贖罪のゼロ   作:KEROTA

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狂想賛歌ADAM-6 赤の憂鬱

「ヴラディスラウス公、ロケットの中は確認しましたが……」

 

「もぬけの殻、か……」

 

 ──南アメリカ大陸、ベネズエラ。草木が鬱蒼と生い茂るとある熱帯雨林で、その会話は交わされていた。

 

 部下の言葉に表情を曇らせるのは、口ひげを揃えた中年の男性だ。その名を、ヴラディスラウス・ペドロ・ゲガルド──痛し痒し(ツーツワンク)において白陣営のルークを務めた、ルイス・ペドロ・ゲガルドの父親である。

 

 人間でありながら人間を越えた血族、ニュートン。彼らと常人とを比べれば、両者の間には心身ともに埋めがたい能力の隔絶があることはもはや語るまでもない。その優秀さは分家たる槍の一族(ゲガルド)に身を置く者たちも例外ではないのだが、ヴラディスラウスはその中でも特別だ。

 

 特にその武錬、当代において並ぶものなし。

 

 槍を使うその戦闘術とベース生物のとある特性から『串刺し公』と恐れられる彼は、真っ向勝負ならば主君たるオリヴィエすら無傷で下して見せる生粋の武人。彼自身はオリヴィエの気質を快く思わないがために辞退こそしているが、本人が承知していれば今代の槍の一族の当主となっていても不思議ではない男だ。

 

「……周囲を警戒しつつ、探索を続けろ」

 

「りょ、了解しました!」

 

 そんな彼が部下と共にベネズエラにいるのには理由がある。

 

 先日、己が主君から息子の出撃の報と共に伝えられた指示。それが「アダムがベネズエラに送り込んだ、追加戦力を確保してほしい」というものだったのだ。

 

『残念ながらエドガー君の黒陣営に比べると、私たちの白陣営は人材不足が否めない。この不利を覆すには、アダム君の『赤の怪物(モンスター)』を当てにするしかない。現場で奮闘するルイスに報いるためにも、力を貸してほしい』

 

 疑念はあった──この男の尖兵として派遣されたルイスは、果たして一人の武人として真っ当に扱われているのか。

 

 だが、どれだけ考えようとその疑惑が霧消することはないだろう。確かめるための術も証拠も、彼には存在しない。ならばせめて、その戦いを意味あるものにすることが彼への手助けとなるだろう──そう考え、彼は任務を了承した。

 

「恐れながらヴラディスラウス公、お尋ねしたいのですが……」

 

「む?」

 

 別の部下に呼ばれ、ヴラディスラウスは回想を打ち切った。なんだ、と視線を向ければ、部下はおそるおそるといわんばかりに疑問を口にした。

 

「既に追加戦力が、フランスに確保されている可能性はないのでしょうか? そうであれば、我々が探索を続ける意味は薄いのでは?」

 

 聞きようによっては「怖気づいた」ともとれる発言、聞いていたのが過激な人物であればこの場で部下を処断していたかもしれない。

 

 だが他のオリヴィエの協力者たちならばいざ知らず、ヴラディスラウスはそこまで狭量な人間ではない。それどころか彼は「なるほど、至極もっともだ」と、一定の理解を部下に示す。

 

「だが、その可能性は限りなく低い」

 

「なぜそう思われるので?」

 

 部下の言葉に、ヴラディスラウスは眼前のロケットを指した。地面に傾いて着陸したらしい小屋程度の大きさのそれは、その側面に巨大な穴が穿たれている。

 

「これだけ派手な破壊の後なのに、破片が全くロケットの中に散らばっていない。それに穴の断面をよく見てみろ、外から内へ空ければこうはならないだろう──おそらく、()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ……!?」

 

 ヴラディスラウスの言葉に、部下は瞠目した。宇宙空間の航行に耐えるため、ロケットの装甲は非常に頑強に作られている。それをぶち破った? 

