ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 今回は、過去語りです。


第100話:記憶の少年

 ここが奴らの墓場さ。

 そう言い放ったリーゼは、意気消沈した様子でレイヴンの前に現れた。ただバンたちを仕留め損なったにしてはショックが大きいように見える。何かあったのだろうか。

 そう思いつつ、レイヴンの口から出たのは、皮肉にしかならなかった。

 

「奴らを、仕留め損なったようだな」

「うるさい! 僕に構わないでくれ!」

 

 いつもの余裕も、嘲笑の笑みもなく、何かに打ちのめされた様子のリーゼには、流石にこれ以上の言葉はかけられない。痛烈な言葉を吐き捨てて去って行くリーゼの背を、レイヴンは言葉無く見つめていた。

 今まで見たことの無いリーゼの様子は、レイヴンに何か慰めの言葉をかけねばならないのではと思わせた。だが、その言葉が見つからない。普段互いに皮肉と嘲笑うことしかなかったが、今日ばかりはそれも憚られてしまう。

 利用し合う――歪な協力関係にあったせいだろうか。いつになく自分とは思えない思考が脳裏を過る。

 こんな時、どのようなセリフを吐けばいいのだろう。生憎、レイヴンにはそれを達せられる言葉も何もなかった。

 

「…………ん?」

 

 思考しながらリーゼを見つめ続けたレイヴンの視界に、何かが映った。レイヴンが居るのは、何もない荒野だ。ただ、視界の右端に岩場が見えた。リーゼのサイコジェノザウラーはあの辺りに止まっている。その付近で、何かが瞬いた。次いで、ゾイドのような小柄な影も見える。

 

「あれは……?」

 

 それがなんなのか。結局確かめる気も失せたレイヴンはその場を去った。そして、レイヴンの去った後、偶然の戦闘が始まることとなる。

 

 

 

***

 

 

 

「うるさい! 僕に構わないでくれ!」

 

 苛立ちながら言い捨てるリーゼに、レイヴンは言葉をかけるでもなくその後ろ姿を見つめていた。だが、やがて興味を失くしたように背を向け、歩き出す。その態度に、リーゼはなぜかますます苛立ちを募らせた。

 

 ――くそっ! どうして、どうしてなんだ!

 

 理由の分からない苛立ちは収まることなく、リーゼの中で暗雲となって立ち込める。心配そうに覗き込むスペキュラーに愛想を返すことも出来ず、リーゼはふと振り返った。

 視線の先には一つの村がある。嘗て平和だった、しかし悲劇が起こり、二度と帰ることはなかった村だ。

 あの村には、今バンとフィーネが居る。レイヴンと戦い、敗れたバンは村にたどり着き、奇跡的に一命を取り留めた。危機に瀕したが、どうにか命を拾い直したのである。そして、その奇跡を起こしたのは、すでに死んだはずの少年だった。

 

 ――どうして、なんで僕の邪魔をするんだ!

 

 見上げた空には、星空が瞬いている。輝く星々の中に、その中に居るかもしれない嘗ての少年を想って、リーゼはその名を溢す。

 

「……ニコル…………」

 

 リーゼの周囲には、彼女の感情と同じくして不安定になったダブルソーダ野生体が飛びまわり、それはリーゼがサイコジェノザウラーの傍に戻ってからも同様だった。

 

 

 

***

 

 

 

 目を覚ました時、真っ先に視界に入ったのは、一人の少年だった。まだあどけない、年は十を超して少しした辺りだろうか。

 

「ねぇねぇ! 君、名前は?」

 

 はきはきとした声で言った少年はこれ以上ないほど目を輝かせていた。そのまばゆい瞳に映る自分は対照的に全くの輝きを有していなかった。

 

「あ、いきなりごめんね。僕は――」

 

 少年は一旦言葉を詰まらせ、だが、変わらぬ笑顔で言った。

 

「僕はニコルっていうんだ! ね、君は?」

 

 ニコルという少年は、一切の邪気を感じさせない笑顔で笑った。その顔を見ると、自分の中の警戒心や、何もわからない恐怖といった者が洗い流されていくような気がする。彼になら、気を許して話せる。

 だから、青髪の少女は、ゆっくりと唇を動かし、唯一覚えているその名を呟いた。

 

