ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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幕間その8:賞金稼ぎ達の独唱 後編

「侵入者が。甘かったな」

 

 高台から見下ろす暴風(ストーム)は勝ち誇ったような声音で言った。

 

「俺たちを甘く見過ぎたな。これまでも何度か襲撃があったが、全て蹴散らした。キサマも同じ運命よ」

 

 投げ落とされる言葉に、ルフィナは答えなかった。余計な問答などする意味が無い。ここは戦場だ。勝つか負けるか。生きるか死ぬか。ただそれだけ。ならば、生きるために、最善を尽くす。次を生き抜くため、この仕事で金を手に入れる。それだけだ。

 

 ――甘く見ているのは、そっちだ。

 

 トリガーを引くと同時に、クリムゾンホーンの射撃が始まる。

 クリムゾンホーンの背中に配されたビーム砲が、前方の敵機を捉える。同時にリニアキャノンは横方向の。尻尾部分の武装は背後を。一斉射で、包囲した敵機を一気に蹴散らした。

 散らされるゾイドたち。例のトラ型の攻撃力は確かだが、防御はヘルキャット以上に貧弱だ。一発で制御不能(システムフリーズ)に至るダメージを叩きこむ。

 だが、トラ型もただでは済まなかった。煙の中から前方の一匹が飛び出し、格闘戦を挑んできた。流石の機動力だ。回避されたのは少し予想外。だが、対処できないほどではない。頭部のクラッシャーホーンを振りかざし、迎撃態勢をとる。

 

 しかし、トラ型ゾイドの爪がクリムゾンホーンに届くことはなかった。

 

「――?」

 

 横合いから突如として叩きこまれたライフル弾がトラ型に突き刺さり、その身体をサッカーボールのように壁に叩きつけ、二回ほどバウンドし機体はひしゃげた。

 

 敵か?

 そう予感しクリムゾンホーンのレーダーをフルに働かせる。割り出されたのは、一体のコマンドウルフだ。機体色は黒。背中に大型のロングレンジライフルを装備した、賞金稼ぎの間でも話題の男。

 

「よう。あんた、一人でなかなかやるじゃねーか」

 

 煙の中から現れたのは、おふくろさんのバーに居た眼帯バンダナの男、アーバインだ。そしてまだ数名。

 

「おいおい、久々の金になる仕事だってのに、もうほとんど終わりじゃねぇか」

「しかたねぇさ。この女はそれだけの腕だったんだ。なぁ兄貴」

 

 同じく、おふくろさんのバーで見かけた二人組、クロスボウ兄弟だ。ルフィナが破った通路から現れ、残りの敵機を掃討しにかかる。

 

 そして、彼らが居るとなれば、残りの二人がいない訳がない。案の定、先ほどまで竜巻(サイクロン)の頭が居た場所に、二人の男が立っていた。竜巻(サイクロン)の頭と同じ金髪の青年。ダルそうな雰囲気の、気持ち悪い男。

 

「ちょっとローレンジ。こんな拍子抜け、聞いてないわよ。完っ全に先を越されてるじゃない。どーするのよ、この体たらく」

「ははっ、ルフィナ(あいつ)の腕を甘く見てたな。まぁ、いいさ」

 

 愚痴る様に唸ったオカマ――スティンガーに、金髪の青年は小さく苦笑した。だが、本心は笑っていない。氷河のように冷たく硬い。そんな印象が、刻まれた。

 

「さて、ガンタイガーに加えてその他諸々。盗ったもん返した貰おうじゃねぇの。え? 偽物が」

 

 

 

 下のゾイド部隊を潰され、自身はローレンジとスティンガーに包囲されている。しかし、竜巻(サイクロン)の頭は笑ったままだ。

 

「……ようやくだ。やっと、この時が来た」

 

 にやりと、はち切れんばかりの笑みを浮かべ、竜巻(サイクロン)の頭はその場から跳び下りる。その行動は予測していなかったのだろう。ローレンジは「しまった!」と言いたげな顔を僅かに覗かせ、スティンガーはすぐにその場から駆け出した。

