ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第89話:疑惑

 荘厳な石造りの建物が立ち並ぶ光景は、戦火の血痕を感じさせない物だった。吹き抜ける風は清潔で、空は青々と心地よく、住民は笑顔を浮かべながら井戸端会議なり買い物なりで今日の幸せを甘受する。

 戦争が終わり、惑星Ziには平和が訪れた。誰かが言い始めたそれは、確かに目に見える形となって、そこにあったのだ。

 

「いいものだな」

 

 ガイロス帝国の帝都ガイガロス。その光景を眺めながら、ヴォルフは感慨深く口にした。

 

「ガイロス帝国は落ち着きを取り戻したようだ。私も、これで一安心できる」

 

 溢した言葉は己の本心だ。同じ位に立つだろう友が、苦心の末にこの光景を取り戻したのだと思うと、言い知れぬ想いが湧き上がる。

 

「もはや、戦火の痕はどこにも見当たりませんな」

「ああ。もう二年――いや、二年と半年か。それだけの時間が経過したのだ」

 

 口に出してみると、まだ二年ほどしか経っていないのだと自覚させられる。

 父ギュンター・プロイツェンの打倒。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の独立。ニクス大陸での激闘。思い返す事件はいくつもあれど、それはたった二年半という月日のなかで起きたことだ。振り返ってみると、あっという間だった。

 そして、多くの事があった二年半で、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の大望は大きく前進した。その実感も強い。

 だが、同時に多くの課題が生まれたのも、事実であった。

 

「ヴォルフ様、そろそろ参りましょう。お時間です」

「そうだな。行くとしよう」

 

 ズィグナーの言葉に応え、止めていた足を再び前に踏み出し、ヴォルフは歩き出す。

 

 

 

***

 

 

 

 ガイロス帝国の政治は、皇帝たるルドルフ・ゲアハルト・ツェッペリン三世陛下に集中している訳ではない。

 ガイロス帝国には名だたる貴族が六人存在し、彼らが各々で領土を統括している。さらに、その下につく将兵たちが、貴族たちの指示のもとに村々を治めているのだ。

 主だった政は皇帝を議長とし、六人の貴族たちの話し合い――貴族議会によって決まる。貴族政治と呼ぶべき制度が、ガイロス帝国の政治の根幹なのだ。

 

 だが、その政治形態も今は少し変化している。

 ガイロス帝国の大貴族は、プロイツェン、ホマレフ、ブラッディゲート、ノルトリーム、フラウゼヴィッツ、シュミットの六家である。そのうちの一つ、プロイツェン家に問題が起きたのだ。

 第二次惑星Zi大異変の影響で、プロイツェン家のほとんどが亡くなったのだ。結果、正当にプロイツェン家を動かしていける存在は、ギュンター・プロイツェンただ一人だったのだ。

 しかし、先の反乱の主犯はプロイツェン家の当主であったギュンター・プロイツェンであり、彼は死去。プロイツェン家の跡継ぎとなるはずだった一人息子のヴォルフ・プロイツェンはガイロス帝国より独立した。

 つまり、六大貴族と皇帝の下行われてきたガイロス帝国の貴族政治は、重要なピースの一つを失ったのである。

 ギュンター・プロイツェンの起こした反旗は、ガイロス帝国という国の存在を大きく揺るがしたのだ。

 なればガイロス帝国はヴォルフ・プロイツェンを新たなプロイツェン家の当主として呼び戻し、体勢を整えねばならない。のだが、それを許さない情勢があったのだ。

 

「失礼します」

 

 荘厳な扉を開き、ヴォルフはある貴族の応接室へと入った。部屋の中心に円卓が用意され、対面する形で椅子が二つ用意されている。そして、うち一つにはすでに一人の男が座っていた。

 顔は細長く、鼻眼鏡をかけているところから関わりやすい人種に思える。だが、その表情は硬く、厳格だ。

 男は無言のまま合図し、ヴォルフもそれに応え、席に着く。

 

「お招きいただき感謝致します。シュミット公爵」

「こうして言葉を交わすのは初めてかな。ヴォルフ・プロイツェン卿」

 

 シュミットは表情を崩し、柔らかく会釈した。しかし、ヴォルフはその会釈に対し、同じように返すことが出来ない。

 『プロイツェン卿』

 その呼び方が、喉に引っかかった小骨の様で、落ち着かない。

 しかし、応じないのは不敬である。作り笑顔を浮かべ、どうにか会釈を返した。

 

「お会いできて光栄です」

「私もだ。君とは、もう二度とこうして会うことは叶わぬと思っていたよ」

 