 

「内部容量から考えて、大型の兵器や重機を積んでいた可能性は低い。道化師共が小型化した破壊兵器か、あるいは──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……!」

 

「さて、対話でどうにかなる存在だといいのだが──」

 

 生唾を飲む部下の前でヴラディスラウスが呟いた、その時だった。数百m先から銃声と怒号が聞こえてきたのは。

 

「標的と交戦状態に入ったのか!?」

 

「間違っても殺さないよう、向こうの探索班に連絡を!」

 

「捕獲機を出せ!」

 

「──いや、通信も捕獲機も必要ない」

 

 浮足立つ部下たちを制し、ヴラディスラウスは己の武器である槍を背中から抜き放つ。彼の鋭敏な聴覚は、確かに聞き取っていた。

 

 この発砲音は、部下たちに支給した銃器から発せられたものではない──音の反響具合、射出速度から考えて、おそらくはアサルトライフル『SIG SG551』のもの。それが意味するのは……

 

 

 

「総員、対人用の装備に切り替えろ──現時刻を以て本隊は、フランス軍と交戦状態に入る」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 フランスから派遣された兵士たちは、彼らの標準装備たる銃器で槍の一族の第一陣の掃討に成功していた。

 

 いかにニュートンの血族たちが極めて高い身体能力を有しているといえど、それは人間の範疇を大きく逸脱するものではない。ましてそれが下位の血族であれば、せいぜいトップアスリート程度が限界。

 

 であるならば、何も問題はない。ナイフで喉を掻き切れば死ぬし、連射される銃弾を見切って躱すこともできないだろう。MO手術を受けていたとしても、変態する前に始末すればいいだけの話である。

 

 奇しくもそれは以前、シド・クロムウェルをエリゼ宮殿に護送する際と同じ状況だった──もっとも、立場は逆だったが。

 

「なんだ、存外に大したことないじゃないか」──冗談交じりに呟いた兵士の首に風穴があいたのは、その次の瞬間のことだった。

 

「……部下が世話になったな」

 

 崩れ落ちた兵士の首から槍を引き抜き、ヴラディスラウスが言う。

 

「ッ、撃て!」

 

 余計な思考を挟まず即座に迎撃の判断を下した軍人たちに、彼は「優秀だな」と素直な賞賛を贈る。

 

 

 

「だが──遅すぎる」

 

 

 

 そして次の瞬間、彼は軍人たちの目の前にいた。反応する間もなく振るわれた槍は彼らの急所を的確に穿ち、その命を一瞬にして刈り取る。

 

「この程度、か……あとは私が出るまでもあるまい」

 

 冷静に状況を分析し、ヴラディスラウスは後退する。それと入れ替わるようにして、彼の背後にいた槍の一族の部下たちが前に出た。

 

 未知の戦力がうろついている可能性がある以上、対処できる自分の力は温存すべきだろう──大局を考えての彼の判断は間違いではなかったのだが、しかし。

 

 今この瞬間に限って言えば、ヴラディスラウスの手は悪手だったといわざるを得ない。

 

 

 

 バシュ、バシュ、バシュ! 

 

 

 

「ごっ──」

 

「がッ!?」

 

 空気が抜けるような音が、三回。その直後、フランス軍に突撃しようとしたヴラディスラウスの部下が二人、短い悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。咄嗟に自らの背後を槍で薙ぎ払えば、ガギンッ! という音と共に、何かを弾いたような手応えを感じる。

 

(──何かの牙、だと?)

