小説作家あるあるに入ったりするかなぁ、これ。
では、後編です。
待ち合わせは、ニューへリックシティの中心にあるゴジュラス像の前だ。共和国の象徴にして、様々な層からの支持も厚いゾイド、ゴジュラス。その威光は、多くの人々の羨望の的であり、待ち合わせの目印にも最適だった。
ゴジュラス像の前で、そわそわと両手を擦り合わせながら、リーリエは待っていた。一時間も前から。
約束の時間の五分後、彼は現れる。
「バン君!」
「悪い! ちょっと遅くなっちまった」
現れたバンは、初めて学生寮に来た時の私服姿だった。彼自身も着慣れているのだろう。砂漠の真っただ中をホバーボートで疾走する姿が容易に思い浮かび、リーリエは僅かに――ほんの僅かだが――妄想の笑みを浮かべる。
普段からバンに付き従っているオーガノイドのジークの姿はない。ジークは、事前にレイに掛け合い、離してもらうよう頼んでおいたのだ。おそらく、レイは何事かと理由をつけてジークを連れだしたのだろう。
「バン君の服って、前もそれだったね。似合ってるよ」
「サンキュー。つっても、服とかよく分からねぇしさぁ。適当に持ってる奴から選んできたんだ。パリスさんに締まらないとか言われたけど……」
「そ、そんなことないよ。すっごくバン君らしいって!」
どうやら、バンの方にはパリスが服装チェックを行っていたらしい。強引な誘い方だったとはいえ、リーリエにとってこれはデートだ。
対するリーリエの今日の服装は、彼女の持つ服装の中でも数少ない私服だ。鍔広の帽子を被り、南国の南エウロペ大陸も少し肌寒くなってきたためにゆったりとした上着を上に羽織る。下は膝が少し見える程度のスカート。
あの相談の後、リーリエが所有している私服からブルーガーとブリジットの選定を受けたのちに選ばれたものだ。
「それじゃ行こうぜ。買い物ってどこ行くんだ?」
「あ、ううん。荷物がかさばっちゃうから、先にどこか見て回ろうよ。バン君は行きたいところとかないの?」
「行きたいとこ?」
リーリエはバンのことを良く知っている訳ではない。出会ったのは半年前、バンが士官学校に入学した時だ。ゾイド好きであること、ゾイド乗りとして成熟する夢を持っていることは知っているが、それ以外はからっきしだ。
バンは腕組みをし「うーん」と唸り、一分ほどで何か思いついたように顔を輝かせた。
「あ、そうだ! 一個行ってみたいとこがあるんだ。前に来た時はゴタゴタしては入れなかったからさ」
「じゃあそこに行こうよ!」
こうして、バンの意志は関係なしに、リーリエのデート大作戦は始まったのである。
「すっっっげぇ~~~!!!!」
バンはまるで子供のように歓声を上げ、それを見上げていた。
ヘリック共和国ゾイド博物館。ここには第一次エウロペ戦争で使われていたゾイドやそれ以前の生活で使用されたゾイドが展示されており、共和国の発展の歴史を見ることが出来る場所だ。
展示されているゾイドは、すでに活動を停止したものたちで、完全に石化している。しかし、時を経てなお健在な姿は、嘗てそのゾイドが惑星Ziを闊歩し、空を覆い尽くした現実を教えてくれた。
「バン君、ちょっと静かにしないと、他の人たちに迷惑だよ」
「あ、わりぃ……」
リーリエに苦笑しながら窘められ、バンは気恥ずかしげに後頭部を掻いた。しかし、湧き上がる興奮を抑えられないのか、やはり瞳を煌めかせながら展示されるゾイドたちを見上げた。
「サラマンダー、だね」
「ああ、共和国で昔使われてた大型戦略爆撃ゾイド。惑星Zi史上最大の空戦ゾイドで、コイツに比肩する空戦能力を持つゾイドがいなかったことから『空の王者』って呼ばれてたんだ。元々個体数が少なかった上に、第二次惑星Zi大異変の影響で野生体がほとんど死滅しちまって、共和国で今も運用可能な状態なのはただ一機だけ。数が揃ってれば戦争が長引くこともなく、共和国の勝利だったとも云われてる。それに……」