「……リーゼ」

 

 

 

 

 

 

 ニコルに連れられてやって来た村は、どこにでもある長閑な村だった。村の外側には田畑が広がり、木造の家々が立ち並ぶ。村の背後の小山によりそうような、長閑で小さな村だ。

 息せき切って走るニコルに手を引かれ、リーゼは村の道をはだしで進んだ。遺跡のカプセルから目を覚ました時、リーゼは何一つ身に着けていなかったのだ。今はニコルに貰った布を羽織っているものの、このままでいる訳にもいかない。そこで、ニコルがある人物から服を借りようとしたのだが。

 

「おっかしいなぁ、何時もならこの辺に……」

 

 ニコルがやってきたのは、村のゾイド格納庫だった。村の自警用として、また戦時中である時世、補給物資を受け取る運搬用に利用されているゾイドが置かれている場所だ。

 きょろきょろと辺りを見渡し、ニコルはふらふらと格納庫を進む。その時だ。

 

「こらぁ! ニコルっ!」

 

 怒気を含んだ怒鳴り声と共に、一体のゾイドが格納庫に駆け込んできた。細い脚に身体。突けば倒れてしまいそうな華奢な体格だ。頭部はそのままコックピットとなっており、そのひょうきんな顔立ちは愛嬌を抱かせる。

 元はゼネバス帝国で運用された歩兵ゾイド、マーダである。

 声の主はマーダのパイロットだ。

 コックピットを開き、颯爽と跳び下りたのは一人の女性だ。朱い炎のような長髪で、そのきつい表情は彼女の勝ち気な性格を如実に表している。

 

「あ、ねぇちゃん!」

「まったく、朝っぱらからどこに行ってたんだい。親御さん心配してんだよ!」

「えへへ、ゴメンって」

「どうせまた遺跡に行ってたんだろ。あそこは崩れやすいから行くんじゃないって何度も――」

 

 口うるさく愚痴り始めた女性は、そこでニコルの背後に立つリーゼに気づいた。「おや?」といぶかしげな表情を見せる。

 

「その子は?」

「あ、この子はリーゼ。すごいんだよ! あの遺跡にあったカプセルの中から出ていたんだ!」

「カプセルからぁ?」

「ホントだよ!」

「ふーん……」

 

 胡散臭げに女性は腰を落とし、目線をリーゼと同じ高さに揃えて覗き込んだ。疑われている。その恐怖から、リーゼはすっとニコルの後ろに隠れた。

 

「ねぇちゃんの顔が怖いから、リーゼが怖がってるよ」

「なんだって! って、あ……あーごめんごめん。怖がらせようとは思ってないよ。さすがに、信じがたいからねぇ……。って、あんた服持ってないの? 孤児かなんか?」

「だから! 遺跡のカプセルから――」

「――あー分かった分かった、信じるよ。言ったら聞かないんだからねぇ」

 

 やれやれと女性は肩を竦め、目を細めた。それで、勝気な印象の中にある優しげな彼女の本心が覗ける。

 

「あたいはライン。ライン・ホーク。よろしくね、リーゼ」

 

 ラインの笑顔に少し警戒は薄れた。リーゼは恐る恐る近寄り、きゅっと差し出された手を握る。

 

「うんうん。素直ないい子だよ。さて、ついて来な。あたいの昔の服を貸してあげるよ」

 

 ラインはマーダから一緒に下ろした鞄を肩に下げ、さっさと歩き出す。それに、リーゼとニコルも続いた。

 

「ニコル。あんたは先に家に帰る」

「なんで!」

「親御さんに顔見せてきな! 心配してあたいに泣きついてきたくらいだ。さっさと無事な顔見せてくる。そら、行った行った」

「でも……」

「あんたまさか、女の子の着替えを覗こうってんじゃないだろうねぇ……?」

「そ、そんなつもりないって!」

「じゃーさっさと帰るんだね。終わったらそっちに向かうから、その後は村長に挨拶だよ」

「……はーい」

 

 少しむくれつつ、ニコルは自分の家へと向かって行った。その背を見送り、ラインはリーゼに「行こうか」と声をかけると返事を待たずに歩き出す。リーゼは、慌ててその背中を追った。

 

