忠誠を尽くし、恩に報い、弱者に手を差し伸べ、誉れを忘れぬこと──それがかつて、風邪村千桐が己の人生に立てた誓いである。
出自は日本の名家『風邪村』。幼少の頃より厳しくも恵まれた教育を受け、成長の中でめきめきと頭角を現した。剣道七段、居合道七段、華道師範、歌道師範……彼女が得た肩書の数々が、非凡な才覚を物語る。無論のこと、そこに至るまでの道のりは決して平坦ではなかったが、先天の才能と後天の努力は、最後には必ず彼女へと報いた。
天は二物を与えないというが、自分は誰よりも多くを与えられた。自分が置かれた境遇には、感謝の言葉以外見つからない。
ならば自分はこの気持ちを、これまで支えてくれた家族や、多くを教えてくれた師範、共に笑いあった友人、そして誰かのために尽くすことで返そうと。
国院大学を卒業した22歳の春、彼女は自らが進むべき道を定めた。武士道とでも呼ぶべき、己の魂の在り様を。
その王道は決して揺るがず歪むまい、そう思っていた。彼女の家族も、恩師も、親友も、そして彼女自身さえも──そう信じて疑わなかった。
※※※
シモンは大地を蹴り、一気に距離を詰めた。初太刀を躱し、ホワイトハウスの正面玄関に立ちはだかる──もとい、座りはだかっている修羅の懐へ。
「ハァッ!」
右の拳を握り固める。狙うは人体の急所、鳩尾──考えうる限り最速の一撃をシモンは叩き込んだ。
「せっせっせーの……」
──だが神経を介して感じるだろう肉を打ち、骨を砕く感触は伝わらず。
その代わりに孤を描いて、シモンの右腕は宙を舞った。
「よいよいよいっ♪」
歌詞に合わせ、三閃。風切り音が鳴るたびに左腕が切り落とされ、上下半身が真っ二つに分断され、首が刎ね飛ばされる。地面へ転がったシモンの頭部が最期に見たものは、肉塊となって崩れていく自分の体だった──。
「ッ!!」
──そしてシモンの意識は、現実へと引き戻される。
止まっていた呼吸を再開する。二酸化炭素の排気と共に、彼の顎を伝って汗が地面へと滴り落ちた。
「……参ったな」
嘆息混じりに、シモンは小さく呟く。彼の眼が捉えるのは、ホワイトハウスの前に陣取る風邪村千桐の姿だった。
(隙がなさすぎる……突破口が見つからない)
思案するシモンの視界に、彼自身の姿が映り込む。鉄壁ともいえる千桐の防衛線を突破し、ホワイトハウスに突入するために想定しうる攻撃手順の一つだ。
幻影の自分は両足に生来備わるベース生物、ウンカの脚力を以て高速で接近。そして、
(これも駄目)
目を細める。硬直した戦況の中、既にシモンは何十何百とシミュレートを繰り返していた。正面突破から騙し討ちまで、ありとあらゆるパターンを考えてはみたが、導かれる結論はどれも同じ。
彼女が振るう超絶の技巧による、
彼女との戦闘において、迂闊な行動は命取り。問題は彼女ほどの達人を──龍百燐にも迫る実力者を前に、
「ヘルメットの方は、随分と慎重なのですね」
攻めあぐねる彼に、千桐は静かに語り掛けた。
「判断としては中の下と言ったところでしょうか。戦況に関しては、ええ……よく見えていらっしゃるかと」
彼女がチラリと見やるのは、戦いの邪魔にならない場所に丁寧に横たえられた兵士たちの死体である。無謀な突破を試みたところを返り討ちにされた彼らに比べ、シモンは正しく自らの置かれた状況を理解している。その点において、千桐から見たシモンの行動は評価に値する。
「けれど、時間はわたくし達の味方です。今こうしている瞬間にも、『足止め』というわたくしの任務は果たされている……さて、いつまでこうして睨めっこをしているおつもりですか?」
「……それもそうだ」
千桐の言葉にシモンはそう返すと、二度三度と周囲を薙ぐように槍を振り回す。調子を確かめ直した
「U-NASA特別対策室実働部隊長 シモン・ウルトル──押し通る!」
「出自を明かさぬ非礼、ご容赦を。ただの千桐──尋常に、参られよ」
死地へ臨む武人が二人、もはや両者の間に言葉は無用。故にその言葉を合図に、シモンは放たれた矢の如く前方へと駆けだした。
──達人同士の戦い。
