贖罪のゼロ   作:KEROTA

64 / 81
冒涜弔歌OLIVIER-8 幻影逆境

 

 エメラダ・バートリーという人間は、少しばかり思い込みが強い傾向にこそあったが、それ以外はごく普通の、どこにでもいるような少女だった。

 

 断じて彼女の能力値が平均的だったわけではない。むしろ学生時代のエメラダは、大別すればそれなりに優等生だったといえるだろう。授業では常に平均以上の成績を収めていたし、運動もよくできた。しかし彼女は、優等生ではあったけれども、決して秀才ではなかった。

 

 学力は常に中の上を維持していたものの、学年で1位をとるほどではない。運動神経はよかったが、間違っても何かの大会で優勝するほどではない。

 

 エメラダはあくまで『平凡』の枠に収まりきる程度に優れた人間だった──そんな彼女にとって最大の不幸は、『平凡』の枠にしか収まりきらない彼女が、身の丈に合わない能力を求められる家庭環境に生まれてしまったことにあるだろう。

 

 ――繰り返しになるが、エメラダの半生は極めて凡庸なものだ。

 

 悪の科学者に造られた人造人間でもなければ、先祖から続く血の呪いに苦しんでいるわけでもなく、幼馴染の父親が火星で非業の末路をたどったわけでもない。少なくとも、エメラダの血筋に劇的なドラマなどは存在しない。ドラマなどなく、ありふれているとは言わないまでもそこそこよくある話で──彼女の家はいわゆる『教育熱心(エリート)』の家柄だった。

 

 父は優秀な医者で、母は会社の重要取締役。祖母はかつてハイスクールで校長を務めていたらしく、自分が生まれてくる少し前に亡くなった祖父は政治家だったと聞く。

 

 ニュートンに連なる一族のように、常軌を逸しているわけではない。けれど『エリート』の家柄であるエメラダの血縁者は皆『平凡』以上の能力値を有していて、だからこそ彼らは、エメラダにも自分たちと同水準の能力を求めた。

 

 

 

『どうしてこんな簡単なテストで100点がとれないの、貴女は!?』

 

 平均以上の成績を収めたテストを見せたエメラダを、祖母はヒステリックに叱った。

 

『一位でなければ意味がないんだ、そこで反省しろ!!』

 

 運動会の徒競走で二位を取ったその日、エメラダは父に怒鳴られて一晩中物置に閉じ込められた。

 

『……本当に私たちの子なの、あなた?』

 

 ピアノで少しでもミスをすれば、エメラダの背後で母は呆れたように嘆息する。

 

 

 

 彼女の家族は誰も、エメラダ自身を見てはいなかった。彼らにとって大事だったのはエメラダのパーソナリティではなく、ステータスとキャリア。この家の娘として相応しい能力を兼ね備えているか否かでしか娘を見ようとしなかった彼らにとって、エメラダは間違いなく娘として落第だった。

 

 そんな環境で育てられたエメラダの性格に難があるのは当然で、当たり前のように友達はいなかった。家でも学校でも彼女に居場所はなく──唯一気が休まるのは、本を読みふけり、物語に没入している時だけだ。ここではないどこかに思いを馳せ、主人公に自分の姿を重ね合わせているその瞬間、彼女は息苦しく閉塞した現実から解き放たれる。

 

 放課後の僅かな時間、図書室へと足を運んで様々な物語を読みふける……いつの頃からかそれが、エメラダの日課となっていた。

 

 そんな、ある日のこと。

 

『……何だろ、この本?』

 

 図書室でまた一つの物語を読み終え、そろそろ帰らないと怒られる……と帰宅の準備を始めた矢先、エメラダは偶然にもある本が目に留まった。

 

 ──結論から言えば、それは全くの偶然だった。その物語に彼女が会ってしまったのは正真正銘の偶然だ。

 けれどその出来事は確実に、平凡な少女(エメラダ・バートリー)女殺人鬼(レディ・オースティン)へと開花する、悪の種をまいてしまう。

 

