ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 とんでもなく久しぶりの投稿になりました。

 今回は、活動報告に溢した通り次章へのつなぎのお話。ただ、のんびりと、まったりと、日常のワンシーンです。


幕間その9:萌芽

「なぁ、ちょっと休憩しようぜ?」

 

 叶わぬ嘆願と思いつつ放った言葉に対する副長の対応は、素気無く書類の山を机に叩きつけることだった。

 

「この状況を見て、よくそんなことが言えるわね」

「いや、俺書類仕事苦手だからさ、こういうのは慣れてる奴が――」

「それで私に全て押し付けようと? 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)頭領の名が泣き叫んでるわよ」

 

 ですよねー。

 そう心の中で呟き、ローレンジはしぶしぶ山の上から一枚取って目を通す。と同時に、手元の計算機を嫌々叩く。画面に表示された数字は、もう見たくもないケタを示していた。

 

「こういう財布事情ってさ、副官のお前が仕切るのが定番じゃねぇの?」

「そういう見方もありますか」

 

 ローレンジの手が止まらないようみはる副長――タリス・オファーランドの目に僅かながら柔和な光が灯る。それをローレンジは見逃さない。

 

「ならさ、この作業も――」

「その苦労と、あなたの浪費でいかに組織の経営が厳しいか、身を持って知っていただきたく思います。なので、今月分は全て頭領が行ってください」

「――あー、さいで」

 

 すっぱり言い切られてしまい。またこうして計算を続けていると自分の思い切りで出した出費がいかに痛かったかが良く分かる。故に、反論の余地はない。

 

「えーと……んだよこれ。個人への報酬金にしちゃ出しすぎだろ。誰だこの高給取りは」

「ルフィナです。彼女の言い値で雇ったのは一体誰だったかしら」

「……すんません」

 

 組織の運営は赤字まっしぐらだ。

 しかし、それは立ち上げの時期と今後の収入に備えた出費があってこそ。開設当初と比べれば、先の「Afternoon war」がもたらした宣伝効果は確かである。地方の村々や軍隊からの演習相手の依頼、その他諸々表に公言出来ること、また()()()()こと含め、入ってくる仕事量は右肩上がり。傭兵団の運営は、どうにか軌道に乗り始めている。

 

「この分なら、半年で借金も返せるんじゃねぇの?」

「その見込みは十分ですね」

「ならどっかから中古のゾイドでも買いてぇな。新入りが来る予定もあるし」

「例の、共和国からの?」

「ああ」

 

 少し前に共和国のトミー・パリス中尉からの紹介で一人の少女が入団する手はずになっていた。彼女は叔父が共和国でもそれなりに名の知れた中佐であり、軍の訓練に混ざってゾイド乗りの腕を磨いていたらしい。歪獣黒賊(ブラックキマイラ)で引き取った子どもたちの中には自分も戦場に出たいと熱望する者も居り、彼らの刺激にちょうどいい思っている。

 

鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)から引っ張ってくる必要はねぇよ。軍のおさがりの、なんなら動きそうもねぇボロを安値で買い取って修理すりゃ、使いもんにはなるだろ。ザルカが看てくれるって言ってんだ」

「……あの方は、もとはあなたの仇の一人でしょう。大丈夫なんですか」

「それ言ったらよ。うちの所属メンツなんて箔付きの悪人が半数を占めてんだぜ」

 

 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)のメンバーはその多くがローレンジの誘い――脅迫――に賛同して加わったものたちだ。その中には、嘗てはギュンター・プロイツェンの刺客だった賞金稼ぎメッテルニヒの部下二人。帝国軍に反抗して軍人崩れの山賊に落ちぶれていたヨハン・シュタウフィン。そしてジョイスもといレイヴンが属している。

 さらに言えば、頭領であるローレンジ自身が札付きの賞金首だった。

 

「お前も元はナイツだろうが」

「……あなたの人を誑し込む才能は指折りね」

 

 にやりと挑発的な笑みを浮かべ「お褒め頂き光栄」とこぼす。タリスの淹れたコーヒーに一口付け、ふぅと息を吐いた。

 そして、脳をクールダウンさせながら先ほど見ていた運営資金の書類から目を離し、別の書類に手を伸ばす。メンバーの外出申請書だ。

 

「これ、必要あんのか?」

「先ほどあなたが言っていたように、うちは箔付きの悪人だらけですから。顔が割れていると出先で一悶着の可能性が捨てきれないんですよ」

 

 なーるほどと言いつつ、ローレンジは書類をぱらぱらとめくり半眼で流し見る。そのうちの一枚に目を止め、手元に引き寄せる。

 

「フェイトの……?」

 

 提出者の欄に記載された名は、最近あまり話が出来ていない妹の名だ。新興組織の運営に所属メンバーの訓練担当、副長の監視の元書類作業、加えて押しかけ弟子の指導と大忙しでほったらかしにしてしまっている妹だが、気にならない訳がない。

