ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第92話:幻影の鴉

 自分がどこを歩いているのか分からなかった。

 どこに向かっているのかさえ分からなかった。

 何をしているのかも、分からなかった。

 ただ導かれるように、それとも他の何かに誘われるように、やらなければならないのではという漠然とした予感に従って、戦った。

 

 あの日、あの時。空を舞う小柄な蒼い金属の身体を持つ機体――オーガノイドを見た瞬間、勝手に身体が動いた。条件反射といってもいい。動かす方法さえ知らないはずのゾイドに乗り――完璧に制御し――白いライガータイプのゾイドに挑んだ。

 

 小柄なコングが敗北し、力の差がよく分かった。機体性能が違い過ぎだ。勝ち目がない。だから、共に戦おうとしたラプトルタイプのゾイドを戦闘不能にした。

 

 なぜそんな行動を取ったのか分からなかった。失いたくないから? 守りたいから?

 なにを?

 なぜ?

 自分の取る行動の意味が、分からない。そもそも、自分はなんのために動いているのだろうか。さっぱり分からない。

 

 白いライガーから逃げ、乗っていた機体を囮にしてどうにか逃げ延びた。しばらくは身を潜め、完全に振り切ったのを把握するのに三日はかかった。

 三日間、何も食べていない。水すら口にしていない。

 でも、どうでもよかった。

 疲労感? 分からない。

 足が動かず、手も動かない。

 自分を覗き込む黒いオーガノイドは、何者だろう。少なくとも、味方なのは分かる。だが、なぜ味方なのかが分からない。

 

 気づいたら、砂漠の真ん中に倒れていた。オーガノイドは、周囲を見渡した後、どこかに飛んで行った。

 見捨てられたのか。

 まぁいい。何もわからない。

 何もわからないから、ここで倒れてしまうのも、悪くない。

 

 

 

 そして、ジョイスという名すら忘れた(レイヴン)は、砂漠に倒れた。

 

 

 

***

 

 

 

 鮮烈な記憶が、目を覚ます。

 凶悪な姿をした恐竜型ゾイドは、その口内から絶望を体現するような光を放っていた。一直線に放たれる太い光の柱は、立ち塞がっていた蒼いライガーを飲み込んだ。

 

『はっはっは、あーはっはっはっはっは!!!!』

 

 笑っているのは、恐竜のコックピットに乗った自分だ。勝ちを確信し、勝利の瞬間に喜びを見出し、愉悦に浸る。

 当時の記憶が僅かばかりフィードバックする。ああ、なんだ、最高じゃないか。この気分は。

 

 戦い、そして勝つ。

 

 たったそれだけ。だが、人生の中で感じたなによりも喜びがあった。この瞬間のために、自分は生きて来たんだと、疑いすら持たなかった。

 

 

 

 だが、

 

『なに?』

 

 驚愕を覚える。

 光の彼方に消え去ったと思った蒼いライガーは、健在だ。不可思議な輝きを前面に纏い、腰に備えた刃がまばゆく輝く。

 それが一歩前進すると、光は鏡に弾かれるようにその軌跡から退いた。それは、まるで光が刃に切り裂かれているかのよう。

 割かれたあとの光は、弱々しく瞬いて虚空へと消えていく。

 瞬間、光の末路が、己の末路のように思った。

 

 ――いやだ

 

 心の中の呟きを否定するように、刃は一歩、また一歩と前進する。

 

 ――いやだ、やめろ

 

 口が動かず、言葉にはできない。しかし、その言葉は確かに心で反響し続けた。(はず)み、(はじ)け、なんども音を響かせる。

 生まれて初めての音。それは、恐怖という名の感情だ。だが、その名を、自分は知らない。

 知らないけど、想いは溢れ出た。そして、ついに噴きだす。

 

『うわぁああああああああああああああ!!!!』

 

 その瞬間、記憶は一閃され、途切れた。

 

 

 

***

 

 

 