本来ならば一瞬で生死が決するところであり、事実シモンと千桐によるこの戦闘も、ごく短い時間を以て決着を見ることとなる。
が、しかし。
現実時間にして僅か60秒にも満たない時間で決着したその死線の最中には、趨勢を左右する要因がいくつも飛び交っている。
この死合を制さんとする両者の間では熾烈な技と技のぶつかり合いと並行して、ともすれば脳が焼き切れるほどの読み合いが繰り広げられていた。
「はッ!」
先手をとったのはシモンだった。ヒュオゥ、と軽快な風切り音を立てて、鋭い刺突が繰り出される。千桐は刀でその一撃を防ぐも、それを見越していたシモンはすぐさま
──要因①【間合い】
これは刀を得物とする千桐に対し、槍を繰るシモンに分があるのは言うまでもない。『剣道三倍段』──一般に「剣術が槍術と互角に相対するには三倍の技量が必要」と言われるように、
風邪村千桐の剣術技量は並大抵ではないが、相対するシモンもまた尋常の使い手ではない。研鑽された技術の数値化という無粋を承知で言えば、両者の間に3倍もの実力差は存在しない。セオリー通りに考えれば、勝負の軍配はシモンへと上がるのが自然である。
「ええ、そう来ると思いました」
ただしこれは
地面を突き破り、半透明の結晶柱が形成される。逆さまの氷柱のようなそれに阻まれ、槍による第二撃は千桐の肉体を傷つけることはない。
──要因②【地の利】
この点においてはベース生物の特性上、千桐が圧倒的に有利。
彼女のESMO手術のベースとなった古代生物『コロナコリナ・アクラ』は、海底に根を張って生活環を形成する海綿動物──とりわけ、カイロウドウケツを始めとしてガラス質の骨格を持つ六放海綿綱に近い生態を持つ。
人間大のガラス海綿となって早5年。特性の練磨を重ねた彼女は自身から伸びた根を介し、半径10m圏内にガラスの構造物を形成できるほどにまで能力を昇華させていた。
「うわっ、とと!?」
飛び退いた先で更に飛び出したガラス柱を更に躱し、シモンはその壁面に着地する。その眼下では春を迎えたツクシのように、尖った結晶の群れがその針先を天へと向けていた。
「やっぱりそう来るよね……」
予測していた最悪の事態にシモンは渋面を浮かべながら、ここからの機動の邪魔になりうる槍を放り捨てる。
乱立する強化ガラスの柱は槍の取り回しを大きく制限し、更にシモンの間合いの外側から奇襲を仕掛けることさえも可能とする。即ちこの要因②を以て、シモンが要因①で得た優位は覆される。
そうして徒手空拳となったシモンに追い打ちをかけるのが要因③──【戦闘における制限】。
実を言えばこの戦い、勝つだけならばシモンにとって難しい話ではない。
いかに千桐が優れた戦闘技術を持つとしても、例えその実力がオフィサーに匹敵するとしても、シモンの本気はアークの団員をして『災害』と言わしめるほどのもの。オリヴィエ・G・ニュートンさえも退けた力を以てすれば、この場を鎮圧するのはわけもない話である。
(だけどそれは、本当に最後の手段だ)
しかし一瞬だけよぎったその考えを、シモンは即座に却下する。
U-NASAのデータベースに登録されている彼のベース生物は『カマドウマ』。ベースの偽装にあたり、わざわざこの生物を選出したのには理由がある。
それはひとえにカマドウマという生物の特徴が、シモンの体に生来備わった特性と類似しているから。
“ツチカメムシの腕力”と“ウンカの脚力”──シモンのフィジカルを支える2つの特性を全力で使ったとしても、第三者にはカマドウマのそれと見分けがつかないだろう。“カハオノモンタナの糸”は備品、“モモアカアブラムシの毒耐性”は体質と言えば誤魔化すことができる。
裏を返せばそれ以外の特性──例えばカマドウマに使えるはずもない毒ガスや衝撃波と言った特性を発現させようものなら、事態に収拾がついた後に待つのはU-NASAからの審問だ。
下手をすれば自身の正体の露見、最悪の場合アーク計画そのものの頓挫に繋がる危険すらもある。