「バン君、良く知ってるね」
「もちろんさ! でも、もっと昔の惑星Ziだったらサラマンダーを上回るゾイドも居たんだぜ。ガンギャラドとかオルディオスとか、そういう伝説的なゾイドだけどな。そいつらを除けば、今だって空の王者はサラマンダーさ」
リーリエは内心舌を巻いていた。普段、座学となれば居眠りの常習犯であるバンがここまで詳しくゾイドについて語るのだ。士官学校でのバンの姿を知っている所為か、今日のバンは余計に違って見えた。そして、同時に輝いても見えた。
「俺、ゾイドの事とかもっと知りたいんだ。だから、アバロン中佐が教えてくれる歴史とかすげぇ面白くてさ――ほら、そこのビガザウロとマンモス。あいつらは戦争初期に使われてた大型ゾイドで、マンモスはパワーならゴジュラスにも匹敵するくらいなんだ。ただ、マンモスは元々寒冷地に適応していた野生体を引っ張ってきて運用してたから、エウロペの環境には合わなくて戦線を引退したって。ビガザウロはゾイドが戦争に使われ始めた初期の母艦だった、かな?」
次々にバンの口から飛び出す内容は、ゾイド研究の専門家には遠く及ばない。まだまだ足りない部分は多い。だが、バンが熱心にゾイドの事を学んでいるという事実が良く伝わってくる。
「バン君。お父さんがね、その熱意をもう少し戦術論にも傾けてほしいって言ってたよ」
「そ、それは……だって難しいんだぜ。戦術って。クルーガーのおっさんの説明ってなんだかんだでややこしいし……」
言いにくそうに言葉を濁し、バンはその場を離れる。
二人はその後もしばらく見学を続けたのち、博物館内のカフェで一息入れることにした。リーリエの私的な買い物に付き合うという目的のための小休止である。
昼食を終え、食後の飲み物が届けられる。バンはカフェオレ、リーリエはミルクティーだ。
「ここのミルクティーって美味しいって評判なんだ。だから、一回飲んでみたくて」
「へぇ~俺もそっちにすれば――って、俺紅茶あんまり飲んだことないんだよな」
「そうなの!? それはもったいないよ! 人生の半分以上を損してるって!」
リーリエは掌で机を叩き、力説を始める。
「紅茶は地球から持ち込まれた文化の中でも至高の一つ! 茶葉の僅かな違いだけでもいろんな味が楽しめるし、合わせるスコーンを変える楽しみもあるんだよ! 小休止のひと時を有意義に演出してくれる、コーヒーよりもずっと――」
「待て待て! リーリエ興奮しすぎ、ちょっと落ち着けって」
慌てて手で制するバンに、リーリエは我に返って周囲を見渡した。拳を握りしめるリーリエの様子に、周りの人たちがぎょっとした様子だった。それに気づき、リーリエは顔を真っ赤に染めながらうなだれつつ席に着いた。
「ご、ごめんなさい……紅茶のことだとつい……」
「ああ……なんか、普段とのギャップがすごかったな。そんなに好きなのか?」
「うん。お父さんに根強く教え込まれたから、かな」
「お父さんって……クルーガーのおっさんが?」
疑問気なバンの言葉にリーリエはやんわりと首を振る。バンを士官学校に入学させたのはクルーガーであり、バンはクルーガーという人物をそれなりに知っている。だが、リーリエとクルーガーの関係までは知らない。
いい機会だということもあり、リーリエは話し始めた。
「私ね、ガイロス帝国で生まれたんだ」
「え?」
「ガイロス領の、ヘリック共和国との国境付近の村。もうずぅっと前に戦争で焼けちゃって、残ってないけど。私が三、四歳くらいの時だよ。その時に今のお父さんに拾われてこっちに来たんだ」
リーリエの父は、ガイロス帝国に志願した一兵士だった。暮らしは困窮しており、また父の生まれが災いしてまともな職に就けなかったため、リーリエの父は己の身を犠牲にする志願兵となったのだ。それが、災いだった。
