10月に開催した読者オリキャラ企画、その第一弾となります。
今回はもち猫様からのキャラクターです。
軽く解説させていただくと、共和国のロブ・ハーマンの幼馴染です。
シリアス成分大目な感じでお送りいたしますので、どうぞ。
暗黒大陸ニクス。
以前は人の立ち入らぬ暗黒の世界と伝えられてきた極寒の大陸だが、その噂はすでに消え去っていた。数ヶ月前、帝都ガイガロスで起きた動乱の末にエウロペを脱出したPKが起こした蜂起事件。その舞台となったのが暗黒大陸であり、
ニクス大陸の最大都市ヴァルハラは、石造りの町並みが特徴的な一昔前の都市部のようだ。コンクリートやレンガの技術が進んだガイガロスなどではもはや見られない光景だろう。ニクスはこれまで外大陸との交流を断っており、文明の遅れはそれが原因だった。
そんなヴァルハラより少し離れた平野部。突貫工事で作られた大型輸送ゾイドの発着場に、一機の大型ゾイドが着陸しようとしていた。青い機体色の、円盤のような平べったい体形。宙に浮いているそれは、まるで亀が空を泳いでいるかのようだ。
ネオタートルシップ。共和国の所有する大型輸送ゾイド。それが、ヴァルハラの発着場に降りる輸送機の名前である。
「あいっかわらずコイツは喧しいな! もう少し静かに着陸しろってんだ!」
「少佐! それは無理な話っスよ!」
「ああ? なんだって? 聞こえねぇな!」
「そりゃ、これほど喧しけりゃね!」
白髪の目立つ、すでに引退してもおかしくない年の男――アーサー・ボーグマンのぼやきにトミー・パリスは憮然と答えた。実際、パリスも輸送ゾイドの巻き起こす発着艦の音はあまり好きではない。ならば離れていればいいのだが、そう言う訳にもいかない。出迎えがないのは、色々と問題だろう。
今日は、ニクス駐在の交代なのだ。
ネオタートルシップの横合いから上下艦のタラップが降ろされ、中から責任者の二人が降りてくる。一人は金髪角刈りのがたいの良い男。もう一人は、その副官である淡い緑髪の真面目そうな男だ。
タラップを降り、アーサーの前に立つと二人は敬礼する。アーサーとパリスも、それに応じて敬礼を返した。
「ご苦労様です。ボーグマン少佐」
「いや、そっちもこんな北方の辺境までごくろうだな。ハーマン少佐」
交代でやってきたのは共和国軍少佐、その中でも飛びぬけに名の知れた男、ロブ・ハーマンである。互いに形式上のあいさつを済ませ、ヴァルハラ内に設けられた駐屯小屋に入り、一息つく。
「いやしかし、お前さんがこっちに来るとは思わなかったぜ。ガイロスとのいざこざの始末に走ってんのかと思ってたが?」
「今回のPK蜂起事件で世間の感情は一斉にPKに向けられましたからね。皮肉なものですが、あれの御蔭で和平に不満を持つ者も減りました」
アーサーが言ったいざこざとは、ガイロス帝国とヘリック共和国の終戦に関することだ。ほんの一年前まで戦争状態にあった仲だ。互いの国民は、相手国への強い憎しみを残している。
だが、ハーマンの言う通り、少しずつその感情も沈静化へと向かっていた。戦争の継続、並びに世界の支配を目論んだ大悪党ギュンター・プロイツェンの悪評に加え、今回のPK蜂起だ。戦争で大切な者たちを失った怒りは諸角の根源であるプロイツェンに向けられ、しかしそのプロイツェンは死に、その配下であったPKも全滅した。もはや、恨み憎しみをぶつける相手もいない。
少しずつではあるが、戦争の爪痕に正面から向き立ち向かって行こうという意識が、民衆の中に芽生え始めたのだ。
「尤も、全部が万事解決という訳ではありませんが」
ハーマンの副官、オコーネルが釘をさすように呟いた。
