ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 原作53話に当たる回です。

 原作では一種の茶番劇みたいな話でしたが、本作では、第四章における山場の一つになります。


第102話:幻影の暴風(ファントム・ストーム) 前編

 獣の里(アルビレッジ)の中にある最も大きな建物の中で、タリスは通信回線を開いた。

 

『よう、なんかあったか?』

「ええ、朗報よ。フェイトちゃんが見つかったわ」

『ホントか!?』

 

 通信越しに、ローレンジの声が弾んでいるのが分かった。

 勝手に飛び出し、それ以来行方を眩ましていた最愛の妹の所在が分かったことは、ローレンジにとってそれほど嬉しいことだ。

 

『で、どこに居たって?』

「ノーデンスの村付近よ。現在は、レイ・グレック少尉が同行されているとか」

『……あ? なんであの野郎の名前が出て来るんだよ』

「任務の途中で偶然遭遇したらしいわ。フェイトちゃんは、青い悪魔に襲われていたとか。お礼を言った方がいいんじゃないかしら?」

『ちっ、あいつかよ……』

 

 ローレンジはレイのことを憎たらしく語っている。

 だが、それは自分以外に――それも鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のメンバーでもない彼にフェイトが懐いていることへの嫉妬だと、タリスは見抜いていた。

 

「少しは素直になったら? 私は良いと思うのよ。フェイトちゃんと、レイさん」

『……』

「あなただって、本当は信用しているんでしょう。レイさんのこと」

『腕前はな。あれでもレオマスターだからよ。ただ……』

 

 ローレンジはその先をためらうように口を噤んだ。

 フェイトは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に雇われる歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の所属で、レイはヘリック共和国のエースパイロットだ。

 昨今の共和国と鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の関係を考えれば二人の間を阻む壁は高い。下手を打てば……、ローレンジが考えていることも、そんなことだろう。

 そんな思考を読みとり、タリスは話題を代えるべく話を切り出した。

 

「さて――頭領、依頼が入っていますよ。あなた宛てに」

『あ、ああ。でもよ、今俺は自由にやりたいんだ。その辺は全部お前とヨハンに投げてきたろ』

「それを当たり前のように言われても困りますね。歪獣黒賊(うち)が頭領不在で回せているのは、組織としては例外もいいとこですよ」

『分かってる。でも、俺の失態なんだ。フェイトと、リュウジを見つけ出して連れ戻さねぇと、俺はこれからもやっていける気がしない。これは、頭領として人の上に立つ俺に科された試練なんだよ』

 

 ローレンジの言葉には、確かな決意があった。今日まで自分優先で組織を回してきた身勝手な部分が、矯正されて本当の意味で『頭領』として歪獣黒賊(ブラックキマイラ)を動かしていくローレンジに成長するのだ。

 そのために、現在ローレンジが行っている単独行動は必須と言えるのである。

 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)のメンバーは、もともと単独で動いていたものが多い。賞金稼ぎや傭兵を生業としていた者たちなため、集団行動には苦手意識を持つ者が多いのだ。歪獣黒賊(ブラックキマイラ)を仕事の場としてしか認識していない者がいるのも確かだ。もっとも、それ以上に帰る場所としての認識が強いメンバーが多数存在するのも確かなことだが。

 そのため、頭領不在という事態にあって、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)は普段通りに動いている。

 タリスの目にはそれが異常と想えており、ローレンジが改めて長の資質を得て来るのは必須事項だった。

 

「ええ、それはしっかりやってほしいものです。ですが、今回の用件は頭領しか適任者がいないので。もっと言えば、先方からも頭領名指しです」

『誰だよ。んなピンポイントの依頼持ってきたの』

「ガイロス帝国皇帝親衛隊所属ロッソ・レオーネさんです」

『ロッソ?』

 

 タリスは直に会ったことはないのだが、その経歴は調べ上げてある。

 元々は共和国領エレミア砂漠で盗賊団“デザルトアルコバレーノ”を率いていた男だ。その後ガイロス帝国軍とのいざこざで帝国の刑務所に服役するも脱獄、どういった経緯かは不明だが現在はガイロス帝国皇帝親衛隊に配属されている。

 いったいどういった経緯を辿ればこれほどの人生大逆転劇を見せつけられるのか、タリスには想像もつかない。だが、ローレンジの反応と依頼時のロッソの態度から、少なくとも関わりがあったのは確かだ。

