ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 読者オリキャラ企画、第二弾です。

 今回は影狐様からのキャラクターです。
 まぁ大変色濃い人物を送っていただきまして、私自身も楽しく描かせていただきました。かなり吹っ飛んだお話になったかと思います。
 また、諸事情により本ストーリーは25000字以上にもかかわらず一話に押し込む形となりました。というわけで、一話とするには長いですが、お楽しみください。


幕間その7:Afternoon war

 バトルフィールドセットアップ!

 半径50キロ以内のスキャン完了、これより、この区域はゾイドバトル連盟の管理下とする。

 チーム――……特殊コードの入力を確認。……認証中、認証中……認証完了。

 特別ルール、バトルモード【1500】、Afternoon War!

 

 レディー……ファイッ!!!!

 

(遥か未来のゾイド競技審判ロボットにプログラムされた裏コード、より)

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 

『頭領、すみません。離脱します』

 

 通信機から届く息も絶え絶えなサイツの言葉に、ローレンジは奥歯をギリリと鳴らした。悔しそうな表情を隠そうとせず、その上彼にしては珍しく、憔悴を隠し切れていない。

 

「ちっ……ああ、分かった。ありがとうな。お前の努力は、無駄にしねぇ」

『無念です。この【午後のひと時戦争】に最後まで付き合うことが出来ないなんて。どうせなら、最後まで楽しみたかった』

「茶化すなよ」

『茶化しますよ。でなきゃ、みんなやってられないんですから』

 

 通信を切ると、ローレンジはすぐさま戦場の地図をモニターに表示させる。サイツのやられた地点を凝視し、敵対者の本拠地とその戦力をもう一度脳裏から呼び起こす。

 

「居場所が割り出されたか、精密射撃――いや、制圧砲撃ってとこか。大火力を一点に向けて、大爆発を起こさせることでゾイドの本能的な恐怖を呼び起こし、システムフリーズさせる。マウントオッサ火山の噴火で帝国を追い返した策を模倣したってとこか」

 

 サイツの乗るゾイドはヘルキャットだ。

 ヘルキャットは小型のゾイドで、野生の頃から警戒心が高く、少々臆病な気質でもある。元となった豹という野生体は単独での狩りを主としている。だからこそ、必要以上臆病に、そして警戒心が高くなければならない。予想外の事態には、必要以上に委縮しやすいのだ。

 

「さすがは戦場の魔術師のお墨付きだな。見世物の遊びでも、手は抜かないってか」

 

 そう嘯いてみるが、ローレンジには敵対者の思考が少しは分かっていた。あの日の一件が原因なのは間違いない。でなければ、こんな盛大な茶番は起こるはずがないのだ。

 いや、原因について思考を巡らせるのは今じゃない。

 今自分が立っているのは――茶番と揶揄できるが――戦場だ。命のやり取りが起こらないなどと言える訳もない、戦場なのだ。

 

「こっちが分散して情報収集に徹すること。そっからちょっかいをかけながら確実に潰すゲリラ戦に持ち込もうとしていたのは、完全に読まれていたわけだ」

 

 開戦前に立てていた作戦(プラン)は全て白紙に戻すほかない。策をゼロに帰し、そこからもう一度組み直す。単独での活動が多かったローレンジにとって、作戦が思う様に動かないことなど日常茶飯事だ。幾度だって組み直し、時には勘すら頼りにして、敵対者の思考を上回り、勝利をもぎ取りに行く。

 

「やり方を変える」

 

 封鎖していた無線を開く。

 向こうには電子戦ゾイドのゴルドスがいたが、重砲仕様に改造した機体だ。本来の強行偵察の能力は、精密射撃に注がれて電波攪乱能力を犠牲にしている。ならば、短時間なら無線を開いても気づかれる可能性は薄い。気づかれたところで、自分と仲間たちならその上を行って見せる。

 暗殺者であり、潜入任務を主としてきた自分たちなら、気付かれた上でそれを利用することもできる。

 

「情報収集に徹したかったが、やめだ。向こうの本拠地はすでに割り出したろう? もう本格的に動いたって問題ねぇはずだ。ハトリ、前線に出張ってきてる場違いなライガーを引き付けろ。サファイアは念のため援護だ」

『わっかりましたぁ~。とーりょ』

『了解です』

「イサオ、ホツカ、カバヤ。三人は向こうの拠点でどっしり腰を落としてるカノントータスに奇襲をかけろ。砲身の中に砲撃を叩き込めば、カノントータスの装甲でも中破には持ちこめる」

『頭領、このイサオにお任せを!』

『了解』

『了解ッス、頭領!』

「他のものは引き続き様子を窺え。諜報班で揺さぶりをかけて、向こうに復旧の時間を与える。そして夜に、俺たちの時間になったら一気にカタをつける! 戦闘班の出番はそこだ。ぬかるなよ!」

 

 各員からの返事が届き、それぞれが潜んでいた木々から駆け出す。光学迷彩と消音機能を最大限に活かし、音もなくヘルキャットたちはそれぞれの相手をしに行った。

 

『ローレンジさん』

「なんだ?」

 

 無線は再び閉じねばならない。それが分かっているだろうに、サファイアが心配そうに言う。

 

『負けられないですよね。この戦いは。私たち鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の威信にかけて』

「ああ、例え盛大にふざけた戦争だろうと、負けられねぇよ」

 

 気負っているのだろうか。この戦いに参戦している()()()鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)メンバーは、サファイア一人だ。残りは、全てローレンジが組織した傭兵団のメンバーである。普段組んだこともない者たちとの共同作戦は、意志疎通に阻害をもたらす。

 

「……しかし変な話だよな。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の信頼をかけた戦いだってのに、出張ってるのは俺たち下請けだ」

『あなたは、違いますでしょう?』

「かもな。でも、俺に従ってきてくれた奴らにとっちゃ、奇妙な戦いだと思うぜ」

 

 軽口を叩き、ほどよく緊張をほぐす。これがタリスだったらもっと歯に着せぬ辛辣な物言いも出来ただろう。性格は似ているが、サファイアはタリスよりも肝が据わっている。冷静に物事を見れる。だが、ローレンジとしては、不躾な物言いが出来ない、複雑な相手でもあった。

 

 ――そういや、サファイアと組んでの戦いってのは、初めて会った時以来か。

 

 ふと思い返し、しかしそれはすぐに記憶の奥底に投げ捨てられた。今はそんなことを考えている状況ではない。動かした隠密戦闘員の成功を祈りつつ、ローレンジは小高い丘の上で伏せ、その体勢のまま状況を見続けた。

 やがて、敵の拠点であろう場所の付近から爆音が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ニューへリックシティの中心街は、今日も人で賑わっていた。石造りの建物が立ち並び、道路では車が行きかう。道路脇には様々な商店が軒を連ね、街路樹の存在が石造りの町に緑の豊かさを伝えてくれる。

 作られたばかりのエリュシオンや趣のあるガイガロスとはまた一風変わった景色は、ヘリック共和国が目指す国の営みが見て取れた。民を想い、民の暮らしやすい街になるよう国が作り上げた首都。民主主義の共和国らしい、民に配慮した町作りである。

 

 そんな町中を、ローレンジは物珍しげに見て回っていた。

 

「ローレンジさん、何をそんなに見回しているのです?」

「ああ、ニューヘリックをじっくり見た事って、あんましないんだよな。前来たのも祭りの時だし。この機会に、観光しておこうかと」

「根無し草だったのに、ですか?」

「根無し草だからこそ、観光で気分を変えたいときはあるさ。あんただって少しは分かるだろ」

「それは、まぁ」

 

 のんびりとした口調で言うローレンジに本日の同行者――正確には立場が逆だが――のサファイアが幾分納得したように頷いた。

 

「あまり観光気分でも困りますよ。私は仕事で来ているのですから」

「あのさー、そろそろその口調辞めね? もう二・三年の付き合いだぜ?」

 

 自身の副官のような立場に落ち着いたタリスの態度が容赦のないそれに変わって以来、ローレンジはタリスの誰に対しても丁寧語で接する態度が気になっていた。無駄と思いつつの問いかけに、サファイアは表情を変えないまま告げる。

 

「申し訳ありません、癖なもので」

「ああ、まぁそうか」

 

 当然か。

 そう思い直し、ローレンジも本日の目的を思い返していた。

 

 珍しく二人が組んでニューヘリックシティにやってきたのは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の今の立場が大きかった。

鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は日に日に力を増しており、ゾイドの絶対数は劣るものの、兵士の質や性能はガイロスへリックの正規軍に負けず、むしろ上回っているのだ。これが、両国の民に少なからず不安をもたらしていた。

 暗黒大陸ニクスの一件を経て、両国の国民が抱く鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)への不信感はそれなりに削がれた。だが、完全ではないのだ。加えて、両国の軍事関係者からはこれほどの戦力がいつかまた敵に回るのではと不安に感じるものがいないわけではない。

 その不信感を削ぐためにも、ヴォルフはサファイアとアンナに外交を命じたのだ。サファイアはヘリック共和国で、アンナはガイロス帝国でそれぞれ軍事に関わる要人との会談を行い、互いの協力関係を綿密なものとする。両国との敵対は鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の野望を遠のかせてしまうばかりではなく、自分たちの破滅すら容易に想定できる。だからこそ、良好な関係を築くのは必須であった。

 首脳陣――ルドルフ皇帝とルイーズ大統領との間は良好である。二人はヴォルフに好意的であり、一瞬で関係が途切れてしまうような展開はないと言えるだろう。問題は、その下につく各国の要人である。

 ルドルフ皇帝はまだ幼く、政治を一手に任されている訳ではない。さらに、ガイロス帝国は皇帝の一存で国家を運営するのではなく、皇帝を議長とし帝国に属する大貴族たちによる貴族会議で国を動かしている。軍備もそれぞれの貴族が独自に有していたりと、皇帝さえ攻略すれば関係は良好とは言い難いのだ。

