとする。

 同クラスの機体なら、あるいは通じたかもしれない。ジェノブレイカーの期待に吸い込まれるビーム砲は、しかし然したる痛痒を与えることも出来ず一歩たりとも動かすことはできない。いや、動くつもりもない。

 

 だが、リュウジはそれを最大限に活用しようとする。

 放たれるビーム射撃はジェノブレイカーの視界を僅かに狭めた。

 リュウジがそれを理解してかは分からないが、遮られた視界の隙間に入り込み、レブラプターは肉薄する。今度こそ必殺のハイパーキラークローをジェノブレイカーの脚部に叩きつけた。

 

「……所詮、こんなものか」

 

 レイヴンはエクスブレイカーを展開させ、鋏部分で捕まえるのではなく刃の先端同士を合わせ一本の歪な剣に見立て、それでレブラプターを打ち払った。

 今度は一撃加えられたことに高揚していたのだろう。レブラプターは受け身も取れずに弾き飛ばされ、荒野の大地を転がった。

 

 大型ゾイド、それもジェノブレイカーの一撃は強力だ。レブラプターやガンスナイパーのような小型の機体では、その攻撃を受けきるのは極めて難しい。言うなれば、子猫が大人のライオンに立ち向かっているようなものなのだ。

 レブラプターはネジの切れたおもちゃのように力なくもがく。

 

 もうレブラプターは立ち上がってこないだろう。むしろ、来ないでほしい。見ているだけで、僅かだがバンを思い出す。

 何度打ちのめされ、愛機を破壊され、相棒を失いかけ、その度に立ち上がって来たバン。レイヴンには滑稽に見えたそれも、今となっては彼が自分に比肩するライバルへと上り詰める布石だった。

 だから面白い。戦うたびに打ちのめされ、それでも立ち上がって来る者を見ると、楽しくなってくる。これからが楽しみで仕方ない。

 だからこそ、()()が出来なくなる

 

「もう、諦めたらどうだ」

 

 レブラプターは、再度立ち上がった。

 

 ジェノブレイカーの右爪、ハイパーキラークローがロケットアンカーに繋げられた状態で射出され、レブラプターの足首を掴む。がっちり捕まえ、ロケットアンカーを引き戻しながら我武者羅に振り回した。激しく振り回され、何度も叩きつけられ、レブラプターはボロボロの状態で崩れ落ち――立ち上がる。

 そんな一方的な攻防が何度続いたのだろう。

 

「いい加減にしろ」

 

 レブラプターは、まだ倒れていなかった。

 背中のビーム砲は半ばから折れ、カウンターサイズは千切れ飛んでいる。足にはジェノブレイカーの爪で付けられた傷が幾数も刻まれ、腕の爪もへし曲がっている。レブラプターにはもう、まともな武装も無ければ、立ち向かうための力も残っていない。

 それでも、レブラプターは立ち上がった。

 

『終われないん、だよ』

 

 息も絶え絶え、リュウジは言った。

 

『ジョイス……レイヴン。あんたのことなんてどうでもいい。でも、師匠はあんたを待ってるんだ。僕はあんたなんて死んでしまえばいいと思ってるさ。でも、師匠にはあんたが必要なんだ。だから僕は――あんたを連れ戻さなきゃいけない』

「……くだらないな。その師匠とやらが誰の事か知らないが、お前から捨てればいい。いらないだろう? お前を見ようともしない奴など」

『いいや、僕は見てほしいんだ。僕を、師匠に。そのためには――あんたを連れ戻して、あんたが居たころの歪獣黒賊(ブラックキマイラ)が要るんだよッ!!!!』

 

 レイヴンの脳裏に、一瞬で過去がフラッシュバックされる。

 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)に居た頃の記憶は、おぼろげだ。だから、思い出されるのは必然的に帝都炎上の件から暗黒大陸のあの時までだった。

 

 レブラプターが片足を引き摺りながらやってくる。レイヴンは、それを憧憬でもみるかのような目で見つめ、ゆっくりとジェノブレイカーの操作をした。

 腰を落とし、尻尾の放熱版が展開され、背中の荷電粒子吸入ファンから注がれたエネルギーが口内で球体を成す。

 