 

「ガイロス帝国皇帝、ルドルフ陛下が暗殺者に狙われているそうです。現在、GFからの派遣部隊も加えて護衛を行っているそうですが、万が一に備えて頭領にも来てほしいと」

『ルドルフの護衛かぁ……』

 

 回想でもしているような浮ついたローレンジの言葉を訊き、タリスはローレンジの経歴にも興味を持った。確か、現ガイロス帝国皇帝のルドルフとは因縁があったはずだ。ルドルフの父を手にかけたのは、ローレンジその人であるのだから。

 嘗て手にかけた人物の息子を守ることになるとは、込み入った事情までは分からないものの、皮肉なものである。

 

「ガイロス帝国の現体制に反抗している者、ギュンター・プロイツェン支持者からの依頼が暗殺者に渡ったそうです。彼の暗殺者はすでに動いており、一週間後のシンカーレースガイロスグランプリの会場でルドルフを暗殺すると」

『栄えあるガイロスグランプリで暗殺騒ぎか。現実になったら、世間が大荒れだな』

「茶化さないでください」

『そういや、お前も出てたんだろ? シンカーレース。久しぶりにやりたいとか思わねぇの?』

「もう縁のないものだから、未練もありませんね」

 

 どこか、ローレンジは話題を逸らそうとしている。そんな気がし、タリスは不審に思った。

 

「暗殺者は彼の『幻影(ファントム)』とか。名うての殺し屋ですよ。その素顔を拝んだものは誰もいないとか――」

『待て。幻影(ファントム)だと……?』

 

 タリスの不信感は、別の方向に上がった。

 ローレンジの声が、若干上ずって聞こえたのだ。その上、通信越しでさえわかるほど声は震えている。

 

「頭領。御存知なのですか?」

 

 幻影(ファントム)はかなり名うての殺し屋だ。全盛期のローレンジに匹敵、それ以上に裏社会で名を馳せている。

 一度引き受けた依頼は例え依頼人が何らかの事情で報酬金を払えない状況になったとしても、キャンセルを言い渡されようと、必ず成し遂げる。

 一度受けた依頼は必ず達成する。それが幻影(ファントム)という殺し屋の謳い文句であり、ポリシーであった。

 また、幻影(ファントム)にはある噂がついて周っていた。

 曰く、まるで百の顔を持っているかのように巧妙にその顔を作り替え、その素顔を見た者は誰もいない。会ったとしても、次に見かけた時は別人に成り代わっている。まるで、幻を見せられたようなその変貌ぶりは、通称となった幻影の名にふさわしい。

 そして、幻影(ファントム)の名を告げられたローレンジは、まるで悪夢を思い出すかのような口ぶりだった。

 

「……関わったことがある、と……?」

『いや、流石にねぇよな。あいつが出て来るわけ……だが、リムゾンは確かに言ってたな。また、活動を再開したってのか……?』

 

 ローレンジはタリスの質問に答えず、ぶつぶつと独り言を呟いている。焦りとか、不安がにじみ出た声を発するのは、非常に珍しいことだ。

 

「頭領」

『ん、ああ悪い』

「御存知なのですね。幻影(ファントム)のこと」

『……まぁな』

「どういった?」

『……昔馴染み、かな』

「それだけ、ですか?」

『なんだよ』

「とても、それだけには思えないのですが。恐れているようにも見えます」

『あれの手腕ややり方、ポリシーを定めた流儀、どれをとっても一流だ。恐れるなって方が無理だと思うぜ。知ってる奴なら、なおさらな』

 

 ローレンジの言葉に嘘はない。真実をそのまま口にしているのだと分かる。だが、ともすれば彼から漂うこの不安は、いったいなんだと言うのだろう。

 

「頭領……」

『タリス。用件は分かった。ロッソにはすぐに現場に向かうって言っといてくれ。あと、外部用の無線周波数も伝えとけ。遅くとも2日前には現場に入っとく』

「分かりました」

『心配すんな、うまくやるって。ロッソにも伝えとけ』

 

 ローレンジは努めて明るい声音で言った。だが、その言葉の奥には、隠し切れない警戒心と緊張が見え隠れしていた。

 通信を切り、タリスは重く息を吐きながら両肘を机につき、両手で顔を覆った。

 

