ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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幕間その6:追憶の猛虎 執念の獅子 後編

 その日は、曇天の空だった。

 黒く重たい空からは、叩きつけるような雨が降り注ぐ。

 まるで、天が涙を流すかのようだ。

 

 だが、そのようなことはない。最近低気圧が近づいており、山の麓である森の上で一気に雨を降らせたのだ。

 だから、これは感傷ではない。己の想いなのだ。今、目の前で大切な人を失った。涙が止まらず、呻きを抑えられないのは、全て自分自身が許せないからだ。

 

 私がもっと強ければ。もっと周りを見ていれば。

 後悔はしても、それが何になる。事実は変わらない。

 

 今この瞬間、兄を失った事実は、何一つ変わりはしないのだ。

 

 憎かった。兄を奪った深緑のセイバータイガーの男が。

 許せなかった。兄の足を引っ張り、結果として兄を死なせてしまったのは、自分だ。

 己に罰を与えるべきだと思った。愛機を犠牲にし、自分を庇い、幼なじみの男は重傷を負った。その傷の責任は、全て自分にあると思った。

 

 だから、もっと強くなろうと誓った。

 

 

 

 そして、いつの日か、あの男を倒して見せると、心の底に定めた。

 

 それこそが兄に、兄の愛機であったシールドライガーDCS-Jに報いる、唯一の事なのだから……。

 

 

 

***

 

 

 

 ――落ち着いて。

 

 リディアスは小さく、気付かれない程度に深呼吸をする。決意を固め、閉じていた眼を開き、通信マイクを掴む。

 

「全員、すぐにこの場から離脱しなさい」

「大尉!?」

「私たちだけではあのセイバータイガーは倒せない。あなたたちは、すぐに離脱を。生き残ることを最優先にしなさい」

「ですが!」

「あなたたちが居ては足手まといです!」

 

 マイクに叩きつけられた言葉は、それだけで部下から言葉を奪った。

 リディアスのゾイドはシールドライガーDCS-Jだ。シールドライガーDCS-Jは、機体そのものが最高のライガー乗り(レオマスター)の証である。

 だが、リディアスはレオマスターではない。彼女の乗るシールドライガーDCS-Jは、前任が戦死した後、誰も受け入れようとしなかったのだ。そして、リディアスだけが乗ることを許された。ゾイドの本能を最大限に残した設計にしている共和国でも、これはかなりの異例な事態である。

 

「……了解、しました」

 

 コマンドウルフACたちは少しずつ下がり、やがて足場を伝って上へと上がって行く。

 部下たちが退いて行くのを確認しつつ、リディアスはセイバータイガーから目を離さなかった。

 

『……てめェ、どっかで会ったか?』

「7年前、共和国領内の森の中」

『ああ。思い出したゼ。オレ様の一番最初のエモノ。とびっきりのライガー乗り。レオマスターの――ユーゴ・アルカディア』

「――ッ!!」

 

 これ以上、聞いてはいられなかった。

 リディアスの指がトリガーを引き、ビームキャノンが吐き出される。高出力のビームがセイバータイガーに迫り、しかし、タイガーは瞬時に身を屈めて躱す。背中のビーム砲を連射し、シールドライガーDCS-Jの顔面目がけて撃ちこんだ。

 リディアスはビームキャノンの放射を止め、Eシールドを展開する。ビームを弾くと同時に飛び退いた。その半秒後、セイバータイガーの爪が突き込まれる。

 

『ほゥ。やるじゃァねェか。伊達にDCS-J(そいつ)を乗り回してるわけじゃねェなぁア!』

 

 レッツァーは連続してビーム砲を撃ちこんだ。それを右に左にと跳んで回避しつつ、リディアスは反撃の機会をうかがう。

 シールドライガーDCS-Jのビームキャノンの威力は絶大だ。直撃すればセイバータイガーが耐えられるはずはなく、レッドホーンだろうと悲鳴を上げる。だが、その反動は大きく、地面にしっかり足を着けなければ体制を保てない。空中で放とうものなら、勢いで機体バランスを大きく崩す。本物のレオマスターであれば、空中でビームキャノンを正確に放ち、バランスを取るという神業もやってのけるという。だが、リディアスにはまだそこまでの技術はない。

 

『そらソラァ! てめェってライガー乗りはその程度かよ! そンなンじゃ、オレ様を倒そうなンざ無理ってな話だぜェ!!!!』

 