「もうちょっとニコルと一緒に居たかっただろうけど、ごめんね」

 

 申し訳なさげに言うラインを、リーゼは無言で見上げた。

 

「最近、この辺りで共和国のゾイドを見かけたって噂なんだ。ここが戦地になるんじゃないかって、みんな不安なのさ。……まったく、いつまで戦争が続くのか」

 

 ため息交じりに漏れた、戦争という言葉が、リーゼの耳に強くこびり付いた。

 

 

 

 

 

 

 着替えを終えたリーゼはニコルと合流し、村長の下に出向いた。村長はその肩書き通りの年めいた人物で、初対面のリーゼにも警戒心をあらわにしていた。

 先にラインの語った戦争の影響だ。ことに、近くで共和国のゾイドが見られたという情報で、余計に神経質になっていたのだ。よそからやってきた――と思われる――リーゼの存在が村を壊滅に追いやるのでは、そんな被害妄想すら湧き立ってしまう村長は、リーゼを村に迎え入れることに懐疑的だった。だが、ニコルの熱心な訴え、村一番のゾイド乗りであるラインのとりなしもあり、どうにかリーゼは村で生活することを受け入れられた。

 預かりは、一人暮らしのラインだ。だが、リーゼは頻繁に家を抜け出してはニコルの下に出向いてしまい、終いにはニコルの両親も折れてリーゼを迎え入れることになった。

 

 村に居着いたリーゼはいつもニコルと一緒だった。村付近の山に入ったり、近くの遺跡を探索したり、遠出して川遊びに興じたり。

 二人はいつも一緒だった。当初は感情の発露が希薄だったリーゼも、ニコルと一緒に過ごすうちに笑顔を見せるようになった。それは、戦争に怯え、余所者を毛嫌いする意識が根付き始めた村にとって、全く新しい風が吹き込んだようだった。

 畑仕事に興じる者たちにも笑顔が混じり、近くの村とのやり取りをするゾイド乗りたちも戦争に関わる暗い話ばかりでなく、明るい話題を仕入れて村を活気づかせた。それは、村の向かう先が明るい未来へと舵を切り始めた瞬間でもあったのだろう。

 

 

 

 リーゼが村に居着いて、一ヶ月が経過した日のことだ。

 

「こらぁ! ニコル、リーゼ!」

 

 今日もニコルとリーゼは元気だ。昨日村を抜け出したことでラインから謹慎を命じられたが、まだ十にも満たない子ども二人がそれを守る訳もない。警戒の目を掻い潜って村を抜け出し、それに気づいたラインを振り切って遺跡へと走り込んだ。

 

「はぁはぁ……リーゼ、大丈夫?」

「……うん、ニコルは?」

「平気だよ。ここまでくれば、ねぇちゃんにも見つからないって」

 

 荒く息を吐きながら二人は顔を見合わせる。そして、我慢できずに吹き出し、笑い合った。

 二人が逃げ込んだのは、村の近くにある古代遺跡だ。リーゼがカプセルの中で眠っていた場所であり、ニコルが昔から遊び場としてきた場所である。

 

「リーゼ、今日はなにしよっか? リーゼの友達探し? それとも絵描き?」

「うん……、でも絵は昨日もその前もその前もやったよね」

「え、そうだっけ?」

 

 照れ笑いを浮かべながら側頭部をかくニコルにリーゼは微笑み返す。

 

「じゃあ遺跡の中の探検だね!」

「うん」

「さ、いこう!」

 

 リーゼは遺跡の中にあったカプセルから目覚めた。ならば、他にも似たようなカプセルが遺跡の中には眠っているのではないか。そのカプセルは、きっと同じ場所に居たリーゼの友達に違いない。それが、ニコルが考えた仮説だ。

 そこで、別のカプセルを見つけ出すために二人は遺跡の探索を続けているのだ。

 

「うーん。でもさぁ、この辺りはほとんど探しちゃったんだよなぁ……リーゼ、そっちは?」

 

 ニコルの問いかけに、リーゼは首を左右に振って返した。

 

「当てが外れたのかなぁ。リーゼのカプセルがあった近くなら絶対にあると思ったのに……」

 