 共和国は言わずもがなだ。大統領はあくまで国民の声の代行者であり、自らの意志を押し通すほどの権限を有している訳ではない。あくまで大統領であり、動かしていくのは大統領を中心とした共和国議会の方である。

 そんな両国との関係を取り持つために、日ごろからの根回しは必須であった。

 

 サファイアは、その会談を明日に控えているのだ。

 

 

 

「ところで、私は外交で来たのですが、ローレンジさんは何を目的にニューヘリックへ?」

「ん? 顧客を増やしにだ」

 

 ローレンジは現在自らを頭とする傭兵団を立ち上げている。立ち上げの理由としては、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の外部組織の形を意識したもので、メンバーはローレンジ自身の旧知のものがほとんどだ。

鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)がもしも()()()()方向に傾いた時、外部ではなく内部で浄化する必要があると感じたことから、設立に至っている。尤も、属する者の多くは汚れ仕事を営んで来たものや身寄りのない子どもだったりと、社会的に立場の低い者たちの救済の場という側面も持っている。

 その所属メンバーが鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に負荷を与えているのだが、今は置いておく。

 

「立ち上げたばっかりだからなー、小さな村とかから用心棒派遣の依頼とかどうにか引き出せそうだけど、それも確実じゃない。軍と関係作っとけば、大口の依頼の可能性を作れるだろ」

「安く値踏みされるでは?」

「そこは、俺の交渉次第ってことで」

 

 気楽に言うローレンジの視線がピタリ止まる。「ここだ」と呟くと、ローレンジは気軽な調子で目についた扉を開けた。

ローレンジとサファイアが入ったのは小さな喫茶店だ。今日は、ある軍人との待ち合わせでここを指定されていたのだ。

 

「二名様ですか?」

「いえ、待ち合わせです。先に来ているとのことだったのですが……」

 

 そう言いながら店内を見渡したサファイアの視線が一点で止まる。すでにそれを目撃していたローレンジは、あからさまにげんなりとした態度を隠すこともない。

 目についた先に居たのは、一人の軍人だ。短くさっぱりとした黒髪が男のさわやかな印象を際立てている。軍服の胸には獅子と盾をかたどった紋章――レオマスターの証である。

 レオマスターであるはずの男は、器に盛られた炒めた麺を実においしそうにすすっている。一気に平らげられていくスパゲッティが実に食欲をそそり――男の座るテーブルに雑然と並べられた空の器がそれを台無しにした。

 

 サファイアは見ただけで胸焼けを起こしそうだと胸を抑え、ローレンジは「あー」とどう声をかけたものかと反芻する。

 黒髪の青年だ。ハリネズミのように尖ったツンツンの髪型が特徴的で、その下に覗く顔も青年らしい精悍な――しかしどこか無邪気さを残したそんな表情だった。

 初めて会った誰もが好感を持つだろう。そして、誰も想像はしないだろう。

 彼が、共和国に七人しかいない最高のライガー乗り(レオマスター)の一人であると。

 ちょうど目が合った――即座に逸らそうとした――ローレンジに、彼は曖昧な表情を見せた。

 

「よっ!」

「……よし、一発殴らせろ」

 

 軽く手を振って存在を示すレイ・グレックに、ローレンジは無表情のまま言った。レイは両手をパタパタと振っておどけて見せた。

 

「おいおい、会って早々それはないだろ?」

「うるせぇ。俺は知ってるぞ。お前こないだもあいつを連れまわしてたらしいじゃないか」

「そ、それはフェイトちゃんの方から誘ってきて、断れず……」

「今度俺の妹に(フェイト)に色目使ってみろ。この世の地獄を見せつけた上でなんやかんやで――殺す」

「本気で言うな。周りが引いてるだろ。それに、なんやかんやってなんだよ」

「想像することも恐ろしい生き地獄だよ」

「こえぇよ!」

 

 一通りの挨拶(?)を終え、レイに向き合う様に二人が――ローレンジは不機嫌そうに――座り、レイは残っていたパスタを口の中に収め、満足げに一息つく。

 

「さて、前置きは置いといて、意外とかかったな。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のお二人なら、待ち合わせきっかりに来るかとばかり」

「すみませんグレック少尉。彼が観光と言ってふらふらしているものですから」

「おい、その言いぐさはねぇだろ。つかレイ、前置きじゃねぇぞ。俺にとっちゃさっきのが本題だ」

「嘘だろ!? そんな気ないって。勘弁してくれよなぁ、いつまでこの誤解は続くんだ?」

「お前がフェイトに金輪際二度と近づかないって約束するならな」

「あっちから来るのに、無理だって。そういうことならあの子に言ってやってくれよ」

 

 ため息を吐きながらレイは、わざとらしく肩を竦め、残っていた料理を片付け始める。

 折よくやってきた店員にサファイアとローレンジは飲み物を注文する。レイの食後と合わせて、もう少ししたら来るはずだ。それを待つよりも早く、サファイアが話を切り出した。

 

「あの、グレック少尉。モントゴメリー中尉はどちらに?」

「ああ、所要って席を外してる。もうすぐ戻ってくると思うぞ」

 

 「俺は、ただの付き添いだからな」とレイは愚痴る様に、しかし若干嬉しそうに言った。レイの視線がテーブルに並べられた空の皿を舐めている当たり、食事をおごって貰えたのだろうか。

 

「サファイア、モントゴメリーってのは?」

「知らないのですか? 共和国では名の知れた人物ですよ。あのクルーガー大佐からも認められるほどの知略の持ち主とか」

「あー思い出したぞ。相当な変人って噂の奴だ」

 

 リーデン・クルーガー大佐は戦場の魔術師などという異名を持つ、共和国きっての戦術家だ。それほどの人物から太鼓判を押された者と言う触れ込みは、会ったこともないモントゴメリー中尉という人物の株を一気に押し上げる。

 だが、反対に彼女には奇妙で奇抜な噂があった。

 曰く、毎朝部下を引き連れて日の出に向かって遠い異星のある国の国家を合唱するとか。

 曰く、作戦行動中の部隊の食事には同じ国家で作られたとされる肉の缶詰めが必ず出される。

 曰く、とある飲み物を口にした者には地獄の責苦よりも辛い罰則を与える。

 

 要するに、稀代の天才戦術家であるが、変人である。近代稀に見る変人なのである。

 

「本日はグレック少尉と共に、彼女と面会です。明日に備えた前段階、でしょうか」

「要するに、得体のしれない俺たちを、重役に会わせる前に探ろうって腹か。軍人ってのは面倒な仕事が多いんだな」

「いや、中尉はただの興味本位で志願したんだろうさ。本音は知らないけど」

 

 愚痴るようなレイの言葉がひっかかるが、それはひとまずとする。

 つまりは視察を兼ねた茶会というわけだ。物見遊山の気分で出向いて来たが、どうやら一筋縄ではいかない茶会になりそうだ。ローレンジは小さく息を吐き出すと、ちらりと己に向けられる視線に振り向く。

 

「で、あんたは?」

 

 振り向き、ローレンジは胸中で驚愕する。流れからして、視線の主は件のモントゴメリー中尉だと思っていた。だが、そこにいるのは、小柄で童顔な一人の少女だ。軍服を適度に緩め着こなしているのは目を見張るが、どう見たって軍人の仮装でもしているようにしか思えない。

 

「あ――」

 

 その少女を見た瞬間、レイが軽く緊張する。また、サファイアも居住まいを正した。ここまで状況が整えられれば、よほど鈍感でもない限り目の前の少女が何者か、察しが付くかもしれない。しかし、この時のローレンジは、いささか注意力に欠けていた。

 

(わたくし)ですか? (わたくし)は――」

「――あー嬢ちゃん。こっちはちょっと大人の話があるんだ。レイ(こいつ)の食いっぷりが異常で気になるのは分かるけどさ、ちょっとあっち行っててくれな? なかなか似合ってるよ、その仮装」

 

 務めて明るく、諭すようにローレンジは言った。そして、この対応が間違っているとほとんど感じてもいなかった。あったとすれば、少女の自尊心を傷つけてしまっただろうかという感覚だけだ。

 そして、ローレンジは己の盛大な失態をすぐに知ることになる。

 

「……あれ?」

「あちゃー」

 

 ローレンジの疑惑と、レイが額に手を当てるのはほぼ同時だった。そして、件の少女(仮定)は顔から表情が滑り落ち、虚ろな顔でかくんと頭を落した。

 

「そうですわよね。どうせ、(わたくし)は小人と間違われたっておかしくないのです」

 

 この世の終わりのように呟く彼女に、ローレンジはやっと状況を理解する。

 

「レイ、あのさぁ」

「察しの通り。この方が、ローズ・H・モントゴメリー中尉だ」

 

 やらかしたなぁというレイ。何をやっているのですと瞳で語るサファイア。どつぼにはまったようなモントゴメリー。三人を順々に見回し、ローレンジはようやく我に返る。

 

「マジで? このガキみたいな奴が?」

 

 グサリと、槍が突き刺さったような音が聞こえた気がしたのは、おそらくその場の者たちの気の所為ではない。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「クソが!」

 

 ローレンジは思わず拳を硬い岩に叩きつけた。覗く双眼鏡の先では、上空から現れたプテラス数機による爆撃が敢行されている。それも敵拠点の近くでだ。一歩間違えれば自分たちすら巻き込みかねない爆撃を、しかし綿密に計算された爆撃地点との距離が、拠点に最小限の被害だけで済ませるようになっている。

 

『システムフリーズっス。自分たちは、ここまでっスよ』

『頭領、申し訳ない』

『すみません!』

 

 向かわせた攻撃隊は、沈黙した。イサオ、ホツカ、カバヤ。三人と、三人が連れて行った攻撃隊のヘルキャット十機が盤上から降ろされた。

 己のふがいなさに歯噛みし、敵の思い切りの良さに感服する。

 今頃、拠点で高笑いしながら口上を垂れているのだろうか。ほんの一時しか会ったことの無い敵の大将を思い出し、はらわたが煮えくり返る。

 

 ――クソッ! チビガキ中尉が!!!!

