贖罪のゼロ   作:KEROTA

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今回はちょっと趣向を変えて、

「『深緑の火星の物語』『インペリアルマーズ』の両作品のコラボの舞台やキャラを紹介しつつ、出番がだいぶ先になる黒陣営の皆さんを紹介する回」

です!(長い)



狂想賛歌ADAM-4 俯瞰模様

 リバーシ、将棋、チェス──著名なボードゲームは数あれども、純粋な差し手の技量だけで勝負が決まるものは意外なほどに少ない。

 

 ときにその時の体調、ときにその場の環境、ときにその人との心境。勝負の行方を左右する要素はあまりにも多く──だからこそ対戦者は、ときに盤の外においても熾烈な争いを繰り広げる。

 

 そしてそれは、ニュートンの異端児たちの陣取り合戦『痛し痒し(ツークツワンク)』においても例外ではなく。

 

 槍の一族の首領“オリヴィエ・G・ニュートン”とフランス共和国大統領“エドガー・ド・デカルト”はアメリカ合衆国を取り合う片手間に、盛大な盤外戦(マインドゲーム)を繰り広げていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「定刻、ですな……」

 

 ニュートン一族に連なる“ヴィンランド家”の分家にして、一族ぐるみで(常人から見れば)悪辣としか言いようのない宗教に身を染めるアポリエール家。彼らの中でも上位の聖職者である司祭・司教が集められたその会議は、そんな重苦しい一言共に幕を開けた。

 

 平時であれば比較的和やかに進行する会議だったが、今回ばかりは勝手が違った。

 

「今こそ、我らの教義を知らしめるとき。この大任、どなたか請け負ってはいただけませんかな?」

 

「いやいや、ハハ……そういう卿こそ、厚い信仰をお見せするべきでは?」

 

「……」

 

「大丈夫ですか、ロドリゲス卿? 今日はやけに口数が少ないようで……?」

 

 弱弱しく、誰かに押し付け合うかのような論調。しかしある意味では、それも当然と言えた。

 

 彼らの此度の議題は『痛し痒し(ツークツワンク)と、それに伴う盤外戦(マインドゲーム)』について──アポリエール家と一蓮托生の関係にあるゲガルド家。その長であるオリヴィエが盤外戦としてエドガーに打った一手を如何に補助するかが、彼らを苦しめていた。

 

 

 

 その一手とは──“赤色の枢機卿”アヴァターラ・コギト・アポリエールのフランスへの派遣。

 

 

 

 アポリエール家の聖職者はその階位によって、一族内での序列が明確化されている。『枢機卿』はその中でも一族当主たる『教皇』に次ぐ地位であり、地球において事実上の最高位に座す人間でもある。

 

 それがどうして、彼らを苦しめているのか? 枢機卿の補佐を務められることなど、大変に名誉なことではないのか? 

 

 

 

 彼らを苦しめる原因は、アヴァターラという枢機卿の人格にあった。

 

 

 

 一言で言えば、()()()()()()()()。アポリエールが掲げる教義にどこまでも忠実であり、どこまでも一途であり、それゆえ彼は信仰に一辺の過ちすらも許さない。そしてその苛烈な信心は異教徒だけでなく、味方にさえも牙を剥く。

 

 十年前、当時の教皇と七人の枢機卿のうちの六人が惨殺される事件が起きた。

 

 表向きは『最高会議の場にテロリストが襲来した』として処理されたこの一件だが、その真相は生き残った唯一の枢機卿、アヴァターラによる、腐敗しきった当時の上層部の粛清だったといえば、その過激さは推して知るべしだろう。

 

 その狂信ゆえ、内々に処刑されるはずだったアヴァターラ。それに待ったをかけたのがオリヴィエだった。彼の意向を無視できるはずもなく……仕方なしに、当時の司祭・司教会議は彼を幽閉するという形で妥協とした。

 

 アヴァターラはおおむね数年に一度のペースで、オリヴィエ直々の任務を遂行するため地上に解き放たれる。普段であればアポリエールの最高会議は「我関せず」を貫くところなのだが、今回ばかりはそうはいかなかった。

 

 なにしろ今回の彼に与えられた任務は、オリヴィエと並んでジョセフに近いと評されるエドガー・ド・デカルトの抹殺。この状況で無視を決め込むことはゲガルド家とアポリエール家の共生関係に亀裂を生むことになりかねない。だから嫌でも、誰かを派遣しなくてはならなかった──まさに痛し痒しの状況である。

 

 こんな時にブリュンヒルデ卿がいてくれれば、と上級司祭たちは頭を抱える。過激にして理解不能な思想に呑まれることなく、それでいてこちらの意図を的確にくみ取って行動する彼女は、かの枢機卿との貴重な橋渡し役だった。そこにつけこんで地位に資金にと散々に恩賞を要求されたものの、それで自分達に火の粉が降りかからないなら安いものである。

 

 

 

「その任、私が引き受けましょう」

 

 

 

 結局、長く踊り続けた会議は1人の年若い──言い換えれば、事情を詳しく知らない信徒、アンセルム・アポリエールの一声で決着した。

 

 アンセルムは強欲だが、齢22にして上級司祭に片足をかける優秀な男である。「君ならばと申し分あるまい」と司祭たちは太鼓判を押すと、スタスタと会議場を去る哀れな子羊の背中を見送った。

 

 ──果たしてそれが最善の一手だったかどうかはともかく、ともあれ問題はこれで解決した。

 

 肩の荷が下りた司祭たちは胸を撫で下ろし、ぼちぼち会議が解散する流れになりかけたその時──この男が口を開いた。

 

 

 

「──やはり、『赤の宣教師』たちを解き放つべきでは?」

 

 

 

「ッ! ロドリゲス卿!?」

 

 セシリオ・ロドリゲス──家柄はアポリエールどころかニュートンですらない、ごくごく普通の人間。それにもかかわらず、一般教徒から上級司祭まで上り詰めた実力者。そんな彼の発言は、周囲の司祭や司教たちをざわめかせるに余りある者だった。

