予感が無かったと言えば、それは見え透いたバレバレの嘘だ。
名前を訊いた瞬間から緊張したし、事の大きさにどこかで噛んで来るだろうと、ある種の勘が働いていた。
だが、こうして目の前に件の人物が現れると、どうしても思い出したくない過去を思い起こされ、億劫な気分になってしまう。
「……師匠」
『どうしたんだいローレンジ。感動のあまり言葉も出ないかい? それもそうだねぇ。最後に会ったのは、あんたがミレトス城に忍び込む前の日だった』
まるで昨日のことのように、九年も前の事を語る師匠は、何一つ変わってない。
冷たい眼光の奥に、人を引き付ける親しみのような温かさを感じる。だが、その温かさと共に、他人を同族とも思っていない冷酷さが顔を覗かせる。
『それよりさ、あんたようやくサーベラに認められたんだねぇ。いやよかったよ。あんたのお父さんやお爺さんも、この空のどこかであんたの成長に喜んでるだろうさ。サーベラも、主の息子がここまで成長して嬉しいだろ? うん?』
まるで自分のことのように語る老婆は、幼くして家族全てを亡くしたローレンジにとっては母親代わりと言えなくもない人物だった。
修行となれば一転して鬼のような恐ろしい目に逢わされるも、それを終えれば、暖かく迎えてくれる。
今なら分かる。あれは、典型的な「飴と鞭」だ。
厳しさと優しさを両立させ、師匠はローレンジを導き続けたのだ。強く、剛く、めげ折れることの無い殺し屋『
『ところで、よくあたしに気づいたねぇ。今まで長い事この道で生きて来たけど、気付かれたのは数十年ぶりだよ。
老婆を、師匠を前にするとローレンジはどうしても萎縮してしまう。師匠の元で過ごした日々が反芻され、刻み込まれた殺し屋の本性が顔を出す。師匠の前では、どうしても暗殺者であった自分がすぐ隣に居る気がしてならない。
「……
ローレンジが語り、師匠はじっと耳を傾ける。ローレンジは確信を持って、続けた。
「まるで、
『へぇ』
「調べたらよ、
そこで言葉を切り、ローレンジはモニター越しに師匠を見た。ニヤニヤとおかしそうにこちらを見返す師匠に、ローレンジは最後のカラクリを告げる。
「
そこまで言い切ると、師匠はパチンと指を鳴らし、にっこりと笑う
『さすが、よくこのカラクリを見抜いたもんさね。大体の奴は変装術の先入観に囚われてそもそも別人だって発想に行きつかない』
「
『その通り。
「普通に考えりゃ複数犯だって気づくだろうけど、最初のイメージ操作で
『あっはっは、よく見破った』
快活に笑う師匠は、これまで幾人もの弟子を始末してきたはずなのにそれを一切気負っていなかった。にこやかに笑い、そして次の話題を告げる。
『はっはっは……じゃあ、あんたたちを
師匠の問いに、ローレンジは沈黙を保った。
分からなかったのはここだ。師匠は
その間に当代の
『分からないかい?』
「…………ああ」
『簡単なことさ。
「ゾイドの生産?」
『そう。ゾイドの生産は、そのゾイドコアの培養から始まるのは当たり前に知ってるだろ?』
ゾイドは、ゾイドコアから発生する。そのため軍などでゾイドを生産するときは、元となるゾイドコアを培養、数を増やし、少しずつ成長させていく。
その際、成長速度には差が生まれ、強靭な個体に成長できないコアもあるだろう。そういったコアは、破棄されるのだ。無論、そのまま捨てるのではなく、他のゾイドの容態のエサにするなど利用価値はある。だが、弱小な個体が切り捨てられるのは当然だった。
家畜も同じだ。豚や牛など、生まれたばかりの個体の中で満足な成長が望めないもの、病気にかかりいずれ死ぬだろうもの。そういった個体は淘汰され、成長の望める個体だけが選別され、成長し、経済産物として売られていく。
そして、売られた経済動物は、肉となるため屠畜される。それは、ゾイドコアや新たな子供を生み出す親個体も同様である。
『あたしにとって
師匠は何でもない風に言った。ただ、生産するのがゾイドや家畜ではなく、人であると言うだけの話。ただ、それだけである。
『同じだろう? あたしにとって
怒りに任せサーベラを突き動かしたいのを、ローレンジは意志の力でとどめた。まだ、話は終わっていない。