 ふわりと目を細めるシュミットに、ヴォルフは自身の認識を改めた。プロイツェン家の跡継ぎに関する話題で呼び出されたのではないか。それとも、今の鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が抱える問題についてでは……と、この会談をプラスのイメージでとらえることが出来なかったのだ。

 シュミットとは、ギュンター・プロイツェンの息子として対面したことがある。当時はまだ子どもだったこともあり、こうしてそれぞれの立場の上で対談するなど考えてもいなかった。

 

「そういえば、元帥の役を仰せつかったとか。おめでとうございます」

「厄介なものだ。私のような者が元帥など。……以前は、摂政であるプロイツェンが兼任していたのだがな」

 

 ガイロス帝国軍は、それぞれの貴族が独自に軍を持っている。大貴族同士の話し合いで政治を進めていくという形式上、大貴族がそれぞれに軍を所有するという形態だ。

 だが、それぞれで独自に軍事を行っていては、ガイロス帝国というまとまりの中で同じ方向を向くことは非常に難しい。そこで、それぞれの役職ごとに最高責任者を決めているのだ。

 最終的な決定権は皇帝たるルドルフの所有するものだが、その前段階として各分野における専門を有することで、それぞれの部門の政治をより確固たるものにしようというわけだ。

 また、この采配は、同時に軍事を任されたシュミットに対するルドルフの信頼も伺わせた。

 軍事を任されるということは、国の武力を一手に担うのだ。それは、万が一にもシュミットが反旗を翻した時、ガイロス帝国は崩壊に危機に見舞われかねない。尤も、各貴族が個別に軍を所有していたり、皇帝の意志を無視して勝手に軍を動かすこととなると、他の貴族からの総攻撃に遭いかねないということもあり、反乱などそうそう起こせるものではないのだが。

 

「本日お招きいただいたのも、軍事に関することでしょう?」

 

 無駄話はここまでだ。ヴォルフがさりげなく切り込むと、シュミットの目は険を帯びた。折よく持ちこまれた紅茶を一口含む。そして、ちらりと紅茶を持ちこんだ人物を視界に捉える。

 侍女だろうと考えていたが、予想に反して大男だった。ヴォルフの補佐官であるズィグナーに勝るとも劣らない。くすんだ水色、いや灰色の髪に掘りの深い顔立ち。相応に年老いている人物だろうことが予測できる。

 

「こちらは?」

「私の副官だ。ハゼルス大佐だよ」

 

 シュミットの紹介に、ハゼルスと呼ばれた男は頭を下げた。

 

「ロード・ハゼルスと申します」

 

 年の割に聞き取りやすい声音だ。声質は太く、はっきりとしている。

 そして、その声音はどこか聞き覚えがあった。

 

「彼は、以前からシュミット公爵の?」

「ああ、一時期共和国に潜入していたこともあるが、昔から私に仕えてくれている。おそらく、君とも幼いころに会ったことがあろう」

「そうですか。申し訳ない、記憶が曖昧でして……」

「はっはっは、仕方あるまいて。会ったといえど、まだ君が十にも満たない頃だ」

 

 シュミットが笑いながら言った言葉に、若干違和感を覚えた。ヴォルフは今年で二十二だ。つまり、会ったことがあるのは少なくとも十二年以上昔。それほど昔なのに、なぜ声に聞き覚えがあるのだろう。

 

「さて、本題に入るとしようか」

 

 だが、ヴォルフの思考はシュミットのゆるりとした言葉に遮られた。仕方ないとヴォルフは思考を切り替える。

 おそらく、ここから先は苦言が多くなる。そして、自身からも言い辛い言葉を口にするのだろう。

 

「暗黒大陸で活躍した恐竜型ゾイド。あれの情報公開は、やはりないのか?」

「ありません」

 

 やはりか。話題に上がったのは、単身で黒龍ガン・ギャラドと渡り合った新鋭機――バーサークフューラーのことだ。

 

「あれは、まだ実験段階の機体です。装甲すらまともに備えられていない」

「ニクスの動乱から一年半も経つというに、まだ整っておらんのか」

「我々は現在、ニクスのマリエス・バレンシア様と結んだ公約の上、ニクスの復興に力を入れております。今現在の最優先事項はエリュシオンの統治とニクスとの関係を強めていくこと。軍事に関しては、両国に公開したSSゾイドにて十分な成果をあげております。これ以上、強力な兵器に力を注ぐのは、今の平和を乱すことになりましょう」

 

 流れるように口を吐いた言葉は、ヴォルフ自身が驚くほど感情の籠っていない、うわべだけのセリフだった。

 もう何度目だろうか。こうして言葉で説明し、両国から寄せられる詰問を躱していくのは。

 