実際、いざこざが完全に無くなったわけではない。以前よりも減ったと言うだけで、今でも相手国を憎み、再び戦争をという声がなくなる訳ではなかった。プロイツェンという共通の敵を前にしたことで無理やり和解したような両国間の関係は、良好とは言い難い。戦争の爪痕が完全に消え去るには、まだ長い時間を要するだろう。
アーサーたちは簡易詰所に戻ると、設けられた会議室の椅子に腰を下ろした。引き継ぎの儀礼的な部分は当に終えている。ここからは、管理者としての情報の引継ぎだ。
「んじゃ、めんどくせぇからさっさと終わらせようぜ。トミー、頼む」
「少佐そんなこと言わないで。それでは――」
「あーちょっと待ってくれ。まだ一人来てないんだ」
話し出そうとしたハーマンが制止する。
「なんスか?」
「ああ、責任者ってことでもう一人来てるんだが、ちょっと遅れてるみたいでな」
「あれ? もう一人来るって話でしたっけ?」
「ああ。珍しくわがまま言って――」
ハーマンが苦笑を洩らしながら話し出そうとした時、詰所の扉が開かれ、一人の女性士官が入室する。小柄な女性だ。ハーマンと比べて頭一つ分小さい。清潔そうな黒髪で、長い髪を後ろで一つに縛っている。髪右眉毛の上には惑星Ziの住人特有の刺青が浮き出ている。メガネをかけ、いかにも真面目そうな印象を抱かせる女性だ。
「遅くなり申し訳ありません。リディアス・アルカディア。ただいま到着しました」
ピシりと敬礼するその態度からも、真面目な性格が窺える。もっとも、この場に居る者たちは当に彼女の人となりを把握していた。
「アルカディア大尉? どうしたんです? たしか、ニューヘリックでガイロスとの外交任務だったはずじゃ……」
「無理言ってこっちに就かせてもらったの。せっかく暗黒大陸に出向けるようになったんですもの」
「へぇ……そりゃ、意外ですね」
僅かながら呆気にとられ、トミーは瞬きをした。
リディアス・アルカディアは、共和国軍内部ではその風貌通り、真面目一辺倒な人物として通っている。軍内部の風紀を乱す者は許さない、そんな印象だ。かと言ってただの堅物というのではなく、緩める時は緩め、状況をよく見れる人物として評価は高い。
また、ある噂――というか事実――もあるのだが、それを含めても今回の行動はリディアスという人物を知っている者からすれば異例であった。
「ま、これで揃ったろ。トミー、説明よろしく」
「オレっスか!? そういうのは責任者の少佐が――」
「おれだと適当に終わらせちまうぜ。お前がやったがマシだろ?」
「あー、分かりましたよ」
半ば諦めた調子でパリスはため息を吐き、しぶしぶと立ち上がった。本来なら許されない、砕けやる気のないふざけた態度だが、ここにいるのは誰も彼も顔見知りだ。このくらいの調子は笑って許される。尤も、ハーマンの副官であるオコーネルは納得いかない様子だったが。
「そんじゃ、お三方も事前にお聞きのことと思いますが、改めてニクスでの事件について説明させてもらいます。
事の始まりは帝都でのギュンター・プロイツェンの反乱。この一件で倒れたギュンター・プロイツェンの私兵集団、PK師団がニクス大陸を占拠しました。これが露見したのはガイロス帝国がニクスに部隊を派遣したため。ガイロス帝国は、これを受けて
報告を終え、パリスは苦い表情と共に席に着いた。この戦いで、パリスはクラッツ少佐の裏切りで部隊崩壊の憂き目に遭っている。戦いの最前線、真っただ中に立っていた身だ。言葉だけでは語れない苦痛や苦悩、激闘の記憶がありありと脳裏に浮かび、その感情を隠しきれなかったのだ。
そして、その激闘は端的ながらハーマンたち三人にも伝わった。特に、魔龍ギルベイダーについては、その脅威をあらかた想像できるほどだ。
「……そのギルベイダーとは、デスザウラーと同等の存在なのか?」
