ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第93話:師の想い

「あー……」

 

 机に突っ伏し、ローレンジは唸った。

 

「あー…………」

 

 日頃の疲れか、精神的な悩みか、とにかく、唸った。

 

「うあー…………」

「喧しい」

 

 呆れ、根負けしたようにタリスが呟く。やっとあった反応に、ローレンジは首だけを机の上で捻った。

 

「それだけかよ」

「ええそれだけ。いいから、早く仕事に戻ってくれる? 報告書のまとめと、次の向かい先、指示を出してもらわないとサイツさんたち諜報班も戸惑うわ」

 

 その言葉に、ローレンジはぼんやりと思考を動かし始める。ジョイスの捜索は、今だ一向に成果が上がらなかった。あったとすれば、廃棄されたディロフォースを発見した程度。

 すると、おりよく諜報班からの通信が届いた。

 

『頭領、オレっス、カバヤっス』

「おー、なんかあった?」

『なんかあったというか、これから起こりそうってとこっスね』

「なんだそりゃ」

『えっと、エルダー山脈地帯の共和国基地なんスけど、壊滅したっス』

 

 その報告は、重大な情報だった。

 共和国の基地が一つ壊滅。それも、山岳地帯のそこは、かなり見つかりにくい場所だったはずだ。ローレンジが仕入れた情報によると、あるゾイドの実験機が密かに運び込まれていた。その情報は広く拡散されておらず、襲撃されたのは全くの偶然か、共和国の情報が漏れていたのか。

 

『それだけじゃないっス。最近、その基地を皮切りに周辺の軍事施設が立て続けに襲撃を受けてるって話っスよ。それも、犯人はたった一人とか!』

「一人って……共和国の連中は何やってんだ。よほどのボンクラどもか、それとも……か」

 

 敵が相当なやりてなのか。

 真偽はどうあれ、両国の軍事情報を掴んでおくのは重要だ。世間の情勢、ほんの小さないざこざ、そのどれもが、傭兵団としての歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の貴重な糧になるかもしれないのだ。

 

「カバヤ。もう少し探りを入れてみろ。犯人が誰なのか、GF(ガーディアンフォース)の対応もだ。うまくすれば、俺たちの仕事になるかも知れねぇ」

『了解っス』

 

 カバヤとの通信を切り、ローレンジは手元に置いておいたコーヒーカップを手に取り、一口含む。適度な苦みが思考を断ち切り、新鮮な気分で作業に没頭できる。程なくして、ヴォルフに送る報告書が出来上がった。

 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の役割の一つに、情報収集がある。これは歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の活動のためであると同時に、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)にも提供する情報なのだ。歪獣黒賊(ブラックキマイラ)は、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に雇われている集団であり、情報提供者としての側面も確立しつつあった。

 

「さて、これでヴォルフに渡すもんはオーケー。後は……」

「また、考え事?」

 

 さらりと割り込ませた言葉は、するりとローレンジの思考を誘導した。

 

「分かりやすいか?」

「あなた、考え事をする時は顎に手が伸びるから」

「おっと、何時の間にか癖になってたのか」

 

 表情や仕草で思考を読まれるのは、暗殺者としてはあるまじきことだ。もうその立場ではないとはいえ、その頃に身につけた技術や心構えまで手離すのは愚行である。

 

「それで、何を考えているの? よかったら、話してみたら?」

「お前は、何でもかんでも見透かしてるみたいで相談する意義が無いんだが……」

「リュウジ君のこと?」

 

 肩を落とし、「そらみろ」と態度で示す。

 

「当たり。あいつがどうしたいのか、最近ぱったり分からなくなってな」

「あら、師匠でも分からないことはあるのね?」

「師匠になった覚えはねぇ」

 

 苦笑し、ぼんやりリュウジとの出会いを思い返す。

 

 あれは、ローレンジが私用で共和国に出向き、帰ってきたときのことだ。偶然とはいえ、サファイアとの共同で向かったこともあり、帰って早々ウィンザーから愚痴を吐かれて辟易していた。