 

 僅かに眉を顰めるヴラディスラウスだが、しかし彼の思考がそれ以上深まることはなかった。死角から飛び出した絶影が、彼の頭部を目掛けて鋭い蹴りを繰り出してきたからである。

 

「ぬっ──!?」

 

 それを紙一重で躱すと、ヴラディスラウスは大きく後方に飛び退いた。ぎょっとしたように振り向いた部下たちに「眼前の敵に集中せよ!」と一喝し、彼はこの場において最も油断ならない敵を睨んだ。

 

「さすがは音に聞く“串刺し公”。我ながら上手くハメたと思ったんだがね」

 

 ヴラディスラウスの視界に映ったのは、ぱっとしない風貌の男性だった。黒のオールバック、青い瞳はどこか捉えどころなく、ぼんやりとヴラディスラウスを見つめている。

 

 しかし、歴戦の武人たるヴラディスラウスの目は誤魔化せない。奇襲を受けるその瞬間まで、自らに気配を悟らせない程の実力者──この男、相当の使い手である。

 

「何者だ」

 

「フランス共和国親衛隊第二歩兵連隊長──“セレスタン・バルテ”」

 

 男、セレスタンから返ってきた答えを聞き、ヴラディスラウスはその技量の高さに合点がいった。

 

『フランスの三枚盾』の異名と共に、彼らが健在のうちパリは落とせないとまで謳われた、フランス共和国親衛隊を率いる三人の連隊長がいる。

 

 

 ”白亜の鎧鎚” オリアンヌ・ド・ヴァリエ。

 

 

 ”倒錯の庭師” フィリップ・ド・デカルト。

 

 

 そして、”鳳翼の絶影” セレスタン・バルテ。

 

 

 血筋としてはフランスの特機戦力たる“水無月六禄”の孫に位置し、祖父同様に徒手格闘の逸材と聞く。とりわけ軍隊式格闘術である“サバット”と“プンチャック・シラット”を組み合わせた戦闘スタイルは市街戦では無類の強さを発揮し、彼の身に宿る特異なベースも合わさって軍内でも彼に勝てるものは少ないという。

 

「だがフランス共和国親衛隊第二歩兵連隊といえば、その任務は立法府の警護のはず──こんなところで油を売っている場合か? パリはもうじき、地獄になるはずだが」

 

「ああ、エドガー大統領から聞いてるよ。けど、何の心配もいらねえ──俺の戦友が、大統領とパリを守り通すからな」

 

 ヴラディスラウスの言葉にも動揺を見せず、セレスタンは言い返した。

 

「ったく、ホントーに馬鹿だよあいつらは。やらなくてもいい任務をわざわざしょい込んでよ……だが、あの馬鹿(オリアンヌ)は己の役割を全うしようとしてる。もう一人の馬鹿(フィリップ)ももうじき、格安自殺ツアーみてぇな任務に駆り出される。なら、俺も自分がやるべきことをやるだけさ」

 

 そういってセレスタンは一瞬だけ遠くを見つめると、それからその眼光に鋭い殺意の灯を灯した。

 

 

 

 

 

「お喋りは終わりだ、オッサン。邪魔すんなら、殺す」

 

 

 

 

 

「……『油を売る』などといった非礼を詫びよう、セレスタン──」

 

 そう言いながら、ヴラディスラウスは懐から変態薬を取り出した。

 

「だが──主人のために奮起する息子を差し置き、私がここで引き下がるわけにはいかんッ!」

 

 そう宣言すると彼は、鍛え上げた己の肉体に薬を投与した。

 

「そうかい……だったらあとは、殺し合いで語るとしようか!」

 

 それを目の当たりにしたセレスタンもまた、変態薬を摂取した。もはや、無粋な言葉は不要とばかりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S y n t h() ― M E T A M O R() P H O S I S(変     態) ! !」

 

 

 

 

 

 

E l d e r() ― M E T A M O R() P H O S I S(変     態) ! !」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高まる戦意が空気を震わせ、二人の肉体は人ならざるものへと変異していく。身体の再構築が終わると、両者は静かに対峙する。それぞれの部下たちもまた武器を構え、まさに戦争の火蓋が切られようとした、その瞬間のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、互いに譲れぬ志を胸に、両軍睨みあいであります! この戦争の行く末を左右する大きなターニングポイント! その白黒を決するための戦いが、今幕を開けようとしております!」

 

 招かれざる闖入者の、場違いに明るい声が響いたのは。

 

 気勢をそがれる声音と、新手の登場。それを理解した瞬間、ヴラディスラウスとセレスタンは即座に声の主を見やった。

 