 起き上がった瞬間、何かを額にぶつけた。ぶつけたのは分かったが、それ以外はなんともない。見上げると、澄んだ蒼い瞳の黒いオーガノイドが見下ろしている。

 

「グゥゥオ?」

 

 オーガノイドが唸った。何か言いたげだったが、その意味は分からない。言葉の奥に秘められたのかもしれない感情さえ、どうでもいい。

 

「おや、起きたのかい?」

 

 その声は、しわがれた老婆のものだった。オーガノイドとは反対側から覗きこみ、水の入ったコップを持っている。反射的にそれを掴み、中身を一気に飲み干す。それでようやく、人心地つく。

 

「そんなに慌てなくても、誰も逃げやしないよ」

 

 カラカラと乾いたような声で言う老婆。ジョイスは何気なく顔を上げ――肝が冷えた。

 

 ――まさか!?

 

 死に絶えたはずの警戒心が噴火寸前の火山のマグマのように湧き上がり、しかしそれはすぐに冷え固まった。

 そこにいたのは、予想と大差ない老婆だった。すっかり白く染まった白髪をなびかせ、その内側に僅かばかりの黒髪を蓄える。それ以外には、別におかしなところはない。

 おそらく直前の夢の所為だ。あの激しく、鮮烈な夢が、目を覚ましてなお、自分を弄ぶ。

 

 だが、それもすぐにどうでもよくなる。

 

「あんた、名前は?」

 

 老婆の問いに、答えを返さない。声を出す気もないし、出そうとしたって出ない。そして、答えるつもりもない。心底、どうでもいいのだ。

 

「だんまりかい。まぁいいさ。でも、お礼ぐらいは言ってくれないとねぇ。砂漠にぶっ倒れてたあんたを助けてやったのは、あたしだよ?」

 

 遠回しに感謝のセリフを要求しているのだろう。だが、ジョイスは答えなかった。答える気力も、意味もないからだ。

 

「…………これがあのナマイキなクソガキだったら、一発ぶん殴ってやるところだけどねぇ」

 

 老婆の拳にどれほどの威力があるというのか。強がって見せる老婆に、ジョイスは無気力な視線を浴びせる。それを疑惑ととったのだろう、老婆はもう一度ため息を吐いた。

 

「もういいさ。メシにしよう。作って待っといてやったんだからね。感謝しなよ」

「……………………」

「……しゃべれないんなら、せめておじぎくらいしたらどうだい?」

 

 老婆の再三の要求を無視して、ジョイスは虚空を見つめた。夜のとばりが落ちかけている岩山の陰は、ジョイスの行く先を暗示するかのような漆黒だった……。

 

 

 

 

 

 

 老婆は木製の器を二つ取出し、うちの一つにたっぷりと鍋の中身を注いだ。とろりとした液体はたくさんの野菜が入っている。混ぜられたミルクの香りが食欲をそそる、野宿時の夕食にしてはえらく豪勢だ。

 ただ、その香りすら、ジョイスは感じない。

 

「熱いよ」

 

 そう言って差し出された器、ジョイスはためらいなく受け取る。老婆が目を睨むように細める。

 器は、確かに熱かった。だが、それに反応するような動きをジョイスはとれない。理由は簡単、精神が死に瀕しているからだ。

 

「とことんボロボロだねぇ、あんた」

 

 老婆は自分の器にシチューを盛り、軽く冷ませて一気に口へと流し込む。

 ジョイスも、空腹を訴える脳に従い、シチューを口に流した。

 沈黙の夕食は、二人が満足するまで続く。

 

 

 

「妙な拾い物をしたね」

 

 夕食を終え、食後のコーヒーを作りながら、老婆は言葉を溢す。

 

「昔にね、妙な気まぐれで拾い物をしちまったのさ。火事場泥棒やってたクソガキだよ。それからさ、アンタみたいな精神的に死にかけのガキを三人ほど拾った」

 