 跳び下りてくる竜巻(サイクロン)の頭。その姿にルフィナは照準を合わせた。ルフィナのターゲットは頭ただ一人。頭を討ち、賞金を頂く。

 

 だが、放たれたビーム砲は空洞から連射されたバルカン砲に防がれた。次いで新たなゾイドが飛びだす。

 見た目はセイバータイガーだ。しかし、象徴である牙は通常のものより鋭く、大きい。機体職は銀、そしてところどころが血の様に赤い。頭部はまるでトラを模した怪物かのように歪であり、狂暴性がありありと現れていた。

 

 セイバータイガーはコックピットに頭を収めると一気にその場を離脱した。その行動にアーバインとクロスボウ兄弟のゾイドが訝しげに止まった。だが、

 

 ――そういうことか!

 

 アジト内の構造を思い返し、ルフィナは悟った。偵察に入った時の違和感が、確信へと繋がる。

 そして、踵を返すとセイバータイガーの後を追って機体を駆けださせた。

 

 

 

***

 

 

 

 やられた。

 セイバータイガー――もとい、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)から強奪された試作機、プロトセイバーとその後を追ったルフィナのクリムゾンホーンを見送り、ローレンジは己の失敗を自覚する。

 今回の仕事は、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)から強奪されたプロトセイバー、並びに量産が始まったばかりのガンタイガーの奪取、若しくは破壊だ。また、彼ら竜巻(サイクロン)がローレンジの傭兵団の真似事で評判を落そうと画策していたことも見抜いた。

 さらに言えば、その頭の素性を掴んだ時から、ローレンジは自身の率いる傭兵団を使うことを辞めた。今回の仕事は、自分が生んだ業なのだ。その負債を部下につき合せるなど言語道断。賞金稼ぎ時代の伝手をたどって、彼らとで成し遂げるつもりだった。

 

 だが、結果はどうだ。ルフィナという不確定要素を見過ごし、結果、事態はローレンジの考えた台本(シナリオ)とはまるで違う方向に向かっている。外に逃げられた時点で、取り逃がしたも同然だ。

 

「おいローレンジ! 奴らを追うぞ!」

「あ、ああ……」

 

 ロスに生返事を返しつつ、ローレンジは何か見過ごしているのではないかと思い始めていた。逃げられた敵の本隊。アジトに取り残された自分たち。そして、ここはアジトの中心部。

 このアジトは、共和国のマウントオッサ要塞を意識して作られていた。そして、ローレンジは以前マウントオッサ要塞に攻め入ったことがある。その際は、火山を噴火させることで要塞を潰し、共和国は帝国を撤退させた。

 あの時の恐怖は良く覚えていた。炎に包まれる恐怖。大事なものが全て灼熱に消えゆく様は、ローレンジの村が消滅した時と同じ。

 二度に渡った過去のトラウマが、蘇る。

 

「――いや脱出だ! アーバイン! スティンガー! ロス! アルバート! とっとと逃げろ!」

 

 言いつつ、自身も駆けだす。通路を走りながら口笛を吹くと。壁を崩してニュートが現れた。口には指示した通り、いくつかの書類を咥えている。奪取したかったのは奪われたゾイドと、それに関する設計図だ。

 

「よくやった!」

「キィ!」

 

 ニュートの背に乗り。ニュートは一気に駆けだした。

 

 

 

 そして、竜巻(サイクロン)のアジトは爆発に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 どうにかアジトから脱出し、サーベラに乗り込んだローレンジが見たのは、自身を包囲するセイバータイガーの群れだった。そして、群れの長のようにプロトセイバーがこちらを見下す。

 

『キサマだけか。好都合だな』

「うっせぇ。さっさと始末付けてやるよ」

 

