ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第99話:闇の中の鴉

 渓谷を進む真紅のゾイド。その時速は、三○○キロを優に超している。陸戦ゾイドでこれほどの速度を叩き出せるものはただ一つ、レイヴンのジェノブレイカーだ。

 最近のレイヴンは、ただ気の向くままに各地を放浪していた。ジェノブレイカーが覚醒して最初の戦闘でアーバインのコマンドウルフを撃破して以来、目立った戦闘を起こしたわけでもない。

 

「そろそろ、頃合いか」

 

 レイヴンにとっても、ジェノブレイカーは常識はずれの機体だった。

 ただでさえ化け物じみた戦闘力を誇ったジェノザウラーの頃と比べ、その戦闘力は倍近くまで向上している。機体の最高速度に荷電粒子砲の出力、Eシールドに加えエクスブレイカーという特異な格闘兵装。その武装や能力は、いくらレイヴンと言えど持て余すほどだ。

 故に、レイヴンはジェノブレイカーであちこち飛び回り、機体操縦のカンを掴んでいた。

 それも十分だろう。バンと決着をつける時の訪れは、近い。

 その予感を、レイヴンはひしひしと感じていた。

 

「――っ?」

 

 何者かの姿を見つけ、レイヴンはジェノブレイカーを停止させた。目の前に現れたのは、蒼いジェノザウラーだ。

 

「ジェノザウラー……?」

『やぁ、レイヴン』

 

 声の主は、リーゼだ。

 

『驚いたかい? こいつはね、君のジェノブレイカーのゾイド因子を培養して作った、僕のジェノザウラーさ。サイコジェノザウラー、とでも呼んでくれるかい』

「そうか、まぁどうでもいい。それで、俺に何の用だ?」

『用ってほど大したことはないさ。ダークカイザー様が君を連れて来いって――』

「断る」

 

 サイコジェノザウラーに乗ったリーゼからの誘いを、レイヴンはあっさり跳ね除けた。

 

『へぇ』

「もうお前たちに用はない。それでも連れて行くというなら、腕づくでやってみるんだな」

『おお怖い。でも、そういうことなら、こいつらの相手を先にやって貰おうか』

 

 サイコジェノザウラーの脚部に装着された武装から煙が立ち込める。すると、立ち込めた煙の中から数体のゾイドが現れた。ブレードライガーにディバイソン。それに、見覚えの無い、四足歩行の高速ゾイドだ。

 

「こいつらは……?」

『感謝してほしいね。これが、バンたち(あいつら)の最新情報なんだぜ』

 

 リーゼが言い終わると同時にディバイソンともう一機のゾイド――ライトニングサイクスが動き出す。本物と見間違うほど精巧な、しかし熱の無い攻撃がジェノブレイカーに浴びせられた。

 これは、よくできた幻覚なのだ。

 

 ――俺を試そうというのか。舐められたものだな!

 

 飛び掛かるライトニングサイクスを回避し、降り注ぐディバイソンからの曲射撃を凌ぎ切る。幻覚だと分かっていたが、思わず身を捻って回避したくなるような見事なものである。気迫だけは本物ということだ。

 三体のゾイドはジェノブレイカーを三角形に包囲しながら攻勢を加えてくる。狙いは――ジェノブレイカーの脚部に備えられたアンカーだ。乗り手がそれなりにできるだけはある。幻影なのだが、十分に戦っている感じはした。

 

 ただ、所詮は中身の無い抜け殻。いや、それにも劣る存在だ。そして、そんな存在に一瞬とはいえ遊ばれたのだ。レイヴンの中に、怒りの感情が湧き立つ。また、ゾイドの乗り方も分かっていないような奴に――自分で戦おうともしないようなクズに、自分は弄ばれたのだ。

 

「ゾイド、ゾイドゾイドゾイドッ! 目障りなんだよぉお!!!!」

 

