贖罪のゼロ   作:KEROTA

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第7話 TRINITY PRODIGY 三位一体

 風切り音と共に、眼前に警杖が迫る。小吉はそれを躱すと左手を体の前へと突き出し、右手をあばらの下へと引いた。

 それは空手における基本技、『正拳突き』の構え。カウンターを予感した密航者は、咄嗟に警杖で防御の姿勢をとった。

 

「はッ!」

 

 覇気のある掛け声と同時に、密航者目掛けて小吉が下段突きを放った。警杖と拳がぶつかる鈍い音が倉庫の中に反響し、空気を震わせる。

 

 殺害が目的ではないため、小吉はオオスズメバチ最大の武器である毒針は出していない。しかし、小吉自身の技量とオオスズメバチの怪力も合わされば、密航者にとってはそれでも十分に脅威であった。例えツチカメムシの特性で腕力が強化されていようとも、子供の力で防げるものではない。

 

「うわっ!」

 

 密航者は削ぎきれなかった威力を相殺するため、後方へと跳んだ。空中で一回転して地面に着地し、更に数十cm程滑ってようやくその体が止まる。

 

「くッ!」

 

 凄まじいプレッシャーが、密航者の体に襲い掛かる。彼は首を振って恐怖を打ち払うと、小吉に向けて警杖を構え直した。それを見た小吉も、再び正拳突きの構えをとる。その背後には、極東の島国で最も人を殺めている昆虫の幻影が揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アフリカに、キラービーと呼ばれるミツバチがいる。

 このハチは『キラー』の名を冠する通り、自らの縄張り(テリトリー)に侵入した者を僅か0.5秒で敵と見なし、何万匹もの大群で襲い掛かる非常に凶暴な虫である。その凶暴さたるや、1970年代までにブラジルで200人以上の人間を襲って死亡させたという報告もあるほどだ。

 

 だが、たったの数十匹で、数十万のキラービーのコロニーを壊滅させることができる昆虫がいる。

 

 それこそが、小町小吉のバグズ手術のベースとなった生物『オオスズメバチ』。日本に生息するこの蜂は、オレンジの体に黒い縞模様を持つ世界最大のスズメバチである。

 

 その毒針、極めて頑丈。標的である黒い生物が死に絶えるまで、何度でも突き刺すことができる。また、何十種類もの化学物質によって合成された毒は、26世紀現在でも完全な解毒薬が作られていない。

 

 その筋力、極めて強力。身の丈以上の獲物を易々と持ち上げたうえで時速40kmで飛翔し、巣へと持ち帰る。場合によっては、1日の間に100km以上を移動することもあるという。

 

 その性質、極めて残忍。獲物である昆虫のみならず、天敵であるクマや人間にも果敢に襲い掛かる。時として同族である他のスズメバチをも襲い、殺し合いの果てに自分たちの糧とする。

 

 アフリカではキラービー対策のためにこの蜂を使うという案も出たらしいが、ついぞ実行されることはなかった。なぜか?

 あまりに凶暴なこのオオスズメバチはキラービー以上の被害を周辺へと与え、生態系を破壊してしまうと結論付けられたからである。

 

 ――オオスズメバチ。

 

  昆虫界でも指折りの強さと凶暴性を誇る、危険生物である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――真っ向からでは、勝負にならない。

 

 密航者はすぐにそれを悟った。そもそも、彼のベースとなっているツチカメムシは、本来戦闘向きのベースとは言い難い。穴を掘るための筋力を無理やり戦闘に転用しているだけの彼が、最初から獲物を狩ることに特化したベースを持つ小吉と真正面からぶつかればどうなるかなど、火を見るよりも明らか。

 

 だから彼は、一計を弄する。

 

「ふっ!」

 

 息を鋭く吐きながら、彼は()()()()()()()。続いて密航者は跳んだ先にあった壁を足場に、小吉の背後の壁目掛けて再び跳躍。

 

(――背後に回り込んで、電撃を叩きこむ!)

 

 密航者は小吉の背後の壁に着地すると、さながら打ち出された弾丸のように小吉目掛けて飛び出した。

 

(とった!)