『そうそう、どうしてあんたを
「情、だと?」
『ああ、人なんてあたしには商売のための道具と金になる宝の原石か、そうでない石ころにしか見えないけどね。あんたを初めて見た時、どうにも
『もっとも、本命はあんたとコブラスだけだよ』と、師匠は過去を懐かしむように言った。
『懐かしいもんだよ。経済動物じゃなく、きちんと同族を、人を育ててるって実感したのはあんたたちが初めてだ。あたしは、夫も息子も亡くしたからねぇ』
「俺たちは、ただの特例だったってのか」
『そういうことさ。特別あたしが目をかけて来たのがあんたたち。この世に絶望し死ぬしか頭になかったあんたたちを引っ張り上げるのが、あたしが真人間として最後にできた事さ。で、そんな弟子の迷いを、導いてやるのが師匠の務めってね』
スナイプマスターの足の爪が大地に食い込み、力強く蹴り上げた。
硬い岩盤を浅く抉り、瞬間的に加速したスナイプマスターの前足に装着されたトンファーが風切り音の唸りを上げてグレートサーベルの脳天に突き込まれる。
グレートサーベルは――いやサーベラは反射的に後ろに跳んで間一髪それを回避する。だが、次の瞬間にはスナイプマスターの背部ビーム砲が火を噴き、サーベラの肩を浅く削る。
「師匠!」
『忘れてないかい。あたしはあんたの師匠だけど、今あんたの前に立ち塞がってるあたしは、殺し屋
以前、
今目の前に居るのは、
「くそっ……」
舌打ちし、ローレンジは意識を戦闘用のそれへと切り替えた。
相手はスナイプマスター。ガンスナイパーの持つ格闘戦能力と長距離射撃能力のみに特化した、非常に尖ったゾイドだ。付け入る隙は多い。ASユニットを装着しているとはいえ、近距離での射撃戦となれば分が悪いのは向こうだ。
だが、油断はできない。できるはずもない。
対峙するのは、ローレンジを七年間鍛えた師匠、リアリーだ。
機体のアドバンテージはこちらが上の筈だが、手玉に取れられている自覚があった。
照準を合わせ、レーダーでスナイプマスターを補足すると8連ミサイルポッドを一気に放った。異なる軌道を描いてあらぬ方向からミサイルがスナイプマスターに飛び込んでいく。
スナイプマスターは隆起した岩の陰に身を躍らせた。ロックオンされたミサイルの数発が岩を崩落させるも、その土埃の中から健在なスナイプマスターの白が飛び出していく。
反転し駆けていくスナイプマスターを追いかけるミサイルは残り四発。だが、そこでローレンジの予想を上回る一手が打たれた。
スナイプマスターは反転したまま尻尾のスナイパーライフルの銃口から弾丸を射出したのだ。
勘に近い行動――いや違う。
スナイプマスターのライフルの銃身は、改造が施されていた。銃口の中で機構が切り替わり、スナイパーライフルではなくアサルトライフルが顔を覗かせる。そして一気に吐き出された細かく散らばる弾丸が、ミサイルを執拗に叩き、迎撃する。
そのまま駆けて行くスナイプマスターは、追走していたサーベラに向き直り、真っ向から立ち向かった。
ミサイルが落とされるのは想定内、方法は想定外だった。
だが、この程度で動揺していては話にならない。相手は他ならぬ師匠なのだから。
「いけっ!」
ローレンジの指がトリガーを絞った。
ソリッドライフル基部のビーム砲が火を噴き、しかしこれも躱された。スナイプマスターは直前で足のばねを効かせて跳躍し、サーベラの背中を蹴ったのだ。
鋭い爪が同時に展開され、グレートサーベルのミサイルポッドが爆発する。忽ちサーベラは悲鳴を上げ、背中を逸らせて大地に伏す。
ローレンジは内心で舌を打った。
これまで、多くのゾイド乗りと戦ってきた。
レッドラストでのステファン・スコルツェニーとの戦い。バンのブレードライガーとの手合わせ。アンナのジェノリッターとの激闘。コブラスとの因縁を混ぜ込んだ戦闘。ユニアとオルディオスを相手にした死闘。
思い起こせる戦いはいくつもあり。そのどれもが激闘だった。対峙するゾイドも、そのパイロットも。
だが、今日はどうだ。