 ジェノブレイカーのブースターを起動し、一気にジャンプする。飛行ゾイドが低空飛行を行う高度まで一気に飛び立ち、次いで着陸する。その間、空中で荷電粒子砲のチャージを完了させた。

 

『なっ……!?』

 

 リーゼの驚愕が通信に紛れた。そんなことは構わず、レイヴンはジェノブレイカーのブースターを横に起動。機体を回転させながら、荷電粒子砲を解き放った。

 

「消えろぉおお!!!!」

 

 自身がジェノブレイカーと一体化したような気になりつつ、激情を声に乗せて荷電粒子砲として解き放つ。回転しながら放たれたそれは、包囲する三機のゾイドの幻影を瞬く間に消し去った。

 

『流石だねぇ、レイヴン』

「次はお前だ。消えろ!」

 

 回転はそのままに、荷電粒子砲をリーゼのサイコジェノザウラーに向ける。最強兵器と称された荷電粒子砲の光は瞬く間にサイコジェノザウラーを飲み込み――しかし、躱された。

 サイコジェノザウラーは先のジェノブレイカーと同じく一気にジャンプ。同じように、着地する。

 

『危ない危ない。流石だね、レイヴン。これで終わりだよ』

「まだだ、お前が残っている」

『いいや、終わりさ』

 

 負け惜しみを。その減らず口を閉じさせてやる。その意気込みでレイヴンは一歩踏み出そうとし、直後にジェノブレイカーは力を失った。咄嗟のことだが、すぐにシステムを確認すると、機体がシステムエラーを起こしているのが分かった。理由は不明、全力を出して戦い過ぎ、オーバーヒートを起こしたのだろうか。

 すると、レイヴンの疑問に応えるようにシャドーが機体から飛び出した。そのまま横たわり、動かない。

 シャドーの様子を見るためにレイヴンはジェノブレイカーを降りる。すると、その傍らにはすでにリーゼが立っていた。

 

「オーガノイドの限界って奴さ。ジェノブレイカーの強すぎるパワーを、オーガノイド単体では制御しきれないのさ。ま、普通のオーガノイドなら一分で根を上げることを、シャドーは三分持ちこたえたんだ。流石だね」

 

 レイヴンが歩み寄ると、リーゼは胸元から青みがかった鉱石を取り出した。

 

「シャドーを覚醒させるにはこのゾイマグナイトが必要なんだけど、あげようか?」

「キサマからなにかを貰うくらいなら、シャドーはこのまま死なせるさ」

「強情だねぇ。でも、そんなとこも好きだぜ。それに……腕づくで連れて行くって言った筈だろ?」

「なに……!?」

 

 リーゼが立ち上がると、周囲から無数の昆虫がレイヴンを取り巻いた。

 

「ははは、僕の本領はこっちさ。さぁ、君の中に眠る忌まわしい記憶を暴いてやる。そしたら、もっと君のことを知れるんだ。悪くないだろうなぁ、レイヴン」

「くっ……このぉ!」

 

 必死に抵抗するものの、無数の昆虫たちは振り払いきれるものではなかった。次々と数を増し、レイヴンを覆い尽くしていく。酷い嫌悪感と苦痛、それに頭痛のような感覚を抱きながら、ふとレイヴンは思った。

 この感覚を、以前にも味わったような気がする。どこかで、覚えている気がする。どこかで、自分はこの苦痛を感じた。それは何時の時だっただろう。

 

 脳裏に浮かんだのは、数日前に突然現れた、戦友を自称する青年の顔。

 

「……どうして…………お前が、出て来るんだ………………」

 

 そして、レイヴンは記憶の渦に倒れた。

 

 

 

 次にレイヴンが目覚めた時、それは薄暗い洞窟の中だった。少し頭の中を整理する。先ほどまで、レイヴンは己の過去を回想していた。

 両親と共に暮らしていた頃。唯一と言っていい幸せだったころの時間は、両親の研究対象だったオーガノイドの暴走という事象による脆くも砕け散った。両親を失い、レイヴンの人生が大きく狂い始めた発端だ。