 そう言えば、とローレンジは思う。

 最近、というよりも暗黒大陸での一件からずっとなので一年弱ほど。フェイトとはあまり関わっていないような気がする。旅の道中に始めた実戦訓練の組み手などは行っているが、それ以外で兄妹水入らずという関係はめっきり減った。主に組織運営や歪獣黒賊(ブラックキマイラ)に集めた孤児たちの面倒などによるものなのだが、おかげで兄妹中のプライベートはほぼ皆無に近い。ローレンジにとっては、いずれフェイトも独り立ちする事を見越しており、多少の距離感は必要と考えている。だが、フェイトの方はそうやすやすと納得はしないだろう。現に、最近フェイトが不貞腐れているようにも思った。

 最近ではフェイトよりもタリスと一緒に居る時間の方が多い。ローレンジの勘だが、それも兄弟仲が冷え始めている原因ではないかと思う。

 そんな妹のことが気にならない訳がない。彼女の出先は、遠くニューヘリックシティであった。

 

「おいおいニューヘリックってあいつ何しに行ってんだ? タリス分かる?」

「分かる訳ないでしょう」

「……最近ほったらかしてたけど、それで拗ねちまったかあいつ。どうかな」

「それだけが理由ではないと思いますが」

「なんだよ、なんか思い当たる節でもあんのか? 俺としては、最近の俺とお前に少し原因を感じるんだが」

「朴念仁と罵ろうかと思っていましたが、そうではないのですね」

 

 少し残念そうな言い方に、ローレンジは「ふん」と軽く鼻で笑った。

 

「それで、お前なんか聞いてる?」

「レイさんに会ってくると――」

 

 そこまで言い、タリスは「あ」と小さく零した。しまったとでも言いたげなそれは、ローレンジを横目に見て確信を帯びる。

 仕事の関係とはいえ、兄弟仲が冷え始めていることにローレンジは焦燥と苛立ちを募らせている。そこに気をもむ相手と仲良くするぽっとでの相手(おとこ)。この妹想い(シスコン)の青年が、らしくない嫉妬の炎を灯らせる可能性は十分過ぎた。

 

「……へぇ」

 

 余計な出費が増えるだろう。その予感は、半ば確信であった。

 

 

 

***

 

 

 

「鬼門は、やっぱりプテラスだね」

 

 向かいに座る、ノートパソコンの画面を見つめメガネの少女の言葉に、バンは大きく頷いた。

 

「俺って飛行ゾイド相手にすんのが苦手なんだよなぁ」

「経験ないわけじゃないでしょ?」

「そりゃまぁ」

 

 ルドルフを護衛する旅の中、それ以前にレッドリバー近くで賊と間違われた際にハーマンのプテラスを相手にしている。

 しかし、いずれも逃げの戦いだった。

 ハーマンとの戦闘は周囲の谷地形を利用しての格闘戦に持ちこんでどうにか。前者に至ってはロッソとヴィオーラの援護がなければ逃げることすらできなかった。

 

「今回のシチュエーションは基地への単独攻撃。地上戦力のコマンドウルフは訳ないと思うけど……」

「そのコマンドウルフも20機居るんだぜ」

「バン君なら訳ないよ」

「……なんかさ、日に日に俺へのリーリエの無茶振り酷くなってねぇ?」

「そんなことないよ」

 

 以前のようなどもった言葉遣いはだいぶ解消されたが、その分遠慮が無くなったようにバンは思う。

 

「まぁでも、コマンドウルフならどうにかなるさ。同じ高速ゾイドなら、ブレードライガーで楽勝だぜ」

「対空戦闘の訓練を積むしかない、か。バン君今度プテラス乗ってみたら? 挙動の感覚を掴めたら少しはカンが良くなるかも」

 

 バンは理屈うんぬんよりも感覚でゾイドの操縦を行っている。士官学校に身を置いて知識面も大幅に強化したとはいえ、元来の適正は消せるものではない。それを考慮してのリーリエの提案は、一行の価値ありとバンは思う。

 

「でも飛行ゾイドかぁ。俺操縦も苦手で……あ、すいませんコーヒーおかわ」

「…………」

「紅茶。ミルクティーお願いします」

 

 対面に座る少女がニッコリ笑顔を見せる。それはとても可愛らしく、気持ちを華やかにするものではあるが、どこか凄みを覚えるのはなぜだろうか。

 

 程なくして、注文のミルクティーが届くとバンはさっそく一口含んだ。

 

「ま、とにかく訓練あるのみだよな。リーリエ、今度の休みまたモニターやってくれるか?」

「いいよ」

「何をやってるんだ?」

 

 そんな二人の会話に割り込んでくる声に、バンが振り返ると、そこには見知った顔があった。

 

「レイさん?」

「グレック少尉?」

 

 バンとリーリエに呼ばれ珍入者――レイ・グレックは「よぉ」と片手を上げて応えた。その目線がリーリエのパソコンの画面に向かう。

 

「これって……」

「共和国の基地防衛プログラムシミュレーション。その突破試験だよ」

「ああ、あのまだ誰もまともに突破した奴がいないっていう」

「レイは? やったことあるのか?」

 