 さっさと自室でコーヒーを一杯飲んで落ち着きたい。そんなことを考えていた時。ローレンジの自室の前でキョロキョロと辺りを見渡すリュウジを見つけたのだ。

 

『おい、何やってんだ、お前?』

『あ、あの……ここの頭領、ローレンジ・コーヴさんの部屋って、ここで合ってますよね』

『あ? 俺に用事か? ――ってお前ハルトマンのお気に入りの奴だよな』

『はい! リュウジ・アカイといいます。ウィンザーさんの指示で、今日からこちらに配属となりました』

『配属って……俺たちは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に所属してるわけじゃねぇぞ』

『違うんですか!?』

『雇われ集団だよ、立場としては。ったく、ウィンザーの奴、勝手なことしやがって』

『あの、ダメでしょうか……』

『いや、ダメとかないさ。お前がいいなら、うちのメンバーってことでカウントするけどよ。条件とかねぇし……考えるのもメンドくせーし』

『そ、それじゃあ……』

『おう。まぁよろしくな、リュウジ』

『はい! 師匠!』

『……は? 師匠?』

 

 いきなりやってきて、加入と同時に師匠呼ばわりされた。なぜ彼がそのような考えに至ったのかはまるで分っていない。ただ、リュウジの望むまま、彼の期待に応えるように、ローレンジはリュウジの特訓に付き合っている。

 それはゾイド戦だったり、対人戦だったり。戦闘技術だけでなく、ゾイド乗りとしての心構えも折を見て説いて来た。

 だが、なぜ自分がそんなことに気を配っているのかは分からないままだ。歪獣黒賊(ブラックキマイラ)には、リュウジ以外にも未来を期待する子供たちがいる。その中で、なぜ自分はリュウジを特別扱いしているのだろう。

 

「そーいや、なんであいつは俺を師匠呼ばわりしてんのかねぇ。なぁ、どう思うよ、タリス」

「分かってなかったの?」

「分かるか。いきなりやってきて、いきなり師匠呼ばわりされて」

「はぁ、無自覚でやってたのね」

 

 タリスはため息を吐き、ローレンジが淹れたコーヒーをさっと奪い取る。

 

「あ、コラ、せめて断り入れろや」

 

 ローレンジの愚痴を、しかしタリスは気にした様子が無い。一気にコップの中身を半分ほど飲み、目を閉じながら告げる。

 

「あなたと同じよ」

「は?」

「彼の出自は、知っているでしょう?」

「……ああ」

 

 リュウジは、元々奴隷だ。生まれた時からその身分で、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に救われるまで光の無い、真っ暗な人生を歩んできた。

 

「ハルトマンさんから聞いたのだけど、彼は、多くの仲間を失ってるわ。奴隷仲間ってところかしら」

 

 その言葉で、ローレンジはなんとなくリュウジの出自を把握する。

 奴隷とは、言うなれば使い捨ての労働力だ。酷使して、捨てて行く。まるで機械のように使い、壊れたら捨てて行く。――いや、機械よりも楽だ。機械のように専用の道具で修理すると言う必要はなく、僅かな食料と水を与えてひたすら働かせるだけ。そんな立場だからこそ、捨てられていく人の数は半端ではないだろう。

 そして、そんな出自で生き残っているということは、多くの奴隷仲間が捨てられていく様を見届けて来たのだ。

 

「……少し見えてきた。あいつは、失くしたくないんだな。知り合いが死んでいく様を知っているから、失くすことを恐れた。んで、失くさずに済むよう、守れるよう、力を求めた」

「本当のところは、聞いてみないと分からないでしょうね。でも、彼が何かを失くすことを恐れているのは確かだと思う。でないと、あそこまでジョイスに執着しないでしょう」

 

 タリスが付け足した言葉は、先日のリュウジとの会話の謎を解明してくれた。

 リュウジがジョイスのことを敵視したのは、ジョイスが獣の里(アルビレッジ)から行方をくらました日のことだ。あの日、ジョイスは仲間をも巻き込みかねない戦いをしたらしい。リュウジは、それが許せなかったのか。

 

 ――いや、それだけじゃないな。

 

 それもあるだろう。だが、リュウジの意識の底にあるのは、それだけではない。リュウジは、一体何を求めているのか。そして、その意思の源泉となるのは、必ずリュウジの境遇にある。

 ローレンジが殺し屋として名を馳せ、その過去を背負い続けているように。フェイトと出会い、過去と決別して生きると決意したように。人の行動原理は、その人物の過去の出来事から導き出すことが出来る。

 今ローレンジが知っている過去は、リュウジが奴隷という身分だったこと。

 考えてみる。もし自分が奴隷だったら――雇い主を殺す。

 

 ――いや、ちげーよ! あいつにそれはできねーよ!