 カプセル探しの起点はリーゼのカプセルがあったところだ。リーゼが入っていた小さなカプセルの脇にはもう一つカプセルらしきものがあったような痕跡はあるものの、何者かに持ち去られてしまったのか何もなかった。代わりに、少し崩れた遺跡の奥へと通ずる道が口を開いているのみである。

 もちろんその奥も探した。だが、穴の先は遺跡の反対側に通じているのみであり、その先は鬱蒼とした森林地帯だ。流石に準備もなしに突撃するのは無茶が過ぎる。ニコルはまだ十にも満たぬ年頃で、リーゼもおそらく同年代なのだ。無事に帰れる保証がない。

 

 二人は元のカプセルがあった場所に戻り、件の森への入り口に目を向けた。

 

「やっぱりさ、この先しかないよね」

 

 ニコルは意を決したように呟く。

 

「い、行くの? 怖いよ」

「大丈夫だって。そのために毎日探検用の道具を運び続けたんじゃないか」

 

 最近の二人は遺跡の探索をすることが多かった。だが、その探索も手詰まりを見せており、最近は絵を描いたりしながら時間を潰す日々だったのだ。しかしそれも今日で終わりだ。二人の前には、ホバーボートや食料など、探検に必要と思われるものが一通りそろっている。

 

「とにかくさ、これで行けるとこまで行ってみよう。だけど、あまり遅くなるとみんなに心配かけちゃうから、行くのは日が傾き始めるまで。オッケー?」

 

 ニコルの確認に、リーゼは神妙な顔つきで頷いた。

 

「よし、じゃあ行こう!」

 

 そして、二人は遺跡に空いた穴から裏の森へと踏み出したのだ。

 

 

 

 だが、その探検は予想を上回る形で決着を見ることになる。

 

「え?」

 

 遺跡から出た直後、二人は一機のゾイドに出くわしたのだ。

 真っ白の装甲を持つ、四足歩行の哺乳類型ゾイドだ。細い尻尾は鞭のようにしなっている。大きさは、ゾイドの中ではさほどではない。低めの体高に、細く華奢な脚が目立つ。だが、踏みしめる脚からはゾイドとは思えないほど足音が小さい。

 隠密専用のゾイド、ヘルキャットだ。

 

 ヘルキャットは二人を見つけると姿勢を低くし、じっとこちらの様子を窺っている。

 

「ヘルキャット? でも、色が白いって、どこかから逃げたのかな?」

 

 通常、ヘルキャットの色は黒と暗赤色が使われている闇夜に紛れる奇襲用ゾイドの特性を活かした暗色が主流だ。ニコルは多くのゾイドの絵を描いており、ゾイドごとに基本となるカラーも大体把握している。

 現れたヘルキャットは、ニコルたちのすぐそばまで近づくと、最後の力を失ったように倒れ込んだ。

 

「たおれちゃった……」

 

 呆然と見つめるリーゼを余所に、ニコルはすぐさまヘルキャットの足元に駆け込んだ。

 

「見てリーゼ。ここ、怪我しちゃってるんだ」

「どこ?」

「ほら、前足の付け根と足首。戦闘から逃げて来たのかなぁ」

 

 ニコルはヘルキャットの足の凹凸を伝ってコックピットまで上り、外側の開閉スイッチを操作する。リーゼも倣ってコックピットまで上がるも、その機構はよく分からない。

 

「分かるの?」

「ねぇちゃんに教えてもらったんだ。帝国のゾイドって、コックピットは同じものを使ってることが多いんだって。イグアンやゲーター、それに昔使われてた小型のゾイドとかさ。ねぇちゃんのマーダも同じだよ。レッドホーンだって、おんなじコックピットが頭の中に入ってるって聞いたし」

「みんな同じ顔なの? ゾイドは違うのに」

 

 どのゾイドも種類は違い、野生体の姿では同種でも微妙な違いがある。なのに、戦闘ゾイドとなると別種のゾイドとすら頭部は同じに見えてしまう。

 生産効率の理由があるのだが、リーゼには不思議でならない。

 

「あった!」

 

 コックピットに潜り込んで中を漁っていたニコルが歓声を上げる。

 ニコルは探し出したボタンを押す。すると、脚部の収納庫のハッチが開かれた。中には、ゾイドの簡易修理キットが収められていた。

 

