贖罪のゼロ   作:KEROTA

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冒涜弔歌OLIVIERー5 生殺与奪

 ――それは、痛し痒し(ツークツワンク)という代理戦争が開催されるよりも前のこと。

 

 オリヴィエとアダムが通信をしていた際、アダムがふともらした一言がきっかけだった。

 

「オリヴィエ君、この技術なんだけどさ……使い勝手、悪くない?」

 

「うん?」

 

 ふと通信モニターから声をかけられたオリヴィエが顔を向ければ、そこには神妙な顔をしたアダムがいた。

 

 基本的にふざけた態度に惑わされがちであるが、アダム・ベイリアルのニュートン嫌いは筋金入りである。いっそ、忌み嫌っているとさえ表現していい――アダム・ベイリアルはトップから末端に至るまで、上位下位を問わずにニュートンの一族を嫌悪している。

 

 ただし、これには例外が存在する。それこそが槍の一族……というよりは、“オリヴィエ・G・ニュートン”だった。

 

 オリヴィエが科学者だから? 倫理に縛られない邪悪な人間だから? あるいは単純に性格があうから? ――否、それらの要素は介在するものの、最大の要因はもっと包括的なものだ。

 

 いうなれば彼らは、似た者同士なのだ。

 

突飛な技術を繰る科学者という肩書、倫理を無視する碌でもない性分、常人には測れない負に堕ちた性格、そして……何をどう取り繕おうと、どうしようもない××であるという境遇。

 

 アダムにとってはその類似性が、オリヴィエがニュートンの中枢に近い存在であることを差し引いても余りある好要素であったらしい。そしてオリヴィエもまた――友情を感じているかどうかはともかくとして、科学百般を知り尽くし、その邪道裏技に精通するアダムには一定の経緯を払っていた。

 

 そのためニュートンの一族たちは(次期当主たるジョセフですら)与り知らぬことではあるが、以前から技術や物資の交換をするため、割と頻繁に交流をしていたのである。

 

「いや、今の言い方だと正しくないな。より厳密には、()()使いにくいんじゃない?」

 

アダムの言葉に「はて?」とオリヴィエが閲覧画面の共有操作を行えば、コンマ数秒と待たずディスプレイにはアダムが参照していた研究データが表示された。

 

 それはつい先日、オリヴィエが実用化にこぎつけたばかりのとある技術だった。細かい要素を説明すればきりがないが――端的にそれを言い表すなら「他者の肉体の乗っ取り」とでも形容するのがいいだろう。

 

 他者の認知機能と肉体制御機能の一切を強奪し、まるでテレビゲームでゲームキャラクターを操作するかの如く、離れた位置にいながらその者を操る……そんな技術。

 

「ふむ、具体的に「どこが」と聞いても?」

 

 オリヴィエが問い返す。先日出来上がったばかりの技術、粗があるのはオリヴィエ自身も認めるところだが、それも踏まえたうえで「ひとまず実用化の印を押しても問題ない」というのが彼の結論である。

 

 無論アダムとしても、それは織り込み済み。そのうえで彼は口を開いた。

 

「まぁ、技術云々というよりは成果物の話だし、君なら問題なさそうなんだけど……オリヴィエ君、他人の肉体を十全に使いこなせる?」

 

「多分、それなりにはね」

 

「お、さすが。それじゃあ更に聞くけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 仮に出し切れたとして、それは君本人の実力に匹敵する?」

 

「……」

 

 返事に窮したオリヴィエは、同時にアダムの言いたいことを察した。いかに中身がニュートン内でも最上位に連なるオリヴィエであっても、その器は赤の他人。早い話が、旧型のパソコンに最新式の計算ソフトを搭載するようなものである。宝の持ち腐れ、という表現がふさわしいだろう。

 

「……確かにいきなり赤の他人を操縦するより、幾分でも馴染みのある体の方が使いやすくはあるね。けどこの技術の利点の1つは、こちらから行動しない限り仕掛けがばれにくいことにあるんだ。操縦性と隠蔽性、どっちをとるかという問題なら……この技術については、私は後者をとりたい」

