ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第101話:リーゼとフェイト

 獣の里(アルビレッジ)を飛びだしたフェイトは、寄る辺を失くして各地を放浪していた。

 勢いに任せて一人で飛び出したのは、ローレンジの元を離れたリュウジを追いかけての事だった。

 だが、それだけが理由の全てではない。

 はっきり言えば、今のローレンジの傍にはいたくなかった。彼の傍には、タリスが居るからだ。

 

 ――やだなぁ、わたし。

 

 ローレンジはフェイトにとって替えの無い、ただ一人の兄だ。血が繋がっていなくとも、二人の間にある信頼関係は、兄妹という言葉一つに集約されている。いつも一緒だ。ローレンジの傍に、隣に居るのは、常に自分であるという自負もあった。

 だが、最近はそんなローレンジと一緒に居ることが出来ない。

 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)を運営する上で、ローレンジには頭領としての役割がある。

 タリスやヨハンに手を貸してもらいながら、嘗てヴォルフも行っていただろう組織運営の指揮を執らねばならないからだ。それに加えて、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)で保護した寄る辺の無い孤児の世話も、片手間ながらこなしている。さらに言えば、リュウジの存在もあっただろう。

 ローレンジとフェイトが一緒に居る時間は、目に見えて減って行った。

 それは暗黒大陸の一件を経て以来、ローレンジの補佐役としてタリスが傍に着いて以来、比例するように減って行った。

 

 不満なのだ。

 ローレンジを支え、支えられ、共に生きて行くのは自分だったはずだ。なのに、どうしてぽっと出の彼女にその立場を奪われなければならないのだろう。

 

 フェイトは、ローレンジに倣ってか周りの微妙な空気感を感じられるようになっていた。

 周囲の様子を掴み、その中で絶妙に自分の居場所を確保する。そうやって、フェイトは先日までこの不満を抑えて来たのだ。

 

 だがリュウジが――傍目には師弟関係も同然であったリュウジが――ローレンジの元を離れた時、自分の居場所すらないように感じてしまった。

 リュウジが離れ、それについて諭したのはタリスだ。フェイトではない。まるで、自分の役割をそっくりそのまま全て奪われてしまったかのようだ。

 

 そんな想いから当てもなく飛び出し、せっかくだからリュウジと一緒に行動しようにも彼すら見つからない。そして、フェイトはただふらふらと各地をうろついていたのである。

 他にすべきことがなかったわけではない。

 実を言うと、暗黒大陸から帰還して以来、ずっと気にかかっていることがあった。

 それは、声だ。音はなく、当然声色も分からない。誰が呼びかけているのかも分からない。だが確かに聞こえるのだ。

 

 「来い」と。

 

 その探索も、思わしくはなかった。かろうじて届いた言葉から、自分が肌身離さず持っている母のノートに手掛かりがあるのではと感じてはいる。だが、結局はそこからも突破口は見いだせない。

 結局のところ、目的が無いも同然に、放浪するしかなかった。

 

 その日々に転機が訪れたのは、奇しくもレイヴンとバンの戦いだった。

 ローレンジに倣い、アンテナを高く保つべく情報収集に出ていたフェイトが耳にしたことは、共和国基地でバン、トーマ、アーバインを筆頭とする共和国部隊が、ジェノブレイカーを駆るレイヴンと正面から激突した事だった。

 

 すぐに現場へと向かったフェイトだったが、たどり着いた時は全て終わった後だった。

 バンが敗北し、行方を眩ました。そこでフェイトは独自にバンの捜索を始めた。バンなら――いや、バンと傍にいるだろうフィーネになら、今の自分の気持ちを打ち明けることが出来るのではないか。そう思って。

 そうしてたどり着いたのが、ノーデンスの村だ。

 

 バンと再会したフィーネを見て、すぐに自分も出て行こうと思っていた。だが、感極まってバンに抱き着くフィーネを見た時、なぜか胸の中がちくりと痛んだ。

 