「ニコル、治せる?」

「んー、分かんない。でも、ねぇちゃんに少しは聞いたんだなんとかできるかも」

「……動かないでね」

 

 取り出した修理キットを両手で持ち、ニコルとリーゼはヘルキャットの右前脚に向かった。

 ニコルが見よう見まねで処置を始めると、リーゼは囁きかけるようにヘルキャットを宥める。

 ヘルキャットは、リーゼの声が聞こえたのかおとなしく座り込んでいた。頭だけニコルたちへ向け、じっと待ち続ける。

 屈みこみ、悪戦苦闘すること数分。割れ砕け、細かなスパークを走らせていた足首の応急処置が完了する。

 

「すごーい」

「そ、そうかな。へへへ」

 

 ニコルは照れ臭そうに頬を掻き、今度は足の付け根部分に向かった。

 こちらは足首のそれよりも傷が大きい。おそらく、何者かに襲われた痕だろう。

 

「かなり複雑に壊れてるや。ねぇちゃんに見せた方がいいかも。でも、これで少しは動けるんじゃないかな」

「だって、どうかな?」

 

 二人が下りると、ヘルキャットは待ってましたと言わんばかりに立ちあがった。

 許しが出るのを待ちかねたように、右足をゆっくり稼働させる。持ち上げ、顔を洗う様にコックピットに擦りつける。そして、今度は顔をニコルとリーゼに近づけた。

 

「うわぁ!」

「きゃっ!」

 

 ヘルキャットは、まるで猫が舌でなめるように二人の顔の前を何度も往復させた。そして、徐にコックピットを開く。

 

「もしかして、乗れってこと?」

「なのかな?」

 

 ヘルキャットはじれったそうに前足で地面をかいた。気が変わらない内にと二人が乗り込むと、コックピットが締まり、ヘルキャットが立ち上がる。

 

「え!?」

 

 てっきり「操縦してみろ」と言われている展開かと思っていた二人は目を丸くする。

 ヘルキャットは、怪我の所為で走れなかった鬱憤を晴らすかのごとく、森の中を駆け始めた。

 

 

 

 

 

 

 森を抜け、荒野を走り――最高速ではないが――、辺りを一回りしてヘルキャットはやっと元の場所に帰ってきた。

 

「もう! しばらく安静にしてなきゃダメじゃないか! また傷口が開いちゃうよ!」

 

 ニコルの注意もどこ吹く風。ヘルキャットはまるで「知ーらない」とでも嘯いているかのように無視する。

 

「まったくもう……あ! お前今日ずっと一緒だったし、もう僕のゾイドってことでいいよね」

 

 ヘルキャットは満足げに前足で顔を擦る。それが、ニコルたちには了承の合図に思えた。

 

「やったぁ! 僕のゾイドだ!」

「ニコル、自分のゾイドが欲しかったの?」

「もちろんさ! 僕は、いつか自分のゾイドと一緒に惑星Ziを隅から隅まで旅するんだ! 風みたいにさ!」

 

 ニコルは操縦桿から手を離し、両手を広げて力説する。

 

「僕さ、ずっと冒険したかったんだ。大好きなゾイドに乗って、誰も見たことが無い景色を見に行くんだ! その時はさ、リーゼも乗せてあげるよ。僕が操縦するゾイドにさ! そうだ、コイツに名前を付けてあげなくちゃ」

「名前?」

「うん。ヘルキャットじゃ、ほかの同じ奴と被って嫌だもん」

 

 うんうんと悩み、いくつかの候補をあげるニコル。だが、どれもしっくりこないようで首をひねっていた。

 

「名前――チロルは?」

「チロル?」

「うん。ニコルのゾイドは、チロルがいいと思うな」

「チロル、チロル……うん、ぴったりだ。お前の名前はチロルだよ!」

 

 ヘルキャットは――チロルは満足げに小さく鳴いた。

 

「よーしチロル。今日はうまくいかなかったけどさ、今度は僕が操縦するよ」

「ニコル、操縦してたの?」

「やろうとしたんだけどさ、まだうまくいかないみたい。だから、今日はチロルが僕らを乗せて走ってくれただけだよ。僕はさ、僕のゾイドを僕が動かして走りたいんだ。そしたら、リーゼも一緒に旅をしようよ!」