 

 オリヴィエはこの技術を、『裏アネックス計画』の任務で試運転するつもりだった。乗組員の一人の肉体を強奪し、地球に居ながら火星に介入するのが狙いだ。しかしそれが潜入前からばれてしまっては意味がない。だからオリヴィエは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あえて他人の肉体を使おうとしている……もちろん、それだけが理由、というわけではないのだが。

 

「いやいやオリヴィエ君、その思考は『アダム・ベイリアル』的にはちょっといただけないぜ」

 

 

 

 しかし狂科学の申し子たるアダム・ベイリアルは、彼の言に否と唱えた。

 

 

 

「虻蜂二兎をいかにして捕らえるか。一石二鳥、一挙両得、究極の総取りを目指してすべてを思い通りにする方法を探す、ってのが僕たち『アダム・ベイリアル』の科学でね。操縦性と隠蔽性どっちをとるかじゃない、()()()()()()()()

 

 できるのか? という意味を込めて目を細めたオリヴィエに、アダムは「もちろん!」とうなづいた。

 

「さっき送ってもらったデータで、欠番だった【Q】と【R】の補充ができそうだからね。そのお礼代わりに、僕たちの技術を一つ提供しよう。通販の試供品みたいなもんだからね、合わないなと思ったら予定通りそっちの技術で計画を進めればいい」

 

 そう言ってアダムは笑うと、続きを促すオリヴィエの前で大げさに両手を広げて見せた。

 

「さぁさぁそれではご覧じろ、アダム・ベイリアル・プレゼンツ! 今回ご紹介するのは成功率97.2%を記録した、驚異のMO手術! その名も――」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何をした?」

 

 寸前まで戦っていたルイスの体を乗っ取り……否、その体を組み替えて現れた異形、オリヴィエに対してシモンが真っ先に問いかけたのはそれだった。

 

「おや、意外だな。てっきり“お前は何者だ”とか、“なぜこんなことを”とか聞かれると思ったんだけど」

 

「お前が何者かは今聞いた。テロの理由も、大体掴んでる」

 

「それもそうだね。では質問に答えようか、私がしたのは“入城(キャスリング)”だよ」

 

 通常、チェスでは将棋と同様に一手につき1度しか駒を動かすことができないのだが、その枠組みに当てはまらない動きがいくつかある。その1つこそが、“キャスリング”。とられてはまずいキングを隅へ、反対に攻めの要たるルークを攻めやすい中央側へと一手のうちに移動させる特殊なルールである。

 

「チェスの公式ルールに則った、至極まっとうな戦略だろう?」

 

「……聞き方を変えるよ。どんな技術を使って、こんなおぞましいキャスリングを?」

 

 有無を言わせぬ口調でシモンが尋ねれば、オリヴィエは驚くほど簡単にその技術の名を口にした。

 

 

 

「MO手術ver(バージョン)『D』――過剰変態が前提になる、ちょっと変わったMO手術さ」

 

「ッ! そういう、ことか……!」

 

 オリヴィエの一言ですべてを察し、シモンは顔を強張らせた。彼の脳内で繋がった真相は、あまりにも人道を無視した歪な技術だったためだ。

 

 

 

「手術ベース『ヒト』――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「ご名答。さすがだね、クロード博士が目をかけるのもよくわかる優秀さだ」

 

 

 

 MO手術ベース“哺乳類型”:『ヒト(オリヴィエ・G・ニュートン)』。この男はαMO手術を施す際、ルイスの体に自分自身の細胞を埋め込んでいたのだ。

 

 αMO手術被験者の大きな特徴の1つに、一定条件を満たしたベース生物によるMO手術がほぼ確実に成功する、というものがある。

 

 その条件とはαMOの近縁種や生態上の関わりを有する生物――そして、素体となる人間の細胞との適合率が高い生物。ルイス(ヒト)オリヴィエ(ヒト)は同種であり、更に両者の間には血縁関係者がある。これで適合しない方がおかしい。