 バンとフィーネは信頼し合ってる。例え離れたとしても、その信頼は強く、ゆるぎない。

 振り返って、自分はどうだろう。ローレンジの元を離れ、一人ふらふらとしている。フィーネにできていることが、自分にはできない。

 友達で、同じ悩みを抱えているだろうフィーネと、決定的に違うそれを目撃し、どうしても自分を顧みてしまう。フィーネは出来るのに、自分は出来ない。

 

 今会ったとして、一体何を話せばいいのだろう。そう思ったら、自然と足が遠のいた。

 

 そして、バンたちから隠れるように森に入った。シュトルヒで空を逃げればいいのかもしれないが、それでは目立つ。ひっそりと、見つからないように、シュトルヒで鬱蒼とした森の中を歩いた。

 

「……はぁ。……ん、なんだろ?」

 

 野営の準備を始めたところで、フェイトは何かの羽音を耳にする。不快な、小さな虫の羽音のようだ。

 一度抱いた不信感を無視できず、フェイトは慎重にその羽音の元を辿った。

 狂ったように飛び回る羽虫の群れを見つけ、その中心へと近づいて行く。

 そんな中、フェイトの脳裏には不思議な光景がフラッシュバックしていた。少し前に目にしたノーデンスの村で暮らす少女。その幸せな、しかし一転して凄惨な過去。一歩踏み出すごとに羽虫がフェイトの頭にしがみ付き、追体験するかのように記憶が脳裏に焼き付いて行く。

 

 やがて見つけたのは、蒼い髪に蒼い目の少女だった。中世的な顔立ちで、男女の判別がしづらいが、フェイトには一目で彼女が少女と判断できた。

 青い少女は、焼き付いて行く記憶と、そっくりだったから。

 

「ねぇ、……大丈夫?」

 

 自然とあふれ出た涙を湛え、フェイトは彼女に声をかけた。

 

 

 

***

 

 

 

 リーゼが抱いた感情は、驚愕と疑惑だった。

 現れたフェイトは、ヒルツより指示のあったように、リーゼたちの計画に必要な力を秘めている。そのはずだ。

 リーゼにはヒルツがどういった目的の元に動いているのかは、実はよく知らない。

 とてつもない破滅の力を復活させることが、ヒルツの目的へ至る道筋の途中にあり、その過程にリーゼが目の仇とするバンたちの排除がある。リーゼがヒルツに協力しているのは、ひとえに利害の一致からだった。

 いや、それだけなのだろうか……。それは、リーゼですらよく分かっていない。

 

 ただ、目の前にすべきことの一つに関わるフェイトが居ることは、予想外と言えば予想外であり、この上ない行幸であった。

 だが、リーゼは動けない。目いっぱい涙をためたフェイトに、なぜそんな顔をしているのか問うこともできない。思考は停止し、ただ二人は見つめ合った。

 

「……あなたのことは、ロージから少しは聞いたよ」

 

 やがて、溜まった涙を拭い取ったフェイトが口火を切った。

 

「とってもとっても辛い想いをしてきたって、ロージが話してくれた限りは、知ってる。共和国に捕まって、酷いことをいっぱいされたんだよね」

 

 フェイトは一言一言、言葉を選ぶように視線を惑わせながら話した。

 自分の過去を知られた。別に、驚きはしなかった。

 ローレンジは、以前リーゼを共和国の基地から連れ出そうとしたことがある。そのことからも、彼がリーゼの凄惨な過去の一部始終を知っているのは分かっていた。そして、彼の傍にいただろうフェイトがそれを知っていても、別段おかしいことはない。

 

「とっても嫌な目にあって、嫌になっちゃったんだよね。それで、バンやみんなにも酷いことをしちゃうの?」

「ああそうさ。あいつらは、僕らと同じ運命をたどるはずだった。なのに、どうして僕らは悲劇(サイアク)で、あいつらが幸せを掴めるんだ。どうして、僕らはダメだったんだ。そんなの認められる訳ないじゃないか!」

「それってさ、ただの八つ当たりだよ」

 

 フェイトは、辛辣に言い放つ。

 この場に居たのがもしもローレンジだったら、同じことを言っただろう。まだ幼いものの、フェイトの目はヒルツがローレンジを誘おうとした時の、はっきり否定したローレンジのそれにそっくりだった。