 家族を失ったレイヴンは、ダン・フライハイト率いる共和国の遺跡調査部隊に回収された。そして、軍を退役するダンに着いて彼の村に向かう筈だったのだが、それもプロイツェン率いる部隊の強襲によって叶わぬものとなってしまった。

 両親を失い、戦争とゾイドによってまたしても家族になれそうな人を失ったレイヴンは、その足でプロイツェンを殺そうとした。だが、まだ十にも満たぬ年だったレイヴンにそれが達成できる筈もない。

 その後は、プロイツェンの気まぐれから拾われ、彼の私兵として育ってきたのだ。

 

 思い返せば、ゾイドと戦争に振り回された散々な人生だ。幸せだった頃など、両親と暮らしていた十年足らずの年月しかない。この人生で見出したものと言っても、望まぬまま鍛え上げてしまったゾイド乗りの腕。そして、ただ戦うことだけだ。

 

 だが、本当にそれだけなのだろうか。自身の人生は、ただひたすらに暗闇を歩き続けるだけしかなかったのだろうか。

 もう一度考えてみる。すると、小さな明かりが射した時間を思い出した。太陽のような少女と、自分と同じように黒く、しかし前を向いて生きる一人の青年との日々。あれは、これまでの人生でただ一つ、明かりが射した時間なのでは――

 

『レイヴン』

 

 レイヴンの思考は、唐突に響いた声に遮られた。俯いていた視線を持ち上げ、声の咆哮に向ける。そこには、黒く網模様の球体があった。声は、その球体から響いている。

 

「ここは……」

「ダークカイザーの御前だ」

 

 球体の前には、二人の人物が立っていた。一人はリーゼ。もう一人は、赤い髪の青年――ヒルツである。バンと会って意識を取り戻したレイヴンがシャドーに連れられて出会った男で、ジェノザウラーを渡した張本人だ。

 

「ダークカイザー……?」

 

 レイヴンはぼんやりとその名を呟いた。初耳の名だが、それ以上に既視感があった。先ほど自身を呼んだ声は、嫌になるほど覚えがあった。あれは、間違いなく……、

 

『レイヴン。お前は、私の呪縛から解かれることなどないのだ。お前は、未来永劫私の(しもべ)なのだ。それがお前の――』

「黙れ!」

 

 言葉だけでなく、その声からも己を縛り付ける力を持っている。そんな気がした。だから、レイヴンはその言葉を投げつけられることを拒絶する。

 

「俺は……俺は……!」

 

 レイヴンは歯噛みしながらダークカイザーを睨みつけた。だが、その瞳にはいつもの強気な己はいない。怒りよりも先に、己を縛り付けようとするダークカイザーへの()()があった。そして、そんな運命が永劫に続くような、絶望すら感じてしまう。

 

 レイヴンはダークカイザーに明確な反論をすることはできない。それは、レイヴンが帝国軍に属していたころからの常でもあった。結局、彼に従い続けることが、自分の運命のように思えてならない。

 

「くそっ……プロイツェン……!」

 

 小声でその名を呟くことしか、今のレイヴンにはできなかったのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 ダークカイザーの前から逃げるように去り、レイヴンはジェノブレイカーの傍らに立つ。そんなレイヴンを心配するように駆け寄るシャドーから視線を逸らし、レイヴンはジェノブレイカーの隣に立つ獅子に目を向けた。すると、コックピットから黒髪の少年が顔を出す。

 

「やぁレイヴン。どうしたんだい? そんな暗い顔してさ」

「……お前は?」

「僕? そう言えば、今の君とは初めましてか。僕はコブラス。ま、よろしくね」

 

 コブラスはひらりと身を泳がせ、コックピットから跳び下りた。その軽い動作に、どこか既視感を感じる。

 