 

 未だに反応できていない小吉目掛けて、密航者は警杖を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その昆虫最大の特徴は“脚力”にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、密航者の真横から凄まじい重圧が押し寄せた。

 

 ――狩られる(やられる)

 

 密航者の本能が警鐘を鳴らす。咄嗟に彼は振りかぶった警杖を地面に打ち付け、棒高跳びの要領で自らの軌道を上へと切り替えた。

 

 直後。

 

「シュッ!」

 

 一瞬前まで密航者がいた空中を、ティンの蹴りが通過した……否、そんな生易しいものではない。彼の蹴りは、先ほどまで密航者がいた空間を引き裂いていた。

 

 密航者の腕から警杖を弾き飛ばした蹴りも相当な威力であったが、変態した状態で放たれた一撃はその比ではない。あれを受けていれば、今頃密航者の意識は闇の中へと沈んでいただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その虫は学名をSchistocerca gregaria、和名を“サバクトビバッタ”という。

 

 バッタと言えば一般に広く知られた虫であるが、この昆虫にはいくつかの大きな特徴がある。

 その中で最も有名なものは、先にあげた脚力であろう。体躯に対して異様に大きく発達したその脚は、非常に大きな跳躍力を生む。

 その勢いの凄まじさは、人間大になれば九階建てのビルを一息に跳び越えてしまう程とも言われており、その脚力は昆虫のみならず、あらゆる生物の中でもトップクラス。

 

 おまけにその脚は可動性に優れ、跳べる方向は変幻自在。前方と真上は言うに及ばず、時として真横や後方にさえ跳ぶことがあるという。

 

 

 

 

 

 

 ――もしもその脚力を、ムエタイの達人であるティンが攻撃に利用したのなら。

 

 

 

 

 

 

 彼の脚から放たれる蹴りは文字通り『空間をも引き裂く』力を秘めた、一撃必殺の攻撃となるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティンの一撃を辛くも躱して、密航者が再び地に降り立った。しかし、そこで彼は自らのミスに気が付く。

 

「あっ……!?」

 

 小吉とティンに、前後を挟まれたのだ。

 

 先ほどまでのように後方に跳んで逃げることはできない。天井や他の壁を経由して戻ろうとすれば、その隙に変態したいずれかに捕らえられるだろう。かといって、正面から打ち破るのは絶対に不可能。この状況では、奇襲を仕掛けることもできない。

 

「終わりだ、密航者」

 

 小吉が静かな口調で、密航者に言った。

 

「お前が俺達を倒すためにとった作戦の要は、不意打ちと電撃戦にあった。俺達の中で一番戦闘慣れしているリーを不意打ちで倒して、動揺した隙に一気に叩き伏せるつもりだったんだろう?」

 

 彼の言葉に、密航者の心臓が早鐘を打った。作戦が看破されている。その事実が、密航者の焦りに拍車をかけた。

 

 彼が小吉たちを倒すために立てた作戦は3段階からなる。

 

 まず真っ先に、リーを倒す。他の乗組員たちを動揺させるためだ。同時に、警杖のギミックがばれた場合、密航者が彼を倒すことは絶対に不可能だからでもある。これは成功した。

 

 次に大切なのが、トシオを無力化することである。一度変態されれば最後、彼のベースとなったとある昆虫の機動力に対抗する術を、密航者は持たない。リーと並んで密航者が警戒していた対象でもあったが、彼の無力化も上手くいった。

 

 そして畳みかける形で、残りの乗組員のうち2人を一気に戦闘不能にする。そうすれば、残る戦闘員は1人だけ。その状況まで持ち込めれば、彼にも勝機が生まれる。シンプルではあるが、それゆえに有効な作戦であった。

 

 しかし――

 

「だがお前はあの時、俺を仕留め損なった」

 

 ――結果として、彼は失敗した。そしてその代償は、自分よりも遥かに上の力を持つ者に変態を許し、しかも2人を同時に相手取るという形で払わされることになった。

 そしてそうなってしまったが最後――もはや密航者に、勝機は残されていなかった。

 

「諦めて投降するんだ。ここまでやっといて説得力はないかもしれないが……安全は保障しよう。約束する、お前が大人しくしてれば、俺達はお前に危害を加えない」

 