「おっと、弟さん! 両選手ともにようやくこちらを向きましたよ! まるでこちらに全く気付いていなかったとばかりに見えますが……?」

 

「ヴラディスラウスさんや最愛の馬鹿息子の、セレスタンさんは血よりも固い絆で結ばれた馬鹿友の安否が気になっているでしょうからね。おそらく、兄さんが声を張り上げるまで気を割く余裕がなかったということでしょう」

 

 そこにいたのは、二人組の男だった。顔立ちはいずれも日本人を思わせる両者は、その身に白衣を纏い、目にはサングラスをかけている。いつの間には用意していた折り畳み机に座る彼らは、それぞれ『じっきょー』と『かいせつ』と書かれた二枚の紙をセロハンテープで貼っている。

 

「……薄々察しはつくが、一応聞いといてやる。お前ら、何だ?」

 

 苛立たし気にセレスタンが唸ると、実況と書かれた紙が貼られている方の席に座る男が「これは失礼しましたッ!」とテンションの高い声で叫んだ。

 

「私、この度の殺し合いの実況を務めます! 『アダム・ベイリアル・田中・兄』と申しますッ!」

 

「解説は私、『アダム・ベイリアル・田中・弟』が務めます」

 

 

 

「「二人合わせて、『スポーツマンシップ』を司る『アダム・ベイリアル・田中兄弟』です」」

 

 

 

 どうぞよろしくお願いします、と揃って一礼する田中兄弟。それを見たヴラディスラウスは「狂人め」と吐き捨てた。

 

「耳障りだ、田中兄弟とやら。戦う気がないのなら、今すぐに失せろ」

 

 必要ならば武力行使も辞さない、とばかりにヴラディスラウスは槍の穂先を実況席へと差し向ける。しかし田中たちはどこ吹く風とばかりに、握りしめたマイクに向かって喋りまくる。

 

「おっと、選手からクレームが入りましたが……解説の弟さん、これは?」

 

「やはりいい感じで空気が盛り上がってたのに、兄さんの実況で水を差されたんでしょう。当然の怒りかと思います」

 

「わかってんならどっか行けよお前ら」

 

 呆れたようなセレスタンの声を、しかし田中兄は無視してまくしたてる。

 

「しかしこれはまずい流れですよー、解説の弟さん! 我々はあくまで白と黒、どちらの手に『赤の変則駒:Mnster』が渡るのかを見届けたいだけ! しかし彼らの敵意はいま、ひしひしと我々に向けられております! 一体何が、彼らをここまでたぎらせるのかッ!?」

 

「兄さんの実況だと思いますけどね、私は……しかしこのままでは、おちおち解説もできません。なのでここは、先日調達した選手たちに我々の護衛をしてもらうとしましょう」

 

 田中弟の言葉と共に、彼らの背後の茂みから十数人の人間が姿を見せた。肌の色や衣装を見る限り、おそらくは現地人だろう。

 しかし異様なのは、彼らがまるでボディビルダーのように全身筋骨隆々としていることと、その目が異様に輝いていることである。

 

「我々が手塩にかけて育てた精鋭たちの入場だァー!」

 

「そうですね、やはりここは見せしめに二人くらい殺しておいた方がいいでしょう」

 

「「はい、コーチ!」」

 

 現地人の内、二人が元気よく返事する。そして次の瞬間──

 

 

 

「ぎゃっ!」

 

「ご、フ……!?」

 

 

 

 その異様さに呑まれ硬直していた槍の一族とフランス軍人が首をへし折られ、内臓を叩き潰され、地面に崩れ落ちた。

 

 ぞっとしたように目を見開く彼らの前で、彼らは生身でありながら下位のニュートンにも匹敵する身体能力で後転する、きらきらとした目で白と黒の尖兵たちを見つめた。

 