「ローレンジ……無理はしないで……。あなた、とっても辛そうだったから……」

 

 肺に溜まった空気を吐き出すように、タリスは重苦しく呟いた。

 

 

 

***

 

 

 

 ガイロス帝国の首都ガイガロスを発ってから丸一日。ルドルフを乗せたホエールキングは、ガイロス領の南西に位置する港町に着陸した。

 シンカーを利用したガイロス帝国の国技ともされるレースの会場がひときわ目を引く、ガイロス領の観光地の一つだ。海に面した立地は、観光で訪れた者たちに新鮮な海産物料理を提供するのに一役買っており、また海はこの地に住む人々にとって重要な生活の一部でもあった。

 

 シンカーレースの会場、その特別観覧席からの景色を眺めたロッソの視線は、そんな海に向けられていた。観客席の隙間を縫うようにして見える水と潮が混ざった青は、海の傍に立地しているこの町に置いても貴重なもののようにも思えた。

 ロッソの故郷は海だ。幼いころは良く海水浴に興じ、成長してからは見慣れた海よりも過酷な砂漠地帯や山系の厳しい自然に魅せられるようになった。

 だが、振り返ってみると海もそれらに匹敵する危険な場所だ。

 ロッソは嘗て砂漠の盗賊団、“砂漠虹団(デザルト・アルコバレーノ)”を率いていた。

 自分を斬り捨てたガイロス帝国を、されど復帰を夢見て共和国領内での盗賊行為だったが、或いは海の中で海賊として生きる道もどうだろうか。

 名前は、そう、“海洋虹団(マーレ・アルコバレーノ)”なんてどうだろうか。いや、安直だな。

 

「ロッソ……ロッソ!」

「ん? どうしたヴィオーラ?」

「どうしたじゃないよ。……で、どうなんだい? バンとトーマは、向こう側の観客席くらいしか狙いどころはないだろうって言ってたけど」

「確かにな。だが、あそこならどうだ?」

 

 ロッソが指を指したのは、観客席の隙間から覗く海上だった。

 

「海の上から狙うってのかい? そいつは、いくらなんでも難しいよ。海上でどうバランスを取るってのさ。それに、水中用ゾイドを使うとしたってどうあがいても海面に姿を見せなきゃいけない。観光客もいる海の上でそんなことをすれば、見つけてくださいって言ってるようなもんさ。船使ったって同じだろう?」

「……ああ、そうか。幻影(ファントム)ならありかと思ったんだがな」

「そんなに気になるなら、バンたちにも話して海岸付近や港の警備に注意を呼びかけとくかい?」

「それがいいだろう。警戒するに越したことはない」

「ああ」

 

 ヴィオーラが通信端末を取りだし、バンとトーマに話を通す。その隙に、ロッソは小声で襟の裏に付けた端末に呼びかけた。

 

「お前は、どう思う?」

『ありえるな』

 

 ロッソの耳に、直接通信者の言葉が送られた。片側だけ別のイヤホンと言うのは少々違和感がするが、ロッソはそれを我慢して会話を続ける。

 

「試しに訊くが、お前ならどうする?」

『策は何パターンか作っとくもんさ。ま、俺なら一般人なり整備士、警備の兵にでも変装して近づいて、特別観覧席の目標(ターゲット)を直接手にかける』

「なるほど、大胆だな」

幻影(ファントム)でもやりかねないぜ? それくらいの動きは出来るさ』

「海からの案は、どうだ?」

『俺なら無理だが、あれに欠点みたいなもんは基本ねぇ。方法はいくらでも考えられる。少なくとも、あんたから聞いただけでも四パターンはできたぜ』

「四つだと?」

 

 ロッソが独自に考え出した方法は三つだ。

 一つ目は通信者自身が言った直接手にかける方法だ。いささか強引だが、それを強行できる力の持ち主なら十分に成し遂げられる。

 二つ目はロッソが提案した海の上から何らかの方法で狙撃ポイントを確保、そこから狙い撃つ方法だ。これは準備に手間取るが、守る側から見れば可能性は低く思える。警戒されにくいという点からすれば、暗殺方法としても上々と言ったところだろう。