 背中のビーム砲に加え、8連ミサイルポッドも撃ち放たれる。

 Eシールドで防ぐことを考え、それは敵の接近を許すだけだと悟り、リディアスは格納式のビーム砲を持ち上げた。照準を定め、連続して放つ。ビームキャノンの設置が災いして横には撃てないが、前方のミサイルを撃ち落とすくらいは可能だった。

 だが、そこで横合いから別のゾイドが牙を剥いた。デスキャットだ。始まった戦闘の中で息を殺し、必殺の機会をうかがっていたのだろう。ミサイルの迎撃に集中していたリディアスは対処しきれない。

 

 だが、恐れていた激痛と音はやってこなかった。

 みると、デスキャットは無残にも頭を叩き潰され、機体を前後に両断されていた。そして、その傍らには黒々としたセイバータイガー。

 

『おいオイ。オレ様の戦いには手を出すなって言ったはずだロ? 聞いてなかったのかァ?』

 

 念入りに踏み潰し、セイバータイガーは黄金に輝く牙を見せつける。変わらぬ恍惚な表情のままセイバータイガーは――レッツァーは笑う。

 

『さァ、続きと行こうぜェ! 次は接近戦だ!』

 

 セイバータイガーが弾丸のように駆けだす。迎撃のために三連衝撃砲を放つが、あっさりいなされた。同時に放ったビームキャノンが肩装甲を焼き潰し、しかし速度を抑えるには至らない。

 

「――くっ、これも」

『足りねぇよ!』

 

 眼前まで迫ったセイバータイガーは前足を振った。咄嗟に避けようと動くも、僅かに足りない。下顎を殴られ、シールドライガーDCS-Jは悲鳴のような声を洩らしながら地面に倒される。

 

『ヒャハハハハ! ……まァ、それなりに愉しめたケドよォ、この程度かよ』

 

 リディアスのシールドライガーDCS-Jは、普通ではない。試験的に出力を抑えたOSを使用し、シールドライガーをはるかに凌駕する性能を持つに至ったのだ。だが、それでもレッツァー・アポロスには届かない。

 必死に抗うべく、リディアスはシールドライガーDCS-Jの操縦桿を倒す。だが、機体が麻痺して思う様に動けない。

 

『無駄だゼ。ライガーってのはな、下顎を強く叩かれると、脳が振れて麻痺状態になっちまう。てめェもライガー乗りなら、それくらい知ってンだろウ?』

 

 レッツァーの強みが出た。数多くのライガー系ゾイドを倒してきたレッツァーは、当然獲物のライガー系ゾイドを知り尽くしている。狩人の知恵と勘に、リディアスは圧倒されたのだ。

 

『じゃあな。ア・バ・ヨ!』

 

 後悔する時間すら与えず、セイバータイガーの必殺のストライククローがリディアスの視界いっぱいに広がる。

 ゆっくり、ゆっくりと迫る電磁爪。それを冷静に見つめながら、リディアスは死の間際の瞬間に後悔した。

 悔しさと己への怒りだ。今日、唐突だが待ち望んでいたこの男との()()に、リディアスはあの日から募らせてきた想いを全てぶつけるつもりだった。だが、まだ足りなかった。ゾイド乗りとしての腕が、一戦に賭ける想いが、絶対に倒して見せるという確固たる意志が。

 何もかも足りなかった。だから、この結末も当たり前だった。まだ足りない、だからこの結果は、仕方ない――いや、

 

「まだよ!」

 

 こんなところで、終われない。兄の仇を討つ……? 違う。あの日の弱かった自分を越える。守られるしかなかった自分を、越えて見せる。そのためにも、彼との戦いは負けられない。

 例え、それが自分一人で成し遂げられいものだとしても、絶対に!

 

 キャノピー越しに、迫る爪を視線で射抜く。電磁とEシールドのエネルギーを纏った爪は、ライガーの盾を砕き、パイロットを直接叩き伏せ、肉塊へと変えた。

 

 ――Eシールド砕きのストライククローはレッツァーの必殺の一撃。たくさんのライガー乗りたちに絶望を与え、その上で屠ってきた。これを喰らってはならない。爪は喰らってはいけない。なら、突破口はどこに……? いや、その答えは――

 

 一つの答えに達したリディアスだったが、それに気づいたのは遅かった。爪はすでに視界いっぱいに広がり、コンマ一秒でリディアスを叩き潰すだろう。襲い来る恐怖に、しかし、リディアスは立ち向かう様に闘志をみなぎらせた視線を突きつけ……、