 アーバイン達との連絡は繋がらない。無事に逃げ出せたかどうか、定かでない。焦燥感を募らせる。だが、だからと言って、迷いの中に居る訳にはいかない。

 セイバータイガーの背部ビーム砲が放たれる。狙いはコックピット。右に逸れて躱せば、それを読んだ別のタイガーの射線に入ってしまう。逆も同じだ。

 ローレンジはサーベラを伏せさせることで、ビーム砲を回避する。だが、敵機はそれも読んでいたのだろう。伏せた状態からは攻撃に転じ辛いと見て、一機が正面から電磁爪(ストライククロー)を振りかざす。

 

 ――この程度!

 

 前足で短く足元を蹴り、後方に跳んだ。目の前に爪が叩き下ろされ、冷汗がどっと噴き出した。だが、それで終わってはいない。背後のタイガーが無防備な背中をビーム砲で狙ってるのは当に知っている。後ろに跳ぶと同時に、今度は後ろ脚で地面を蹴り、サーベラはその機体を宙に投げ出した。

 

 まるで曲芸師のような鮮やかな身のこなしは、タイガーたちのパイロットの意識を一瞬奪う。その隙にローレンジは目の前のタイガーの背に必殺の前足、ストライクレーザークローを叩きつけ、踏み壊すと同時に前へと駆けた。

 狙いは、眼前のプロトセイバーだ。

 

「そいつはまだ未完成。お前に勝ち目はねぇぜ!」

『それはどうだろうな』

 

 プロトセイバーの両頬が唸り、頬に装備されたバルカン砲から弾丸が発射される。前方が弾の連射で叩き伏せられるが、ローレンジは構わなかった。バルカン砲程度なら堪えられる。強引だが、突風のような弾丸の山を突き進んで不意打ちをかますのだ。

 しかし、プロトセイバーは突き進んでくるグレートサーベルに危機感を抱き、速やかに射線から外れた。必殺の爪は躱された。

 だが、それも織り込み済みだ。逃れたプロトセイバーをロックオンすると、背部の八連ミサイルポッドから一気に撃ち放つ。さらに、異なる軌道を描くミサイルの隙間を縫うように、ソリッドライフルの鋭い射撃を撃ちこんだ。

 プロトセイバーも読み切れないミサイルの動きとソリッドライフルの一撃は対応しきれなかったのだろう。ミサイルは撃ち落としたものの、ライフルの一撃が右肩装甲を破壊する。だが、プロトセイバーも背部ビーム砲でグレートサーベルのレーダー部を破壊していた。

 

『流石だ。だが、キサマに勝ち目はない』

 

 竜巻(サイクロン)の頭のセリフに、ローレンジは周囲を見やる。出し抜いたセイバータイガーだけでなく、ヘルキャットやガンタイガーもグレートサーベルの包囲網に加わっている。その数、合わせて十五ほどだろうか。

 

「……最初からアジトを捨てて、外でなぶり殺しにしようって訳か」

『言ったろう? キサマらの襲撃は読んでいたとな。後は、キサマを倒すだけ。それで、俺の()()は完遂される』

「復讐?」

『ああ。キサマは、キサマならばアジトの爆破に巻き込まれるはずはないと踏んでいた。でなければ、俺の復讐は叶わんからな』

 

 復讐。その言葉が気にかかるが、それ以前に現状を打破する必要性が大きい。周囲はすっかり取り囲まれていた。

 竜巻(サイクロン)の頭の計画は、アジトの内部まで侵入者を忍び込ませ、その場でアジトを放棄。逃げられた場合は外で始末するつもりだったのだろう。そして、予定通り外に逃れたローレンジを、竜巻(サイクロン)の頭は全力で叩きにきている。

 

『命乞いなどしてくれるな? キサマの情けない姿を見ると、余計に腹が立つ』

「心配すんな。そんなことはしねぇよ。必要ねぇから」

『安心した。その得意げな憎らしい顔のまま、永遠に消え去れ!』

 