相手は共和国の最新試作機であるスナイプマスター。しかし、所詮は小型ゾイドだ。サーベラならば十分に戦える相手の筈だ。なのに、今ローレンジは後れをとっている。上回られている。
他ならぬ自身を鍛え上げた師が相手なのだ。後れを取るのは致し方ないかもしれない。ローレンジが知りうる中で、師匠リアリーのゾイド乗りとしてのセンスは、ゾイド戦や対人戦闘行為において、惑星Ziの人類の中でもトップクラスだ。
だが、いくら相手が己の師匠であり、最高レベルの戦闘者であることを考慮しても、ローレンジの有様は不様と言うほかない。
『あんたはけっこうな負けず嫌いだからねぇ、分かるよ。そんな様を晒すのが許せないんだろう?』
「るせぇよ」
『あんたがなぜあたしに叩かれたか、分かるかい?』
起き上がり、姿勢を低く保ち唸るサーベラに、スナイプマスターは右手のトンファーをくるくると回し、挑発して見せた。
『あんたはさ、そもそもなんであたしの前に現れた?』
「ああ?」
『
ローレンジは、答えられなかった。事実だからだ
師匠に会うつもりなど、もうどこにもなかった。会えばきっと殺し屋として歩んだ自分を思い出す。もう、殺し屋として生きてきた自分とは決別したのだ。殺し屋だった時が今の自分を形作ったとはいえ、好んで向き合おうとは思わない。
過去は断ち切った。だから、師匠とも会うつもりはなかった。
『リムゾンから聞いたよ。あんたが、あたしを探してるってね』
「それは……」
『
逡巡し、言いたくなかった本音を、ローレンジはようやく押し出した。
「……俺が、今迷ってるからさ」
今度は、リアリーが息を飲んだ。言葉が詰まり、その先が続かない。
だが、ローレンジは続ける。
「今さ、フェイトが俺の前から逃げちまった。俺を慕ってくれたリュウジも、気付けばどっかに消えてた。
ローレンジは、迷っていた。
迷いながらも大望のために突き進む親友を見つめ、少しでもその力になりたいと、自らも力を求めた。己一人の力ではなく、多くをまとめて一つの組織として親友を支えられるようにと。そして、もしも間違ってしまった時は、全力でそれを止められるように。
だが、そんなローレンジの想いとは裏腹に、すぐそばにあったはずの信頼が、消えて行くのを感じた。すぐ近くまで歩み寄ってくれた信用を、ローレンジは自ら突き放してしまった。
フェイトとリュウジが離反した事実は、ローレンジの胸に深く刃を突き立てたのだ。
レイヴンが行方を眩まし、再びガイロスへリックに牙をむいたことも、大きな一因だった。
レイヴンを取り戻したいのは、ローレンジの勝手だ。自分の勝手に、ヴォルフは耳を傾けてくれた。
口ではなんとでも言える。
ヴォルフ達もレイヴンを必要としていると、ヴォルフの判断は
だが、どうしても不安なのだ。
これでいいのか。こんな体たらくで、自分はヴォルフの築き上げた
「なぁ……師匠。教えてくれよ。あんたはさ、どうして俺を弟子にしたんだ? 誰かの上に立つって、どうしてこんなに難しいんだよ。なんでこんな、気負うことになっちまうんだ……?」
迷い、不安になり、ずっと悩んだ。
その悩みを話せるのは、相談できるのは、奇しくも苦い記憶の底にいる、自らの師しかいなかったのだ。
『……ふん、あたしは腐った人でなしさ。聞く相手を間違えてるよ、あんたは』
すがるようなローレンジの言葉に、リアリーは辛辣に言葉を投げつけた。
『あたしが人の上に立つだって? 馬鹿言うんじゃないよ。あたしは、なにもしちゃいない。むしろ、
「いいや、師匠が教えてくれたんだ。全部なくした俺に、あんたは歩く道をくれた。導く後輩をつけてくれた。師匠が、俺に人を導く
リアリーは硬く唇を噛みしめ、苦い表情を浮かべた。そして、不躾にビーム砲を放つ。
ローレンジはとっさにそれを躱し、サーベラと共に再び戦闘態勢に移行する。
「師匠!」
『構えなローレンジ。教授なんてあたしの柄じゃない。あんたには叩き込んだはずだよ、この戦争しか能の無いクソッタレな星で生き抜く術を。それに、あんたはもう理解してる。こうまで言って分からないなら、あたしの教えは全部無駄だったってことさ』
「……あんたなんかに助けを求めた、俺が馬鹿だったってことかよ」
