ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第88話:静けさ

「妙な夢を見たのだが、こういう時に感じる『ざわつき』をどう表現したらいいのだろうな、ローレンジ」

「……あんたには一番似合わないセリフだな。夢で動揺するとか、らしくねぇよ。ザルカ」

 

 傷ついたゾイドの整備の名目でやってきたのは、逆立った髪に若干の白髪を覗かせる金髪に真紅のサングラスが特徴の老人――ザルカである。生涯現役を謳うような背筋をピンと伸ばした老人が吐いた言葉に、ローレンジは一瞬ポカンとした表情を浮かべ、すぐさま表情を取り繕って毒吐いた。

 

「いや、これがなかなか現実味のあることでな。走馬灯。いや、在りし日の思い出。ワタシ自身の後悔? 分からんが、そんな感じに例えられることだ」

「聞けば聞くほどらしくねぇな。あんたに自分の過去を思い返して苦悩するような『人間らしい思考』が残ってたのか?」

 

 ザルカは口を開けばゾイドの事ばかりだ。てっきりニクスの援助とエリュシオンの財力拡大を図るために中断された新型ゾイド開発の愚痴を聞かされるだろうと思っていたローレンジは、見当違いの相談を持ちかけるザルカに首をかしげるしかなかった。

 

「ワタシとて人間だ。残念ながらな」

 

 心底残念そうに語るザルカの態度に、とりあえず根っこからおかしくなったのではないと確信を得て、ローレンジは僅かに安堵を覚えた。

 風変わりなザルカの問いかけに答える理由もなく、ローレンジはエリュシオンの茶店からまとめ買いしたコーヒー豆をすり潰し、その傍らでタリスから渡された被害報告書に目を通す。

 ローレンジ達が居るのはマンスター高地の山間。谷間にひっそりと築かれた小さな集落のような村だ。周辺の森林を切り開き、その時に出た木材を用いて簡素な住居がいくつも築かれている。集落の外側には高地の台地形を利用したゾイドの演習場があり、規模から見ても新しく作られた村と思わせる場所だ。

 

「確か……『歪獣黒賊(ブラックキマイラ)』だったか? 妙な名前を付けたものだな」

「うるせぇ。名前付けたのは『雷獣戦隊』名乗ってる馬鹿どもだよ。まったく、もう少しイカした名前付けれなかったのか……」

「案を出さなかったのはお前だろう? 文句を言える立場ではあるまい」

「……けっ」

 

 表情を歪め、ローレンジは苛立ちを滲ませながら砕いたコーヒー豆の粉を濾紙に入れる。

 

「鉄竜騎兵団であって鉄竜騎兵団ではない。所属はしているが、立場はあくまで傭兵。つまりは、傭兵集団というわけだ。お前がおとなしく兵役に準ずるわけがないとは思っていたが、収まるところに収まったか。似合っているぞ。まるで、盗賊や山賊の頭だ」

「嫌味か? 残念ながら、俺もそういう立場の方がらしいと思ってるよ」

 

 あえて挑みかかる様ににやりと笑みを浮かべ、ローレンジはコーヒーが出来るまでザルカと同じように外を眺めた。

 

「居心地は、よかったようだな。ワタシは始めて来るが、ここはお前にとってなかなか良い空気ではないのか。穏やかで、静かだ。のんびり余生を過ごすにはふさわしい、か? ワタシには縁がないだろうがな」

「まったくだ。俺だって、こんな場所と、今の立場を手にするなんて考えてもなかったさ。俺は、一生さすらって生きる奴だと思ってたからな」

「新たな故郷、という奴か?」

「まぁ、な。そうだよ……」

 

 『歪獣黒賊(ブラックキマイラ)』は、暗黒大陸の戦いの半年後に生まれた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の独立組織だ。ザルカの言う通り、立場上は鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に雇われている身だが、いざとなればその鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)にすら牙を剥くならず者、傭兵の集まりだ。