 頭の合図が下り、部下のゾイドたちが一斉に吠えた。ヘルキャットとガンタイガーの射撃兵装が唸り、セイバータイガーは逃れようとした隙を叩くべく身構える。

 その刹那だ。突如としてグレートサーベルの周囲を煙幕が襲った。

 

『なに!?』

 

 瞠目する竜巻(サイクロン)の頭。それに応えるように、ローレンジは得意げに言い放った。

 

「俺一人に標的を絞ったのがお前の失態だ。ここに誰が来てると思う? 俺が手を貸してもらった、凄腕の賞金稼ぎ(バウンティハンター)どもだぜ?」

 

 ローレンジが宣言し、正面に居たセイバータイガーの足元を衝撃砲で揺らす。体勢を崩したそれに一機に近づき、喉笛を噛み千切る。

 さらに、巻き上がった煙はなにかに導かれるようにして周囲に拡散していく。その煙の中、竜巻(サイクロン)のメンバーの悲鳴が響いた。

 

『うぁ!? な、なんかいやがる――』

『敵だ敵! まだ残って……がっ』

 

 煙がゆっくりと晴れた時、そこに居た竜巻(サイクロン)のゾイドの半数が動きを止めていた。いや、ゾイドが、ではなくパイロットの方が、動けなかったのだ。

 

「オーホッホッホ! いいわ! そのまま地べたに這いつくばって無様な様を晒しなさい!」

「ちっ、まったく。テメーと組むとやっぱりこれだなぁ! 胸糞わりぃ!」

 

 勝ち誇り、小悪魔の嘲笑を響かせるのはガイサックに乗ったスティンガーだ。そして、その隣にはアーバインのコマンドウルフが。

 敵を見定めた竜巻(サイクロン)のメンバーはガイサックとコマンドウルフに目を向けるが、その前に足元を動き回るヘルディガンナーによって足を切られていく。

 

「オイオイ、まさか俺たちクロスボウ兄弟も参戦してるって、忘れてたんじゃねぇのか?」

「俺たち兄弟もけっこう名が知れてるんだぜ? 天下の暗殺集団竜巻(サイクロン)様が、足元は良く見とけよ?」

 

 アジトと共に崩れ去ったと思われていた賞金稼ぎ達の参戦で、戦場は一気に乱戦へと切り替わる。

 タネは簡単だ。最初の煙幕はグレートサーベルに備えていたスモークグレネードだ。そこにアーバインがスモークディスチャージャー全開で突っ込み、一気に戦場を攪乱する。スモークディスチャージャーの煙に混じってスティンガーが麻痺毒のガスをばらまき、ローレンジとアーバインはその前に麻痺毒ガスの範囲から撤退。ガスが挽いたところに地中に潜んでいたクロスボウ兄弟のヘルディガンナーが尻尾のブレードで足元を切り裂いていく。

 

「おいローレンジ! 奴が逃げるぞ!」

 

 アーバインの声にカメラを回すと、プロトセイバーは不利を悟ってか素早く離脱体勢に入っていた。

 

「こっちは俺たちがやってやる。テメーは頭を叩いて来い!」

「コイツ等の壊滅に手を貸せば報酬、だったな? 忘れんじゃねぇぜ」

「そーゆーことよ。アタシたちはたっぷり楽しむから、あんたはあんたで仕事をやりなさい」

 

 アーバイン、ロス、スティンガーに言われ、ローレンジはサーベラを走りださせる。

 

「言われなくても。きっちり仕事は終わらせるさ」

 

 宵闇の中へ消えて行くプロトセイバーを、ニュートの力も合わせて全力で追跡する。ただ、ふと気になったことがあった。

 アーバイン達には、アジトを脱出した段階でこの展開を説明していた。だが、この場にはもう一人、役者が居たはずだ。彼女は、どこに行ったのだろう。

 

 疑惑を覚えたローレンジが走り去る中、岩山の陰で息を潜めていた巨体が動き出したした。

 