加えて、いかなる生物(例え極めて原始的で高難度な手術ベースであったとしても)も、一度人間の細胞を介すれば、MO手術は通常の移植手術と大差がなくなることから成功率はぐっと向上することから、施術自体のリスクは非常に低い。

 

 もっとも、この術式で組み込まれたMO手術のベースは通常の人為変態ではほとんど顕在化しない。この手術ベースが真価を発揮するのは、被験者が変態薬の過剰投与により、副作用を発症したその時である。

 

 過剰投与による人為変態に伴う最悪の副作用は、細胞のバランスが崩れて『人間大のベース生物になり果てて』しまうこと。

 

 薬を分解する肝臓や腎臓の機能が損傷していた場合、あるいは分解が追い付かないほどの変態薬が投与された場合、MO手術の被験者は人間に戻れなくなってしまうのだ。先ほどのルイスを例に取り上げれば、過剰投与を経た彼の全身の細胞はオニダルマオコゼのそれに完全に置き換わり、人間大のオニダルマオコゼそのものへと変異してしまう。

 

 

 

 そしてこの段階に至って初めて、MO手術ver『D』――正式名称『即身転成術式Doppelgänger(ドッペルゲンガー)』はその効果を発揮するのだ。

 

 

 

 ルイスの体に仕込まれたもう一つのベース生物である『ヒト』――すなわち、オリヴィエ・G・ニュートンの細胞がオニダルマオコゼの遺伝子を押しのけて顕在化。ルイスの体を構成する細胞は、オリヴィエのものと入れ替わった。

 

 当然、そうなれば骨格から筋配列、神経系統などあらゆる人体構成単位は手術ベースに用いたヒトのもの――今回のケースで言えば人間大のオリヴィエ、もっといえば『オリヴィエ・G・ニュートン』という別人になり替わる。

 そしてその肉体の出力はオリヴィエと同等にして、それ以上のものになるだろう……過剰変態によって強引に引き出された遺伝子の力は、本来の数倍の出力を発揮するのだから。

 

「さすがに記憶とかは引き継げないから、頭だけは私の本来のベースと、私の友人の技術を真似して挿げ替えたんだけどね……これで満足かな?」

 

「よりにもよって、()()()()()

 

 シモンは吐き捨てた。外道にして邪道、転生ならぬ転成の術式――間違えようもない。この技術はかつて『ティンダロス』によって粛清された、“化けの皮”を司る上位アダム・ベイリアル、“アダム・ベイリアル・ジェイソン”が生み出した技術だ。文字通り細胞レベルで全くの別人になり替わる究極の美容整形にして、自分という唯一の存在を誰かの模造品まで劣化させる極めて悪辣な手術。

 

 施術成功率という面に焦点を当てれば、“ダ・ヴィンチの再来”と謳われるクロード・ヴァレンシュタイン博士や“αMO手術の創始者”ヨーゼフ・ベルトルト博士、“亡命の天才”レオ・ドラクロワ博士ですら成し得なかった脅威の数値を叩きだしているという点を見れば、有用な技術に見えなくもないだろう。

 

 ただしこの97.2%という数値は()()()()()()()()()()()()()()――施術自体が成功しようと、実際に他人への過剰変態を経てなお生きていた実験体は数えるほどもいないのだ。頭上から爪先まで、五臓六腑をまとめて造り変える負担は常人には到底耐えられるものではない。

 

 おそらくオリヴィエ自身と体格・血縁が近く、ニュートンとしての高い体力を兼ね備えたルイスなら負荷に耐えきれると推測して施術したのだろうが……そんな手術を平然と自分の親族に施しているという事実が、彼という人間の破綻した倫理観を物語っているといっていいだろう。

 

「さてそれじゃあ――」

 

 のんびりとした声と共に、オリヴィエの姿が消える。咄嗟にシモンは槍を構えるが、あまりにも遅すぎた。

 

 

 

「――新しい体の試運転と行こうかな」

 

 

 