「ニクスの民に伝わってる伝承からすれば、もう一体のゾイド含めて、古代ゾイドの
何気ない口調でアーサーは語るが、その脅威はハーマンたちに重くのしかかった。帝都に現れたデスザウラーは、帝国と共和国の総力を結集し、やっとのことで倒せたまさしく怪物だ。だが、所詮はそれすら本物には遠く及ばないという事実が突きつけられたのだ。
ハーマンたち三人は帝都で直接デスザウラーと相対している。その脅威を骨身に浸みるほど知っていた。だからこそ、それに匹敵すると言われるギルベイダーの脅威がよく分かった。
「それほどのゾイドを、一体どうやって?」
オコーネルが思わずと言った様子で質問する。その表情には、もしも次にそれと相対したらという恐怖も含まれていた。
「ああいうゾイドを倒すのに特化したゾイドを古代人は残してたんだ。
「そう、ですか……」
肩を落としつつ、オコーネルは腰を椅子に深く沈めた。重苦しくなった空気を、アーサーが手を叩いて吹き飛ばす。
「ま、終わったことをとやかく議論しても仕方ねぇだろ。トミー、次だ」
「あ、はい。えと――現在、我々へリック共和国はニクスの民との国交を結ぶため、復興支援を行っています。ですが、そちらは今回の戦いで中心となった
ギュンター・プロイツェンの下にはPK師団を始め多くの者が手を貸していた。その中には、戦いを生業とする傭兵も多かった。彼らは、プロイツェン亡き後も再起をかけてPKに協力しており、彼らと共にニクスにも渡っていたのだ。
PKに協力する彼らは、言ってしまえば犯罪者の一団の残党だ。当然PKでの活動などで事情聴取があり、場合によっては服役もやむを得ない。それを嫌った者たちが、ニクスで山賊行為に出ているのである。
彼らの多くはエウロペに帰り、そちらで傭兵業なり賞金稼ぎとして生きて行くことを望んでいる。だが、エウロペから大海を隔てたニクスでは、帰る手段がない。あるとすれば、軍の寄越した輸送艦に乗るのだが、犯罪者のレッテルを張られた彼らが軍に顔を出すと言うことは、出頭するも同義である。
ニクスからの脱出が叶わず、さりとて環境のまるで違うニクスでは生きる術もほとんどない。そんな彼らがたどり着いた先が、ニクスでの山賊行為だったのだ。
「山賊に落ちぶれた者たちの捕縛、か。戦争の後始末と考えれば、まぁ仕方ないな」
「名のある傭兵たちがたくさん参加していたのね。それで、駐留軍も苦労しているのかしら?」
リディアスの問いかけに、パリスは重く頷いた。実際、ニクスに残った傭兵たちは手練れが多く、ガイロスへリック両軍共に苦労しているのが現状だ。
「とりわけ、危険な奴が一人います。まだ姿は見せていませんが、彼もこのニクスのどこかで生きているものと」
パリスはパソコンを操作し、モニター画面に一人の男を映し出した。その顔写真が映された瞬間、パリスはハーマンの表情がこわばったのを見た。同時に、その隣に座っていたリディアスの眼光が見たことないほどに鋭くなる。
映されたのは、薄青の髪色をした一人の男だ。愉悦と恍惚に満たされた惨忍な笑みを浮かべ、他人を見下す心胆が見て取れる。ハーマンが何かを堪えるように拳を握り、リディアスは射殺さんばかりの視線を映像に叩きつけた。
二人の様子が変わったのを眺めながら、アーサーがポツリとその名を告げる。
「レッツァー・アポロス。PKに従軍した傭兵の中でも、飛びぬけて強力なゾイド乗りだった。こいつを捕縛することが、おれたち駐留軍の最重要課題だな」
「……レッツァー・アポロス」
小さく、リディアスがその名を呟く。その声音には、自身への苦悩と憎悪、そして、哀しみが秘められているように、パリスは感じた。