 

「あなたが辛かったのは、良く分かってるつもりだよ。幸せだったのに、住んでいた村から追い出されて、大切だった男の子も殺されて、何もかも失った。でも――」

「うるさい! 少し知った程度で、解ったような口を利くな! 僕のあの日々がどんなものだったか、お前には分からないだろうさ! 小さな村で、不自由なく毎日を無駄にしていた君にはね!」

「……」

「あの村は僕を売ったんだ。村の安全とか体の良いことを言って、得体の知れない僕を捨てたんだよ。あの臆病者の村長も、ライン(ねえさん)もね! 最後まで僕の味方で居てくれたのは、ニコルだけだ!」

「そ、それは違うよ。ラインさんはすっごく悩んでたよ! 教えてくれたもん、夢幻竜騎士隊(チームドリームドラゴン)の仲間を失くした時、あなたと重なって許せなかったって! ラインさんは、ずっとずっと悩んで」

「知ったようなことを……! 解ったような口を利くなって言ってるんだ!」

 

 リーゼの激昂に触れた羽虫たちの動きが一層激しくなる。リーゼとフェイトを包み込むように飛び回り、高速で旋回する虫たちの動きに従って木々の枝葉が落とされていく。

 

「結局、ノーデンスの村で僕を必要としてくれたのはニコルだけだった。ニコルの傍が、あの村での僕の居場所の全てさ」

 

 リーゼは乾いた笑みを張り付けて言った。少しずつ、羽虫たちの動きがおとなしくなり、リーゼの傍に控えていく。

 

「そうそう、ヒルツがさ、目的のために君を捕まえろって言ってるんだ」

「ヒルツ……?」

「ああ、あいつは君を欲してる。その役目を、僕に振ったんだ。僕は、少なくとも今は、ヒルツに必要とされてるんだ」

 

 フェイトは一歩後ろに下がった。涙は止み、代わりに額から汗が流れ、頬から腐葉土へと流れ落ちる。

 

「八つ当たりで構わないさ。僕は、バンとフィーネ(あいつら)が許せない。だから、これからもあいつらと戦い続ける。それにヒルツから必要とされてる。僕が今やることなんて、それだけ分かってれば十分じゃないか」

 

 リーゼの脳裏に最悪な日々の記憶が蘇る。身体にも、記憶にも刻み込まれた苦痛と孤独の日々は、リーゼが狂わせ、破滅させるに十分だった。

 生きる意味を見失わせるには、十分過ぎた。

 

『これで自動操縦(スリーパー)の技術は完成です。……もう()()()()でしょう』

 

 地獄のような日々の中で、一人の研究員がポツリと呟いたその言葉が、とても辛く、胸を切り裂くようだった。

 

「せっかくだ。ゲームでもしようじゃないか。今から一分、ここで待っててやる。その間に、ゾイドに乗ってとっとと逃げるんだな。一分経ったら、僕は君を追いかける。捕まらないよう逃げるんだね」

 

 壮絶な笑みのまま、リーゼはそう言い放った。

 

 

 

***

 

 

 

 これ以上の説得は無理だ。

 フェイトは、すぐにそれを察した。

 

 マリエスを説得した時とは状況がまるで違う。リーゼはフェイトの話を聞いてくれるような人物ではなく、説得の材料になる付き合いも二人の間にはない。

 だから、すっぱり諦めるしかなかった。

 

 リスクを冒すからには、失敗した時の負債を背負うことを前提に行動しなければならない。

 以前ローレンジから教えられたそれを思いだし、フェイトはすぐさま逃走に移った。

 

 ――でも……。

 

 迷いはあった。リーゼに近づいた時、彼女の周囲を飛び回る羽虫を通じて脳内に送り込まれた記憶は、確かにフェイトに刻み込まれている。それを想えば、リーゼの精神(こころ)を助けてあげたいと思うのは当然だ。

 だが、フェイトにはもはやその術がなかった。

 

 ――急がなきゃ。

 

 リーゼには待つ気などない。

 八つ当たりでも、やけくそだろうと関係ない。暴走する彼女の気持ちと、その矛先が自分に向かっているのは明確だ。

 

