ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 読者キャラ企画第三弾です。
 今回はゲオザーク様からのキャラクターでお送りします。

 今までの二回がシリアスに、ギャグにと偏ったお話だったので、今回はちょいと落ち着いた感じのストーリーです。
 本作主人公のローレンジ含め、賞金稼ぎ達の一幕をお楽しみください。


幕間その8:賞金稼ぎ達の独唱 前編

 とある町の、小さな骨董店。

 一見何の変哲もなく、町の人が立ち入ることもない寂れた店だ。たまに外からやってくる人々が店主である中年の女性と談笑をするが、それ以外儲けがあるとは言えない。

 店の裏側はバーとなっており、骨董店の店主はこちらも兼業で行っている。だが、こちらも繁盛しているとは言い難かった。来る客といえば馴染みであろうガラの悪い男たちがほとんどで、収入も大したものではないはずだ。

 言ってしまえば、寂れているが謎も多い骨董店だ。

 

 そんな骨董店の奥、店主の住居スペースの裏側にある小さなバーに、なぜかこの日だけは数人の男たちが集っていた。

 深い焦げかけの緑を思わせる髪色の男性。そして、いかにもガラが悪そうな二人組の男たち。そんな山賊とも盗賊ともとれそうな男たちと談笑するのは、不釣り合いに若く、だが油断のできない刃物のような雰囲気を纏う、金髪の青年だ。

 

 そしてもう一人。眼帯カメラとバンダナを身に付けた山賊風の男が、新たに来店する。男は店内を見渡して、小さく舌を打った。

 

「……帰る」

「おい待て。待て待て待て!」

「テメェの呼出には、このクソヤロウどもがセットなのか?」

「クソヤロウってのは激しく同意だけどさ、せめて話くらい聞いてからにしろよ、なぁアーバイン!」

 

 慌てて立ちあがった金髪の若い男――ローレンジは早足で近づき、アーバインの肩を掴んだ。アーバインは心底嫌そうに柳眉を釣り上げ、汚れ物を見るような目つきをカウンターにつく他の者たちに向けた。

 

「あら? 一緒に仕事した仲じゃない。少しは仲良くしましょうよ、ねぇ……ゴリラさん」

「てめっ……!」

 

 オネェ言葉で煽る男、スティンガーに対しアーバインの苛立ちは倍に膨れ上がった。怒りに拳をわなわなとふるわせ、しかしその拳はローレンジが上から握り込んだ。

 

「押さえてくれ、な? 今日は喧嘩しに来たわけじゃねぇんだ。「おふくろさん」の前だしよ」

 

 「おふくろさん」とは、この店の店主である中年の女性のことだ。恰幅がよく、人の好さげな笑みをたたえる女性は、アーバインの怒りをほほえましそうに眺め、コーヒーの入ったカップを机に置いた。

 

「アーバイン。あんた、いい仲間に巡り合えたものじゃない」

「どこがだ。外道どもの集まりだろうが!」

 

 怒り肩を震わせ、しかし話は訊く気になったのだろう。アーバインは態と足音を響かせながら店内に踏み入り、カウンターの一つにどかりと座り込んだ。

 すると、おふくろさんの料理を食べていた二人組がアーバインに視線を向ける。小太りな男と、ネズミのような顔をした男の二人組だ。

 

「よぉ、顔を会わせんのは初めてだろ?」

「俺たちゃクロスボウ兄弟、って言やぁそれなりに名が知れてるはずだ」

 

 クロスボウ兄弟と名乗った二人は、小太りの男が兄のアルバート。ネズミ顔の方が弟のロスという。二人の来ている服はガイロス帝国の兵服である。二人は元々ガイロス帝国の志願兵だったが、軍のゾイドを盗み出して賞金稼ぎに転向したという経歴を持っている。

 スティンガーに負けず劣らず、非道の賞金稼ぎとして名が通っている腕前だ。過去にアーバインとも交戦経験があり、その際はバンのブレードライガーによってあっさり蹴散らされた程度だ。

 