引き継ぎの会議を終え、ハーマンたちは詰所を出た。外ではネオタートルシップから降ろされたハーマンの部隊のゾイドを格納庫に収納、その整備などが慌ただしく行われている。また、交代で撤退するアーサーの部隊のゾイドの積み込みも進んでいた。
「オコーネル、アルカディア、あいつらの指揮を頼む。明日からは捜索任務だ。早めに済ませて、みなにたっぷり休息を取らせておけ」
「はっ」
「了解しました」
二人が応え、それぞれ去って行くのを見届け、ハーマンは難しい顔つきで息を吐いた。ニクスの冷気が身体を震えさせ、吐息は降り積もった雪と同じ白さで天へと昇って行く。そして、空は今にも雪が降りそうな怪しい雲行きだ。
「また、降って来るのか」
南方のエウロペで育ったハーマンたちにとって、雪は非常に珍しい。今回の部隊に所属するメンバーも、雪を経験したことが無い者がほとんどだろう。
「そういえば、あの日もこんな天気だったな。雪ではなかったが……」
ふと思い出した記憶は、ハーマンにとって苦い記憶だった。そして、それはリディアスにとっても同じ――いや、それ以上に苦い記憶であることは間違いない。
「なぁ、兄貴」
遠慮がちに話しかけて来たのは、トミー・パリスだ。すでに軍隊の気質が必要な事項は終わっており、パリスは普段の飾らない言葉でハーマンを呼ぶ。
「ん?」
「さっきの……アルカディア大尉のことなんだけどさ」
「リディアスが? どうかしたのか?」
「いや、会議の時によ、なんか、すごく険しい顔つきだったってか――兄貴も同じ感じだったからさ。気になって……あの、レッツァーと何かあったのか?」
パリスの言葉に、ハーマンはつい苦笑を洩らした。よく見ている、いや、自分たちがあからさまに感情を表に出してしまったか。情けないことだ。だが、あの男の顔を前にすると、それを押えられないのは仕方ないのかもしれない。ことに、リディアスは。
「まぁな。お前がまだ士官学校生の頃か……いや、もっと前だな。俺が共和国に入隊してすぐのことだ。まだまだ若造の、准尉だった頃の話さ」
記憶の片隅に、忘れられない記憶として残されているそれを思い返し、ハーマンは空を見上げた。
「あの日も、こんな曇天の空だったな」
ハーマンに釣られて空を仰ぐと、ポツリと雨が頬を叩いた。いや、やけに固い。氷が降ってきたのだろう。ニクスの極寒の環境では、雨など降らない、それより固く、痛みを伴う粒が、責めるように叩きつけられるのだ
「……あの日?」
「ああ…………、アルカディア大尉…………」
ポツリと呟いた名は、リディアスのことを指しているわけではなさそうだ。誰か別の人物を、ハーマンにとって忘れがたい人物のことを見ているのだろう。
その感覚は、パリスにとって他人事ではなかった。パリスも、度々思い出すことがあるのだ。記録に残らない、されど惑星Ziの存亡をかけた絶望的な戦いを。その末に散った、脳に焼きついた上司の姿。エル・ジー・ハルフォード准将を思い出す時の自分は、今のハーマンと同じような顔をしているだろう。
部外者が首を突っ込む話題ではない。パリスには、それがよく分かった。
「……そっスか。そいじゃ、オレはそろそろ行きますよ。明日の朝一で共和国に帰りますし、今日は早いとこ寝ちまいます。ニクスのさみぃ夜はこりごりだ」
「ふっ、そうか」
ハーマンは小さく息を吐き、しばし考え込む。氷はだんだんと強くなり、早く宿舎に入らないと寒さと痛みが耐え難くなってしまう。しかし、ハーマンはしばし空を見上げていた。
注意を呼びかけるべきかと思ったが、パリスは思いとどまる。尊敬する兄貴の邪魔をしてはダメだろう。普段から真面目で、あまり考え込むことの少ないハーマンだが、こうしてぼんやり思考に没頭するときもある。
