なんとなく
ガイロス帝国の商店街。
そこから侵入できる入り組んだ裏路地を抜けた先に、その店はあった。
掲げられた看板は無機質な電灯をチカチカと光らせる。すでに午後十時、真夜中だというに、店内から漏れる喧騒は止まなかった。
酒場は夜が本番だ。一日の疲れを発散するため。親しい人と騒ぐため。悩み事をアルコールできれいさっぱり流してしまうため、多くの人々が、夜中の酒場に通う。
だが、この酒場に訪れる者は、そう言った客ではなかった。
腰には拳銃をぶら下げ、人目を憚るようにひっそりと店を訪れる。店主も、そういった客に興味を示さない。
それが当たり前なのだ。
客の話に耳を貸さず、他人のフリをしながら要望の酒と場所を提供する。それが、この酒場の役割なのだ。
「あの……ししょ――ローレンジさん。ここって」
「ああ、お前が想像している通りの場所だ」
ローレンジは全身が隠れるほどの外套と鍔広の帽子を被り。店の看板を無意識に見上げていた。同行したリュウジも、半ば無理やりそれに近い格好をさせられている。
「絶対危ないですよ! なんでこんなとこに」
「お前が付いて来てるのにもう少し早く気づいてれば、即行引き返してたんだがな」
苦虫を噛み潰した表情でローレンジは愚痴った。
今日、本来ならばここには一人で訪れるつもりだった。フェイトを
なのに、いざガイガロスに入ったところでリュウジに尾行されていることに気づいたのだ。我ながら情けないことこの上ない。ここに訪れることが鬱屈で周りが見えてなかったとはいえ、愚行だ。
「いいか。余計なことは言うな。おとなしくしてろ。もし怪しまれたら……」
「怪しまれたら……?」
「首斬りだな」
ドスを聞かせて耳元で告げる。リュウジが震え上がるのを横目に、ローレンジはリュウジの背中を押しながら入店する。ここまで来た時点で、後戻りは不可能なのだ。
店内は、落ち着いた鈍い電灯に照らされ、鈍いネオンの光に満たされていた。数席ほどのテーブルが置かれ、座り心地のよさそうなソファにガラの悪い人間が腰を下ろしている。
彼らが新たな入店者に不躾な視線を向ける。つい視線を合わせそうになるリュウジを、ローレンジは強引に引き寄せる。
カウンターに腰をおろし、そこからは何をするでもない。ぼんやりと過ごす。リュウジが何か言いたそうに見つめるが、それすら無視した。やがて他の客の興味が失せ、まるで店内のオブジェクトの一つとなっても、ローレンジは身動き一つしなかった。
「お客さん。注文は?」
一時間が経った頃、カウンター越しにバーテンが声をかけてきた。舟をこぎかけていたリュウジがはっと目を覚ます。
それを尻目に、ローレンジは懐から一枚の紙片を出した。
「こいつで話が通るはずだ」
「…………確かに」
バーテンの男は紙片を受け取ると、手元で何かを操作する。すると、店内の雑踏がピタリと止む。
「えっ?」
リュウジが小さく呻きを洩らし、しかしその先は告げない。後頭部に突きつけられた銃口の感触が、リュウジの動きを止めた。忘れかけていた、一歩間違えれば命を落としかねない恐怖が湧き上がる。
瞬間的に命乞いをしてしまいそうになり、しかし、それは止められた。
「……おせぇよ」
背後に立った男の腹部には、すでにローレンジが自分の銃口を腋越しに突きつけていたのだ。
「めんどくせぇな。テメェらのボスに会うなら、一人始末しなきゃいけねぇのかい?」
沈黙が、その場を支配する。それを崩したのは、ソファから立ち上がった一人の女性だ。
「いや、その必要はない。合格だ」
リュウジの後頭部から銃口の感触が離れ、同時にローレンジも警戒を緩めた。だが、隣に座っていたリュウジは、それが見せかけであるとすぐに気付く。
「あんたは」
「ボスからあんたを迎えるよう言付かった。バイスだ」
「ああ、あんたがあいつの片腕ってわけだ」
軽く握手を交わし、しかし友好的なそぶりは一切見せず、ローレンジは氷のような瞳でバイスという女性を射抜く。
「……どっかで会ったか? 声に聴き覚えがあるが」
