ガイロス帝国領にある基地にアクア・エリウスはやってきていた。
基地の二階にある会議室の戸を開けると、すでに両国のメンバーがそろっていた。両国の軍事関係者が一堂に会している。帝国側はかのカール・リヒテン・シュバルツに加えガーデッシュ・クレイド。共和国側は、やはりと言うべきかアーサー・ボーグマンの顔が見えた。だが、エリウスが期待していた彼の男だけは姿が見えない。
――おいおい、この非常事態にあいつがいねぇのかよ。興冷めだな。
ざっと目線を全体に投げ、会議場に居る人物と一通り目を合わせる。やはりと言うべきか、旧知でもある帝国側の者たちからは一安心と語るような視線が浴びせられた。
「エリウス。久しいな」
年が近い御蔭か、真っ先に立ちあがったのはガーデッシュだ。
「よぅガーデッシュ。ニクス以来か? いや、あんときはワシもお前もバタバタしてたからな。それ以前ってとこだろうな」
「ああ、まったく懐かしいものだ」
感慨深げにガーデッシュは目を細める。ガーデッシュとエリウスは共に40代であり、ヘリック共和国とガイロス帝国が再び戦争を始めた頃に軍に入った身だ。その後エリウスが前線から姿を消し、ガーデッシュは旧友の一人を失いながらも今日のガイロス帝国軍を維持し続けた。属する場は変わったが、互いの縁は深く重いものだ。
「――と、浸っている場合ではないな。エリウス、来てくれて感謝する」
「なーに、ワシらもあれを放置してられんからな。手ぇ貸すのは当然だ」
何気なく放った言葉だが、エリウスに向けられる視線の半分は敵意に満ちたものだった。ねめつけられる嫌な視線を浴び、しかしエリウスは悠然と指定された椅子に向かうと、見せつけるようにどかりと腰を下ろした。
エリウスが腕組みしながら座り、集まったものの幾人かが責めるような眼差しを向ける中、シュバルツが咳払いをする。
「……では、そろったようですので始めさせていただきます」
そう説明すると、シュバルツはモニターを示した。今回、態々ガイロスへリックの主要な軍事関係者が集められた理由はただ一つ、先日現れた強大なゾイドについてだ。
「先日、我がガイロス帝国アーク基地近辺の荒野にて、一体のゾイドの出現が確認されました。機体名『ジェノブレイカー』。かの『ジェノザウラー』がオーガノイドの力によって進化した、全く新しいゾイドです。私の部隊が迎撃に当たりましたが、壊滅です」
目を伏せながらシュバルツは告げる。顔を伏せたのは、シュバルツにしては珍しい事だった。だが、それが大敗を喫した事と大勢の部下を失ったことによる責任感であると見抜いたエリウスは、黙って報告の続きを待つ。
当時、シュバルツが用意した部隊はアイアンコングや長距離砲搭載のレッドホーンを中心としたガイロス帝国主力部隊二個師団。アイアンコング二十、レッドホーン二十、キャノリーモルガ五十、遠距離砲搭載のセイバータイガー十五に加え、白兵戦に備えたシュバルツのセイバータイガーとシュバルツの隊に属する選りすぐりの精鋭が駆るセイバータイガー五機が配備されていた。さらに、かのGFのトーマ・リヒャルト・シュバルツのディバイソン。バン・フライハイトのブレードライガーが前線で待機していた。そして、傭兵のアーバインまでもがこの作戦に参加していたのだ。
これほどの戦力を用意し、ジェノザウラーの進化が完了する瞬間を狙う。進化したゾイドが強大であるのは明白であり、しかし進化直後の繭から出た瞬間はまだ力が不十分だろうと推測したのだ。
ジェノザウラーの纏う
ゾイドの進化というのは、前例がほとんどない。というのも、ゾイドは長い時を過ごすうちに自ら進化することが出来る機構を有しているのだが、その長い時という者がネックなのだ。確認されているゾイドの大多数は軍に属しており、戦場で死に至るケースは最も多い。そのため、ゾイド自身が進化を始めるより早く死んでしまうことがほとんどなのだ。
唯一の例外というべきバン・フライハイトのブレードライガーも、オーガノイドの力を借りた進化の瞬間がどのようなものだったかは謎に包まれている。