「たまたまに目についた、総人口百人にも満たない小さな貧しい村! そんな村人たちに、常人なら半日で死ぬような訓練とドーピングを三日にわたって施しました! 長く、苦しい戦いだった! 多くの村人は途中で音を上げ、逝ってしまった! しかし、彼らはあきらめなかった! 厳しい特訓を生き残り、今こうして鍛え上げた軍人や最新の人を容易く葬るほどの力を身に着け! リングインしたのであります!」

 

「「「「「はい、コーチ!」」」」」

 

「ジョセフ・G・ニュートンの細胞で、しっかりとMO手術も施しましたからねー。おそらく、並の戦闘員では太刀打ちできない実力が備わっているかと思います」

 

「「「「「はい、コーチ!」」」」」

 

 田中兄弟の言葉に、選手たちは壊れたおもちゃのようにただ「はい、コーチ」と繰り返す。それだけで、彼らの心が致命的なまでに欠損してしまっていることは想像に容易かった。

 

「さぁ、これで我々は安心して実況に専念できます! そして今、試合開始のゴングゥ!」

 

 

 

「外道が」

 

「もういい、黙れテメぇら」

 

 

 

 次の瞬間、ヴラディスラウスとセレスタンは同時に田中兄弟に飛び掛かった。

 

「「はい、コーチッ!」」

 

 常人ならば動くことすらかなわない、彼らの突撃。それを阻止すべく、二人の選手が飛び掛かった。

 

 

 

「ヌン!」

 

 ヴラディスラウスの精錬された槍術で繰り出された一撃はは、過たず選手の胸を貫いた。しかし心臓の損傷などまるで堪えていないとばかりに選手は止まず、そのまま懐に飛び込んで両手で貫手を繰り出した。

 それをあえて肉体で受け、ヴラディスラウスは哀れな傀儡に憐憫の視線を向ける。

 

 

 

「──偽りの技巧に、我が槍が劣る道理なし」

 

 

 

 その瞬間、ヴラディスラウスの胸部から歪曲した槍が飛び出した。息子であるルイスの特性を思わせるそれに全身を貫かれ、ヴラディスラウスに襲い掛かった選手は今度こそ完全に生命活動を停止した。

 

 

 

 

 

 

 ヴラディスラウス・ペドロ・ゲガルド

 

 

 

 

 

 αMO手術ベース“両生類型”  ──― イベリアトゲイモリ ──

 

 

 

 

 心臓が破壊されようとも修復できるほどの高い再生能力に加え、肋骨を回転して射出することで外敵から身を守るという奇妙な特性を持つイモリ。それが、ヴラディスラウスに与えられた能力だ。

 

 選手の鋭い一撃で腹部に穿たれた傷はただちに修復を開始し、数秒で元通りに回復する。

 

「眠れ──私にできるせめてもの手向けだ」

 

 黒く変色した皮膚に、まばらに散らばる黄色の斑点。夜空に瞬く星を纏った槍の超人は、もはや動くことのない犠牲者に静かに告げる。

 

 

 

「シッ!」

 

「はい、コーチッ!」

 

 ベースとなった特性と技術の相乗。人間の骨など容易く砕く威力で放たれたそれを、選手は腕で受け止めた。そしてその直後……

 

「ッ……!?」

 

 選手はその場に膝をついた。例え腕が砕けようと、彼らが怯むことはない。では、何が彼の進撃を止めたのか? 

 

「馬鹿正直に真正面から突っ込んでくる奴があるか。絶好のカモだぞ」

 

 そういったセレスタンの全身は羽毛に包まれ、その脚はまるで鳥類のような形状へと変化していた。しかし鱗によって覆われたその質感は、鳥というよりも爬虫類──特にトカゲのそれによく似ている。その脛からは、たゆまぬセレスタンの努力によって全身に形成できるようになった毒牙が生えていた。

 

 

 

 

 

 

 セレスタン・バルテ

 

 

 

 

 

 E.S.MO手術ベース“古代爬虫類型”  ──― シノルニトサウルス ──―

 

 

 

 

 