 

 

 

 

 

 岩山の一角、そこでプロトセイバーの姿は見失った。おそらくこの辺りに潜んでいるのだろう。注意深く当たりを警戒し、一歩踏み出す。すると、岩山の上から意志が転がり落ちる音が響いた。それが戦闘の合図だ。

 ざっと、身を引くグレートサーベルに、上からプロトセイバーの爪が叩き落される。直前で回避すると、今度は体当たりが顔面に叩き込まれた。グレートサーベルの頭部が揺れ、コックピットに衝撃が走る。

 

「くそっ」

 

 三連衝撃砲でプロトセイバーを退かすも、向こうもそれを予期してか後方に跳んで躱される。ソリッドライフル基部のレーザーガンを連続で撃ちこむが、プロトセイバーは岩場を駆使して射線から逃れる。だけでなく、岩場を飛びまわり格闘戦に転じて来た。

 

『キサマだけは!』

 

 明確な殺意を爆発させ、竜巻(サイクロン)の頭は叫んだ。その覇気がプロトセイバーに乗り移ったかのようで、ローレンジすらも気圧され、グレートサーベルの右足が砕かれる。切り離されるまではいかなかったが、右足は使い物にならないだろう。

 

 地面に伏せの状態で叩きつけらるグレートサーベル。そこに、プロトセイバーは悠然と近づいてきた。

 

「……復讐、つったか? どっかで会ったか?」

『知らないだろうな。知らなくて当然だ。そして、知らないまま、死ね』

 

 プロトセイバーが牙を振りかざす。通常のセイバータイガーのものより巨大なそれは、力も当然上だ。それを落されれば、ただでは済まない。

 

『終わりだ!』

 

 牙が落とされる。だが、ローレンジは諦めていない。照準を合わせ、至近距離からソリッドライフルを撃ちこんだ。だけでなく、ミサイルも一斉発射だ。至近距離で、プロトセイバーの機体が爆発する。どうにか勝ったか。そう、油断した。

 しかし、

 

「――マジかよ!?」

 

 竜巻(サイクロン)の頭の執念というべきか、機体がボロボロになってなおプロトセイバーの頭と牙は落とされていた。まっすぐ、コックピット目がけて。

 

 やられるか。

 そう覚悟し、しかし一切視線は逸らさない。落とされる死の瞬間に、ローレンジは真っ向から向き合った。

 

 

 

 そして、横合いからの砲撃によりプロトセイバーは横倒しになった。

 視界の中で横に倒れて行くプロトセイバーを見つめ、ローレンジはその砲撃の主に目を向けた。

 

「……完了だ」

 

 ポツリと呟くのは、戦場から姿を消していた孤高の賞金稼ぎだった。

 

 

 

 

 

 

 グレートサーベルを降り、ローレンジは同じく降りてきたルフィナに軽く手を振った。

 

「ありがとよ。おかげで、死なずに済んだ」

「私は仕事をやっただけだ。あの賞金首は、私が貰う」

 

 淡々と告げるルフィナにローレンジは「いいぜ」と軽く肩をすくめて見せる。

 

「ただ、ちょっと待ってくれ。聞きたいことがあるんだ」

 

 そう言うと、ローレンジはプロトセイバーのコックピットに向かい、砕けたコックピットの装甲をニュートにこじ開けさせる。

 すると、ずっと狙っていたのか、中に居た竜巻(サイクロン)の頭がナイフを片手につきを放つ。しかし、その程度ではローレンジを捉えられない。

 ローレンジは上体を横にずらして回避すると、ナイフを持った腕を抱き込んで竜巻(サイクロン)の頭ごと横倒しになった。もう片方の手を抑え、零れ落ちたナイフを明後日に蹴り捨て、拘束する。

 

「答えろ。暴風(ストーム)の名を騙った真意はなんだ」

「キサマをおびき出すためさ」

 