ゾイドの進化は謎に包まれており、それがターゲットであった今回の作戦は、正体不明のナニカを憶測だけで相手にするようなものだった。
「確認できたジェノブレイカーの武装は大形の鋏――これはエクスブレイカーと呼称します。それに加えてジェノザウラーの時から有していた荷電粒子砲に各種格闘兵装は健在。さらに脚部に砲撃用の装備が施されております。また、計測によると荷電粒子砲の出力が大幅に向上、集束にかかる時間も短縮されている模様です」
シュバルツが語るジェノブレイカーのスペックは、自らの敗戦を元になんとか見出した情報だ。短期間でどうにかまとめた情報は、しかし十分とは言い難い。だが、ジェノブレイカーを駆るレイヴンは今も方々を飛びまわり、見かけた一般人からなんとかしてほしいという依頼が殺到している。
彼らのためにも、そして惑星Ziの平和のためにも、ジェノブレイカーを何とかして倒さねばならない。そのために、今日この会議が開かれたのだ。
実は、先日両国の首脳同士で会談を行う予定にもなっていた。そこにはガイロス帝国のルドルフ皇帝、ヘリック共和国のルイーズ大統領はもちろんのこと、
「現在ジェノブレイカーの行方はつかめておりません。機動力もシールドライガー、セイバータイガーをはるかに上回るものであり、目撃報告もまばらで、軌道を掴むにはもう少し時間がかかるかと」
シュバルツが告げた報告を頭に入れ、エリウスはしばし思考する。機動力、攻撃力、防御力、どれをとってもジェノブレイカーは最高クラスだろう。自陣の戦力を当ててみると、対抗できるとしたらバーサークフューラーくらいだろうか。しかも、各国からの圧力で今だ正式な装甲を纏うことの出来ていないバーサークフューラーでは正直分が悪い。ウィンザーと野生の本能を併せ持つバーサークフューラーだろうと、
なにより、闘志の塊ともいえるウィンザーでさえ、レイヴンのことを
見渡してみると、両国の名だたる将校たちも思い悩んでいるようだった。ジェノブレイカーの圧倒的過ぎる力が、既存のゾイド全てを凌駕しているのだ。とてもではないが、対抗しかねる。
一番の実力者であろうアーサーは、会議という場が性に合わないのか退屈そうだった。目に宿る眼光を見るに、自分で戦って実力を確かめたいとでも考えているのだろう。
「ドクターディが完成させたあのゾイド――ライトニングサイクスはどうなったんだ?」
「なんとかって賞金稼ぎが専属パイロットになったらしい」
「なんだと、どこぞの馬の骨に帝国の技術が奪われたって言うのか!」
議場をにぎわせたライトニングサイクスとは、古代ゾイド人が残したOSを限定的に利用することで完成した超高速ゾイドだ。驚異的なスピードと一時的とはいえ残像を残す能力を有し、対ジェノブレイカーの切り札の一つになりうると考えられている。
それを手にした賞金稼ぎとは、おそらくアーバインのことだろう。エリウスもアーバインの噂は聞いており、気にかけていた。じゃじゃ馬なOSを搭載したライトニングサイクスを乗りこなすとは、なかなかのものだ。
「エリウス殿」
出し抜けに名を呼ばれ、エリウスは視線を投げた。共和国の将校の一人だ。確か、中佐だっただろうか。
「あなたたち
単純に意見を求められただけ、なのだが――エリウスの額に筋が浮かぶ。言葉の端々に、こちらを見下すような態度が見て取れた。喧嘩を売られて、買わない理由はない。
「自陣営の弱点を公言しろってのか? それも、強制かよ」
「我らは争っている訳ではない。共にジェノブレイカーという脅威を退けるために集まったのだ。そうだろう?」
男の言葉に、エリウスは小さく舌打ちする。発された言葉で、正しいのはあちらだ。今日の目的はジェノブレイカーを退ける方策を練る事であり、内輪もめをすることではない。
だが、ジェノザウラーは世間的な脅威であると同時に、
それに、
――まったく、難しいなぁ。政治ってのはよぉ。
エリウスは政治家ではない。だが、今日は政治家でもあるヴォルフの代役としてこの場にやってきた。なんとか、話をこちらにうまい方向に持って行きたい。