「ああ、バンにやられた雑魚どもか」

「ああ? ありゃ、オーガノイドを甘く見てただけだ」

「俺と兄貴を舐めてんじゃねぇぞ。なんなら、今ここでお前を始末したっていい」

「出来んのかよ。お前らに、俺が」

 

 呆れ口調でアーバインは言った。実際、アーバインはバンと共にこの二人と戦い、苦戦を強いられた経験があった。だが、それも過去の話、油断する気は毛頭ない。

 クロスボウ兄弟の向ける火花に、アーバインの冷ややかな眼光が注がれる。

 

「ちょっと、あたしの店で喧嘩は止めとくれよ。ここどころか、骨董店(むこう)の商品が台無しになっちまうだろ」

「はっ、どーせ売れもしないガラクタしかねーだろーが」

「まったく、言ってくれるねぇ。嫌な息子たちだよ」

 

 新たな料理をテーブルに並べ、おふくろさんが苦笑交じりに呟いた。

 

「――今後一切あんたたちと口効かないってんなら、好きにしてもいいけど」

 

 何気ない風に投げかけられたおふくろさんの言葉。しかし、それは効果覿面だった。クロスボウ兄弟は何事もなかったように顔を逸らし、アーバインも舌打ちこそしたものの、出されたコーヒーを口に含んだ。

 この店では喧嘩はご法度。それは、賞金稼ぎ達の間の決まりごとだ。

 

 一見寂れた骨董店。趣味のためだけのバー。それは、全て表向きだ。店主である女性「おふくろさん」は、非常に有能な情報屋として、裏で名が知れていたのだ。馴染みともなれば、安く必要な情報を仕入れることが出来る。それも、賞金稼ぎ達が追う賞金首のことや、果ては地方の寒村が持ち込む用心棒の依頼まで、さまざまな情報や仕事の紹介。

 一介の情報屋ではなく、賞金稼ぎ達にとって仕事を見つけるためのギルドのような場所だ。

 おふくろさんと馴染みの賞金稼ぎ達はおふくろさんを通じて仕事を貰い、情報を買い、賞金を稼いでいく。賞金稼ぎ達は各地で独自に仕事を探しているのだが、その手間を幾分省くことが出来るのである。

 

 そして、そんなおふくろさんの店は、同業者であり敵対者も同然な賞金稼ぎ達にとって、聖域でもあった。この場で厄介事を起こすことは、今後賞金稼ぎとして生きていく上で必ずマイナスに働くのだから。

 

「それで、今日は何の用事なんだ。ローレンジ?」

 

 コーヒーを飲み干し、アーバインは質問を投げかけた。

 

「なんで俺だよ」

 

 すまし顔で言うローレンジに、アーバインは「はっ」と短く笑声を投げ付けた。

 

「こんなクセの多すぎる連中を一堂に会させるなんざ、テメェぐらいしかできないだろうが。少なくとも、テメェの呼び出しでなきゃ、俺はコイツ等と組むなんざお断りだ」

 

 アーバインの言うコイツ等とは、クロスボウ兄弟とスティンガーのことだ。

 アーバインは、賞金稼ぎ仲間の間では“隻眼”の異名で呼ばれるのと同時に、一定の信頼も得ていた。アーバイン自身が意識したわけではないが、ルドルフを護衛するという功績は、アーバインならば信頼できるというアドバンテージに繋がっていたのだ。賞金稼ぎという荒くれ者は数あれど、信頼感ならばアーバインは高い部類に位置している。また、アーバインが引き受ける依頼も盗賊の始末や村の護衛など、言うなれば弱者を虐げるはみ出し者の討伐という、世間体にもプラスのイメージを与えるものが多かった。ちなみに、これにはアーバイン自身のポリシーである「つい負けそうな、虐げられている奴らに味方したくなる」というものがあるのだが。

 対して、スティンガーやクロスボウ兄弟は仕事のためなら裏切りも平気で行うとして忌み嫌われていた。同業者でも恐れ、組むことを避ける。さらに、スティンガーの前例としてプロイツェンに味方したと言う事実もあり、極悪非道の名が知れているのだ。