「トミー」
パリスは足早に宿舎に向かい始める。だが、その背をハーマンの声が呼び止める。なんだろうかとパリスは振り返る。思考は、もうほとんどこの場から離れた後のことに向いていたため、その呼びかけはかなりの不意打ちだった。
「なんスか?」
ハーマンは呼びかけたまましばし固まり、しかしなにか決意したように言った。
「……お前を俺の弟分と見込んで、一つ頼まれてくれないか?」
***
アーサーたちニクス派遣部隊が交代し、帰還してから三ヶ月が経った。元々数が多くない傭兵崩れの山賊たちは少しずつ、しかし確実に数を減らしつつあった。
そもそもPKに同行した傭兵たちは、どちらかと言えば傭兵たちのコミュニティの中でも外れた者たちだ。暗殺や秘密工作など、言うなれば傭兵というより裏稼業の者たちと言ったほうが早い。PKの真の指導者だったギュンター・プロイツェンがそういった人種であったことも一理あるが、それゆえに数はそう多くなかった。逆に、腕利きが揃っているということでもあるが。
「ふぅ……」
一息つき、リディアスは愛機シールドライガーDCS-Jのコックピットで腰を深く沈めた。
「アルカディア大尉、お疲れ様です」
「ええ、あなたたちもご苦労様」
隊員たちと言葉を交わしながら、リディアスは倒した敵機を眺めた。エウロペでは見かけない狗型のゾイドだ。コマンドウルフに似ているものの、その力はコマンドウルフ以上だ。油断できない相手であり、実際部下のガンスナイパーが一機撃破された。幸い中破で済んだものの、当たり所が悪ければ大破、最悪廃棄せざるを得ない状況だった可能性もあり得る。
自分もまだまだだと心に戒め、部下に撤退の指示を出すべくマイクを掴む。
「さ、みんな、引き揚げましょう」
「はっ」
部下たちが指示に応え、捕らえたジークドーベルのパイロットをグスタフの荷台に積まれた護送用のコンテナに連れて行く。山賊たちの掃討が完了し、これで一息だろう。そう思い、リディアスはふと眼前の光景に目を移す。
巨大な大穴が口を開け、その底には一体の巨大なゾイドが崩れ落ちていた。まるで一個の要塞ではないかと思うほどの巨体は、ホエールキングやネオタートルシップに匹敵するほどだ。しかし、機体の全身に装備された武装は、それが圧倒的な力を有していた戦闘用のゾイドであることを物語っていた。その機体は完全に停止している。それなのに、ゾイドの死を物語る石化現象が起きていない。だが、眠る様に穴の底で伏せっている機体は、不思議と二度と動かないだろうと悟らせた。
「……ギルベイダー、ですか」
「ええ」
部下の一人が乗るコマンドウルフACが近寄り、リディアスのシールドライガーDCS-Jと同じように大穴の底を見つめた。
「倒した、ってことなんですよね」
「そう聞いてるわ。それに、今動いたらどうしようもないわ」
「そんなこと言うと、ガタッて動き出したり……」
「やめなさい、縁起でもない」
「へへ、すいません」
上司であるリディアスへの軽口は本来ならば許されるものではない。リディアスも場所が場所であれば厳しく罰していた。だが、今は戦闘が終わった後。言うなれば仕事終わりである。その上、現場は本国から遠く離れた辺境の大陸のそのまた辺境。階級がどうのと喚く上官はおらず、リディアスが黙認すれば済む話。
部下もそれが分かっているからこそ軽口を叩き、リディアスもその意図を理解しているから咎めることはない。
「さ、私たちも帰りましょう。あなたもサボりは許しませんよ」
「はっ、失礼しました」
部下はピシリとした言葉遣いになり、モニター越しに敬礼を返すと通信を切る。そしてグスタフたちの方へと向かい、帰路に就いた。いつまでも魔龍に目を奪われていてもいけない。リディアスもシールドライガーDCS-Jの踵を返し、部下たちの後ろを追って帰路に就く。