ガイロスとヘリックのいつ終わるともしれぬ戦いは、リーリエの生まれ故郷を巻き込んでしまう。リーリエの父は別の戦場で戦っており、家族の危機に駆け付けることができなかった。目の前で崩壊する家屋に巻き込まれた母を、リーリエは救い出せなかった。
貧しくも暖かな暮らしを送っていたリーリエは、一転孤児となる。そこを、今の父である共和国の名将リーデン・クルーガーに拾われ、そして今日ここに至るのだ。
「……そっか。変なこと聞いちゃったかな」
「そそ、そんなことないよ。全然! 私がお父さんのことを覚えてるって言ったら、帰った時に口が酸っぱくなるくらい紅茶談義をさせられたことだけ。もうとにかく紅茶の事しか話さないんだよ! いちよう兵士だったはずなのに、そういう部分は全然教えてくれない変人なんだもん。……でも、おかげで私も紅茶好きになったんだよね。お父さん、戦争の時も紅茶のこと考えてたのかなぁ」
ふと話した父のことを思い出すと、紅茶の味も少し変わってくる。懐かしい父が入れてくれた紅茶の味は、今でも舌に残っていた。ほどよい温度に温められた紅茶は喉に優しく、父が選んだ茶葉がブレンドされ、飲むたびに味が変わる不思議なものだった。茶葉の量や細かい違いがあるのだろう。だが、そのどれもが記憶に残るほどの美味しさだった。
「リーリエは、その紅茶好きの父さんのことを想って士官学校に来たのか?」
「ううん、私がここに居るのはお父さん、リーデンお父さんの恩返しなんだ。お父さんはもう引退寸前くらいの年なのに、まだ必要とされてる。でも、お父さんだって、もう隠居したいくらいだから、私がお父さんの代わりを務められたらなぁって」
リーリエの故郷を壊滅させた共和国のことは憎かった。だが、自分を拾い、愛情を注いでここまで育ててくれたリーデン・クルーガーをも否定することはできない。だからこそ、リーリエはその恩返しのために共和国の兵士になると誓ったのだ。
そんな誓いも、今やデートの口実になっているような気がするのは気が重い。
……そう、今日はデート目的で来ているのだ。この話は、そういった浮ついた場面ではあまりにも似合わない。
「あ、ごご、ごめん! 私、また変な話しちゃって……でも……」
「ありがとな、リーリエ」
「え?」
唐突なバンの言葉に、リーリエは目をぱちくりさせた。
「けっこう辛い事だろ、その話。話してくれてありがとな。……俺もさ、父ちゃんが死んだって聞いた時、すっげぇ辛かったし、殺した帝国の奴等や、ゾイドが憎いとも思った。今だって、学校でうまくやれてないことにイラついてんだ。俺は父ちゃんみたいなゾイド乗りになりたくてここに来たんだ。なのに、あいつらはどうして俺を避けるんだ、そんなに俺が邪魔なのかよって。――違うよな。そんなことに気を盗られてる時間があったら、もっと俺の目的に集中しろって話だよな。目的とは別のことに意識盗られるなって。サンキュー、リーリエ」
そう言い、笑顔を向けたバンに、リーリエは顔向けできない。今日は、その別の事を目的に連れ出しているのだから。
だが、これは良い傾向ではないだろうか。こうして自分たちの過去を語り合うことで、相手のことを良く知れる。近づける。それは、精神的にも距離が縮まり、やがて……、言えるかもしれない。リーリエの、己の、本心を。
初めて士官学校に来たバンを見た時。父クルーガーに連れられ、興味深げなクラスメイトの視線にさらされ、緊張しながらも挨拶したバン。そんな、言うならば初々しく、しかし何か目的を見据えた、炎を灯した瞳。
そのバンを見た瞬間、リーリエが自覚したその想いは……まさしく……初恋!
今なら、その距離を詰め、言えるのではないだろうか。この半年間秘めてきた、色あせないその想いを……。
――ちちち、ちがーう! 私はなんてこと考えてるのよ! そんな打算とか今の状況に合わないって! いや、合うとか合わないとかそういう事じゃなくて……あーもう!