 要領を得ない答えに、ローレンジは頭の仮面を剥がす。その下から覗いた顔は、金髪の女性だった。年は、おそらくローレンジよりも少し上と言ったところ。

 

「俺を? どういう意味だ」

「言ったろう。復讐だと。キサマは、父さんの仇だ!」

 

 いきり立ち、蹴り飛ばされる。数歩下がって睨みつけると、竜巻(サイクロン)の頭は隠し持っていたもう一本のナイフを取り出す。

 

「『鮮血の暴風(ブラッディストーム)』を覚えているだろう!」

 

 頭の口から放たれたその言葉に、ローレンジは全てを悟った。

 

「……ああ、やっぱそういうことかよ。ようやく、俺の撒いた種が返ってきたわけだ」

「悟ったようなことを! キサマの所為で父さんは死んだ! 絶対に許さない!」

 

 目の前に現れた仇に怒り、感情をぶちまける竜巻(サイクロン)の頭を、ローレンジは哀れに思う。

 

「ルフィナ。手は出すな」

「賞金は、あたしに入るんだろうな」

「ああ」

「なら、いい」

 

 ルフィナは一歩引いた。その気遣いに感謝しつつ、ローレンジは無手で相対する。

 

「抜け」

 

 竜巻(サイクロン)の頭が怒りのままに言い、ローレンジは目を伏せながらナイフを抜いた。だが、構えない。

 

「馬鹿にしているのか?」

「いや。俺は殺されるべきなんだよ。散々なことしてきたから、いつかその咎を受けなきゃならねぇ。それが今だった。それだけさ」

「この……ふざけるなぁあ!!!!」

 

 竜巻(サイクロン)の頭が一直線に走った。ナイフの切っ先がギラリと輝き、突き出される。

 

「……でもさ」

 

 切っ先は、ローレンジの肉に突き立ち、一気に内部へと侵入していく。筋が切られ、肉を抉られる激痛がローレンジを襲った。

 

「悪い。昔なら死んでもいいと思ったけどさ、今は、死ぬわけにはいかなくなったんだ」

 

 ローレンジは、上体をずらして左腕を捧げ、右手のナイフの柄を竜巻(サイクロン)の頭の腹に叩き込んだ。さらにナイフを落とし、空いた右手で首筋を叩いて意識を刈り取る。

 

「あんたにしちゃ釈然としないだろうけど、あいつらがいるから、俺はまだ死ねない」

 

 怒りと憎しみをぶつけてくる頭にローレンジは哀しげな笑みを見セル。頭は、そのまま意識を失った。

 

 

 

「すまねぇなルフィナ。付き合わせて」

「まったくだ。熱血はごめんだ」

「どこが熱血だよ」

「お前だ。躱せただろう」

 

 ルフィナの言葉にローレンジは苦笑する。躱せたのは確かだ。ただ、咎の証として傷を負うべきだろうと思ったのだ。

 左腕に刺さったナイフを引き抜き、血を拭って地面に突き立てる。そして振り返ろうとし、ローレンジは固まった。

 

「ただ、こっちは予想外の収穫があったな」

 

 ルフィナの右手には、拳銃が握られている。そして、それはローレンジの後頭部に突きつけられていた。

 

「殺し屋暴風(ストーム)。こいつは偽物だったが、まさか本物に巡り合うとは思いもしなかった」

「嘘吐け。おふくろさんのところであらかた知ってたんだろうが。で、総取り狙ってここまで息を殺してたな」

 

 ローレンジは元々殺し屋だ。表ではすでに死んだものとして処理され、手配書も取り下げられている。だが裏側、裏稼業を行う者たちの中にはまだしつこくその首を狙っている者もいた。暴風(ストーム)を騙った竜巻(サイクロン)の頭が狙われた事実も、それを表している。

 