 

 

 

 

 彼女が手に取った本の題名は──『人喰らいエスメラルダ』。

 

 

 

 

 

 自分とよく似た名前と、よく似た赤い瞳を持つ少女が主人公の、悪趣味な寓話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ……!?」

 

 下腹部がカッと熱くなる。高揚する神経と対照的に手足からは急速に力が抜け、視界にはこの世のモノとは思えないスペクトルの残光が散る。

 

 ──落ち着け、()()()()()()

 

 全身を襲う体調不良、しかしダリウスは冷静さを欠いてはいなかった。

 

 先ほど見せられた、驚くほど鮮明でリアリティのある幻覚。それがエメラダの特性であるならば、何も問題はない。自分が今感じている体調不良も全てがまやかし、耐えられないはずがない。

 

 エメラダは自分から少し離れた位置で、背中に生えた翅をしきりにはばたかせて、耳障りな音色を奏でている。おそらくあれが、現実と見まごうほどに精密な幻覚を構築するタネなのだろう。自分を異常が襲う場合には必ず、彼女が羽音を響かせていた。

 

 あれをなんとかして止めることができれば、とダリウスが歯噛みした、その瞬間。

 

「だめですよ、ダリウス様。無理をなさっては」

 

 ダリウスの眼前に、エメラダがいた。一瞬で間合いを詰めたのか、とダリウスが驚く間も与えず、彼女は右腕から生えた禍々しい口吻を繰り出した。咄嗟に体の軸をずらすが避けきれず、槍の穂先が右腕の肉を切り裂く。

 

「っ……!」

 

 甲虫ほどではないにしても、蝉の甲皮は決して柔らかくはない。それをこうも容易く切り裂いたことに、ダリウスは今度こそ驚愕を禁じえなかった。

 

 

 

 “ヒトスジシマカの聖槍”──吸血生物である蚊の口吻は、多くの昆虫のそれと比べても非常に複雑な構造をしている。顕微鏡で観察すれば、麻酔となる唾液を注入し、血を啜るための注射針はもとより、皮膚を切り裂くためのメスや、切開した傷が閉じないように固定するための開創器など、医療器具のような器官がいくつも備わっているのが見て取れるだろう。

 

 それは蚊という生物が練磨した、進化の証。標的が自分たちの存在に気付く間もなく全てを終わらせるため、彼女たちは長い進化の中で、痛みを感じさせず迅速に肉を断つための武器を造り上げた。

 

 しかし人間大のヒトスジシマカであるエメラダが振るえば、それはむしろ真逆の性質を有することになる。

 

 いくつもの医療器具を束ね合わせたかのようなあまりに凶悪な見た目、昆虫の外皮すら難なく貫くその貫通力。すなわち、蚊の口吻はMO手術被験者の戦闘において、威嚇とけん制のための武器としての効力を発揮するのだ。

 

「あっぶな……! でも──」

 

 ──チャンスだ。

 

 ダリウスはすぐに姿勢を低くしてカウンターの構えをとる。今の急接近は翅を使った飛行によるものだったのだろう、先ほどの耳障りなメロディは止まっている。今なら、幻覚も弱まるはず。

 

 そう考えたダリウスは、無事だった左腕から生えた毒針をエメラダに突き立てようとして──。

 

「っ……!?」

 

 

 

 ──下腹部が熱を帯びる。

 

 

 

 そしてダリウスの胸中に、とある感情が芽生えた。それは殺意や憎悪といったほの暗い感情ではなく──。

 

 不自然に沸き上がったそれはダリウスの攻撃を鈍らせ、結果としてエメラダはあっさりとダリウスの反撃を回避して後方へと飛びのいた。

 

 なんだ、今のは? 