「俺に、なんの用だ?」

「別に? まーちょっと、君のゾイドが気になってさ」

 

 コブラスの隣に大型の鳥が舞い降りる。それは、金属の身体を持つゾイドだ。シャドーと同じ、オーガノイドだろう。鳥のオーガノイドは射抜くような眼光をレイヴンに浴びせる。

 

「警戒する必要ないさフェニス。まだ抜け殻だよ」

「……抜け殻」

 

 レイヴンの呟きに、コブラスは嘲笑する。

 

「そうさ。今の君、まるで抜け殻だよ。覇気も何も無くなって、『最強のゾイド乗り』だったって肩書きが服を着てるようなものさ」

「……何が言いたい」

「別に。言うならさ、僕やヒルツは君が世界を引っ掻き回してくれることに期待してる。君がただ戦うために、そのためだけに帝国と共和国の注意を引き付けてくれるのを、それをただただ期待してるんだ」

「俺が、お前たちに使われるだけの存在だと言いたいのか……?」

 

 レイヴンは僅かに怒気を含ませながら問う。僅かに戻ったレイヴンの覇気にコブラスは嬉しそうに微笑んだ。

 

「さて、それにはノーコメントかな。でもさぁ、君は使われてるだけじゃないよね。その中で、自分のやりたいことを見出してるはずだよね」

「……」

「誰かさんと決着をつけたい。それが君の一番の目的の筈だよ。それさえ果たせれば、後は好きにすればいい。僕らに反抗するもよし、ぶらついて果てるもよし、あいつのとこに帰るもよし。ま、最後のはないだろうね」

 

 拳を握りしめ、今にも手を出さんとしていたレイヴンだったが、コブラスの言葉に拳の震えを抑えた。そして、代わりとばかりにコブラスを睨みつける。

 

「……そうだな。俺の運命がどうなろうと構わない。今の俺は、バンと決着をつける。それだけだ」

 

 自分に言い聞かせるようにレイヴンは呟く。すると、レイヴンの中に冷静さが戻ってきた。冷や水で冷やされたように頭の血は退き、コブラスに背を向ける。

 

「行くぞシャドー。あいつを倒すのに、三分も必要ない!」

 

 こちらを窺うようなシャドーの視線を無視し、レイヴンはジェノブレイカーのコックピットに乗り込んだ。

 

「ねぇ」

「なんだ」

「僕はさ、君と同じだよ。戦うことは大好きだ」

「俺と戦うつもりか?」

「いいや、まだ仲間だもん。戦うなんてとんでもない」

「なら――」

「僕はさ、戦うことは大好きだ。でもね、だからこそ、この星を壊したくて仕方ないんだよ」

「なに?」

 

 意味の分からない問答の果てにコブラスが呟いたそれは、さしものレイヴンも反応せざるを得なかった。コブラスは相変わらず屈託のない笑みを浮かべ、続ける。

 

「そうすれば、世界中と僕は戦えるんだ」

 

 もう一度微笑むと、コブラスと愛機のライガーゼロはまたどこかへと走り去る。疾風のような背中を眺め、レイヴンは小さく愚痴る。

 

「あんな狂った奴と一緒だと言うのか、俺は……」

 

 シャドーが、曖昧な言葉を残すように小さく唸った。

 

 

 

***

 

 

 

 帝国軍第七補給基地前の荒野に、レイヴンは向かった。途中で襲撃したライトニングサイクス開発場にバンたちはおらず、そこで見つけた情報から彼らの足取りを見つけ出し、ここにたどり着いたのだ。これみよがしに接近しているのだから、当に自身の存在は察知されていることだろう。ついさっきも偵察と思しきプテラスを見逃してやったのだ。基地まで向かえば、バンは必ず現れる。