 三つ目は、特別観覧席と相対する観客席から直接狙撃する方法だ。だが、この方法の場合は傍観者が圧倒的に多いことが問題だ。ガイロスグランプリはガイロス帝国の一大行事、観客席はすでに予約でいっぱいになっており、立ち見もほとんど埋め尽くされるだろう。一斉に注目を浴びるため、仮に成し遂げられたとしてもそこからの逃走経路は絞られる上、成功率は低い。

 

『言っとくが、観客席から狙うのは勘定してないぜ。んな方法を取る奴は素人以下だな』

「そうか。だが、それなら残り二つは何だ?」

『一つ、レースの選手になりすまして参加し、ゴール前にコックピットから狙撃する。そもそも、そこの狙撃ポイントなんて海か、観客席か、ゴール前のコースしかないんだ。やり方までは分からないが、そこも使われないとは言い切れない。』

「お前も含めて、殺し屋は化け物ぞろいだな」

『奴は銃器、特にライフルの扱いは殺し屋の中でもトップクラスだ。ま、そこを使うといざって時に他のポイントに回る時間が取れない。保険の策を用意するとしたら、ここは使われないはずだ』

「ほう、で四つ目は?」

『そっからなら、会場周りの柱が見えるだろう?』

 

 ロッソは特別観覧席の窓から外を眺める。言葉通り、外には幾本かの柱があった。放送用の拡声器が頂点に取り付けられ、アクシデントで倒れないよう補強も万全にしてある。

 

「あれか」

『町の周辺の高台か岩の上か、どこでもいい。そっから柱を狙撃して、跳弾でルドルフを狙う』

「馬鹿な!」

 

 思わず声を荒げてしまい、ヴィオーラが驚いて振り返った。

 

「ロッソ?」

「ああ、なんでもない。こっちのことだ」

 

 ヴィオーラは呆れた様子で近づき、ロッソの襟の裏から端末を毟り取る。それと同時に、ロッソの耳に入っていたイヤホンも取り上げられた。

 

「ロッソ。まさかアタシが気づいてないとでも思ってるのかい?」

「それは……」

「どうせ、バンたちには伝えるなってこいつから言われてんだろ。ねぇ、アタシにばれたくらいは、どうってことないだろう? え? ローレンジ」

『……ま、ヴィオーラなら別にいいけどよ』

 

 通信越しにローレンジが疲れた様子で言った。

 

「ところで、あんたは今どこに?」

『特別観覧席の上。見て回ったけど、穴は開けられてないぜ。こういうとこも狙い目だから、上空からの警備は万全にな』

 

 先ほど方法は四つと言っていたはずだが、ローレンジ本人はまた別の方法を検証していたようだ。わざとらしく響く靴音に、ロッソとヴィオーラは顔を見合わせた。

 

「さすが、元凄腕の殺し屋と言ったところか」

『天井から狙うなら弾を通せる穴を開けとく手間がいるからな。ないとは思ったけど、念のためだ』

 

 ローレンジは彼なりの視点から幻影(ファントム)を探っているようだ。しかし、その声色からは見つからないのも当たり前だと分かりきっているような気配がする。

 

「それで、跳弾を使うと言ったが、可能なのか?」

『俺の知る幻影(ファントム)はいろんなゾイドを使ってた。で、二ヶ月ほど前に共和国の方でガンスナイパーが強奪されたって件を聞いてな。たぶん幻影(ファントム)だろう』

「ゾイドで狙撃すると言うのか?」

『プラン1ってとこか。それように作った弾を持ちこんでくるはずだ』

 

 ゾイドの砲身は当然ながら人相手ではなく、ゾイドを相手にする前提で作られている。だが、その砲身に手を加え、通常のライフル弾を装填できるように改装を施すことも不可能ではない。

 

『言っとくが、海上からの狙撃をゾイドでやるって線も濃厚なんだぜ。海戦ゾイドにライフルを積んで、とかやり方はいくらでも考案できる。警戒は怠るなよ』

「分かった。その辺りも注意しておこう」

 

 ロッソが話しを締め、ヴィオーラにバンたちへの警戒ポイントを話す。すると、特別観覧席の上からローレンジが立ち去る気配がした。

 

「バンには、会わないのか?」

『悪いな。あいつとは今会う訳にゃいかねぇ』

「なぜ?」

『レイヴンの件で突っ込まれるに決まってるだろ。今のバンに、よそ見する余裕があんのか?』

 