 

 

 

 ……最期の一撃は、なかった。

 

「――え?」

 

 視界を覆い尽くした爪が、直前でぶれる。キャノピーは砕かれたものの、そのままセイバータイガーは横に崩れ、間一髪で踏みとどまる。

 そこに連続して弾丸が叩き込まれた。実弾だ。セイバータイガーの形成途中にも思える歪な装甲を穿ち、衝撃でバランスを崩す。レッツァーが咄嗟に回避行動に移っていなければコアを撃ち抜いていたのではないかと思うほどの正確な射撃。

 視線を投げると、そこにコマンドウルフACがいた。逃がしたはずのリディアスの隊の機体――いや、あれは……

 

「アルカディア大尉!」

「パリス中尉!?」

 

 駆け寄ったトミー・パリスのコマンドウルフはスモークディスチャージャーを全開にし、黒い煙が視界を覆った。キャノピーが露出しているリディアスはとっさにコックピット内に備えられているマスクを顔に当てる。

 

「パリス中尉! あなたやっぱり……!」

「バレてますよね! ロブの兄貴からの指示で、大尉の部隊に紛れてました!」

 

 パリスはやけっぱちに怒鳴り、コマンドウルフの前足に搭載された二連衝撃砲を撃ちこむ。

 

「レッツァーと遭遇した時のため!?」

「ええそうですよ! だってのにギリギリまで援護するなとか、ロブの兄貴は無茶苦茶言いやがる! 大尉、あいつと因縁でもあるんでしょう!」

「――ええ、あるわ」

「たくっ、一言も言わないで顎で使って……今日ばっかりは恨みますよ! 兄貴も!」

 

 この期に及んで隠し事は出来ない。そう確信したリディアスは観念して因縁を暴露する。パリスは余計に苛立たしげに、ヤケクソの勢いで二連ロングレンジキャノンを煙の向こう側に撃ちこんだ。

 

「大尉、ロブの兄貴から伝言ですよ! 「一人で抱え込むな」って。あと「レッツァーのことはお前一人の問題じゃない」ともね!」

 

 その言葉に、リディアスの中に滞留し続けた想いが弾けた。泡となり、消えずにとどまり続けている。だが、少し軽くなった気もした。

 

 ――……そっか。ロブ。このことは、あなたも……だけど!

 

 

 

「アルカディア大尉! あと30秒で煙が晴れます。とっとと逃げましょうや!」

 

 パリスは口答えするなと言わんばかりの怒気を放ち、叫んだ。パリスはニクスの先行部隊に所属していたこともあり、レッツァー・アポロスの恐怖を、身を持って知っている。だからこそだ。これ以上余計な戦いなど御免だと言外に叫んでいる。だが、

 

「いいえ、迎え撃つわ!」

「大尉!?」

「私に策があるの!

 

 言葉をマイクに叩きつけ、不平を洩らしながらもパリスは従うそぶりを見せる。これで決められなければ、今度こそ終わりだ。巻き込んでしまった事には申し訳ない。もしそうなれば、この命を投げてでも彼だけは救って見せる。

 それが、嘗て命を救われた自分が出来る、唯一のことだ。

 

 

 

 煙が晴れ、漂う黒煙の向こうから、レッツァーのセイバータイガーが飛びだした。

 

『小細工なんざ無駄だァ! オレ様に食われな、ライガーァアアアアアアッ!!!!』

 

 するどい牙を剥き出しに、レッツァーはリディアスとシールドライガーに突っ込む。無防備な、しかし獲物の動きにすぐに反応できる余裕は持たせている。煙に巻かれて苛立っているはずなのに、ライガーを狩る事には一切の無駄がない。まさに、ライガーを狩る事だけに特化した存在だ。

 対し、リディアスはそこにあえて突っ込んだ。煙が晴れ、マスクを投げ捨て、ギラリと輝く牙に真っ向から向かった。Eシールドを張って。

 

『バカが』

 

 当然のようにセイバータイガーは爪を突き出した。そうだ、レッツァーのセイバータイガーはEシールドの突破手段を爪に()()()()()。突き出された爪は、あまりに無防備だった。

 

「そこだ!」

 