「あの機体は既存のゾイドとは設計段階から大きく違うのです。詳しくはまだお伝えできませんが、ゾイドを生産するという工程を根本から変える物。まだ実験段階のゾイドです。とてもではありませんが、公開できるほどのものではありません」

 

 バーサークフューラーについては、未だに進展はない。既存の兵器を大きく上回る機体故、その技術はまだ確立していないのだ。半端なものを公開できないというのが世間に公表した表向きの理由。

 だが、真実では、公開することによるパワーバランスの崩壊を危惧しているのだ。

 

「我々は、ガイロスへリック両国には到底及ばない、まだ国の基盤すらない一組織。独立権を頂いた自治都市に過ぎません。ガイロス帝国とヘリック共和国に匹敵する存在ではありません」

()()()。いずれは、我々に比肩する国家としての形を作りだすつもりだろう」

 

 返す刀で突きつけられた言葉は、以前なら好意的に捉えられたかもしれない。ガイロス帝国の重鎮、六大貴族の一人が、ゼネバス帝国の復興に現実を見ている。ヴォルフ達の大望は泡と消える叶わぬ夢ではなく、現実に固体を成し、達成される出来事なのだと。

 だが、今日の会談では、その意味は含まれていない。

 

「ヴォルフ。君たちはいささか力を持ち過ぎた」

 

 短い言葉だが、その内に秘められた意味は、ヴォルフを刺激するには十分だった。敵対の意志が、ありありと見受けられた。

 

「我らは、両国には到底及びません。どちらの国に仕掛けられようと、一夜にして敗北するでしょう」

「私はその可能性を言っている訳ではないのだ。我々は、君たちが見せてくれた力が、いざ我らの脅威に回った時を恐れているのだよ。件のバーサークフューラーだけではない。君たちはジェノザウラーも保有している。あれの力は、この国に、エウロペにとって巨大すぎる」

 

 ジェノザウラーは、嘗て主人と認めた一人のゾイド乗りと共に共和国の深部まで侵攻した。たった一機で、だ。皇帝ルドルフがその目で見た凶悪なまでの力が、秘められているのだ。

 

「ご心配なく。我々のジェノザウラーは完全に制御できています。乗り手も、私が最も信頼する人物です。暴走させることはないと、私の責任を持って断言しましょう」

 

 すこし、我慢するのが辛い。

 「それに」とヴォルフは僅かに口端を持ち上げた。

 

「……()()()()|のように、脅威を野放しにするような愚行はいたしません」

「ぐっ……」

 

 シュミットは言葉に詰まった。

 数ヶ月ほど前の出来事だ。

 ガイロス帝国には、実はジェノザウラーが一体残されていたのだ。先のニクス動乱の際、ガイロス帝国を内側から留めていたPKの間者、マグネンが所有していたジェノザウラーが一機。当然、ガイロス帝国はこれの処遇について頭を抱えることになる。

 ルドルフの意志は、ジェノザウラーの破棄だ。今後、脅威となりえないと断言できないジェノザウラーを、ルドルフは手元に置いておくことが出来なかった。戦争は終わった。過ぎた力は、必要ない。

 だが、議会の意志は違った。

 奇しくもジェノザウラーを発見した戦い、その最前線たるニクスにて、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が秘密裏にジェノザウラーを保有していた事実が発覚したのだ。

 この戦いでは。ジェノザウラー――ジェノリッターは全軍の士気を持ち上げ、最前線で猛威を揮った頼もしい味方だ。だが、もしあれが今一度敵として立ちはだかったら?

 

 議会を構成する六大貴族たちが危惧したのは、ジェノザウラーという強大過ぎるゾイドの力そのものなのだ。

 現在、ガイロス帝国が保有するゾイドの中で、最強を冠するとしたらアイアンコングだ。しかし、そのアイアンコングもジェノザウラーには歯が立たなかったという結果報告がなされている。

 共和国は少数ながらブレードライガーの量産に着手した。ブレードライガーはジェノザウラーにも対抗できるゾイドだ。しかし、帝国にはそう言ったゾイドが存在しない。

 ならば、手元にある未知の機体に頼るほかない。

 毒を持って、毒を制するのだ。

 惑星Ziの安寧を図るならば、巨大な力に対する抑止力を各陣営が所有していなければならない。

 

 議会の強い要望は、ルドルフ意志を揺るがし、ジェノザウラーの配備テストに持ちこませた。だが、結果は最悪なものだ。

 

