ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 さてさて、今月も月に一度の幕間の日がやってきました。
 今回の主役は……第三章の本編に出番が皆無だったために怒られそうなので彼女に。また、本編に出てきました『彼女たち』の最後の一人のお話でもあります。


幕間その1:運び屋の休日

 だ・か・ら! あのスリーパーゾイドはあんたたちの管轄でしょ! あんなのが道端に居るなんて聞いてないわよ!

 は? これから回収に向かうとこだった?

 

 ねぇ、ふざけてんの?

 あたしは、あんたら帝国の頼みで物資の運搬を受けたのよ? それなのに、あんたらの不手際で、危うく命を落としかけたのよ!

 

 報酬金、三倍にしてきっちり寄越しなさいよ!

 

 (荒野の女運び屋ムンベイの値上げ交渉、より)

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

「あたっしはぁ~こ~うやの~はっこびっやさ~ん♪」

 

 荒涼とした南エウロペの大地に、的外れな陽気な歌声が響く。

 

「たのしけりゃ、それで、いいのよ~ぉ~♪」

 

 ガラガラと車輪を転がし、真っ赤な装甲に身を包んだダンゴムシのようなゾイド――グスタフが荒野を進んでいる。その姿からは、陽気な歌声に乗って楽しんでいるかのような気楽さ、そして少し無理しているような気苦労が感じられた。

 

「あたっしはぁ~こ~うやの~はっこびっやさ~ん♪」

 

 聞く人が聞けば、その声の主が誰かなどすぐに特定できるだろう。

 グスタフのコックピットで陽気な音程を取り、のびのびとグスタフの操縦桿を握る女性は、同業者の間では今や“伝説”とまで言われるほどの勇名を馳せていた。

 曰く、その人物が仕事を失敗したことは一度もない。

 曰く、物だけでなく人の運搬すらこなす。

 曰く、さるお方を無事に護送し、長きにわたる戦争の終止符を打った。

 

 虚実入り混じるその噂は、良くか悪くか、その人物の名をエウロペ全土に知らしめるに至った。

 

 彼女の名はムンベイ。自他ともに口にする「伝説の運び屋」だ。

 

 

 

「――うん?」

 

 陽気な調子で、歌いながら操縦を続けていたムンベイだが、握った操縦桿から違和感を感じ、歌声を中断する。握り込んだ操縦桿をがしゃがしゃと弄り、困ったように表情を曇らせた。

 

「ちょっとちょっと。もう少しなんだからさぁ、もうひと踏ん張り頑張りなさいよ。あんたのために仕事を蹴ったんだからね」

 

 ムンベイはコンソールにそう呟き、強く操縦桿を倒した。それに鼓舞され、グスタフは「うんとこどっこいしょぉ!」とでも言わんばかりに力強く車輪を転がす。その動きには、無理をしているような疲れが感じられた。

 

 やがて、グスタフの進む先に大きな建物が見え始める。

 ムンベイは「やっとついたぁ!」と安堵の表情と呟きを溢し、しかし建物に集っていたゾイドの数に訝しげに眉をひそめた。

 事前に連絡をしていたが、よもやこれほどの数のゾイドが集っているとは想定外だ。これでは、順番待ちでしばし足止めを喰らうかもしれない。

 

「今日は随分繁盛ねぇ。でも、あたしにはここしかないのよね……はぁ、こりゃしばらく足止めだわ」

 

 ため息を溢し、ムンベイはグスタフをその建物に近づける。

 建物は、かなりの広さを誇る屋外のゾイド停留所に加え、内部には軍事施設もかくやというほどの整備施設が整っている。

 

 多くのゾイドが停められている停留所。そこに、一人の女性の姿が見えた。

 薄い青緑色の髪は肩口でバッサリとカットされ、活動的な印象を与える。ムンベイの記憶にある大胆な臍だしのチューブトップではなく、動きやすいように改造した作業着を着ている。現在進行形で仕事中だからだ。やってくるゾイドの案内に手を尽くしている彼女に、ムンベイはコックピットのキャノピーを押し開けて大きく手を振った。

 向こうも気づいたのか、表情を輝かせて手を振りかえす。

 

「カリュエー! ひっさしぶり! 今回もよろしくねー!」

 

 ゾイド整備工場『シルバーファクトリー』の若き工場長である女性――カリュエ・シルバは、ムンベイに笑顔を返すのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 ムンベイのグスタフの案内を終え、カリュエはムンベイの許可もなくグスタフの装甲を確かめ始めた。相変わらずの調子だとムンベイは思い、彼女が確認を終えるのをのんびりと待つ。その間、工場に集まったゾイドを観察することにした。

 シルバーファクトリーはガイロス帝国領に位置する、ゾイド整備における老舗だ。帝国領に位置しているものの、国家を意識した商売はしておらず、両国から、またどちらにも属さない者たちの多くが顧客となっている。

 そんな商売だからか、今集っているゾイドの種類も膨大だ。ガイロス帝国製、へリック共和国製、()しくはすでに型落ちとなり、製造もされていない古いゾイド。実に様々なゾイドが集まっている。

 すでに共和国での軍事運用は中止となった――新平の訓練で使われているが――ガリウス、グライドラー、エレファンタス。帝国ゾイドではマーダにザットン、ゲルダー。これらに代表される戦争初期の小型ゾイドたち。また、民間でも僅かにしか利用されていないだろう大型母艦ゾイド、ビガザウロ。戦争初期の突撃機マンモス。