 真っ暗な森の中を記憶を頼りに駆け抜け、シュトルヒのコックピットに転がり込む。

 

「お願い、急いで!」

 

 助けを求めるように声を上げ、シュトルヒを起動させる。シュトルヒはそれに応えるように短く鳴き、翼を一振りして空へと舞いあがった。

 一気に高度が増し、重力がフェイトの華奢な身体に叩きつけられる。身体にかかる重力がグンと強くなり、次いで上空で姿勢を正し、上昇速度を抑えると反動で胃の中身が持ち上がってくる。

 

 乱暴すぎる起動と上昇だが、それを悔いる暇はない。シュトルヒが上昇してすぐ、森の中からパルスレーザーライフルが夜闇を切り裂く閃光のように放たれたからだ。

 どうにか機体を前に押し出してそれを回避するも、空中での姿勢は一気に崩れた。

 

「うっ、……この、くらい! 頑張って!」

 

 フェイトの操縦技術は、ローレンジには遠く及ばない。獣の里(アルビレッジ)ではリュウジとの戦闘訓練を行ったりしているが、すでに越されていると言ってもいい。

 シュトルヒの操縦にしても、フェイトは相手を倒すことに重点を置いてはいない。躱し、逃げきる。戦いを回避する。あるいは相手の隙を窺う受け身の姿勢がほとんどだ。

 リーゼとスペキュラーの駆るサイコジェノザウラー相手では、機体性能は当然のこと、操縦技術の面からでも遠く及ばなかった。陸戦と空戦というアドバンテージを有していても、その差は埋まらない。

 

 地上からサイコジェノザウラーのパルスレーザーライフルの光弾が次々に襲い来る。それをどうにか躱し、崩れたバランスを何とか安定に引き戻す。

 だが、射線から逃れるたびにバランスは大きく揺らいだ。躱そうとすれば機体が揺れ、その度に左右どちらかに傾いてしまう。

 

 ちらりとノーデンスの村の方を見た。行方不明だったバンが発見されたのは昨夜のことだ。バンが負傷していたこともあり。彼らはすでに引き上げてしまっただろう。村に助けを求めると言う案は、即時却下するほかない。

 

 ――どうしよう。このままじゃ逃げられない。

 

 リュウジを探して放浪していたフェイトは、補給も満足にできない状態だった。全速力で逃げるとして、その後が続かない。

 サイコジェノザウラーは陸戦ゾイドとしては破格の機動力を得ている。ジェノブレイカーには及ばないものの、ジェノザウラーよりも上だ。シュトルヒが高速飛行ゾイドと言えど、燃料が少ない状態で振り切るのは容易ではない。

 

「――あっ!?」

 

 シュトルヒの右翼がレーザーライフルに破壊された。

 思考に時間を割き過ぎた。その後悔は、僅かに遅い。

 

 空中での機体制御の中核を成すマグネッサーシステムの方翼が破壊され、シュトルヒは堪らず大地に墜落する。どうにか片側で着陸の体勢を作り、両脚から大地に降り立つも、やはり不時着は不可能であった。つんのめり、ひょろりと伸びた首とその先のコックピットから大地に投げ出し、シュトルヒは倒れ込んだ。

 

「う、痛い……」

 

 倒れた時に頭を思いっきり打ち付けた。それで蹲っている場合じゃないのはフェイトが一番よく分かっている。

 少し切ってしまったのか、額からは血が流れている。それを意識的に無視し、フェイトはシュトルヒから転がり出る。

 

『つーかまーえた』

 

 だが、そこにサイコジェノザウラーが現れる。

 

『立てよ、鬼ごっこは終わりさ』

 

 投げ捨てるように言うリーゼを睨む。

 

『……なんだよ。その眼は。僕が恨めしいのかい?』

「ううん。ムカついてるの。自分ばっかり悲嘆して、不幸なのは自分だけだと思ってるあなたが、本当にイライラする」

『なんだって……?』

「そうでしょ。ロージも、ヴォルフさんも、バンやフィーネだって、いっぱい悩んでいっぱい苦労して、それでもがんばって幸せになろうとしてるの。なのに、あなたは人を恨むだけ。自分が幸せになろうと努力しないんだもん」