前回は外部の目がない閉所での任務だったために、その点を気にする必要はなかった。だが今回の戦闘は屋外、しかもホワイトハウスという厳しい監視体制の下で行われるもの。故にシモンには、後天的な手術で得た特性が使えないという制限が存在する。
彼自身の最大の強みである『
「もう終わりですか?」
詰め将棋のようにジリジリと首を絞められていくシモンへ、千桐は問いかける。
「幸嶋君なら、このくらいは余裕ですよ?」
剣鬼へ堕ちた自らの原点を、その脳裏に思い浮かべながら。
※※※
千桐がその少年に出会ったのは、3年前のことだ。宮内庁の女官として勤務する傍ら、自らが師範を務める道場にその少年は現れた。
「たのもう! 道場破りに来た!」
開口一番に飛び出した古典漫画のような台詞に、道場中が静まり返ったのを今でも覚えている。
「え、何あれ?」
「さ、さぁ……?」
「変なアニメの影響を受けた痛い奴だろ」
静寂の後、道場生たちは手近な者たちとヒソヒソと言葉を交わす。当然だろう、27世紀の日本で道場破りなど、古典的すぎて逆に斬新ですらある。
「んー……」
そんな周囲の寒々しい視線など気にも留めず、数秒に渡って道場内を見渡した少年は迷わず足を踏み出した。ズカズカと歩みを進めた彼は、マイペースに水筒のお茶をすする千桐の前に立った。
「そこのアンタ」
「はい、わたくしですか?」
きょとんと首をかしげる千桐に、少年は「ああ!」と力強く返す。
「この道場で一番強いの、アンタだろ? 俺と戦ってくれ!」
「いいですよー」
「「「「えええええ!?」」」」
まるで「そっちの醤油とって」という頼みに応じるかのような気軽さで即答した彼女に、門下生たちが一斉に驚愕の絶叫が響く。
「何をしているのです? 模擬刀を持ちなさい」
「ちょ、師範!?」
「本当にやるんですか!?」
「あ、マジだこの人! ノリノリでストレッチしてる!?」
騒ぐ外野をよそに体をほぐし、持ってこさせた得物を手に取る。調子を確かめるようにそれを振る千桐に、少年は「よっしゃ、ルールは!?」と威勢よく声をかける。
「そうですねぇ……ここはオーソドックスにいきましょうか。試合時間は5分、わたくしと貴方で交互に『全日本剣道連盟居合』で認められている型を披露する。「修業の深さ」、「礼儀」、「技の正確さ」、「心構え」、「気・剣・体の一致」、「武道としての合理的な居合であること」、「全日本剣道連盟居合(解説)の審判・審査上の着眼点」を評価基準とします。審判役三名に判定してもらい、より演武の完成度が高い方が勝利です」
「「「………………」」」」
──何か、思ってたのと違う。
千桐が語る「居合道」としての勝負に、少年はおろか門下生たちも思わず口をつぐんだ。確かにこれは道場破り、ならば居合道の作法に則って雌雄を決するのが道理。だがこう、なんというか……非常に釈然としなかった。
「はい、これ貴方の模擬刀です」
「あっはい、どうも」
手渡された模擬刀を、少年は物凄く微妙な表情で受け取った。その様子に千桐は「えっ」と声を零す。
「──本気でわたくしと、居合で勝負をなさるおつもりで?」
「えっ」
提案した張本人とは思えない言葉に少年が顔をあげれば、そこにはキョトンと目を丸くした千桐がいた。
「ツッコミ待ちの冗談だったのですが……まさか真に受けられるとは」
「なっ!? もしかして俺、からかわれた!?」
「はい」
「はい!?」
思わず叫んで詰め寄る少年を「落ち着いてください、勝負はしますから」となだめながら、千桐は淡々と説いた。
「小学生コースの門下生より礼儀作法がなってない君が、さっきの試合方法でわたくしに勝てるわけないでしょう。100パー私が勝ちます」
「っぐ……スゲーむかつくけど、返す言葉がねぇ……!」
「勿論、君がそれでいいなら構いませんよ? 100パーわたくしが勝ちますが」
「さっきからマウントすごいな!?」
打てば響くようなやり取りに気をよくした千桐。彼女は上機嫌で「試合形式は」と続ける。
「実戦を想定した、ルール無用一本勝負! 制限・制約一切なし! ──こういうのがお望みでしょう?」
「そうそう、そういうのだよ! ああ、模擬刀は返すぜ。素手の方がやりやすいからな」