 ローレンジがレイヴンを迎え撃つための協力を断ったことは、ロッソも知っていた。ガイロス帝国内でも鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の手先と見られている歪獣黒賊(ブラックキマイラ)がレイヴン捕縛に反抗の態度を示したことに疑惑が上がっている。

 ロッソも今のローレンジたち――ひいては鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の思惑が読み切れていなかった。

 これ以上帝国と共和国に疑惑を抱かれる態度を貫いて、なんになると言うのだろう。せっかく暗黒大陸の一件で信頼を勝ち得たと言うに、その際に穿たれた穴を自ら深めていく行動は、疑惑を抑えきれない。

 

『バンにも言ったけどよ、俺はレイヴン(あいつ)を捕縛することには反対だ。ぶっちゃければヴォルフも、あいつを見捨てたくないんだよ。レイヴン(あいつ)は、お前たちに売り渡すよりも、俺たちで確保したい』

「……それを、俺に話していいのか?」

『ガス抜きさ。信用できる知り合いに愚痴らねぇとやってられねぇ。――この行動が俺たちを不利にしてるのは承知の上だ。組織として、組織の長としてのヴォルフは失格と言われたって文句を返せねぇだろうよ。もちろん、それを容認し、あまつさえ頼み込んでる俺の言えた義理じゃねぇ。でも、俺たちは仲間同士で、信頼の上でここまで来たんだ。有益不益の話で、簡単に仲間だった奴を斬り捨てたりしたくない。逃げるんなら、逃げれねぇよう取り込んでやるさ。……ヴォルフも、あんな判断はもう嫌なんだろうな』

 

 ローレンジが語ったそれは、端的ながら今の鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の姿をロッソに伝えてくれた。

 結びつきが強い組織は、早々瓦解したりはしないだろう。プロイツェンの庇護の元作られた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は、仲間同士の結びつき――トップから末端、果ては雇われ兵にまで伝播する強い信頼の結びつきの産物なのだ。

 小さい組織ならば、それは有効だろう。だが、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は今や一つの小国に匹敵する力を手にしている。いつまでもそのやり方が貫けるとは、到底思えなかった。

 小国と呼べる規模になった鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は、その形がそのまま国家の姿としても現れている。国と民を強く想うヴォルフの下で、一般市民ですら鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)という一枚岩の構成物質と化しているのだ。

 

 それはとても強固で、外からのあらゆる干渉をはじき返す力がある。しかし内部での小さな不和が生じた場合、一気に崩壊する脆さも備えていた。、

 砂漠虹団(デザルトアルコバレーノ)という小さな盗賊団という組織を束ね、今はガイロス帝国と言う強大な国家の政を覗けるようになったロッソだからこそ、利点と欠点を見いだせた。

 

「ルドルフ陛下は、ヴォルフ・プロイツェンのことを信用している。無理はするな。いざとなれば、俺たちを頼れ。お前たちが築き上げて来たのは、内部での信頼関係だけじゃない。俺たちとの繋がりも、お前たちが築き上げた要素なんだ。作ったものは、大事に使うんだな」

『ああ、ありがとよ。ヴォルフにも言っとく』

「そのためにも、明後日のルドルフ陛下にもしもがあってはならない」

『解ってる。……そうだ、昔の同業者相手だからな。忠告しとくぜ。最後まで油断するな。お前らが見せられるのは、たぶん()()()()』だ』

「どういう意味だ?」

『言っても分からねぇだろうさ。ただ幻と思って捕まえれば、本物かもしれねぇ。判断がつかないなら、混乱するだけ無駄だ。向こうに飲まれて混乱するよりか、馬鹿正直に目の前の幻を追いかけた方が得かもな』

「……とにかく、俺たちはルドルフを全力で守る。俺たちにはできないというなら、お前に頼るしかない」

『もちろんだ。殺させねぇよ。例え相手が――あの幻影(ファントム)であってもな』

 

 最後に呟いたローレンジの言葉はそれまでと違い、どこか震えているように、ロッソには感じられた。

 

 

 

***

 

 

 

『さぁ、レースもいよいよ山場を迎えようとしている! 熾烈なデッドヒートを繰り広げるトップ集団に加え、猛烈な追い上げを見せる火の玉ムンベイ! まだまだレースの展開からは目が離せない!』

 