『うるさい! 今の言葉だって、どうせローレンジ(あいつ)からの受け売りじゃないのかい? 自分は分かってないくせに、口だけは達者なんだ。……もういい』

 

 サイコジェノザウラーが腰を落とした。口を開き、口内の砲塔におびただしいエネルギーが集束していく。

 

『ヒルツのことなんて、今はどうでもいい。お前は、僕の前から消えろ』

「結局、逃げるんだね」

『こいつ……!』

 

 サイコジェノザウラーに溜め込まれたエネルギーは、すでに抑えきれないほどだった。砲塔の前で球体を成したエネルギー体からは、チロチロと荷電粒子がこぼれ出ている。

 

『もう、これ以上、僕を混乱させるな! 古代ゾイド人のできそこないがっ!』

 

 リーゼが叫んだその時、フェイトは今までにない表情を浮かべた。顔から表情が滑り落ちたような、存在を否定された時のような顔だった。

 

 

 

 

 

 

 荷電粒子砲が撃ち放たれ、フェイトはその光の中に消える――はずだった。

 

 荷電粒子砲は、サイコジェノザウラーが足元からバランスを崩した影響で明後日の方向に吐き出され、夜闇を一瞬赤く染める。

 

『誰だ!』

 

 リーゼが叫ぶ。それに応えたのは、若い男の声音だった。

 

『あんたを捕まえに来たのさ』

 

 その声は、フェイトにも覚えがあった。

 

『まったく、行方不明の同僚を探してみれば、どっかで見たことある子がどうしてこんなとこで危機に陥ってるかな』

 

 サイコジェノザウラーを体当たりで突き飛ばし、流れるようにその片足に鋭い牙を突き立てる。牙を通じて流れ込むレーザー波がサイコジェノザウラーの内部を焼き、ダメージを与えつつ牙を抜いて引き下がった。

 そのままサイコジェノザウラーを押し飛ばすと、黒玉(ジェット)獅子(ライガー)はシュトルヒを守る様に立ち塞がる。

 

『俺はヘリック共和国高速戦闘隊所属、レイ・グレックだ! あんたをガイロス帝国、ヘリック共和国への反逆行為の疑いで拘束する!』

 

 

 

***

 

 

 

 偶然見つけた戦場に駆け込んだレイは、冷汗を垂らしながら様子を窺った。

 奇襲でダメージを与えたものの、相手はあのジェノザウラー、その強化タイプだ。シールドライガーの数倍の力を持っているといわれるDCS-Jであろうと、易々と勝てる相手ではないのは百も承知。奇襲は成功したものの一瞬の油断が命取りである。

 

『レイさん、なんで……?』

「単独任務だよ! こっちの方で『蒼い悪魔』が目撃されたからって言うから、手が空いてた俺が派遣されたんだ。信憑性も低かったからな。ついでに、無茶しやがった同僚(バン)の捜索もやって、その果てに何で君がここに一人でいるのか、こっちが聞きたいな!」

 

 フェイトの疑問を、それ以上の怒声でレイは掻き消した。

 そして、サイコジェノザウラーをシールドライガーDCS-Jのキャノピー奥にある瞳と己の瞳で鋭く見据えた。

 正面から戦って、勝ち目は薄い。

 バンのシールドライガーは、嘗てジェノザウラーに惨敗を喫した。DCS-Jはノーマル機よりも数段力が上であるといえど、同じように相手の力も高まっている。埋められるとするなら、それはレイの操縦にかかっている。

 

『レオマスター……? ちょうどいいじゃないか。今は、何も考えずあんたたちを消し去ってやりたい気分なんだ!』

 

 サイコジェノザウラーは再び荷電粒子を集束、数秒でチャージを完了させ、解き放った。

 対するシールドライガーDCS-Jは背後にシュトルヒが控えている以上、回避するのはシュトルヒを犠牲にしてしまう。

 

「行くぞ!」

 