 次の瞬間、シモンの背中から銀色の槍が生えた――正確に甲皮の継ぎ目を縫って。苦悶の声をかみ殺した彼の脚元に、鮮血の雫が滴る。

 

「おっと、私としたことが……狙いが5ミリほどそれてしまったかな」

 

 オリヴィエは辛うじて心臓から逸らされた槍をシモンの胸から抜きとった。ふらつきながらも距離をとったシモンに、オリヴィエは人口の光を浴びて銀と赤に生々しく輝く槍を見せつけながら言う。

 

「すまないね、いつもより運動能力が上がっているのを失念していたよ。ああ安心するといい、次こそ心臓を一突きにして、楽にしてあげよう。何も心配することはない――」

 

 美しくもおぞましく、穢れた聖槍(オリヴィエ)は微笑んだ。数瞬の内に、シモンは今度こそ自分の心臓が串刺しにされる未来を幻視した。

 

シモンの体は既に、満身創痍だった。生来宿る“モモアカアブラムシの化学耐性”でオニダルマオコゼの毒には対応しつつあるが、それも未だ完全ではなく麻痺や倦怠感は残っている。

 

対する相手はジョセフにも匹敵する身体能力を持つ『神のスペア』と、その側近と思しき女性――おそらくは、オスカルから伝え聞いていたゲガルド家の当主だろう。オリヴィエの方は特殊な形式で手に入れた肉体の操作に慣れていないようだが、すぐに万全のコンディションを整えるはず。一方の希维は、今のところ参戦する気配こそ見せていないものの、おそらく本気を出せば先程戦ったルイスよりも数段強い。

 

 勝ち目などあるはずもなく、あるのは死に目のみ。

 

 死の淵に立たされたシモン。その耳に、オリヴィエのねっとりとした言葉が響いた。

 

 

 

「――君が死んだら箱舟(アーク)計画の方もきっちりと潰しておいてあげるから」

 

 

 

「……」

 

「箱舟を作る必要はない、()()()()()()()――新世界の楽園に、君たちの舟が浮かぶ余地はない。余計な魂を救い上げる前に、私の手で沈めてあげよう」

 

 そういって、オリヴィエは踵から踏み込んで地面を蹴った。人体構造を万全に使いこなした、縮地にも似た歩法。聖人を殺す聖槍(ロンギヌス)が、空を裂いて迫りくる。

 

 

――だがこの時、オリヴィエはたった一つだけミスを犯していた。彼は何も言わずにシモンを仕留めるべきだった。

 

 認知、心理、意識――人の内面を探求しながらも、オリヴィエは理解していなかったのだ。人間の内に潜む、理屈や理論では測れない“人間の激情”を。

 

 

 

 

 

 

 

 

『じゃあな、××。地球に帰ったら――ミッシェルのこと、よろしく頼む』

 

 

 

 

 

『君が彼女を守るんだ、0人目の特例(ザ・ゼロ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「  ふ  ざ  け  る  な  」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、オリヴィエと希维を『雨』が襲った。一筋一筋が昆虫の甲皮程度なら容易く貫く、ヨコバイ類に属する“カハオノモンタナの水弾”――水のレーザーの大雨である。

 

「っ!?」

 

「おっと!」

 

 希维は慌てて物陰に身を隠し、オリヴィエは槍で水の弾丸を薙ぎ払う。防ぎきれなかったいくつかがオリヴィエの胴体を射貫くも、特別堪えた様子はない。彼は足を止めずにシモンへと接敵し、穂先を突き立てる。びしゃり、と鮮血が散った。

 

「ボクの心臓を一突きにするだとか、楽にするだとか……そんなのはどうだっていい。だけど――」

 

 激昂したシモンの目が紅蓮に染まり、赤の眼光は狂いなく狂気の汚泥を貫いた。

 

 

 

「ボク達の箱舟(アーク)は、お前なんかが沈めていいものじゃない!」

 

 

 

 ――オリヴィエの槍はその正確無比な軌道故に完全に見切られ、シモンの体を貫くことは叶わなかった。

 