 現在でも運用が続けられているゾイドも、レッドホーンやモルガ。コマンドウルフにガイサック。ゴドスにイグアンなど、量産されやすい機体がほとんどだ。

 これには理由があり、現在新たに製造されたゾイドは、そのほとんどが軍事利用されているのだ。

 ゾイドは惑星Ziの生活になくてはならない存在だが、人間の力をはるかに凌駕する兵器でもある。軍事利用されるというのが、結局のところ通例なのである。

 

 民間で利用されているゾイドは、そのほとんどが軍から除名されたゾイドだ。

 戦争での傷が元で兵器として戦いに赴くことが困難と判断されたゾイド。コアの不調により、兵役を果たせないだろうゾイド。そう言ったゾイドが、民間向けに販売され、各村や町での自衛手段や農耕、漁に利用されているのだ。

 無論、最初から生活利用の目的で製造されたゾイドも存在する。俗に24(ツーフォー)と呼ばれるゾイドの多くは、嘗ては歩兵ゾイドとして戦時利用されていたが、現在では移動手段であったり田畑を耕す牛馬の代わりだったりと、生活に関わる手法で利用されている。

 

 そして、ゾイドは生き物であり機械であるのだ。人間が体調不良に陥らないよう定期検診を受けるように、ゾイドも定期検査が存在する。

 一般の村や町に所属しているゾイドであれば、各村にあるゾイド工場や、場合によっては軍の整備工場で検査を受ければよい。シルバーファクトリーも、そういったゾイド整備を請け負う民間企業の一つである。

 

「ふぅ~……こりゃずいぶんと無茶をさせたじゃない?」

 

 額の汗をぬぐい、右手の指でスパナをクルクルと器用に回しながらカリュエはグスタフのコックピットに近づいた。

 

「そりゃ、ちょいと前に無茶やらかしたからね。タルタルにも、だーいぶ無茶させたとは思うけど、そんなに酷いかい?」

 

 数ヶ月前、帝都での動乱に関わったムンベイのグスタフは、相当なダメージを受けていた。

 元々グスタフは戦闘利用が困難と判断され、また驚異的な牽引パワーを秘めていたことも含め、輸送用として利用されたゾイドである。ルドルフをガイガロスに送り届ける道中も、輸送ゾイドとしての特性が大きな力となったのは言うまでもない。

 しかし、帝都での戦いでムンベイは強靭な外骨格と独自に追加した内臓砲での戦闘に参加させた。元来臆病な性格で、戦闘行為はご法度とまで言われているグスタフの運用を考慮すると、かなりの無茶をしたのは否めない。

 苦い顔でムンベイが問うと、カリュエは「とんでもない」とばかりに両手を上げた。

 

「無茶なんてもんじゃないわ。ムンベイの改造で自己修復能力が向上したとはいえ、ゾイドコアもかなりのダメージを負ってるわ。自己修復しながら突撃なんかも敢行したんでしょ。そりゃコアが悲鳴を上げても仕方ないってなものよ。整備士として言わせてもらうけど、こんな無茶をやるようだったらタルタルの寿命が十年は縮むわ」

「そりゃね。無理させたってのはあたしも重々承知よ。けどさぁ、あたしだって死ぬかもしれないって状況だったのよ。下手打てばあたしはタルタルと一緒に鉄屑よ! あたしみたいな美女の訃報なんて聞きたくないでしょ?」

「ムンベイが美女とかはどうでもいいわ。私は、タルタルちゃんの将来を思って言ってるの!」

 

 びしりと突きつけられた指を、ムンベイは恨みがましく見つめた。実際、グスタフという相棒を亡くして困るのも、涙をこぼすのもムンベイだ。ゾイドは兵器であり生活の糧の一つだが、同時に生き物で、大切な相棒だ。失うことのないよう、こうして定期的に検査を受けねばならない。

 

「ムンベイが割に合わない大仕事をやってのけたのは知ってるわ。けどね、その前に、一度私のとこに診せに来ればよかったのよ。そしたら、役割に適した整備を施してあげたのよ」

「そ、それについてはちゃんと考えたわよ。でも、時間もなかったし、ここに寄る余裕がなかったから……」

「言い訳は聞かないわ」

 

 ムンベイの苦言をぴしゃりと締め、カリュエはポケットから電卓を取り出すとリズミカルに叩き始める。

 

「えっと……コア活性剤に補強素材の追加。それに人件費も含めて…………、ざっと250ガロス、かしら」

「250!? ぼったくりもいいとこじゃないの! もうちょっと安くしてよ、馴染みのよしみでさぁ……」

「こっちも商売なのよ。どーせ、ムンベイはゴマスリでうまい事稼いでんでしょ。その分、うちで落として行ってよね」

「それでも高いわよ! さっきの費用聞く限り、相場なら150ガロスが妥当じゃない!」

「戦争の後始末とかで、修理物資が軍に流れてるのよ。私たち民間のとこにはなかなか流れなくて。それに、見てよ! お客さん一杯! ただでさえ物資が足りないのに、わざわざムンベイに融通してあげるのよ! 多少の謝礼があっても、問題ないでしょ」

 

 カリュエの言葉にも一理あった。

 帝国も共和国も首脳の話し合いで一気に停戦、平和協定の締結まで持ち込んだのだ。これ以上争うことはバカらしい、というのが世間での判断なのだが、長きに渡って戦争を行ってきたという歴史はそう簡単に覆るものではない。両国の民には、今でも相手国を恨み報復に走ろうとする血気盛んな者たちが居るのだ。