「ジェノザウラーはテストパイロットの意志を飲み込み暴走。そのまま、どこかへと去って行ったとか」

「…………」

「幸い、私の部下のカール・ウィンザーが現場に居合わせており、彼の元上司であるサーベラー中佐との連携で被害を最小限に食い止めることが出来たと、そう聞いております」

 

 そこまで言い切ったところで、ヴォルフは心中で己を詰った。

 こんなことを言ってなんになる。自分たちへの敵意に苛立ち、相手を嘲笑うなど、まるで子供ではないか。

 抑えられなかった己に苛立ち、しかし、そこまで苛立たせた帝国と共和国にも腹が立つ。

 

「失礼。言葉が過ぎました」

「……いや、構わんよ。我らの失態だ。そこまで言われる責は、元帥たる私にある」

 

 落ち着いているな。

 今のヴォルフだったら、いきり立ってしまったかもしれない。だが、シュミットはゆるりと己の責を認めた。年の差か、経験の差なのか、政治家として、その態度は見習わなければならない。

 

「件のジェノザウラーは?」

「テストパイロットのリッツ・ルンシュテッド中尉と共に行方不明だ。未だ消息はつかめておらん」

「そうですか……」

 

 首肯しつつ、背後のズィグナーが耳打ちした。ヴォルフが小さく頷くと、ズィグナーは一度退出する。

 

「昨今、赤と青のオーガノイドを連れた連中がなにやら破壊工作を行っているとか。帝国と共和国の間では、どのように?」

GF(ガーディアンフォース)を中心に探らせているところだ。近頃は、少し落ち着いてきたがな」

「なるほど……」

 

 GF(ガーディアンフォース)と言えば、近々ローレンジの率いる歪獣黒賊(ブラックキマイラ)にも視察が入る予定と聞いていた。少し前に謎のゾイド乗りに襲われた被害とその惨状から、情報交換を行う手筈になっていたはずだ。

 

「そちらは……いかがかな?」

 

 シュミットは覗き込むように言った。質問の意図は、先ほどの話題に上がったオーガノイド使いに近いようで、少し違った。

 

「現在、全力で行方を追っているところです。こちらも、まだ消息はつかめておりませんが」

「どちらも、手が足りんか……」

 

 ヴォルフは紅茶の入ったカップを持ち上げ、一気に飲み干す。

 

「さて、今日はこの辺りにしようか」

 

 シュミットがポツリと言葉を残し、立ち上がった。ヴォルフも合わせて立ち上がり、もう握手を交わす。

 

「本日は、お招きありがとうございました」

「君たちには疑惑が付きまとっている。だが、我々ガイロス帝国は全力で支えよう。これからも、よろしく頼む」

「はい」

 

 そして、ヴォルフは一礼の後に退出した。

 

 

 

***

 

 

 

「これからもよろしく……か」

 

 屋敷を出たところで、ヴォルフは呟いた。

 これほど感情の無いセリフは、初めて聞いたような気がする。そして、それに対するヴォルフの言葉も、あまりにそっけなく、渇いていた。

 

 ――我々は期待している、だと? それはルドルフ陛下個人だけだ。

 

 心中で吐き捨て、ヴォルフはもう一度屋敷を振り返った。

 今日の対談でよく分かった。いや、これまでずっと感じていた疑惑をより深めるのに十分だったと言おうか。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は、多くの疑惑の視線に晒されている。それを払拭したのが、一年半前のニクスでの戦いだった。

 だが、結果は良好とはとても言えない。ジェノザウラーやバーサークフューラー、SSゾイドなど、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が保有する新ゾイドとそれに裏付けされた技術力は、帝国共和国に比肩、或いは上回っているほど強大だ。そして、それをまざまざと見せつけたギルベイダーとの死闘が、両国に新たな疑惑の種を生みつけたのだ。

 疑惑が花開いた時、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は敵視される。惑星Ziを揺るがす巨悪として、へリックガイロス連合軍によってこの星から淘汰される。

 そんな未来(ビジョン)が、ありありと描けてしまう。

 

 国家として独立するためのゾイドが、新たな脅威に成りえないかと認識される。それに対抗するように、ガイロス帝国は強力なゾイドを欲した。

 これでは、まるで戦争ではないか。実際に戦うことはない。されど、水面下で行われる意志のぶつけ合い、数値という戦力のぶつかり合い。

 ウィンザーの求める熱き戦場などない。どこまでも冷めた、されど争い。そう、それはまるで、冷たい戦争――

 

 冷戦、とでも呼ぶべきか。

 

 ――一難去ってまた一難。我らは、どこまでも異端として扱われるのか。ゼネバス帝国は、もはやこの星に必要ないと……? ふざけるな。

 