 調子のいい実況の声が競技場前他に響き渡り、会場はますますヒートアップしていく。

 シンカーレースガイロスグランプリは、例年に迫る、そしてあっという間に追い抜いてしまいそうな熱気に包まれていた。

 特に、今年は数年の間謎の失踪を遂げていた伝説のレーサー、ムンベイが参加しているとあって、往年のファンが押し寄せている。

 

「まさかあの女、こんなことまでやっていたとはな」

「人は見かけによらずって言うけど、あいつは妙な伝説を作りたがるのかねぇ」

 

 特別観覧席に続く廊下の中にすら響いてくる実況の声を聴き、ロッソとヴィオーラは変なところで知り合いの名を耳にするものだと嘆息する。

 警備の関係で会場を周っていた時、ムンベイとは久しぶりに対面した。しかも、そのピットクルーはアーバインとドクター・ディが行っていた。ガイロスグランプリの賞金は自分たちが手にすると豪語している彼らの様子は、どこか怪しい。

 ディの含み笑いを見るに、何か細工がしてあるのではないかと勘ぐってしまった。

 彼らの狙いはガイロスグランプリの賞金ただ一つ。楽しそうに笑っていた彼らの姿が脳裏に焼き付き、裏で自分たちが重大な任務に就いているのに何をしているんだと嫉妬するのも無理はなかった。

 だが、同時に彼らの楽しげな姿を、ルドルフ暗殺という大スキャンダルで台無しにしてしまうものかという意思も芽生えた。

 ムンベイとアーバインが平和な世の中を満喫している姿は、何としてもルドルフを守り通して見せると言う決意の再確認にもなったのである。

 そんな時、ヴィオーラの通信機がプツリと空気を吸い込み、声を上げた。

 

『こちらGFのバン・フライハイトだ。ヴィオーラ、取れるか?』

「こちらヴィオーラ。どうしたんだい?」

『さっき海岸の警備兵から通信があった。昨日、海上でガンスナイパーを乗せた不審な船が目撃されたらしい』

「奴かい」

『ああ、俺とトーマがレドラーで向かってる』

「頼むよ」

 

 ヴィオーラが通信を切ると、ロッソは先ほどまで以上に警戒心を逆立てた表情に変わっていた。

 

「出たか」

「ええ。アタシたちも、中に入っていましょうか」

 

 外から侵入してくることを考慮し、一旦外の様子を窺っていたのだが、幻影(ファントム)が現れたのは海上だ。特別観覧席の窓から、結果をこの目で確認したい。

 

「いや、俺はここにいる。海上の奴が囮の可能性も捨てきれん」

「分かったわ」

 

 ヴィオーラが中に入り、結果を目視で見つめる。

 ロッソが外で様子を窺っていると、再び無線が鳴った。

 

『こちらトーマ・リヒャルト・シュバルツ。ガンスナイパーは撃破した。奴はいない。おそらく、海を進んで直接会場に乗り込んでくる。俺たちはすぐに戻る』

「了解だ。急いでくれ」

 

 バンたちが外で幻影(ファントム)確保に出向いている間、ロッソたちはルドルフの傍で警護を続ける。これがロッソたちの計画である。

 バンとトーマの実働隊が幻影(ファントム)を確保できれば理想的、できなかったとしても、ロッソたちがルドルフの傍でその身を守る。万が一それも突破されたとしても、ロッソたちには()()があった。

 三重構造の警備体制にはさらに保険もかけてあり、抜かりはない。だが、一部の油断も隙もならない。警戒心を最大限に高めつつ、ロッソはバンたちとの通信に使う無線とは別の、もう一つの無線機に触れた。

 一昨日以降、彼からの通信は途絶えたままだった。

 

「お前なら、心配はいらんよな」

 

 殺し屋から身を守るために、別の殺し屋に保険をかけている。その皮肉のような現状に、しかしロッソは縋るほかなかった。

 

 

 

幻影(ファントム)は整備員の格好で会場に進入している。気を付けてくれ!』

「分かった。そっちも頼むぞ」

 

 警戒を強めるバンの言葉に、ロッソも焦りを募らせながら返した。

 ここまでの警備は軽々と突破された。その上、レースのコースを挟んで対面したバンに、余裕の笑みを見せていたという。

 こちらを挑発しているのか。『この程度で自分を捕まえられるものか』と視線で語るその態度は、怒りよりも焦りが優先された。

 