 

 敵の主力兼壁役だろうと思われたカノントータスは、囮だった。

 いや、カノントータスが主力攻撃の役割を担っていたのは確かだ。鈍重で、装甲も厚い彼のゾイドは、こちらの狙いを引き付ける役割もあったのだ。

 カノントータスを破壊しに接近したこちらの部隊を、カノントータス諸共爆撃に巻き込む。カノントータスは装甲の厚さが売りだ。足をたたみ、頭を装甲に引っ込めてしまえば、元となった「亀」という生物の甲羅と言う装甲の硬さを存分に活かせる。並みの攻撃ではびくともしないだろう。その装甲の厚さを、味方の爆撃から身を守ることに利用したのだ。

 ご丁寧に、爆撃に使用された爆弾の威力も弱めてあった。それはもう、こちらの攻撃隊(ヘルキャット)機能停止(システムフリーズ)に追い込み、あちらの主力(カノントータス)は凌ぎ切れるだろう絶妙な威力に。

 

 三日はかかるだろう戦いが始まってまだ半日も経過していない。その少ない時間で、状況は完全な劣勢に追い込まれていた。

 ここまでの敗戦を見れば疑うまでもない。情報が漏れている。こちらの主力がヘルキャットであること。ローレンジの十八番が奇襲戦であること。その全てが読まれていた。

 予測されていたのではない、知られているのだ。暗黒大陸の戦いでわずかとはいえ名を上げてしまった事実が悔やまれる。

 ローレンジは、影であらねばならないのだ。決して目立ってはならない。存在が気づかれたとしても、その正体を掴ませてはならない。それこそが、ローレンジが師匠から教えられた暗殺者のやり方。幻影(ファントム)であり続ける極意というに。

 

『どうします? 頭領?』

「サファイア。お前にその呼び方は合わねぇよ」

『ですが、今の私はあなたの配下です』

「うるせぇ」

 

 分かっている。サファイアの口ぶりは、なれない指揮官という立場に居る自分をほぐすためのものだ。

 

「そっちはどうだ?」

『メルベさんも、やられました』

「マジで?」

『マジです』

 

 まさかローレンジ直属の諜報班筆頭がこうもあっさりやられるとは。自身の指揮能力の低さを痛感する。だが、それを悔いている時間すらなかった。

 

『例のライガーですが、DCS-Jです』

「レオマスター!? どっから引っ張り出しやがった!」

 

 本気で驚いた。この私怨が八割を占めるだろう戦闘のどこに、レオマスターが噛んでくる要素があったと言うのだ。訳が分からない。誰か教えてほしい。

 

 ――……いや

 

 いや、あった。ただ一人、このふざけた変人馬鹿しかいないだろう戦場に絡める要素を持った、若きレオマスターだ。

 

「あいつかよ」

『ええ、彼です』

「えぇいクソッ! サファイア、一旦森の奥に引っ込む。仕切り直しだ。残ってる戦力をかき集める」

『不用意に合流すると、一網打尽にされかねませんよ』

「いいや、それはない」

『理由を』

 

 ローレンジは双眼鏡から目を離す。爆撃を終えたプテラスが帰投し、メルベを倒しただろうシールドライガーは森の手前で足を止めた。

 

「森の中は俺たちのフィールドだ。奴は俺たちのことをかなり理解している。森の中で仕掛けるのは、圧倒的不利って悟ってんだ。そもそも、今の時点で撃墜数は向こうのが上。このまま防戦を展開して、タイムオーバーで向こうの勝ちだ」

 

 少し性急すぎた。

 雷獣戦隊筆頭のサイツが初っ端に倒されたことで、ローレンジも気づかない焦りが生まれていたのだ。一度深呼吸を挟まねば、浮足立ったままでは勝てる相手ではない。

 

『分かりました。退きましょう』

「ああ。――全員、打ち合わせした場所に集まれ。立て直しだ」

 

 通信機に乗せて指示を飛ばし、ローレンジも潜んでいた岩の上から起き上がる。森の中に潜ませていたグレートサーベルのコックピットに滑り込み、静かにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ローレンジの向かいにモントゴメリー、サファイアの向かいにレイが座り、改めて会合が始まった、のだが。

 

「あのー、そろそろ復活しねぇか?」

 

 肝心のモントゴメリーは、未だに沈んでいた。

 

「グレック少尉。モントゴメリー中尉は?」

「ああ、中尉は身長の事とか言われるとすっげぇ凹むんだよ。仕事にならないくらい。たぶんさ、しばらくはこのままだよ」

「なるほど、よくわかりました。コホン、それでは――」

 

 サファイアは小さく咳払いし――しかし、二秒ほどモントゴメリーを見つめると、ローレンジの腕を肘で突く。

 

「なんとかならないのですか。これではあちら側の視察もどうにもなりませんよ」

「俺に言うなよ。こんなんどうしろってんだ。ガキみたいつっただけでんなありさま――あ」

 

 小声だったが、モントゴメリーにはしっかり届いていたようだ。短めに整えられた赤毛が外からの風で力なく揺れた。先ほどまで注がれていた太陽光も陰り、赤毛が少し濁って見えてしまう。

 どうしたものかと頭を働かせる二人だが、碌な案が出る訳もない。

 

「もういいんじゃねぇの? こいつほっといてさ」

「ローレンジさん。その口調は失礼ですよ」

「あー、まぁ分かってるけどよ。なんつーか」

 

 ――こう小っちゃいと、つい傭兵団(うち)に集まってきた子どもたち(ガキども)と同じ扱いをしちまうんだよなぁ。

 

 ローレンジが立ち上げた傭兵団は、ローレンジが呼び集めた賞金稼ぎや知り合いの賊などを中心に構成されている。そして、その下には同じように旅先で見かけた身寄りのない子どもたちも集っているのだ。

 日に日に増えて行く団員と養う子どもたち。彼らのためにも、ローレンジは早く仕事の安定供給を取り図らねばならない。そして、そのために今日サファイアに同行したのだ。

 

「ちなみにさぁ、モントゴメリー中尉って、身長いくらくらいよ」

 

 何か会話の種でも作ろう。そう思ったのだが、口から出たのは傷口を塩水に沈めるような言葉だった。対するモントゴメリーは、俯いた姿勢のまま小さく答える。

 

「……………155ですわ」

 

 ――嘘吐け。

 

 150はない。それは確実だ。日ごろ、彼女より少しの身長の低い子どもを相手にしていることもあるローレンジにとって、それは見え透いた嘘だった。

 

「まぁさ。中尉さんよ、あんまし気にすんなって」

 

 これ以上口を開けば、さらに貶めていきそうだ。そう直感したローレンジは、簡単な慰めでとどめておくこととした。この役立たずと化した中尉はさておき、当面の目的をレイと行うことに気持ちを切り替えよう。

 

「サファイア。もう始めようぜ」

「そう、ですね。では、グレック少尉。お聞きしたいことがいくつか」

「ああ、俺で話せることなんてそんなにないだろうけどな」

 

 前置きし、サファイアはさっそく今日の会合の主題に移った。

 共和国から派遣されたレイとモントゴメリーは、明日の会合に臨むサファイアたち鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の状況を確認するために、前段階としてやってきた。

 そのことを告げると、レイは少し複雑な表情で腕を組む。

 

「上があんたたちをどう思ってるか知らないけどさ、俺の所感では警戒半分、信頼半分ってとこだろうぜ。上層部に顔の利く面子の何人かは、あんたたちに理解を示してる」

「それは?」

「あくまで一介の少尉の勘だぜ?」

「それで構いません」

「……少なくとも師匠(せんせい)、ボーグマン少佐は好意的だ。それに噂ではロブ・ハーマン少佐も悪くは思ってないらしい。もう知ってると思うけど、ルイーズ大統領もあんたらを信頼してる」

 

 レイの師に当たるアーサー・ボーグマン。大統領の息子でもあるロブ・ハーマンと、軍部における重要人物の幾人かからは信頼されている。それが聞けただけでも、サファイアたちにとっては大きな収穫だ。先の暗黒大陸の一件以来、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に向けられる視線が好意的に変わりつつある何よりの証拠でもある。あの戦いの裏を知るローレンジにとって、苦い経験の後に確かな成果を感じられたことは、やはり大きかった。

 

「それから――」

「リーデン・クルーガー大佐も、あなた方を信頼しておられますわ」

 

 レイの口を塞ぐように、ようやく復活しかけているモントゴメリーが会話に割って入る。

 

「クルーガー大佐が?」

「ええ。そもそも、(わたくし)を今回の役に押したのはクルーガー大佐ですわ。どういう訳か、大佐はあなた方を大層買っておられます」

 

 その話は、非常に大きいものだった。共和国のクルーガー大佐は、すでに引退の年でありながら、軍での影響力は非常に強い。戦時下で築き上げてきたその立場は、共和国議会にすら通用するほどだろう。

 本人と直接会った訳ではないため、断定はできない。だが、共和国内部での理解者が、それも軍や議会に通ずる有力者を得られたのは喜ばしいことだ。

 

「ですが、大佐は(わたくし)にこうおっしゃいましたわ。自身の目で、あなた方を見極めよと。そして、(わたくし)はあなたがたを信頼に足る者たちとは言い切れませんわ」

 

 はっきり、きっぱりとモントゴメリーは言い放った。強い口調からは、先ほどまでのいじけ様は微塵も感じられない。

 ローレンジは胸中で舌打ちする。レイの話から鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)にとって都合のいい形に話が進んでいると思っていたが、そうは問屋が卸さないということだ。

 

「理由、聞かせてもらってもいいか?」

「そうですわね。(わたくし)があなた方を信頼できない理由は――」

 

 モントゴメリーは立ち上がって胸を逸らし、ビシッと人差し指をローレンジに突きつける。

 

「あなたのようなデリカシーの欠片もない男のいる得体のしれない集団は、信頼に足る訳がない。(わたくし)から、ひいてはヘリック共和国から信用されようなどと、分不相応と言わざる負えませんわ!」