「……誰も戻れないさ。過去には、な」

 

 悲しむような一言を告げ、ふっと息を吸い込むと、レイヴンは彼方に向けて荷電粒子砲を放った。

 

 

 

 

 

 

 荒れ果てた荒野に、大出力の荷電粒子砲の軌跡が描かれる。その脇に、レブラプターは倒れていた。荷電粒子砲発射の衝撃で飛ばされ、完全に崩れ落ちたのだろう。形を保っているのが奇跡であった。

 

『危ない危ない。キミさぁ、今完全に僕を狙ったよね』

 

 荷電粒子砲が描いた軌跡の向こうから、一体のゾイドが駆けてくる。砂埃で汚れているものの、その白銀の装甲は健在だった。

 白銀の獅子、ライガーゼロだ。

 

『僕とキミは仲間で、そんなことはしないと信じてたのに、残念だよ』

「ふっ、嘘を吐くな。お前に、仲間なんている訳がない」

 

 ジェノブレイカーはエクスブレイカーを展開し、腰を落として身構えた。

 

『ひっどいなぁ』

「それよりもお前、俺と戦え」

『へー。それは、なんでかな?』

「バンがもう一度俺と戦う準備を整えるまで暇なんだ。お前なら、俺を十分に楽しませてくれる」

『前はやる気なしって風だったのに……あれぇ? もしかして、そこの雑魚を助けようってこと? らしくないよ、レイヴン』

 

 それ以上の会話は無用だ。レイヴンが動いた。

 トリガーを引き絞り、脚部のウェポンバインダーキャノンから高出力ビームが発射される。それを、ライガーゼロは鮮やかに躱した。

 続いてウェポンバインダーミサイルを撃ちこむ。これも、一瞬の身のこなしでいなし、後方に飛んだミサイルを尾部のビーム砲で撃ち落とす。

 互いに然して動かないまでも、静かなる開幕の攻防が繰り広げられた。

 

『レイヴン。君はただ戦うために生きるのかい? それだけが生きる目的なのかい? それは、とっても空しいことだと、僕は思うよ』

「その言葉、そのまま返す。お前こそ何が目的だ? 俺にはただの戦闘凶(バーサーカー)にしか見えないな。そんな奴が、ヒルツと組んで一体何を企んでいる」

『その問、君に意味は?』

「ないな」

 

 レイヴンにとって、コブラスの目的などどうでもよかった。気にすることもない。ただ、戦えればそれでいい。

 

「行くぞ、シャドー!」

『本気だねぇ……フェニス!』

 

 上空に待機していた互いのオーガノイドが融合し、それぞれの機体の力が目に見えて高まる。

 ジェノブレイカーは頭部のチャージブレードを前方に展開し、目の色がシャドーと同じ青に変わる。ライガーゼロは、一瞬機体を淡い蒼に染め、雄々しく吠える。

 

 最初に仕掛けたのはレイヴンだ。まっすぐ正面から突っ込み、頭部チャージブレードを突き立てる。ライガーゼロはそれをサイドステップで回避するも、それを見越したジェノブレイカーの尻尾で打ち払われた。

 砂埃を上げて後退するライガーゼロに、ジェノブレイカーは手を緩めなかった。腕を撃ち出し、捕まえにかかる。だが、これも軽くあしらわれた。

 逆にライガーゼロは、引き戻される腕に呼応するように駆けだした。頬と前足が光り輝き、荷電粒子砲と同じく破壊のエネルギーが必殺の部位に注ぎ込まれていく。

 

 エクスブレイカーの基部、フリーラウンドシールドで受け止めようとしたレイヴンだったが、咄嗟の判断で脚部のブースターを始動した。向きを変え、高速ホバリング走行でライガーゼロの正面から逃れた。

 

『ふふ、やるからには逃がさないよ』

 

 ライガーゼロは追撃の手を緩めない。ジェノブレイカーがブースターで加速するなら、自身も加速しその後ろに喰らいつく。

 

『さぁ! 決めてやるよ!』

 