 

 エメラダを睨むダリウスの脳が、急速に冷えていく。断じて幻覚などではない、それよりももっとずっとおぞましい何かだった。

 

 なぜ自分はこの女を、よりにもよって自分に人肉を食べさせようとしたこの女を、()()()()()()()()()()()()()!? 

 

「無駄ですよ、ダリウス様。貴方が私を傷つけられるはずがない。だって──」

 

 そんなダリウスに、エメラダは言って聞かせるように告げた。

 

 

 

「貴方はもう、恋の病に侵されているんですから」

 

 

 

「お前、何を言って……っ!?」

 

 ダリウスはその言葉を最後まで言い切ることができなかった。エメラダが再び、羽音による耳障りな演奏で始めたからだ。途端にダリウスの下腹部が熱くなって、彼の心中に突如として感情が湧き出した。

 

 

 

 それはダリウスがエメラダに向ける感情をまるごと否定するかの如き、正反対の衝動──エメラダに対する、()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ──恋に恋する毒婦の媚薬(massospora cicada)

 

 

 

 

 

 それこそがダリウスの体に異変を引き起こしているモノの正体。彼女たちは昆虫に寄生する『冬虫夏草』と呼ばれる菌性病原体──その中でも特に、蝉を標的とする一種である。

 

 寄生生物に寄生された宿主はしばしば、通常では考えられないような行動をとることがある。例えばトキソプラズマという微生物に寄生されたネズミは天敵であるネコを怖がらなくなり、アリタケというキノコに寄生されたアリは群れを離れて一匹だけで高所を目指す。

 宿主が異常行動をとる理由は言うまでもなく、寄生生物に操られているためである。彼らは自分たちの増殖により適したネコの内臓に移動するため、胞子を散布するのに都合のいい高い場所に移動するため、宿主となる生物の行動を組み直す。寄生菌であるmassospora(マッソスポラ)もまたその例にもれず宿主を操るのだが、その生態は非常に複雑でユニークなものだ。

 

 マッソスポラに寄生された蝉は、《《食事をする間も惜しむように相手を見繕っては交尾を試みるようになるのだ》。その行動に見境はなく、寄生されたオスの蝉があえてメスのように振る舞うことで、別のオスを誘惑するケースも報告されている。

 

 この異常行動は、マッソスポラが蝉の体内で分泌している幻覚物質や中枢神経興奮物質が原因になって引き起こされる。彼女たちが蝉に注ぎ込むそれは二種類存在しているのだが、そのどちらも人間社会ではドラッグとして流通・使用が規制されている代物。

 

「っ、ぐ……!」

 

 目の前の敵を殺さなくてはという殺意が、人工の好意で塗りつぶされていく。おぞましい幸福感が漆黒の衝動を飲み込み、強制的に喚起された情欲が闘争心を溶かしていく。辛うじて敵対心だけは保ちながらも、それ以外の骨を抜かれたダリウスは見惚れるように、そして崇拝するようにエメラダを睨みつけた。

 

 ダリウスに偽りの好意を植付けている物質の名は、幻覚物質“シロシビン”。

 

 マジックマッシュルームと呼ばれる幻覚性キノコに含有されるこの物質は、接種した者に視聴覚的な幻影のみならず、意識面での変成さえも引き起こす。

 過去に行われたとある研究によれば、シロシビンを摂取した者は神聖さ、肯定的な気分、時空の超越、その他語りえない神秘的な感情の喚起がされたという。また別の研究によれば、それらの神秘的な体験は人格の開放性を1年以上も持続させ、接種前に比べて対人関係や寛容さといった諸要素に肯定的な評価をもたらしたという報告がされている。

 

 そこにマッソスポラが分泌するもう一つの物質、中枢神経興奮物質“カチノン”と呼ばれる物質がそれをより加速させる。

 カチノンには他者への信頼感情や性欲、多幸感の増幅効果があり、これがエメラダに対するダリウスの偽りの好意を喚起していた。

 