 

 なんとなく、ローレンジにも彼女の言い分は理解できた。

 要するに、今日会った印象では鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)と良好な関係を築くことは難しい。第一印象から抱いたそれを、そのまま上へと報告するのだろう。

 間違ってはいない。確かに失礼なことを言った自覚はある。そして、それがモントゴメリーの神経の弦を酷く弾いてしまったのも分かる。ただ、

 

「おい、ちょっと待て。まさかあんたの印象一つで俺たちを酷評するってのか?」

「そうではありません。クルーガー大佐からは、(わたくし)の裁量であなたがたを見定めるよう言われていますわ。それに、百聞は一見にしかずとも言うでしょう? (わたくし)は、今日の()()()()()から、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は得体のしれない組織と判断いたしますわ」

 

 口では「あなたがた」と言っているが、実際はローレンジ個人を指して「嫌」と言っているのが言外に伝わった。そこまで嫌われたのは若干凹む。ただ、ことはローレンジ一人の問題ではない。

 

「ローレンジさん」

 

 小声でサファイアが囁いた。何とかしろと言うのだろう。が、ローレンジとてここまで嫌われれば、印象を反転させるのは容易ではない。

 考えあぐねていると、サファイアは小さくため息を吐いた。

 

「モントゴメリー中尉。彼が失礼なことを申したことは謝罪いたします。ですが、彼はあくまで我々鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)とは別。傭兵団のまとめ役です」

「つまり、関係はないと」

「我々に雇われている身、ということです。無論、責任は私たちにもあります。ですが、今回正式に鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)から派遣されたのは私。彼は勝手について来ただけです」

 

 そこまでサファイアが話したところで、ローレンジもサファイアの思惑に気づいた。要は、(ローレンジ)は今回の会合には関係ない、植物の種のように引っ付いて来てしまっただけだから無視してくれ、ということだ。

 早い話が、斬り捨てられたのである。

 

「おい待てサファイア! 俺だってうちの顧客探しに来てんだぞ。そんなあっさり見捨てんなよ!」

「私とあなたの目的は別。私は鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の仕事で来ているのです。あなたは、あなたの傭兵団を考えた上での()()なのでしょう? でしたら、邪魔はしないでください」

 

 サファイアの言い分は辛辣だ。だが、真っ向からそれを否定することもできなかった。

 ローレンジは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の主力メンバーに数えられるが、その立場はあくまで雇兵。派遣社員のようなもので、害ありと見なされれば簡単に切り捨てられるのだ。

 が、こんな時に捨てられるのは完全に予想の範囲外だ。

 

「仲間割れですの?」

「いえ、リストラに近いものですね」

 

 すっぱりと断言するサファイアが今は恨めしくて仕方ない。なんとか状況の打開を図らねば、ローレンジの目的も水泡と消えてしまうのだ。助けを求めてレイに視線を送るも、レイはふいと視線を逸らした。元々付き添いでやってきた身であり、交渉事は得意ではないのだろう。

 仕方なく屈辱を噛みしめてモントゴメリーに向き直ると、彼女は見下すような高圧的な視線を投げ上げていた。

 

「……さっきは、申し訳なかった」

「聞こえませんわね」

「んのっ…………、失礼なことを言って、申し訳ない」

「そうですわね。でも、寛大な(わたくし)の心で許して差し上げますわ。仕方ありませんもの、160という小柄では、幼く見られてしまうものです」

「おい。さらりと嘘言ってんじゃねーよ。150もねぇだろうが」

 

 彼女はどうやら意地でも自分を子ども扱いしたことを撤回させたいらしい。反射的に言いかえしたが、これではどうどう巡りだ。話が進まない。

 レイとサファイアがはぁと軽く肩を落とした。

 

「モントゴメリー中尉。あまり一つのことに拘られていては、頑固と見られますよ」

「貫く柱無き家屋はすぐに崩れるもの。譲れないものすらない人間に、(わたくし)はなりたくありませんわ」

「それっぽい事言うなら、こんなくだらないことで使わないでください」

 

 レイがモントゴメリーを宥めている最中、同じようにサファイアもローレンジを宥めていた。

 

「売り言葉に買い言葉ではありませんか。少しは冷静になって、時と場合を考えてください」

「ケンカ売ってきてんのはあっちだろうがよ。相手の本質を理解せずに挑発すんのはガキのやることだ。ちっと、俺のことを思い知らせてやらねぇとな。躾だ」

「安い挑発に乗っかるあなたこそ子供ではありませんか。自制を働かせるよう、タリスさんに言われているでしょう」

 

 互いに宥められ、顔を合わせずとも二人は黙る。折よく飲み物が届けられ、サファイアもレイもほっと安堵の息を吐いた。これでやっと落ち着いて対談が出来る。ここからは、穏やかに今後の関係についての議論を進められるはずだ。

 

「お待たせしました。お飲み物をお持ちしました」

「ありがとうございます」

 

 サファイアが一言告げ、机の上に店員から飲み物の入ったカップが置かれた。

 

「紅茶二つに珈琲が二つ。ご注文の品は以上でよろしかったでしょうか?」

「紅茶……?」

「珈琲……?」

 

 ようやく静まったはずの二人のこめかみに、青筋が浮き上がった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

(わたくし)がおすすめするのは、ダージリンですわね。標高の高い山地での栽培が主なため、希少価値は他の茶葉と比べて非常に高いと言えますわ。しかし、ストレートティーとして香りを楽しむことを優先するなら、一押しですわ。午後のひと時、うららかな日差しが差し込む窓際で豊かな香りを楽しむ、至高の一時と言えましょうか。ですが、ダージリンは希少価値の高い茶葉です。市販されているものの多くは他の茶葉とブレンドされたものとなってしまいますわ。それでもダージリンを楽しみたいのであれば、ミュールがお勧めですわね。共和国領内にある自治都市、そこで栽培された葡萄を混ぜた茶葉は、芳醇な葡萄の香りが漂い、アフタヌーンティーとして、十分満足のいく一品となりましょう……』

 

 はるか上空、プテラスに取り付けられた拡声器からそんな放送が響き渡る。

 

 コツコツ、コツコツ

 

 簡易集合場所として指定した場所で、ローレンジは無意識のまま折り畳み机を指で叩いていた。パタパタと貧乏ゆすりを続け、両目は浚う様に見ただけでも分かるほどつり上がっている。口も真一文字に閉ざされ、されど落ち着かない。

 

「あの、頭領……ひっ!?」

 

 本作戦のメンバーが全員そろったその場で、恐る恐る声をかけてきたローレンジより少し年上だろう青年に、ローレンジは半眼を持ち上げ睨んだ。怯えて情けない悲鳴を上げる彼を放置し、ローレンジは木々の隙間から上空を仰ぐ。視線の先には、拡声器を取り付けたプテラスが警戒飛行を続けている。

 

「なぁ」

 

 底知れぬ怒気を――本気の殺意すら迸らせて――隠そうともせす、ドスの聞いた声でローレンジは呟く。

 

「誰か、ヴォルフに連絡してくれ。あのクソガキ中尉、全治三ヶ月くらいの重傷負わせても問題ねぇよなぁ」

「いや、それは――」

「演習なんだ。怪我なんて当たり前だろ。それで文句言われるんなら、言う方が頭狂ってるよなぁ」

 

 集った者たちは、心の底からローレンジが――これでも――我慢しているのを悟った。嘗てないほどに怒気を発するローレンジは、その過去を知るものからすれば、いつ暴風(ストーム)の名に恥じない行動に出てもおかしくないと感じられた。

 これでも押さえているのだ。ローレンジはあえて言っていないのである。『不慮の事故で死んじまっても、仕方ねぇよなぁ』と。

 

「ローレンジさん、抑えてくださ――」

「うるせぇ黙れ」

 

 サファイアがため息を吐きながら言うが、ローレンジはさらなる殺意を発して無理やり黙らせる。

 

『――大切なのは元となる水ですわ。紅茶に使うなら一も二もなく軟水を選択すべきです。まろやかでさっぱりとした口当たりは、紅茶のうまみを十二分に引き出してくれます。できることなら、汲みたてのお水がベストですわね。次にお湯ですわ。沸騰したてを入れるなどご法度。少し冷ましたお湯を入れると、香りを楽しむことが出来ますわ。ポットにお湯を注いだ後はしばらく蒸らすのもコツですわね……』

 

 続けられる紅茶薀蓄放送。

 それがきっかけであったように、ローレンジは徐に立ち上がる。傍らに置いてあったロケットランチャーを担ぎ上げ、さも当然であるようにプテラスに照準を合わせた。

 

「やばい! 頭領を抑えろ!」

「頭領! やっちまったら向こうにこちらの居場所をバラしちまいますよ!」

「ここは抑えて!」

「なんで向こうの大将は頭領の逆鱗を的確に殴ってくんだよ!」

 

 傭兵団のメンバーたちが一斉に飛び掛かり、ローレンジから無理やりランチャーを奪い取った。その上で、両手両足を押さえつける。

 ローレンジは遮二無二暴れ、普段とはまるで正反対に怒鳴り散らす。

 

「どけテメェら! あのクソヤロウのお高く留まった鼻っ柱切り落として爆破してやらねぇと気がすまねぇ!」

「それなら落ち着けって頭領! このまま殴りかかったら向こうの思うつぼだ!」

「相手はクルーガーに匹敵する戦術家だぜ。乗せられたらますます勝ち目がねぇ!」

「エリウスのおっさんみてぇに、力づくで突破してやるよそんなもん!」

「頭領! 俺たちの戦力でそりゃ無理だ! レッドホーンもアイアンコングも、ブラックライモスやハンマーロックだっていねぇんだぜ! あるのは奇襲作戦用のゾイドだけ! そんなんで重砲隊を正面突破しようなんざ無理だ!」

 

 口々に否定の言葉が吐き出され、しかしローレンジは収まりがつかない。

 