 

 赤の宣教師──それは“赤色の枢機卿の手足”を自称する、狂信者たちの通り名。そのあまりにも危険で過激な行動ゆえに、主人共々『危険因子』の烙印を押され、今なお幽閉されている問題児たちである。

 

「馬鹿な、その案は先程の会議で否決されたではないか!」

 

「奴らを送り込んでは、もはや神の卵の選別を行うどころではなくなる!」

 

「正気か、ロドリゲス卿!?」

 

 宣教師たちの実力は折り紙付き、間違いなくアポリエールが誇る最高戦力の一角だ。しかし彼らは、何もかもが危険すぎる。信仰も、人格も──極めて強力なベース生物も。

 

「いやまったく、そのご懸念はもっとも。しかしですな皆様、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 シン、と静まり返る会議室。ロドリゲスは口ひげを撫でながら、言葉を続けた。

 

「アンセルムだけでは手が足りないでしょう。しかし、襲撃を指揮するのはかのアヴァターラ卿、()()()()()通常の信徒を送り込んだとて足枷にしかなりますまい。なればこそ、アヴァターラ卿の意図を正しく汲み取り動く手足として送り込むのは、『赤の宣教師』たちこそ適任では?」

 

 しれっと自分を援軍の候補から外しながら、彼は説いた。

 

 果たして会議はそこから更に長引いたものの……最終的には増援として、『赤の宣教師』たちが送り込まれる運びとなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──数週間後、フランス共和国の首都パリにて。

 

 アメリカでは丁度、ミッシェルたちがサイト66-Eの攻略を始めた頃合いである。日の入りを控え宵闇が忍び寄るこの時間帯は、普段なら家路を急ぐ学生や豪華なディナー目当てにレストランを目指す人の活気で市内が溢れかえる。

 

「う、うわあああああ!?」

 

「何だあれ、何だあれ!?」

 

 だがその日、花の都を満たしていたのは活気などではなく──混乱と悲鳴であった。

 

 割れたショーウィンドのガラスケース、押し倒されたカフェのパラソル。その間を逃げ惑う人々の目に移るのは、どこからともなく這い出て人々に襲い掛かる、無数の異形の怪物たちの姿。

 

 青白い人間の胴体が連なったムカデのようなそれは、信じがたいことにMO手術を受けたただ1人の人間の能力によって生み出されたものだ。

 

「──人の子よ、いと貴き神の卵たちよ、もう少しだけ待っていておくれ」

 

 惨禍を生み出した張本人、アヴァターラ・コギト・アポリエールは眼下の地獄を睥睨して呟いた。ビルの屋上に吹き付ける穏やかな風が、虹色の胴衣の裾をはためかせた。

 

 

 

 ──偽りの神より神託は下り、救済の門は開かれた。私は楽園より這い出で、その階に汝らを導くもの。

 

 怯えることはない、嘆く必要もない、救済はあまねく人々に等しく授けられる。

 

 我が嬰児たちよ、崩壊した花の都を巡礼せよ。我が半身たちよ、救われぬものに救いの手を差し伸べよ。

 

 孵ることなき、哀れな神の卵たち。彼らのしるべなき生の旅路に終止符を。

 

 

 

「すぐに、私が救ってあげるから」

 

 

 

 ──哀れな子羊たちに、魂の救済を。

 

 

 

 

 満足げにほほ笑むアヴァターラ。そんな彼に、背後から声をかける者達がいた。

 

「アヴァターラ卿、万事整いまして候」

 

「ご苦労様、我が宣教師たち。情報はどれくらい集まったかな?」

 

 振り向いたアヴァターラに傅くのは、4人の男女だった。全員が修道服を身に着けているが、四者四様にどこかただならぬ気配を纏っている。

 

 

 

「はっ、黒のルークとビショップは未だこのパリにいるようにござる」

 

 

 

「それとぉ~、フランスの特記戦力のぉ~、水無月六禄(みなづき むろく)がぁ~、動き出してるみたいですぅ~」

 

 

 

「この間、アヴァターラ卿を手負いにした近衛長がもう復活したみたいだよ♪ あは♪ タフだなァ♪」

 

 

 

「フランス軍も猊下の愛し子たちの対処に追われている様子( ´艸`) 今ならエリゼ宮殿も手薄と予想(≧▽≦)」

 

 

 

 彼らが口々に告げた情報を受け、アヴァターラは顎に手を当てて考える。今の彼が直接動かせる戦力は、目の前にいる4人と、別行動をしている協力者のみ。彼らを使って上手く対処しなければ、救済には支障をきたすだろう。

 

「……よし」

 

 少し間を置いてから、アヴァターラは決定を下した。

 

 

 

「これからどう動くのか、一切の判断は君たちに任せよう。“右腕”、“左腕”、“右足”、“左足”──我らアポリエールの教義の下に、なすべきことをなせ」

 

 

 

「承ってござる」

 

「仰せのままにぃ~」

 

「はーい♪」

 

「了解(*^▽^)/★*☆」

 

 

 4人は返事を返すと立ち上がり、踵を返す。その背を見送りながら「案外あっという間に、決着は着くかもなぁ」と、アヴァターラは独り言を口にした。

 

 

 

 ──彼らこそは、赤の宣教師。

 

 

 

 かつて“赤色の四天王”と呼ばれたアポリエールの特級危険因子たち。信仰に傾倒し、ひたむきに求道するあまり()()()()()()()()。指導者たるアヴァターラの手足でいいと、彼らはその全てをアヴァターラに捧げたのだ。

 

 

 

 そんな彼らの辞書に『妨害』などという生ぬるい言葉は存在しない、するはずもない。

 

 崇拝するアヴァターラの教義に則り、正しく『救済』を執行するため──彼らは夕闇に覆われ始めた地獄へと身を躍らせた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「おぉ!? なんだこりゃ!?」