 老婆は出来上がったコーヒーの入ったカップをジョイスに渡し、自分ももう一つのカップを傾ける。

 

「なかなか面白かったよ。前も後も見えないガキ三人が、見る見るうちに言葉をしゃべるようになった。動きもよくなった。……笑うようになった。最初に拾ったガキも、それに呼応するように良い顔するんだ。あたしの人生クソだったけどさ、あの子たちと一緒の時は、それなりに楽しかったねぇ。失くした息子を取り戻したみたいさ」

 

 どこかで聞いた気がする話だ。僅かに湧いた興味という意思に従って顔を上げると、老婆はおかしそうに笑った。

 

「今は、もうずーっと一人さ。戦争で息子も夫も失くして、あたしには一っつも残りゃしなかった。でもね、あの時の、クソガキどもを育ててる時間は、まぁ充実してたのよ。ほら、あたしもけっこうなクソアマだろうからさ――って、あんたに言っても仕方ないね」

 

 夜空を見上げながら語る老婆は、声を上げて笑う。自虐からか、ジョイスを安心させるためか。

 老人は昔話が多くなるという。これも、その一つなのだろう。

 だからといって、ジョイスが何か返す訳でもない。受け止めて、そのまま自分の中に沈めていくだけだ。話すだけ無駄というものだろう。

 

 ジョイスはカップの中のコーヒーを口に含んだ。苦みが口いっぱいに広がり、目がさえる。それに、どこかで味わったことのあるような味だ。

 どこだろうか……。少し考えてみて、どうでもいいことだと気付いた。わざわざ感想を言うまでもない。

 

「なぁ、あんたさぁ、行くとこないんだろ」

 

 老婆が問いかける。その言い方は、やはり誰かを想像させた。それが誰なのかは、分からないままだが。

 

「どうだい? あたしがあんたの衣・食・住、すべて面倒見てやる。そして、教えてやるよ。このクソッタレな星で泥水啜って生き抜く術を。だから……」

 

 この先に続くセリフを、ジョイスは知っている。どこかで聞いた、こうやって、暗闇に誘われた話を、そうして自虐気味に笑った青年を、知っている気がした。

 

「あたしの、弟子にならないかい?」

 

 続けられた言葉に従えば、思い出せるのだろうか。封じられた、記憶を。

 ジョイスは小さく頷き、肯定の意を示した。

 

 

 

***

 

 

 

 岩山の隙間から太陽光が照り出す。差すような鋭い光が射しこみ、意識を覚醒へと押し上げた。

 ジョイスが起き上がると、そこには誰もいなかった。野営道具はきれいに片づけられ、焚火の痕がぶすぶすと名残惜しげに燻っている。

 老婆はどこに行ったのだろうか。辺りを見渡すと、振動が周囲を揺らした。

 何か巨大なものが大地を踏みしめる振動だ。だが、すぐに気付く。これはゾイドによるものだ。それも、ゴジュラスやアイアンコングといった見上げるほどの巨体を誇るゾイドではなく、軽装で身軽な小型ゾイドのものだ。

 足音が岩に反響し、その元凶が少しずつ近づく。そのたびに、小石が揺れた。

 やがて、元凶が現れる。

 

 体つきは、レブラプターやガンスナイパーと同じラプトルタイプのものだ。しかし、機体全体は白く、尻尾は黒い。

 白い機体色から共和国製のゾイドかと思われたが、共和国ゾイドの特徴であるキャノピーはなかった。代わりに装甲で覆われた頭部に、オレンジの瞳がギラリと輝く。

 手足の爪はレブラプターの物よりも鋭い。火砲の類は尾部に備えられたスナイパーライフル以外は存在しない。

 超遠距離からの狙撃と、至近距離での格闘戦闘に特化した、実に尖った装備のゾイドだ。

 

 ゾイドのコックピットが開き、中からあの老婆が現れた。

 

「さっさと乗りな。あんたの乗り場は背中だよ」

 