 

 リュウジはそこまでの度胸も無ければ、やる気もない。彼は優しい気質だ。だからこそ、奴隷仲間を想い、その死を恐れ、強くなろうという想いに至ったはずだ。この前提がそもそも違うかもしれないが、そこは置いておく。

 では、リュウジが恐れるものとは、仲間の死か? いや違う、奴隷となった身分の者が恐れるのは、人が誰しも恐れること。それを恐れるからこそ、奴隷たちが反乱を起こすことのできない状況にもなるのだ。

 

 ――自分の死、だろうな。

 

 奴隷が死ぬ原因は、一つに酷使され過ぎた体力の限界があるが、もう一つある。それは、雇い主に役に立たないと判断された時だ。

 そうなった場合は酷いものだ。ただどこかに捨てられるだけならまだしも、生き伸びれる可能性もある。だが、それ以外……余興と称しての処刑だったら。獄に繋がれて力尽きるまで放置されたら。人体実験の材料として売られたら。

 今はなくなったかもしれないが、奴隷とは、そもそもそう言う立場にある人間なのだ。

 

 ――だけど……あいつが役立たずとは思わねぇんだけどな、俺は。

 

 先日のリムゾンとの対談の時。現場では叱責したものの、ローレンジはリュウジを評価していた。リムゾンはガイロスの裏社会のボスだ。影響力も強く、あの場で攻勢に出るのはよほどの馬鹿か、それとも自信過剰か。

 当時のリュウジは前者だった。だが、裏を返せば、あの場で攻勢に出られるほど自分に自信が持っているのではないだろうか。ローレンジの下にやってきて数ヶ月。彼自身の目の付け所や戦い方。それは、確実に洗練されつつあった。

 

「まとまった?」

「まぁ、少しはな」

 

 タリスに答え、ローレンジも自分のコーヒーを飲む。

 

「だけどさぁ、まだ分からねぇ」

「まだあるの?」

「いや……分かったはいいんだが、俺はあいつにどうしてやればいいかと思ってな」

「それは……自分で考えて。あなたは、師匠なんでしょ」

「ちげーっての」

 

 愚痴るように言い、さてどうしたものかとローレンジはまた頭を捻る。外を見ると、黒雲が空を覆っていた。一雨来るかもしれない。そろそろ日が完全に落ちる。外で訓練に明け暮れているメンバーも中に入れるべきか。そんなことを考えている時だ。

 

「フハハハハ! ローレンジ邪魔するぞ!」

「邪魔だ、帰れ」

「なかなかに酷い言い草だな」

 

 いつもの馬鹿笑いを響かせ、ザルカが執務室に入ってきた。

 

 

 

***

 

 

 

「ひゃー雨だ!」

 

 シュトルヒを格納庫に仕舞い、外に出てきたフェイトは突然の雨に慌てて走り出した。まずはローレンジに今回の成果を報告しようと思ったが、その前に身体が空腹を訴える。腕時計を確認すると、時刻はすでに午後の六時。少し早いが、夕食の時間と見ても全くおかしくなかった。

 先に夕食を取ってからにしよう。でも、せっかくだからロージも一緒がいいな。そう考え、フェイトは格納庫を小走りに飛び出し――ふと外からやってくるゾイドに足を止めた。レブラプターだ。獣の里(アルビレッジ)でレブラプターを駆る人物は、一人しかいない。

 

「おーい! リュウジー!」

 