 血の出所は、大長槍に貫かれたオリヴィエの腹である。全力ではなかったといえ、人類の到達点に匹敵する自分の知覚で捉えきれなかったことに、オリヴィエは驚く。

 

「ボク達は箱舟(アーク)にして禁断の匣(アーク)。ただ希望を囲うだけじゃない、立ちはだかる者には絶望を撒き散らす」

 

 狂気だった。

 

 いつだって、シモンから大切なものを取り上げるのは狂気だった。だからシモンは――××は、二十年前のあの日から、静かに牙を研いできたのだ。二度と、大切なものを奪わせないために。彼の前に立ちはだかるだろう狂気(アダム)を、正面から打ち砕けるように。

 

 そしてたった今。

 

 狂気(オリヴィエ)は、シモンのたった一つの逆鱗を踏み抜いた。

 

「後悔しろ、槍の一族・・…匣を開けたお前達には、とっておきの災厄をくれてやる」

 

 強引に体をねじって槍から逃れたオリヴィエに、シモンは吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――拘束制御全号、解錠(アンロック)ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、オリヴィエの体は壁に叩きつけられていた。一瞬遅れてオリヴィエは、自分が間合いを詰めたシモンに蹴り飛ばされたことを理解する。血反吐を吐いた彼の目に映ったのは、まさに堕天使と形容するのが相応しい異形と化したシモンの姿。

 

その手足は常人の数倍の筋肉によって強靭化し、赤や白、青や黒など不規則な模様に彩られている。背中から生えた四枚の翅は全て形状が違い、それぞれ別生物のものだ。全身は土のように地味な甲皮と金属光沢を帯びた煌びやかな甲皮に包まれ、前衛的な彫刻じみた見た目になっている。

 

奇妙に歪で、しかし美しいその姿。それに惑わされることなく、オリヴィエは変転したシモンの本質を冷静に分析していた。

 

 

 

 ――()()な。

 

 

 

 シモンが瞬時に間合いを詰めたタネは、彼の足に組み込まれた“キノコカスミカメの俊足”によるもの。カスミカメムシ科に分類されるカメムシたちは元々動きが機敏だが、特にキノコカスミカメは有識者が『最も俊敏なカメムシ』として太鼓判を押す昆虫である。

 

 体長は僅かに5mm、しかし一秒にも満たないうちにその体高の実に40倍もの速さを駆け抜けるという。これをシモンの176cmに直して換算すると、その速さは約253km/時――テラフォーマーの走力320km/時にこそ及ばないものの、こうして狭い空間で間合いを詰めるには十分すぎる速さである。

 

 

 

 ――そして、()()

 

 

 

 オリヴィエがちらりと視線を落とせば、えぐり取られ爆ぜ飛んだ己の左半身が目に入る。常人ならば即死しているだろう、致命傷ならぬ絶命傷。オリヴィエも埋め込まれた手術ベースの力で死んでこそいないが、即座の戦線復帰は不可能だ。

 

 ――脚力が極めて強力な昆虫、と言われて多くの人が思い浮かべるのは、人間大に換算すればビルを一足飛びに飛び越えることができてしまうバッタだろう。

 

 だが意外なことに、そのバッタ類を超える脚力を有する昆虫はそれなりの種類存在している――その中の一つが、シモンが有する“タケウチトゲアワフキ”を始めとするアワフキムシたちである。

 

 彼らは後ろ足と羽根の間に弓のような構造の骨格を有しており、跳躍の際には弓を引き絞り放つように伸縮させることで蓄えたエネルギーを爆発させ、極めて強力な脚力を発揮する。実に体長の100倍――体重などの要素を考慮すればその脚力はノミを凌ぎ、人間大にしてピラミッドを跳び越すほどの高さを跳ぶことができるという。

 

 また”ホソヘリカメムシ”を始めとする一部のカメムシは後脚が太く発達しており、しばしば同種間での闘争に用いられる。MO手術の特性として発現した場合には半腱様筋、半膜様筋、大腿二頭筋――俗にハムストリングスとして知られる脚部の筋肉を特に補強し、脚力のみならず下半身全体を強化する。