 リディアスの眼前で爪が砕けた。横合いから狙いを定めていたパリスのコマンドウルフが狙い撃ったのだ。前足の先が砕け、セイバータイガーは悲鳴を上げながらのけ反った。リディアスの前には、無防備なセイバータイガーの()()がある。

 

『へェ。そう来たかよォ!』

 

 狙いに気づいたレッツァーは目を見開き、愉悦の笑みを浮かべた。それでこそ、狩るべき獅子の姿だと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべている。

 そして、必殺のシールドアタックがセイバータイガーの下顎に叩きつけられ、弾き飛ばされたセイバータイガーはあおむけで遺跡の地下に身を崩したのだ。

 

 

 

 倒した。

 セイバータイガーとシールドライガーは、野生体の種が近い。機体構造も非常によく似ており、故にライバル機などと評された機体だ。だからこそ、その弱点も似通っているのではないかという予想での攻勢だったが、どうやら当たったようだ。

 

「大尉、やりましたね」

「ええ。お疲れ様、中尉」

 

 協力してくれたパリスに短い労いの言葉を告げ、リディアスはレッツァーのセイバータイガーを見下ろした。機体の機能が麻痺し、思うように動けないセイバータイガーはもがくように四肢で宙をかいていた。もう、抵抗はない。

 倒した。だが、リディアスは違和感を覚えていた。これほどあっさり――というほど簡単ではなかったが――倒れ、無抵抗のライガーキラー。本当に彼を倒せたのだろうか。ライガー系ゾイドだけでなく、数多くのゾイドやゾイド乗りを葬ってきた男が、たったこれだけで終わりなど、到底信じられない。まだ、何か隠している可能性がある。

 それにだ。トローヤの戦いでレッツァーのセイバータイガーはアーサーによって真っ二つに切り裂かれたはずだ。それほどの重傷を負えば、いくらゾイドと言えど再生はほぼ不可能。可能だとしても、トローヤの戦いから半年ほどで万全の状態を整えられるだろうか。まさか……

 

「パリス中尉!」

 

 ライガーとともに駆け出したそれは、間違いではなかった。撃破を確認しようと向かっていたパリスの前で、レッツァーのセイバータイガーはむくりと起き上がった。機体を転がし、反転すると同時に背中のウィングバランサーを展開する。

 咄嗟に足でパリスとコマンドウルフを弾き飛ばし、セイバータイガーの前に立つ。セイバータイガーは展開したウィングバランサーを叩きつける要領でシールドライガーDCS-Jに接近し、そのまますれ違い様に()()()()()

 

「――なっ……!?」

 

 漏れた絶句はパリスのものであり、リディアスのものでもあった。パリスは殴り飛ばされた事実に言葉を洩らし、リディアスはセイバータイガーの姿に驚いた。

 セイバータイガーの背中に備えられていたものは、ウィングバランサーではなかった。それは、まるで黒曜石のような漆黒の輝きを放つ(ブレード)だ。

 

『……はッはァ。流石に、オレ様も負けたかと思ったゼ』

 

 展開した刃を戻し、セイバータイガーは健在な姿を見せた。緑色の装甲が砕け、その下から漆黒の装甲が闇夜のように浮かび上がる。その姿からはこれまでのセイバータイガーとはわけが違う力を感じる。

 

「な、なんだよ……それ……?」

『ヒャハハ……いいだろう、教えてやるよ』

 

 にたりと邪悪な笑みを浮かべ、愉悦に酔いしれた表情でレッツァーは語り始める。

 

『オレ様はレオマスターのジジイに負けた。そのまま死ぬはずだったんだがな……そんなオレ様の前に鳥のオーガノイドが現れたのさ』

「お、オーガノイド……!?」

『そいつはオレ様のセイバータイガーに力を与えるように融合し、繭を形成するとそのままどっかに消えたンだよ。で、オレ様はここでずっと目覚めを待ってた。バカな山賊どもと共謀してな』

 

 オーガノイドが与える力については、パリスとリディアスも知っていた。先日ニクスにやってきたドクター・ディから聞いていた。進化の繭(エヴォリューションコクーン)と呼ばれるゾイドの急速進化現象の話だ。話題としては聞いていたが、よもやそれが現実に起こり、目の前でその実態が現れるとは。

 

『まぁ、コイツはまだ進化の途中。ライガーのニオイに反応してサナギを破って外に出ちまった未成熟機体だ。だがなァ、てめェらを屠るなら、この【セイバータイガーセルダム】でも十分可能だろうさァ!!!!』

 