 そう問うと、レイはふいと顔を逸らした。そして、不満げにポツリと溢す。

 

「爆撃にやられた」

 

 レイの様子から、相当悔しかったのだろうと察し、バンはそれ以上の追及をやめる。

 

「ところで、グレック少尉はどうして?」

 

 話題逸らしとばかりにリーリエが言った。すると、レイは曖昧な顔つきで店のカウンターを指差した。

 そこに居たのは、バンもよく知る緑髪の少女だ。

 

「フェイト?」

「あの子の買い物に付き合わされてな」

「買い物って……」

 

 フェイトが住んでいるのは西エウロペだ。そして、ニューヘリックシティは南エウロペの南端。直線距離で言ってもかなりの距離がある。彼女のゾイドが速度に優れた飛行ゾイドのシュトルヒであることを考慮しても、四時間はかかる計算だ。

 流石の行動力だと視線を流すと。それに気づいたフェイトは大きく手を振ってこちらにやってきた。

 

「バン、久しぶり!」

「おう。今日はどうしたんだよ。こんな遠くまでさ」

「えへへぇ、ちょっとねロージにプレゼントを買いにさ」

「プレゼント?」

 

 フェイトによると、もうじきローレンジと会って四年が経過するらしい。最近ローレンジは忙しく動いており、兄妹水入らずの時間が全く作れておらず、フェイトは不満がたまる一方だ。また、彼の傍らに一人の女性が着くようになったのも影響している。

 そこで、記念日を利用して溝を埋められたら、というのだ。

 思い立ったら即行動が似合うフェイトらしいとバンは思う。ただ、その行動はある意味ではフェイトらしくないとも感じた。

 その傍で、リーリエが「なるほど、そんな手もあったのね。でも……あああ」と小声で悶絶しているが、放置する。おそらく、声をかけてはいけない。

 

「そうだ、どうせならさ、バンも一緒に付き合ってよ」

 

 せっかくだしとばかりに提案するフェイトに、バンは「もちろん」と答える。シミュレーションテストの対策を練っていた所だが、そちらも現実的な案で妥協されていた所だ。気晴らしにはちょうどいい。

 

「あの、バン君……」

「あそっか。こいつはフェイト・ユピート。俺の知り合いの賞金稼ぎの妹。んで、こっちはリーリエ・クルーガー。俺の士官学校の同期だ」

 

 簡単な紹介を済ませると、どちらともなくよろしくと答える。ただ、フェイトはリーリエの様子をみて意地悪そうな笑みを浮かべ近づき、

 

「あなた、バンのこれ?」

「え!? いや、その……」

「色々大変だと思うよ~、ねぇ」

 

 バンにはよく分からないが、なにやらフェイトの方が上手の会話が成されているらしい。ぼんやり眺めていると、レイが「やれやれ」とバンの肩を叩いた。

 

「なるほど、大変そうだな、バン」

「なんだよ」

「ん、そりゃあ」

 

 そこまで言いかけたところで、レイは目を鋭く細める。バンも同様に、空気の変化を感じ取った。

 

「バン」

「ああ。今のは、なんだろうな」

「分からない。ただ、俺に向けられた気がする」

「レイに? でも、今のって……」

「ああ、間違いない。これは――」

 

 ――殺気だ。

 

 

 

***

 

 

 

 カフェでの一息を終えた一行は、フェイトが持ってきた手書きの地図に従って裏路地を進んでいた。

 ニューヘリックシティの中心街。そこから少し外れた場所にある威勢のいい露天商が集まった商店街から裏道に入ったそこは、表の喧騒が木枯らしに聞こえるほど、少々静まり返っていた。

 そして、レイが何かに躓く。

 

「また?」

 

 訝しげなフェイトにレイは「悪い悪い」と軽く謝る。リーリエが不思議そうに見つめフェイトの傍で他愛のない会話に戻ると、レイは眼差しを鋭くする。

 

「バン」

「ああ、狙撃されてるな」

 

 それも、発射の音すら聞こえない。そうとう遠距離から撃ちこまれている。狙撃音による周囲のざわめきもない。ならば狙撃位置はおのずと割り出されるかと思ったが、目ぼしい場所は全て空振りだった。手配した軍警察からの連絡だ。

 

「いつからだったんだ?」

「フェイトと合流して少し経った辺りからだな。バンたちと合流してからは減って来たけど」

「その前はどうだったんだよ」

「言わせないでくれ」

 

 なぜか片手で目元を抑えて口を割らないレイ。後でフェイトに訊いたのだが、レイは相当な醜態をさらしていたらしい。

 詳しくは省くが、それはおそらく今回の狙撃犯によるものだろう。

 おかしいのはその狙撃犯だ。

 殺気は十二分に伝わってくる。それはもう、近づいただけで殺されそうなくらいだ。しかし、放たれてきた弾丸は殺傷力の無いゴム弾。おまけに、それで致命傷になりそうな急所はすべて外している。