 やがて、レーダーに三機のゾイドの反応をキャッチした。ライトニングサイクスとディバイソン、そしてブレードライガー。間違いない、バンの機体だ。彼らがレイヴンの前に現れ、対峙する。

 

「たったの三機。その程度で、この俺と戦うってのかい?」

『俺たちだけで十分だ!』

 

 強気に啖呵を切るバンは、以前とは違う。レイヴンが敗北を喫した頃とも、少し前にジェノザウラーで迎撃してやったときとも違う。その声だけで、レイヴンはバンの成長を察せた。

 

「そうかい。――シャドーォォオオオオオッ!!!!」

『ジーーーーーーークッ!!!!』

 

 両者のオーガノイドがそれぞれのゾイドに合体し、戦線の火蓋が切られた。

 

 最初に突出したのはライトニングサイクスとブレードライガーだ。陸戦ゾイドとしては段違いの速度を叩きだし、一気に距離を詰める。

 

「ほぅ、スピードは大したものだな」

 

 一気に接近した二機は、それぞれの武装を展開し両側面からジェノブレイカーを狙い撃つ。エクスブレイカーに備えられたフリーラウンドシールドがそれを受け止める。衝撃波ある、だが、所詮それだけだ。両機はそのまま走り抜け、遅れてやってきたディバイソンと共にジェノブレイカーを三角形で包囲する。

 

 ――リーゼが見せてくれた通りか。

 

 この戦法は予測済み。だから、レイヴンはわざとそれにかかった。ハンデなど必要ない。実践での勘と戦法で勝ちをもぎ取るのだ。

 

「まずはお前からだ!」

 

 速度の関係で狙いやすかったディバイソンに荷電粒子砲を向ける。鈍重とまでは言わないが、高速ゾイド二機と比べると鈍足と言わざるを得ない機体ならば、回避は出来ないだろう。

 必殺の一撃とばかりに放った荷電粒子砲だが、ディバイソンはそれを凌ぎ切った。ディバイソンの角から発せられるシールドが、荷電粒子砲を弾いたのだ。直感で察する。あれは、ブレードライガーが装備していた新型のEシールドだ。

 

『くぅぅ、フィーネさん! 俺は今、猛烈に感動しているぅうう!!!!』

「……何を言ってるんだ、こいつは」

 

 ディバイソンに乗るトーマの場違いな言葉が、レイヴンの注意を僅かに逸らす。その隙を突き、今度はライトニングサイクスが前に出た。背部のパルスレーザー砲が唸り、ジェノブレイカーの背後から脚部を狙い撃つ。だが、ジェノブレイカーの強固な機体は然したるダメージを負うことはない。

 

『ちっ、やっぱりブレードじゃねぇと無理か』

「足が狙いか。よほど荷電粒子砲が怖いと見える。なら、お前にも喰らわせてやるよ!」

 

 方向を変えつつ荷電粒子をチャージ、一気に解き放つ。スピードが売りのサイクスだろうと、これは躱せないはずだ。

 二発目の荷電粒子砲は、しかしまたしても凌がれた。ライトニングサイクスにも例のEシールドが装備してあるのだ。

 

『今だバン!』

『おう!』

 

 そして、ついにバンとブレードライガーが駆けた。この戦闘の中で一度は土を付けたのだが、バンの闘志はその程度で潰える筈がない。レーザーブレードを展開し、一気に走り込む。

 以前のようにブレードの基部を掴んで凌ぐか、それとも脚部ブースターとスラスターを全開にして上方に躱すか。選んだのは後者だった。ブースターを全開にし、ジェノブレイカーは空へと逃れる。

 

『逃がすかぁあああ!!!!』

 

 バンが吠え、ブレードライガーが跳んだ。背のロケットブースターを開き、一気にジェノブレイカーへと迫る。

 

 ――躱せるか!?