さて、帰ってからはどうしようか。今日の行動をまとめ、指揮官のハーマンに報告する。……ついでに夕食を誘ってみるのもいいかもしれない。
しかし、軍の食堂は味が良くない。派遣部隊である所為か、本国のよりも余計に味が悪い。コックは「ニクスの食材に慣れてないからだ」と言い訳していたが、ヴァルハラで出会った少女が振舞ってくれた手料理はなかなかのものだった。……その少女がニクスの顔となる巫女、マリエス・バレンシアと知った時は大いに慌てたが。
それはさておき、どうせなら久々に手料理を作ってあげると言うのもありかもしれない。
ハーマンは昔、実家を抜け出してはリディアス達の家に来ていた。軍人になるため、軍に努めていたリディアス達の父に軍属としての手習いをしてもらっていたのだ。その時に何度か手料理を振舞ったことがあるのだが、今でも彼は覚えていてくれるだろうか。
――ううん、言い出せそうにない
浮かんだ計画を、しかしリディアスは頭を振って捨てた。ハーマンの前に立った自分を想像し、何度やっても成功した試しがなかった。軍内の同僚としてなら話が出来るのに、どうしてプライベートだと口が重くなるのだろう。
だからと言って、簡単にこの意志を捨てることはできない。できるわけがない。家出したハーマンが家に転がり込んできた、その時から秘めて来た想いなのだ。
先日、アーサーの部隊に居たマミ・ブリジット少尉から定期通信があった際に言われたこともあった。「ブルーガーからの伝言です『頑張ってください。……ハーマン少佐と』だそうで」とのことだ。ブリジット少尉はまたいつもの奴ですよと笑っていたが、マリン・ブルーガーはそう言うところにかなり首を突っ込んでくる。海軍所属の癖に、陸軍のリディアスにそんな話題をふっかけてくる当たり、彼女にもいずれは一言二言言わねばならないか。
ともかく、今日はハーマンと二人で夕食だ。それができれば、ひとまずノルマ達成。そう己の心に刻み、リディアスは決意を固めて歩き出す。
だが、その決意は全く別の形で活かされることになるのだ。
――……なに?
背を向け、しばし歩いたところでリディアスは足を止めた。シールドライガーDCS-Jが、何かを察知した。ほんの微弱な、瓦礫が崩れただけのような、溜まった雪が流れ落ちただけのようなもの。だが、リディアスの勘がそれを見逃させない。
「A隊コマンドウルフ、二機ほどこっちに来て」
リディアスの指示に答え、最後尾にいた二機がリディアスの下に駆け寄る。残りの部隊員も、その場に止まり指示を待った。
「さっき、何かが居るみたいな感じがしたの。念のために辺りの索敵を」
「はっ」
「……了解」
一人は先ほど軽口を交わした男だ。もう一人は、ニクス到着後にリディアスの隊に配属となった男だ。あまり顔を見せず、必要最低限の声しか発さないおかげでリディアスも詳しいことは知らない。ただ、
コマンドウルフはゲーターなどの本格的な索敵ゾイドには及ばないものの、並みのゾイドよりは高い偵察・索敵の能力を有している。野生のオオカミが臭いで獲物を探し当てるように、僅かな情報だけで必要な情報を探り出す。
やがて、付近を捜索していたコマンドウルフの一機がリディアスの下へと戻ってきた。
「大尉、あの大穴の底なんですが、何か潜んでいるみたいです」
「何か?」
「ええ、断定はできませんが……ジークドーベルかと」
「デスキャットの可能性は?」
「ありますね」
デスキャットはPKの兵士が主に運用していたが、一機だけPKの連れていた傭兵の手に渡ったらしい。まだ捕らえられておらず、可能性は十分にあった。