 ローレンジ自身が己に科した使命『ヴォルフの監視役』を担うため、最もふさわしいだろう立場を模索した末にたどり着いたのが、この『歪獣黒賊(ブラックキマイラ)』だ。

 雇い主は鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)ではなくヴォルフ本人であり、『歪獣黒賊(ブラックキマイラ)』の立場はヴォルフが直轄する傭兵団だ。その動きを決められるのはヴォルフ自身か組織の長であるローレンジだけである。

 構成員はローレンジ自身がこれまでの人生で紡いできた伝手で集まっており、元々傭兵だった者、盗賊や暗殺業など、世間では否定される裏稼業の者も多い。また、元々鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)だった者が移動してきたという例もある。

 そしてもう一つ、ローレンジが旅先で拾った戦災孤児の子供も引き取っていた。

 

 ローレンジが立ち上げた『歪獣黒賊(ブラックキマイラ)』は、現役の賞金稼ぎ達を寄せ集めた組織だ。その主な仕事は鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)から回ってくるエリュシオン周辺の安全確保など。そして、属している賞金稼ぎを各地に派遣しての仕事などだ。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)とは契約関係にあり、基本的には鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)から仕事を回してもらう。そして、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)に籍を置いた賞金稼ぎはそれを優占して引き受けさせる。一種のギルドの役割であり、言うなれば賞金稼ぎのギルドだ。

 

 本拠地である集落に常駐しているのはタリスとローレンジだ。二人が普段やることといえば、派遣した賞金稼ぎ達の状況把握。そして、各地から寄せられる派遣依頼への対応や所属メンバー相手の訓練、そして引き取った子どもの教育などだ。

 集落は大きく無いものの、山間に隠れるような位置は世間に公表されず、隠れ里のような印象を与える。それでいてゾイドの訓練を行う程度の広さはあり、いざとなればエリュシオンが保有する演習場を借りることだってできる。

 ここまでの規模の土地を手にできたことは、長となったローレンジの功績が大きい。ガイロス帝国に所属する秘密の部隊であったころから鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に手を借し、雇われの立場でありながら組織の中核に関わってきたローレンジだからこそ、この場所を譲り受けることが出来た。

 ローレンジ自身、はっきり言って今の待遇をありがたく、また居心地良く思ってもいた。旅から旅への根無し草。故郷を失って以来、腰を落ち着けるような場所を持たなかったローレンジが初めて手にした故郷といえる場所だ。

 

 だからこそ、

 

「――だから、またこんな景色を見せられるとは思ってもなかったさ」

 

 窓の外は、崩れ落ちた家屋の残骸と倒れたゾイドの鉄屑が転がっていた。

 

 

 

 復興拠点として急ピッチで立てられたハリボテ小屋の窓から外の様子を眺め、ザルカは「ずいぶんと手ひどくやられたな」と言葉を溢した。

 転がっているゾイドは歪獣黒賊(ブラックキマイラ)に譲られたディロフォースたちだ。その大半が、鋭い爪で装甲を切断されている。大地には、ゾイドに付けられたものと同じ鋭い爪痕が深く刻まれている

 

「ちっと留守にしてる間にこのザマだ。タリスがあいつを抑えて、リュウジが避難誘導とかやってくれたおかげでガキどもは全員生きてるが、裏を返せばそれだけだ」

「ヴォルフが心配していたぞ。連絡がないからお前がやられたのではないかと。留守にしていたのか?」

「ああ、タリスがちったぁ休めってうるさくてさ。フェイトと一緒に、久々にアースコロニーの方に行ってたんだ」

 

 アースコロニーはローレンジの義妹――フェイトの生まれ故郷だ。フェイト自身の願いから共に旅立ち、それからもう四年が経つというに一度も里帰りさせたことはなかった。せっかくの機会だからと出向いたのだが、それがこうも裏目に出るとは思わなかった。

 

「襲撃、だったな。犯人は分かっているだろう?」

 