 

 ニコルの言葉に、リーゼはほんの一瞬夢を見たような気がした。

 視界の彼方に向かい疾走する白いヘルキャット。それをたくましく成長したニコルが操縦し、その後ろにはリーゼが乗っている。

 リーゼがどこから来たのか、なぜ記憶がないのか。そんなことはどうでもいい。二人で、どこまでも広がる惑星Ziという世界を隅から隅まで巡るのだ。

 

「うん。絶対乗せてね、約束だよ!」

「約束する。いつか、僕のゾイドにリーゼを乗せてあげる!」

 

 立ち止まったヘルキャットのコックピットで。二人は指切りを交わす。

 若く、幼い小さなゾイド乗りの夢を、チロルが微笑ましい姿を見る年寄りのように、唸り声を洩らした。

 

 

 

***

 

 

 

 日はすっかり傾いていた。

 いつものように遊びに出ていたのだが、流石に遅くなり過ぎだ。

 さぞかし心配をかけているだろうと二人はチロルと共に村への帰路に就く。すると、その道を駆けこんでくるマーダの姿が目に付いた。

 

「あれ? ねぇちゃんのマーダだ。おーい!」

 

 まだ通信のやり方も分からないニコルは、チロルを止めてコックピットから立ち上がり大きく手を振る。

 マーダは空いていた距離を一気に詰め、チロルの隣に来るとコックピットを開く。

 

「ニコル! リーゼ!」

「あ――ごめんねぇちゃん。こんなに遅くなって」

「いや、無事で何よりだよ」

 

 ラインは荒く呼吸しながらそれだけ言う。

 

「ねぇちゃん見てよ! チロルだよ、僕のゾイドさ!」

 

 ラインは二人が乗っているヘルキャットをサッと見ると、小さく舌打ちした。

 

「ダメだ、こいつじゃ逃げ切れない」

 

 そのいつになく真剣な様子に、リーゼの中で違和感が湧き上がる。

 ただ帰りが遅くなっただけだが、ラインの態度は明らかにそれを心配してのものではない。もっと別の何かから逃げ、二人の安否を確認しに来たようなものだった。

 

「ねぇちゃん? ダメってなんで――」

「ニコル、リーゼ。いいかいよく聞きな。二人ともすぐに村を出るんだ」

「え? なんで……」

「話は後――っ!」

 

 その時だ。

 村から爆発音が轟いた。ついで、ただならぬ空気を匂わす煙が立ち上る。

 

「威嚇にしたってやりようがあるだろうがッ!」

 

 ラインは滅多に見せない本気の怒気を見せ、怯えの表情を浮かべた二人を宥めるように穏やかな表情を作る。だが、それには隠し切れない焦りが混ざっている。

 

「ほら、早く。遺跡の方に向かえば――」

 

 ニコルたちを急かすラインの言葉は、その先が続かなかった。

 なぜか?

 答えは簡単だ。村の方から現れたゴドスのビームライフルが、マーダの足を破壊したからだ。

 

「ラインねぇちゃんっ!」

「早く! 遺跡でも森の中でもいいから、逃げるんだよっ!」

 

 切羽詰まったラインの言葉に反応したのはニコルでもリーゼでもない。チロルだ。

 チロルは低く唸ると踵を返して遺跡に向かった。ニコルに戻るよう言われても、その足を止めることはない。

 そして遺跡の奥部、ニコルの書いたゾイドの絵があちこちに張られた広間にたどり着くと、無理が祟ったのかつんのめるように倒れ込んだ。衝撃でコックピットが開き、ニコルたちが放出される。

 

「チロル!」

 

 すぐにニコルが駆けつけるも、チロルはもう虫の息だった。

 本来ならば村で治療するはずだった足で無理をし、その負担が機体全体の重荷となって襲いかかる。もう、歩くことすらできない。

 チロルはかろうじて動く前足で、遺跡の壁を叩いた。壁の向こう側に空洞があったのか、壁は音を立てて崩れる。

 

「チロル、しっかりして!」

「チロル……」

 

 出会ったのはほんの数時間前だ。なのに、ヘルキャットは数十年連れ添った仲との別れを惜しむように二人の顔に己の顔を近づける。ニコルとリーゼもそれに応えようとチロルの顔を、両手を広げて包み込み、