 格納庫に入って行くレブラプターを追いかけ、パイロットの名を呼ぶ。反応はすぐにあった。レブラプターのコックピットが開き、まだ幼さを残したゴーグルの少年が軽く手を振りかえす。シートベルトを外し、リュウジはレブラプターの腕を伝って下りて行く。

 

「や! 今日はなにしてたの?」

「いつもの訓練だよ。ここのみんなと一緒にさ」

 

 リュウジの言うみんなとは、まだ修行途中の獣の里(アルビレッジ)で暮らす子供たちのことだ。ローレンジがあちこちから拾ってきた孤児で、望む者には、ゆくゆく鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の一員となるべく訓練を授けている。そうでない者も、いずれは独り立ちするための勉強をここで行っているのだ。

 ちなみに、その教導役は諜報班のイサオが行っている。気さくで人当たりの良い彼は、教師役としても板についていた。

 

「フェイトは?」

「ロージが勝手に出かけてたから、わたしもザルカさんと一緒に勝手に遺跡探索」

 

 遺跡探索はフェイトの悲願のためでもある。友人のフィーネと誓い合った、ゾイドイヴの謎を解き明かす。それはフェイトにとって亡き両親の跡継ぎであり、夢だ。

 

「遺跡探索っていうと、ゾイドイヴの?」

「うん。ザルカさん曰く、ちょっと進展があったらしいよ」

「それって?」

「えっと……どこかの沖合に数百年に一度だけ潮が引くポイントがあって、そこに謎を解く何かがあるんじゃないかって。ポイントが確定したから、共和国のドクター・ディに調査を依頼したって」

 

 共和国のドクター・ディとザルカは、今ではゾイドイヴの共同研究者だ。互いに顔を合わせるたびに憎まれ口を叩きつつ、それでもお互いの情報を交換し合い、共にゾイドイヴの謎を解き明かそうと努力している。

 もっとも、ザルカの方は鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の武器開発局も兼任しているため、なかなか調査に本腰を入れられないのだが。

 

「へぇ、結果が気になるってところ?」

「うーん、ザルカさんは期待するだけ無駄だろうって言ってた。夢が無いんだよねー。ニュート! 早く行こうよー!」

「キィー?」

 

 外に出たところで、ニュートは久しぶりの雨に喜んで外に飛び出した。オオトカゲ型であるニュートは、雨の降る湿地帯が好みらしい。野生のオオトカゲ型野生体は乾燥地帯から湿地帯まで幅広く生息する種だが、ニュートはその中では湿地帯種に近いらしい。

 互いの成果や愚痴を話しつつ、二人は食堂に向かった。ローレンジを誘おうと考えていたのだが、それはリュウジが拒んでしまった。なぜかと訊いても答えは得られず、ナラバ仕方ないとフェイトも諦めた。

 

 食堂に入ると、まだ少し早い所為か中はガランとしていた。食事は別けられた班ごとにあるのだが、リュウジとフェイトはほぼ自由だ。これは、二人の立場がローレンジの直轄に当てられているからなのだが。

 畳が敷き詰められた食堂に上がり、二人は真っ直ぐ厨房を目指す。厨房の中では一人の青年が忙しそうに仕込みを整えているところだった。

 

「ユースターさん?」

「あ、二人は早いね。ちょっと待ってて、すぐに出すからさ」

 

 そう言ってユースターは皿を二つ持って釜に向かい、ご飯を乗せる。次に開いた鍋からは、食欲をそそるスパイスの効いた匂いが吹き出し、一気に食堂中に広まった。

 

「あ! カレーだ!」

「今日はメニューが浮かばなくてさ。みんな大丈夫かな」

「大丈夫だよ! ね、リュウジ」

「う、うん。だと、思います」

「よかった」

 

 ユースターはほっと一息つき、二人にカレーの入った皿を出す。

 ユースターが歪獣黒賊(ブラックキマイラ)に配属されたのは、タリスの頼みがあってのことだ。暗黒大陸での一件を経て、ユースターはゾイドに乗れなくなっていた。もう、戦場に立つことはできない。そこで割り当てられたのが、歪儒黒賊(ブラックキマイラ)の料理番だった。