 ザルカの何気ない問いかけに、ローレンジは「ギリ」と音が鳴るほど強く歯を噛み合わせる。カップを持つ方とは反対の手で窓枠を掴み、強く握りしめた。

 

「コブラスだ」

「ライガーゼロに乗る、お前の兄弟弟子だったか」

「ああ。目的は知らねぇ。そもそも、あいつが何を企んでるのかさっぱりだ。けど、気になることはいくらでもあるんだ」

 

 ローレンジは机の上に広げていた書類の一枚を掴み、ザルカに渡す。ザルカはそれを一瞥すると、口端を上げた。

 

「ほう、帝国共和国に敵対する謎の集団か」

「サイツが調べた内容からすると、リーゼもそれに加担してる。それから――赤い髪の男」

「赤い髪の男?」

「ヒルツ。そう呼ばれてるらしい。コブラスもその一味だ」

 

 ローレンジがそう吐き捨てると、ザルカはカップの中身を一気に飲み干した。何気ない動作だが、ふとザルカらしくないように思う。ただの勘だが、気になる勘だった。

 

「フハハハハ! なるほどなるほど。ヴォルフも軍の上層部となにやらいざこざを抱えていた。お前も世間の裏に潜む者からちょっかいをかけられたわけだ。良い、実に良い!」

「何がいいんだよ。おかげでまた情勢怪しくなってきやがってんだ」

「いいではないか。情勢が怪しいということは、近々争い事が起こる。それを解決するには、新たなゾイドの力が必要だろう? ようやく奴らの開発を進められるのだよ」

 

 ぬけぬけと言い放つザルカに、ローレンジはやはりザルカはザルカなのだと思い知らされる。二年前に和平条約が締結し、やっとのことで戦乱の歴史が終わった惑星Zi。その平和を乱す者が現れ始めているという事態に、ザルカが感じるのは自らの研究を進められることへの歓喜だ。争いごとに介入するのは、暗黒大陸の事件以来だ。

 

 暗黒大陸の事件。

 一年前に起こったそれは、世間一般の鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に向ける目線を改善することに成功した。だが、事件に関わったガイロスへリックの軍事関係者には鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が持つ両国よりも進んだ技術レベルを、ゾイドの性能差を見せつけてしまっている。

 これによるパワーバランスの崩壊が危惧され、ザルカが最重要として研究されていたバーサークフューラーともう一体のゾイドの開発は一時的に凍結されることとなった。主力量産機――通称SSゾイドの技術公開などでお茶を濁したものの、両国の軍上層部から向けられる視線は一転、警戒に満ちたものとなっていた。

 

 そして、ザルカはこの影響を強く受ける結果となった。ザルカは新たなゾイドの開発を中断され、両国に公開するゾイドの生産、またはそれぞれの国の技術者との技術交換などを行っている。しかし、ゾイド研究・開発者としての本分を奪われたも同然なのだ。

 ザルカにとって、国の繁栄や平和の存続には興味の欠片もない。さらなるゾイドの開発こそが、ザルカの全てなのだ。それは、一歩間違えれば世界を敵に回してでも己の欲に忠実な――マッドサイエンティストに逆戻りする運命を物語ってもいた。

 

 やはり油断ならない。こうして味方として会話しているものの、どこかで歯車が狂えば、ザルカは敵に回ってしまうのだ。その外れて欲しい予感を、ローレンジは心の片隅に留め置く。

 

「それで、ワタシはひとまずゾイドの修理の目途を立てればよいのだな」

「ん、ああ。そうだな」

「お前は?」

「あー、ちっと用事があるしなぁ。ここはタリスに任せて、そっちを片付けるとするよ」

 

 コーヒーカップを片付け、ローレンジは部屋の勝手口に向かった。

 

「そうか。では、ローレンジ。言うまでもないだろうが、ヴォルフから伝言を預かっている」

「あ?」

 