 賞金稼ぎの中でプラスとマイナスのイメージをつけるなら、スティンガーとクロスボウ兄弟は明らかにマイナスに位置する者たちだ。

 

 だからこそ、同じ賞金稼ぎであれど、アーバインとスティンガーは敵対関係にあるはずだった。

 

 それを結びつけたのが、ローレンジ・コーヴという男なのだ。

 

「ま、それでも応じてくれるだけ助かるよ」

「テメェからの仕事は、払いがいいからな」

 

 ぶっきらぼうにアーバインは告げる。

 はっきり言って、アーバインはローレンジを信用してはいない。ゾイド乗りとしての腕前はもちろんのこと、本人の戦闘技術さえ並みのものではない。敵に回したくない男だ。底が見えず、思考が読めない。そんな男を、どうして信用できるか。アーバインには、とてもできなかった。

 

「お前らに頼みたい仕事ってのは簡単だ。ちぃと、盗賊モドキの始末に付き合ってほしい。こいつらだよ」

 

 出されたつまみのピーナッツを口に放り込み、咀嚼しながらローレンジは言った。懐から取り出した手配書には、標的(ターゲット)の盗賊団について記されていた。

 

「あら、アタシたちを集めといて、仕事ってそれだけなワケ? ちょっと拍子抜けね」

「まったくだ。盗賊団の一つや二つ。お前なら簡単じゃねぇか。噂に聞く、お前の配下の傭兵団を使えばいいじゃねぇか」

「それとも、怖気づいたってか?」

 

 スティンガーとロスが不敵に笑い、アルバートが茶化す。

 ロスの言った“傭兵団”にはアーバインも覚えがあった。暗黒大陸で大きな動乱が起こった後、ローレンジは各地の知り合いに文を送りつけていた。それはアーバインの下にも届けられ、内容は聞いていた。それが、賞金稼ぎ達を束ねた傭兵団の立ち上げだ。

 アーバインは「めんどくせぇ」とそれを断り、予測だがスティンガーたちも同様なのだろう。先ほどの態度から、容易に想像できる。

 ローレンジは変わらぬ態度で、しかし珍しく酒を呷り、コップをテーブルに叩きつけた。

 

「情けないけどな、お前らに頼りたくなったんだよ」

「アラ、ますます珍しいじゃない。それで、報酬は?」

 

 スティンガーがのんびりとした口調で告げると、クロスボウ兄弟の目の色が変わる。所詮は賞金稼ぎ。依頼となれば、いくらの稼ぎになるかが本命なのだ。

 ローレンジは懐を探り、巾着袋を四人に投げつけた。中身は、宝石だ。

 

「暗黒大陸で採れたもんだ。噂のディオハリコンじゃねぇが、宝石商にでも売りつければ金になるぜ。なにせ、これまで誰も足を踏み入れたことの無い暗黒大陸産だ。まだ、出回ってはいない。俺の見立てだが、今回の報酬としちゃあ十分だろ」

 

 アーバインは袋の中身を一つ取出し、光に透かしてみる。生憎と宝石の偽物かどうかの判別はつかない。だが、例え偽物だとしてもそれなりの値で売れるだろう。なにより、報酬の話でローレンジは嘘を吐いたりしないはずだ。

 傭兵団の長になった男だ。賞金稼ぎの世界で、報酬の嘘は敵を増やすだけとよく知っている。

 

「確かに。で?」

「こいつは前払いだ。終わったら、もう一袋」

「どうする? 兄貴」

「まぁ、悪くねぇだろ。俺達は引き受けるぜ」

 

 スティンガーとクロスボウ兄弟の意思確認が終わり、ローレンジはアーバインに視線を向けた。何気ない視線。だが、どうにも見透かされているようで気に入らない。

 

「いいが、一つ条件がある」

「あ?」

「後払いはいらねぇ。その代わり、コイツを見てくれ」

 

 今度はアーバインが手配書を取り出した。そこに描かれているのは、豊かな髪の大男だ。

 