『そうさ。あたしみたいなロクデナシ。人の上に立つ柄じゃない。そんな奴に教えてもらおうってバカな話があるかい? ヤキが回ったもんだよ、あんたも』
尻尾を向けたスナイプマスターは、素早く狙いを定め、鋭い射出音と共にライフル弾を撃ち放った。
一発。
二発
ライフル弾は突風のような風切り音を唸らせ、サーベラの左右を通過する。真横を、ほんの50センチ離れた程度の位置を弾丸が飛び、サーベラもローレンジも一瞬委縮する。その作りだされた隙に、三発目のライフル弾がサーベラの肩を貫いた。
走る激痛にサーベラは悲鳴を上げ、右足で膝を突く。
「くそっ……ニュート! エネルギーを傷口に回せ! 再生させるんだ」
合体しているニュートの補佐もあり、サーベラの傷はすぐに動けるくらいには回復した。だが、また僅かに生まれてしまった隙に、スナイプマスターのトンファーが叩き込まれる。
頭部装甲が凹み、コックピット内のローレンジも激しく揺さぶられた。
『まったく、こんだけ言っても分からないかねぇ』
「くっ、師匠……」
『ローレンジ、悩む必要がどこにあったんだい』
スナイプマスターは倒れたサーベラの背中を踏みつける。ゾイド用のカミソリとも言うべき足爪がサーベラの背中に食い込み、サーベラは苦痛と屈辱に唸った。
「悩む必要が、ない……?」
『あんたはさ、あたしと同じように、気まぐれで拾った子を育て上げたじゃないか』
「でも、あいつは……」
『あんたの元から離れた。自分で考えて、あんたの元を一旦離れたのさ。あんたと同じじゃあないかい?』
それは、ローレンジの荒れ狂う精神の中に、一滴の水滴と波紋を生み出した。波紋が広まるにつれ、少しずつ、心は冷静に落ち着いて行く。
リュウジはローレンジから離れ、レイヴンを追いかけた。だがそれは、リュウジがローレンジの考えているレイヴンの追い方に納得できなかったから。一時的に、着いていけなかったからだ。
フェイトはローレンジの元から離れた。だが、それはローレンジが信用できなくなったからではない。ローレンジの今のやり方に、納得できないからだ。
二人は、自身の思考の元、ローレンジの前から姿を消したのだ。
そして、ローレンジもリアリーの元を離れた。そのやり方に着いていけなくなり、やはり同じように自分の思考の元、動いたのだ。
『不慣れな師匠に教えてやるよ。弟子を信用しな。本当に弟子と、妹と思える子なら、そいつを信じてふんぞり返ってればいいのさ。勝手にしろってねぇ』
「あんたも、だから俺を追いかけてこなかったのか?」
『ガイロス皇帝の暗殺に向かわせたときに、独り立ちさせるつもりだったよ。後は、自分で考えて、自分でなんとかしろってね』
スナイプマスターは足をどけ、ゆっくり後ずさった。サーベラも起き上がる。
『上に立つ奴が動揺してんじゃ話にならないんだよ。偉そうに威張り散らして、黙って着いて来いとでも言ってりゃいいのさ』
部下を、弟子を思い通りに動かすなどできやしない。その場その場の、個人個人の思考に委ね、判断させるのだ。そのフォローに入ったり、大まかな指針を立ててやるのが、師匠であり、上司の立場なのだ。
『あたしが言えるのは、こんくらいかねぇ』
苦笑し、照れているような師匠の姿に、ローレンジは肩の荷が下りて行くのを感じていた。
誰にも、自分の今を理解は出来ないと思っていた。
タリスに悩みを打ち明けられるものの、彼女からの視点では、ローレンジの重みを全て理解することはできない。
ヴォルフには、最近は迷惑をかけてばかりだ。とてもではないが、自分の内部事情の相談をするなど、気が重くできるわけがない。
ローレンジは以前ヴォルフに『抱え込むな。愚痴でもなんでも話せ』そう言った。だが、それは第三者だから言えることだった。当事者になると、相談することがとんでもなく億劫になってしまう。
相手を思えば思うほど、話せなくなるのだ。
リアリーは、それを見越していたのだろうか。だから、この依頼でも
形はどうあれ、そこにある想い出が陰惨であれ、
「師匠……ありがとな」
『はっ』