 小屋を出て、見たくなかった景色を眺めつつローレンジはザルカの続きの言葉を待った。

 

「速やかに、『レイヴン』を探し出せ。とのことだ」

「……分かってるよ」

「場合によっては」

「ああ。仕方ねぇだろうな」

 

 数日前の本拠地襲撃。建物とゾイドの被害は多かったものの、人的被害はほとんどなく済んだ。だが、ただ一つあった被害。それが――この地に匿っていた嘗てのガイロス帝国最強のゾイド乗り、レイヴンが混乱の中で行方をくらましたことだった。

 

「レイヴンの生存はすでに秘密裏とは言えん。箝口令が敷かれているようだが、少なくとも両軍のトップには知られている」

「分かってる」

「加えて、我々が世界的脅威の認識であるジェノザウラーを所持していることも明らかだ。これらの事実を重ね、暗黒大陸の一件は我々が裏で糸を引いていたのではないか、という疑惑が立つ始末だ。実に、的を射ている」

「ああ、分かってる」

「ヴォルフからは速やかにレイヴンを確保するようと言伝を受けた。水面下でレイヴンの管理を引き受けた我々が、あれの管理を怠ったとなれば、持たれるマイナスイメージは巨大だ」

「……ああ」

「レイヴンを確保し、我々の『潔白』を知らしめねばならん。でなければ、我らに向けられた視線が得意げに言うことだろうな。「それ見た事か」と……」

「分かってんだよ!!!!」

 

 壁に拳が打ちつけられ、然して大きくない小屋は激しく揺れた――ような錯覚をザルカに与える。

 

「グチグチうるせぇよ! ジョイスは俺が連れ戻す! 俺の居場所をぶっ壊してくれたコブラスのヤロウも、この手で潰す! それでいいだろうが!」

「……フッハハハ! 荒れているな、ローレンジ。そんなことでは、お前は過去に逆戻りだぞ」

「ああ!?」

「忘れたか? お前は感情のままに動く獣ではない。配下を持ち、人の上に立つ身だ。それでは、ヴォルフを支えるなど到底不可能だ」

 

 凄みを宿すローレンジの瞳を、ザルカはサングラス越しに真っ向から睨んだ。

 

「お前()()に期待を寄せているのは、お前たちを信ずる若い連中だけではない。ワタシはゾイドの研究が出来ればどこだろうと構わんが、ゾイドの研究を行うならば乗り手という実験体(モルモット)が必要だ。お前たちはそれをワタシに提供してくれる。ワタシがお前たちに協力するのは、ゾイドの研究のためだ」

「…………」

「帝国も共和国も、もはや武力を欲してはおらん。欲するのはお前たちだ。ワタシの研究を認め、それを役立てられるのはお前()()の傍でなければならん。壊れてくれるな」

「…………ちっ」

 

 舌打ち一つ。そんなローレンジの背に、ザルカはどこか遠くを見るような目で、呟いた。

 

「ゾイドは戦闘兵器。戦ってこそ、その存在意義がある。戦場に身を投じ、火砲や爪牙を唸らせる。その一瞬一瞬こそが、最もゾイドが輝く瞬間だ」

「……ザルカ、何が言いたいんだ?」

「そしてゾイド乗りも同じ。ゾイドと共に戦う時が、もっとも充実した瞬間。――フハハ、嘗てのワタシの持論だ」

「何が言いたいんだ」

「だからこそ、今も戦いが身近にあるお前たちの傍に居ることでワタシの研究が捗る。ワタシの研究は役立つはずだ。そして、お前はどう思う? ワタシの持論に対して」

 

 しばらく黙考し、ローレンジはため息交じりに答えた。

 

「否定はできねぇな。俺たちは、戦いの中で生きてきた。ここに居る、ほぼ全員が、戦うこと以外を知らねぇ。それしか、生きる術をもたねぇ」

 