「さぁてな。ボスの命令であちこち渡り歩いてたんだ。どっかで会っていたかもしれないな」
「そうかい」
バイスは「ついて来い」と手で合図すると、カウンターの奥に向かった。他の者はいつの間にか元の喧騒を取り戻している。だが、先ほどの一連の動作があったせいか、嫌に作り者じみて見えてしまう。
「あの、ローレンジさん……僕ら、これからどこに……」
「本番は、こっからだ」
囁き、ローレンジもバイスを追ってカウンターの奥に向かう。急いでリュウジも同行し、そんなリュウジに向かってローレンジは告げる。
「この先は……ガイロスマフィア――オクトファミリーのアジトだからな」
***
オクトファミリーは、ガイロス帝国の暗部にひそかに潜んでいた組織だ。暗殺、兵器の密売、多くの裏事を請け負ってきた、名のある組織である。
だが、その組織運営も、最近大きな陰りがあった。
ギュンター・プロイツェンの失脚である。
ギュンター・プロイツェンの帝都転覆計画にひそかに噛んでいたオクトファミリーは、プロイツェンの死と共に大きな責を負うこととなった。プロイツェンへの捜査の末に繋がりが露呈し、ガイロス軍からの執拗な捜査を受けることで壊滅寸前まで陥った。
しかし、当時のボスの息子であった人物――リムゾン・オクサイドが父であるボスを蜥蜴の尻尾切りの如く切り捨てたのだ。
ボスは捕まり、組織は崩壊。上層部を一気に斬り捨て、下層にいた協力者と謀略を重ねることで、リムゾンは組織を一気に新体制へと持って行ったのだ。これによりオクトファミリーは大きな混乱に見舞われたが、新たなボスの座を勝ち取ったリムゾンの采配により、どうにか落ち着きを取り戻したのだ。
「そ、それがこれから会う人なんですね。でも、なんで……」
「帰っても誰にも言うんじゃねぇぞ」
「え?」
リュウジの回答を待たずして、ローレンジは告げる。
「リムゾンは、まぁ昔ちっと縁があってな。あいつを以前のボスの養子にするために、手ぇ貸したことがあるんだ」
「それって……」
「誰にも言うな。俺も、使いたくなかったが、仕方ないんだよ」
コツコツと足音を小さく響かせ、階段を下りる。降り切った先は、地下に築かれた薄暗い廊下だ。両脇にはいくつかの部屋があり、そこをすり抜けるように進む。最奥部には、洒落た装飾が施された扉があった。蛸を模したマークが掘り込まれており、ここにたどり着くまでに見た扉とは雰囲気が違う。
「――ボス、連れて来ました」
バイスは二回ノックし、告げた。ボスの返事が微かにリュウジの耳にも届き、徐に扉は開かれる。
扉の先は、士官の執務室の様だった。いくつもの書類が机の上で塔を作り上げている。しかし、対談に使うのだろうソファーと机には埃一つなく、内部は清掃が行き届いており清潔感が漂っていた。
見慣れない調度品がショーケースに並べられ、棚には部屋の主の好みだろうワインのボトルが飾られている。
ローレンジは軽く部屋を見渡し、小さくため息を吐く。
「……なんだこの部屋。趣味の塊か?」
「クハハ。そう言ってくれるな。俺の自慢のコレクションだぜ?」
ローレンジの呆れたようなセリフに答えたのは、思わず美男子を想像してしまいそうな心地よい声音だった。
リュウジたちに背を向け、仕事机の背後に配置された本棚に読んでいた本を返し、男が振り返る。その顔は、町を歩いていると思わず振り返ってしまいそうな美形だった。パーティーに出向けばまず間違いなく脚光を浴びるだろう整った顔立ち。
だが、その顔を見た瞬間、リュウジの背筋に悪寒が走った。
男は確かに美形だ。だが、一瞬で女性たちを虜にするような美形の下に、危うさを隠し持っている。近づけば取って喰われそうな、甘いマスクを被ったまま、平然と血を被るような、美しさと危険を同時に兼ね備えたような男だ。
「おや? 知らない顔だな。ローレンジ、お前の連れなのか?」
「ああ、うちの構成員のリュウジだ」