 これまでなら『戦争を行っている』『戦っている』と言う意思が民の中にあり、国に忠を尽くしていた。だがその争いが終わってしまい、残された恨み辛みはどこへ向ければいいのか。数年ではない。十年二十年と続く戦乱の歴史は、ガイロス帝国とへリック共和国の間に埋められない深い溝を残している。

 

 その溝に耐え切れない者が起こすことが、ゾイドを使った国家への反逆行為であったり、敵国への勝手な侵略だったりするのだ。

 両国もこの暴動まがいの事柄を防ぐため、早急に軍備を再編し、溝を埋めるべく世界を動かさねばならない。そして、そのためにはゾイドの力が必要なのだ。

 軍が疲弊したゾイドを修理し軍備を整えるのは、来る平和な世に必要不可欠なことである。

 

 だが、その割を食うのは、戦争で食事にありついていた賞金稼ぎであり、運び屋であり、彼ら『どちらの国にも属さない力』を縁の下から支えてきた民間のゾイド整備士である。

 

「それでも高いっての! せめて170!」

「無理、230」

「185!」

「220」

「じゃあ200! 200ガロス! これ以上はあたしも妥協できないわよ!」

 

 ムンベイが力を籠めて二本指を立てて宣言すると、カリュエはニンマリと笑顔を浮かべた。

 

「まいどあり。キッチリ整備するから、まかしといてよ」

 

 カリュエの笑顔に、ムンベイはため息を吐きつつ、まんざらでもないような表情になった。

 『シルバーファクトリー』は民間のゾイド整備工場だ。小さな村からゾイドの修理を請け負ったり、注文されたゾイドのコアの発注から製造を行ったりもする。民間に開かれた、ごく普通のゾイド整備工場だ。

 だが、ここには裏の顔が存在する。それは、どちらの国にも属さない故に、両国の整備工場で整備を受けさせてもらえない賞金稼ぎのゾイド整備を請け負う、という側面だ。

 多くの賞金稼ぎ達は自身のゾイドの整備は自分で行える技量を持っている。だが、それも素人が独学で蓄えた知識とありあわせのパーツを使った“間に合わせ”だ。間に合わせには限界があり、その限界を迎えた時は専門家に世話になった方が確実なのである。

 

 ムンベイは独自の整備理論を持っており、パーツの追加ではなくゾイドの自己修復で調子を整えさせるという技量を持っている。そんなムンベイでさえ、本職には敵わない部分があるのだ。

 

「ま、コアの疲れってのは、さすがにあたしでも直せないからね。しばらく養生させてもらうわ」

 

 ムンベイの諦めとも励ましともとれる言葉に、グスタフがコンソールをチカチカと光らせて反応した。

 

 

 

***

 

 

 

 その日の夜。

 シルバーファクトリーの仕事場は、今も明かりがともっていた。久方ぶりに客がごった返し、夜中まで仕事をしなければ、とてもではないが回せないのだ。

 当然、若き工場長のカリュエも仕事の真っ最中だ。請け負ったゾイドの傷を確認し、必要があればパーツの取り換え、ゾイドコアに刺激を与え自己修復を促し、修復作業を進めていく。

 今日の整備担当はコマンドウルフだ。四肢をだらりと伸ばし、腹這いの体勢になったコマンドウルフの腹に入り込み、コアの調子を確認する。

 ゾイドコアが設置されている中心部に入り込んでいたカリュエは、額の汗をぬぐいながらコマンドウルフの横腹から這い出す。そして、作業着の上を空け、暑苦しそうに近くの内輪で胸元を扇ぐ。

 

「まったく元気ねぇ。調子が戻ったからってあそこまで熱入れなくてもいいでしょうに」

 

 ゾイドコアはゾイドの心臓部だ。人間で言えば心臓や脳に当たる部位で、常に稼働し続けるゾイドの生命線である。しかし、兵器としても改造されたゾイドはコアを包む部分まで完全な機械化が遂げられている。人が侵入し、整備することを前提に作られているのだ。

 コアは、強靭なゾイドであれば500~1000℃に達する熱エネルギーを秘めている。そんなところに人間が入れば、あまりの熱で卒倒するだろう。だが、それを考慮したゾイドコアの安置された空間は、比較的常温に保たれている。圧倒的な熱量を発するのはコアの中心部であり、それを保護する周囲は他の生物が近づいても悪影響の無いような作りだ。

 なぜなら、ゾイドコアは言ってしまえばゾイドの卵子であり精子なのだ。ゾイドは最初に世界に生まれ落ちたその時、コアがむき出しの状態である。生まれたての状態で周囲に悪影響を及ぼすようでは、自然界に生きる生物としてやっていけない。よしんば生まれたとて、誕生した場所の周囲が灼熱地獄では、いかなゾイドでも生きてはいけない。

 

「あー一息入れよ――って、もうこんな時間」

 

 休憩用の自動販売機の近くに設置された時計を見ると、すでに時刻は九時を周っている。これ以上の仕事は、翌日の作業に毒をもたらすだけだ。

 

「みんなー、今日はおしまいよ! お疲れ様! 泊まり込みで大変だけど、明日もよろしくー!」

 

 声を張り上げるカリュエに「うぃーす!」「おつかれーす!」といった野太い男どもの声が返ってくる。嘗ては傭兵として慣らしてきたカリュエだが、解散してからはそんな男どもとゾイド整備で格闘する日々だ。嘗ての友とは連絡も取らなくなったが、新しい環境と慌ただしい日々に、カリュエは満足していた。