 セイバータイガーセルダム。それが、レッツァーの新たな愛機であり、進化を遂げたセイバータイガーの姿なのだ。

 シールドライガーがブレードライガーとなり、圧倒的な力を有していたように、セイバータイガーセルダムの力も常軌を逸している。

 

 禍々しい黒々とした猛虎が一歩一歩迫る。シールドライガーDCS-Jは、動けなかった。前足を切断され、動くに動けない。ここまでの戦いの傷も重なり、普通のシールドライガーならばすでに機能が停止してもおかしくない傷を負っている。しかしライガーは溢れ出す戦意を叩きつけた。

 リディアスのシールドライガーDCS-Jは、普通ではなかった。ブレードライガーに搭載された、OSを組み込まれているのだ。アーサーのブレードライガーで試験的に導入されたOSは、その強大さを示し、同時に操縦性の悪化という見過ごせない欠点を生み出していた。アーサーだからこそOS搭載のブレードライガーは扱え、それ以外の者では、到底制御の出来ない暴れ馬へとゾイドを変貌させてしまう。それが、OSである。

 そして、OSを搭載することを前提に作られたブレードライガーと違い、シールドライガーDCS-JはOSの搭載を前提に置いていない。加えて、シールドライガーDCS-Jはレオマスターでなければ満足に扱えないと言われるほど操縦性が悪い機体だ。

 それをリディアスが乗りこなせた理由は、ただ一つ。OSのもたらす闘争心と怒りをねじ伏せられるほどの、機体と想いを一つにできる、ただ一つの信念があったからだ。

 

『おうオウ。いっぱしのライガーってか? やる気十分じゃねェか。いいね、いいぜ――最高だァ。そうでなくッちゃなァ!』

 

 シールドライガーの弱々しい抵抗は、レッツァーを喜ばせるものでしかない。だが、それでもライガーは――そしてリディアスは諦めなかった。

 

 ――せめて……これで相討ちに持ちこむ!

 

 ビームキャノンの反動を抑え込むことはできない。だから、ライガーはビームキャノンを放てば弾け飛び、そして遺跡の中で力尽きるだろう。しかし、油断しきっているセイバータイガーを倒すことはできる。

 覚悟を決め、リディアスは距離を測りつつビームキャノンのトリガーに指をかけた。

 だが、

 

「……あなたたち、どうして?」

 

 コマンドウルフがその間に立ち塞がった。トミー・パリスのものではない。だが、よく知るコマンドウルフたちだ。そう、それは、リディアスの部下たち。

 

「大尉、刺し違えてでもってんなら、自分たちは納得できませんね」

 

 逃げたはずだった。なのに、どうして部下たちがここに居るのか、リディアスには理解できなかった。

 

「自分たちの任務は、レッツァー(あれ)を捕らえることですよね。だったら、逃げれませんよ」

「ダメよ。自分の命を捨てるようなことは、隊長として私が許しません」

「へへっ、そうも、いかないんですよね」

 

 一機のコマンドウルフの口に淡い光が灯った。その光を、リディアスは知っている。忘れる訳がなかった。

 

「それは――ダメよ! ()()を使っては!」

 

 コマンドウルフには、滅多なことでは使ってはならないとされる特殊な装備が施されている。全てのコマンドウルフが使えるわけではない。機体の適正、機体自身の「覚悟」がなければ、それを発動することはできない。

 コマンドウルフが持つ最期の技、それこそが、『ラグナレクファング』だ。

 

『そいつァ――させるかよォ!!!!』

 

 レッツァーのセイバータイガーセルダムが動いた。コマンドウルフの動きを見て反射的に、まるで()()()()()()()()()()、刃を展開して切り込む。

 他のコマンドウルフが、遺跡の上から狙いを定めていたガンスナイパーが、セイバータイガーセルダムを止めるべく砲撃を開始する。それを突っ切り、正面から崩し、セイバータイガーセルダムは淡く光るコマンドウルフに迫った。

 

「――かかったな!」

 

 そこに、狙いを澄ましたように一機のシールドライガーが()()()襲いかかった。機体の重量にシールドの反発力を加え、遺跡の地面で挟み込むようにセイバータイガーセルダムの上からシールドアタックが炸裂する。その機体のパイロットは、やはりリディアスの知る人物だった。

 

「――ロブ!?」

「レッツァー・アポロス! ここまでだ!」

 