「へぇ、最近話題のゾイド狩りの犯人じゃない」

 

 スティンガーがその顔を見て言った。

 最近、軍に回収されていないスリーパーゾイドが何者かに奪われているという事件が起きている。その犯人は、スリーパーだけでなく富豪の所有するゾイドまで手を出し、裏で多額の賞金首となったのだ。

 

「コイツの懐に潜り込みてぇ。ローレンジ、お前なら繋ぎ手(パイプ)役くらい余裕だろ?」

「なるほど、そっちでボロ稼ぎするから手を貸せってことか。いいぜ」

 

 こともなげに言ってのけるローレンジに、やはり油断ならないと思う。相手は社会の裏に潜む大犯罪者だ。それと繋げてやるなど、同じ暗がりに潜んでいる者でなければ出来ない所業だ。

 

「んじゃ、話しは決まった。早速――」

 

 その時だった。店の戸が開かれ、アーバイン達は警戒を強める。

 「おふくろさん」の経営するバーは、客はかなり少ない。情報屋としての顔を持つ「おふくろさん」だが、情報の提供は主に骨董店の方で行われていた。バーは、馴染みの中でもさらに馴染み、「おふくろさん」の子に数えられる一部の賞金稼ぎでなければ利用できない、「おふくろさん」の台所なのだ。

 やってきたのは、長身の女性だ。すらっとした細い身体、だが身体はしっかりと鍛えられ、いくつもの死線を越えて来たのだろう。油断のならない女性だ。胸辺りまで無造作に伸ばされた金髪が揺れ、右の赤い瞳がアーバイン達を射抜いた。

 

「あらルフィナ。どうしたんだい? また、賞金首の話かい?」

「ああ。――について、教えてくれ」

 

 ルフィナと呼ばれた女性が、標的の名を告げる。だが、ちょうどラジオのノイズ音が邪魔をし、アーバインの耳には届かなかった。届かなかったのはアーバインだけではない、クロスボウ兄弟も、注意を払って耳を傾けている。

 だが、

 

「……あらら、面白そう」

 

 スティンガーは、ことさら面白そうに笑った。まるで、魚の群れに釣り針を落した時のような、何かに期待するような笑みだ。そしてもう一人、ローレンジも何かに気づいていた。ただ、僅かに動揺を見せ、それを悟られまいとピーナッツを抓んだ。

 

「ちょっとそこの」

 

 スティンガーが立ち上がり、くねくねと気持ち悪い動作でルフィナに近づく。

 

「……なんだ」

「面白そうな話してたじゃない。あんたの獲物、実はアタシたちも狙ってるのよ。どう? 今なら、こいつがたっぷり報酬をくれるそうよ。――組まない?」

「おいコラ」

 

 スティンガーの言葉に、ローレンジが立ちあがった。ずかずかと踏み入り、スティンガーの腕を掴む。

 

「お前らに払う分でいっぱいいっぱいなんだよ。これ以上増やすんじゃねぇ」

「あら、アタシは親切心で言ってやってるのよ。それに、せっかくだもの、むさい野郎ばっかりと飲んでたって、あんたらもつまらないでしょ」

「そういう飲み会じゃねぇだろうが」

 

 呆れ気味にローレンジは言うが、クロスボウ兄弟がそれを阻んだ。

 

「お、スティンガーの割にはいい事言うじゃねぇか。なぁねーちゃん。俺らと一杯飲んでかねぇか」

「あ! 兄貴ずりぃよ! なぁねぇちゃん。俺とどうだよ?」

「おいロス! 兄貴差し置いてんじゃねぇよ」

「うるせぇ!」

 

 クロスボウ兄弟も酒が入っており、気分が高揚しているのだろう。ルフィナという女性の態度からして、素気無く断られるのが常だろう。そう思っていると、ルフィナはおふくろさんにぼそぼそと何かを告げると、おふくろさんからコーヒーカップを受け取った。そして、それを一気に一飲みにする。

 

「……これで、満足か」

 