 カリュエは皆が部屋に戻り始めるのを見送り、一人先ほどのコマンドウルフを振り返った。

 

「さて、コーヒー飲んで明日の予定を確認しますか――って」

 

 自販機でコーヒーを頂こう。そう思って振り返ると、そこにはコーヒーではなくココアを二つ買うムンベイの姿があった。

 

「ムンベイ。私コーヒー飲みたいんだけど……」

「ちょっと無理し過ぎじゃない? これ飲んでさっさと寝たら?」

 

 そう言って、ムンベイはココアの入った紙コップを差し出す。受け取るか否か、しばし悩んだカリュエは、結局受け取ることにする。口に含んだ樹木色の液体は、とろりと甘い触感を口の中に広げた。

 

「ムンベイは仕事ないの?」

「全部済ませて来たに決まってるでしょ。タルタルの修理があるのに、仕事が出来る訳ないじゃない」

 

 紙コップを傾けるムンベイの表情が僅かに顰められる。カリュエに渡したのはココアだが、ムンベイ自身はコーヒーを飲んでいるのだろう。

 

「ところでさぁ、なんかあった? やけに客が多いじゃない」

 

 普段なら閑散としたゾイドの停留所が、今は溢れんばかりの種々雑多なゾイドで埋め尽くされている。それに対する疑問に、カリュエはさばさばと答えた。

 

「最近、あちこちで小競り合いが起きてるのよ。ほら、ムンベイたちが帝国の摂政を倒したじゃない。あれで帝国軍の内部が慌ただしくなっちゃって、ルドルフ陛下の統治もまだ万全って訳じゃないし」

「ルドルフも大変だわ」

「ムンベイ」

「ああ、そうそう、ルドルフ『陛下』、ね。あの子とも旅してたから、直し辛いのよ」

「それは噂伝いで聞いたけど、気を付けてよね。ムンベイにとっては旅した仲だけど、皇帝陛下様なのよ」

「分かってるって」

 

 プラプラと片手を振り、ムンベイは話題を元に戻して続きを促す。

 

「……それで、帝国軍は傭兵を雇って足りない兵力を補ってるんだけど、暴動を助長する奴も居てね。いろんな村や町が、今かなり不安定な状態なの。暴動でゾイドの破損も激しくて。最近、ようやく収まって来たからこの機会にって、みーんなゾイドの修理を頼んで来るの」

「なーるほど。あっちこっちで騒がしいし、あたしも警戒してたんだけどね。そういう訳か。商売繁盛じゃない」

「冗談。おかげで毎日仕事漬けよ。こないだなんて、アーバインの奴が急ぎで整備を頼んできて」

「アーバインが?」

 

 アーバインとは現在のガイロス帝国皇帝ルドルフを帝都ガイガロスまで連れて行く道中を共にした仲だ。以前からの腐れ縁でもあり、バンやフィーネも含めて旅をした時間は、運び屋として陽気に生きてきたムンベイの人生の中でもかなりの充実感をもたらしていた。

 そのアーバインだが、帝都での一件を終えて以来会っていない。お互い、なし崩し的に旅を共にしたが、それ以前は単独でそれぞれの職に生きてきた身だ。共通の目的を終えた以上、一緒に居る必要もない。

 

「なんでも、久しぶりに腕がなる仕事が入ったとか。えっと、ほら少し前から西エウロペでおっきな町が出来てるじゃない? あそこに用事があるって」

「エリュシオン、だったかしら。ずいぶん辺鄙なとこにできた町よねぇ~」

 

 ムンベイはカップを持ち上げ、中身を口に付けながらぼんやりと思考の海に潜った。

 脳裏に浮かび上がるのはルドルフをガイガロスへ連れて行く旅の中で出会った一人の青年。ヤマアラシのようにとげとげとした髪型は、どこか百獣の王(ライオン)の鬣のようで、ルドルフに通じる皇の迫力を備えていたように思う。エリュシオンは彼が作っている町だ。そこにどんな思惑があるのか、そこまではムンベイも訊いていないためよく分からない。ただ、彼らは彼らで、目標に向かっているのだ。

 

「ねぇムンベイ、ちょっと訊いて良い?」

 

 カリュエの言葉に、ムンベイの意識は現実へと戻ってくる。無言のまま視線だけを向けると、カリュエはゆっくり口を開いた。

 

「ムンベイはさ、アーバインと、どうやって出会ったの?」

「アーバインと?」

「うん。仲がいい、よね」

「はぁ!? あたしとあいつが!? ちょっとカリュエ、バカ言わないでよ! どう見たらあたしとあいつが仲良しに見えるのさ!」

 

 思わず大声で反論してしまう。アーバインとは商売の上で知り合い、その後もなんだかんだと付き合いがある、ただの商売上の付き合いだ。カリュエの言葉に含まれていそうな、それ以上の関係など意識に上ったことさえない。

 すると、カリュエも自身の言葉のニュアンスがおかしいことに気づいたのか、慌てて言いつくろった。

 

「ああ~、ううん、そうじゃなくてさ。こないだアーバインに会った時、私「ムンベイがどうしてるかな~?」って訊いたんだ」

「あいつ、なんていった訳?」

「一言だけ、「知るか」だってさ」

 

 アーバインらしいと言うか、容易に想像できるセリフに相変わらずだとムンベイは嘆息する。

 

「でもさ、そう言えるってとこに、なんというかさ、悪友? みたいな感じがして、どんなふうに出会ったんだろうか、ってさ」

 