 

「……チロル?」

 

 チロルは、最後の力を使い果たした。

 

 

 

「ああ、やっと見つけたよ」

 

 チロルの亡骸に縋りつくニコル。その傍らで同じく哀しみに浸るリーゼの前に、一人の男が現れた。

 共和国の軍人だ。少し老いの見える顔は、彼が壮年に達していることをにおわせる。しなだれた松のように、枯れた印象を抱かせる男だった。

 男は、ニコルとヘルキャットの亡骸には目もくれず、崩れた壁の向こう側を見つめていた。低く脈打つ鼓動の轟く、カプセルを。

 

「やはりここにあったか。オーガノイドのカプセルが。……そして、君が対となる古代ゾイド人だね」

 

 リーゼは反射的に身をこわばらせた。

 自分が狙われている。

 自覚すると、その恐怖が全身を駆け巡り、身体を縛り付ける。

 

「私の――いや、我々の野望のために、君には手を貸してもらいたい。どうかな? 共に来るつもりは?」

「……やだ、いやだ」

「そうか。できれば、手荒な真似はしたくないんだ。おとなしく、一緒に来てはくれな――」

「やだ!」

 

 男は、小さく息を吐いた。

 

「ならば――、なんのつもりだ?」

 

 リーゼを無理にでも連れて行こうとした男の手に、突起が突き立てられた。

 刃は、ゾイドの整備に使うスパナの角だ。そして、それを握り込んだ少年は、涙を浮かべながらも鋭い視線で男を射抜く。

 

「いやだって言ってるよ。その手を離して!」

 

 少しずつ溢れていく血が、男の手を濡らす。しかし、男は一切表情を変えなかった。

 

「大した根性だ。君は、見たところまだ十に達したばかりだろう? それなのに、血に濡れてでも彼女を守ろうとする。その決意は、誠に尊いものだろう。だが、私とて、このようなところで止まる訳にはいかんのだよ」

 

 男はさっと手を上げる。

 男の背後に立っていた兵士たちが手に持っている『筒』を構え、リーゼはそれが成すだろうことを予想し、声を上げる。

 だが、それよりも早く、

 

「君の血を被ってでも、私は歩みを止める訳にはいかんのだ」

 

 そこから先は、全てがゆっくりと動いた。

 『筒』から放たれたそれは、少しもぶれることなくニコルの胸に吸い込まれていく。

 ニコルは一瞬ビクリと震え、目を見開き、そのまま前のめりに倒れた。そして、二度と動かなかった。

 

「あ、あぁぁぁ……」

 

 リーゼの口から、喉から、言葉にならない声が嗚咽となって漏れる。

 

「少年に抵抗され、やむなく撃った。それだけのことです。クラッツ少佐」

「……ああ、そうだな。『仕方なかった』んだ」

 

 男は――クラッツは確かめるように、その事実を噛みしめるように、呟いた。だが、その言葉すら、もうリーゼには届かない。

 

「村にはどう弁解しましょうか。村長からは、村民に手を出さぬよう言われているはずです」

「……やむを得なかった。そう、言うしかあるまい」

 

 リーゼは、倒れたニコルを見つめていた。

 脳裏に過ったのは、ノーデンスの村での日々だけだった。

 ニコルと共に遊び、ラインに怒られ、チロルと一緒に駆け回った。たった一ヶ月の日々だが、それが今のリーゼの一生だ。

 そして、それは今、全て壊れた。

 

「いやぁあああああああああああああっ!!!!」

 

 リーゼの慟哭が遺跡に反響する。

 その声に反応し、周囲から無数の小型ゾイドが現れた。指先ほどの、小さな羽虫のようなゾイドだ。

 

「これは……?」

 

 クラッツが訝しげに辺りを見渡し、途端に頭を押さえて片膝を突く。クラッツの周りでは、共和国の兵士たちが銃を取り落とし、転がり、のたうちまわる。

 一瞬で地獄の鬼でもやって来たかと想える光景だ。その中で、リーゼは叫び続ける。

 

『クラッツ少佐! 急にゾイドが――ゾイドの制御が利きません!』

「これは……まさか、そう言うことなのか――!?」

 