 ニクスの戦いは、結果的に疑惑だけを残したわけではない。

 PK壊滅という目に見える戦果によって、共に夢を形にしようとする同志は増加した。反逆者プロイツェンの息子として恐れる、両国の民衆の意識は軽減された。加えて、マリエスとの関係と結ばれた公約により、ニクスとの貿易は鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が主導権を握っている。

 これだけの成果をものにし、しかし立ち塞がった困難は悪化を見せている。

 

 止まる訳にはいかん。ゾイドの強化も、やめることはできん。

 

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が両国に黙ってゾイド強化を続け、その成果を秘匿しているのは訳があった。

 ニクスの戦いの黒幕、オーダイン・クラッツから残された言葉があるのだ。

 

 それは、もう一つの脅威、『テラガイスト』の存在。

 

 テラガイストは今どこにいるのか不明だ。だが、その技術力は両国の一歩先を行っているだろう鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に匹敵する。いや、今後国づくりにも力を割いて行くことを考えると、すでに越されている。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の次なる敵はテラガイストだ。だが、彼らがどこに潜んでいるかは今もって不明。

 

 帝国と共和国、その()()()()()()()()()()()、なんらおかしくはない。

 両国にバーサークフューラーの情報を公開できないのは、これが理由だ。

 バーサークフューラーは現在の鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の切り札となるゾイドだ。万が一にでも情報が漏れてしまえば、それを足掛かりに対抗機種を打ち出されかねない。ウィンザーの乗機として公開されている素体状態も、ギリギリのグレーゾーンと言える。

 

 見えない敵。

 その恐ろしさは、どこに潜んでいるかも分からないことだ。下手をすれば、身内にさえも潜まれている可能性もあるのだから……。

 

「ヴォルフ様」

「――っ……ズィグナーか、どうだった?」

「ルンシュテッド中尉に関しては、こちらもまだ不明とのこと。レイヴンも同じく」

「そうか……。いや、仕方あるまい。そう簡単に見つかる相手ではない」

 

 ズィグナーに答えながら、ヴォルフは意識を切り替えた。山積みの問題に思考を奪われるのは辞めだ。目の前の課題を一つずつ、確実に減らす。でなければ、頭が押しつぶされかねない。

 無論、思考を止めるのはもってのほかだが……。

 

「ルドルフ陛下には、会って行かないので?」

 

 ズィグナーの問いに、一瞬足が浮いた。ルドルフは立場こそ違えど、良き国を作ろうと考えている、志の上での同志だ。たまにお忍びで遊びにやって来る事もあり、その時は立場を越えた友人として付き合いがある。

 だが、

 

「……余計なことを言いそうだ。今日は辞めておこう」

 

 先ほどのシュミットとの会話が頭に残っていた。自分自身、相当疲れている実感がある。こんな時に会っては、ロクなことにならないだろう。

 

「帰るぞ。戻ったら、今回のことをまとめておかねばならん。それに……ああ、マリエスとの会談もあったな。ニクスも復興しているようだが、いかんせん技術と文化の差が大きい。派遣した者たちが、なにやらいざこざを起こしているらしいからな。それから、エリュシオンの住民も増加の一途、また土地を切り開かねばならんか。後は……」

「ヴォルフ様。それらに関しては、私が進めておきます。ヴォルフ様には、後で確認をしていただければそれで」

「だが――」

 

 組織のトップたるヴォルフは、率先して動かねばならない。でなければ部下に示しがつかない。なにより、課題が大きく膨れ上がる今だからこそ、ヴォルフが必要なのだ。

 だが、そんなヴォルフの思考を見透かしてか、武骨な顔を和らげながらズィグナーは続けた。

 

「色々と溜まった時は、捌け口の所に行ってください。溜め込み、一人で抱え、そのままはなりません」

「ズィグナー」

「そう、教えられたでしょう。奴から伝言が届いております。久しぶりに付き合ってほしいとか。アンナも、すでに向かっております」

 

 優しく諭すズィグナーは、おそらく悟っているのだろう。

 おそらく、会談の最中に一度退出した時だ。あの時に連絡を回したのだろう。ヴォルフが気負うことなく話せる、唯一とも言える友の下に。ヴォルフの中に溜まったものを、吐き出させるために。

 支えられている。それを強く実感し、ヴォルフは笑った。

 

「ありがとう。一日ほど休暇を貰う。すぐに戻るから、仕事を大量に作っておいてくれ」

「そのようなことを言われますな。存分に羽を伸ばしてくださればよい」

「すまないな」

 

 ヴォルフは、久しぶりに晴れ間を覗かせた己の心中を思いつつ、ガイガロスの大地を歩いた。

 


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