 当初は四苦八苦していたものの、時間と共にそれも慣れ、今では当たり前のように日々の食事を担当できている。

 ……主に年少の者が多いこともあり、苦情は絶えないそうなのだが。

 

 受け取った皿を持ち、二人は向かい合う様に机についた。

 

「いただきまーす!」

「いただきます」

 

 食事のあいさつを済ませ、食堂にスプーンが皿を統べる音が木霊する。野菜と肉のうまみが溶け込み、そこにユースターが研究を重ねたルーの程よい辛みが絡み合う。家庭のカレーといえば、やはり絶品だ。

 

「……それでさ、リュウジはなんか悩んでた?」

「え?」

「だって、顔に書いてあるよ」

 

 カレーを半分ほど食べ尽くした頃、フェイトがそう問いかける。リュウジは思わずスプーンの動きを止め、目をぱちくりさせる。

 

「ほら、ちょっと前にロージが勝手に出かけた時、リュウジはこっそりついて行ったんでしょ」

「う、うん」

「いいなー、わたしもついて行きたかったよー」

 

 若干恨みがましい言い方に、リュウジは何か悪い事でもしたかと不安になった。だが、それはローレンジと一緒に居たいと思うフェイトの僻みだ。

 

「……それでさ、なーんかリュウジ考え込んでるなーって思って。何かあるなら相談に乗るよ?」

 

 僅かな変化すら見逃さないそれは、フェイトがローレンジに近づいている証拠である。ローレンジと接した時間は及ばずとも、フェイトがローレンジから強く影響されているのは、リュウジにも分かった。

 そうだな、話した方がいいのだろう。

 リュウジは、ぽつぽつと最近の想いを話し出す。

 

 レイヴンに対する想い。自分がローレンジに必要とされていないのではないかという不安。強くなりたいという想いの下、ローレンジを師事すると決めたのだが、師匠と呼ばせてくれないことに対する不満。自分の中に滞留するくすんだ想いを、胸に溜まった悪いガスを吐き捨てるように、リュウジは話した。

 

「……ふーん。そっかぁ……」

 

 それを訊いたフェイトは、肯定とも否定とも言えぬ形でぼんやりと呟いた。

 

「……リュウジ、あのね。リュウジが悩んでるように、ロージだって悩んでるんだよ」

「え?」

「ロージはね、昔は師匠がいたんだって。でもロージはその人の事を嫌ってるみたい。リュウジも知ってるんだよね。ロージが昔はどんなことをしていたかって」

 

 ローレンジの過去。それは、先日のオクトファミリーのボスとの会談で、断片的だが語られている。決して、表舞台で誇れるような過去ではないだろう。むしり、公言すればそく大犯罪者となりかねない過去なのだと、リュウジも察している。

 

「だから、そんな自分が誰かに物事を教えるってことが、すごく不安なんだよ。わたしにだって、最初は渋られちゃったし」

 

 当時を思い出したのか、フェイトは苦笑を浮かべた。リュウジからすれば仲のいい、お互い強い信頼で結ばれている、まさに理想の兄妹なのだが、そんな二人の間にも、わだかまりがあったりしたのだろう。

 

「大丈夫だよ。ロージならきっと、リュウジの目指す強いゾイド乗りに育ててくれるから。今は、思った通りに一生懸命やればいいんだよ。……二人とも悩みが多いね」

「そう……だね」

 

 抱いてしまった師と慕った人物への不信感。だが、それも少しは和らいだ気がする。今なら、改めてローレンジと師弟として話したいと思う。

 リュウジは一気にカレーを平らげると、立ち上がる。すると、いつの間にかフェイトも食べ終えていた。

 

「「ごちそうさまでした!」」

 

 二人で締めの挨拶を言い、空になった皿をユースターに返す。そしてすぐに食堂を飛びだした。

 

 外では、雷雲が更なる雨と雷を落そうとしている。

 

 

 

***

 

 

 

 ローレンジの執務室では、ザルカが今回の遺跡調査の報告を行っていた。それも一段落つき、三人で雑談をしていた時だ。

 