 威勢よく啖呵を切り、ニクス派遣部隊の隊長、ロブ・ハーマンが吠えた。乗機シールドライガーと共に、レッツァーとセイバータイガーセルダムを睨みつける。

 

『てめェ……さっきのはブラフか! やってくれンなァオイ!』

「貴様のことだ。一度()()()()()()()()()を撃たれるとなれば、必ず動くと踏んでいた」

 

 冷静に言葉を吐きつつ、ハーマンは視線をリディアスの部隊のコマンドウルフに投げた。

 ハーマンはパリスからの報告を受け、すぐに現場に急行。合流したリディアスの部隊の者たちから話を聞くと、彼らを纏め上げて作戦を伝えた。それが、ラグナレクファングを撃つ「フリ」をさせることで隙を生ませ、そこを奇襲で叩く戦法だ。

 

「降伏しろ。もう、貴様に勝ち目はない!」

『はッ、そうだなァ……。この体たらくじゃァ、勝ちの目は見えねぇ……だが!』

 

 セイバータイガーセルダムの身体に力が宿り、上から押さえつけるシールドライガーを力づくで跳ね除ける。どうにかバランスを保ち着地するハーマンとシールドライガー。そんな彼らに灼熱の闘志を宿したレッツァーの瞳が嗤う。

 

『二度だ! 二度もこのオレ様に屈辱を味あわせてくれたな! オレ様と殺り合い続けたその覚悟! 最っっっ高だ! ――だがな! てめェらじゃねェ! このオレ様が求めるのは! マグマみてェな闘志と! それを併せ持ったライガー乗りだ! 何度オレ様と殺り合おうと、ケリつけンのはてめェらじゃねェんだ! てめェらに負けることはありえねェ! この言葉、よーく覚えておくンだな! ヒャーッハッハッハッハッハ!!!!』

 

 最後に挑発的な笑い声を響かせると、レッツァーとセイバータイガーセルダムは背を向けた。遺跡の奥、ぽっかりと口を開けた横穴に身を滑らせ、あっという間に闇の中へと消えて行く。

 

「追うぞ! 絶対に逃がすな!」

 

 ハーマンの指示に応え、コマンドウルフたちが遺跡の奥に駆け込んでいく。しかし、その後の追跡も虚しく、レッツァー・アポロスは再びその行方を眩ますのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ニクスでの派遣期間を過ぎたリディアスは帰国後、ニューへリックシティから外れた丘の上にある墓地を訪れた。昨日は帰国してすぐだと言うのに、曇天の空模様だった。しかし、今日はそれもなく空は晴れ渡っている。すがすがしい、陽気な空模様だ。

 墓地の一角、少し奥まった場所にある墓石の前に立ち、リディアスは持ってきた献花を供える。あとは、特に言葉を発するでもない。墓石に刻まれた「ユーゴ・アルカディア」の名を視線で読み、黙した。

 

 ユーゴ・アルカディアはリディアスの兄だ。シールドライガーDCS-Jを駆り、レオマスターの称号を授かった、共和国きってのライガー乗りだった。

 だが、彼は死んだ。

 7年前だ。リディアスは軍学校を卒業したばかりの新米士官で、ユーゴは若いながらも優秀な共和国士官――大尉だった。そして、ユーゴの指揮する部隊で共和国領内の森を巡回していた時、あの男(レッツァー)が現れたのだ。

 当時、レッツァーは帝国に雇われたばかりの傭兵だったらしい。帝国の工作部隊の用心棒として派遣され、共和国に奇襲を仕掛けるための水先案内の役をこなしていた。ユーゴの巡回部隊と帝国の工作部隊の遭遇は、後の「エレミアの大戦」へと繋がるのだが、それはまた別の話である。

 レッツァーとの遭遇戦は、からくもユーゴたちの勝利に終わった。だが、曇天の空、降り注ぐ雨にぬかるんだ大地。戦闘が終わった安堵で気を許したリディアスに、レッツァーは最後の抵抗とばかりに襲いかかったのだ。そして、ユーゴがリディアスを庇い、その身を散らした。

 

「やはり、来ていたのか」

 

 振り返ると、同じように献花を携えたハーマンがそこに居た。

 

「ロブ……」

 

 ハーマンは足元の芝を踏みしめて墓の前に立ち、その上に持参した花を供えた。両手を合わせると、袖からまくれた腕が顕になる。腕には、大きな痣が残されている。

 