 

 跳梁跋扈する無数のムカデ怪物を前に、男は目を輝かせた。その顔に刻まれたしわを一目見れば、彼が相当な老人であることは想像に難くない。しかし同時に彼は、“老人”と聞いて一般大衆が思い浮かべるような、よぼよぼとした頼りなさげな存在でもなかった。

 

 ──水無月六禄。

 

 フランス共和国が保有する戦力の中でも現状、一・二を争うほどの武術の達人。使用武術はシモンと同じ八極拳だが、その練度はアーク計画の団長達の中でも最強の1人である彼と比べても段違い。何しろ、()()()()()()()()()

 

 今の彼はMO手術こそ受けていないものの、総合的に見れば下手な被験者など歯牙にもかけない戦闘力を有している。フランス共和国親衛隊の合同演習に特別講師として呼ばれた折には、生身で変態した各連隊長たちを相手取っていたというのだから、その実力は推して知るべしである。

 

 では、そんな彼と異形のムカデが戦ったらどうなるのか? 

 

「大したことねえなぁ……」

 

 答:圧勝。

 

 嬉々として飛び出した六禄は1分後、物凄くつまらなそうな表情で動かなくなったムカデの山の上に立っていた。

 

 あの異常な見た目、さぞや危険なのかと思えばなんのことはない、八極の神髄を見せるどころか、見せ札に使っている拳法だけで勝ててしまった。俺のワクワクを返してくれ、とばかりに彼は嘆息する。

 

「んで……そこに隠れてるヤツ。お前は、少しは楽しませてくれるんだろうな?」

 

「──御見事にござる」

 

 ぬぅ、と姿を見せたのは、修道服に身を包んだ巨漢である。身長は優に2mは越しているだろう、剃り上げた頭髪もあいまって入道と形容するに相応しい大男、“右腕”だ。

 

「水無月六禄殿、我らが教義の下に……老いさらばえた汝の魂を救済する」

 

 言うが早いか、“右腕”はその身に変態薬を投与した。途端、彼の修道服を突き破って、無数の人間の腕が背中から伸びる。その様はまるで百手の巨人(ヘカトンケイル)のようにも千手観音のようにも見えた。

 

 

 

 

 

 赤の宣教師“右腕”

 

 

 

 αMO手術ベース“棘皮動物型”

 

 

 

────── ヒガサウミシダ ──────

 

 

 

 

 

 海中を漂う、無数の羽根や触手が集まったような生物『ウミシダ』。その姿を始めて見た者の多くは彼らを植物や海藻の仲間と勘違いするが、実際にはウニやヒトデの仲間である。

 

 彼らの特徴は2つ。まず第一に、種や個体ごとにばらつきはあるが、彼らは数十本の触手を持っていること。それをMO手術の能力として発現させれば、被験者は無数の腕を獲得することができる。

 

 そして第二に、原始的な棘皮動物としての再生能力。高い修復力を持つ生物に、純粋な打撃や斬撃の効果は薄い。骨を折られようと、腕を飛ばされようと、頭を潰されようと──ウミシダの修復能力であれば、何も問題はない。

 

 手数で相手を上回り、再生能力で相手の攻撃を無力化する。そして素体となった“右腕”自身も1つの武術の奥義を修めた手練れ。赤の宣教師たちの中でも最強、アヴァターラの右腕という肩書に恥じぬ実力者たる彼が、六禄の相手に選ばれたのは当然であり必然であった。

 

「いかに貴方が武の達人といえど、百を超える我が拳は捌き切れまい!」

 

 勝ち誇ったように笑うと、“右腕”は背中から生えた無数の拳が握りしめられ──次の瞬間、“右腕”は六禄の目の前に立っていた。

 

 縮地──達人のみが使うことのできる、一瞬にして距離を詰める古武術の極意である。

 

「くゎッッ!」

 

 ただ佇むだけの六禄に、“右腕”の無数の拳が降り注ぐ──! 

 

 

 

 

 

「全然駄目だな」

 

 

 

 

 

「がァっ──!?」

 

 次の瞬間、“右腕”の背から伸びる数十の腕が一斉に千切れ飛んだ。目を見張る“右腕”の懐に飛び込んだ六禄は、彼の腹に拳を叩きこむ。

 

 熊歩虎爪、虎の如き爆発力で放たれた拳は肉を貫き、骨を砕く。たまらず吐血した“右腕”に、六禄は呆れたように言った。

 

「数に頼りきりで、一発ごとの威力も制御もだだ甘じゃねえか。筋は悪くねえんだが……これじゃあなぁ」

 

「ぬうぅ、言ってくれおるわ……! だが、余裕ぶっておられるのも今の内よ……」

 

 ぐらりと傾き倒れそうになるのをこらえ、“右腕”は六禄を睨む。

 

「確かに汝の打撃は確かに脅威! だが、どんなに肉体を壊されようと儂の特性はその全てを治し──」

 

「ああ、そりゃ無理だ」

 

 “右腕”の言葉を遮り、六禄はなんてことないように彼を指さした。

 

「自分の腕、見てみな」

 

「は? ……ッ! なっ、ああああああああああああ!?」

 

 反射的に自らの腕を見やった“右腕”が悲鳴を上げた──自分の腕が、異形へと変化し始めていたのである。

 

 過剰変態とも違う細胞の暴走――人間とウミシダが混ざりあった、生理的な嫌悪を喚起する状態。思わず冷静を欠いた”右腕”に、六禄はなんてことないように告げる。

 

「なんちゃらオーガン、だったか? それぶっ壊されると、お前らは戦えなくなるんだろ? だから──」

 

 

 

 ――さっきの一撃で壊しといたんだわ。

 

 

 

 あまりに軽い調子で語られた真実に、“右腕”は全身から血の気が引く思いがした。棘皮動物の再生能力がいかに高くとも、後天的に埋め込まれたモザイクオーガンの修復は不可能。”右腕”の主君であるアヴァターラはαMOの再生すらも可能だが、彼の能力はその域にまで昇華されていない。