「そういえば……ワタシが来る前は何を話していた? 扉越しに何か真面目な話が聞こえたが?」

 

 相変わらず、容赦なく突っ込んでくる奴だ。ザルカに話すのもいいかと思ったが、満足のいく回答が帰って来るとも言い難い。そう考えたローレンジは、適当に流すことにする。

 

「なんでもねーよ。リュウジのことで、ちょっと話してただけだ」

「リュウジというと――お前の弟子か!」

「弟子じゃねーっての。それよりさ、さっきの――」

 

 ローレンジとしてはザルカの調査結果も気になるところだ。フェイトが気にかけているゾイドイヴについては、ローレンジとしても無視しきれない事柄だ。それについてもっと話しを訊こうと思ったのだが、ザルカは予想外の言葉を口にする。

 

「なるほど、弟子の対応について困っていると言う事か。よかろう! このワタシが伝授してやろうではないか」

「は?」

 

 この話題の動きには、ローレンジも目を点にせざるを得ない。どういうことよ、とタリスに目を向けるも、タリスもザルカがなぜこの話題に食いついたのか訳が分からないと言った様子だ。

 そんな二人を無視し、ザルカは一人話し出す。

 

「弟子というのはな、なかなかに面倒な奴だ。だがな、気にかけたら目を離せん。実際、お前とてそうだろう? だから悩んでいるのだろう?」

「……まぁ、言ってしまえばそうだが」

「よいか。弟子を知りたければな、弟子が何を求めているかを把握するのだ。それが分かれば、おのずと何をすべきか、どう導いてやればいいか、分かるはずだ」

「おい、お前から根性論とか似合わねぇぞ」

「根性ではない。それが師弟という関係なのだ」

 

 いつになく、ザルカは熱く語った。新型ゾイドの設計について話す時に匹敵するくらい、いや、それ以上の熱を持ってザルカは続けた。

 

「弟子を信用してやれ。師弟の関係は千差万別。だがな、師弟同士の信頼感は変わらん。どこの、誰だろうとな。お前が奴を導きたいと思うのなら、思う通りに教えてやればいい。間違っても構わん。だが、それを教訓として己に刻むのを忘れるな。弟子を成長させ、師も育つのだ」

 

 ひとしきり言い切り、ザルカは机に置いてあるチョコレートを抓んで口に放りこんだ。

 

「それが、師弟というものだ。理屈では語れんのだよ。人と人、人とゾイド。その関係は、科学では証明できん。互いが互いを想う『心』とやらが、最も重要なのだ」

「……科学者らしくないな。その意見」

「なにを言う。ゾイドは生き物だ。生き物に起こる現象を、全て物理現象や科学で証明できるか? 時に科学の常識を超えたものが起こる。バン・フライハイトのブレードライガー。アンナ・ターレスのジェノリッター。お前のグレートサーベル。どれもこれも、科学では説明できん想いが、今を形作った。そうだろう?」

 

 ザルカの言葉は、確かに当てはまった。

 実際に見たわけではないが、バンのブレードライガーは、バンの力になりたいと言うシールドライガーとジークの想いが起こした奇跡と言われている。

 アンナのジェノリッターが暴走を止めたのも、フェイトの説得とアンナの努力が、ジェノリッターの心を動かしたからだ。

 そして、ローレンジがグレートサーベル――サーベラを乗りこなせたのは、ローレンジの想いをサーベラが汲み取り、認めたからこそ。

 

 全て、科学では証明できないことだった。人とゾイドの関係は、そういうものだ、そして、それは人同士でも同じこと。

 

「……はぁ、結局答えはでねぇな。――けど、まぁやるしかねぇってのは分かった。ありがとよ、タリス、ザルカ」

「私は特に何もしてないわ」

「ふん。お前は理屈よりも感情で動く男だ。つまらん悩みなど抱くな。まだまだ、ワタシのモルモットとして働いてもらわねばならんのだからな」

「ざけんな」

 

 苦笑しつつ、ローレンジもチョコレートを抓む。程よい甘みが口の中で溶け、同時に悩んでいた想いも融解していく。

 

「ところでよ。なんでそんなに首を突っ込むんだよ。俺が気になるのか?」

 