「リーリエ……?」
「ううん、なんでもない! バン君。そういうことなら今日は目いっぱい楽しもうよ! クラスの人たちの事なんか忘れて、明日からの訓練や講義に身が入るように、今日はしっかり羽目を外そう! ね!」
「お、おう……」
若干バンに引かれている。だが、今のリーリエにはそれを気にかける余裕はない。この時間をいかに有意義に、そして今後の自分とバンの関係を近づけるために、そのために消費するのだ。
シリアス路線に逸れたが、ここから先は恋人ロードに引っ張り込むのだ。
そう無理やり思考を切り替えて、リーリエはバンを引っ張る様にして移動を開始する。この後の予定は買い物だ。男性のバンには少しつまらないかもしれないが、カップルらしい休日の過ごし方だろう。これで、少しは
***
「バンくーーーん……?」
少し熱を入れ過ぎた。
リーリエは年に似合わず、発育はいい方だ。ブルーガーに指摘されたそれを思いだし、自身の長所をアピールするようにショッピングを楽しんだつもりだ。
バンは私服が少ない。そこも考慮し、バンの服選びにも気を使ったつもりだ。実際、バンも自身も成長期に達し、私物の服が合わなくなっているのを悩んでいた。そこを突いての一緒に服を探したりもしている。結果的に、バンも気に入った服を一つ見つけている。私服ではなく軍服なのだが、それをバンの好みに合わせてカスタムしたものを頼んでおいたのだ。腹筋が露出するなかなかに大胆な格好だったが、軍人として鍛えているバンにはぴったりだとも思えた。
そうして、リーリエが思う恋人らしい一日を満喫できた。だが、気付けばそのバンがいなくなっていたのだ。
自分の服選びに熱中し過ぎただろうか。己の失態にため息を漏らし、露天を巡る。
ニューへリックシティはヘリック共和国の首都だ。しかし、まだまだ発展途上の国の発展都市と言わざるを得ない。
記録に残る先人の故郷である異星の先進国では、建物一つがまるごと商店である「デパート」と呼ばれる建物が存在したらしい。だが、惑星Ziの商業レベルはそこまで達しておらず、買い物となると町の一角にある商店街を歩き回ったり、専門店でじっくり眺めたりする程度だ。
「飽きて帰っちゃったのかな……」
すでに商店街には夕日が射しており、歩き回る客もかなり減っていた。食料品の売られているエリアはごった返しているかもしれないが、リーリエの居る衣料品のエリアはそろそろ店じまいだ。
一日中歩き回って、少し疲れたような気がする。適当なベンチを見つけ、そこに腰掛ける。
――何やってるんだろ。私。
今日は疲れた。普段から控えめな性格のリーリエにしては、少し無理をしすぎたかもしれない。自身のプロポーションを意識したような服を選んでみたり、バンと一緒に博物館ではしゃいだり……。
バンは高速ゾイド乗りだ。それは、数回ほどあったゾイドの実戦訓練で証明されている。扱いの難しいと言われている高速ゾイドを、バンは最も得意としている。他のゾイドの操縦ではムラがあるのに対し、高速ゾイドだけはクラスでもトップの腕を持つ者たちと渡り合えるほどに優れていた。そして、実戦形式の演習では――特に個人戦ではバンの勝利は揺るがない。ブレードライガーだったら、手も足も出ないだろう。
リーリエは高速ゾイドが苦手だ。多少は乗れるものの、一般の兵士に要求されるレベルを僅かに下回る程度。それよりも、ゴルドスなどの電子戦ゾイドの方が得意であった。
軍人となったら、配属は別の部署となるだろう。会う機会も、今ほどではないのは確実だ。
バンははみ出し者だ。士官学校のクラスメイトからは良く思われていない。座学では居眠りの常習犯。だが、それは彼が遅くまで勉強をしていることの裏返しだ。付き合って予習復習に付き合っているリーリエだからこそ分かる。
いずれ、バンはクラスの誰よりも優秀になるだろう。それは、遠い未来ではない。だからこそ、近しい関係にある今のうちに……。リーリエは、焦ってしまっていたのかもしれない。
そんなことを考えながら顔を上げると、ちょうど渦中の少年がこちらにやってきたところだった。
「バン君……」
「どーこ行ったかと思って探したぜ」
「それは、バン君の方が見えなくなっちゃって……」
「そうだっけ? ま、いいや。それよりほら」
夕日がまぶしくてバンの表情は良く見えない。手で目を守りながらリーリエはバンの差し出したそれを受け取る。果実だ。