「そうですか。ならわたくしは、サバゲ―用のモデルガンを使いますね」
「いや居合は!?」
「『「銃はよりも強し」ンッン~名言だなこれは』……という名言が古典漫画にはありますので。あ、当然実戦式ですから一発あたれば一本です」
「いや無用すぎだろ!? おい、この人いっつもこんな
少年が門下生たちに訊けば、彼らは満場一致で首を縦に振った。諦めろ、という意思を込めて。
ともあれ千桐のマイペースはあれど、彼女の鶴の一声で変則試合の準備は着々と整えられていった。試合の土俵となる畳のセッティングが終わると、刀を佩いた千桐はその上に正座した。
「では……始めましょうか」
──瞬間。
「!」
彼女が纏う雰囲気が一瞬で研ぎ澄まされたのを、少年は感じ取った。
彼がこれまで相手にしてきた、ストリートギャングやモグラ族のような『ならず者』とは違う。『武人』に特有の、身が引き締まるような圧。まるで首元に刃を押し付けられたかのような静かな圧迫感に、少年は生唾を飲み。
「っはは……! いいぜ、こうでなくっちゃな!」
そして、笑った。
これから己は本物の強者と立ち合うのだという、闘争本能に由来する歓喜ゆえに。
「ちょっと頑張って脅かしてみたんですが、なるほど。これは骨が折れそうですね」
それを見た千桐は評価を上方に修正すると、すぐさま正座を止めて再び立の構えへと移行する。正座や胡坐の姿勢から抜刀する『座業』は居合を居合たらしめる型ではあるが、初太刀を外せば立て直しは困難。そして眼前の敵はそれを成しうる実力の持ち主であると、彼女もまた感じ取ったのだ。
「流派我流、
「風邪村流剣術師範、
そして拳と剣、道場破りと道場師範の試合の幕は切って落とされた。
※※※
(彼女の方が速いなら)
ダン、とガラス柱を蹴り、空中を駆る。千桐が次のシモンの姿を捉えた時、彼は既に背後をとっていた。
(
シンプルにして明快なその結論は、武道において『先の先』と呼ばれる立派な極意である。
しかし千桐ほどの達人が相手ともなれば、シモンの選択は言うに易く行うに難い。それを可能とするのが要因④【機動力】。千桐と相対するシモンにとって、数少ない優位の一つ。
しかもシモンが実行したそれは、単なる短期決戦の枠にとどまらない。障害物であるガラス柱を足場に、立体的な機動による攪乱と急接近。
「やっと捕まえたよ」
八極拳の有効射程に踏み込んだシモンが真っ先にしたことは、千桐の刀の柄を押さえることだった。
実戦で居合を相手取るにあたり、攻略法と呼べるものは二つ存在する。そのうちの一つが、刀を抜かせないこと。鞘走りと同時に斬りつける居合。その攻撃速度は『近間の弓鉄砲』と評される程だが、そもそも刀が鞘から放たれなければなんら脅威とはなりえない。
「お見事──」
掛け値ない賞賛の言葉を手向けた直後、千桐の鳩尾をシモンの掌底が穿った。開拳と呼ばれるその強撃は間違いなく渾身の一打、本来ならばこれを以て勝負は決する。
はずだった。
「──ですが、
返ってきたのは、余裕のある声。伝わってくるのは、壁を殴りつけたかのような堅固な感触。
予想外の手応えに一瞬だけ生じたシモンの空白を、千桐は逃さない。
「へ?」
ぐるりと反転する視界。衝撃と共に背中へ伝わる芝の感触。どうやら自分は、地面へと倒されたらしい。直前、体に手を添えられる感覚があった。おそらく、合気に近い技だろう。
それを理解するまでに要した時間、僅かに瞬き一回分。その一回を終えた彼の眼前に、刀の切っ先が迫っていた。
「っ!」
咄嗟に首の筋をずらせば、サクリと白刃が土へ突き立つ。次の瞬間を予見したシモンがバネのように跳ね飛んだ直後、残像のシモンは真一文字に首を切り裂かれた。
「重ねてお見事。この追撃を躱したのは、貴方で二人目です」
「それはどうも……確かに“獲った”と思ったんだけどな」
おもむろに刀を鞘へ納める千桐の言葉に、シモンは答える。千載一遇の好機を逃した──芽生えかけたそんな焦燥を、彼は理性で以て強引にもみ消す。今はそれよりも、考えなければならないことがある。