 少し迷いながら口にするカリュエ。その態度に、ムンベイはなんとなく察せる部分があった。

 ムンベイがカリュエと出会ったのは、シルバーファクトリーの工場長であった彼女の父が亡くなり、カリュエが工場を受け継ぐべく奮闘していた頃だ。元々、破天荒な傭兵として各地を転々としていたカリュエは、自身のゾイドの整備は出来ても、その他多数のゾイドを請け負うには知識が足りない。また、当時の彼女はある精神的な傷を負っており、そのこともあって空回りする日々だった。

 ムンベイが――専門ではないが――整備に関する知恵を授け、また愚痴の捌け口にもなることでどうにか立て直し、今のようなシルバーファクトリーの信頼を取り戻すに至ったのだ。

 

 そして、カリュエは今でも心の奥に『嘗ての友』との溝を抱えていることを、ムンベイは知っている。

 

「……そうだね。アーバインと会ったのは――」

 

 そして、ムンベイは思考の底から記憶を掘りだし、自身の腐れ縁について語り出した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 数年ほど昔のことだ。ムンベイがそれまでの経歴を消し、運び屋として売り出し始め、一年ほどたった頃のことである。

 当時十八だったムンベイは、とある運搬の依頼を引き受けた。内容はある物資を知り合いの整備所まで届けること。しばらく仕事がなかったために、手持ちの資金が底を尽きかけ、舞い込んだ仕事に跳びついた。

 

 その仕事の道中、ある山岳地帯に差し掛かったところ、付近に潜んでいた山賊に襲われた。

 狭い谷間の道。前後を山賊のモルガに阻まれ、抜け出すのは容易い事ではない。

 

『よぉ運び屋のねーちゃん。その荷物、置いてってくれよ。そうすりゃぁ、あんたには手ぇ出さないでやるよ』

「はっ、バカ言うんじゃないよ。やっとありつけた仕事だよ。捨てるなんてもったいないってなもんさ」

『そうかい、乱暴はしたくねぇんだが、それじゃ仕方ねぇ。オイ野郎ども! この女に地獄を見せてやれ!』

 

 山賊たちのモルガから野太い男たちの歓声が起きる。輸送に特化したグスタフが相手だ。戦闘は特に苦手とする行為であり、モルガ程度であろうと車輪を崩して行動不能に陥らせることは可能。山賊どもは、さぞ得意げにしているだろう。

 大方、ムンベイが運んでいる積み荷の中身、そしてムンベイ自身に好色を示しているのだ。齢十八、良く日に焼け、スタイルも悪くないムンベイは、男同士の暮らしですっかり女に飢えた山賊どもにとって、格好の獲物だ。

 

 ――ま、あたしを捕まえられるなら、だけどね。

 

 抵抗がないと踏んで近づいてくるモルガに対し、ムンベイはグスタフを急速発進させた。コックピットを強固なシェルアーマーの中に引っ込め、硬い外殻をそのまま鈍器に見立て眼前のモルガに突っ込む。

 

『なぁ!!!?』

 

 驚愕の叫びと共に、眼前のモルガが跳ね飛ばされていく。それを尻目に、グスタフは一気に速度を上げて走り去る。

 モルガは突撃戦を得意とするゾイドだ。小型ゾイドの中でも特に重装と言われ、さらに頭部の装甲は他の部位と比べて二倍の強度を誇る。中型ゾイドと真っ向から衝突したとて、その頭部が砕けることはない。むしろ、対峙した相手のコックピットが砕けてしまうほどだ。共和国ゾイドによく使われるキャノピーなど、あっという間に粉々だろう。

 だが、そんなモルガも所詮は小型ゾイドだ。

 グスタフは大きさから言えば大型に分類されるゾイドであり、牽引力を除いて最も優れているのは装甲の厚さだ。ダンゴムシと呼ばれる野生体の頃からその強固さは健在である。輸送用ゾイドに最も適しているとグスタフが評されたもう一つの要素が、この鉄壁ともいえる防御力だ。ゴジュラスの牙であろうと、装甲を砕くのは難しい。

 

 そんなグスタフの装甲は当然ながら打撃兵装としても有用だ。大型ゾイドでも、グスタフの全力の体当たりを受け止めるのは極めて辛い。

 それを、重量の面からも大きな差があるモルガが受けられるはずがない。

 

「じゃーねー山賊さん! 急ぎの荷物だから、邪魔されんのはごめんなのよー!」

 

 捨て台詞を残し、ムンベイは谷間の道を疾走させた。レーダーに敵影無し。全て後方に追いやり、彼らがあっけにとられてる間に距離を稼いだ。

 

「あっははは! グスタフが攻撃しないと思ったら大違いよ!」

 

 景気よく笑い声を響かせ、しかしムンベイの表情は真剣だ。グスタフの最高速度は時速135キロメートル。加えてグスタフはトレーラーに積み荷を乗せ、トレーラーを牽引する関係から走行できる箇所が限られてしまう。最高速度に関してはムンベイの改造で出力を上げているものの、機体の限界を超えることはできない。

 対するモルガは時速200キロメートル。走行にはグスタフと同じ車輪を用いるが、小柄な機体と地中への潜行も可能な戦闘用ゾイドだ。一度振り切ったとて、油断すれば追いつかれてしまうだろう。

 

 ――ルート選択をマズったかしら。いまさら言っても仕方ないけど。

 

 モニターに表示した山岳地帯の地図では、しばらく谷間の道が続くようだった。グスタフでは脇の山道を駆け上がることは不可能。ならば、谷間を突き進むしかない。

 