ローレンジに肩を叩かれ、リュウジは自分に意識を引き戻す。一目見ただけだというに、同性のリュウジが目を奪われた。それだけのカリスマを、この一瞬で感じ取らせるほどの男だ。
男は朱色の髪を軽く撫で、ニコリと笑う。笑顔も美しいが、より一層の殺意が裏に秘められている。
男はリュウジに視線を向け、恐怖で震えるリュウジに最後通告するかのような迫力を内に秘め、笑った。
「初めましてリュウジ君。俺はリムゾン・オクサイド。もう聞いていると思うが、オクトファミリーの八代目ボスになったばかりだ。以後、よろしくな」
そう笑いながら語ったリムゾンの目は、嘗てリュウジを奴隷として捕まえ、売った男にそっくりだった。
***
優しいのか怖いのかよく分からない笑顔を浮かべながら勧められたワインを断り、リュウジはソファに腰を下ろす。その横で、ローレンジも投げやりな様子だった。
「いらねーっての」
「クハハ、かれこれ数年ぶりの再会だ。旧交を温めようとは思わないのか?」
「お前と温めるもんなんて、謀略くらいだろうが」
「クッ、冷たい男だ」
リムゾンは自分のグラスに濃い赤紫色の液体をトクトクと注ぎ、一口含んで口を湿らせる。その隙にバイスがリュウジたちにコーヒーの入ったカップを出し、机に置いた。
「どうだい? お前の新しい居場所の調子は? もっとも、以前の居場所からはみ出ただけのようだから、然して居心地は変わらんだろうが」
「まったくな。ただ、ヴォルフやお前の苦労はよく分かった。一組織の長ってのは、頭使うことが多すぎだ。俺は、現場で動いてる方が性に合ってるのが再確認できたよ」
「当たり前だ。元々、現場で血を浴びているのがお前という人間だ」
クスリとまた笑みを浮かべ、リムゾンは赤紫の液体をグラスの半分ほど飲む。グラスを置いて、眼光を鋭くした。
「では、俺のオクトファミリーはどうかな? どうにかここまで立て直せた。まだしばらくはかかるが、もう一度ガイロス帝国の暗黒街のトップに躍り出る準備は整いつつある」
「そうかい。そいつは、歓迎できない話だ」
表情を変えず、ローレンジはため息を吐くように言った。
「……まぁ、様変わりしたな」
リムゾンが背もたれに腰を預け、優雅にグラスを傾ける。
「膿の放出ならいいが、傷口から菌を忍び込ませちまったんじゃないのか。昔のお前みたいに」
「俺が? 何を言う。俺は、オクトファミリーに取ってワクチンのようなものだと自負している」
ワインを飲み干したグラスに、リムゾンは追加のワインを注ぐ。流れ出る滝のようなそれは、赤黒く濁っても見える。そして、ローレンジの言葉にも棘が混ざっている。
「どの口がほざくんだよ。拾ってくれた先々代のボスを忙殺したのは、お前だろうが。リムゾン・フラウゼヴィッツ」
「勘違いするな。その名の男はもういない。俺は、リムゾン・オクサイドだ。それに、先々代がボスに成りあがり、俺を養子に迎えるよう協力してくれたのは、お前だろう? ローレンジ」
リュウジは、二人が言葉を交わすと同時に、火花が走ったような錯覚を覚える。
自分が師事している人物は、なにか後ろ暗いことを秘めているのだという予感はあった。その証拠が目の前で繰り広げられる。リュウジは二人を伺い、注意を凝らす。
「まぁ、昔語りはこの辺にしておこう。あんまり、君の連れに訊かせる話でもないのだろう」
「…………」
「だんまりか。まぁいい、それで? 態々縁を切った俺を訊ねて来た理由は?」
優雅な態度でリムゾンが切り出した。瞬間、空気がピリと張りつめた気がする。右腕と紹介されたバイスも、この瞬間は視線を鋭くし、会話を重ねる二人の様子を伺った。
そして、リュウジも耳を澄ます。
リュウジ自身、ローレンジが人目を憚ってこの場にやって来た理由を知らない。彼自身が「仕方ない」と言い、しかしそれを頼ってまで得ようとする情報。それがなんなのか。あるいは、未だに素性が見いだせない師と仰ぐ男の本性が見えてくるのかもしれない。
期待と不安を胸に、その先を待つ。
「……レイヴンの行方。お前なら、何か掴んでいないのか?」
――え?