 からかい気味に含みを持たせて言うと、ザルカは心外だとばかりに額に皺を寄せた。

 

「そんなわけあるか。ワタシは、師弟関係の先達者として助言をしてやったにすぎん」

「は?」

 

 今度は、別の意味で驚かされた、この発言が意味することは、つまりザルカには嘗て弟子がいたという事か。

 

「お前、弟子なんて持ってたのかよ!?」

「弟子というよりは、助手だな。ずいぶんと昔の話だ。デスザウラーに拘っていた男でな。古代文明、とりわけデスザウラーに対する研究欲、知識欲しか存在しない男だった」

 

 なにか、嫌な予感がしない訳でもない。ローレンジはタリスによく聞いておくように合図を送りつつ、続きを促す。

 

「そいつは、今どうしてる?」

「さぁてな。昔、ワタシが古代人の叡智を応用してデスザウラーを作り上げたのだが――」

「おい!」

「案ずるな。当時はそれを表に出す気などなかった。ワタシは、古代人の叡智に頼ったデスザウラーなどに興味はない、実験的に作り上げ、そのまま封印した。デスザウラー(あれ)にはすまなかったが、所詮は実験機。表に出したところで、戦争に利用されるだけだったのでな。それでは、デスザウラー(あれ)復讐(おもい)に応えられん。満足させられんだろう。それに、あれはまだ未完成だった。戦場に出せば、瞬く間に自己崩壊するだろう。加えて、封印を解くカギは、当に失われた。もはやあれを目覚めさせる手段はない」

 

 悔しげに言うザルカは、その言葉が本心であると示している。嘗て、ザルカはデスザウラーを人間に翻弄されたゾイドとして、その復讐に手を貸そうと言う考えに至った。おそらく、そこに至る経緯には、自らが生み出し、封印した己のエゴも含まれていたのだろう。

 

「ワタシの助手だったあいつは、ワタシと思考が噛み合わなかったものでな、勝手に出て行ったよ。それ以降、会った覚えはない。まぁ、どこぞでのたれ死んだだろうな」

「……なら、いいんだがな」

「フハハ。まぁワタシの苦い過去という奴だ。最近、あれを思い出すことが増えてな。まったく、情けない話だ」

「まったく、らしくねぇな」

「だろう?」

 

 しんみりと落ちた空気を破壊するように、ザルカは「フハハハハ!」と馬鹿笑いをかます。だが、それはどこか無理やり出されたような、空元気に思えた。

 

 

 

「通信よ」

 

 タリスの言葉に、ローレンジは机の上の通信機を取る。

 

『頭領! カバヤっス』

「ああ、お前か」

 

 数刻前に基地襲撃の犯人を探れと指示を出していたはずだ。その情報だろう。

 

『ビッグニュースっスよ! とんでもないことが分かったっス!』

 

 電話口で、カバヤは何時になく落ち着かない様子で捲し立てる。耳が馬鹿になりそうだとローレンジは少し受話器を離し、「落ち着け」と声をかける。

 その時だ。執務室にリュウジとフェイトが駆け込んできた。何か話したそうだったが、状況的に今は無理だとジェスチャーを送る。

 そして、改めてカバヤが報告を告げた。

 

『基地襲撃の犯人は――』

 

 犯人は一人。よほどのゾイド乗りだろうと予測するローレンジは、幾人かの有力なゾイド乗りを想像する。だが、それは全て外れた。いや、一人だけ残された者がいた。同時に、彼だけはないだろうと高を括っていた。そこを突かれたのだ。

 

 

 

『――レイヴンなんスよ!』

「嘘だろ!? レイヴン! あいつがか!」

 

 声を荒げ、怒鳴ってしまった。それが失敗だと、ローレンジは遅れて気づく。

 

「……レイヴンが、見つかったんですか…………?」

 

 リュウジが、凄惨な表情で呟く。

 

 窓の外から、稲光が飛び込み、雷撃の轟音が轟く。

 その日、平和な惑星Ziは再び脅かされようとしていた。脅威が、いよいよもって動き出す。

 

 


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