「今や本物の暴風(ストーム)は最高額の賞金首さ。狙わない方がおかしい」

「さっきの見てさ、見逃そうって気にはならない?」

「私は賞金稼ぎだ。報酬以外のことで動くなどありえない」

「そりゃ、ずいぶんと賞金稼ぎ的な思考で」

 

 呆れたようにため息を吐き、ローレンジはそのまま拳銃に後頭部を押し付けた。右ひじを打ち付けて体勢を崩し、さらに足払いを喰らわせる。

 だが、ルフィナも今日まで生き延びた凄腕であることは間違いない。その程度では倒れず、拳銃を構え直した。

 

「オイオイ、よく見ればあんたもけっこうな傷もちじゃないか」

 

 ようやく相対できたローレンジは、ルフィナも身体的に傷を負っていたことに気づく。クリムゾンホーンも傷を負っており、ローレンジ達と同じく爆発から逃れたものの、竜巻(サイクロン)の残党と一戦交えて疲労してるのは明らかだ。

 

「その状態でやりあおうってか? 無茶すんなよ。こっちは、生き延びるためならどこまでも足掻くぜ」

「それはお互い様だ。お前の方が重傷だろう。おとなしく降参しろ」

「やなこった」

「そうか」

 

 傷を負い、満身創痍な中二人は対峙する。一触即発、いつ戦闘となってもおかしくない緊張した空気が漂う。

 

「お前ら、その辺にしとけよ」

 

 新たな人物が――アーバインが現れた。アーバインだけではない、クロスボウ兄弟とスティンガー。竜巻(サイクロン)の残党処理を終え、やってきたのだろう。

 

「こんな時に喧嘩すんじゃねぇよ。ルフィナつったか。悪いがこいつを殺すのは辞めてくれ」

「……仲間意識、という奴か?」

 

 呆れ気味なルフィナの言葉に、アーバインは「ああ?」と酷く不機嫌な様子をのぞかせた。

 

「仲間意識? 馬鹿言わないでちょうだいよ」

 

 それにスティンガーも乗った。

 

「こいつには、まだ手伝ってもらうことが残ってんだ。死なれたら俺の仕事に関わる」

「大事な依頼人(クライアント)よ。死なれたらたまらないわ」

 

 アーバインとスティンガーがそれぞれ言い放つ。その自分優先な言い草に、ローレンジは「ひでぇ奴ら」と愚痴る。

 

「まだ報酬もらってねぇんだ。死なれたら、俺たちの働きがタダになっちまう」

「賞金稼ぎは報酬第一。報酬もらえるなら、誰にだって手ぇかすぜ」

 

 ロスとアルバートも口々に言う。

 アーバインは、この後ゾイド狩りの犯人との渡りをつけてもらう約束があり、スティンガーはローレンジとそのバックに居る鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)を最高の依頼人(クライアント)と表している。そして、クロスボウ兄弟はまだ報酬をもらってない以上、殺されたら溜まったものではないと告げる。

 それぞれがそれぞれ、各人の目的に忠実でそのために自分勝手だ。

 

 そして、それはさらなる報酬を得るためにローレンジに銃口を向けたルフィナも同じだ。

 

 それぞれが自分勝手。己の利益を優先し、一時的な協力関係は結んだとしても、仲間に成り得ることはありえない。それこそが、ローレンジとアーバイン達の関係。

 それは、まるで、それぞれが勝手に、一人で歌っているようなものだ。周りなど気にせず、一人で、独唱(ソーラ)を奏でる。

 合わされば、同じ歌ならば、協調もあり得るが、結局は独りで奏でるだけ。それ以上は、絶対にありえない。

 独唱(ソーラ)は、賞金稼ぎ達の生き方そのものなのだ。

 

「まったく、熱血漢の相手は疲れるな」

「誰が熱血漢だよ」

「お前だ」

 

 どういう意味だよ。そう嘯くも、ルフィナは答えを返さなかった。拳銃をおろし、竜巻(サイクロン)の頭を拾い上げるとその場を立ち去る。

 さてと、とローレンジも立ち上がる。早く報酬を寄越せと喚くクロスボウ兄弟を適当にあしらい、ふと、あることを思いつく。

 