 エウロペでは、長きに渡って戦乱が続いて来た。休戦期間があったとはいえ、ヘリックとガイロスがいがみ合いを続けて半世紀以上は続いている。その日々の中で、ローレンジたちのように戦いを生業にして生きて来た者は多く存在する。ゾイド乗りの多くも、それに含まれる。

 そしてゾイドもそうだ。ゾイドは金属生命体であり、強い闘争本能をその身に宿している。嫌うゾイドもいるが、その多くが本能的に戦いを望んでいる。

 

「でも、それだけじゃねぇだろ。争いばっかりだから、平穏がほしくなる。戦い続けるから、一時の休息が必要だ」

「ならば、お前の考えるゾイドとゾイド乗りの輝く瞬間とは、なんだ?」

「さぁ、なんだろうな。俺なんかにゃ解んねぇ。んな議論してる頭の余裕もねぇ」

 

 話は終わり、とばかりにローレンジは背を向けたまま扉から外に出ていく。その際「ゾイドの整備、頼むわ」と言葉を残して。

 

 その背を見送り、ザルカはにやりと笑った。

 

「ワタシは、考えを改めたぞ。ゾイドが輝く瞬間、それは――」

 

 

 

 今、この瞬間だろう。

 

 

 

 

 

 

 小屋を出たローレンジの眼前に広がったのは、荒廃した獣の国(アルビレッジ)の姿だった。苦労して建てた建造物は軒並み壊され、戦闘に巻き込まれたゾイドの残骸が今も目につく。つい数日前は、木材の焼ける焦げ臭さも充満していた。その時と比べると落ち着いた。しかし、ローレンジ自身の過去の経験の所為か、未だに焦げ臭いにおいが漂っている気がし、鼻孔をくすぐった。

 

 ――くそ。

 

 自身の感情が荒ぶっていることを自覚しつつ、ローレンジはそれを押えられなかったことを悔やんだ。

 

 ――もっと冷静に、クールに。俺らしくねぇだろ。こんなの、周りに見せてられねぇんだからさぁ。

 

 目を瞑り深呼吸。表面上には現さず、僅かに広げた口から空気を吸い込み一気に吐き出す。肺に取り込まれた空気が血液に乗り、全身を伝って脳へと届く。冷めた空気の御蔭か、少し気分が落ち着いてきた。

 心境が湖面のように静まったのを自覚し、目を開ける。すると、自分を見つけた何人かが駆け寄ってくるのが見えた。

 

「とーりょー、いつ帰ってたのー?」

「片付け終わったよー。ご飯食べよー」

「ニュートはいないの? また乗りたいなー」

 

 口々に言葉を投げかけてくるのは、獣の里(アルビレッジ)で預かっている子どもたちだ。元は戦災孤児で、さらに孤児院にすら入れなかった子どもだ。歪獣黒賊(ブラックキマイラ)のメンバー集めを行っていた時に見つけた者たちで、獣の里(アルビレッジ)の預かりとなっている。

 

「帰ってきたのはさっきだよ。メシはもうすぐだろうから、もうちょっと待てって。ニュートは、フェイトと一緒だ」

 

 彼らはまだ十を超した程度、若しくはそれ以下の年がほとんどだ。彼らを引き取った理由は、ローレンジの経歴が主だ。頼るものを失い、黒い人生を歩んできた自分だから、それを自覚している自分だからこそ、同じ境遇に成りかねなかった彼らを導いてやりたい。そんな風に、思えるようになっていた。

 それぞれに応えつつ、さてどうしたものかと思う。この後の予定、などと言った固まったものはない。獣の里(アルビレッジ)の復興の指揮を執りつつ、自身も動かねばならないだろう状況が近づきつつある。つい最近まで休暇をとって――半ば強引に取らされて――いたのだ。エウロペ各地に派遣した部下からの情報をまとめること。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)と今後の動きについての相談。ザルカから伝えられた指令の遂行など、やるべきことはたくさんあった。曲がりなりにも一組織の長に立ったのだ。自由気ままに、などと言えるわけがない。