 振り切れないと判断したレイヴンが反転した時、ライガーゼロはすでに必殺の間合いに到達していた。後ろ脚の力で跳躍し、高々と爪を振り上げる。

 黄金に輝く必殺の爪(ストライクレーザークロー)が叩きつけられる刹那、レイヴンはとっさにエクスブレイカーを展開した。両の鋏でライガーゼロの前足首掴み、同時に後方に小さくジャンプし、激突の衝撃で後方に下がった。

 

「くっ……」

 

 レイヴンの口から短い苦言が漏れた。

 必殺の爪(ストライクレーザークロー)の脅威は、初めて見る武装ではあるものの勘で察することが出来た。

 エクスブレイカーの刃を砕かれぬよう注意を払い、爪に触れないだろう足首を掴み、その上激突の衝撃を和らげるために後方に跳ぶ。この時、勢いに任せたライガーゼロと一定の距離を保ちながら出なければならない。さもなくば、必殺の爪(ストライクレーザークロー)がジェノブレイカーの顔面を引き裂くことだろう。

 綱渡りのような攻防を、しかしレイヴンは凌ぎ切った。

 掴んだライガーゼロが暴れる前に、その機体を大地に叩きつけ、投げ飛ばす。

 

 ライガーゼロはすぐさま起き上がるも、ダメージが大きかったのか掴まれた足からバランスを崩した。

 

『あーあー、さすがレイヴン。僕なんかじゃ相手にならないね』

 

 愚痴るように呟くコブラスには、まだ余裕が残っているように見えた。

 

「こんなものか、期待外れだな」

『うん。キミはやっぱりすごいや。強い。そして、戦っててとっても楽しい』

 

 レイヴンは虚勢を張りつつ、油断なく動向を伺った。

 コブラスが相応の実力を秘めているのは知っていたが、少し予想を超えていた。これはバンに匹敵するほどだ。自分とも互角、ともすれば、時間をかけてしまう。ジェノブレイカーとシャドーのコンディションを考えると、ここで退くのが無難だろう。

 それはコブラスも同じようだった。猛禽のオーガノイド――フェニスとの合体を解き、背を向ける。

 

『忠告しとくよ、レイヴン。キミはヒルツ達を利用してバンと戦えればそれでいいと思っているみたいだけど、キミは踊らされているだけだ』

「俺が、踊らされているだと?」

『ヒルツの目的は、そろそろ大躍進を遂げる。キミは、それまでの目くらましに過ぎない。いや、今までも、そしてこれからもヒルツが起こす事件は、全部()()()()を隠すカモフラージュなんだ。そして、ヒルツは破壊者になる。自ら望んでね』

 

 レイヴンは沈黙する。それを確認したコブラスは、次いでとばかりにもう一言追加する。

 

()()()()は利用されているだけなんだ。それで提案なんだけど、僕と一緒に来ないかい?』

「……お前と?」

『僕は、この星を壊したい。僕に降りかかった面倒な使命への報復ついでに、惑星Ziが壊れる瞬間まで、戦いを楽しみたい。心行くまで。どう? 戦いしかやりがいのないキミには、ちょうどいいと思うけど』

 

 コブラスの言葉に、レイヴンはふと思い返す。

 自身の目的は、バンと戦うことだ。それさえ成し遂げられれば、他は何もいらない。だが、本当にそうなのだろうか。

 記憶の奥底にこびり付く憧憬が、ほんの小さく瞬き、レイヴンに戦い以外の道を示しているように思う。

 

「……興味無いな」

『へぇ』

「お前が何をどうしようと、俺の知ったことじゃない。俺はバンと戦うことが出来れば、それでいい。それまで、利用できるものは利用し尽くしてやるさ。お前たちも、ヒルツもだ」

『利用されるだけの人生だった癖に、よくそんなことが言えたもんだよ』

 

 コブラスの言葉が、心に深く突き立つ。溢れてくる衝動を荷電粒子砲に乗せて放ちたいと思ったが、咄嗟にそれを飲み込んだ。

 バンとの再戦は近い。ここで、無駄なエネルギーを消費するわけにはいかない。

 