 小吉のその言葉は、密航者の折れかけた心には沁み入った。何ということだろう、攻撃を仕掛けた自分すら、小吉は気遣ってくれている。きっと彼は今までも、この優しさで何人もの人を救ってきたのだろう。その優しさに身を委ねてしまいたいと、そんな声が密航者の脳内に響いた。

 

 ゆえに、彼は口を開いた。

 

 

 

 

 

()()()()()()

 

 

 

 

 

 その言葉に含まれる彼の思いは、一体どれだけのものであったのか。

 彼が口にしたその一言に、ティンと小吉は鳥肌が立つのを感じた。密航者の声音から、決して揺らぐことのない固い意志が伝わった。

 

「ボクが、ここで止まっていいはずがないんだ。バグズ2号の皆の為にも」

 

 それは小吉にではなく、自分に向けて言った言葉であった。

 

 ゆらり、と。密航者は警杖を支えに、再び立ち上がる。今の彼を突き動かしているのは、勝算や闘志などという小奇麗なものではない。

 

「どんなに辛くても笑って耐える、強い人たち」

 

 ――それは、半ば呪いじみた覚悟。

 

「攻撃したボクのことも気遣ってくれる、優しい人たち」

 

 ――あるいは、尋常ならざる執念。

 

「ボクの大事な人が、大切に想っている人たち」

 

 彼の胸中にあるそれらが、勝機も勝算もなくした密航者の体を奮い立たせた。

 

『バグズ2号の乗組員たちを助ける』というただそれだけの想いが、密航者の肉体を支配していた。

 

「皆をこんな所で、死なせない! 死なせていいはずがないんだ! 絶対に――絶対に、死なせるもんかっ!」

 

 密航者は感情に突き動かされるまま叫ぶと、懐から注射器を取り出した。

 

「! しまっ――」

 

 ティンが慌てるも、既に遅い。密航者は手にした注射器を、首筋へと突き刺した。薬効成分が血流にのって密航者の全身をめぐり、瞬く間に密航者の姿を変化させていった。

 

 

 そして、その姿を見た小吉とティンは、驚愕を顔に浮かべる。

 

 

「何だ、あの姿……?」

 

 小吉が呟いた。思わず攻撃の構えを崩していることにも気づかず、彼らは刻々と変態していく密航者を見つめた。

 

 

 

 

 

 変態した密航者の姿は、一言で言えば普通ではなかった。

 

 通常バグズ手術の被験者が変態した場合には、その姿はベースとなった昆虫の姿を反映したものとなる。だが、密航者の姿はまるで()()()()()()()()()()()()()()()()ちぐはぐで、統一感がないものだった。

 

 腕は変わらずツチカメムシの漆黒の甲皮に包まれているが、そこには新たに青い斑模様が浮かび上がっていた。

 一方、先ほどまで外観的な変化がなかった両脚は衣類を破るほどに巨大化。腕とは対照的に、赤い斑模様が表れた白い外骨格で包まれていた。特徴的なのは両脚の付け根に表れた歯車のような器官で、連動し合うように嚙合わさってはギリギリと音を鳴らしている。

 他にも尾骶骨のあたりには繊維(ファイバー)を束にしたかのような尾が、肩には左右で色が違う角張った外骨格が、背中には透き通った水色の翅が形成されている。

 

 その姿は普通のバグズ手術では決してありえない、実に奇怪なものであった。

 

 

 

 

 

(――薬物過剰接種(オーバードーズ)か?)

 

 ティンは一つの可能性を重い浮かべたが、即座にそれを否定する。変態薬を大量に接種すると、被験者はより昆虫の姿に近づき強力な力を得ることができる。しかし、それはあくまでもベースとなった昆虫の特性が色濃く表れるだけだ。密航者の様なちぐはぐな姿にはならないだろう。

 

 そうなると、ティンが思いつく仮説は一つしかなかった。科学的に考えるのならばほとんどありえない、実に荒唐無稽な発想。

 だが状況証拠を見る限り、残されている可能性はそれしかなかった。

 

 

 

「まさかこいつ、ベースを――」

 

 

 

 

 

 

 

  ギリッ

 

 

 

 

 

 

               ギリッ

 

 

 

 

 

 

                           ギリッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ギ  ュ  ル  ル  ル  ル  ル  ル  ル  !  !