 

 彼の敗因は己の特性を過信したこと――その一言に尽きる。

 

 増殖した腕を用いた攻撃は達人に通じず、無敵に等しい再生能力には致命的な弱点があった。彼の最大の強みが弱みに変わった今、“右腕”にできることは自分の肉体が人間でもウミシダでもない何かに変わり果てていく様をただ見守ることだけだ。

 

「み、水無月六禄ゥゥウウゥウウウウゥウ!?」

 

「出直して来い、小僧」

 

 怒号の如き断末魔を上げ、最後のあがきと伸ばされた“右腕”の無数の腕を呆気なくへし折ると、六禄はニッと笑う。

 

 

 

 

 

「お前の功夫(クンフー)は、70年足りねえ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「んあああああああああああッ↑! オリアンヌたんオリアンヌたんオリアンヌたあああああああああん!! 会いたかったよオオオオオオオオッ! うっひょう、相変わらず芸術的な筋肉だねオリアンヌたん! 巌のような胸筋! 断崖のような腹筋! 霊峰のような背筋! エロい、最ッッ高にエロいよオリアンヌたん! もうこれで俺は今日ご飯三杯……いや、十杯はいけるね! ああ、今すぐそのゴリラよりも逞しいカラダで俺を抱きしめてくれ! そして俺を、めくるめく筋肉の園へ連れていってくれ!」

 

「やかましいぞフィリップ! 無駄口を叩いてる暇があったら足を動かさんかァ!」

 

「ああッ! そんな釣れない態度も好きだぁー!」

 

 ──パリ市内、メインストリート。

 

 恐慌して押し寄せる人の濁流に逆らい、大統領官邸──エリゼ宮殿を目指して騒々しく走る2人の人間の姿があった。

 

「公衆の面前で卑猥な言葉を並べおって! 貴様にはフランス共和国親衛隊としての自覚と誇りが足りんのだ、たわけッ!」

 

 大柄な女性──オリアンヌ・ド・ヴァリエが、雷のような声で一喝する。彼女が身に着けている時代錯誤な甲冑は、フランス共和国親衛隊第一歩兵連隊の正装。その胸に燦然と輝く勲章は、その隊長にのみ与えられるものである。

 

「いやいや! いくらオリアンヌたんでもそれは聞き捨てならないな! 俺にだって自覚と誇りはある──変態としてのな!」

 

 対するは、中折れ帽にスーツという洒落た出で立ちの美青年。フィリップと呼ばれた彼は、オリアンヌの言葉に心外だと反論する。

 

「筋肉フェチが相当マニアックだという自覚はあるし、だけど俺はこの性癖を誇りに思うぜ! 人目も法律も、俺のパッションとリビドーは止められない! いつでもどこでも、俺は筋肉讃歌を歌うのさ!」

 

「公序良俗を乱すな馬鹿者ォ!」

 

「うおおぅっ!?」

 

 帽子の上から振り下ろされた岩のような拳骨を、フィリップは紙一重で躱す。冷や汗を流しながらも楽しそうに笑う彼を、オリアンヌは心底鬱陶しそうに見つめる。

 

 そんな、漫才のようなやり取りをしながら走っていた2人だったのだが──

 

「はい、ストップですぅ~」

 

 ──彼らの行方を遮るように、立ちはだかる者が1人。

 

 修道服に身を包んだ、金髪の女性だ。しかし胸元を大きくはだけ、腹を露出したその妖艶な姿は清貧を良しとする修道女の姿からは程遠い。

 

 意地の悪い笑みを口元に浮かべながら、女性──“左腕”は言う。

 

「ここから先は行き止まりなんですよぉ~。回り道を探してくださ」

 

「邪魔だァ!」

 

「ごぴゃっ!?」

 

 ドゴン! ──と、オリアンヌの巨腕が振り下ろされる。先程フィリップに振り下ろしたのとは訳が違う、殺傷を目的とした一撃。

 

 万力を込めた鉄槌は狙い過たず“左腕”の頭部を打ちすえ、そのままその体を地面へとめり込ませた。石畳がひび割れる程の威力に、フィリップは口笛を吹いてまばらな拍手を送る。

 

「さっすが、大統領が近衛長に置いとくだけのことはあるな。けどオリアンヌたん、気づいてる?」

 

「当然だ。おい女、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「あらぁ~、ばれちゃいましたかぁ~」

 

 オリアンヌの言葉に、うつぶせに倒れていた“左腕”は跳びあがった。ハンドスプリングと呼ばれる体術で文字通りバネのように後退すると、傷1つついていない彼女は首をコキリと鳴らした。

 

「仕留めたと思ったのだがな」

 

 異様な“左腕”の様子に全く怖じることなく、オリアンヌが唸る。その左手はいつのまにか、甲から肘にかけて鈍器としか形容のしようがない極めて攻撃的な器官へと変形していた。

 

 生半可な強度では耐えられるはずもない、『白亜の鎧鎚』──再生能力によって殺しきれないことはこれまでにも何度かあったが、甲殻型でさえこの一撃を受ければただでは済まない。それをあろうことか、目の前の“左腕”は無傷で凌いで見せた。

 

「いきなり女の子を叩き潰すなんてぇ~、野蛮ですねぇ~」

 

 間延びした声で、しかし“左腕”は小馬鹿にしたようにオリアンヌに言う。

 

「そんなんだからぁ~、貴女は猊下に負けちゃったんですよぉ~」

 

「ッ……!」

 

 ギリ、とオリアンヌは血が滲むほどに下唇をかみしめた。その胸中にひしめくのは、己の無力さに対する怒りと悔恨。

 

 彼女は数日前、とある通報がきっかけで遭遇した侵略者、アヴァターラと交戦していた。その結果は痛み分け──深手を負った彼女は治療のため、今日まで前線から離れていたのである。