 じわじわと、甚振り嬲る様にレイを集中的に狙っている。そして、痴態を晒させることに全力を注いでいる。狂気を感じるほどに、だ。

 

「ほっといてもいいんじゃねぇの? 俺たちには害はないし」

「俺には大ありなんだがな!」

 

 このままでは最年少レオマスターにして期待の新人(ニュービー)の輝かしい実績が台無しだ。無論、それを気にするレイではないが、好き好んで醜態をさらす真似はしたくなかった。

 

「でもさ、これって単に嫌がらせを楽しんでるみたいじゃねぇの」

「余計に性質が悪い。この狙撃に、一切気取られない位置取り、何者なんだ」

「まさか、凄腕の殺し屋とか?」

「『殺し屋』を『ころばせ屋』を依頼するとか聞いたことないぞ」

「だよなぁ、そんなくだらない馬鹿なんて――」

 

 と、その瞬間にレイの足元に鋭い痛みが走り、たまらずすっころぶ。今度はバンもだ。

 前を行く二人が「なにやってるの?」と冷たい目線を投げつけてくる。

 

「バン、絶対に捕まえるぞ」

「ああ」

 

 硬く決心する二人を余所に、フェイトとリーリエは一軒の店の前で止まった。

 

「ここ?」

「そうだよ」

 

 フェイトが立ち止った店は、一言で言えば怪しさ満点だ。見てくれは裏路地の一店舗。だが、展示用のショーケースに展示されている品は、およそ安全な代物ではない。

 

 店内の奥のカウンターには落ちくぼんだ眼の男が座っていた。おそらく店主であろう彼は、およそ店の雰囲気に似つかわしくないフェイトが踏み込んだことを気にせず、「いらっしゃい」と愛想の無い顔で呟く。

 

「こんにちはー。あの、注文の品は」

「あるぜ。ちっと待ってな。それまで、物色してて構わねぇよ。ついでに店番も頼まぁ」

「はーい」

 

 闇商人と言う言葉が酷く似合いそうな男と、どこにでも居そうな元気いっぱいの少女であるフェイト。二人の立場は酷く不似合であったが、親しげに会話を交わせていることにバンは違和感を覚えなかった。

 

「おや。レオマスターのあんちゃん、また来たのかい」

「付き添いでな。それにしても、よくもまぁ天下のニューヘリックでこんな店を構えられるもんだ」

「軍のお偉方にもお得意様がいるんでね。あんちゃんも、もううちの客だよ」

「派手なことはするなよ。見過ごす気はないからな」

「そんなことするのは、血気盛んな危ないお客様だけだよ」

 

 にやりといやらしい笑みを浮かべ、店主は見せの奥に引っ込む。その様子を胡散臭げに眺めたレイは、「はぁ」と一息つく。

 

「バン。ここのことは上には内緒で頼む。リーリエも」

「……なんか雰囲気で解るけどさ。なんなんだよ、ここ」

「拳銃やナイフ。携行武器の闇取引ってとこか」

 

 その言葉にリーリエが唾を飲んだ。

 戦争がなくなった今、そういった武器の一般への取り扱いは厳しいものとなっていた。戦争が終わり、稼ぎ場を失くした一部の商売人やそれを生業とし、商人との繋がりもあった賊集団などの決起は容易に想像できる事態である。

 故にこうした商売に関しては厳しい取り締まりが科せられる。だが、この店の店主はそれをものともせず、よりによって共和国首都に店を構えているのだ。

 

「いいんですか?」

「店主と親しくなって知ったんだが、軍の暗部組織の武器の調達元の一部がここらしい。そういう任務をする時は、正規軍の武装を使う訳にもいかないらしいからな」

「そういうもんなのか」

「素直に認められるもんでもないけどな」

 

 バンが士官学校に入って一年以上は経っている。その間に、同期の士官学校生から軍には()()()()()があると言う話は聞いていたが、実際にその一端を目の当たりにすると、何とも言えない気分だ。

 

「バン君、銃とかってあまり好きじゃないよね」

「ああ」

 

 話題を変えるべく、遠慮がちに開かれたリーリエの言葉に、バンは小さく頷いた。

 

「どうしてだ?」

「銃って、なんか人の命を奪う道具って気がしてな。好んで使いたくはないな」

「そうかな」

 

 バンの言葉に、フェイトは陳列されている拳銃を一つ掴んだ。そして、懐に隠し持っていたナイフをもう片方の手で握り、構える。

 

「ロージは自分の命を守るための道具だって言ってたよ。素手でどうにかできるならそれでもいいけど、それでどうにもならないから、銃を武器にする人と同じ土俵に立って自分の身を守るために、銃を取るんだ。って」

「ローレンジが、か」

 

 フェイトの言葉に、彼女の兄をバンは思い出す。

 暗黒大陸に向かう前に、バンは一度だけローレンジと組み手をした。まだ軍に入る前の、技術も何もない状態だったからか、コテンパンに叩きのめされた。

 思えば、先ほどのフェイトの構えはその時のローレンジに通じるものがあった。彼女がこうした場に違和感なく溶け込めるようになっているのは、彼の影響が強いのだろう。

 