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――次の瞬間、ティンの目の前には警杖を構えた密航者がいた。

 

「ッは!?」

 

 ティンが声を上げたのと、密航者が床を蹴ったであろう音がティンの耳に届いたのはほぼ同時であった。

 

 彼が思考を巡らしていたこともあったのだろうが――速かった、圧倒的に。反射神経が優れている自負があるティンでも反応できないほどに、密航者の速度は速かった。その速度は、先程までの比ではない。

 

 立ち尽くしているティンを目掛け、密航者は警杖を振り下ろす。

 

「うぉっ!?」

 

 咄嗟に身体を横に逸らした直後、ティンの真横を警杖が薙いだ。警杖はティンの髪の毛を数本散らして地面を穿ち、乾いた音を倉庫内に響かせる。

 応戦するために、すぐさまティンは腰を落とし蹴りの姿勢をとった。しかし、それを見た密航者は逃げる様子も守る様子も見せず、それどころか自分から躊躇なくティンの足元へと飛び込んだ。

 

「なっ――!?」

 

 予想外の行動をとった密航者に、ティンは思わず攻撃を躊躇う。今この瞬間、この距離から蹴りを放てば、威力の抑えることができずに密航者を殺してしまうかもしれない。そんな思考がよぎり、彼の行動を一瞬だけ止めてしまった。

 

 そして密航者は、その一瞬を見逃さない。

 

「きゅるるるるる!」

 

 人とは思えない声を上げながら、彼はティンの軸足に真横から蹴りを叩きこんだ。サバクトビバッタには到底及ばないものの、その威力は強力。支えとなる脚に攻撃を叩きこまれたことで、ティンは態勢を崩した。

 

 すかさず密航者は警杖をティンに押しあてると、その先端部から青白い電流を放った。電撃を全身に流さたティンの口から、苦悶の声が漏れる。

 

「ティン!」

 

 小吉の悲鳴が、倉庫の中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歯車は、人類のもっとも偉大な発明の一つである。

 ごく単純な装置から複雑な精密機器に至るまで様々な発明において取り扱われ、減速や加速、回転や動力の分割など随所でその力を発揮する。

 その歴史は非常に古く、紀元前100年期には既に、天体観測のための機械の一部として使われていたという。

 

 

 

 

 だが、人類が歯車を使い始めるよりも遥か昔――太古の時代から、己の体に歯車を取り込み、それを生存のために活用している虫がいた。

 

 

 

 

 世界各地、どこにでもいる虫であるが、その幼虫は後脚の付け根に歯車を有するという変わった特徴を持つ。

 この歯車は跳躍を補助するための装置であり、ジャンプの直前に同調(シンクロ)させ、更にジャンプ中も30マイクロ秒というごく短時間でそれを回転させて調整を行うことで、より速く、より精密に跳ぶことができるのである。

 その速さは全長約1mm前後の時点で秒速3メートル、飛距離は体長の100倍近い1メートルにも及ぶという。

 

 

 大自然に与えられた摩訶不思議な機械機能を脚に宿すその生物の名は――ウンカ。学名を『Issus coleoptratus』。

 

 

 

 昆虫綱カメムシ目ヨコバイ亜目頚吻群に属する昆虫にして――多くのカメムシ同様、人々に忌み嫌われる農業害虫である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおらあああッ!」

 

 小吉は密航者の注意を自分に引き付けるために雄叫びを上げながら、床を蹴って走り出した。しかし、密航者は振り返らない。

 密航者の背後に迫り、小吉は蜂の腹部の形状をとる右腕を大きく振りかぶる。しかし、密航はそれでも振り返ろうとしなかった。

 

「く、来るな……小吉ッ!」

 

 その時辛うじて意識を保っていたティンが、苦し気な声で叫んだ。

 

 

 

 

 

「おそらくそいつは()()()()()()()()()()()()()()()()! 退けッ! 何を仕掛けてくるか分からないぞ!」

 

 

 

 

 