「ジェノブレイカーはジェノザウラーとは別もんだ。役にたたねぇ情報だろうぜ?」
「かまわん。機体構造は同じなのだ。作戦を立てる貴重な情報に変わりはない」
男は相変わらず高圧的に接してくる。「さっさと言え」と言外に告げていた。そんな態度を見ると、ますます言いたくない。食ってかかりたくなる。だが、これ以上食い下がると
――仕方ないか。
観念して告げようとしたその時、男が続けた。
「ま、猛将などともてはやされ、力でぶつかる事しか能の無い貴様には分からんだろうがな」
ビシリと、青筋が立った。
「ハルフォード中佐」
やれやれとばかりにアーサーが諌めるよう名を呼んだ。しかし、件のハルフォードは鼻白むだけで、言動を撤回する気は無いようだ。
「おい、口に気ぃつけろよ。青二才が」
半眼で睨み、凄んで見せる。その態度に、帝国側の軍人たちが息を飲んだ。エリウスは以前、ガイロス帝国に所属していた当時、作戦指揮に当たった士官が気に入らないからと殴り飛ばして意識を奪い、指揮権をもぎ取った前例があるのだ。
「エリウス殿!」
シュバルツが注意を飛ばし、エリウスはやれやれと肩を竦めた。やはり自分に会議事は向かない。とにかく、突っかかってたら話が進まないだろう。エリウスは軽く息を吐き、思考をクールダウンさせると口を開く。
「ジェノザウラーは格闘、射撃、両方をこなせる万能ゾイドだ。ただ、その分尖った性能はない。機体能力は全体的に平均以上だが、特化した力はねぇ。二年前のブレードライガーとジェノザウラーの戦いは、実際に見たもんはいねぇが、機体の相性に限って言えば、ブレードライガーが優位だろうな」
「つまり、格闘戦ならブレードライガーに分があると」
確認するハルフォードにエリウスは続ける。
「ジェノザウラーならの話だ。ワシらが所有しているジェノリッターは格闘戦に特化させた機体だ。で、件のジェノブレイカーは、エクスブレイカーつったか? そいつを持って格闘戦を強化してる。加えて、まだまだ隠してる能力があるんだろう? 決定打にはならねぇぜ」
エリウスが続けたことにより、議場は再び静まり返った。突破口を見出したと思えば、それはあっさり覆されたのだ。机上の論議は、覆されれば先に進まない。
「諸刃の刃になるが、一個だけ弱点と言えるポイントがある」
それを見計らい、エリウスは続けた。
「ジェノザウラーは荷電粒子砲を打つ時にアンカーを落す。この時は動きを止めるだろうから、攻撃のチャンスだ。こいつばっかりは、ジェノブレイカーだろうと変わらねぇはずだ。粒子砲の衝撃は、ジェノザウラークラスのゾイド単体で押さえられるもんじゃねぇ」
議場が一筋の光を見出したようにざわついた。つまり、荷電粒子砲をわざと撃たせて攻撃する。この作戦を煮詰めて行けば、ジェノブレイカー戦の作戦が組み上がるだろう。
――ここらで、ワシらの株を上げるか。
エリウスはこの作戦指揮に名乗りを上げるつもりだった。レイヴンの管理を任された
「でだ。ジェノザウラーのことは良く知ってるんだ。対ジェノブレイカーは、ワシらに主導させてもらいたい」
エリウスの進言に、議場は再びざわついた。ガーデッシュやシュバルツなど、見知った者たちは思案するように視線を向けるが、それ以外はほとんどが乗り気ではない。
先ほどハルフォードが告げたようなエリウスの指揮能力に対する疑惑ならば、実は問題ではなかった。エリウスは戦時中、戦場の魔術師の異名を持ったクルーガーが張った策を何度も突破している。噂では力づくで破ったとあるが、そうではない。エリウスはクルーガーの綿密な策の小さな隙間を常に見出してきたのだ。
クルーガーが戦場全体を見据えて広く策を巡らす後方に属する策士ならば、エリウスは逆だ。戦場の最前線で、貶められた策を把握し、戦場をいち早く突破する現場指揮官だ。
戦場に出向き、肌でその空気を感じ取りながら部隊を動かすエリウスは、クルーガーとは別の意味で策士なのである。
「いえ、私がやりましょう」
そんなエリウスの前に、またしてもハルフォードが立ちはだかった。
「ハルフォード中佐つったか。あんた、所属はどこだよ」