「一人前のゾイド乗りは、一人前の兵士になることだ。アーバインも言ってたな」

 

 嘗てはそれを否定したが、今ならその言葉の意味も少しは分かる。

 ゾイド乗りとは、ゾイド共に駆けるだけの人を指すのではない。この時代、ゾイドに乗ると言うことはゾイド同士による戦闘行為に臨むことと同意なのだ。そして、ひとたび戦闘となれば、それは命のやり取りだ。普段から自分の身を守れるよう、ゾイドに乗らずとも強くあらねばならない。

 そのために、身を守る武器(もの)は、必要なのだ。

 

「お待たせ」

 

 店主が店の奥から戻ってきた。そして、箱に収めた二丁の拳銃をフェイトに差し出す。

 

「こいつだ。注文通りのはずだが」

 

 フェイトはそれを受け取ると、握り具合を確かめる。引き金にかかる指の距離。マガジンの交換具合などなど一通り確かめ、頷いた。

 

「うん。確かこんな感じだったな。ピッタリだと思う。それじゃ、プレゼント用に包んでよ」

「まったく、うちにそんな依頼してくるとはなぁ。ここに店かまえて三十年は経つが、嬢ちゃんが初めてだぜ?」

「もともとそれ用で買うんだもん。いいでしょ」

 

 店主はにやりと笑い、カウンターの下からおよそ店に似合わないカラフルな包み紙とリボンを取り出す。

 

「それが、お兄さんへのプレゼント?」

「うん、ロージの身を守るものだもん。わたしが選んだ最高のものでなくちゃ。このためにレイさんやパリスさんに手伝ってもらったんだもん」

 

 フェイトは拳銃の選び方について、レイとパリスに相談していたらしい。そのまとめと注文をするために訪れたのが一ヶ月前で、今日が引き取りの日だった。

 

「フェイトのお兄さんって……」

「リーリエは知らないか。噂の鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)四天王の一角。傭兵団『歪獣黒賊(ブラックキマイラ)』の頭領だよ」

「そうだったんですねぇ……」

 

 納得したようなそうでないような。バンの説明にリーリエは曖昧な表情で頷く。

 薄暗い店内の雰囲気に似つかわしくないほどきれいに包まれた二丁の拳銃の箱をフェイトは嬉しそうに受け取り、代金の入った封筒を差し出す。店主の男は半眼になってその中身を抓むように勘定し「確かに」と呟いた。

 

「さて、用が済んだなら帰んな。ここはカタギのあんたらがいつまでも居座るような場所じゃねーぜ」

 

 埃を払う様にしっしと手を振る店主の態度に苦笑しつつ、四人は裏路地の店舗を後にした。

 

 

 

***

 

 

 

 表通りに戻った時、時刻は午後の三時を周っていた。解散するには早く、かといって何をするかと言っても特に浮かばない。そんな微妙な時間だ。

 フェイトは一泊するだけの余裕を持ってきているとのことで、せっかくだから夕食を一緒にしてそれから解散する、と言う話になった。

 

「ねぇねぇレイさん。パリスさんはどうしてこれなかったの?」

 

 いまさらと言えばその通りだが、ようやく話題に上がった今日来るはずだったもう一人の軍人の名に、レイは視線を泳がせつつ、バンを横目に見る。

 

「どうしてって……なぁ、バン」

「ああ……そうだな。リーリエ」

「バン君。私に振られても……」

 

 レイ・グレック。トミー・パリス。そしてバン・フライハイトの三人は、それぞれの都合の折を見ては飲み会をする仲になっていた。正確には、パリスが半ば強引に二人を誘い込むのだが。

 数日前のことだ。その日もパリスに誘われたバンとレイは馴染みの飲み屋に向かい、いつもの愚痴り合いを始めたのだ。ただ、この日のパリスはそうとう溜まっていたのだろう。そうそうに悪酔いし、付き合いで居るだけのバンに無理やり飲ませて泥酔させたあげく、終いには店内で他の客と乱闘騒ぎを起こしたのだ。

 レイがどうにか場を収めたもの、パリスはしばらくの営倉入り。バンとレイもとばっちりで謹慎を言いつけられたのだ。

 今日の休日は、二人とも退屈で――約束もあり――こっそり抜け出していたりするのである。

 

「まぁ、あの人の事は置いておこう。来れない理由があったのさ」

 

 あまりに馬鹿馬鹿しい理由で来れなかったのだから、レイも話す気はない。軍内部の不祥事でもあるこれを外部に漏らしたくない。そんな意味を籠め、レイは適当な話題の種を探そうと辺りを見渡した。

 その時だった。

 

 

 

 鋭い銃声が、僅かに日が傾き始めたうららかな商店街に戦慄をもたらす。

 バンとレイは、最初また自分たちに向けられた悪戯のゴム弾だと思った。それが、二人の反応を僅かに遅らせる。

 