 もしもあの時、自分があの男を仕留めていれば、あるいは自分が前線から退いていなければ──今日もこの街道には、健やかな日々の営みが溢れていただろう。

 

 黙り込んだオリアンヌを見て、“左腕”は鬼の首を取ったようにまくしたてる。

 

「第一歩兵連隊長とかいう大層な肩書、返上した方がいいんじゃないですかぁ~? あ、今日から貴女はぁ……『エドガー大統領ファンクラブ隊長』なんてどうでしょぉ~? 貴女みたいな無能にはお似合いの──」

 

「おっとそこまで!」

 

 だがそんな“左腕”の罵詈雑言を、事態を見守っていたフィリップは遮り、にっこりと笑った。

 

「モーモーやかましいぞ、牛女」

 

「牛ッ……!?」

 

 ポーカーフェイスを崩された“左腕”を無視し、フィリップは振り返るとオリアンヌに告げる。

 

「ヘイ、オリアンヌたん。彼女の相手は俺が請け負うよ。それより君は、一刻も早くエリゼ宮殿へ」

 

「だが──ッ!」

 

 声を荒げかけるオリアンヌの唇に人差し指をあて、フィリップは続ける。

 

「真っすぐなのは君の良いところだけど、短絡的なのは君の悪い癖だ。オリアンヌ──第一歩兵連隊長たる君が今、為すべきことは?」

 

「……!」

 

 はっと顔を上げたオリアンヌ、その目を黙って見つめるフィリップ。両者の間に、それ以上無粋な問答は無用だった。

 

「感謝するぞ、連隊長ッ! 今度朝食でもおごってやる!」

 

「お互い生きていればね、連隊長。あと俺、朝はハムじゃなくて太股筋(ハムストリングス)派だから、よろしく」

 

 “左腕”とフィリップの戯言を無視して、エリゼ宮殿へと駆け出すオリアンヌ。そんな彼女の背に、フィリップは手を振った。

 

「ちょっとぉ~? 私が黙って通すとでも思ってるんですかぁ~?」

 

 勿論それみすみす許すほどに、赤の宣教師“左腕”は甘くはないし、優しくもない。彼女は懐から大ぶりなナイフを取り出すと、何の躊躇もなくオリアンヌにそれを投げつけようとして──

 

「いいや、黙って通してもらう!」

 

 次の瞬間、彼女の手を何かが撃ち抜いた。次いで同様の攻撃が“左腕”の肩と膝を貫く。思わずナイフを取り落とした“左腕”が自分の手を見れば、弾痕のような傷とそこから溢れる血が目に映った。

 

「射撃……!?」

 

 咄嗟に身を翻してフィリップを見やると、すでに彼は変態を終えていた。その顔や手には緑の脈が走り、額からはやはり緑のトゲが生えている──しかし、彼は自然体で立っているだけだった。何か特性を使った素振りも、拳銃を隠し持っている様子もない。

 

 だが、目の前の男が何かをしたのは確実。なぜなら──

 

(傷が、焼けて……ッ!?)

 

 刻々と、その傷の状態が悪化しているからだ。夕日に照らされた3つの傷は、まるで強酸を塗り込んだかのように赤く爛れていく。

 

 傷自体は大したものではないが、尋常ならざるその状態に“左腕”は生唾を飲む。それを見てとったらしいフィリップが、明るく語りかけた。

 

「そんなに怖がらなくていいよ。こんなのはただの、面白手品だからね」

 

 フィリップが両手をヒラヒラと振って見せると、その袖口からばらばらと金属製の弾丸のようなものが零れ落ちた。それを見た“左腕”は、すぐにフィリップの攻撃手段を察する。

 

「指弾か……!?」

 

「ご名答!」

 

 いたずらが成功したような顔で、フィリップが笑う。

 

 指弾──中国に伝わる暗器術の1つで、直径7mm~10mm程度の鉄玉や鉛玉を親指で弾き飛ばし、銃なくして「弾丸」を撃つ技法。指弾は訓練こそ必要だが、投擲のように大きな呼び動作を必要としないため、隙が小さく攻撃がばれにくい。“左腕”が気づかなかったのも、それが原因だった。

 

 おそらく、爛れの原因はそこに塗り込められた何らかの薬品だろう。しかしニュートンの鋭敏な感覚をもってしても、化学的な火傷以外の体調不良は見られない。見た目の派手さに対して、人体への毒性はさほど高くないはず。

 

「さて、僕は変態だが紳士でね。君が今すぐ変態──あ、人為変態ね? 人為変態せずに降伏するっていうなら、このまま殺さないであげてもいいぜ?」

 

「……調子に乗らないでくださいよぉ~。タネが割れた手品師さんなんてぇ~、ごみ以下じゃないですかぁ~」

 

 だからフィリップの降伏勧告を、“左腕”はコンマ秒の間スラおかずに切って捨てた。彼女は懐から点鼻薬型の変態薬を取り出すと、止める間もなくそれを接種する。それと同時、彼女の体は茶色いゴム質の皮膚に覆われた。

 

「あは! 貴方がどこの誰かなんて知りませんけどぉ~! 慈悲深いあたしが救済してあげますよぉ、変態さぁ~ん!」

 

 傷が塞がった彼女は両腕で落とした2振りのナイフを拾い上げると、べろりとその刀身を舐めた。まるで、自身の唾液を塗りたくるかのように。

 

 

 

 

 

 赤の宣教師“左腕”

 

 

 

 αMO手術 “環形動物型”

 

 

 

 

 ────── ヤマビル ──────

 

 

 

 

 

 蛭と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、芋虫ともミミズともつかない形状をした、水辺の吸血生物だろう。

 

 間違いではない。だが、もしあなたが「陸上なら彼らの被害にあうことはない」と思っているのであれば、その認識は今すぐ改めるべきである。

 