「パパオの実?」
「おう! 俺これが大好きでさぁ、疲れた時はコイツに限るんだ」
パパオの実は、実はニューへリックシティでは珍しい木の実だ。砂漠地帯でしか自生せず、その食べ方は干したり小麦粉と混ぜて保存食にするなど加工品が多い。実際、リーリエも加工したパパオを食べたことはあるが、そのまま食べたことはない。
祭の日には溶かした砂糖をまぶして生で食べることもあるが、あれは祭などの大きな催し物でないと売られない。さらに言うと、リーリエは手がべたつくのを嫌ってあまり好んでいなかった。
「でもこれ……」
「意外と知られてなかったんだけどさ、パパオって柔らかくなった奴をそのまま食うのがうまいんだ。ジャムとか飴とかにしたりもあるけどさ、俺はそのまま食うのが断然好きなんだぜ」
そう言って、バンはパパオの実にかじりついた。見るからにおいしそうに食べるバンに釣られ、リーリエも一口齧る。
「おいしい!」
「だろ!」
バンはすでにパパオを食べ尽くしていた。名残惜しげに指に残った後味を楽しむ。リーリエも同じように食べ終え、二人は商店街を離れるべく移動を始める。
「今日、ありがとな」
「ううん。私の方こそ、途中からバン君のこと忘れちゃって」
「そんなことないぜ。こっち来てから勉強の毎日だったけど、偶にはこうやって遊ばねぇと息が詰まるよ。みんな俺のこと避けるし、クラスにリーリエが居てよかったよ」
バンの何気ない一言に、リーリエは頬が赤くなるのを感じた。幸い、夕日の御蔭でそれが気づかれることはない。だが、これは幸いと言っていいのだろうか。バンの片手には、買った服の袋が提げられている。だがもう片方は――リーリエの側の手は、空いたままだ。
背中を夕日に射され、心の奥まで熱を注入されているような気がする。チャンスは、ここだけだ、ここだけなのだろう。
「そうだ、今朝トミーとレイ――ああ、トミー・パリス中尉とレイ・グレック少尉に会ってさ、夜になんか食べに行こうって話があるんだよ。二人の知り合いも来るとかで、リーリエも一緒にどうだ?」
「う、うん! 行くよ、行こう!」
「おう。じゃ、急がねぇとな。もう約束の時間だ」
トミーとレイ。二人の誘いは、おそらくブルーガーとブリジットからの差し金だろう。今日の成果を早速聞こうというわけだ。今回の計画からアドバイスまで、手を尽くしてくれた二人だ。どうせなら、嬉しい報告がしたい。そして、そうなったらリーリエはどれほど喜べるだろう。
「バン君」
リーリエは、誰かに促されるようにその手を取った。バンはさして気にせず、続きを待っている。
心臓が熱くなる。喉にダムが作られ、言葉が出せない。
言いたい、でも言えない。だけれど、今言わないとダメな気がする。取り返しがつかないことになる気がしてならない。それでも、言えない。
いや――言うんだ。
「バン君!」
「な、なんだよ」
語気を強め、バンが僅かに狼狽する。二人の距離はかなり近い。発育のいいリーリエのそれが、バンに当たりかねないほど近かった。
覚悟を決めたろリーリエは、その羞恥心を振り払う。
「あのね、バン君。私、どうしても言いたいことが……」
「お、おう」
「私、私、バン君のこと……ずっと、ずっと――!」
「グゥォオオ!」
決意した意志の糸が、急速に垂れた。機械的な声の主、彼はリーリエの崩れ落ちるような調子に首を傾げつつ、主に駆け寄る。
「ジーク!? どうしたんだよ。今日はレイと一緒で――ってレイ?」
「あんまり遅いから、ジークが探しに飛びだしたんだ。それを追って――って、リーリエ?」
現れたレイはリーリエの様子に首をかしげる。その後を追って現れたパリスは「あちゃぁ」といったように額を押さえた。
意外な伏兵。まさか、そんなことで邪魔されるとは。せっかく覚悟を決められそうだったのに。
だが、リーリエは少しありがたく思っていた。
怖くもあったのだ。もし今告白して、バンとの関係が様変わりしてしまったら。断られてしまったら。そう思うと、口に出すことが怖くて仕方ない。
今なら、仲のいい友人で居られる。そこを越えるとどうなるか、リーリエには、まだ怖かったのだ。
だから、
今はもう少し、
もう少しこのままでも……。
硬い背中に揺られ、微睡の中でリーリエは目を覚ます。
覚ましたかどうかは、謎だ。リーリエの意識は、今も揺れる白銀の小ゾイドの背中にあった。
――バン、くん……?