 ――このままじゃぁ追いつかれる。積み荷を落して道を塞ぐ? バカ言うんじゃない! 引き受けた仕事は絶対完遂する。あたしの意地を、こんなとこで捨てるなんて……。

 

 迷いが脳裏を過る。だが、状況はムンベイが予想したよりも最悪だった。

 

 

 

「――な!? 嘘でしょ!?」

 

 コックピットに警戒アラームが鳴り響くのと、谷間の道を塞ぐように赤い巨体が現れたのは、ほぼ同時だった。

 全身に満載された火器。短いが、強固な装甲も突き破る鋭角さを宿した一本角。そして、機体名にも冠された、全身を覆う真っ赤な機体色。レッドホーンだ。

 

『ずいぶんなじゃじゃ馬だな。だが、俺たちのナワバリに入っちまったのが運のツキよ』

 

 声からして、目の前のレッドホーンに乗る男こそが山賊の頭だろう。

 前方はレッドホーン、後方はモルガ。山岳地帯の谷間で前後を挟まれ、流石のムンベイも覚悟を決めざるを得ない。

 

 ――しくじった。かくなる上は……。

 

 ムンベイの指がコックピット内部に残されたスイッチに伸びる。戦闘に用いられるゾイドなら、どのゾイドにも搭載されている“最後の足掻き”、自爆スイッチである。

 

「運び屋ムンベイ、エウロペの山々に消えゆ……か」

 

 ムンベイの指が、スイッチを押し込む……刹那、

 

 

 

 前方のレッドホーンの背部武装が、突如炎を上げた。

 

 爆音が響く。だが、ムンベイの耳には確かに届いていた。ビーム砲の発射音が。

 

「誰!?」

 

 レーダーの索敵範囲を広げると、真横の崖の上から反応があった。崖の上に立つのは、漆黒の闇夜に映える共和国の名機、白狼コマンドウルフだ。

 だが、ムンベイはその姿を視界に捉え、ふと疑問を持った。コマンドウルフと言えば白い機体色だ。だが、そこに現れたコマンドウルフの色は漆黒だ。オレンジのキャノピーが、通常の白い機体以上に輝いて見える。

 

『おい、そこの運び屋。俺を雇うんなら、そいつらを蹴散らしてやるぜ』

 

 黒いコマンドウルフのパイロットは、不躾にそう言い放つ。その言葉に、ムンベイの頭に「諦め」以外の思考が舞い込む。

 雇うなら。これが意味することは、つまり用心棒として「いくら払うか」だ。頭の中で電卓が叩かれ、現状と支払える金額を一気に叩き出す。

 

「100ガロス! どう!?」

『安いな』

「120ガロス!」

『まだだ』

 

 値のつり上げを迫る男に、ムンベイは苛立ちを覚えた。今後の生活を考えれば、資金繰りで苦労するのは目に見えている。だが、ここで見捨てられれば、今度こそムンベイの命運は地に落ちる。

 覚悟を、決める

 

「300ガロス!」

 

 今日の仕事の稼ぎが半分は消し飛ぶだろう。グスタフの整備にかかる費用も換算すれば、間違いなく赤字だ。だが、命が拾えればこの先何とかなる。いざとなれば、言い寄っていた男から毟り取ればいい。半ばヤケクソの想いで、ムンベイは叫んだ。

 

『……契約成立だ』

 

 崖上のコマンドウルフの男が、にやりと笑ったのが分かった。

 

 コマンドウルフは一気にがけを下り、その間もビーム砲を撃ちこみ、レッドホーンの武装を的確に潰していく。

 

『んだぁ!? てめぇ、邪魔すんな!』

 

 残った武装とモルガの援護を受け、レッドホーンが応戦する。ゾイド自体の力の差は歴然、大型ゾイドであり武装も満載のレッドホーンが上だ。だが、コマンドウルフは崖を駆け下りながらも右に左にと機体を振い、砲撃を的確に躱していく。

 それでも対処できない砲撃がコマンドウルフを襲い、右肩の装甲とスモークディスチャージャーの片側が弾け飛んだ。しかし、コマンドウルフは意にも介さない。

 

『う、うわぁあああああ!!!!』

 

 一気に懐まで走り込んだコマンドウルフの砲撃が、レッドホーンの口内を破壊する。急所を撃ち抜かれたレッドホーンは、断末魔の悲鳴を上げながら横倒しとなった。

 次いで、コマンドウルフはグスタフに向かって走り出した。

 

「うわわ!?」

 

 今度はムンベイが戦慄する番だ。だが、コマンドウルフは止まらない。グスタフを踏み台に飛び越え、背後から迫っていたモルガに喰らいつく。内部の機械を噛み砕き、吐き捨て、次の獲物を襲う。

 

「ちょっと! 危ないじゃないの! 大切な積み荷を台無しにする気!?」

『うるせぇ! 守ってやってんだからガタガタぬかすんじゃねぇ!』

 

 ムンベイの苦情に、男は同じくらいの声量で怒鳴り返す。その間にも、コマンドウルフの攻勢は緩まない。

 戦闘の時間は、ものの二分ほど。このままでは敗北しかないと悟った山賊たちが立ち去り、残されたのは戦闘で砕けたモルガの破片とムンベイのグスタフ、男のコマンドウルフだけだった。

 

 戦闘の様子を観察し、ムンベイは男が只者ではないと感じていた。稀に見る凄腕のゾイド乗りだ。

 ムンベイはコックピットを開き、窮地を救ってくれた男のコマンドウルフに歩み寄った。

 