 ヤマビル──学名を『zeylanica japonica』。登山を趣味とする者にはおなじみの、陸生のヒルである。その気色の悪い姿から「人が最も不快に感じる動物」の1つとさえ呼称されるが、その体に秘めた驚異の特性を知る者は少ない。

 

 その唾液中に含まれる『ヒルジン』は血液の凝固を妨げ、MO手術の被験者が攻撃として行使すれば、些細な傷すらも致命傷に至らしめる。

 

 獲物を探すための二酸化炭素と熱を探知する術は、敵の逃亡と潜伏を見逃さない。

 

 加えてヤマビルが有する独自の能力として、全身を構成するゴムのような皮膚を上げることができる。弾力に富み丈夫なその皮膚は引っ張ってもちぎれず、人間に踏まれても潰れない。

 

 先ほど攻撃を受けた“左腕”が傷一つ追っていなかったのは、この特性を発現させていたからである。彼らの主、アヴァターラから事前に伝えられていた特機戦力の一人であるオリアンヌ。その対抗札として、宣教師たちの中で最も防御力があり、知恵の回る“左腕”はこの場に派遣されていた。

 

「どうするんですかぁ~? 今の私にぃ~、さっきのつまんない手品はもう通じませんよぉ~?」

 

「……駄目じゃないか、牛女ちゃん」

 

 煽るような“左腕”の言葉にも、フィリップは眉一つ動かさない。まるで聞き分けのない子供に諭すかのような口調で、彼は言葉をつづけた。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「何を……ッ!?」

 

 次の瞬間、ぐにゃりと“左腕”の視界がゆがむ。次いで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、んで……薬、一本しか使ってな……!?」

 

「あーあ、だから()()()()()()()降伏しろって言ったのに……まぁ、あんだけ打ち込んどいたし、そりゃこうなるわ」

 

 あちゃー、とばかりにフィリップは頭に手をやると、醜いヒルへと変化しつつある美女を見下ろした――否、()()()()

 

「エドガー叔父さんと違って俺は優しいから、投降してくれれば本当に悪いことにはしないつもりだったんだぜ?」

 

「ま、て……!?」

 

 だがその発言から、“左腕”は何かの可能性に思い至ったようだった。ゴム質の皮膚に埋もれつつある目を大きく見開き、彼女は口を開く。

 

「『フィリップ』『エドガー叔父さん』……! まさか、お前……!?」

 

「あ、そういや自己紹介してなかったっけ。それじゃあ改めて」

 

 パチン、と指を鳴らしたフィリップは、もはや動くことすらできない“左腕”に優雅に一礼した。

 

 

 

「フランス共和国親衛隊所属、『元』騎兵連隊長にして“黒のビショップ”──フィリップ・ド・デカルトだ。お見知りおきを」

 

 

 

「ば、かな……ッ! 情報と、見た目が全然ちがう……! それにお前は、()()()()()()()()()……!」

 

 血走った目で睨みつける“左腕”に、フィリップは肩をすくめてみせた。

 

「ま、そこについての種明かしはまたの機会に、ってことで。ああ、君は名乗らなくていい。興味ないからね」

 

 ──そして、冥途の土産に覚えておくといい。

 

 そういってフィリップは、蛇のように狡猾に口元を歪ませた。

 

 

 

 

 

「フランス共和国親衛隊を舐めるとこうなる――お前如きが俺の戦友(オリアンヌ)を語るなよ、無能」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「時代遅れのカルト共め……余のフランスを土足で踏み荒らしおって」

 

 ──エリゼ宮殿、大統領執務室にて。

 

 窓越しに聞こえる市民の悲鳴に、エドガー・ド・デカルトは眉をひそめた。その不快感情は市民を、パリを──ひいてはフランスを害された怒りに由来するものである。しかしその源にあるのは、間違っても国民を想う慈悲の心などではない。

 

 自分という唯一絶対の存在が納めるこのフランス領土を、『アポリエール』というニュートンの中でも木っ端のような連中が我が物顔で闊歩している現状が不愉快極まりないのである。

 

「わたくしが出ましょう、大統領」

 

 そんな彼の耳に届いたのは、澄んだ鈴の如き女性の声音だった。即座に「手出し無用だ」とエドガーが返せば、声の主は悲しげに眉を顰める。

 

「異国の民といえども、善良な人間が理不尽に淘汰される様は見るに堪えません。将棋盤の上に上がる前にわたくし──“飛車”が歩兵を切り伏せてまいりましょう」

 

「貴様が下民の惨状に心を痛める必要はない、貴様のなすべきことのみを考えよ──そして何度、これから貴様が上るのはチェスボードで、与える役割は“ルーク”だと言えば覚えるのだ、貴様は?」

 

「まぁ、そうでしたか?」

 

 キョトンと首をかしげるのは、大人びた雰囲気の女性だった。漆のような黒髪と薄化粧をした美しい顔立ち。素朴ながらも上品な和服を纏ったその姿は日本人形のよう。

 

 しかしだからこそ、彼女が腰を下ろしている近未来的な意匠の車椅子と、その骨組みにさやに収めた状態で括りつけられた日本刀の異質さが殊更に際立っていた。

 

「いやですねぇ、この歳になると物忘れが激しくって」

 

「余の半分も生きていない小娘が、生意気を言うんじゃあない」

 

「あらまぁ、わたくしみたいなおばさんを若者(小娘)扱いしていただけるなんて……お上手ですわね、大統領」

 

「……もういい」

 

 ──この女相手には、怒鳴るにもならん。

 

 嘆息はしないものの、エドガーは久しぶりに頭痛を覚えたような気がした。狂戦士二名(シドとオリアンヌ)変態の甥(フィリップ)、最近では盤外戦のために確保した不思議系(気狂い)少女と、とかく今回の戦争においてエドガー側に与する人間は、頭のねじがダース単位で外れているとしか思えない連中(バカ)ばかりだ。

 

 それに比べれば、この女の天然ボケなど可愛いものである。

 