 

「凄まじいね。君、本当にさっきまでルイスと戦ってたのかい?」

 

 オリヴィエへの返答は、彼の頭部へと放たれた跳び蹴りであった。オリヴィエを頭蓋ごと踏み潰したシモンはそのまま壁を踏みしめ、軌道を変えて希维へと飛び掛かる。

 

「っ、こっちっすか――!」

 

 迫る槍の穂先を躱し、お返しとばかりに希维は銃弾を雨あられとシモンに浴びせる。しかしそれに機敏に反応したシモンは、あえてタイミングをずらして放たれた掃射を、槍の一振るいで根こそぎ叩き落した。

 

シモンを殺すにはあまりにも手ぬるい攻撃――それは希维自身が一番理解している。だが、それで十分。希维の狙いは敵の打破ではなく、逃走のために特性を発現させる時間稼ぎにすぎないのだから。

 

本気で希维が攻勢に出れば弾丸の数は今の倍になり、それを防ぐ間にも懐に入り込んでナイフによる次撃を繰り出していただろう。だが駒としての役割が当てられていない希维が、この場でシモンと本格的な戦闘に臨むことは『痛し痒し(ツークツワンク)』のルールに抵触する。故に彼女に許されるのは最低限の自衛のみ――であれば、わざわざこの場にとどまるのは得策ではない。

 

「お相手はまたの機会に、シモン様。私はまだお仕事が残っているので、ここらで失礼するっす」

 

 そういうや否や、希维の姿はまるで虚空に溶け込むかのように掻き消え――。

 

「ッ――!?」

 

 次の瞬間、殺気を帯びた鋭利な刺突が数瞬前まで希维の心臓を目掛けて放たれる。即座にその場を飛び退けば、次に襲い来るのは鉄槌の如き震脚。希维の回避が一瞬遅れていれば、振り下ろされたそれが砕いていたのはコンクリートの床ではなく、希维の肋骨だっただろう。

 

「マジっすか……」

 

()()()()()()()()()()()()

 

 その事実に、希维は頬に汗を伝わせた。攻撃力、防御力、再生能力……そういったもので希维の上を行くベース生物など五万とあるが、こと隠密性に関して彼女の特性は唯一無二の能力を持つ。それが破られたとあっては、さすがに希维も余裕ぶってはいられない。

 

油断を捨てきった希维は、右手の拳銃の銃口をシモンへと突き付けた――反応はない。引き金を引くと同時、銃口からは1発の弾丸が放たる。ほんのコンマ秒の差を置いて反応したシモンは、それを再びはじき落した。

 

 ――こちらが見えているわけではない。

 

 分析しながら希维は素早くシモンの側面に回り込み、頸動脈を狙って銃の先に取り付けたナイフを振るった。風切り音、しかし次に希维の目に映ったのは飛び散る鮮血の赤ではなく、金属と金属が衝突して飛び散る火花のオレンジだった。

 

 肩を狙って振るわれるのはヂムグリツチカメムシ、チャイロクチブトカメムシ、ヒゲナガカメムシの三重の強化が為された鉄拳。それを躱すと、希维はシモンの間合いから脱するように斜めに飛び退く。着地の瞬間に、シモンの体の向きが自分の方へと修正されたのを見て、希维の中に一つの仮説が思い浮かんだ。

 

「振動探知、っすか」

 

 これは面倒な、と希维は息を吐く。視覚や嗅覚をはじめ、並みの感覚器官による索敵なら、希维のベース生物は欺くことができる。きわめて特殊な方法で行われる擬態は、あらゆる生物の中でもトップクラスの優秀さを誇り、気配そのものを科学的・化学的に消去する。

 

 だが存在感がなくなったとしても、存在そのものがなくなったわけではない。その場にいる限り放たれる電気信号や熱、そして――『移動に伴う振動』などは、どうあがいても消せないのだ。

 