ローレンジの言葉に、リュウジは違和感を感じた。
レイヴンを探している。それは、リュウジにだってうすうす感づけることだった。メンバーに秘密としながら、
リュウジが違和感を抱いたのはそこではない。ローレンジの言い方にだった。
リュウジがローレンジを心の中で師と仰ぐようになったのは、以前の上司であるカール・ウィンザーの勧めがあってだ。それから数ヶ月、
だからこそ、リュウジは感じた。ローレンジが口にした『レイヴンの行方を捜している』という言葉には、明らかに彼の必死さが籠められていた。
表面上は平然と、事務的だ。だが、その眼は真剣そのものだった。そして、フェイトが教えてくれたローレンジが必死な時の特徴。それは、二つに別けられた。
敵対者に対する者か、味方に対する者か、だ。今のローレンジの目は、味方に対した時の必死さを秘めている。
――でも、それって……。
レイヴンとローレンジの間になにがあったか、リュウジは深くは知らない。だが、レイヴンがローレンジにとって重要な人物であることは確かだ。少なくとも、使いたくない手段を使ってまで探し出したい人物だと。
――なんだよ、それ……。
リュウジはレイヴンと話した覚えはない。ただ、暗黒大陸から帰ってきた
そして、過去に多くの人やゾイドを傷つけ、殺して来ただろう、ガイロス帝国が誇った最強のゾイド乗りのなれの果てであること。コブラスが襲撃した際、リュウジたち仲間であるはずの者たちを
リュウジは元々奴隷だった。役に立たなければ捨てられる。殺される。そんな極限の環境で、必死に生き抜いてきた。役に立たなければ、必要とされなければ、生きてはいけないと知った。
だからこそ、リュウジは思うのだ。必要にされなければ、存在する価値はない。
――ローレンジさんが探しているのは、そんな奴かよ。ローレンジさんが気にかけている奴って、そんなクズかよ。そんな奴に……、僕は、そんな奴以下の存在かよ、ローレンジさん。
逆を言えば、リュウジのように志願して所属した者はかなり少なかった。
――じゃあ、僕は必要ないのかな。
「レイヴンか。お前のとこに隠されてるって噂だったが?」
「逃げられた。そして、どうしても連れ戻さなきゃならねぇ」
「ほう。それは、レイヴンがお前たちにとってアキレス腱だからか?」
「まぁ、そう見えるだろうな。だが、違うと言えば違う」
「クハハ。それは、なんだ?」
「そりゃ――」
リュウジには、ローレンジの言葉はほとんど耳に届かなかった。だが、思考に閉ざされた意識の中で、リムゾンが僅かばかり眉を動かしたのだけは確認できた。
「驚いたな、天涯孤独だろうお前から、そんな言葉を聞くことになるとは。意外だ、意外過ぎる」
「うるせぇ。もうあいつらなしじゃ、生きる意味が無くなっちまったんだよ。無くすくらいなら死んだ方がマシだ」
苦笑しながら答えるローレンジは、満足げだった。それは、以前の自分と大きく様変わりしたという感想に対する答えなのだが、リュウジにはそれを読み解くことはできない。自分が脳裏に過らせてしまった思考が、邪魔をする。
「まぁいい。そういうことなら、俺よりも裏社会に詳しい
「あの人?」
「分からないか? 世間の誰も知らないあの人の真の姿、知っているのはこの世にお前くらいだろう?」
パチンと指を鳴らし、バイスから一枚の紙を受け取るとそのままローレンジに差し出す。ローレンジは用紙を受け取り――瞠目する。つばを飲み込み、僅かばかり震えが混ざる声音で、告げた。
「……
名前、だろうか。少なくともリュウジは聞いた覚えが――いや、あった。奴隷だった頃、主人だった人物が一度だけ呟いていた。そして、恐れを成していたこともよく覚えている。そのすぐ後、リュウジの主人だった人物は暗殺され、現場に居合わせたリュウジは濡れ衣を着せられると予感して逃げ出した。それは、
「どこで繋がった……?」
「不思議でもないだろう。俺とお前を繋げたのも、その人だ。そして、今俺はあの人の雇い主でもある」
くつくつと笑みをこぼすリムゾンにローレンジは射殺さんばかりの眼光を浴びせた。
「まだ、生きてたんだな……。それにお前、俺の忠告を忘れたか?」
「
「それが、お前の復讐だってのか」
「クハハ、その通りよ。あの人を利用し、復讐する。俺を貶してくれたクズどもにな」
リムゾンは恍惚とした表情を浮かべた。だが、それもすぐに冷める。優しさと危うさをまじりあわせたような顔つきに戻る。
「そう怖い顔をするな。今すぐってわけじゃない。これからまだ五年、いや十年はかかる計画だ」
「……俺たちに話していいのか? 今すぐ殺るってのもありだぜ?」
「できるのか? お前に。
「できんのか?」
「ああ。なにせ俺と契約を結んでいるのは、あの人だけじゃない。
リムゾンが口にしたそれが、リュウジの意識を引き戻した。リムゾンは、自分たちに対して何かしら工作を行っている。そして、ローレンジすらもそれで止められているのだ。
――この人を倒せば、僕の価値を示せる!