「なんで今日に限ってこれなんだよ!俺たちの初の共和国からの依頼なんだぜ!? 頭領が落ち着いてくれりゃぁ」

「しょーがねぇよ。頭領のストッパーがいねぇんだもん」

 

 ストッパーとは、フェイトとタリスのことだ。だが、あいにく二人は本作戦には同行していない。タリスは傭兵団の本拠地での事務仕事が残っており、フェイトについてはローレンジが連れてこなかった。

 危険から遠ざけると言う意味合いもあったのだが、まさかこのような事態に陥るとは、メンバーの誰もが予想していなかった。

 

「ローレンジさんがここまで我を忘れるとは。そこまで嫌ですか」

「頭領の紅茶嫌いは生粋だからな。仕方ないさ」

 

 サファイアの言葉を引き継いだのは傭兵団の戦闘班で班長を務めている男だ。名を、ヨハン・H・シュタウフィンという。

 傭兵団の中でローレンジが頭領、タリスが副長となり新興組織を率いている中、ヨハンは実戦や現場での総監督の役割にある。実質的に、傭兵団のナンバー3だ。

 

「普段はもう少し冷静なのでしょうけど」

「副長がいないと暴走した時の抑えが利かないからな。困った頭領だよ」

 

 乾いた笑い声を洩らし、ヨハンはパンパンと両手を二回打ち合わせた。そして、地面に押さえつけられたローレンジを見下ろし、悠然と告げる。

 

「そろそろ日が暮れます。今日は見張りを徹底し、もう少し向こう側の情報収集に努めましょう。期日は三日でしょう? その間に、こちらが突ける穴を見つけ、広げて穿てばいい話。やりようは、いくらでもありますって」

 

 ニヒルな笑みを浮かべ、ヨハンはその場を締めくくった。

 遠く、帰投していくプテラスの拡声器からは、今だ放送が続いていた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「へぇ、なかなかうまいじゃないか」

 

 ローレンジは珈琲の入ったカップを傾け、口内に広がる苦みに顔を顰める。だが、それこそが至福のひと時なのだ。

 

「錆びた汁より断違いだな」

 

 一言、ポツリと呟く。

 嘲笑としか取れないだろうそれに、モントゴメリーは口元まで持ち上げていたカップを軽く鳴らしながらソーサーに戻す。

 

「なかなかのものですわ。午後のひと時にぴったり。スコーンが無いのが不服ですが、今日はあまり気になりません。レイ、良い店を御存知ですね」

「あ、ありがとうございます」

「目の前に泥沼が注がれていなければ、ですが」

 

 顔面目がけて投げられた死球(デッドボール)を投げ返すように、モントゴメリーは足元目がけて死球(デッドボール)を投げ込む。今度は、ローレンジが半眼を持ち上げた。

 

「はっ、共和国の中尉殿は少々の我慢もできないとは。自制ができてないのは、俺よりもそちらさんだったな」

(わたくし)は、あなたの意見にお答えしただけの事。野蛮な傭兵では、(わたくし)の言葉の真意は読み取れなかったようで。嘆かわしい事ですわ」

「真意? 赤錆が不味くて飲めたもんじゃねぇってことか?」

「魂をキリマンジャロに売り渡した泥水主義者には、返す言葉もございません」

「泥水ねぇ。赤茶の溝水よりは断然マシだと思うが」

「……そろって五十歩百歩じゃ――」

 

 小さく呟いたレイに、二人から射殺さんばかりの眼光が注がれる。レイは喉を「ひっ」と鳴らし、小さくなった。情けないと言われそうだが、無理もなかった。同じく火花散る焦げ臭い空気の中に居るサファイアも、睨まれればその姿勢を崩してしまいかねなかった。

 

「あぁ、そういや聞いたことがあったな。遠い青い星にあったある国は、腐った錆水を飲んでるから衰退したとか」

「ただの妄言、言いがかりですわ。そのようなたわごとを真に受けるとは、泥水主義者は頭の中まで染め上げられたのでしょう」

「なににだよ」

「菌まみれの泥水に、ですわ」

 

 二人は静かにカップを傾けた。その所作は批の付け所の無いものだったが、ただ一つ、目元だけは違った。優雅なアフタヌーンタイムには似つかわしくない攻撃的な、殺意すら籠められた眼光の力があった。

 やがて、口火を切ったのはレイだった。

 

「いっそのことさぁ、二人でケジメつければどうだよ」

「レイさん?」

 

 サファイアが咎めるように口にするが、レイは止まらない。互いの意地を譲らない二人の業突く張りに辟易し始めていたのはサファイアも同じだが、それにしたってレイの提案はいささか度が過ぎているとも思えた。

 レイからはさっきまでの怖気づきようが感じられない。だが、彼との付き合いがある者――バンやパリスならば解っただろう。それは、あまりの状況にレイがヤケクソになり始めたのだ。

 

「今日俺たちが会うことの趣旨からは大きく外れてる。けど、中尉もローレンジも治まりがつかないだろう? 正式に決着を付ければいい。お互いが自分で作った飲み物(モン)を用意して、それで競い合ったらどうよ」

 

 競い合う飲み物の種類が違うのだから、そもそも競い合いにならないだろう。そう言いたかったサファイアだったが、それよりも早くローレンジが口端を持ち上げた。

 

「はっ、いいじゃねえかレイ。それ。あんたはどうよ、お高く留まった中尉さん?」

「いいでしょう。あなたに誉れ高き英国の美を叩きこんで差し上げますわ」

 

 ローレンジが見下ろしながら告げると、モントゴメリーは左手でピースサインを作り、手の甲を見せつけた。その意味は判断しかねるが、彼女の態度からそれが最大の挑発、そしてこちらを罵倒しに来ているのだと分かった。

 

「泥水塗れはもはや矯正できませんわ。紅茶こそ至高と言わせ、その溝川のような思考をゼロス海へ――いえ、英国より望む大西洋の彼方へ押し流して差し上げますわ」

「ここは惑星Ziだぜ。遠い異星の話なんて通じねぇ。ま、テメェに酸味と苦みが織りなす極上の味を骨の髄まで染み込ませてやるよ。チビガキ中尉さん」

 

 交差する視線が火花を散らし、木製のテーブルが発火するかのような大火をもたらし始める。いつの間にか異様な空気に押された客が消えてしまった店内で、二人の戦意は最大まで燃え上がった。

 そして、そんな二人に付き合わされる羽目になったレイとサファイアは、そろって大きなため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

「頭は、冷えましたか」

 

 当初の目的である共和国議会の代表との対談を終え、エリュシオンに帰還したサファイアは、ローレンジに水筒の水を浴びせかけた。

 

「……まぁ、な」

 

 ポタポタと滴を滴らせながら、ローレンジはバツが悪そうに仏頂面で返す。

 

「私たちの目的は、互いの趣味趣向をぶつけ合せ優劣を決めることではありません。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の今後のため、共和国とより良い関係を築くことです。それを、交渉決裂も仕方ないような盤面に持って行って……。私もそうですが、あなたも交渉のためにニューヘリックシティまで出向いたのでしょう? 自身の役割を見失うのはおやめください」

「……ああ、まったくだ。頭は冷えた。……悪かったよ。あのクソガキ中尉があんまりものを言うもんだから、ついな。馬鹿にされて、我慢ならなかった」

「そういうところは子どもですね」

 

 モントゴメリーをチビガキと言い放ったローレンジに対する痛烈な皮肉を浴びせ、サファイアはタオルを差し出す。

 

「始まりは散々でしたが、議会の方との対談は可もなく不可もなくと言ったところでした。あの一件は、大事には発展しなかったようで一安心です」

 

 サファイアの言葉通り、翌日の対談は問題なく進んだ。ローレンジ自身の目的であった顧客確保は置いておくとして、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の任務としては及第点の達成度と言ったところだ。

 そこで、ローレンジはふと思い返したことを口にする。

 

「なぁ、あのクソ中尉は決着つけるとか言ってたけどよ、どうなると思う?」

「当事者で勝手にやってください」

「でもさ、お前も現場にいたわけだし、審査員くらいやらされるんじゃね?」

 

 ローレンジの言葉に、サファイアもしばし考え込む。

 

「ぶっちゃけ、お前はどっち派よ?」

「午後のひと時は紅茶、夜の食後に珈琲を嗜むのが好みですよ。朝はその日の気分ですが」

「ああ、使い分け派ね」

 

 おそらく、それが一番得をする楽しみ方なのだろう。まぁ、それは人それぞれなのだろうが。

 

「マジでケンカするってなったら、どうなんだろうな」

「当事者で勝手にやってくださいと言った筈です」

 

 サファイアのげんなりとした言葉に、ローレンジもそれ以上の追及はしなかった。

 

「大衆の面前で土下座させてやる、的なことを別れ際に言われたんだけど」

「あなたは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に雇われの身。モントゴメリー中尉は共和国の砲撃隊の中隊長。お互い立場がありますから、大それたことはないでしょうね」

「だといいけどな」

 

 顔の滴を拭い、ローレンジは窓から夜空を見上げる。今日は星空が見えず、曇り空だった。どこか、不穏な気配がローレンジの心を覆って行く。

 が、それも杞憂だ。そう整理をつけ、ローレンジは割り当てられた部屋に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 作戦は順調だった。

 翌日の昼は行動を起こすことなく両者共に静寂が続き、状況が一変したのはその日の夜だ。

 夜闇に紛れて密かに接近した戦闘班のゾイドたちが、一斉に牙をむいたのだ。それまでローレンジ達の進入を阻む壁の役割を果たしていたカノントータスが、浮足立ったところを突かれてあっけなく沈んだ。

 だが、進入して分かったことがある。これまでローレンジ達が本拠地と思い込んでいた地点は、前線基地に過ぎなかったのだ。本拠地は、そのさらに奥、湖を背にした場所に建てられていた。

 