 ハーマンがその傷を負ったのも、やはり七年前だった。

 ユーゴを倒したレッツァーは、そのままついでとばかりに部隊の全滅を図った。だが、それを察知したハーマンが前に出たのだ。ユーゴを倒したことで気が緩んでいただろうレッツァーの隙を突き、一気に肉薄して「ラグナレクファング」を放った。

 ラグナレクファングはコマンドウルフの命と、場合によってはパイロットの命すら奪う。牙に集束したコマンドウルフの全エネルギーを解き放つのだ。その力は、最大まで高まれば、大型ゾイドすらも一撃で木端微塵に消し飛ばす。また、技の応用によっては牙に集束したエネルギーでコアを暴走させ大爆発を起こすことも可能なのだ。行うのは相当な困難であり、しかし威力は絶大だ。嘗て、それを行ったコマンドウルフ乗りのある少佐は、帝国部隊一個大隊を道連れにしたと言われている。

 ハーマンは威力を抑え、自身はコックピットからの脱出装置を使うことでコマンドウルフと共に逝くことはなかった。ラグナレクファングを放った衝撃で腕に痣を残す結果となったが、命は救われた。だが、威力を抑え過ぎた所為か、レッツァーとセイバータイガーを倒しきることもできなかった。機体に無数の消えない傷を残すも、それ以上は叶わなかったのだ。

 

「……ずっと、頭の片隅にあったんだ。俺があの時迷わなかったら、フライハイト少佐のように後人に託すほどの想いがあったなら、レッツァーという男を残さずに済んだんじゃないのか……とな」

「そんな、それは……」

 

 違う。

 思わずハーマンの言葉を否定しかけ、しかしその先が続かない。

 

「俺たちは軍人だ。共和国のためなら、この命を投げ捨てる覚悟がある。……だが、あの時は、目の前に来た瞬間が怖くなっちまって、思わず助かりたいと思っちまった」

「……それが、普通よ」

「そうかもな。だが、その所為で俺はコマンドウルフを独りで逝かせてしまった。……ゾイドは兵器だ。そう思ってきたが、あの瞬間のことだけは、どうにも忘れられん」

 

 ハーマンは軍人だ。そして、リディアスもそうだ。武力で国を守ることが、軍人としての役目だろう。そして、そのための武力となるゾイドは、「兵器」と称しても間違っていない。

 しかし、ゾイドは兵器であり金属「生命体」だ。人と同じで、心臓(ゾイドコア)を鼓動させ、生きている。ゾイド乗りは兵器としてゾイドを扱いながら、生命体であるゾイドを感じなければならない。それは、ただの機械を操縦することとはまるで感覚の違う話だ。相手が生命体だからこそ、そこには捨てきれない「情」があるのだ。

 

「いっそ、俺もあの時に死ぬべきかと思ったな……」

「ダメよ!」

 

 ハーマンの弱気な声が漏れ、リディアスは思わず叫んだ。

 

「ダメよ! だって、そうしたら、私は…………、兄さんを亡くして、あなたまで亡くしたら……私は……!」

「……フッ、そうだよな」

 

 ハーマンは、短く息を吐き、にやりと笑って見せた。リディアスの肩を叩き、視線を落として目を合わせる。リディアスの方が頭一つ分小さいため、リディアスが見上げる形だ。

 

「無茶をするな。お前がユーゴのことでレッツァー(あいつ)を見過ごせないのは……俺が言ったって説得力はないだろうが、分かるつもりだ。――俺だって同じさ。馬鹿で、勢いだけで突っ走ってた俺を今の俺に矯正してくれたのは、ユーゴだった。家族じゃなく、昔なじみとして、友として、ユーゴの仇のあいつを見過ごせないのは、俺もだ」

 

 諭すようにハーマンは告げ、ユーゴの墓に目を向けた。

 

「ユーゴはお前を庇って死んだ。そのお前が、同じ奴にやられたら、ユーゴは浮かばれないし、俺もそんなのはお断りだ」

「ロブ……」

「俺たちは軍人だ。いつか、戦いの中で死ぬだろう。だけど、亡くしたくない奴ってのはいるもんさ。俺は、お節介で喧しい、そんな幼なじみ(おまえ)を、亡くしたくはないな」

 

 優しく語りかけられた言葉に、リディアスは思わず目を見開く。ハーマンにしてみれば、何気ない言葉だったが、リディアスにとっては不意打ちに近い言葉だ。これが普段のことだったら、リディアスは頬を真っ赤に染めた事だろう。ただ、今はそこまで舞い上がれるような心境ではない。