そのわずかな痕跡は“チャバネアオカメムシの振動感知”によって、確かに読み取られる。2021年に日本の農研機構森林総合研究所が発表した研究によれば、このカメムシは『振動に対し「停止する」「伏せる」「歩きだす」「足踏みする」等の反応を示し』、『特に150 Hzや500Hz等の低い周波数において、カメムシは微小な振幅の振動(加速度0.02 m/s2程度)に対しても反応』するなど、振動に対する高い感受性を持つという。

 

 人間大になったシモンはこの特性を最大限に活用することで、大地を伝う僅かな振動で敵の居場所を探知可能。

 

 

 

 ――迂闊には動けないっすね。

 

 

 

 希维は一族内でも上位の身体能力を有する、正真正銘の実力者だ。並大抵の昆虫型など、変態するまでもなく生身で御すことすら可能だろう。

 

 だが同時に、過剰変態やαMO手術にも匹敵する出力、それを目の当たりにした彼女は実力者であるが故に理解した。()()()()()()。やるのであれば万全の準備を整え、本気で臨まねば勝てない。

 

 ならば希维が取るべきは逃走だが、目の前の怪物が相手ではそれすら難しいだろう。この場から一歩でも動けば、自分の座標は特定される。そうなればあの怪物じみた脚力で退路に回り込まれてしまうだろう。

 

「……」

 

 だから、動けない。不幸中の幸いなのは、自分が動かない限りシモンもこちらの居場所を完全には特定できないことだ。敵がこちらの居場所を掴みかねている間に、この場から抜け出す活路を――

 

 

 

「止まったか……なら、自分から出てきてもらおうかな」

 

 

 

 ハッと顔を上げた希维が見たものは、シモンの腕から放出される霧状の何か。途端、思わず顔をしかめるよう悪臭が周囲に満ち、希维は「おえっ!」とえづきそうになるのを理性で抑え込んだ。

 

 カメムシと聞いて多くの人が真っ先に思い浮かべる特性――『悪臭』。シモンの腕に組み込まれたオオクモヘリカメムシのそれは、数いるカメムシの中でも最も“臭い”と評される程に強烈なものだ。

 

 無論、それはあくまで昆虫大の時点の話。1mlにも満たない量の分泌液でさえ、広範囲を悪臭で汚染するオオクモヘリカメムシが人間大になってその力を振るったとなれば――もはやそれは、凶悪なガス兵器に他ならない。

 

「……ッ!」

 

 希维はスーツの袖口で口と鼻を押さえた。カメムシの悪臭の構成物質であるヘキサナールは毒性を持つが、この濃度であれば即座に効果を発揮することはない。それよりも警戒すべきは、引火性。灯油と同じ第二石油類に分類されるこの物質は、気化した状態だと引火する危険がある。マズルフラッシュから発火する可能性を考えれば、これで銃も使えない。

 

 ――こうなれば、一か八か。

 

 最悪のパターンは、このまま何もできずに敗北することである。ならば多少のリスクを吞んででも動くべきだ。

 

 そう判断した希维は一気に出口まで駆け出そうとして、気付く。

 

 自分の全身に、力が入らなくなっていることに。

 

「動かなければ安全とでも?」

 

「なっ……!?」

 

 地面に転倒しそうになるのを、辛くも耐える。しかし、ふらついた姿勢を立て直すために踏んだステップは振動を生み、その正確な居場所をシモンへと伝えてしまう。

 

「君には聞きたいことがある、希维・ヴァン・ゲガルド。まだ帰っちゃ駄目だよ」

 

 ――肉食性のカメムシの仲間の多くは狩りの際、獲物に自身の武器である口吻を突きさした際、対象の抵抗を抑え込むために麻痺毒を注入する。

 

 その扱いに最も長けているのが、サシガメと呼ばれるカメムシの仲間たちである。彼らは口吻を通じて毒を注入するだけでなく、身を守るためガスのように噴射することができるのだ。

 

「悪臭はフェイク、っすか……!」

 

 希维の気付きは、あまりにも遅すぎた。万全の状態ならばあるいは、もう1つのベースの力の応用で打開できたかもしれないが――今となっては、それも叶わない。

 