 そして、前線基地がいずれ落とされることは敵の大将にとって予測済みだったようだ。無人の廃墟と化した基地に、大火力の砲撃が叩き込まれたのだ。

 この敵の攻勢でローレンジ率いる部隊はほぼ壊滅。唯一の救いは、ローレンジ本人がまだ前線にたどり着いていなかったおかげで被害を喰わずに済んだことだろうか。

 ただ、それも幸運とは言い難かった。

 

「マジでこいつを引っ張りだしてやがったか!」

 

 舌打ちし、グレートサーベルは夜闇の中を駆けた。それを追いかけるのは、同じく漆黒の機体、シールドライガーDCS-Jだ。

 

「おいレイ! お前なんでこんなとこにいやがるんだ! お前関係ねぇだろ! つーかお前高速隊所属だよな! なんで重砲隊に居るんだよ!?」

『決まってる。泥水主義者をこの手で叩き潰すためだ!』

「泥水て……味方洗脳とか何考えてんだよ、あのチビガキ中尉!」

『黙れ! 英国に反旗を翻すキサマを、俺は断じて許さん!』

「いや、お前へリック共和国の軍人だよな!? 英国ってなに!?」

 

 本気で叩き潰しにかかってくるレイから必死に逃げ惑う。

 奇襲をかける際、最も障害になろう相手はレイ・グレックだ。基地の周辺を巡回していた彼は、シールドライガーDCS-Jの俊足を持ってすぐに現場に駆けつけることが出来る。だからこそ、奇襲をかけると同時に彼を足止めする者が必要と考えた。

 だが、ここまで殺意をむき出しに――しかも予想の斜め上の遥か先を行って――襲いかかって来るのは予想しろという方が無理だ。

 昨日、ローレンジは確かに敵の大将に対して殺意を抱いた。散々神経を逆なでし、煽ってくる敵の大将をなんとしてでも「殺したい」と思ってしまった。

 だが、まだ――かろうじて――自制はあった。ヴォルフに確認をとろうという最後の一線は越えていなかった。

 

 丸一日かけて精神をクールダウンさせたと言うに、相手が自分の遥か先に行っていたとなれば、昨日の自分はなんだったのかと頭を抱えたくなる。

 

『くらえ!』

 

 ビームキャノンが唸りを上げる。高速走行し、急停止しながら狙いを定めて高出力のビームキャノンを狙い澄まして放って来る事から、レイの成長が見て取れる。だが、

 

「おいちょっと待て! 演習用に威力押さえてないよなそれ!? 当たったら最悪再起不能にされそうなんだが!? つーか俺が死にかねないんですけどぉ!!!?」

『知ったことか!』

「将来有望なレオマスターを猪突猛進な考えなしに変えやがったのは誰だー!!!!」

 

 怒鳴りながらローレンジはグレートサーベルを右に左に振り回す。フェアに行こうとかいう理由でニュートを連れてこれなかったことが今更ながら悔やまれる。

 命の危機をひしひしと感じるのだ。もはや、演習とか交流とか言ってる場合ではない。

 

『ローレンジさん、攻撃隊が壊滅です!』

「はぁ!?」

 

 飛び込んできた報告に、耳を疑いたくなる。

 

『どうやら内通者がいたようです。我々の最初の作戦が漏れていた模様です。それだけでなく、こちらの戦力、主要メンバーの癖まで密告されていたと』

「やっぱりか」

 

 こうまで先を読まれては、その線を疑いたくなるのも無理はない。ローレンジの呼びかけに応じて集まってくれた傭兵団のメンバーだが、元は自由奔放な賞金稼ぎや傭兵だったものが主だ。足並みをそろえにくいのは、覚悟していた。

 

「で、内通者ってのは誰だ!」

『それが、その……」

 

 煮え切らない言葉を溢すのは珍しい。言い辛いことでも、サファイアならばすっぱり告げる筈だ。

 嫌な予感しかない。まさかとは思うが、信じたくないが、自分に近しい重役たちなのか。

 

『ハルトマンさんと、ウィンザーさんです』

「はぁあ!!!?」

 

 まさかヨハンか? それとも、信じたくないがタリスなのか?

 そんな予想を裏切り、されどあまりにもあまりな人物の名が挙がったことに、ローレンジは泣きたくなった。

 

『エリュシオンに残っているタリスさんが暴いてくれました。ハルトマンさんは「泥水主義滅ぶべし」とのことで』

「なんとなくそう来ると思ったよチクショーが!」

『ウィンザーさんは、その……、私とあなたが組んで本演習に出て行ったことが許せなかったらしく「ローレンジへの報復のつもりだった。他意はない」とのことです』

「他意であってほしかったよ! あの色ボケ猪ゾイド乗りが!!!!」

 

 組んだばかりの傭兵団のメンバーから内通者が出ることは、いくらか覚悟していた。だが、長年共にゼネバス帝国再建のために手を取り合ってきた彼らに裏切られるのは想定外だ。

 しかも、その理由があまりにも私的感情過ぎる。

 ローレンジは恥も外見もなく泣きたくなった。というかもう泣いている。

 

『大まかな作戦はエリュシオンで立てましたよね。その時に、彼らからモントゴメリー中尉に内通されたと思われます』

「ああそうだよな! 作戦立てるのには協力してもらったからな! ってかなんだよ、あのクソガキ中尉! こんな茶番にどこまで本気(マジ)なんだよ!」

 

 こうなったら、腹をくくるしかない。目の前に立ち塞がる、紅茶に洗脳され、狂気に駆られたレオマスターを排除し、残った戦力で最後の決戦に臨むのだ。

 機体を反転させ、Eシールドを張って迫るシールドライガーDCS-Jに、ローレンジは独り向き直った。

 

「レイ! テメェの頭ん中の赤錆液、全部蒸発させてやらぁ!!!!」

 

 獅子と猛虎が、全力でぶつかりあった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 盛大な茶番であろう騒動は、ヘリック共和国と鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のトップが話題を拾ってきたことに起因した。

 ニューヘリックシティでの喧嘩騒動のことは、ローレンジの頭の中からすっかり消え去ろうとしていた。だが、その話題は唐突に復活したのだ。

 

「ローレンジ、お前に依頼がある」

 

 呼び出しを受けたローレンジは、ヴォルフから唐突に告げられた。

 ヘリック共和国のある重砲隊と交流という名の演習を行うことが決定し、その部隊としてローレンジの傭兵団に出てもらいたいと言うのだ。

 待ちに待った大口からの任務と言うこともあり、ローレンジは少し興奮している。ただ、疑問を抱くことがあったのも事実だ。

 

「それって、要するに鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の戦力確認なんだろ? だったら、ウィンザーにやらせりゃいいじゃねぇか。俺たちだとお門違いじゃねぇの?」

 

 以前にも、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の戦力を公開するよう帝国共和国の両国から要請があり、その際にヴォルフは完成済みの小型ゾイドたちの公開に踏み切った。

 主戦力であるジェノリッターやバーサークフューラーはまだ研究が続けられている機体であり、公開は出来ない。そう告げたことで抗議があったのは記憶に新しい。

 今回の演習も、その埋め合わせのような形で決まったのだろうとローレンジは考えていた。

 だが、ヴォルフは悪戯を仕掛ける子供のような顔で続けた。

 

「いいや、向こうからはお前たち傭兵団を名指しで、とのことだった」

「俺たちを?」

「お前たちは、我々鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が雇っているという扱いだからな。私を通してきたというワケだ」

 

 お前への挑戦状ではないのか?

 そう、ヴォルフはくつくつと笑みを浮かべながら言った。

 ローレンジはその話を聞き、しばし黙考する。傭兵団を立ち上げたはいいものの、仕事の依頼に関しては芳しくない。名だたる賞金稼ぎが揃っているとはいえ、傭兵団としてはまだ名も売れてないのだ。警戒されても致し方ない。

 それを考えると、この演習は自分たちを売り込むのにうってつけだった。演習で無様な様を見せれば目も当てられないが、正規軍を圧倒することができたらその実力は高く評価される。一矢報いるだけでも、その評判は上々だろう。

 

「まぁ、いいぜ。引き受けた」

「助かる。すでにルイーズ大統領との話も済ませてあってな。要綱はこれだ」

「大統領公認かよ。なんか規模がデカくね?」

 

 ヴォルフが嬉々として出してきた紙には、演習の詳細が記入されていた。

 場所はニューヘリックシティ郊外の演習場。そこに周辺の森を追加した半径50キロ圏内だ。期間は三日間。互いに戦場で遭遇したという設定の元、敵軍を壊滅させれば終了。決着がつかない場合でも撃墜数の多い側が勝利だ。使用できるゾイドは30機、それ以外に制限はない。

 

「ゾイドを用いた戦闘のデモンストレーション。見世物だな。言うなら、ゾイド戦を競技に『ゾイドバトル』ってとこか?」

「そういうことだ。ラジオ放送も企画されているらしくてな。祭の主演目のようなものさ」

「なるほどな。まぁやることは分かったよ」

「ああそうだ。お前たち傭兵団に丸投げ、という訳にもいくまい。サファイアを同行させてやってくれ」

「あいよ」

 

 さっそくローレンジは作戦を練り始める。タリスも連れて行くかと考えたが、彼女には留守を預かってもらう。戦力は、編成したばかりの班分けから選び出すと早いだろう。諜報班の五人は当然として、戦闘班からは班長のヨハンにメンバーを選んでもらうとしよう。

 演習の様相がどうなるにせよ、所詮はお祭り企画だ。気楽に、のびのびとやれればそれでいいだろう。そう、ローレンジは楽観視した。

 ただ、手は抜きたくない。

 

「あ、作戦立てるの手伝ってもらいたいんだが」

「作戦?」

「ああ。一人は慣れてっけど、部隊の指揮官は不慣れなんだ。やる前に少しは学んでおきたい」

 

 見世物と化す演習だが、演習には違いない。それに、これには傭兵団の実力を見せつけるデモンストレーションでもある。無様な様は見せられない。

 