 

「そう……、ありがとう、ロブ」

 

 だが、嬉しくない訳がない。思えば、初めてではないだろうか。ハーマンが実家を飛び出し、親の七光りと呼ばれることから離れ、軍人としての己を確立すべく、リディアス達の元に転がり込んできて、それから共に共和国軍人として成長していった。幼なじみ、というには少し遅かった気もするが、それくらいの付き合いだ。

 その中で初めて、その言葉を聞くことが出来た。他ならぬ、ロブ・ハーマンの口から。

 

「何度も言うが、レッツァーのことはお前だけの問題じゃない。俺もあいつは見過ごせないし、共和国のライガー乗りたちは決して度外視できない。だから――」

「ええ。私たちみんなで、あれを止めないとね」

「フッ、ようやくいつものリディアスらしくなったな」

「……これからもよろしくね、ロブ」

「ん? 何か言ったか?」

「いいえ、別に」

 

 つい小声になってしまい、その言葉は明確には届けられない。いつもの態度に、これが自分らしいのかと思うと、リディアスは少し鬱屈する。でも、それなら、

 

「そうね。いい機会だし、私から言わせてもらいましょうか」

 

 リディアスはユーゴの墓を見つめ、軽く目元を拭ってから気持ちを正す。プライベートの適度に気を抜いた自分ではなく、共和国軍大尉、リディアス・アルカディアとしての顔で。

 

「あなた、ニクス派遣部隊の責任者だったでしょう。総指揮官が現場の最前線に、しかもレッツァーの前にシールドライガーで出て行くってどういうこと!」

「うっ、それは……」

「ボーグマン少佐から言われてたでしょう。よっぽどの理由がない限りは、シールドライガーであの男の前に立つなって」

「だがな、あの時は現場に駆けつけるのにシールドライガーが一番適してて……」

「いいえ、ゴルドスの精密射撃で穴の上から狙う方法もあった筈よ。もう少し現場責任者として自覚を持って。司令官が現場に立つことでの士気向上はいいけど、あなたが倒されたら部隊は一気に瓦解するのよ。それも! 派遣部隊の総司令官であるあなたが!」

「分かった分かった! もうそれくらいにしてくれ」

「いいえ。あの時は言えなかったんですもの。この機会に、もっとはっきり言っておくべきだわ」

「勘弁してくれ……」

 

 憂鬱気に目元を抑え、ハーマンは空を仰いだ。指の隙間からさんさんと照りつける太陽光が降り注ぎ、掌だけでは抑えきれず目を瞑った。

 

「ちょっとロブ、聞いてるの?」

「聞いてるよ。そうだ、久しぶりにお前の料理が食いたいな」

「また、そうやって話を逸らして」

「お前たちの家に転がり込んだ所為かな。たまに無性にお前の料理が食いたくなるんだ。俺にとってのおふくろの味って奴でな。な、いいだろ?」

「……しょうがないわね。なら、行きましょうか」

 

 ため息を溢し、しかし清々しい顔で、リディアスは笑った。ハーマンの横に立ち、ユーゴの墓に背を向ける。

 ふと、墓石の前に備えられた花が揺れた。まるで、二人の行く末を期待するように、心配するように、しかし、杞憂だと言いたげに、花束は風に揺れる。

 

 

 

 雨の後には、晴天がやってくる。再び立ち上がれるような、気持ちを晴らす晴天が。

 共和国の空は、清々しく晴れ渡っていた。

 




 キャラクター案を読み、自然とするする上がったのが本エピソードです。思いついたものをそのまま書き出してみた次第です。
 本エピソード投稿に当たり、キャラクター案を提供していただきましたもち猫様。 メッセージでご意見をいただき、本エピソードは無事完成することができました。この場を借りて、感謝申し上げます。
 さて、次回はいつものように一月後です。それでは、今日はこの辺で。

 捕捉
 今回登場しましたセイバータイガーセルダムについてです。本機体は、グリーより配信されていたソシャゲ『ゾイド 鋼の絆』に登場したセイバータイガーのカスタム機です。セイバータイガーオルトロスという機体にグレードアップさせることができました。資料が当時の作者の記憶のみということで、武装とか機体カラーとかほぼ想像の産物です。オルトロスならわかりやすい特徴もあるのですが。

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