 一切表情を変えず、冷たい声音でルフィナは言った。そして、そのあっさりした態度に気圧されたクロスボウ兄弟に零下の眼光を浴びせ、さっさとその場を去って行った。

 

「……アララ、ノリの悪い人ねぇ。よかったじゃない? ローレンジ」

「うるせぇ。……つか、なぁおふくろさん。さっきのってブラックだよな」

 

 唐突な問いに、クロスボウ兄弟とスティンガーは呆けた。しかし、アーバインだけはやはり油断ならないなと胸中で呟く。同じことに、アーバインも気づいていたのだ。

 

「ああ、そうだね」

「へぇ……」

 

 呟きつつ、ローレンジの表情にあった疑惑が確信に変わった。

 人は味覚には敏感だ。口に入れ、それが安全かそうでないかを見極める判断材料に、味覚は大きな影響を持っている。

 おふくろさんの淹れるコーヒーは、ブラック好きの人間も思わず顔を顰めるくらいに苦いいことが特徴だ。使っている豆の影響なのだが、その苦みに悶えることに嵌っている者すら出る始末だ。そのコーヒーを、ルフィナは顔色一つ変えずに飲み干した。つまり、

 

 ――あの女、よほど苦み好きか。それとも……味覚が壊れてるか。

 

 口に入れたものの味覚が分からなくなること、味覚障害だ。症状として現れる症例は珍しく、惑星Ziではまだ研究が進んでいない。ただ、まことしやかに囁かれる原因としては栄養不足、または心因性――精神的な影響が引き起こすとされている。

 

「なぁ、おふくろさん。あの女――ルフィナつったか? どういう奴だ?」

「あら、あんたが人の事気にするなんて、珍しいじゃない」

「フフ、そりゃぁ、自分を殺すかもしれない女のことだもの。気になるでしょうね」

「うるせぇよ。……ああ、気にしないでくれ。で、おふくろさん、どうなんだよ?」

 

 スティンガーの含みを持たせた言葉は、アーバインの意識を引き寄せた。ローレンジを殺すかもしれない。同じ賞金稼ぎだと言うのに、それも初対面で、どうしてそこまでの危機を感じ取ったのか。

 スティンガーに対するローレンジの態度からして、ウソではないのだろう。

 

「そうねぇ、大したことじゃないわ。あの子――本名はルフィナ・スチェパネンコって言うんだけどさ、十年前に戦争で故郷を亡くしてるのさ。血反吐吐きながら生き続けて、今は流れるままに、ただ生き続けるために賞金稼ぎをやってる。そういう奴さね……。あんまりにも見てられなくて、あたしも気にかけてるんだけどねぇ、ほら、あの子ぶっきらぼうだからさ。……こんなとこかね」

「ふーん」

 

 思惑を巡らせるようにローレンジは天井を仰ぐ。その様子を見やり、アーバインもちらりと天井を見やった。無機質な石造りの建造物は、硬く冷たい。まるで、閉じられた小さな世界だ。家族を失い、無法者とつるむことが増える。だからこそ、アーバイン達の世界は、警戒心でいっぱいだ。

 賞金稼ぎとは、常に敵を、味方を、同業者を警戒しながら生き続ける。狭い、ちっぽけな自分の世界だけで、孤独に独り生きる生物だ。

 

「なぁ、おふくろさん」

 

 再びローレンジは口を開き、懐からもう一袋巾着をを取り出し、カウンターに置いた。

 

「ルフィナに流した情報、俺にもよこせ」

 

 おふくろさんは袋の中身を見やり、天井に透かして見る。そして、抜け目のない情報屋の眼差しで、告げた。

 

「……あいよ」

 

 所詮、賞金稼ぎも情報屋も、金で生きる生物なのだ。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 生きるためには、金が必要だ。食いっぱぐれてしまわないためにも、食料を調達するための資金は必要不可欠だ。