 

 レイヴンも一瞬肝を冷やす。ジェノブレイカーの高度が足りなければ、ブレードはこちらを真っ二つに切り裂いているのだ。ここが、勝負の分かれ目になる。

 

「――っ!」

 

 紙一重、ブレードは、ジェノブレイカーの脚部アンカーを切り裂くにとどまった。だが、これもジェノブレイカーにとっては大きな代償になる。

 

『よっしゃあ!』

『よくやったぞ、バン!』

 

 アーバインとトーマが喝采を上げた。

 彼らの作戦はジェノブレイカーの脚部アンカーを破壊し、荷電粒子砲を討たせなくするためのものだったのだろう。確かに、アンカーが落とされたジェノブレイカーは荷電粒子砲の発射の衝撃を抑える装備を失くした。

 もう、荷電粒子砲は撃てない。

 

 ――フッ、勝ったつもりか?

 

 レイヴンは心中で嘲笑する。

 すると、レーダーに複数の反応が現れた。ジェノブレイカーを包囲するようにゾイド部隊が展開されたのだ。

 

「なるほど、伏兵を潜ませていたわけだ」

 

 現れた部隊はゴジュラスを中心とした共和国の重砲撃部隊だ。並みのゾイドなら勝ち目のない戦力が展開され、圧倒的火力がジェノブレイカーに押し寄せる。

 

 ――だが、この程度なら!

 

 レイヴンはジェノブレイカーのEシールドを展開させる。ブレードライガーのものをもしのぐ強固なエネルギーの壁が展開され、ジェノブレイカーに襲いかかる実弾やエネルギーの雨を全て弾き消していく。Eシールドに費やせるエネルギーの大半を使い切ってしまったが、ジェノブレイカーは健在だ。

 煙が晴れた時、健在な姿を見せつけられた相手の心境はどんなものだっただろうか。恐怖に慄いていることだろう。

 

「一つ教えてやる。このジェノブレイカーは、ジェノザウラーとは違うんだよ」

 

 更なる絶望を与えるべく、レイヴンはジェノブレイカーの荷電粒子コンバータを起動させた。デスザウラーの持つ荷電粒子吸入ファンよりも効率的に荷電粒子を吸収できる装備は、瞬く間に発射準備を整えさせてしまう。

 その間、抵抗はなかった。姿勢制御の難しい空中で、しかも荷電粒子砲を撃とうと言う挙動に思考が停止したのだろうか。ジェノブレイカーの力を見せつけるには、最高のシチュエーションとなったことだろう。後は、〆るだけだ。

 

 レイヴンは言葉を告げず、荷電粒子砲を発射する。同時に凄まじい衝撃が機体を襲い、ジェノブレイカーの機体がバランスを崩しそうになった。それを、レイヴンはスラスターの推進力で補い、発射の衝撃と合わせて安定させた。

 口で言うのは簡単だが、実行するのは果てしなく困難だ。レイヴンでさえ、操縦に集中しなければジェノブレイカーの機体を明後日の方向に振り切らせてしまいそうなほどなのだ。しかし、レイヴンはそれを成し遂げて見せる。

 

 援軍であろう包囲部隊を瞬く間に撃破し、レイヴンは残った標的を見下ろした。ブレードライガー、ディバイソン、ライトニングサイクス。残る敵は、彼らだけだ。しかも、ライトニングサイクスはエネルギー切れ、ディバイソンは弾切れだ。もはや、戦えるのはバンのブレードライガーただ一人である。

 

「他愛ないな。まぁいい、とどめを刺してやるよ」

 

 見せつけるようにエクスブレイカーを振りかざす。すると、ブレードライガーがその場を離れた。

 

「おや? どこに行く気だい?」

『うるさい! お前の狙いは俺だろ! だったら、黙ってついて来い!』

「仲間を庇うか。泣けるじゃないか。……いいだろう。お前だけは倒してやるさ」

 