リュウジは手を素早く腰に回した。護身用に持っていたナイフを握り込み、一機に抜き放つ。ローレンジから倣った近接戦闘術。少なくとも、手傷を負わせることはできる。咄嗟の判断だったが、それは正しい筈だった。
リュウジの動きを察知したバイスが拳銃を抜き取る。だが遅い。恐怖で一瞬縮こまったが、それでも机一つ先の男を刺すのが先だ。
だが、
「バカヤロウ」
足が払われ、リュウジはそのまま机に倒れた。机の板に頭を叩きつけ、激痛が脳内に走った。
「おとなしくしてろって言ったろうが」
「でも、ししょ――」
「帰るぞ」
リュウジの腕を取り、ローレンジはリムゾンに背を向けた。
「おいローレンジ。せっかくのワインが台無しだ。弁償してくれるか?」
リムゾンに対する答えは、叩きつけられた扉の音だった。
***
ガイガロスの裏路地を抜け、グレートサーベルの傍まで戻ったローレンジはようやくリュウジの手を離した。
「頭、冷えたか」
「…………」
リュウジのだんまりに、ローレンジはしばし悩んだ。どこまで話したものか。
今日の一件でローレンジに対する不信感は芽生えただろう。ウィンザーも、厄介な少年を投げつけて来たものだ。
「リムゾンは、元はガイロス帝国の大貴族、フラウゼヴィッツ家の息子だった」
知っておいてもいいだろう。そう思い、自分が知りうる限りの情報を話し出す。
「あいつには三兄弟の末っ子でな。上の二人が、これがまぁとびきりの秀才って奴だ。何をやらせてもうまくいく。対するリムゾンは、落ちこぼれだ。出来そこないのクズって馬鹿にされて、散々な家庭事情だった。とうとう家出して、オクトファミリーのボス候補だった先代に出会った」
語ることは、リムゾン本人が話したことと、軽い興味から自分で調べた事だった。何故それを話すのか、それは、リュウジには伝えるべきだと思ったからだ。
「俺や他の奴らに手を貸してもらい、奴は今の地位を手に入れた。そして、アイツの最終目的は家族を見返すこと。そのためなら、なんでもやった。奴隷商売、とかな」
リュウジがはっと目を上げた。その瞳の奥にははっきりとした憎悪が宿っている。そんな瞳を、ローレンジは幾度となく見て来た。嘗ての自分も、そんな目だった。
「あいつは馬鹿にした奴らを見返したくて、力がないなりに、努力した」
「だから、容認しろって言うんですか」
怒りを越えた狂気を感じる声音に、笑ってやる。
「違うさ。そういう奴もいるって話だ。あいつは復讐のために手を汚し、お前みたいな奴から復讐される動機を作った」
リュウジは、まだ話しが掴めていないのだろう。もしくは、何が言いたいのか分かっていないのかもしれない。
「復讐するのは勝手だ。だがな、それで連鎖を作っても、空しいだけだ。気に入らないから、サイテーなことされたから、だから復讐する。それを止める気はないが、俺の下に居たいんなら、そういう道を歩んでほしくないな」
言いながらも違うと感じる。これでは伝わらない。
ローレンジが言いたいことは、端的に復讐を目標にするなということだ。
だが、伝えたいことが、うまく伝えられない。もっと言えば、リュウジの意志がよく分からなかった。
だから、説得する言葉も支離滅裂になる。何を言っても、意味を成さない。言っている自分ですら、言葉の意味が把握できない。
――ああくそ、ダメだ。とにかく、今日コイツを連れて来たのは失敗だ。
頭を掻きむしり、結局答えが出ないことにイラつき、そんな自分に腹が立つ。
「帰るぞ」
結局、出た言葉は、答えの先送りにしかならなかった。