微睡の意識の中、リーリエの視界にはバンが映った。ついで、思考もいくらか戻ってくる。パリスたちの食事会という名の飲み会に付き合い、疲れからか、それともブルーガーに無理やり飲まされた所為か、リーリエはすぐに酔いが回って眠ってしまったのだ。その介抱と見送りを、バンがやっているということだろう。
「ジーク。リーリエを部屋まで連れてってくれ。俺は……ほら、あいつに電話しないとだからさ」
ジークが反応し、ガシャガシャと歩き出した。ただ、ジークも主が気になるのだろう。歩みは遅く、止まっては振り返り、一歩進んでは止まり。それを繰り返す。
場所はリーリエたち士官学校の生徒の寮ではない。その一階。通信室だ。そして、電話に出たバンの声がリーリエの耳に届く。
「――悪かったって。パリスたちに付き合ってたらすっかり遅くなって」
『……そう。それで、楽しかったの?』
「そりゃもう。あ、学校の方もなんとかやってるぜ。仲のいい奴も出来て、今に最高のゾイド乗りになってやるさ」
『そう、頑張ってねバン』
「おう。そっちは?」
『ゾイドイヴの手がかりは、少ないわ。ドクターディの仮説だけど、ゾイドイヴは本当にイヴなのかっていう話が……正体が掴めないの、ちっとも』
「うーん、なんか難しい話だな。とにかくだ、そっちも頑張れよ、フィーネ」
『うん』
「あ、そうだ! 実はさ……」
楽しそうな声だ。この半年の中でも、最も楽しそうな、バンの声だった。今まで、聞いたこともない。
聞きたかった。バンが、周りを意識して自分を押さえるのではなく、存分に語り、笑顔を浮かべるその姿を。
見たかった。満面の笑みで語るバンの姿を。
聞きたかった。はしゃいで語るバンの声を。
見たかった。
聞きたかった。
だけど、タイミングは最悪だった。
「…………やっぱり、そうよね」
分かっていた。バンは士官学校に入る前、ある少女とゾイドイヴの謎を求める旅をしていた。そもそも、バンが旅に出たのはオーガノイドとそのパートナーであろう少女に出会った事。
それは噂で、しかし確かなものだ。
リーリエは解っていた。自分がどれほど背伸びしようと、この結果はいつか訪れる。人知れず、片想いの初恋が静かに崩れていく瞬間を、いつかは来ると解っていた。
初恋は実らない。そんな言葉が、脳裏に留まり続ける。
……嘘だ。
「グゥオ?」
起きたのに気付いたのだろう。ジークがぐるりと首を回してリーリエの顔を覗き込んだ。鼻先を突っ込み、頬に流れた滴を拭う。
「ジーク……あなたは、フィーネさんの味方だよね」
「グォ……?」
「いいの。いいのよ。それで。だって、最初から届かないって、分かってたから。どうせ、私の一人相撲で終わるんだって。でも、それでもね、初めてだもの。頭から諦めたくなかったし――それに、今気づいた」
私の初恋は、まだ終わってないんだから。
***
「ゼネバス帝国との戦時中、帝国にはあるスパイコマンドがいた。通称“エコー”と呼ばれる男だ。この男は個人の能力として非常に優秀な人物だった。当時、共和国で開発されていた大型母艦に改装したビガザウロをたった一人で強奪するという事態を起こしたのだ。これは結果的に失敗に終わったが、戦争においてある重要な成果を出した。分かるか?」
月に一度、仕事の合間を縫ってやってくるクルーガーの戦術論だ。クルーガーが出す嘗ての戦いは、主にゼネバス帝国との戦争である。先人の知恵を借り、巧みに組み替える。その果てに新たな戦術は存在する。クルーガーの持つ持論である。