 ブレードライガーを追う中、レイヴンはふと考える。この戦いは、もはや決着を見るまでもない。自分の勝ちだ。油断するつもりは毛頭なく、かといってバンに追いやられる気もない。確実に勝てる。

 そして、バンに勝った自分は、これからどうするのだろうか。コブラスという少年の言葉を思い出す。バンに勝ったら、ヒルツ達とは縁を切るか。ヒルツ達は、自分を利用している。それくらいは、もう想像がついている。昔から利用されてきたのだ。その生き方は、もう()()()()()いた。だから、他の生き方をする気も、あまりなかった。利用されるなら、利用された中で、やりたいようにするだけだ。自分の戦意を揺するほどの奴と、これからも戦うだけだ。

 

 ――そんな奴、バンの他に居る筈ないな。なら、

 

 沈み込んだ意識の海から飛び出し、眼前の戦闘に向き直る。

 ブレードライガーは基地前の荒野から離れ、やがて大きな渓谷の前で反転した。ブレードを前面に展開し、Eシールドを前面に張る。その構えは、レイヴンも聞いた覚えがあった。

 バンの攻勢を読み、荷電粒子砲をチャージする。

 攻撃のタイミングを計るバンと荷電粒子砲をチャージするレイヴン。沈黙が流れ、先に動いたのはバンだった。

 

『いくぞぉおおおおおっ!!!!』

 

 ロケットブースターを展開し、全速力でジェノブレイカー目がけて突っ込んでくる。その速度はこれまでの戦いではなかった、玉砕覚悟の全力の突撃であることを悟らせた。一拍遅れ、レイヴンは荷電粒子砲を解き放つ。荷電粒子の光と、ブレードライガーのEシールドが激突し光芒を散らす。

 

「聞いたよ。それで、デスザウラーを倒したんだってね。でも――」

 

 激突の瞬間、最初はブレードライガーの力が勝っていた。荷電粒子を引き裂き、ジェノブレイカーへと一直線に近づく。だが、その速度は徐々に落ち、完全に拮抗する。それどころか、ブレードライガーは爪の筋を残して後退し始めた。

 

「――でも、もう俺には通用しない」

 

 勝利を確信したレイヴンは、荷電粒子砲の出力をさらに引き上げた。吐き出される荷電粒子の圧力が増し、ブレードライガーを押し飛ばす。そして、ブレードライガーは谷底へと消えて行った。

 

 

 

***

 

 

 

 バンに勝った。それを確信しつつ、しかしレイヴンには達成感が無かった。バンは確かに倒した。だが、とどめはさせていない。それが、原因なんだろうか。

 

「惜しかったねぇ。もう少しで、アイツを仕留められたのにさ」

 

 ゆっくりと歩み寄って来るのは、リーゼとサイコジェノザウラーだ。

 

「とどめを刺す気などない」

「なに?」

「あいつは、何度も俺を倒そうと這い上がってくる。そして、何度でも俺の前に立ちはだかる。それを、俺は倒すだけだ」

 

 この先どうするか。その答えなど、簡単なものだ。何度も、何度も何度も何度も、バンと戦い続ける。決着などいらない。それは、ただ戦う建前に成ればいい。バンとは、生涯に渡って戦い続ける。それが、レイヴンの生きる道だ。

 

「そぉ。でも、それは嫌だな」

「…………」

「せっかく君が瀕死に追い込んでくれたんだ。あいつのトドメは、僕が刺してやるよ」

「お前が? 笑える冗談だな」

「冗談じゃないぜ。それに、ここは絶好の場所なんだ」

 

 リーゼの言葉に、レイヴンは周囲の景色を見た。遠く、バンが落ちた渓谷の川が流れる畔に、一つの村が確認できた。そして、その奥には小さな遺跡も。

 

「ここが、奴らの墓場さ。そう言う運命なんだよ」

 

 リーゼは、どこか寂しげに呟くのだった。

 




 本日2月21には私の誕生日です。これで、私も23かぁ。

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