「ヴィオーラ、どうだった?」

「いいえ、こっちにはいなかったわ」

 

 いよいよ切羽詰まってきた状況に、ヴィオーラも特別観覧席近くの通路を確認してきた。だが、結果はやはりというべきだった。

 

「くそ、もう後がないぞ」

 

 特別観覧席では、ルドルフが窓際からレース会場を見下ろしている。その後ろ姿は、ロッソたちに全幅の信頼を置いているのか、全くの動揺が見られない。

 毅然と立ち、自身が暗殺されようとしていることなど微塵も感じていないかのようだ。

 観客たちに不安に慌てる工程を見せる訳にはいかないといえど、その態度はある種達観している。

 

 その時だった。廊下の方から「カラン」という音が響いた。すぐに拳銃を抜き、ロッソとヴィオーラは最大限の警戒をしつつ扉を開く。

 廊下には、なにもなかった。だが次の瞬間、密かに投げ込まれていたスモークグレネードから勢いよく白煙が吹き出し、一瞬でロッソたちの視界を奪う。

 

「しまった!? ぐっ、ゴホゴホッ!」

 

 すぐに口元を抑え煙を吸わないようにするも、ほんの僅か吸い込んでしまった煙が体内で暴れ、大きく咳込んでしまう。

 幻影(ファントム)の特別性だろうそれは、思った以上に強力だった。

 

 動けない中、廊下を駆け抜けて行く足音がロッソ耳に残り、次いでサプレッサー月の拳銃から弾丸が射出される小さな音が届く。

 間違いない、幻影(ファントム)はこの場に現れた。そして、特別観覧席のルドルフを撃ったのだ。

 

 間違いなく、撃った。

 つまり、幻影(ファントム)は今現在、この場に居ると言うことだ。

 

 

 

 秘策に、まんまとはまった。

 

 

 

「なに!?」

 

 ルドルフの暗殺に成功したと確信を抱いていたはずの幻影(ファントム)から驚愕の声が響く。

 特別観覧席のルドルフは、ジジッとラグを見せると、そのまま虚空へと消えてしまった。

 

「特別性の立体映像だよ」

 

 駆け付けたバンが、幻影(ファントム)に宣言する。

 シンカーレースガイロスグランプリは、ガイロス帝国の一大行事だ。その開会宣言は、皇帝が行うのが習わしだ。そして、それはガイロス帝国建国の時から続く、電灯である。

 変えてはならぬ、伝統行事なのだ。

 だからこそ、幻影(ファントム)は特別観覧席に狙いを定めた。

 ガイロス帝国皇帝たるルドルフは、そこ以外に居る筈がないのだ。

 

 だが、現実は違った。幻影(ファントム)は、まんまと罠に嵌ったのだ。

 

「負けたよ」

 

 幻影(ファントム)を名乗る男は、拳銃をその場に落とし、ゴーグルを外して両手を挙げる。オールバックの黒髪の冴えない風貌の男で、どこにでも居そうな顔つきだ。だが、これも幻影(ファントム)が持つ顔の一つにすぎないのだろう。

 

「それで、本物のルドルフ陛下はどこに?」

 

 幻影(ファントム)の疑問に、バンは会場を示す。

 すでにレースは決着がついていた。優勝は、ゴール付近までデッドヒートを繰り広げていたものの、まさかのマシントラブルでスピードを殺されたムンベイを破った無名の新人、マスカレードという若い男だった。

 

「見事に優勝したよ」

 

 この年、ガイロス皇帝が開催宣言を行った大会で皇帝本人が優勝すると言う珍事が発生したのであった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、まんまと嵌められたわけだ。おれの完敗だな」

 

 肩をすくめて敗北を認めた幻影(ファントム)は、おとなしく両手を前に出した。トーマがその手に手錠をかけ、ここに悪名高き殺し屋幻影(ファントム)はついに逮捕されたのだった。

 

「そうだ、一つ忠告しておこう」

 

 トーマに連行され、会場を後にする幻影(ファントム)が、足を止めた。

 

「おれの通り名は幻影(ファントム)だ。現実と幻の区別をしっかりしておくんだな」

「どういう意味だ」

「ふっ、誰にもこの意味は掴めんさ」

 

 肩を竦めながら、幻影(ファントム)の男はバンの問いに答えた。

 ただの負け惜しみだ。

 そうとしか取れない言葉だったが、ロッソとヴィオーラはどこかひっかかるものを覚えた。

 