「わぷっ!」

 

 自身のすぐ背後から聞こえた悲鳴にレイが振り返った時には、状況は大きく動いていた。

 銃声に周囲が気を取られた隙に四人の背後に回っていた男が、フェイトの首に腕を回し、その頭に拳銃を突きつけている。フェイトの手から、手にしていたプレゼントの箱が零れ落ちる。

 

「動くなよぉ、レイ・グレック」

 

 フェイトを人質に捕った男が血走った眼でレイを睨みつける。その顔を見て、レイは「しまった」と歯ぎしりしながら呟く。

 

「レイ、あいつ知ってるのか?」

 

 小声で尋ねるバンに、レイは相手を警戒させないように注意を払いながら返す。

 

「ああ。バンも顔は知られてるだろうな」

「俺も?」

「こないだの飲み会は――覚えてないか」

「なんでだよ」

 

 緊迫した現状と繋がる要素が一切無いだろう話題に、バンは訝しげにレイを見る。しかし、その顔からは全く緊張が抜けておらず、バンも表情を改めた。

 

「その時にパリスに喧嘩を売った相手な。あの後の取り調べでガイロスマフィア、オクトファミリーのメンバーだって分かったんだ」

「ガイロスマフィア?」

「ガイロス帝国の裏にある犯罪シンジケートの根本、らしい」

「えっと、つまり……」

「あいつは、あの時の喧嘩で捕まった奴のために八つ当たりで来たってことさ。とんだとばっちりだよ」

 

 「うるせぇ!」という怒号と銃声が会話を断ち切る。

 

「てめぇとやりあった所為で俺たちはもう終わりなんだよ。本国からこんな離れたところでボスから見捨てられて、てめぇに仕返ししてやらねぇと気がすまねぇ!」

 

 「厄介な奴だ」と言いつつも、レイは真剣に場の状況を把握する。先ほど陽動目的で発砲した仲間が背後に一人。フェイトを人質に捕った主犯が一人。レイたち三人を挟み込む位置だ。

 周囲のギャラリーは発砲によって蜘蛛の子を散らすように逃げ、遠巻きから恐々と状況を見守っている。

 

「……で、どうすれば彼女を解放してくれるんだ?」

「そりゃもちろん、てめぇをぶちぬけば終わりさ」

 

 男はフェイトに向けていた銃口をレイに向けた。

 「くそ」とバンが小さく呟き、懐に手をやったのを見てレイはその手を抑えた。

 口では好かないと言ったが、バンも護身用に拳銃を持っていた。士官学校から支給されたもので、一通りに扱えるようにはなっている。だが、バン自身が口にしたように、扱うのは好きではなく、比例して射撃の腕もおぼつかない。

 

「レイ、でも――」

「ダメだ。扱いに慣れてないだろ」

「それは……」

 

 バンの表情が曇るのを見て、レイは強く頷いた。それは、使うべきではないと。

 

「レイさん」

 

 小声で、リーリエが呼びかける。

 

「今の状況、通信しておきました。時間を稼げば応援が来ます」

「助かる」

 

 小さく、一言だけ告げ、レイは鋭く正面の相手を見据えた。バンにも合図し、彼に後方の警戒をさせる。

 

「おら、こっちにこい。武器は捨てろよ」

 

 ここは従うしかないだろう。ここはニューヘリックの町中だ。応援なら五分と待たずに来られるはずだ。それまで、現場の状況を荒立てないのが、今レイが出来る全てだ。

 懐に仕舞っておいた拳銃を投げ捨て、レイは一歩一歩、踏みしめるように近づく。不安そうにこちらを見るフェイトが痛々しい。

 自分はこんな幼い少女を修羅場に巻き込んでしまった。情けない男だ。なとかその恐怖を少しでも和らげるように、笑いかける。

 だが、レイは気づいていなかった。フェイト・ユピートという、賞金稼ぎの妹分のことを。

 

「――え?」

 

 フェイトは、レイに同じように笑いかけた。そして、レイに気が向いているだろう男の様子を確認すると、その腕に思いっきり噛みつく。

 

「ってぇ!?」

 

 予期せぬ反撃に男の手が緩んだ。その隙をついて拘束を抜け出すと、フェイトはその脛に思いっきり蹴りを叩きこむ。

 堪らずバランスを崩した男の手から拳銃が零れ落ちた。フェイトはそれを明後日の方向に蹴っ飛ばし、捕まった時に落としたプレゼントの箱を回収する。

 

 フェイトにとって最も大事だっただろうそれを取り戻し、フェイトはほっと笑顔を溢す。だが、それは緊張状態を続けなければならない状況では致命的な隙だった。

 憤怒の怒りを表情に宿した男は、懐からもう一丁の拳銃を取り出した。激情のまま、それはフェイトに向けられる。

 

「っ! 馬鹿っ!」

「バン君、今!」

「お、おう!」

 

 駆けだすレイ。唐突に動き出した状況に背後の男の動きは止まっていた。それを逃さず、リーリエに気持ちを押されたバンが確保に動く。

 事態に対応しきれなかった背後の男にバンが肉薄し、反撃に転じられるより早くその腕を取り、足を絡めて転倒させ、自由を奪う。

 同時に、レイも駆けていた。拳銃を構えた男をバンと同じように拘束するのは、駆け込む時間を考慮しても無理だ。それより早く、凶弾がフェイトのか細い身体を撃ち貫くだろう。

 

 ――間に合わない!