「あんたはロクデナシだけどさ、俺の師匠だったことは、間違ってなかったみたいだ。あんたがいたから今の俺がある。――だから、とりあえずは受けた依頼を完遂しておこうか。今の俺は、傭兵団の頭だ」
打って変わって壮絶な笑みを浮かべたローレンジに、リアリーは挑発的な笑みを返す。
『嬉しいねぇ。ロクデナシのあたしでも、真っ当な人様みたいなことは出来るもんなのかい。それに、あんたはあたしを師としても、こんなロクデナシの世捨て人にはならなかった。嬉しいもんだよ。これで、布石は打てたかねぇ』
じゃり、とスナイプマスターが一歩下がった。これまでこちらを倒す姿勢でいたリアリーが、初めて逃走の動きを見せたのだ。
逃がす訳にはいかない。
ローレンジは地対地ミサイルポッドの発射操作を済ませ、スナイプマスターをロックオンする。
『うまくやんなよ、ローレンジ。あたしは、まだやることがある。あんたにばかりかまってられない』
「やることって、なんだよ」
『さてね、そいつはいずれ教えてやるよ』
得意げに言い放ったリアリーは、スナイプマスターを飛びあがらせる。強靭な脚力と俊敏性を活かし、一気に逃亡を図ったのだ。
「させるか!」
目的は別にあったと言えど、ローレンジに向けられた依頼は、殺し屋
ここで逃がすつもりなど、一切ない。
背中の三連地対地ミサイルが放たれ、スナイプマスターに迫る。だが、これは全てトンファーによって叩き落された。空中で叩き折るのではなく、軽く叩いて向きを下に向けたのだ。
叩かれたミサイルは落とされる動きに従って地面に突き立ち、爆発する。視界を埋め尽くす土砂と砂煙が巻き起こり、ローレンジの視界を覆い尽くした。
そして、気付いた時にはそこに
「……逃げ足早いな。さすがは師匠か」
「はぁ」と一息吐きながらローレンジはシートに深く腰を下ろした。
簡単に分かるはずだった悩みを打ち明け、気持ちはいくらかすっきりしていた。気づいてしまえばどうと言うこともないが、気付かない内は袋小路をうろついているような気分でもあった。
結局、師匠には敵わないな。そんなことをぼんやりと脳裏に溢しつつ、ローレンジは通信回線を開く。
「……おう、タリス。俺だ。……ああ、迷惑かけたな。
タリスはぶつくさと小言を溢すが、それでいいのだとローレンジは思っていた。
思えば、メンバーを集め始めた時から自分は頭領として全体指揮を執るようなことは少なかったはずだ。それに向いてないことは、初任務である通称『Afternoon war』で思い知ったはずだった。
なら、無理に自分が指揮を執る必要などない。戦闘が主任務となり得る
できることをやればいい。それを見せ、ついて来るやつに仕事を振って行くだけだ。自分のやるべきことを態度で示し、部下にはついてこさせる。
リュウジの師匠としても、同様だ。自分が師匠として不安だったから、曖昧な態度をとったから、結果的にリュウジを困惑させた。
黙って着いて来い。そう言えるくらいに、態度で示してやればいいのだ。
そうと分かれば、言うことがあった。ローレンジのその立場に、タリスはずっと気づいていたはずだ。だから、足りない部分を補ってくれる補佐役に、副長の立場に従事してくれているのだ。
「ああ、そうだ。タリス――ありがとよ。お前がいて、よかったわ」
タリスが通信越しに息を飲むのが聞こえる。ひょっとして、タリスは今ローレンジが感じているのと、同じことを考えているのではないだろうか。もしかしたら、もっと以前から。
――お前には、ずっと傍に居て欲しいもんだよ。タリス。
支えてくれる者がいるのは、本当に嬉しい。今ならヴォルフがアンナ、アンナがヴォルフを想う気持ちが、よく分かる気がする。
なにやらしどろもどろに言っているタリスに苦笑し、「じゃあな」の一言で通信を切った。
サーベラの操縦桿を軽く撫で、ローレンジは立ち上がる。
「お前らも、こんな俺に付き合ってくれてありがとよ。そろそろ行こうぜ、馬鹿弟子と悪友を連れ戻しに行くぞ」
『キッキィ!』
ニュートが気前良く答え、サーベラは言葉なしに自ら足を進めた。
二体の相棒に揺られ、ローレンジはもう一度自分の道を歩み始める。