 E.S.MO手術──それはレオ・ドラクロワによって編み出された、「現存する生物同士を掛け合わせて再現した『絶滅生物(Extinct Species)』によるMO手術」である。

 

 セレスタンのベースとなった古代生物の名は、羽毒竜“シノルニトサウルス”──小型の肉食恐竜であるドロマエオサウルス科に属する彼らは、極めて高い運動神経と脚力、鋭い鉤爪に加えて、あらゆる恐竜の中で唯一、牙に麻痺毒を持っていたとされている。

 

「……じゃあな」

 

 いかに肉体を鍛えようと、毒に対する耐性の獲得には限度がある。セレスタンは動けなくなった選手の頭部に専用武器である消音銃の銃口を押し付けると、引き金を引いた。

 

 

 

「串刺し公、一時休戦だ! まずはそこの、ふざけた科学者どもをぶちのめす!」

 

「異存なし……そこの外道共は、生きていることすらおこがましい」

 

「これはひどいッ! 随分と嫌われたものであります!」

 

「残念でもなく当然じゃないですかね」

 

 槍を構えるヴラディスラウス、脚部に毒牙を生成するセレスタン、実況席に座ったまま守りを固める田中兄弟。

 

 

 

 四人の間で、チリチリとした殺気の火花が散る。だが──彼らはこの時、完全に失念していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ド ン ! ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ごぱっ   、あア ……?」

 

「解説の弟さん? 何へぶっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──行方知れずになっていた、『赤の怪物』の存在を。

 

 

 

 

 

 

「これ、は……ッ!?」

 

 何の音もなく現れたソレが、指一本で双子の片割れの胴を貫いて殺した瞬間、ヴラディスラウスは全身の身の毛がよだつのを感じた。

 

 彼が生涯においてこれほど恐怖と嫌悪を感じたのは、ただの一度だけ。オリヴィエが楽園の樹と称する彼の娘に謁見した時だけだった。

 

 

 

「ッ、オイオイ大統領……相手がここまでの怪物だとは聞いてねえぞ……!?」

 

 空いている方の手で、ソレが生き残った双子の頭部を叩き潰した瞬間、セレスタンの体中から脂汗が吹き出した。

 

 対峙しただけでここまでの威圧感を発せられるのは、彼の知る限りただ一人。本気を出した水無月六禄だけだ。

 

 

 

 

 

 それほどまでに、目の前に現れた存在は“絶対”だった。

 

 

 

 

 

「……」

 

 既に息のない2人の狂人の死体に興味が失せたらしく、『絶対』はそれを無造作に投げ捨てた。

 

 3m近い巨体の大男である。巌の如き筋骨でその肉体は構成され、燃え盛る炎の如き紅蓮の長髪に隠れたその背には、食い尽くされた林檎の芯に巻き付く幼虫を象った刺青が刻まれている。

 

 腰布以外の衣類を身に着けず、露出した肌を覆うのは灰白色の棘と鱗。指先から延びる鉤爪は、肉切り包丁のよう。さらにその額からは短い角が、腰からは太くしなやかな爬虫類のような尾が生えている。

 

 相対するセレスタンとヴラディスラウスは、目の前の存在は鬼か魔人であるといわれてもすぐに信じてしまいそうなほどの圧を、ソレから感じとっていた。

 

「──」

 

 赤の怪物(Monster)──ヴォーパル・キフグス・ロフォカルス。

 

 彼はスゥと息を吸い込むと、いっそ荘厳とさえ言える口調でその第一声を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……萎えぽよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 心底がっかりした、とばかりに。二重の意味で耳を疑う発言に固まる一同に、ヴォーパルは告げた。

 

 

 

「脆弱すぎて有底辺(うていへん)──もっと我をアゲアゲにしてみせろ」

 

 

 

「「「はい、コーチッ!」」」

 

 皮肉なことに、真っ先に本調子を取り戻したのは田中兄弟が用意した選手たち。彼らはドーピングと人類の到達点という二つの特性で強化された肉体で、ヴォーパルに躍りかかり──