「何も怖がらなくていいんですよ、ダリウス様」

 

 彼女の口から紡がれる言葉は毒のように、ダリウスの鼓膜から脳へと染み込む。

 

「私はどんな貴方だって愛しますから。おとぎ話みたいに、いつまでもずっとずっと幸せに暮らしましょう。だから、その愛に身を委ねてください」

 

 エメラダが一言紡ぐたびに脳芯がビリビリと痺れ、下腹部がかっと熱くなる。目の前でほほ笑む女神のような彼女を自分のものにしたいと、滅茶苦茶にしたいと、好意が溢れて零れてやまない。

 

「ガ、あァあ……」

 

 これ以上は、まずい。

 

 ダリウスは微かな理性で抗うも、彼の体は言うことを効かない。あと一分と経たず、彼の精神は愛欲の奈落へと沈むだろう。

 

 こんなところで、終わるのか? ろくに戦うことも、償うこともできずに、愛玩人形になり果ててしまうのか? ああ、なんて無様な──

 

 そんな思考と共に、ダリウスに残された理性の糸は完全に千切れようとして──その刹那。

 

 

 

 

 

『お前さ、あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ! 誰もお前の料理なんて食べたくねぇし、お前の歌なんて聞きたくもねぇ! 前々から思ってたんだ──』

 

 

 

 

 それは幻覚だったか、それとも走馬灯だったのか、確かなことはわからないけれど。

 

 彼の眼は確かにそれを見、耳は確かにそれを聞いた。

 

 

 

 

 

『お前の見た目、おとぎ話に出てくる人殺しにそっくりで気持ち悪いんだよ!』

 

 

 

『おいおいー、こんな所に二人きりで呼び出して、お前そういう趣味でもあんのかー?』

 

 

 

『あ、あのね……私、初めてだから優しくしてほしいな……』

 

 

 

『あんた、やっぱり……あの人の子なんだね』

 

 

 

 

 

 ──かつての自分が殺し喰らった犠牲者たちの、末期の言葉を。

 

 

 

 

 

 

「っ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 

 

 

 その意味を魂が理解した瞬間、ダリウスは哭いた。蝉の発声器官が激しく振動し、すべてを拒絶するかの如き慟哭が荒れ狂う。

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 

 咄嗟に飛び退いたエメラダは、思わず耳を塞いだ。マッソスポラの侵食が進行しているためか、あるいは明確な攻撃として放ったものではなかったためか、全力時の数分の一程度に抑えられたその声にすべてを打ち砕く本来の破壊力は伴っていなかった。

 

 だが例え弱っていようと、変態したダリウスは文字通り人間大の蝉である。彼女の華奢な体は容易く吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。さらにはかろうじて耳を塞ぐのが間に合ったとはいえ、至近距離で彼の声を聴いたエメラダの三半規管が揺らされ、彼女は一時的な前後不覚に陥る。

 

「……う」

 

 数分の後、ようやく感覚が正常にエメラダは立ち上がると、食堂の風景をぐるりと見まわす。

 割れた食器やひっくり返ったテーブルが散乱するその空間に、彼女が愛する人の姿はなかった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 壁に手をつき、息も絶え絶えといった様子で足を動かしながら、ダリウスは呟いた。

 

 はばたきがなくなり、ダリウスを縛る狂愛の鎖が一時的に弱まった隙をついて、ダリウスは食堂を飛び出していた。本当ならあの場でエメラダにとどめを刺せれば一番良かったのだが、ダリウス自身の消耗が激しかったために断念した。もしもあのタイミングで下手を打って自分がエメラダの人形となればミッシェルやシモン、スレヴィンはもとより、アメリカ中の人間の命を危険にさらすことになる。それだけは避けなければならなかった。

 

「……くそっ!」

 