 だからこそ、賞金稼ぎは金にがめつい。

 収入が不安定であるから、今は懐が潤っていようと、明日はどうなるか分からない。こそ泥に盗まれてしまうことだって、ありえないと言い切れない。

 だからこそ、賞金稼ぎは独りで、ただひたすら金に貪欲な人種なのだろう。

 そして、自身もその一人なのだ。

 そう、ルフィナは思っていた。

 

 

 

 ガイロス帝国領内。南エウロペを南北に分断する山脈地帯の一角に、名もない小さな岩山があった。そこが、ルフィナの目標のアジトだった。

 その麓、荒涼とした岩場に自身のゾイドを停める。見た目は帝国最大の大型量産ゾイド、レッドホーンだ。だが、背中の脇には大型のアームが仕込まれた対ゾイド大型リニアキャノンが装備され、背中には合計十門のビーム砲座が備えられている。そして、両脇には小型の二連装のランチャーが。

 頭部はレッドホーン。その他の装備は、レッドホーンとは別物だ。そして、その装備はクリムゾンホーンと呼ばれるレッドホーンの亜種機体のものだった。

 

 クリムゾンホーンを岩場に停め、機体全身を光学迷彩で隠蔽し、ルフィナは密かに目標のアジトに潜入する。

 

 アジトの内部は、岩山を削り、内部をくりぬいたような形だ。例えるなら、ヘリック共和国最大の要塞、マウントオッサが挙げられる。彼の要塞はマウントオッサ火山の空洞を利用する形で作られた、天然の要塞なのだ。もっとも、賊たちのそれが軍部の要塞と同等な設備を整えているなどはありえない。精々、参考にした程度の紛い物だ。身を隠す隠れ家にするならばあつらえ向き、その程度だ。

 ルフィナはアジト内部の洞窟の岩場の陰やむき出しの岩肌に、持参した装置を取り付けて行く。警戒を強め、その間もいくつかの装置をセットし、深部にまで潜り込む。

 ただ、その時だった。アジトの一角に自分のしかけたものとは別の爆薬が置いてあるのが目についた。彼らの武器庫なのだろうか。それにしては、爆薬だけというのは明らかに不自然だ。

 一抹の疑惑を覚えつつ、ルフィナは先に進む。

 生活スペースだろう部屋を覗き込むと、数人の男女が談笑しているのが見えた。数は――10から15くらいか。周囲の警戒に当たっている者も含め、20人が妥当なところだろう。

 足音を忍ばせて立ち去り、これから急襲をしかけるだろう格納庫も確認する。確認できるゾイドは、ヘルキャットが多数。さらにセイバータイガーも一個小隊(六機)は確認できた。やはり、ただの盗賊団ではない。それもそうだ。世間では傭兵団竜巻(サイクロン)として名が通っている。だが、その実情は圧倒的な実力を持つ頭を中心とした暗殺業界の集まり。つまりは、暗殺集団なのだ。

 そして、ゾイドはヘルキャットとセイバータイガーだけではない。さらに小型の、見慣れないトラ型ゾイドも数機ほど配備されている。どこの軍部にも登録されていない、初見の機体だ。色は赤。見る限り射撃兵装はなく、コックピットらしき部分は背中だ。上から蓋をするようなタイプだが、無理やり後付けしたような整備から、もとはサイカーチスのようにパイロットが外部に露出する設計なのだろうとルフィナは予測する。背中からアンテナと思しき装備が飛び出し、前足の肩部分にはブースターが装備されている。

 

 その機体は、ガイロス帝国の新鋭機なのだろうか。それとも、ここ一・二年で噂になった武装集団、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の機体か。だとすれば、ここは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の下部組織なのか。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)という存在の怪しさが際立つが、そんなことはどうでもいい。今は、この場を独りで落とすことに意識を向ける。

 偵察は十分だろう。足早に、されど気づかれないよう細心の注意を心掛け、ルフィナはその場から去った。

 

 

 

 偵察を終え、愛機の下に戻る。

 光学迷彩を解かれたクリムゾンホーンは、まだなのかと急かすように小さく呻いた。ルフィナはそんな愛機を見上げ、言葉無く、応えるように颯爽と愛機のコックピットに乗り込んだ。