「専門は遺跡調査だ。だが、共和国の戦術家としても名が知れている。ここは私がやろう」
ハルフォードの立候補に、議場は再び揺れる。しかし、耳を傾ければハルフォードを現場に向かわせる案が多かった。これにはアーサーは僅かに驚きを見せたが、口出しする気はなさそうだ。帝国側のシュバルツとガーデッシュはハルフォードを良く知らず、だからこそエリウスに任せたいという想いがあるだろう。だが、議場の空気がそれを許してはくれなかった。
「ジェノブレイカーってのはよほどの敵だろうが! ワシよりこの青二才に託すってのか!」
我慢できずに怒鳴ってしまったが、それが決定打だった。エリウスは押し切られ、ジェノブレイカー対策の現場にはハルフォードが送られ、状況を見つつ更なる対策を練っていくことで会議は別れることとなった。
***
あてがわれた部屋に戻り、しかし落ち着く訳でもなくエリウスは外に出た。葉巻を咥え、一服しながら手持ちの通信機を開く。
「エリウスだ。繋いでくれ」
通信技師に告げ、しばし待つ。やがて通信に応じたのは、まだ若いエリウスたちの大将だ。
『エリウスか。どうだった?』
「すまねぇ。ジェノブレイカー対策からは追い出されちまった」
『そうか……』
気落ちした声が通信越しに届く。仲間として、レイヴンを――ジョイスを連れ戻したかったが、その最初の一手は断たれてしまった。
「やっぱり、ワシらは邪魔者扱いよ。ニクスとは友好的な反面、へリックガイロスとは冷えちまったなぁ」
『ルドルフ陛下やルイーズ大統領とは好感を持てているのだがな』
「トップとその下とでワシらへの態度がまるで違うな。きなくせぇ」
『そう思うか? エリウス』
「ああ。こりゃ、ワシらを孤立させようって間者が潜んでる可能性も現実味を帯びて来たな」
『ローレンジもそんなことを言ってたな。何者かが、我らを貶めている気がすると』
「そういや、あいつはどうしてるよ?」
『単独行動だそうだ?』
「あ? 仮にもトップの癖になにやってんだ」
『私とあいつを同じ物差しで計らないでくれ。あれは、自ら動き、下を勝手に動かさせる。阿吽の呼吸で組織を動かしているんだ』
「ほんとか? 嘘っぽいぜ」
「まったく、迷惑かけられるぜ」
『すまないなエリウス。本来なら、ズィグナーを向かわせるはずだったんだが』
「ヒルツとか言う奴にやられて動けなかったんだろ。首脳会談の時もよ。わーってるからおとなしくしてろっての。……頼むぜ、大将」
『ああ、すまんな』
通信を切り、エリウスは小さく歯噛みした。
現場に赴く者が決まった後、作戦の立案も行われた。エリウスはせめてもの助けにと策を持ちだしたのだが、多数決で素気無く却下されてしまった。
エリウスの持ち出した策は奇襲用の小部隊でジェノブレイカーを細かく襲撃し、疲労させるというものだ。いくら強大なゾイドとは言え、補給もなしに継続戦闘は難しいだろう。ジェノブレイカーは――レイヴンはバンとの戦いを望んでいる。バンの居場所を公表し、そこに向かう進路上で襲撃をかければ確実に消耗させられる。ヒット&アウェイを徹底すれば、犠牲も減らせるだろう。馬鹿正直に待ち構えるよりはマシなはずだった。それに、奇襲戦であれば
だが、結果はハルフォードの打ちだした迎撃作戦である。それが採用された理由も、思い返してみればエリウスを頼るより――
――なんだかなぁ……。ワシらは、意図的に孤立させられてんのか。つか、この非常事態にどうしてワシらを遠ざける必要がある。
レイヴンを援護する者は、十中八九ヒルツという男の手先だろう。だが、その思惑が見えない。いったいヒルツはなぜレイヴンにジェノブレイカーを与えたのか。ヘリック共和国とガイロス帝国を揺さぶり続けるのはなぜか。その目的は、両国の崩壊と見えるが、本当にそれだけなのか。そして、
――いろんな奴らの思惑がめぐらされてるってか? わっかんねぇなぁオイ。
気づけば根元近くまで吸っていた葉巻を吐き捨て、エリウスは部屋に戻る。吐き捨てられた葉巻から立ち上る煙が、煙に含まれる有害物質が空気に紛れ、消えて行った。