「ルフィナ!」

 

 呼びかけるとルフィナはちらりとこちらを見た。

 

「俺が傭兵団の長ってことは知ってるだろ? お前も、入らねぇか? 稼ぎの良い仕事を回してやるぜ?」

 

 ルフィナの腕は確かなものだ。それは独りで、黙々と積み上げて来たものだ。ただ、彼女は自分が生きるためだけにそれを使う。賞金稼ぎなのだから、敵に回らないとも限らない。できることなら、引きこんでおきたかった。

 

「断る」

 

 だが、ルフィナはそっけなく言った。これまで独りを貫いて来たのだ。今更集団に混ざるなど、やはりありえないか。ならば、

 

「じゃあさ、俺に雇われてくれないか?」

 

 今度は、言葉を返さなかった。それは続きを促しているのだろう予測し、ローレンジは続ける。

 

「あんたの力が必要な仕事があったら呼びつける。報酬も、毎度きっちり払う。食うに困らない額は支払うぜ。どうだ?」

 

 しばし、ルフィナは見つめ返す。それがしばらく続き、やがてルフィナはそっけなく答えた。

 

「名前」

「あ?」

「お前の傭兵団。名前を言え」

 

 ああ、そういえば言い忘れていたな。今更ながらローレンジは苦笑し、答えた。

 

「『歪獣黒賊(ブラックキマイラ)』。知り合いの賞金稼ぎどもを集めた、なかなかいいとこだぜ?」

「……覚えておく」

 

 しばしの沈黙の後、ルフィナは一言、そっけなく告げて去って行った。

 

 

 

 竜巻(サイクロン)の頭をクリムゾンホーンの格納スペースに投げ込み、ルフィナはふと思う。これまで独りで戦って来た。それは変わらない。これからも、自分は孤高の賞金稼ぎだろう。

 ただ、傭兵団『歪獣黒賊(ブラックキマイラ)』の依頼を受ける以上、ただの賞金稼ぎとして、賞金首を追うだけの生活では、まだ力が足りないかもしれない。少しくらいは、他の誰かと連携することも視野に入れる必要がある。それは、今回の依頼でローレンジ達が見せた戦い方だ。

 ルフィナは一人での戦いを常に行ってきた。そして、その腕前はプロ級と表してもそん色ない。

 だが、一方で誰かと連携を取るとなると、とたんに怪しくなる。一人が主だったからか、自分勝手と捉えられても仕方ない。それでは、ローレンジに雇われて戦うには、不具合がある。

 少しは、誰かと連携する練習も視野に入れるべきだろうか。

 

「これからは、傭兵業もやっていった方がいいかな」

 

 ポツリと呟き、ルフィナはクリムゾンホーンのアースを走らせる。

 ルフィナの奏でる独唱(ソーラ)は、いつもと少し、変わっていた。

 少しだけ。

 

 孤高の賞金稼ぎ(バウンティハンター)独唱(ソーラ)は、新たな形へと昇華されていく。

 




 いかがだったでしょうか。

 賞金稼ぎ達の価値観=金銭感が強く出た話です。本編内でも触れてましたが、賞金稼ぎって私の中で自分勝手なイメージがあるんですよね。ローレンジの元に持ちこまれた因縁なんか知ったことか! 的な思考の面子が、それを表してくれたのでは? と思いつつ書いてました。

 さて、ゲオザーク様。キャラクターのご提供誠にありがとうございました。メッセージでの意見のやり取りを通し、ゲオザーク様の熱意を感じ、企画者、作者として非常に嬉しく思っております。
 お話はいかがだったでしょうか? 私としては起伏の少ない、しかし彼等の雰囲気と職業世界観をほどよく表せるよう描いたつもりです。

 それでは、これにて失礼いたします。
 ではまた次回!

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