 通信機から届いた報告を耳にし、クラッツは辺りを飛び回る野生の羽虫ゾイドと外で暴れ出したゾイドたちを見比べる。そして、蒼い瞳を輝かせて叫び続けるリーゼを。

 

「やはりか。間違い――ない!」

 

 クラッツは無理やり歩を進め、リーゼの首筋を叩いて意識を奪う。

 リーゼの意識が失われると同時に、周囲を飛びまわっていた羽虫ゾイドも蜘蛛の子を散らすように飛び去って行く。

 

「ゾイドを意のままに操る精神波を持つ古代ゾイド人の少女が居る。どうやら、当たりだったようだな」

 

 クラッツは呼吸を整えると、部下に指示を出す。少女を確保し、遺跡の奥にあったカプセルを起動させないように運んでいく。

 

「私たちの大望のため、力を貸してほしい」

 

 運ばれていくリーゼに、クラッツはそう呟いた。

 リーゼとカプセルが運び出され、無人となった遺跡の最奥部に、クラッツはしばし佇む。倒れたニコルを抱き起こし、その瞳を閉じさせると、黙とうを捧げた。

 そして、クラッツは己のエゴだと自覚してなお、一言告げる。

 

「…………すまない」

 

 

 

 

 

 

 ノーデンスの村で起こった悲劇は、いったん幕を閉じる。

 村長は村人全員へ真実を伝える前に、ラインだけには二人とも死んだと嘘を吐いた。

 ラインが生きているだろうリーゼを取り戻すために無茶をすることを危惧してのことだったが、それは逆にラインの村への不信感を爆発させた。

 村にやってきた共和国軍にリーゼの事を話したのは村長であり、リーゼとニコルを見捨てたのは村だ。例えそれが、共和国軍の脅しに屈し、村を守るための判断だったとしても、ラインはそれを許すことはできなかった。

 

 村を離れ、共和国への反発を胸に抱いたラインは、やがてある傭兵団を結成することとなる。

 そしてノーデンスの村は、深い後悔と疑念に包まれた村として、十年の歳月を過ごすこととなった。

 

 だが、そんな村の顛末を、リーゼは知る由もない。

 

 

 

***

 

 

 

「どうしてなんだ……ニコル。僕は、僕は君と幸せに暮らしていける筈だったんだ。なのに、それが失われて、どうしてバンとフィーネ(あいつら)だけが幸せになれるんだ? そんなの、認められる訳ないじゃないか」

 

 村には、もう見知った顔はいなかった。

 いや、いないわけではない。会いたい顔が、もういないだけなのだ。

 ノーデンスの村は、リーゼにとって忌まわしい過去の記憶が残る場所だ。できることなら、近づきたくもなかった。だが、村で過ごした記憶の全てが、思い出したくもない者とは言い切れない。

 ニコルとの思い出は、リーゼにとって大切なものだ。それすらも全て捨て去ったと思っていた今だから、思い出したくはなかった。

 

「僕は、どうすればいいんだ」

 

 バンとフィーネ(あいつら)が許せなかった。それは、無念の内に死んだニコルも同じだと思っていた。なのに、ニコルは――ニコルとチロルは二人を助けたのだ。

 それは、今まで絶対だと信じて来た事実が、割れ砕かれたようなものだ。

 リーゼはこの時、自分の行動指針を見失った。

 

 

 

 羽虫たちが飛びまわる。不安定な自分の精神が、使役する彼らを混乱させているのだと思う。

 羽虫たちは徐々に数を増し、リーゼと傍らのスペキュラーを覆い隠す。

 なんとか森の中に隠していたサイコジェノザウラーの元まで帰って来るが、その後はなのをするでもなかった。ただ立ち止まり、羽虫たちを飛びまわらせ、暴走する心をそのままに放置する。

 

 どれくらいそうしていたのだろう。

 不意に、近くの木の陰から足音が聞こえた。

 ぼんやりとした思考のまま、リーゼはそちらに顔を向ける。

 

「ねぇ……大丈夫?」

 

 木の陰から現れ、歩み寄って来るのは、緑髪の少女だ。

 目に涙を浮かべ、一歩一歩踏み入る様に近づいてくる少女――フェイトを、リーゼは言葉を失くしたまま見つめた。

 


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