クルーガーの問いに、一人の青年が手を上げた。クルーガーが小さく頷き、青年は席に立つ。
「帝国側の士気向上に力を発揮した、ですか?」
「その通りだ。具体的には?」
「秘密裏に建造されていた大型母艦の情報漏洩、並びにそれをたった一人で強奪しようとした手腕。共和国など己の足元にも及ばないとパフォーマンスを交えることで、帝国側の国民に活劇として親しまれた。それから、軍関係者には味方にスターがいることで負ける気がしないという精神的な強みを、また、自分も負けていられないという反骨神を揺さぶった。士気向上に大きな役割を果たした、ですか?」
「そうだ。よくやったぞ、バン」
青年が着席するのを見て、クルーガーの話は続く。
「士気は、戦場における重要な要素だ。一人一人の感情のありよう、と言えば不確定要素が大きいが、個人個人の戦いに向く意識はそのまま兵士の動きに表れる。ゆえに、優秀な指揮官は常に士気を一定以上に保つような手腕が問われる。これだけで、負け戦だろうと一矢報いて味方を鼓舞することになり、また勝利に繋げることが出来る。儂の教える戦術は必要なことだが、戦術家はそれ以上に個々人のステータスにも気を配らねばならん。見間違えると、戦術は一瞬で崩壊する。よいか――」
いつもの長い話が始まったなぁと思いつつ、リーリエは内容をノートに書き取った。
すると、前の席に座っていた青年がこっそりと振り返った。
「リーリエ、昨日はサンキュー」
「ううん。今日ちゃんと起きてた、バン君の努力の成果だよ」
小声で返し、リーリエは前を向くように促す。苦笑しつつバンもクルーガーの話に耳を傾け、講義は進む。
リーリエの予想通り、バンはメキメキと実力を向上させていた。座学で居眠りすることも減り、瞬く間に実力を開花させつつある。
特に、ゾイドを使った実地訓練となると話は別だ。バンと、彼とコンビを組む彼女の連携には誰も敵わない。バンの卓越した高速ゾイド乗りとしての腕と、それを的確にサポートするリーリエの援護射撃、電波攪乱。誰一人として、演習でこのコンビを破った者はいない。
バンに引き摺られるようにして実力をつけてきたリーリエは、以前のように控えめな部分も減ってきた。言う時はしっかりと言葉を口にし、クラスでの存在感も一気に増している。
そんなリーリエとバンのコンビには、ある噂が付きまとうようにもなっていた。休みの日に一緒に外出していたことも、それに拍車をかけているのだろう。
リーリエ自身が問われることもある。バンと、
そんな時、リーリエは返すのだ。
「私は、いつまでもバンを援護するよ。パートナー、組んでるからね」
そして決まって言うのだ。
視線を外し、少し切なげに。小さく、独り言のように、呟く。
「…………顔も知らない人に、負けられないから」
バンに恋心を抱いた若き士官の卵。リーリエ・クルーガーのお話でした。
最初はバンがメインの士官学校での話にするはずだったのですが……どうしてこうなったのやら。
ちなみに、今回のお話は私が大好きな小説のおまけストーリーを大幅参考にしました。展開もけっこう似せてしまって……大丈夫かな。
あ、パパオは砂漠の果物ということでナツメヤシを参考にしました。でも、アニメでの描写を見ると柑橘類っぽい気がするんですよね。公式設定がよく分からない以上、想像で描くしかないのが厳しいなぁ。
それではまた。