「ならば、エリウスにウィンザー、ハルトマンを呼ぶか。明後日のこの時間にそちらも主要な者を集めておけ」

「おいおい、んなに大それたことしなくてもいいだろ。仕事がたんまり残ってんじゃねぇの」

「相手は戦場の魔術師のお墨付きをもらったモントゴメリー中尉だぞ」

「ああ、あのクソガキ中尉」

 

 ローレンジの言葉に若干の怒気が混ざったのをヴォルフは見逃さなかった。

 

「罵られぬよう、準備は万端にしておけ」

「だな」

「そうそう。向こうはかなり本気のようだ」

「は?」

「共和国に忍び込んでいる者から、与太話があってな。件のモントゴメリー中尉が、伏兵としてゴドスとガンスナイパーを中隊の七倍ほど用意しようとしていたらしい」

「……は? なにそれ?」

「上司から止められたらしいがな。戦争でもする気かと問われた際に「戦争するなら15倍の戦力とゴジュラスを三機要請する」と進言したとか」

「おいおい、なんでそんなに殺す気で掛かってんだよ」

「何かやらかしたんじゃないのか? たとえば、お前が彼女の逆鱗に触れた、とか」

「そりゃあるけどよ、もう一ヶ月も前の話だぞ。それに、それを言うなら互いに逆鱗を殴り合った、だな」

「そうか」

 

 薄笑みを浮かべ、ヴォルフは書類の見聞に戻った。

 一抹の不安を覚えつつ、まぁ所詮は演習だとローレンジは気楽に執務室を後にする。

 

 そして、数々の者を巻き込んだ演習はいよいよ幕を開く。

 のちに『午後の一時戦争(Afternoon War)』と囁かれる、どこまでふざけた茶番の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

『ローレンジさん、申し訳ありません。私も、ここまでで――』

 

 サファイアの無念そうな言葉が途切れ、レドラーは不時着した。

 

『すまない頭領。おれもこれまでだ』

 

 涼しく、さっぱりと言い放ち、ヨハンは戦場を離脱した。

 そして、バトルフィールドにはローレンジだけが取り残された。

 

 ――なぜだ。

 

 頭の中で自問し、しかし答えが出る筈もなく、ローレンジは吠えた。

 

「なぁんでだぁあああああああああああ!!!?」

 

 天よ割けよ、地よ唸れ。とばかりに咆哮し、ローレンジは拳を膝に叩きつける。

 しかし、そんな余裕は一瞬だけだ。素早く機体を翻し、遠方から狙いを澄ましているガンスナイパーから逃れる。腰のビーム砲を連射しながら近づくゴドスを翻弄し、横倒しにして機能停止に追い込むとさらに跳んだ。

 着地点でガンスナイパーのライフルを感じ、グレートサーベルの足首が捻られてしまうのを覚悟しながらどうにか回避する。幾度となく死線を潜り抜けて来たローレンジの勘が冴えた瞬間だ。本当に死にかねない攻撃ならば本能が察知し、頭からの指示より早く身体が身を翻す。

 

「あっぶねぇ」

 

 思わず声を洩らし、自分が死線をくぐっていると言う感覚が強くなる。そして、それは同時に自問をさらに強くした。

 

 ――どうしてこうなった。どうしてこうなった!!!? 俺は、演習に出てるはずだ。なら、なぜこれほどまでに()()()()を感じなければならない。これはお祭り企画の演習なのに。演習なのに!!!!

 

 自問しつつ、間違ってはいないとも感じていた。

 演習は実戦を想定して行うものだ。ともすれば、死に瀕する事態が起きたとしてもそれは至極当然。

 だが、()()()()()()()()()()()という“本能から来る恐怖”を幾度となく乗り越え続け、果たしてこれを「演習だった」の一言で済ませられるだろうか。

 答えは否だ。断言する。

 今この場に立てているのは、ひとえにローレンジがそれだけのポテンシャルを持ち合わせているからだ。そうでなければよくて重傷、悪ければ――死だ。

 

「ざっけんなよ! 演習なんだよな、演習なんだよなぁこれ!? おかしいよな、おかしいって絶対!」

 

 グレートサーベルを走らせ、岩山の影に身をひそめる。探知したガンスナイパーからは完全に隠れている。

 グレートサーベルは傷だらけだった。背部のバランサーは根元から千切れており、爪は一部剥がれている。ソリッドライフルは半ばから折れ、ミサイルは全弾撃ち尽くした。

 レイのシールドライガーDCS-Jになんとか勝利し、前線へと駆け付けたローレンジを待ち構えていたのは、遠距離からの精密射撃を得意とするガンスナイパーに、両腕の先にビームバズーカ砲を装備したゴドスたちだ。

 そして、はるか遠方にその身を揺らしたのは、ゴジュラス用のキャノン砲とショックカノン、それにミサイルポッドを装備し、ビームガンを増設したゴルドスmk-2。通称「シャイアン」である。

 

 普段なら機体を思いっきり振り回し、高速機動で接近し、一気に叩く。それで済む話である。

 だが、今のグレートサーベルは傷だらけで、普段のスピードは到底出ない。加えて、護衛のガンスナイパーたちの精密射撃を躱しながら接近するのは不可能だ。

 

『あなたの仲間は全滅。もう降参したらどうです? (わたくし)とチャーチルの砲撃から逃れる術は、あなたにはありませんわ。(わたくし)への侮辱を撤回するのであれば、もう終わりにして構わないのですよ。敗軍の将という、みじめなレッテルを張られるのがお望みで?』

 

 それが目的でここまでの茶番を組んだのであれば、モントゴメリーは相当な変人だ。キチガイと言っていい。たかだか自分の身長と童顔を突かれただけでその相手に幾度となく死線をくぐらせるなど、狂っている。

 

 ――いや。

 

 そうではない。それだけではない。彼女をここまでキチガイに走らせたのは、ひとえにあの日の喧嘩だ。

 あの口論が、彼女の怒りに火をつけたのだろう。それを沈めるためには、例え共和国全軍を巻き込んでも、別の隊所属の者を自分色に染め上げても、演習場が嘗てないほど荒廃しようと、彼女が治まることはない。

 

 ローレンジはちらりと演習場の彼方にある観戦スペースを睨んだ。そこには、この交流演習を許可した二人の人物がいる。

 そもそもだ。ヴォルフとルイーズ大統領がこんな茶番に許可を出さなければ、自分はこんなに頭を抱えることはなかったのではないか。ムーロア血を引く何かと影響されやすい若き親友(バカ)が、そして共和国のトップとして民からの信頼が厚い大統領(ババア)が、今日ばかりは恨めしくてならない。

 

「どうする」

 

 小さく自問する。

 ここで敗北を認めるのは簡単だ。敗北を認め、「チビガキ中尉」という侮辱を撤回すればいい。だが、そんなことをしてしまえば、自分から何かが零れ落ちてしまう。何か、大切なものを失くしてしまう気がする。

 それ以上に、それで終わってはいけないという漠然とした予感があった。

 それはなんだ?

 

 再び黙考し、分かった。

 

 ローレンジは、モントゴメリー中尉をキチガイと言った。だが、考えてみれば、自分もキチガイの部類に当てはまるのではないか。

 思い出すのはあの日の口論。ローレンジもモントゴメリーも、己の趣味趣向をぶつけ合せ、喧嘩別れとなった。そして、それがこの盛大な茶番をもたらしたのだ。

 

 よく分かった。ここまで被害者面をしてきたが、自分は加害者だ。

 この盛大で壮大な茶番に巻き込まれた者を哀れに想い、だが自分はその中に含まれない。

 サファイア、ヨハン、レイ、傭兵団の仲間たち。モントゴメリーの配下。名も知れぬが、モントゴメリーの無理難題につき合わされた共和国の軍関係者たち。

 彼らを思えば、自分が平謝りすることでこの茶番に終止符を打つなど、できるはずもない。こんなふざけた話に巻き込まれた彼らが望むのは、全面的な敗北宣言などではない。

 彼らが望むのは、自分の平謝りではない。この茶番を、後に笑い話として語れるような、そんな幕引きが必要なのだ。

 それはすなわち、

 

 決着である。

 

 茶番を作り上げてしまったのであれば、後の笑い話にできるよう、最後の最後まで茶番を貫くべきだ。茶番として、決着をつけるべきなのだ。

 

 そう、この戦いの決着。

 

 紅茶と珈琲はどちらが優れているのか、だ

 

 ローレンジは、最後まで互いの趣味趣向をぶつけ合せなければならない。それが、この戦争の発端なのだから。

 

 そしてなにより

 

 

 

 ――錆水主義者に頭下げるくらいなら死んだ方がマシだろうが!