 ――その警告がもう数秒早ければ、あるいは効果があったのかもしれない。

 だが、所詮それは『たられば』の話。結果として、ティンの警告は間に合わなかった。

 

「――!」

 

 

 次の瞬間――小吉が『動きを止めた』。

 

 

 否、自分の意志で動きを止めたのではない。的確にその現象をいい現わすのであれば小吉の『動きが止まった』であり、より厳密にいうのならば『動きを止められた』というのが正しいだろう。

 

「……! 何だ!? 体が……動かない!?」

 

 突如として、小吉の体の自由が利かなくなってしまったのだ。身じろぎ程度はできるものの、オオスズメバチの筋力をもってしても、満足に身動きが取れない。見えない何かが彼を捕らえ、離さないのである。

 

「ぐっ……!」

 

 自由の効かない体に鞭打ってティンが顔を上げて目を凝らすと、小吉の体に無数の何かが絡みついているのが見えた。

 すぐさま、ティンはその正体を察する。

 

「あれは……糸か!」

 

 小吉の動きを止めているものの正体。それは無数に張り巡らされた、極細の糸であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その虫について語れることは、そう多くはない。

 

 成虫になると鮮やかな黄色い甲皮と水色の透き通った翅を手に入れるその虫が、糸を利用することが確認されたのは1995年のこと。

 それがたんぱく質構造であることが確認されたのは2005年、実際に糸を出すことが知られたのに至っては2011年と、生物史においてはごく最近の出来事であるからだ。

 

 分かっているのは、その虫はユーカリの葉の裏側に葉の半分を覆う程度の網状の糸を紡ぎ、網の下で複数の成虫と幼虫が身を寄せ合って暮らしているということ。

 そして糸の詳しい出所は一切不明だが、この昆虫は捕食者から自分たちの身を守るための防衛装置として、糸を利用しているらしいということの二点のみである。

 

 先ほどのウンカ同様、カメムシ目ヨコバイ亜目頚吻群に属するその虫は、多彩なカメムシ目の中でも唯一、自分で糸を紡ぐ虫として知られている。

 

 謎多きその虫の名は“kahaono montana(カハオノモンタナ)”。

 

 ――オーストラリア固有種である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそッ! いつの間に……!」

 

 小吉が自身の体に絡まる糸の拘束を解こうと力を入れると、数本の糸が音を立てて千切れた。しかし、それだけだ。無数の糸から解放されるには、至らない。

 

 カハオノモンタナの糸は非常に細く、軽い。ゆえに強度という点は心許ないが、その分罠として活用した場合の隠蔽性は極めて高い。ましてや今彼らがいる倉庫内は照明もついていない暗所。小吉が張り巡らされた糸の存在に気付けなかったのは無理からぬことでもあった。

 

 そして強度が心許ないとは言っても、防御用に使われる糸がとことんまで脆いはずもない。何本もまとめて用いれば、カハオノモンタナの糸は即席の拘束具としての役割は十二分に果たす。

 

 

 そんな代物にがんじがらめに捕らわれてしまったとあれば、例えそれが人間大のオオスズメバチであっても、瞬時に脱出することは不可能。ある程度の時間を稼ぐことはできる。

 

 そしてそれだけの時間があれば密航者が彼を戦闘不能にするのには十分。動けないティンの手足を手錠で拘束すると、密航者は小吉へと向き直った。

 

 彼はは漆黒の両腕で警杖を大きく振りかぶり、両脚の歯車を回して身動きのとれない小吉へと狙いを定める。

 

 そして――

 

「 き ゅ る る る る る る ! 」

 

 

 

 

 

 ――ツチカメムシ。

 

 

 

 ――ウンカ。

 

 

 

 ――カハオノモンタナ。

 

 

 

 

 

 三匹の害虫の遺伝子が、囚われの小吉(オオスズメバチ)へと襲い掛かった。

 

 




【オマケ】

小吉「腕力強くてジャンプ力あってオマケに糸出せるとか反則だろ! どこにカメムシ要素があるんだよ!?」ギチギチ

密航者「……カメムシらしく、普通に臭いで攻撃しようか?」

小吉「すいませんでしたァ!」


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