「ふふ……それより大統領」

 

「フン、近衛長がいなくなって親衛隊どもの士気が下がっているようだな。よもや、このエリゼの宮に入り込んだ鼠を見逃すとは」

 

 皆まで言わずともエドガーは女性の言いたいことを察するといよいよ虫唾が走るとばかりに吐き捨て……そして、不遜な笑みを浮かべる。

 

「だが黒のビショップ(フィリップ)も直に来る、か……気が変わった。貴様には宮殿内の鼠捕りをしてもらおう」

 

 どこまでも尊大にエドガーは命じた、目の前でたおやかにほほ笑む女性に。

 

「余に貴様の価値を示して見せるがいい、風邪村千桐(チギリ=カゼムラ)。特別に宮殿内が血で汚れるのは見逃してやる。10分やろう、ちょろちょろと目障りな鼠どもを駆除しろ」

 

「わかりました」

 

 そして──日本の守り手として脈々と受け継がれた、ニュートンとは異なる血統をその身に宿す女性は、謹んでその名を拝命する。

 

 

 

 

 

「業者程上手くやれるかはわかりませんが、やってみましょう。さしあたって、厨房からチーズをお借りしたいのですが、よろしいですか?」

 

 

 

「……侵入者を始末しろ」

 

 

 

 本気で宮殿内で鼠捕りを始めようとする馬鹿に怒鳴りたい衝動をねじ伏せ、エドガーは正しく命令を伝えなおした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あは♪ こいつら雑ッ魚いなー♪」

 

 

 エリゼ宮殿廊下。数分前まで数十の命の火が灯っていたこの空間に、いまや生きている人間は2人しかいなかった。

 

 1人は顔のいたるところにピアスやタトゥーを施したパンクロッカーのようないでたちの少女、“右足”。独特なリズムを刻みながら喋る彼女の腕からはギロチンのような大あごが生え、返り血を浴びた全身は煌びやかな甲皮に覆われている。

 

 しかし、彼女に与えられた最大の特性はそのどちらでもなく、“速さ”。人間大に換算すれば最高で時速800km、テラフォーマーすら置き去りにする昆虫界きってのランナーである。

 

 

 

 

 

 赤の宣教師“右足”

 

 

 

 αMO手術 “昆虫型”

 

 

 

 

 

 ────── ハンミョウ ──────

 

 

 

 

「仕方ない、“右足”(·へ·)」

 

 もう一人は、中世の舞踏会で身に着けるような仮面で顔を隠した青年“左足”だ。

 

「彼らは弱い、だから我らがこうして救っている(´·ω·`)」

 

 機械のごとく平坦に語る “左足”の全身には、オレンジの短い触手が蠢く。安っぽいカラフルなそれが、生物界でも五指に入る猛毒を帯びているなどと、いったい誰が想像できるだろうか。

 

 

 

 

 

 赤の宣教師“左足”

 

 

 

 αMO手術 “刺胞動物型”

 

 

 

 

 

 ────── マウイイワスナギンチャク ──────

 

 

 

 

 

 

 彼らがこの場に現れたのは、偶然ではない。あわよくば、混乱に乗じてエドガー・ド・デカルトを暗殺する──ヒトという生物の頂点に君臨する彼を仕留めることは、生半可なベースでは不可能。

 

 それゆえに、彼らは選ばれたのだ。

 

 人間の知覚では捉きれないスピードを持つ“ハンミョウ”と、触れた瞬間に死が確定する猛毒パリトキシンを持つ“マウイイワスナギンチャク”――4人の宣教師たちの中でも際立って凶悪な、ヒトを極めたところでどうしようもない特性を有する彼らが。

 

「狼藉はそこまでです」

 

 そんな彼らの前に立ちはだかったのは──否、()()()()()()()のは、車いすの女性だった。

 

 風邪村千桐(かぜむらちぎり)は車椅子の骨組みに括り付けた日本刀の柄に手をかけ、彼女は静かに言った。

 

「修験者たちよ。悟りが開けないイライラを見ず知らずの人にぶつけてはいけません!」

 

「……何、こいつ♪」

 

「……理解不能(-_-;)」

 

 どこかずれた指摘をする千桐に、“右足”と“左足”は思わず顔を見合わせた。アイコンタクトで素早く意見を交わし、彼らは即座に判断した。

 

 

 

 頭がおかしいようだ、救ってあげよう。

 

 

 

「……あは♪」

 

 刹那、右足は一陣の風となって掻き消える。瞬き一つほどの時間をおいて、彼女は千桐の背後にいた。鮮血がほとばしる。

 

「首、もーらいッ♪」

 

 降りぬいた大あごが、意味の分からん女の生首を刈り取ったはずだ。“右足”はその戦火を確かめようとして──

 

「まぁ、そういうルールがあったのですね。寡聞にしてこの風邪村千桐、存じませんでした」

 

 ──背後から声が聞こえた。

 

 “右足”が振り向くとそこには、千桐がいた。先ほどと変わらず、首と胴体はくっついたまま。では、自分が見た血は──

 

「ならわたくしも真似っこして『腕もーらいっ』……で、よろしいのでしょうか?」

 

「ッ!?」

 

 その時、やっと“右足”の脳は自身の両腕が切り落とされていることを認識した。

 

「う で  がっ  ! ?」

 

「あ、しまった。この場合は何といえばいいのでしょうか?」

 

 次の瞬間、こともなげに千桐が振るった一閃で、“右足”の体が縦に真っ二つに切り開かれた。甲虫の鎧などまるで意味をなさず、左右に下ろされた肉塊が血の海に転がる。

 

 

 

「(゚Д゚)ハァ?」

 

 

 

 パチンという納刀の音を聞き、残された“左足”はここに至ってようやく、彼女の使用武術が『居合術』であることを察した。

 

『居ながらにして合う』と書いて、居合。日本が発祥となる抜刀術であり、世界でも珍しい『抜刀から納刀』までを一連の様式とする剣術である。

 