 

 

 

 グレートサーベルは残された最後の力を振り絞り、岩陰から飛び出した。

 出て来るところを狙われていたのだろう。正確無比なスナイパーライフルの一撃が襲いかかる。

 しかし、グレートサーベルはそれを紙一重で躱しきる。肩装甲が砕け、背中のミサイルポッドが撃ち抜かれて後方に飛ばされる。

 グレートサーベルが――サーベラが傷ついていくのを尻目に、ローレンジはただひたすらに駆けた。

 障害となるカノントータスを叩き潰し、首筋に残されたビーム砲でガンスナイパーを牽制する。そして、ゴルドスシャイアン(チャーチル)まであと100メートルまで迫った、その時だ。

 

『グルァアア!?』

 

 サーベラが悲鳴を上げた。ゴルドスから放たれた砲撃が、狙い違わず肩口を撃ち抜く。僅かに遅れて衝撃が機体を揺らし、サーベラはバランスを崩して横倒しになった。

 

『ここまでよく戦ったものですわ。味方をすべて失ったというに、闘志を失うことなく(わたくし)に立ち向かったその勇気、賞賛に値しましょう。まったく、驚きですわ』

 

 モントゴメリーは当然のように言い放った。限りなく実戦に近い演習で、勝ちをもぎ取ったのは自分だ。そう、見学者含めすべての者たちに宣言する。

 

「よく言うぜ。使用ゾイドは30機って決められてた癖に、空軍の援護要請を出したり戦闘範囲(バトルフィールド)外から援軍を寄越したり。フェアじゃねぇな」

『今回の演習は実戦を意識したもの。実戦では何が起こるかなど誰にも把握できませんわ。であれば、利用できるものはすべて利用し勝ちをもぎ取る。それこそが戦いの鉄則。内容がどうあれ、結果が勝ちであれば万事解決なのです。後からやってくる負債やら不況は、頭のいい大統領に任せればいいのです。――そう、勝てば官軍、負ければ賊軍! 内容がどうあれ、全て勝てばよかろうなのですわぁああああああ!!!!』

 

 モントゴメリーはビシリと宣言する。大方、コックピットの中ではあの手の甲を向けたピースサインをしていることだろう。絶対の自信を持って。

 

「めんどくさいことは上司に丸投げか。最悪な部下だな」

『人にはできることと出来ないことがありますわ。いずれは可能としても、その場その場では限界が存在する。無理に背伸びをして、更なる負債を生み出すよりはずっとまともでしょう? 出来ないことを無理にすることはありません。その時にできる最大限のことをすればいいのです』

「良い事言ってるけど、あんたが言っちゃ台無しだな」

 

 だから、その鼻っ柱を叩き潰してやろうじゃないか。

 

 サーベラのコックピットが開き、ローレンジが零れ落ちるように大地に転がった。上空で停滞飛行を続けているプテラスが、ローレンジの様子を確認し、そして決着の宣言を行おうとする刹那、

 

『なっ……!?』

 

 絶句したのは、ゴルドスの付近に待機していた歩兵の内の誰かだろうか。

 ローレンジは怪我人とは思えないほど素早く跳ね起き、同時に足をばねのように使い、一気に駆けだした。呼吸すら忘れ、一直線にゴルドス目指して走る。

 

「止まれ! もう決着はついただろう!」

 

 歩兵たちがローレンジの障害となり立ち塞がる。アサルトライフルを構え、狙いを定めた。

 そんなことはお構いなしに、ローレンジは突っ込んだ。

 分かっている。彼らにとって、これは演習だ。サーベラが倒れ伏した時点で、決着はついている。そして、演習だからこそ、彼らは引き金を引けない。

 ローレンジは立ち塞がる歩兵の眼前まで駆けこむと、躊躇なく拳を鳩尾に叩き込んだ。

 苦悶する歩兵を蹴り飛ばし、次の歩兵を抜き放ったナイフの柄で殴り飛ばす。

 ここまでくれば、歩兵たちにもローレンジの狙いはおのずと察することが出来る。

 

 『勝てば官軍、負ければ賊軍』

 

 モントゴメリーは確かにそう言い放った。だから、大将であるモントゴメリーを討ち取ろうという訳である。

 そして、虚を突いたおかげでローレンジはゴルドスの足元まで駆けこんでいた。

 

「今だ!」

 

 ローレンジが叫ぶ、すると指示したように遠方からブースターを噴かしてやってくる小柄なゾイドがあった。オオトカゲ型のオーガノイド、ニュートである。

 ニュートは使わない。そうローレンジは決めていた。だが、相対するモントゴメリーが数々の援護要請、援軍派遣、裏工作を施していたのだ。もう、ニュートに頼っても、恥はない。

 ニュートはローレンジを背に乗せると、そのままゴルドスの武骨な脚に足をかけ、這い上がる。そして、あっという間にコックピット上のキャノピーを割り砕く。

 

「決着は、大将やるまで終わらねぇだろ?」

 

 ホルスターから抜き放った拳銃を構え、ローレンジは躊躇なく引き金を引いた。

 

 

 

 銃口からは、茶色の液体が噴き出すように飛び出し、彼女の口元にかかる。垂れた茶色い液体が胸元を濡らす。

 

「……これは」

 

 ゆっくりと首を下げるゴルドス。その動きに従って眼下の歩兵たちが銃口を向ける中、ローレンジはにやりと笑みを浮かべる。

 

「錆水主義者に贈呈する、とびっきりの泥水(コーヒー)だよ」

 

 モントゴメリーの胸元からは、芳醇な苦みのある香りがゆっくりと漂う。

 

「な……なんてことを……!」

 

 モントゴメリーは、まるで嘔吐物を見るかのような目で、コーヒーに濡れた己の軍服を見つめ、力なく笑った。

 

「泥水主義者の中では、泥水は人にかけるぞんざいな扱いをするものなのですわね」

「いいや、泥水を嫌がる錆液主義者にプレゼントする、とびっきりの嫌がらせさ」

 

 モントゴメリーは飛びそうな意識を必死にとどまらせた。そして、精いっぱいの得意げな笑顔で告げる。

 

「この勝負、最後に一矢報いられてしまいましたが……(わたくし)の…………勝利ですわ!」

 

 緩みかけた虚勢を精いっぱい張り、震える左手の甲を見せながらピースサインをし――コックピットに倒れた。口元からは、コーヒーの汁が僅かに垂れる。

 

 勝った。無茶苦茶な形だが、勝ちは勝ちだ。

 紅茶と珈琲のどちらが優れているか。それをかけて戦ったのだ。結果や中身が無茶苦茶だろうと、珈琲派の自分は勝った。

 少なくとも、ローレンジは勝った気でいる。

 状況からすれば負けは確定なのだが、ローレンジ一人だけは勝ったつもりだ。

 

 憔悴しきったローレンジはぐるりと周囲を見回す。すっかり取り囲まれたローレンジに向かって、モントゴメリーの部下であろう兵士たちはみな不満げな顔で左手の甲を向けてピースサインを突きつけている。

 

 勝った。そう思っているのは、結局ローレンジだけだ。

 部隊は全滅。サーベラは大破。満身創痍で敵に取り囲まれたローレンジ。モントゴメリー中尉は気絶したものの、戦術的敗北は誰の目にも明らかだった。

 そもそも、この戦いが演習でなければ、ローレンジはグレートサーベルから投げ出され、なおの抵抗を続けようとした時点で射殺されているはずなのである。

 

 包囲する彼らを見回し、ローレンジは小さく息を吐きながら告げた。

 

「……なぁ、この作戦で俺の部下はけっこう傷だらけだ。しばらく見なかったレイはすっかり様変わりしてるし、俺は付き合い長い仲間たちに私的理由で裏切られた。その上、俺の波乱万丈な短い人生の中でも、瞬間的な命の危機を感じた回数は断トツだ。まるでさ、戦時中真っただ中の最前線に立たされてたみたいだったよ。ああ、これはもう戦争さ」

 

 くるりと振り向き、ローレンジは空を仰いだ。

 上空のプテラスからことの顛末が拡声器から発せられ、演習試合でローレンジ達が敗北した事実が告げられる。

 

「その上でさ、あのキチガイに振り回され続けたあんたたちに訊きたいよ」

 

 

 

 これ、演習だよな……?

 

 

 

 惑星Zi史の中で燦然と輝く茶番として語り継がれる――かもしれない――『午後の一時戦争(Afternoon War)』は、こうして幕を閉じたのである。

 

 

 

 

 

 

 ヘリック共和国と鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の間で行われた演習は、その顛末を編集され、ニューヘリックシティやエリュシオンでラジオ番組の一つとして放送された。

 それは予想外に反響が良く、この演習を基にしてより簡略的に、より大衆向けにゾイド戦競技の形が作られていくこととなった。そして、惑星Ziにおける主要な競技「ゾイドバトル」として広まっていくこととなった。

 また、ゾイドバトルのルールとして設けられたバトルモードと呼ばれるコードの中に『午後の一時戦争(Afternoon War)』を意味する【バトルモード1500】が存在するのだが、それはまた遥か先の話である。

 




 今回は『ZOIDS学園』の作者、影狐様からのキャラクターということで、あちらで採用されているゾイドバトルの要素を少々盛り込んでみました。まぁ、主軸は趣味趣向のぶつかり合い(笑)ですが。
 さて、影狐様。大変魅力的――というか個性出しすぎなキャラのご提供、ありがとうございました。おかげさまで、このようなコメディー(?)なストーリーを作ることができました。

 あ、最後の方に語らせたゾイドバトルの起源的な奴ですが、おそらくそのうち本編でも語ると思います。詳しい起源とかはその辺で。ま、相当先の話ですがね。

 最後に一言、企画への参加、並びにストーリー執筆へのお力添え、誠にありがとうございました!

 この後、少々長い無駄話が入りますので、どうでもいいって方は読まなくていいです。

 捕捉:バトルモード【1500】について。
 ゾイドバトル連盟により、ゾイドによる戦闘が競技として華を咲かせている時代。ゾイドバトル連盟から派遣される審判ロボット『ジャッジマン』の限られた個体にプログラムされている特別なバトルモード。
 開戦前に参加者からの特殊コードによるアクセスが行われると、ジャッジマンがそれを認証、バトルモード【1500】が適用される。
 ルールは、開戦と同時に参加選手がそれぞれ一品、午後の休憩時に欲しいドリンクを宣言。同じものを宣言した者同士はチームを組むこととなる。この時のチームは、本来所属しているバトルチームとは一切関係ない。これにより、多対個の試合、本来の敵同士・味方同士が入り乱れたチームが組まれ、さらには複数チームによる混戦のバトルを行うことが可能となる。
 また、参加者は宣言した飲み物こそ至高とし、その尊厳をかけてバトルを行わなければならない暗黙の了解が存在する。

 ……などとつらつら書きましたが、ただの思い付きです。本作の中で、これを実際に使用することはありません。せっかくなんで、追加しただけの後付設定です。まぁ、使われるとしても、/ゼロの時代にならないといけませんし。
 バトルモード【1500】の由来は、早い話がティータイム時、午後三時のおやつです。私個人としては14時30分でもいいんですが、一般的なのは15時と思うので。

 ひそかに、このネタを誰かが拾ってくれることに期待(笑) ね?

 本編と関係ない部分で後書きが長くなりました。
 それでは。
 

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