 そう言って、老婆はゾイドの背中を示す。偵察用ビークルかなにかだろうか。そこにもコックピットは存在する。

 ジョイスは言われるがまま足からよじ登る。

 

「こいつはスナイプマスターって言ってね。共和国がガンスナイパーの後継機として作った試作機さ。まぁ、あたしが盗んだんだけどね。なんでも鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)とか言うのが作った小型ゾイドを参考に、ガンスナイパーを改良したらしいよ。ウェポンラックを増やして自由度を増した設計らしいけど、まぁあんたにはどうでもいいさね」

 

 老婆の説明を聞きながら、ジョイスは背部コックピットに腰を下ろした。同時に、足を止めていたスナイプマスターが力強く始動する。

 

「とりあえずは、あたしについて来てもらう。文句言うんじゃないよ。昨日あたしの弟子になるって決めたからには、文句は言わせない」

 

 スナイプマスターが一歩踏み出し、その瞬間にあふれ出た躍動感がジョイスに押し寄せる。その感覚は、以前の機体を乗り捨ててしばらく感じることの無かった、ゾイド乗りの感覚。そして、戦闘への()()()

 

 岩山の荒れた地面をスナイプマスターが蹴りつけ、一気に走り出す。

 遠くの空に黒雲が立ち込め、背後から小柄な黒い影が後を追った。

 

 

 

 三日間走り続け、スナイプマスターが停止したのは岩山に囲まれた窪地だった。老婆は、年齢を感じさせない身のこなしで跳び下りる。旅用のマントをふわりとはためかせ、颯爽と岩山を登った。すぐにジョイスも後を追う。

 登り切り、老婆の横につくと、老婆は双眼鏡を手渡した。

 

「見な」

 

 老婆に急かされるまま、ジョイスは双眼鏡を覗き込んだ。

 

「そっちじゃない、こっちだよ」

 

 虚空に向けられた双眼鏡は無理やり方向を変えられ、ジョイスの頭も抑え込まれる。改めて双眼鏡を覗き込むと、そこには武骨な鉄の建造物があった。

 二階建ての建物に外を見渡せる窓。天井やバルコニーには数人の人間が立っており、めんどうそうに双眼鏡で辺りを見渡している。

 地面はやわらかい土でなく、こちらも冷たい鉄とコンクリート。城壁のような壁がそそり立ち、その外部には砲台がいくつか。そして、スナイプマスターと同じラプトルタイプのゾイド、ガンスナイパーが周囲を警戒している。

 壁に描かれた稲妻と惑星のマーク。ここまで情報があれば、予測するのは簡単だ。

 

「共和国の基地さ」

 

 老婆は、獲物をみつけたような獰猛な笑みをこぼしながら言う。

 

「こないだ、あそこで試作状態だったスナイプマスター(こいつ)を盗んでやったのさ。あとは、盗り損ねた強化パーツも一緒に奪っときたいねぇ」

 

 老婆の話を聞き流しつつ、ジョイスは共和国基地を見つめる。

 周囲を巡回するガンスナイパー。それを見た瞬間――ゾイドを見た瞬間、無気力だった己の中に何かが注ぎこまれる。

 あそこには、ゾイドがたくさんいる。もしかしたら、腕利きがいるかもしれない。そいつは、強いのだろうか。だとしたら――戦いたい。

 理由はいらない。ただそこにゾイド乗りがいて、自分がいる。それだけで十分だ。この胸の奥から湧き上がる感情を発散するには、それだけでよかった。

 

「降りるよ」

 

 双眼鏡をひったくられ、老婆にせがまれるようにして岩山を下りた。ジョイスが降りて来たのを確認すると、老婆はジョイスの頭を軽く叩く。

 

「あんたは、まぁ囮になってくれればそれでいいよ。あの道をまっすぐ、基地を目指すだけでいい。あたしはその隙にこっそり忍び込むからさ。パーツを奪って、あとはトンズラだよ。余計なことはしなくていい」