「助かったわ。あたしはムンベイ、運び屋よ。あなたは」

「アーバインだ」

 

 ブラックカラーのコマンドウルフのコックピットから現れたのは、オレンジのバンダナを額に巻きつけ、機械的な眼帯で左目を覆った、いかにも賊っぽい男だ。頼る相手を間違えたか。一瞬、ムンベイは本気で巡り合わせを恨んでしまう。

 そのアーバインは、じっとムンベイのグスタフを睨んでいる。何をしているのかと思ったが、どうやらグスタフの装備を眺めているらしい。

 

「おい、お前のグスタフは、武装は積んでないのか?」

「そんなもんないわよ。重量が増したら仕事に支障が生じる。それも考えものでしょう?」

「だが、危なっかしいのは確かだ。さっきのも、内臓砲の一つでも積んどけば切り抜けられただろうが」

 

 いきなりダメ出しを始めるアーバインにムンベイは反感を覚える。武装を無くすと言うことの危険は承知の上。武装を積むよりは、それよりも多くの積み荷を積めるようにする。運び屋として、稼ぐための意地を捨てるつもりはない。

 失礼な男だ。それに目つきも悪い。一匹狼の山賊、悪人面、と言われても違和感がない。そんな第一印象を覚え、ムンベイの意識には何か文句をつけて主導権を握ろうというものへと変わった。男からコマンドウルフへと意識を移す。

 

「このコマンドウルフ……かなり損傷がひどいわね。ひょっとして、さっきの戦闘?」

「いや、元々廃棄されてた奴を俺が直したんだ。間に合わせのパーツを使ってるからな。定期的に、俺がメンテしてるんだが」

 

 そう言ってコマンドウルフを見上げるアーバインの横顔は、第一印象から覚えた悪人面とは正反対だ。多くのゾイド乗りに共通する、相棒たるゾイドを見る時の信頼の視線。それが、アーバインの表情にも表れている。

 ムンベイは運び屋という職業柄、多くの人と出会ってきた。また、それ以前にもたくさんの人間と接する機会があった。人相からその人間の性格を掴むのは割と得意な方だと自負している。

 そして、アーバインが一瞬見せた表情は、ムンベイに「顔は悪いが、精根腐った人間ではない」と認識させる。

 

「だけど、相当ガタ来てるんじゃない? いい整備士を紹介しましょうか?」

「ほぅ」

 

 ムンベイの言葉に、アーバインはまんざらでもない風に口元をほころばせる。アーバイン自身も自分だけの整備に限界を感じていたのだろうか。悪くない話に乗りかかっている。そして、これはチャンスだとムンベイは踏んでいた。

 

「この積み荷、その整備士のとこに届けるのよ。そこまで護衛してくれたら、あたしの口利きで整備料安く済ませるわよ?」

「へぇ、……いいだろう。その話、乗った。だが、報酬のことは忘れるなよ」

「当然よ」

 

 互いに手を伸ばし、相手の手をはたく。契約成立であり、腐れ縁が刻まれた瞬間でもあった。

 

 

 

***

 

 

 

「で、私のとこに連れて来たわけかぁ。……ってことは、アーバインを私に紹介する前が初対面だった、てこと……?」

「まぁ、そういうことよ。なんだかんだで、あれからなんどか護衛頼んだりしてるのよ。物騒な時も多いしね」

 

 話し終えたムンベイはカップを傾け、すでに空になっていることに気づく。もう一杯、と思ったが、これ以上飲むと眠れなくなる。夜更かしは、美容の大敵だ。

 

「うまいことあしらってたよねぇ……。アーバインの護衛料金、整備のパーツ費用と、紹介料との差し引きでチャラにしたんでしょ?」

「アーバインのコマンドウルフは規格外のパーツがたくさん使われてるからね。コマンドウルフもそれに適用しちゃってるし。パーツの手配と紹介料で護衛の報酬はチャラ。乗せやすくて助かったわ」

 

 当時を振り返り、ムンベイの顔に笑みが浮かんだ。

 チャラにされた時のアーバインの表情は、完全に「してやられた!」という苦いものだった。もちろん反論もあったが、ムンベイには整備士――カリュエの苦労話もある。パーツの融通を利かせたり、取り寄せで苦心したことを引き換えに出し、到底アーバインの稼ぎでは払いきれないことを頭に叩き込ませたのだ。その上、今後も格安で整備を請け負ってもらえるよう交渉までしたのだ。

 アーバインに、口出しできる要素は残っていない。

 

「ホント、おかげでいいビジネスパートナーを見つけたってもんよ」

 

 昔話に花を咲かせると、少し上機嫌になってくる。そして、ここらでフォローも入れるべきかとムンベイは少し表情を改めた。

 

「腐れ縁よ。あいつは。一度できた縁は、簡単には切り離せないわ。あたしとアーバインもそう。カリュエと夢幻竜騎士隊(チームドリームドラゴン)も、きっとどこかで繋がりを引き戻せるわ」

「うん……ありがとう、ムンベイ」

 

 どこか夢見心地な声に視線を向けると、カリュエは舟をこぎ始めていた。そして、作業場のソファーにコテンと転がってしまう。穏やかな寝息を立てる姿は、同い年だというに、嘗て共に旅をしていた仲間の少女のようにあどけない。

 

 女の寝顔は、年に関係なく、みんな穏やかなものだ。

 