「……分かったわ。B・C隊はグスタフを護衛しながらタートルシップに帰還して。B隊からガンスナイパーを二機こちらに。A隊は私と一緒に。確かめて来ましょう」
リディアス率いる部隊のA隊は主力部隊だ。シールドライガーMK-2を小隊長とし、コマンドウルフACを加えている。仮にデスキャットであれ、シールドライガーMK-2とコマンドウルフAC、さらにリディアスのシールドライガーDCS-Jが控えている。万全の体制だ。
「行きましょう」
リディアスの指示が下った瞬間、二機の獅子と青の狼たちは一斉に駆け下りた。大穴はところどころに遺跡の建造物が顔を出している。運動性能に優れた高速ゾイドはもちろん、ガンスナイパーもそれを足場に駆け下りることは容易だ。
そして大穴の底、ギルベイダーの翼と思しき場所に着地した時、背中のビームスマッシャー基部からそれは現れた。
デスキャットだ。引き継ぎの時に聞いた情報通りの姿。潜んでいた場所も予想通りだった。すぐにコマンドウルフたちのAZ2連装250mmロングレンジキャノンが唸りを上げ、不意を突いたはずのデスキャットの装甲に弾丸が叩きつけられる。いくらデスキャットと言えど、最新鋭の二連装ロングレンジキャノンの直撃を数発も喰らえば小破は避けられない。ビームスマッシャーの基部に身体を叩きつけられ、よろよろと立ち上がる。
「トドメは俺がやります!」
一機のコマンドウルフが前に出た。エレクトロンバイトファングを閃かせ、首筋目がけて走る。
その時だった。
ビームスマッシャーの背後からその上に乗り、さらに跳躍するゾイドが一体。落雷のような速度とパワーでコマンドウルフACに飛び掛かり、一撃でギルベイダーの背中へと叩きつけた。ボロボロの爪がコックピットを叩き割り、爪が赤く染まる。
そのゾイドは、猛虎だ。緑色の塗装が所々剥げその下には黒々とした機体色が浮かんでいた。機体を象徴する牙は健在で、背中にはミサイルとウィングバランサーを備えたアサルトセットが装備されていた。だが、それも後部のウィングが砕け、その下からは別の武装が生えるように備えられていた。
猛虎を瞳に宿した瞬間、反射的にリディアスは固まった。部下を殺されたことへの怒り――それが湧き上がるよりも早く、ボロボロの爪と牙が見せつける歴戦の覇者の風格が、死の恐怖を叩きつける。そして、連鎖反応のように、リディアスの中で
「キサマ!」
先に動いたのはシールドライガーMK-2だ。Eシールドを張り、体当たりを仕掛ける。背後のデスキャットごと仕留めようと言う魂胆だ。だが、それは無意味な特攻だった。
『……よえェ』
猛虎が右足を振うと同時にEシールドが砕ける。眼前まで迫って、しかし必殺の盾をあっさり砕かれた獅子は驚愕に思わず足を止めようとしてしまう。その小さなミスが己に死をもたらすと気付いたのは、全てが終わった後だった。
目の前に現れた獅子の頭に牙を突き立て。戻した右足に代わって左足を獅子の口内に突き込む。爪が帯びた電磁がコックピット内を揺さぶり、獅子は地に伏す。猛虎は、その獅子をなんでもない風に前足で踏み砕いた。
『シールドライガーか。おめェら、よえェ獅子に用はねェンだ。オレ様が喰らいてェのは……名のある獅子だ。そう――』
顔を上げた猛虎は、まるで愉悦に満ち溢れているかのようだった。ニタリと笑みを浮かべ、惨忍に笑う
『てめェだよ。
狂気の
襲い来る狂気と湧き上がる恐怖。コマンドウルフのパイロットたちが恐慌に包まれる中、リディアスはあえて一歩踏み出した。恐怖と狂気を、叩き伏せるために。待ち望んだ、この時に。
「やっと……見つけた!」
主の想いに応えるように、執念に燃える獅子が吠えた。
今の主のために。そして、嘗ての主のために。