 

 頼んだよ。

 そう告げると、老婆は軽い足取りで岩場を駆けて行った。残されたジョイスの思考など、見向きもせず。

 

 

 

 ジョイスは、老婆に言われた通り、フラフラと共和国基地に歩み寄った。それに気づいたのだろうか。巡回のゴドスの一機がこちらに近づいてきた。両腕の先を連射式のキャノン砲に改装したゴドスキャノンだ。

 コックピットが開き、パイロットと思しき男が降りてくる。

 

「君、どこから来たんだい?」

 

 老婆の予想通り、孤児か何かと思ったのだろう。男は腰を落とし、優しい声音で問いかけて来た。ジョイスが答えを返さずにいると、男はさらに言葉を続ける。

 

「行くところが無いなら、しばらくここに居るかい? なんなら、俺が上に掛け合ってやるさ。――ああ、心配するな。これでも俺は中尉なんだ。それに、上官にも好印象を持たれてる。少しの我侭くらい通してくれる」

 

 ニカッと歯を見せながら笑う男は、かなりの好印象だろう。

 実際、男は人懐っこい性格と気質の御蔭で隊内でも人気者だった。当然覚えもよく、面倒見もいい。ジョイスが本当に孤児だったとして、この男に拾われたのなら、それはもう幸運としか言いようの無いものだった。

 

 だが、この出会いは男にとって最悪のものだった。

 

「よし、行こうじゃないか――?」

 

 立ち上がり、連れて行こうとした時、男は自身の腹に異物を感じた。視線を下に落とすと、足元に血だまりが出来ている。一体何のものか、迷うまでもなかった。

 目の前の少年が――ジョイスが、無表情のまま、刃物を己の腹に突き立てているのだから。

 

「え――?」

 

 男は、状況がつかめなかった。なぜ激痛が走っているのか、なぜ自身の意識が遠のいているのか。……なぜ、目の前の少年は、この状況に際して、一切表情を変えないのか。

 

 そして、男は崩れ落ちた。

 

 ジョイスの背後に、黒いオーガノイドが下り立つ。オーガノイドは、見定めるようにジョイスの目を覗き込んだ。

 

「グゥゥゥゥ……」

 

 じっと見つめ、それもほどなくして飛び立つ。オーガノイドが――シャドーが共和国の基地に進入していくのを見届け、ジョイスはゴドスキャノンに乗り込んだ。

 

 

 

 そして、虐殺が幕を開ける。

 

 

 

***

 

 

 

 基地内に警報が鳴り響く。

 

「おや、あの小僧、失敗したのかね。後で尻拭いしてやらないとねぇ」

 

 警戒されるような大それたことをするだろうか。精神崩壊状態の彼に、何が出来るだろうか。そう高を括っていたのは、失敗だったのかもしれない。ともかく、この先のためにもあれは必要だろう。

 老婆は基地の正面に警備が集中するのを見越し、裏側からスナイプマスターで進入する。

 

「何者だ――ぐぁ!」

 

 残っていたガンスナイパーの首を速やかに刈り、落ちた頭を足の爪で粉砕する。正面で派手な騒ぎが起こっている分、裏から侵入した老婆のほうはまだ騒ぎになっていない。てっきり警戒が強化されていると思っていたのだが、これでは話にならない。基地の警備の甘さを露呈させるとともに、自身の腕がまだまだ衰えていないと確信する。

 

 ――まぁ、あたしは一生現役だけどね。

 

 コックピットの隙間からライフルを覗かせ、近づいてくる兵士をワンショットで的確に沈める。密やかに潜入し、老婆のスナイプマスターは武器倉庫の扉を引き裂いた。

 

 そこにあったのは、以前の進入では強奪できなかったスナイプマスターの強化装備だ。身に着けて逃亡することは不可能であるため、適当に一つ選んで抱えて逃げるしかないだろう。