 そしてもう一つ……

 

「頭領!」

 

 子どもたちの無邪気な言葉に応えているローレンジの耳に、少し成熟した少年の声がかかった。顔を上げた先には、一人の少年が居た。後髪を縛った黒髪の少年。一見昔のバンに近いものを感じるが、バンよりも思慮深さがありそうな顔立ちだ。そして、特徴的な額のゴーグル。

 

「リュウジ」

「頭領、あの……」

 

 ローレンジは何か言い淀む少年――リュウジ・アカイの頭に、手を置く。

 

「お疲れさん、こいつらを守ってくれたんだろ。助かったよ」

「あ……はい、その……」

「分かってる。お前の言い分はタリスから聞いてる。明日にでも訓練を再開するから、今日は休んどけ」

「はい!」

 

 威勢のいい返事に、ローレンジの頬も緩んだ。やかましく口答えしては拳とナイフを向けられていた、自身の弟子時代とは大違いだ。

 リュウジは、なんの因果かローレンジの押しかけ弟子である。リュウジ曰く『ウィンザー隊長に勝手に決められた』らしい。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)特攻隊長の勝手な言い草は相変わらずで、若干の辟易と安心を感じた。そして、この少年を自身の下に赴かせた思惑に、苛立ちを覚えるのだ。

 

「よろしくお願いします、師匠!」

「おい……」

 

 苦言を言う様に言葉を濁すと、リュウジは「しまった」という様に表情を曇らせた。

 

「その呼び方は止めろって、何度言わせる。俺はここの頭だが、お前の師になった覚えはない」

「す、すみません……」

 

 委縮するリュウジに、ローレンジはどう言ったものかとため息を吐く。が、それで言葉が出て来るわけでもなかった。

 自身に、師匠としての資格はない。フェイトや、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)のメンバーの訓練に付き合うことは多いが、師弟関係を結ぶとなれば話は別だ。

 ローレンジは元々殺し屋だ。それは世間に誇れるような技術ではない。荒廃し、まだまだ発展途上と言える惑星Ziでは必要だった技術だが、それは所詮自身を生かすためだけの技術だ。他人を葬り、罪を背負うための技術。

 自分が師匠などという立場になれば、少なからず悪影響を及ぼす。現に、生き抜かせるために戦闘技術を教え込んだ妹は、どことなく自身に似てきたように思う。平然と笑顔を浮かべつつ、いざとなれば躊躇しない、迷いがない。相手を傷つけ、その命を奪うことさえ厭わない。

 それは、ローレンジが望んだささやかな平穏を生きる一人の少女には、決して似合わない物だ。

 

 だからこそ、ローレンジは師匠にはなれない。

 

 空を見上げ、太陽の位置と空腹具合を確認する。

 

「メシ時だな。そら、みんなも飯だろ、今日は一緒に食おうや」

「とーりょーと一緒! じゃあさ、また旅のお話聞かせてよ!」

「あーはいはい。つっても、面白ぇ話なんて、もうほとんどないけどな」

 

 子供たちのせっつきを適当に返しつつ、ローレンジたちは急ごしらえの小屋に向かった。

 

 

 

 一人その場に残ったリュウジは、ぼんやりとそれを見つめる。

 

「リュウジ? どしたの?」

 

 土を踏みしめるガシャガシャという音に応え、リュウジは振り返る。

 

「あ、フェイトさん」

 

 その名を呼ぶと、純白のオオトカゲに跨った少女はことさら不満げに頬を膨らませる。

 

「あっと、すみませ――ごめん」

「リュウジ、わたし年下だよ。それもリュウジと四つ違い。すっごく変な感じだからやめてよ」

「うーん、癖って言うかなんていうか……敬語が抜けないんです――だよ」

 