 とはいえ、それももう時間の問題だと言わざるを得ないだろう。こうしている瞬間も、気を抜くとダリウスはエメラダを許してしまいそうになっているのだから。

 

 サイト66-Eの全滅という大惨事を引き起こした一味の一人、その彼女を今のダリウスは「しょうがないなぁ」の一言で笑って許してしまいたいとさえ思ってしまう。

 

「裏マーズランキング1位がこのザマとは……我ながら情けない」

 

 皮肉交じりに呟いて、ダリウスは自分の腹部を見下ろした。

 

 とにかく情報が足りない──苦し紛れの悪あがきでなんとかあの場は脱してきたが、相手に何をされたのかはわからずじまいだ。このままではいずれ追い付かれ、先の二の舞を演じることになる。

 

 この綿のような物体はなんだ? あの子のベース生物か? そもそも、なんでこんなに俺に執着する? 

 

 自分が受けた攻撃の謎、エメラダのベースとなった生物の推測、エメラダ自身への疑問──いくつもの思考が浮上しては、泡のように消えていく。先ほどの幻覚の影響がいまだに尾を引いているためか、ただでさえまとまらない思考がより迷走する。

 

 こんな時、ヨーゼフ博士ならあっさりと手術ベースを看破するだろうに。

 

 ついに思考の海に雑念が紛れ込んだことに気づき、ダリウスは苦笑した。裏アネックス計画においてドイツ・南米第五班の指揮をするオフィサーにしてαMO手術の生みの親、そして自分たち裏アネックスオフィサーの専用武器の開発者でもある中年博士の姿を思い浮かべる。

 

「もう少し、あの人の話は真面目に聞いておくべきだったかな……」

 

 冗談交じりに呟いて。しかし次の瞬間。その何気ない一言が、ダリウスを核心へと導いた。

 

 ──そうだ、ヨーゼフ博士だ。

 

 ダリウスははっと目を見開く。その脳裏に蘇るのは、以前彼と酒の席で飲み交わした際の会話だった。

 

 

 

 その時ダリウスは、共通点らしい共通点もないヨーゼフとの会話のため、自身の専用武器やベース生物についての話題を振った。結果として彼は飲み会の時間のほとんどを彼の科学談議に付き合わされることになったのだが、その時の会話を思い出したのだ。

 

『ところでダリウス君、君以外にも北米第一班──裏マーズランキング1位の候補がいたことは知っているかね?』

 

 ヨーゼフがその話題を切り出したのは、ダリウスの専用武器として考案されながらも、あまりに無差別な破壊を伴う運用方法だったために没案として廃棄された兵器の話が終わる頃のことだった。

 

『いや、初耳ですね。そんな人がいたんですか?』

 

 相槌を打ちながらダリウスは、小難しい科学兵器の話がようやく終わったか、と内心で安堵の息をつく。こちらから振った話題だったとはいえ、さすがに知らない技術の話を延々とされ続けるのは堪えていた。

 

 なんでもいいから彼の口から紡がれる呪文のような話題を終わらせたい、とダリウスは苦し紛れの質問をする。

 

『そうかね……ではせっかくの機会だ、『彼女』の話でもするとしようか』

 

 そういってヨーゼフは語りだす──といっても、それは裏マーズランキング同率1位の被験者の話ではない。ヨーゼフが『彼女』といった人物の特性と、その人物に与えられるはずだった専用武器についてである。

 

『なるほど、確かにそんな特性なら裏アネックスの任務適正は僕以上にないでしょうね……』

 

 確か、一通り話を聞いた自分は最初にそう言ったはずだ。ヨーゼフの口から語られた『彼女』の特性の神髄は、ダリウスと同じ『一対多を想定した広域制圧』。しかし実際に運用するとなれば、その特性はダリウス以上に制御が難しく味方を巻き込む可能性が高いものだったのだ。

 

『でもいいんですか、博士? この話、軍事機密だったんじゃ……』

 