 

 そして、レイはとっさの行動に出た。

 一か八かに賭けて男に肉薄するのではない。フェイトの眼前に駆け込み、そのまま彼女の盾となるべく、立ちはだかった。

 決死の行動にバンがレイの名を叫ぶ。リーリエが思わず口元を覆う。フェイトが「レイ……さん?」と小さく呼んだ。そして、周囲が一瞬の静寂に包まれる。

 その全てを、レイは第三者の視点から見るように俯瞰していた。思ったのは、ただ一つ。

 

 ――やらせはしない!

 

「――死ねぇええええええっ!!!!」

 

 男の指が、拳銃の引き金を引き……

 

 

 

 

 

 

 弾丸が肌を撃つ音が、確かに響いた。

 

 

 

 

 

 

 恐れていた激痛は、来なかった。

 

 代わりに轟いたのは、掌を撃たれ苦痛にもがく男の怒声だった。

 

「っでぇえええ!! 誰だコラァ!!」

 

 男は明後日に向かって叫んだ。その手から拳銃は転がり落ちており、男の注意は完全にレイから削がれている。

 今だ。

 レイは一気に駆けだす。

 しかし、男はそれなりに修羅場をくぐった経験を持っていたようだ。瞬時に攻勢に出たレイに対し、すぐさま対応する。大型のサバイバルナイフを取りだし、レイに突き出す。

 だが、そのナイフは弾かれた。視界の外、意識からも外れた所から飛来した()()()によってだ。

 

「なっ――」

 

 絶句する男を、レイは見据える。腕を掴み、懐に潜り込むと、全身の力を腕に伝わらせ、体全体で男を背負い、投げ飛ばす。背を叩きつけられた男の顔面に拳銃を構え、その動きを抑え込む。

 

「……確保」

 

 大きく、ため息を吐くように言ったレイの言葉に、ニューヘリックの町中はようやく平穏を取り戻したのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「……そりゃ、悪かったな」

 

 あの日の顛末から一週間。追加された謹慎の期間を終えたバンは、殊勝に謝るトミー・パリスに対し腕を組み、椅子の背もたれに体を預けながら憤慨した。

 

「まったくだぜ。とんだとばっちりだったよ」

「でもよ、対人戦のいい訓練になったんじゃねぇか?」

「それは……そうとも言うけどさ」

「バンはジークに頼りがちだからな。ジークが居なくても戦えねぇと。ゾイド戦以外でもな」

「う……ん」

 

 当初は起こって見せたものの、パリスの口車にうまく乗せられている。そんな気がしながらもバン自身言い訳が出来なかった。

 実際、あの一件以降は対人戦を意識しての訓練に、これまで以上に身が入る様になっていた。戦いの場はゾイド戦だけではない。それを、より強く認識したのだ。拳銃の扱いもできるようになろう。そう、気持ちが切り替わっている。

 

「で、レイはフェイトちゃんと一緒にあいつのとこ、か?」

「ああ。フェイトが無鉄砲すぎる、教育はどうなってんだ。って文句言いに行くとか」

「そのためだけに態々休みとって西エウロペまで遠出するたぁ、あいつも物好きだなぁ」

 

 「ま、それだけ気に入ったってことかぁ?」とパリスはポツリとつぶやき、景気づけに麦酒の入ったコップを傾けた。

 

「そうそう、レイの捕まえたガイロスマフィアのメンバーだけどよ。もう組織からは切り離されててロクな情報を引き出せなかったらしいぜ」

「徒労に終わったってことか」

「まぁな。奴らの根城はガイロスだし、共和国(こっち)じゃ限界があるってよ」

「ふーん」

 

 どこも浮かない話ばかりだ。そんなことを考えながらバンはテーブルの上を眺め、魚のフライを皿にとって一口齧る。その視界の端では、パリスがまた麦酒を煽っていた。

 

「パリスさぁ、飲み過ぎじゃねぇか?」

「馬鹿野郎、軍人が飲まずにやってられっか。緊急出撃(スクランブル)は早々ねぇんだ。飲めるときに飲んどかねぇと、いつ飲めるか分かんねぇだろ」

「そうは言うけどよぉ」

「大体、今日の主役はお前だろうが」

 

 つい昨日のことだ。かねてよりバンとリーリエの二人で対策を練っていた基地防衛プログラムシミュレーションの突破試験が行われた。そして、バンはそれを見事に突破したのである。見学に来ていた士官たちが思わず立ち上がり、拍手喝采で迎えるほどに、文句のつけようのない結果だった。