「不思議そうですね。今の一撃を受け、なぜわたくしが健在なのか」
そんなシモンの思考を見透かしたように、千桐は言う。そして彼女の指摘は、シモンが今まさに分析しようとしていた事項でもあった。
「そうだね、凄く気になってるよ。せっかくだし、タネを教えてくれると助かるんだけど」
「はい、いいですよ」
「……ボクから訊いといてなんだけど、もう少しこう、警戒心というか何というか」
思わず素が出るシモンの言葉は聞かず、千桐はあっさりと手の内を明かした。
「貴方の迫撃を阻んだのは、
一般的なガラスは金属に比べて弾性・靭性ともに乏しく、それ故に衝撃に弱い。しかし構造や含有物質の調整さえすれば、頑丈で割れにくいガラスを作ることは十分に可能である。
「『珪素構造物生成補助』。わたくしの専用装備に備わる、数ある機能の一つです。これを使えば、防弾ガラスの鎧を形成するなど造作もない……どうです、驚きでは?」
「いや、そこは大体予想通りかな」
「……幸嶋くんなら、多分もっといいリアクションしてくれるのに」
いじける千桐の言葉には耳を貸さず、「知りたいのはそこじゃない」とシモンはバッサリ切り捨てる。
「さっきの攻撃、手加減したつもりはなかった」
シモンはルイスとの戦闘を思い出す。彼は特殊な防具を使うことで、シモンの打撃を一度は無効化した。しかし衝撃自体を殺しきることはできず、その体は何mにも渡り吹き飛ばされた。
体格においても体重においても、千桐のそれはルイスを下回る。彼女の特性も身体能力そのものを向上させる類のものではなく、攻撃を受け流せるタイミングでもなかった。だから──
「
──先の一撃は微動だにせず受け止めた千桐は、明らかにおかしいのだ。
「ふふ……やはり貴方、かなりの使い手ですね。良い、良いですよ。幸嶋君の次くらいに、良いです」
感心するように頷いた千桐は唇を舐め、口を開く。
「さて唐突ですが、この身は難病に冒されています。発症すると全身の筋肉が動かせなくなってしまう……そんな病です」
「? 何を──」
疑問の声をあげかけるシモンを制し、千桐は「私の家系に代々伝わる厄介な特質でしてね」と言葉を続けた。
「根治の手段は、今のところありません。唯一の対症療法は“動かせなくなった体の組織を作り変える”こと。要はMO手術で再生能力のあるベースを組み込むか、定期的に過剰変態で全身の細胞を入れ替えれば症状は抑えられるんです。しかし困ったことにわたくしの場合、
「それでも、貴女は動けている──元気すぎるくらいに」
「一言余計では?」
辛辣なシモンの一言に疑問を呈しつつ、千桐は「でもその通りです」頷く。
「単純な運動能力に限れば、今のわたくしは
「……引っかかる言い方だ。今が最盛期じゃなくて、最盛期
「はい。だってそうでしょう?」
含みのある物言いに反応するシモン。そんな彼に問い返しながら、千桐は襟に手をかけ──
「外付けの力を以て“これぞ我が最盛”などと、どうして言えましょうか?」
──思い切り、着物をはだけてみせた。
「なッ……!?」
シモンがギョッと目を見開いた。
「初期型の不良故に再生能力が発現せず、内臓機能が一定水準を割り込む故に過剰変態も望めない」
彼が目を奪われたのは艶やかな鎖骨でも、豊満な乳房でもない。
「そんな困ったちゃんに、
彼女の脊髄と車椅子を繋ぐ無数の接続端子やケーブル。そして、
「
口をついて飛び出したのは、記憶に新しい技術の名称。2年前にU-NASAドイツ支局を騒がせた事件の子細は、当然シモンの耳にも入っている。
「
そしてその瞬間に、彼は理解する。常人には到底不可能、MO手術を受けてなお不可解。人体の限界を超えた
「ご明察です。脳や免疫寛容臓のような一部の器官を除いて、わたくしの体は人工細胞に置き換わっている」
──
「まぁそういうと些か仰々しいので、少しばかり言い回しを変えてみましょうか」
──改良型M.O.H兵器着用補助細胞『
「
──要因⑤【リスクを度外視した強化改造】
【オマケ】
千桐「M.O.H(メンヘラオーガンハイブリッド)兵器」
ステファニー「それでいいのか貴様」