 老婆は素早く吟味し、折り畳み式の盾と格闘戦用の金棒らしき装備を掴み取った。

 後は、逃げるだけだ。

 

『これ以上進ませるな!』

『ダメだ、とても抑えきれ――うわぁあああ!!!!』

『なんだよ、なんなんだ! ばけも――ぐぁ!』

 

 共和国兵のものだろう。通信機から悲鳴と怒号が飛び交い、やがてそれは全て絶望の色に染まっていた。

 

「なんだい、間が悪かったかねぇ」

 

 どうやら基地の襲撃があったようだ。これでは、昨日無理やり弟子に迎えた少年の生存は絶望的だろう。

 声からしてわかる。襲撃者は一人。だが、相当な手練れだ。ガンスナイパーが中心の基地を、たった一人で蹂躙しているのだ。最近噂のテロリスト集団の仕業だろうか。

 

「あんなのと組むのは嫌なんだけどねぇ、さっさとトンズラこくとするかい」

 

 目的のものは奪った。あとは、さっさとこの場を離れるだけだ。運が良ければ、少年も回収しよう。そんな控えめな思考の下、老婆は武器倉庫を飛びだした。

 そして、外部の光景に()()を覚えた。

 

 そこは、もう共和国の基地ではない、今に燃え尽きる、廃墟同然だったのだ。

 ガンスナイパーの残骸がそこかしこに転がり、基地だった面影は全て紅蓮の炎の中に焼き尽くされていく。コンクリートの欠片が散らばり、司令部だったろう建物は基部を残して崩壊した。そして、その中を悠然と歩く一体のゴドスキャノン。

 たった一夜で、共和国の基地は崩壊したのだ。

 

「……これは、なんだい……?」

 

 戸惑いながら踏み出す。その音に、ゴドスキャノンは目ざとく反応した。両腕のキャノン砲をこちらに向け、素早く照準を合わせられる。

 老婆は向けられた殺意に反応した。慣れ親しんだその意思に、一瞬で身体の若さを取り戻す。地面を蹴って移動した刹那、連射されたキャノン砲の弾丸がスナイプマスターの右側を貫いた。

 

 ――武装はなし。戦闘は不可能……か。仕方ないねぇ。

 

 降参したところで、向こうに武器を収めるつもりはないのだろう。逃げの一手しかない。そう感じた老婆だが、コックピットに覗いた姿に直前の判断を斬り捨てた。

 

「……あんたかい」

 

 ゴドスキャノンに乗っているのは、少し前に分かれたジョイスだった。従う様に黒いオーガノイドがゴドスの方に乗り、低く唸りを上げた。

 オーガノイドを見た瞬間、老婆は確信した。ジョイスの……正体を。

 

「本当に、厄介な拾い物をしたみたいだね。……まったく、あたしが拾うガキは、どいつもこいつも()()()()()()()、それに手を染める馬鹿ばっかりさ」

 

 向き合う二体のゾイドは、じっと動かなかった。沈黙が、緊張が頂点まで達する。

 

「……いきな」

 

 やがて、老婆は呟いた。

 

「あんたは、あたしの弟子にするにはもったいないよ。自分の思う通り、好きにやればいい。それがあたしの弟子である証明さ。なにせ――」

 

 あたしの弟子たちは、みんなこの世界への反逆者なんだからねぇ。

 

 

 

 スナイプマスターが背を向け、走り去った後、ジョイスもゴドスから下りた。一時の満足感、次の破壊を求めて、また歩き出す。

 シャドーがその背後に立ち、突き従う様に歩み寄った。

 そして、ジョイスが離れて行くのと同時に、ゴドスキャノンは崩れ落ちた。まるで、生気を全て吸い取られたように、破壊の限りを尽くしたジョイスによって、その実すら破壊し尽くされたかのように。

 

 

 

 そしてジョイスは、またあてもなく彷徨う。

 次の戦場を求めて。

 


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