 レイはEシールドを展開させ、真正面から飛び込んだ。当然荷電粒子砲が正面からシールドライガーDCS-Jに突き刺さる。しかし、荷電粒子砲はEシールドに直撃すると同時に、シールドライガーの斜め右上にいなされ、明後日の方向へ柱となって立ち昇った。

 Eシールドを若干斜めに構えることで、叩きつけられる荷電粒子砲の高圧エネルギーの逃げ道を作ったのだ。バン・フライハイトの戦闘データを基にした、対荷電粒子シールドを搭載していたことも、一撃をいなしきる事ができた要因だろう。

 

 必殺の荷電粒子砲を、バンとはまた違うやり方で凌ぎ切ったレイの行動にはリーゼも僅かに怯みをみせた。

 そのわずかな隙にレイはシールドライガーDCS-Jを急停止させる。腰を落とし、高出力のビームキャノン砲を機体横に展開すると、足を深く落として放出した。

 高速ゾイドに搭載するにはいささか重量のあるビームキャノン砲から放たれた高圧ビームは、狙い違わずサイコジェノザウラーの頭部目がけて突っ込む。荷電粒子をチャージしていない時ならば、誘爆からの機体爆発を避けられると踏んだのだ。だが、機体を行動不能に追い込むならば十分だろう。

 リーゼを捕縛することを最終目標とするレイの「加減」が見られたそれに、リーゼは舌打ちする。

 簡単には勝てない。

 リーゼがそれを自覚するには、たった一度の攻防でも十分過ぎた。

 

「すでに援軍も要請してある。付近に居るのは俺に匹敵するゾイド乗りたちだ。このまま戦うなら、おたがい覚悟は決めないとな」

『……逃げろ、って言ってるのかい?』

「いいや。俺は、ここであんたを捕まえる覚悟だ」

 

 レイのセリフには、それが嘘偽りではないと判断させるだけの覚悟があった。

 

『そうかい。どうやら、あんたとは分が悪いみたいだね。ここは退いてやるよ』

 

 サイコジェノザウラーはゆっくり、地面から少しだけ浮上すると、そのまま反転して去って行く。

 それを警戒体勢のまま見送り、逃げ去ったことを確信するとレイは大きく息を吐いた。

 シールドライガーDCS-Jから跳び下り、フェイトの元へ駆け寄ると両肩を掴んで目線を合わせるようにしゃがみ、厳しい声音で言った。

 

「フェイト! こんなところで何やってるんだ! しかも一人で。君がお転婆なのは知ってるけど、いくらなんでも度が過ぎる」

「……ごめんなさい。でも」

「でもじゃない。……はぁ、心臓が止まるかと思った」

 

 レイとフェイトは暗黒大陸でのギルベイダー撃墜の際、出会っている。その後、幾度か交流もあり、フェイトにとっては、共和国軍に属する兵士の中ではパリスやバンと同じくらい親しい相手だ。

 それはレイにとっても同じであり――レイからすればフェイトはまだ幼い子ども。軍人であり、大人である自分が危険から遠ざけてやるのは当然の義務と感じている。

 

「あのシスコン兄貴はなにやってるんだ……」

「シスコン?」

「あー、いや、まぁ気にしないでくれ」

 

 そんな言葉をフェイトに吹き込んだと知れれば、件のシスコン兄貴(ローレンジ)にどやされるのは目に見えていた。

 

「で、君はどうしてこんなところに? ローレンジは?」

「あ、うん、その……」

 

 フェイトはきまり悪げに視線を逸らす。その態度から、ローレンジと兄ごとかあったのだろうことは容易に想像できた。

 

「とにかく、こんな国境付近の場所に居るのは危険が高い。さっきの奴みたいに、国境線は妙な奴らが増えて来てるんだ。君のことはこれから俺が獣の里(アルビレッジ)まで送って……」

「それはダメ!」

 

 レイの提案をフェイトは真っ向から否定した。急な態度の変容に、これはただごとではないとレイも察する。

 

「……あー、なら、近くの帝国基地にまで送って行こう。今そこにはバンが入ってる。あいつもボロボロらしいけど、少なくとも安全は――」

「……ごめんなさい。今は、バンやフィーネとも会いたくない」

 