 

 

 

「弱たにえん」

 

 

 

 そして彼の豪腕の一振りで、一人残らずバラバラに砕かれて果てた。

 

「他愛なさすぎてマジアリエンティ……嘆かわしい」

 

 準備運動は終わった、とばかりに大きく伸びをして。ヴォーパルはぎょろりとその眼球を、動けない槍の一族とフランス兵たちに向け──

 

 

 

「それで──お前たちが、我のテンションをファイナルスティック爆上げしてくれるのか?」

 

 

 

 ──そして、あまりにも絶望的な蹂躙は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──フランス共和国軍、死者16名。負傷者37名。指揮官セレスタン・バルテは現在意識不明の重体。

 

 

 

 ──槍の一族、死者29名。負傷者5名。指揮官ヴラディスラウス・ペドロ・ゲガルドは現在心肺停止状態。

 

 

 

 

 

 

「人造戦闘生命体“ヴォーパル”──まさかこれほどまでとは」

 

 電光画面に表示された戦果に、プライドは驚嘆した。普通に戦えば自分たちでさえそれなりにてこずるだろう実力者をあろうことか二人を同時に下し、現在当の本人は()()()()()()()()アメリカを目指しているという。

 

「そりゃ、サーマン君が開発した『バグズデザイニング』の集大成だからね──最強の兵器に固執した彼が生み出した技術を、僕が『αESMOデザイニング』として魔改造したんだ。これくらいのこと、できないわけがないだろ?」

 

 いやそのネーミングはもう少しなんとかならなかったのか、と思わないでもないが。

 

 しかしプライドは、それを口にしない。そんな些細なことがどうでもよくなるほどに、ヴォーパルの戦闘能力は異常なのだ。

 

「人類最強が幸嶋隆成くんなら、生物最強は間違いなく『R』のヴォーパルさ──何しろ、材料からこだわってるからねぇ」

 

 そう言ってアダムは、ヴォーパルの肉体を構成する細胞の提供元リストを表示した。

 

 

 幸嶋隆成、水無月六禄、サウロ・カルデナス、染谷龍大、シルヴェスター・アシモフ、蛭間一郎、エレオノーラ・スノーレソン……そこに名前が挙がっている者たちは皆、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼らからひそかに採取した細胞を培養し、それを材料として造り上げた最悪の戦闘生物──それこそが、悪鬼ヴォーパルの正体である。

 

 

 

「いやぁ楽しみだなぁ」

 

 

 

 アダムは明るくそういうと、心の底から楽しそうに笑った。ニュートンの血を一滴も混ぜることなく造り上げた『最強』──その存在が、どれほどの痛し痒しを引っ掻き回すのか。

 

 混沌と化した盤面の行き末を、面白おかしく想像しながら。

 

 

 




【オマケ】他作品の登場キャラ紹介

ヴラディスラウス・ペドロ・ゲガルド(深緑の火星の物語コラボ編没案)
 ルイスの父親。魑魅魍魎の蠢くゲガルドの中でも屈指の良識人だった(ただし親馬鹿)。没ルートではルイスの死の真相を知らされ、オリヴィエからスタイリッシュ離反。クソガキなアダム・ベイリアル(幼女)、アストリス、アダムと共にフランスとフィンランド相手に二面戦争に臨む。無茶すんなパパ、死ぬぞ。

セレスタン・バルテ(インペリアルマーズ、裏設定)
 フランス共和国親衛隊第二歩兵連隊長。オリアンヌをししゃもさんが、フィリップを作者が作ったことから、せっかくだし元ネタ作者の連隊長も見たいなー(チラッ)とやったところ、逸環さんが書き下ろしてくれた。マジ感謝。
 水無月六禄の孫の一人で、妻と愛人と子供がいるパパ。クソうらやましい。戦闘はオリアンヌと双璧をなすフランス共和国親衛隊の最強で、武術で彼の上をいくものは軍内にはほぼ存在しない。


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