 

「でもよぉ、リーリエは寝ちまったぜ?」

「そんなに強くねぇからな。バン、帰りはまた送ってやれよ」

「へいへい」

 

 適当に相槌を打ちつつ、バンはぼんやりと試験後のクルーガー大佐とのやり取りを思い出す。

 クルーガーはこの試験を見届けたのち、軍を退役すると告げたのだ。バンにしてみれば、自分を軍人としての道に誘った恩人の一人が去って行くと言う事実である。腑に落ちない点も多々あった。そしてもう一つ、バンに言い渡された人事も気にかかっている。

 

「考えても仕方ねぇよなぁ……」

「何がだよ」

「俺の配属先。まぁ、それは終わってから話すよ」

「空軍だったか? 大佐も理解できねぇ、突拍子もねぇことするよな。ボーグマン少佐といい、年よりの考えは理解できねぇ」

「理解できない、分からないかぁ」

 

 軍人の道を歩み始めてからは、分からないことだらけだ。嘗て仲間だったアーバインやムンベイとはすっかり縁が切れてしまい、フィーネとはかろうじて電話で話をする程度。暗黒大陸で共に戦った鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の者たちなど、もう遠い過去の人になり始めている。

 フェイトに関してもそうだ。以前まではローレンジとの兄弟仲は円満だったのに、先日会った時はどこか距離を置いているように見えた。兄へのプレゼントと言いつつ、それは生じた溝を埋めるための手段になっているようで、少し違和感を感じていた。

 みんな変わっていっているのだろう。良くも、悪くも。そして、それはバン自身もそうであるという自覚があった。

 

「分からないと言えば、結局レイにちょっかい出してきた奴って、なんだったんだろうな」

 

 執拗にレイを転ばせ、しかし危機に陥った時には絶妙な、それでいて恐ろしさを感じ得ない腕前で援護した狙撃。その狙撃主は、結局見つからないままだった。リーリエの通報で駆け付けた軍警察の捜査があったにもかかわらず、影も形もない。

 まるで駆け抜けた()()のように、一通り騒がせてあっという間にその姿を消してしまったのだ。

 そんなことをぼやくと、パリスは「くっく」と噛み殺すように笑った。

 

「分かんねぇか? バン」

「パリスは分かるのか?」

「当たり前よ」

 

 すっかり赤くなった顔でパリスは得意げに笑い、どこか遠くを見るように呟いた。

 

「あの馬鹿は」

「あの馬鹿?」

「ああ。相手すんのも疲れるぜ。ホント――」

 

 

 

***

 

 

 

「あのー、副長?」

「なんでしょうか。頭領」

 

 抑揚が一切消え失せた声音で返す副長タリス・オファーランドに若干の恐怖を覚えつつ、頭領ローレンジ・コーヴは手元の資料と電卓を示した。

 

「なんで今月も俺が――」

「手を止めない」

「はい」

 

 止まっていたローレンジの手が再び電卓を叩いた。景気よく、見たくない数字がローレンジの視界に嫌でも入ってきた。

 

「えー、なんで今月も俺が計算する羽目になっているんでしょう」

「一週間と少し前に、ザルカさんがうちに持ってきたスペースシンカーを御存知ですね」

 

 シンカーとは、空海両用のエイ型ゾイドの改造機である。

 海と空を瞬時に切り替えられるシンカーの特性は、戦時中もこと海戦において多大なアドバンテージを有し、また比較的単純な機体設計から一部ではレース用の機体としても運用されていた。

 スペースシンカーは特に宇宙空間への進出を念頭に開発された――ほとんどザルカの趣味の産物であるが――機体であり、惑星の大気圏内から宇宙空間へ飛び立つため非常に強力な最新型のエンジンを搭載していた。そのエンジンは、理論上一日で惑星Ziを一周することが可能なほどである。

 

「……知ってるけど」

「そのスペースシンカーが、『無断』で使用されていたのです。三日間ほど」

「…………うん」

「頭領も、同日に行方を眩ましていましたね。所用、とか言って」

「………………はい」

 

 じっとタリスの視線がローレンジを射抜く。ローレンジの額から脂汗が垂れ、表情は苦笑いを隠し切れずにいた。

 

「解りましたか?」

「解りました」

 

 はぁとため息を吐き、ローレンジは再び書類を睨んだ。その顔には「もう諦めます。負けました。すみません」と書かれているように見える。

 

「私は少し外しますので――決して、サボらないように」

「はい」

 

 もはや顔を見ることもしないローレンジを部屋に残し、タリスは退出する。そして、しばし歩いたところで、大きくため息を吐き、呟くのだった。

 

「まったく。原因の一端は私かもしれませんが、あの人は……。本当に――」

 

 

 

 

 

 

『嫉妬したシスコン兄貴は加減を知らない』

 

 シスコン兄貴の腰には真新しい拳銃が二丁。部屋の明かりを反射して、鈍い光を反射した。

 


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