 昨今の漫画ではその速度ばかりが注目されがちだが、その本質は()()()()()()()()()()()()()()()()という一点にある。達人がひとたび待ちの姿勢に入ってしまえば、下手な動きをした者は立ちどころに切り伏せられてしまう。“右足”の速度でさえ捉えられるなら、剣の間合いに入るのは自殺行為だ。

 

 考えをまとめた“左足”は、すぐさま全身から()()()()()()()()()。マウイイワスナギンチャクの刺胞は乾燥すると空中に舞いあがり、ときに人間を害することがある。

 

 いかにその剣技が早くとも、間合いの外より襲い掛かる微細な刺胞はどうにもなるまい。そう考えての行動だったのだが──

 

「何をしているのです?」

 

 風邪村千桐を前にして、その行動は悪手だった。

 

 

 

 居合は居ながらにして合う武術、対処法は待ちに入った相手の間合いに入らないこと。なるほど、間違いではない。だが、見当違いだった。

 

「とうっ!」

 

 千桐は自らが乗る車椅子の車輪を思い切り回した。彼女の車椅子は病院で見かけるような“移動”目的のものではなく、パラリンピックなどで見かけるような“機動”を目的としたもの。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 

 

「(((( ;゚Д゚)))」

 

 完全に虚を突かれた“左足”だったが、幸い車椅子の接近速度自体は対応可能な範疇だ。彼は迫る千桐から逃れようとして──気が付く。

 

 

 

 自身の左足が、床から飛び出した水晶の杭のようなもので縫い付けられていることに。

 

 

 

「おさらばです」

 

 そして、三閃。一閃で自身に触ろうとした腕を切り落とし、二閃でその体を上下に切り離し、最後の太刀で首を切り飛ばす。三つの肉塊が床に転がると同時に、自分以外のすべての命の火が消えた廊下にパチンと納刀の音が響いた。

 

 

 

「悲しいことです。かつて立ち合った幸嶋くんのように、もっと純粋な動機で力を振るえないのでしょうか、人間は」

 

 

 

 はぁ、という千桐の嘆息は虚空に吸い込まれ、聞き届ける者はいなかった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──そして1時間後。

 

 何事もなかったかのように、アメリカ行きの飛行機はフランスを発つ。そこに車椅子の女性と変態が乗っていたことは、わざわざ特筆すべきことでもないだろう。

 

 しかし、パリで繰り広げられる盤外戦はなおも収まることはなく、アメリカ全土を巻き込んだ陣取り合戦もまた、収束の兆しを見せることはない。

 

 

 

『黒幕気取りの道化師』『穢れた聖槍』『神への挑戦者』

 

 

 

 有象無象の生命を踏みにじりながら、今宵も彼らは歌うのだ。

 

 

 

 狂想への賛歌を。

 

 

 

 冒涜よりの弔歌を。

 

 

 

 そして、絶対なる凱歌を。

 

 




【オマケ①】他作品のコラボ編宣伝

『Nobody's Perfect(インペリアルマーズコラボ編)』
 アネックス打ち上げの半年前。クロード・ヴァレンシュタインからスレヴィン・セイバーに「アダム・ベイリアル・ロスヴィータ(アダムの中では比較的まともな女史)」の討伐依頼が下される。
 アーク計画潜入員の東堂大河とキャロル・ラヴロック、およびイギリスの諜報員であるハリー・ジェミニスを引き連れ、スレヴィンはルーマニアに向かう。

 一方その頃、とある事情でラブコメ逃亡生活を送るシロとエミリーはルーマニアのホテルで、水無月六禄と名乗る青年と出会っていた――。

『Mind Game(深緑の火星の物語コラボ編)』
 アメリカを舞台とする陣取り合戦、『痛し痒し(ツークツワンク)』――その裏側の物語。

「差し手がさせなくなれば、その時点で不戦勝だろう?」

「不慮の事故で駒が欠ければ、その状態で始めるしかあるまい?」

「ただのチェスがいつの間にかチェスボクシングになってるんだけど?」

 ――争いは激化する。アメリカ、フランス、中国を巻き込んで。

 その頃フィンランドには、不穏な下半神の影が――



【オマケ②】他作品の登場キャラクター・設定紹介

水無月六禄(インペリアルマーズコラボ編より)
 インペリアルマーズ名物、『強いから強い奴』2号(1号についてはまたの機会に)。この時間軸だとまだお爺ちゃん(出展元でどうなってるかは読んでみてのお楽しみ)。マジカル八極拳の使い手で、素手で戦車装甲をぶちぬくパンチを放ったりできる。 
 戦闘力は三作のキャラを全部ひっくるめてもトップクラスだが、精神構造はかなりまともな方。仕方ないね。

 時代が違えば、価値観が違えば、世界が違えば。間違いなく英雄になっていた男にして――この世界では、英雄になれなかった男。


六禄「功夫が足りねえ」

キャロル「お爺ちゃん、今日でそのセリフ3回目だよ?」



オリアンヌ・ド・ヴァリエ(深緑の火星の物語コラボ編より)
 インペリアルマーズ名物、『強いから強い奴』を深緑の火星の物語で再現したキャラクター。フランス共和国親衛隊第一歩兵連隊長、作者間での愛称はゴリランヌ近衛長。
 戦闘スタイルは野生の直感と力イズパワー。なぜか拙作の変態達にはやたら好かれる説が浮上している

フィリップ「やはりオリアンヌたんのチャームポイントは岩のような大胸筋にあると思うんだよ、俺は」

シド「甘いな。見るべきは、その全身に刻まれた古傷だ。あれはいい……実にそそる」

オリアンヌ「ふざけるな! 我が筋肉、我が傷は全てエドガー様に捧げたもの! 貴様らの欲情の対象にするでないわ!」

千桐「……だそうですよ。愛されてますねぇ、大統領?」

エドガー「 知 ら ん (真顔)」


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