 ――俺たちが見ているものは、奴の前では全て幻、か。

 

 幻影(ファントム)の潔い、しかし今だ余裕を隠しているような態度は、この事件の裏をロッソたちに予感させる。

 だが、同時にロッソは気づいていた。裏側の始末をつけるのは、自分たちではない。ならば彼の言葉通り目の前に居る幻影(ファントム)が幻だろうと現実だろう、捕まえたという実績を作っておくことの方が重要だろう。

 

「行くぞ」

 

 幻影(ファントム)を連行したバンとトーマに続き、ロッソとヴィオーラも部屋を後にする。

 外では表彰式の準備が進んでいた。

 ルドルフはピットクルーであるフィーネとジークの元に戻り、ヘルメットを脱ぎ捨ててやりきった清々しさに包まれていた。

 拡声器の取り付けられた柱からはルドルフ皇帝がレースに出場している事態に熱い実況の言葉が投げられている。

 そして、拡声器の取り付けられた頑丈な柱とルドルフの間に、遮蔽物は一切存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「おやおや、やられちまったのかい。情けないねぇ、幻影(ファントム)の名を語るほどのもんが」

 

 レース会場から十キロほど離れた岩山の高台に、一体のゾイドが尻尾を向けて立っていた。

 二足歩行の前傾姿勢をした小型の恐竜型ゾイドは、姿はレブラプターやガンスナイパーに近いものがあった。

 色は全体的に白く、ガンスナイパーよりも足は細い。全体的にスマートな印象を抱かせる、そんな機体だった。

 

「さぁて、仕事を果たすとするかねぇ」

 

 そのゾイド――スナイプマスターは脚部に折り畳み式の盾を搭載しており、腕先には硬い棒をそのまま武器にしたトンファーを追加している。背部のレーダーパックの横に小型のビーム砲を増設してあり、スナイプマスター本来が得意とする遠距離からの射撃に加え、不意の遭遇戦に備えた改装が施してある。

 スナイプマスターA(アクティブ)S(シールド)。それが、この機体に付けられるはずの形式名だった。

 

「さぁて、あたしの新しい相棒よ。あんたの力を見せてくれるかい?」

 

 スナイプマスターの尻尾が狙いを定め、照準はシンカーレース会場の柱に合わせられる。僅かに横にずらし、跳弾の反射角を調整。会場にひそかに取り付けられたモニターは、ルドルフの現在地を克明に示している。

 

「恨みなんてものはないけど、こいつがあたしの仕事なのさ。じゃあね、陛下」

 

 老婆の皺だらけの指がトリガーを引く。ほんの小さな射出音と共に一直線に飛んだライフル弾は――虚空に放たれたビーム砲に迎撃される。

 

「へぇ」

 

 老婆はそれを鼻で笑い、連続して次々と発射する。

 発射の衝撃でずれた照準を素早く直し、次々と放たれる弾丸は、しかし鋭い射撃に撃ち落とされていく。

 ほんの小さな弾丸を撃ち落とすとは、邪魔をする相手は相当な手練れだ。

 

 だが、老婆はその相手に驚きはしなかった。いずれはこの時がやって来ると、知っていたのである。

 そして、その時はついに訪れたのだ。

 

「ふん。傭兵団なんか作って、すっかり管理職が板についたんじゃないかって思ったんだけどねぇ。全然、むしろ前よりキレがいいよ。流石は、あたしの一番弟子だ。出来そこないの連中とは大違いさね」

 

 射撃を止め、スナイプマスターは両腕のトンファーを展開し警戒を強めながらオレンジの眼光を放つ。

 ゆっくり、一歩一歩距離を測る様にやってくる漆黒の雷獣に、スナイプマスターのパイロットは歓迎の声を上げた。

 

「久しぶりじゃないか、ローレンジ」

『どうも。久し過ぎて、あんたが本物か疑いかけちまったよ』

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、憧憬と悪夢をまとめてみたような複雑な表情を浮かべたローレンジは、じわりと一滴の汗を流し、数年分の苦痛をまとめて吐き捨てるように、老婆を呼ぶ。

 

 

 

『………………師匠(ファントム・リアリー)

 




 幻影の暴風(ファントム・ストーム)は前、中、後の三本立てです。

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