『じゃあね、レイヴン』

 

 コブラスとライガーゼロが走り去ってなお、レイヴンはそれをじっと見つめていた。

 

 

 

「……行くか、シャドー」

 

 地上に降り立ち、主を待っていたオーガノイドに声をかけ、レイヴンはジェノブレイカーを始動させる。

 移動を始めるその時、ふと立ち止まって振り返った。視界に、激戦を一部始終見届けただろうレブラプターが崩れ落ちている。

 師に捨てられ――いや、自分から離れてやって来ただろう少年は、嘗てプロイツェンの元から何度も脱走を画策した自分に重なって見えた。違うのは、師が束縛するか、放任しているか。その二点だ。

 拾って行こうかとも思った。嘗て、彼に拾われたように、今度は自分がその立場に立つ。

 

 ――いや、あれを連れて行くのは俺じゃない。

 

 思考に割って入った唐突な予感に背を押され、レイヴンはその場を去った。

 

 

 

***

 

 

 

 コブラスとレイヴン。二人の死闘が演じられた荒野から少し離れた段丘で、一体のゾイドが身を起こした。

 漆黒の機体色にオレンジのキャノピー。流線型の機体には不釣り合いなビームキャノンがなぜかしっくりと似合う機体、シールドライガーDCS-Jだ。

 

「……終わったか。まったく、とんでもない奴等だな」

 

 そう呟いたDCS-Jのパイロット、レイ・グレックは傍らに従えたシュトルヒを連れて戦場だった場所のレブラプターに近づく。

 

「おい君、生きてるか?」

 

 コックピットをこじ開けて声をかけると、中に居たリュウジは微かに呻きを洩らした。息はある。

 

「リュウジ、しっかりして」

 

 遅れて駆け込んできたフェイトに激しく揺さぶられ、リュウジはようやく意識を取り戻した。きつく閉じられた瞼を開き、おぼろげな視界に二人を映す。

 

「……え? フェイト、どうして……」

「リュウジを探しに来たんだよ。勝手にロージのとこから出てって、心配したんだよ」

「あ……うん、ごめん。そ、それより!」

 

 一瞬消沈しかけたリュウジだが、すぐさま跳ね起きた。

 

「あいつをレイヴンを見つけたんだ! それに獣の里(アルビレッジ)を襲ったライガー乗りも! すぐに追いかけない……と……」

 

 そこまで言い切ったところで、ふっとリュウジの上体が揺れた。そのまま崩れ落ち、操縦席に深く腰を沈める。意識は、もうなかった。

 リュウジの状態を確認し、レイは小さく息を吐いた

 

「レイさん、どう?」

「大丈夫、疲労で気を失っただけだ。でも、どうするかな。これから」

 

 周囲を見渡し、レイはため息を吐く。

 現在地は帝国領の外れだ。西エウロペとの境界に近く、ヘリック共和国の領土は片道一週間かかる距離にある。共和国の設備で治療するわけにはいかない。

 位置的には獣の里(アルビレッジ)やエリュシオンが近いのだが、そちらはフェイトが行きたがらない。

 

 どうしたものかと思索を巡らすレイだが、一つ思い至る場所があった。むしろ、なぜ思いつかなかったのか理解に苦しむことでもあった。

 

「フェイト。リュウジ君は俺のライガーに乗せるから、レブラプターを運んでくれるかい?」

「え!? てことはリュウジを休ませられるところがあるの?」

 

 身を乗り出すような勢いで訪ねてくるフェイトに、レイは「ああ」と短く答えた。

 

「こんな時に帰ることになるとは思わなかったけどな」

 

 フェイトはレイの「帰る」と言う言葉に引っ掛かりを覚える。その疑問の答えは、レイがすぐに明かしてくれた。

 

「この近くなんだ。俺の故郷が」

 

 どこか複雑な心境を覗かせつつ、レイは告げたのだった。

 




 これにて第四章の前半が終了、次回から後半です。

 ですがその前に、一年以上もお待たせしてしまったオリキャラ企画の最後の一人のお話です。
 明日からの2日、お楽しみに。

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