***
オクトファミリーのアジト。リムゾンの部屋で、部屋の主であるリムゾンは、自分で零れたワインを拭き取り、空いた瓶を片付けた。先代の養子となる以前は小姓のような役回りだったため、雑用は肌に滲みついている。
フラウゼヴィッツ家に居た頃から。
「……さて」
来客の後片付けを済ませ、リムゾンは立ち上がる。瞳を自身の右側に寄せ、こめかみに突きつけられた拳銃を睨む。
「警告か? バイス」
バイスは、無言で拳銃を押し付けた。
「あまり
「分かっているな。これは
ボスとその右腕。その立場が逆転したような物言いだが、リムゾンは咎めなかった。肩を竦め、スーツの裾を軽くはたいた。
「分かった分かった。潜伏している君の素性を告げるような真似は控えよう。――
リムゾンがからかうように告げると、ギリギリとさらに強く銃口が押し付けられた。
「それ以上余計なことを言うようなら、私はここを抜ける。キサマ、我ら『テラガイスト』の助力があってこその立て直しだということを忘れるな!」
「忘れてないさ。君たちと俺たちは協力関係。互いに、この星をひっくり返すまで手を結ぶ。世間にばれないよう、君の潜伏先を提供しているのはどこの誰だ? 俺がいなくなったら、ガルド様の立場がお辛くなるだろう?」
「ちっ!」
銃口でリムゾンの耳をはたき、バイス――リバイアスは拳銃を仕舞い込む。
「効果てきめんだな。やはり、ガルド様の信頼を裏切る真似はしたくないと」
「うるさい! お前は首を突っ込むな!」
「ガルド様のお気に入りがなくなったから、自分がそこに入れると淡い期待を抱いたのだろう。だが、結局ガルド様はさらに入れ込んでしまったからな。ストレスが溜まっているのではないか? ミルクでも用意しようか?」
「やかましい!」
今度は脛を靴の角で蹴られ、リムゾンは少し表情を歪めた。が、それもすぐに平然としたものに戻す。
「やれやれ、乱暴な子だ。俺は武闘派じゃないんでね、そういうのはローレンジにでもやってくれ」
「なぜ奴の名が出る!」
「なぜって……お前、昔一蹴されたことを随分と気にかけていたじゃないか。今日も復讐してやりたいと何度も……む、もしかして、別の意味で気にかけたのか?」
「そんなわけあるか!」
「クハハ、すまない。君はガルド様一筋、だったな」
「こいつ……!」
怒りを滲ませるリバイアスに、リムゾンは部屋の扉に手をかけながら涼しい顔で言ってやる。
「右腕のフリで疲れたか? ミルクを持ってきてやるからしばし待っていろ」
またリバイアスが怒るだろう。そう予感していたリムゾンは素早く扉を閉める。案の定、何かが投げつけられたのか扉が軋んだ。せっかく作りなおしたアジトで暴れないでほしい――コレクションを台無しにしないでほしいものだ。そう思いつつ、盟友と認めた男から預かった『駒』を宥める方法を模索し、リムゾンはアジトの廊下を歩く。
そんな中、ふと、喧嘩別れをしたような嘗ての知り合いを思い出す。
「ローレンジ。あいつには、敵対した奴を口説く方がにあっていそうだな。となると、リバイアスとは案外ピッタリなのか?」
嘗て友と感じた男と、今の友と感じる男の忠臣。くっついたら、これ以上滑稽で、しかし面白いことはない。
――まぁ、ありえない話だな。
想像は所詮想像。現に、以前少しばかり想像した家族との和解は、ありえないことだった。少し残念と思いつつ、リムゾンは廊下の暗がりの中へと歩んで行った。
リムゾン・オクサイド
ゾイドバトルカードからの出演です。公式絵見た時、この人絶対暗黒街のボスって感じだわ、と思いました。で、本作での立場です。