 無理やり言い直すリュウジに、フェイトはじっとその顔を覗き込んだ。フェイトの方が小さいのだが、オーガノイドであるニュートに乗っている関係からその目線はほぼ同じ位置だ。活発な好奇心を覗かせる翡翠の瞳が、疑惑を宿してリュウジの目を捉えて逃がさない。年下だが、異性に見つめられ続けてはリュウジとしても居心地が悪い。

 

「まー、もういいけどさ」

 

 軽く身を縮め、フェイトは飛びだすようにしてニュートから跳び下りる。

 

「いこっ? リュウジもご飯でしょ」

「ああ、うん」

 

 誘われるように、リュウジもフェイトとニュートと一緒に小屋へと向かい始めた。

 

「……ねぇ、まだ考え込んじゃってる? ロージが弟子にしてくれないこと」

 

 不意に尋ねられたことに、リュウジはすぐに返せなかった。的を射ている質問には、咄嗟でも返し難い。

 

「ロージってさ、色々考え込んじゃうんだよ。でもね、ここのみんなを見捨てることはしないし、リュウジの事も気にかけてる。きっと大丈夫だよ」

「そう、だといいけど……」

「ロージは真剣だよ。ほら、みんなの前だから優しくしてるけど、最近真面目な顔することが増えたんだ。ここのみんなのこととか、ジョイスのこととか……もちろん、リュウジのこともね」

「そう、かな」

「そうだよ! あ、じゃぁ見分け方教えてあげる。ロージってよく見れば分かりやすいんだよ。真剣な時とか、誰に対して強く意識向けてるかーとかさ」

「うん」

「最近は、あの人にばっかりだけどさ」

「……うん」

 

 フェイトに生返事を返し、リュウジは少し考え込む。

 リュウジがここに来たのは、以前の上司だったカール・ウィンザーの推薦を受けてだった。

 リュウジは元々奴隷の身であり、その身分から介抱してくれた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に恩を返すべく、入団することを決意したのだ。いっぱしのゾイド乗りになって、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が目指す夢の成就の力になりたい。それが、リュウジが得たただ一つの目標だ。

 ローレンジに弟子入りしたのも、カール・ウィンザーから「ローレンジの元でなら力を伸ばせる」と勧められたから。それなのに、肝心の師となる人物からの拒絶は、どこか腑に落ちない。本当に、強くなれるのだろうかと、疑問を抱かずにはいられなかった。

 

「今日は?」

「帰ってきて直ぐで忙しいから、明日付き合ってくれるって言われたけど……」

「じゃあさ、昼からわたしと自主練しよっか」

「フェイトさ――と?」

「うん。わたしだってここのメンバーだもん。ロージやヴォルフさん、みんなの力になりたいし、それならもっと練習あるのみだよ」

「でも、フェイトはシュトルヒに乗るでしょ。僕のレブラプターとじゃ、自主練ってのも……」

「それなら! コンビネーションの練習だよ。ロージをあっと言わせてやろう、ね?」

 

 フェイトに請われ、リュウジは少し考え込んだ。獣の里(アルビレッジ)の復興作業もあるが、早く強くなりたいという想いは人一倍あるつもりだ。せっかくの誘いを、断るのももったいない。

 

「じゃあ、よろしく」

「うん! よーし張り切って頑張るぞ! そうと決まれば、早くご飯、いこっ」

「はい」

「リュウジ!」

「あ、ゴメン……」

 

 再び出てしまった敬語を注意され委縮する。破壊された獣の里(アルビレッジ)で、穏やかな一幕が、今日もそこにはあった。

 

 

 

 ――でも、

 

 フェイトと一緒に食堂のある小屋に向かいながら、リュウジは思う。

 ローレンジはここのメンバー全員を気にかけている。それは、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の頭領として、当然の責務でもあるのだろう。

 だけど、そこにレイヴンも含まれているのなら。コブラスが襲撃した際、周囲の被害を()()()()()()()()()レイヴンも仲間と見ているのなら……。

 

 自分は、本当にローレンジに着いて行けるのだろうか……。

 


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