 肩を落とし、ポツリと呟くフェイトの姿は今までに見たことが無かった。

 フェイトとしては先ほどバンたちの前に出て行けなかった時のことが逡巡されており、それ故気まずいのだが、それがレイに伝わることはない。ただ、断片的にそれを察せられる程度だ。

 

 一方のレイは、頭を抱えたくなった。

 彼女(フェイト)の交友関係は、本人が語った程度しか知らない。ともすれば、残るは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の面々だが、ローレンジがダメとすれば、彼と密接に関わる彼らにも望みは薄い。

 フェイトをどうすればいいか。強引にでも連れていければいいのかもしれないが、ここまで落ち込んだフェイトを見るのは初めてで、レイは腫物を触るような気分だった。

 正直、どうすればいいのか分からない。

 

「そうだな。……君は、どうしてこんなとこ一人でなんだ?」

「…………」

「言いたくないか。それじゃあ、何かやろうと思っていたことはないのか?」

「……それは、ある」

 

 一途の突破口が見えてくる。目的があるなら、そこからどうにか彼女を保護する方法が見いだせる筈だ。

 

「私、ロージのとこから出てっちゃったリュウジを探してるの」

「リュウジ……、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の隊員じゃぁないよな。……あ、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)のメンバーなのか?」

 

 フェイトは小さく頷く。

 

「ロージの弟子、なんだけどさ。ちょっとうまくいってないみたいで、出てっちゃったの」

「それで、彼を追いかけた、と」

 

 フェイトはもう一度小さく頷いた。

 ふと、レイは違和感を覚えた。フェイトの言葉にではなく、自分にだ。ローレンジの弟子である少年を追いかけ、彼の元を飛びだした。ということは、俗な予想が組み上がっていきそうだ。それを不快に思ってしまう自分がいる。

 

 ――はぁ、そんなこと考えるとか、パリスさんやブルーガーさんの所為だな。

 

 色恋沙汰に目が無い軍の同僚、知り合いを思い浮かべ、レイは小さく肩をすくめた。

 

 それよりも、この先をどうするかだ。フェイトはローレンジに似て頑固だ。周りには柔軟な発想や思考を持っているように見せかけ、その実自身の欲に忠実。一度決めればてこだろうと、荷電粒子砲を叩きこまれようと、その決意を変えることはない。

 

 レイはフェイトに少し待っているように言い、通信端末を取り出した。

 

「……はい、こちら単独任務中のレイ・グレックです。青いジェノザウラーの件ですが、……ええ、取り逃がしました。ですが、向こうのパイロットとの接触は成功です。これから追跡に入ります。許可をお願いします」

 

 軍部に連絡を入れ、しばらくの単独行動の許可を申請する。もちろん真っ向から否定されるも、レイは粘り強く交渉を続け、なんとか許可を引っ張りだす。これでボウズのまま帰ったら、大目玉の上に破り捨てたくなる始末書の山は確定だろう。

 

「……しばらく自由行動できるよう許可を貰った」

 

 レイの言葉に、フェイトははっと顔を上げた。信じられないようなものを見るような、だが、真実だと分かって目を輝かせる。

 

「君がそのリュウジって子を探して、その間知り合いに会いたくないって我侭を今回は通してあげる。ただし、それには俺が同行する。これだけは譲れない。分かったか!」

「うん! レイさんありがとう!」

 

 最後に強く、若干怒っているように声を荒げて言うも、そこは効果が薄かったようだ。フェイトは目を輝かせて何度も首を縦に振り、方翼を失ったシュトルヒへ駆けこむ。リュウジを探すよりも前に、まずはその修復だろう。

 近くに民間ゾイド整備工房のシルバーファクトリーがあるはずなので、まずはそこへ向かうこととする。

 

「おっと、先に連絡を入れておくかな」

 

 レイもシールドライガーDCS-Jに乗り込み、フェイトには聞かれないよう機体同士の通信を遮断しつつ、ある場所への通信回線を開く。

 

「ヘリック共和国軍高速戦闘隊、レイ・グレックです。――ええ、お久しぶりですね。タリス・オファーランドさん……」

 

 


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