 

「……アース、行くぞ」

 

 ポケットに忍ばせた装置の赤いボタンに指を乗せ、息を飲むと同時に押し込んだ。同時に、盗賊たちのアジトの反対側から爆音が響き渡り、けむりが立ち昇る。そして、それを合図にクリムゾンホーンは――アースは、低く吠えた。

 

『グモォオオ!!!!』

 

 操縦桿を力強くひきこみ、クリムゾンホーンは重厚な機体全身に闘志をみなぎらせて駆け出した。ゾイド用の通路を伝って一気にアジトの内部まで駆けこんでいく。そして、格納庫に躍り込んだルフィナが見たのは、無防備に背中を見せる盗賊団のゾイドたちだ。

 

「馬鹿が。こうもあっさり引っかかるとはな」

 

 背後からの敵襲に盗賊団は浮足立っている。今なら、仕留めるのは容易なことだ。

 偵察の際、ルフィナは爆弾をセットしていた。それも、自分が侵入するのとは反対の方角――そこから10度ほどずれた位置を計算して仕掛けたのだ。爆弾は全て陽動だ。敵の目を爆発に引き付け、その隙に裏から奇襲を仕掛ける。一人で行うのは簡単だが、見つかってしまえば全ては水の泡。だが、幾度となく死線を潜り抜けて来たルフィナの経験をもってすれば、不可能ではない。現に、奇襲は成功だ。

 

 トリガーを引くと同時に対ゾイド大型リニアキャノンが火を噴き、弾丸が敵機を貫いた。起動前のヘルキャットだ。大型ゾイドですら直撃のダメージが大きい弾丸を、ヘルキャットの華奢な機体が耐えられる訳もない。

 

「裏からだ! 呼び戻せ!」

「ダメだ、間にあわな――うあぁ!!」

 

 やってくるのは小型のヘルキャット。そして、それよりも小さな見慣れないトラ型ゾイドだ。岩山の洞窟内部、格納庫という狭い空間では高速ゾイドはその性能を十全に発揮できない。動きが読みやすい空間では、どっしりと構えるホーンタイプのゾイドが適している。

 要塞攻略、攻城戦で力を発揮する動く要塞レッドホーン。その亜種であるクリムゾンホーンの本領発揮だった。

 だが、

 

 ――なんだ?

 

 ルフィナは一抹の不安を捨てられなかった。偵察の際、敵ゾイドについても確認していた。そこに居たのはヘルキャット、セイバータイガー、見慣れないトラ型ゾイド。この三体だ。だが、最大戦力であろうセイバータイガーがいない。危機感が煽られる。

 その時だ、機体右側から強烈な砲撃が叩き込まれた。ビーム砲……いや、実弾だ。クリムゾンホーンの装甲が削られた。

 そちらに意識を向けると、あのトラ型ゾイドが居た。四肢を踏ん張り、頭を下げて首の上側に隠していた砲撃を行ったのだ。威力は十分。中型ゾイドの装甲であれば貫かれていたかもしれない。

 ふと見渡すと、体勢を立て直したトラ型ゾイドたちがこちらを遠巻きに包囲していた。

 

 ――なるほど。読まれていたというワケだ。

 

 どこでバレたのか。ひょっとしたら……あの時か。ということは……。

 思考をまとめ、この場を切り抜ける策を捻り出す。一点突破。クリムゾンホーンの武装を考えれば、周囲に向けて一斉射も可能だろう。怯んだ隙を突いて、一度退く。そこまで思考をまとめ、ルフィナは格納庫を高みから見下ろす人物に気づいた。

 

 マントを羽織り、怪しげな仮面を被った人物だ。男女の違いはここからでは分からない。ただ、発せられる凄みから容易に想像できた。あれが、傭兵団もとい、暗殺集団竜巻(サイクロン)の頭。間違いない。

 

「あれが――暴風(ストーム)か」

 

 ルフィナの、今回の標的(ターゲット)。賞金首だ。

 


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