 ムンベイは一度貸してもらった部屋に戻り、毛布を持って戻るとカリュエにかけてやる。

 その対応は、以前の旅の中でもあった。気づいたらフィーネが寝てしまい。バンはジークの硬い腹を枕に豪快な鼾を立て、アーバインが半分意識を落したようにコマンドウルフの足に寄り掛かっている。

 ムンベイは、そんな旅の仲間たちを気にかけながら、穏やかな気持ちになれるのだ。

 

「あたしも、バンとフィーネに毒されたのかな」

 

 連日の作業で疲れ果てているだろうカリュエの寝顔を見ながら、ムンベイは呟くように言った。

 

「あんたのお友達。サファイアは、ずっと苦難を抱えていたわ。別れ別れで辛いのは、あんただけじゃない。みんな辛いのよ。だけど、いつか元の鞘に納まるわ」

 

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の司令官、ヴォルフの誕生日が開かれたその日。ムンベイはやけに言い寄ってくるウィンザーという男を介してサファイアという女性と会った。酒の席での話題は尽きず、ふとサファイアがもらした言葉からムンベイは悟った。サファイアが、嘗てのカリュエの友であったこと。仲間を失い、別れ別れになった夢幻竜騎士隊(チームドリームドラゴン)のリーダーだったことを。

 彼女も、チームを解散し一人になったことに苦痛を感じていた。突き放すように勝手に解散を告げ、喧嘩別れをしたこと。その板挟みになったカリュエのことを、ずっと心配し、しかし会わせる顔がないと語っていた。

 

「できた縁ってのは、一度の仲たがいで切れるほど柔じゃないのさ。だから、きっと……」

 

 友が、嘗ての仲間と再び縁を結べる時が来ることを、ムンベイは祈らずにはいられなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「ありがとさん。また今度頼むわよ」

「はいはい、いつでもどうぞ! シルバーファクトリーにお任せあれ!」

 

 すっかり調子を取り戻したグスタフに乗り、ムンベイはシルバーファクトリーを離れた。

 カリュエは相変わらず大忙しの日々だったようだが、整備士としての責務を果たすと言い切り、約束した通りきっちり三日でグスタフの整備を終えていた。

 昔話をした時の消沈した様子も、今は見られない。話を訊き、少しさっぱりしたのだろう。

 悩みを訊き、相談に乗るのも悪くない。ムンベイは、この一件で少し心地よさも感じていた。

 

 ――あーやだやだ、お人よしがうつったわ。

 

 ルドルフを送り届ける旅で、バンとフィーネは大きく成長した。心身ともに、旅に出る前と比べて変わっている。そして、成長したのはバンたちだけでない。二人の影響を受け、アーバインも、そしてムンベイも変わったのだ。

 

「さぁて、行きますか」

 

 手元の操作盤を操作し、コックピット内のスピーカーから陽気な調子の音楽が流れ出す。

 そして、運び屋ムンベイの日常はいつもの調子で始まる。

 

 

 

「あたっしはぁ~こ~うやの~はっこびっやさ~ん♪」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ムンベイを見送り、カリュエはやる気を注ぐために頬を叩いた。朝日が差し込み、工場を眩しく照らす。

 

「さぁて、私もお仕事お仕事♪」

 

 ムンベイのように陽気な調子で、カリュエは仕事場に戻る。

 

 

 

 整備所に戻ったカリュエは、ふと思い出したことがあり自室に引き返した。最近は寝に戻るだけの自室で、ロクに片づけていない。床に散らばる依頼書を片付けないとなぁという思考を脳の端に置き、カリュエはパソコンを起動した。

 ムンベイからの依頼メールを確認した時、もう一つメールが来ていた。それの確認をすっかり忘れていたのだ。

 

「えーっと……なにこれ、共和国から? 依頼?」

 

 文面を読み進めていくカリュエは、その依頼の全容を頭に叩き込んだ。魅力的な仕事だ。だが、それは同時に軍に加担するという事実を示している。

 

「……幻の巨竜の整備。極秘の依頼。危険度は、かなり高い。でも、これはきっと惑星Ziの歴史に残る大仕事。やりたい……やってみたい!」

 

 カリュエの中で、徐々にその意思は高まる。とにかく、一人で出来る仕事ではない。数人、ファクトリーのスタッフを連れていく必要もあるだろう。

 失礼のないよう返信の言葉を綴り、カリュエは返事を返す。

 

「工場長ー! 朝礼の時間ですよー!」

「あ……っと。ごめん、今行くー!」

 

 大声で返し、カリュエは自室に鍵をかけて飛びだした。

 

 軽い気持ちで送った受諾のメールが、彼女を惑星Zi史に残る重大事件へ誘う片道切符だと気付きもせず。

 




 ムンベイと夢幻竜騎士隊(チームドリームドラゴン)の最後の一人、カリュエ・シルバのお話でした。いつもと毛色がすこーし違うお話になったかと。いかがでしょうか?
 本編に出番がなかったムンベイのために、彼女を主軸にした話を作りたいなーと考え、今回の形となりました。

 本編内で出てきました「ガロス」について補足を。
 ゾイド世界でのお金の単位です。円に換算しますと、1ガロス100円くらいを想定して書いています。アニメ本編でもガロスという単語は登場してますので、気になった方は探してみては?

 それから、企画に参加して下さった皆様、ありがとうございます。期限は本日の0時ですが、私が企画の活動報告を削除するまでなら駆け足応募の可能性はございますよ。修正等々ある方もお急ぎください。

 それでは、また来月

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