 自分が続けたその言葉に、ヨーゼフは『問題ない』と返した。

 

『彼女の特性運用の最も強力な点は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、この一点に尽きる。さすがに他国の軍部にタレコミでもいれれば話は別だが、君個人に話すくらいならば、どうということはない』

 

 そう言ってヨーゼフは笑うと、締めくくりにこういったのだった。

 

『もしも万が一、対峙することがあったならその時はいるかもわからない神に祈りたまえ。勝機はただ二つ──『何もさせずに仕留める』か『彼女の特性を封じるための設備を準備する』しかないのだから』

 

 

 

「思い出した……! そうか、あの娘が“もう一人の1位”だったのか……!」

 

 当時、ヨーゼフが『彼女』の素性について語らなかった理由を、ヨーゼフが徹頭徹尾他人に関心がない人間だからだと思っていた。しかし今にして思えば、それは彼なりの気遣いだったのだろう。

 

 エメラダの姿も、ヨーゼフから聞いていた話と一致する。ならば、彼女の特性は……。

 

「なんでもっと早く思い出さなかったかな、俺……」

 

 一周回って失笑しか出てこない……だが、()()()()()()。どうやら自分はまだ、運に完全には見放されていなかったらしい。

 

 よし、と気を引き締めたその時、今まで沈黙を保っていた通信機が着信を知らせた。

 

『──ダリウス! 聞こえるか!?』

 

「ミッシェルさん!」

 

 通信機の向こう側から聞こえてきたのは、数十分前に分かれたミッシェルの声。

 

「通信が再開してるってことは……管制室の制圧に成功したんですか!? シモンさんは!?」

 

『落ち着け、私もシモンもひとまず無事だ。つってもシモンは戦闘不能状態だし、なんでかスレヴィンの奴と通信が繋がらねえと気がかりな点はあるがな……』

 

 彼女から肯定の返事が返ってくるのを聞き、ダリウスはまず胸のつかえが一つなくなったのを感じた。

 

『それよりもダリウス、そっちはどうなってる? 私たちと別れてから何が──』

 

「すいません、ミッシェルさん。本当は色々説明したいんですが……時間がない。なので確認させてください」

 

 ミッシェルの言葉を遮って、ダリウスは言う。普段の彼ならば絶対にしないだろう好意だ。

 

「俺は今、敵と交戦中です。相手は“女殺人鬼(レディ・オースティン)”エメラダ・バートリー。元裏アネックスのオフィサー候補で、裏マーズランキングは俺と同率の第一位……間違いないですか?」

 

『どうしてお前がそれを……いや、そうだ』

 

 驚きの言葉を飲み下して返されたミッシェルの言葉に、ダリウスは口端を釣り上げた。糸のようにか細い活路が、確かな希望へと変わっていく。彼は確信した、勝つにはこれしかない──否、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──ミッシェルさん、お願いがあります。エメラダを倒すために、協力してほしい」

 

 

 

 そうだ──自分は彼女にだけは負けられない、負けてはいけないのだ。

 

 

 

 ダリウスは意を決すると、勝利のための布石を打った。

 

 

 

 

 





【オマケ】他作品の登場キャラクター・設定紹介

ヨーゼフ・ベルトルト(深緑の火星の物語)
 テラフォ二次作品に一人は存在するという天才科学者枠。αMO手術の生みの親であり、裏アネックスのオフィサーたちの専用武器の開発者。
やたらと幼女に好かれる謎の人徳があり、よくロリコンと間違われる。『この筋肉がすごい!表裏アネックス混合編』第167位(男女混合)


ヨーゼフ「いくら私でもクラゲに負けてたまるかうおおおおお……!」プルプル

クロード「私もアメーバに負けるわけにはいかない……!」プルプル

小吉「す、すげえ……なんて低レベルな戦いなんだ……!?」


(U-NASAアームレスリング大会(研究職員編)、最下位決定戦にて)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。