「安心して、殺しはしない。ただ、念のために手足は全部切り落とすよ。少し貴は咎めるけど……あとでクロード博士とカリーナさんに頼んで治してもらうから、安心してほしい」

 

「……とんだ誤算だった、っすね」

 

 侮っていたわけではないが、過小評価していたと言わざるを得ない――よもや主と2人がかりで、死に体の状態からここまで逆転されるとは。

 

 ――ルイス兄を笑えないっすね、これは。

 

 希维の呟きは、彼女を五感で認識していないシモンの耳には届かない。しかし、その女性らしいしなやかな右足を切り飛ばさんと、どこまでも精密な軌道で放たれた大長槍が迫り――

 

 

 

「おっと……これ以上、部下をいじめないでもらおうかな」

 

 その先端に取り付けられた刃は、両者の間に割り込んだ肉の盾を抉った。

 

「ッ!?」

 

「オリヴィエ様!?」

 

 シモンと希维、両者は別々の理由で驚愕を顔に浮かべた。

 

「すまなかったね、希维。動けるようになるまで、少し時間がかかってしまった」

 

「いえ……お見苦しいところをお見せして申し訳ないっす」

 

 組みあう二人から距離を取ると、醜態をさらしたことへの謝罪を口にする希维。そんな彼女に穏やかにほほ笑むと、オリヴィエは言う。

 

「彼は私が抑えておこう。希维、今君を失うわけにはいかない――この場から離脱して、役割を果たすんだ」

 

「御意」

 

 その言葉を聞いた希维は、駄目押しとばかりに特性を発揮すると、躊躇うことなく迅速にこの場を立ち去った。

 

「頭を潰したはずなんだけど?」

 

「そうだね。おかげで、復帰に時間がかかってしまったよ」

 

 のんびりと返したオリヴィエに、シモンは薄気味悪い何かを感じとる。不死身に近い再生能力――その正体は、一体何なのか?

 

「いや、なんだっていい。死ぬまで殺せば、それで済む話だ」

 

「うん、高い再生能力を有する特性への対処は概ねそれで間違ってない……だけど、君にそれができるかな?」

 

「できないとでも?」

 

 挑戦的なオリヴィエの言葉に、シモンは平然と返す。しかしオリヴィエは、その巧妙な虚勢の裏側に隠された真実を見抜いていた。

 

「できないだろうね。技術や能力的な話じゃない。君、そろそろ限界が近だろう?」

 

 そう言ったオリヴィエの言葉には、確信があった。

 

「いや、大したものだよ本当に。ルイス、私、希维と立て続けに戦って、まだ生きているどころかここまで善戦していることは素直に称賛しよう。だけど、君のその歪な変態状態は長くは保たない――私の見立てだと、あと一分持つか持たないかだ。違うかな?」

 

「……」

 

 無言。しかしその沈黙には、微かな動揺が滲んでいた。

 

「それじゃあ、のんびり第二回戦――と言いたいところだけど。こっちが限界を迎える方が早かったみたいだね」

 

 そう言った瞬間、オリヴィエの右腕が()()()()()()()()()。まるで食品の腐敗を早送りで見せつけられているようなその様子に、シモンは目を見開いた。

 

「やっぱり、頭を潰されたのが痛かったかな? それとも、色々と試しすぎたかな? どっちにしても、私と相性がいいルイスを使ってこれなら実用性は乏しいか……アダム君には申し訳ないけど、この技術はお蔵入りだね」

 

肉体の崩壊は止まらず、気が付けば原型をとどめているのは首から上だけの状態になっていた。もはや声も出せなくなったその状態で、オリヴィエは口だけを動かしシモンに別れの言葉を告げる。

 

「っ、待――!」

 

 シモンが声を上げるが、それを聞き届けるよりも早くオリヴィエの肉体は完全に融解した。あとに残されたのは、どろどろとした細胞の水たまりとそこに浮かぶ受信機のような何かの機械のみ。シモンは周囲の気配を探って伏兵がいないことを確かめると、今度こそ変態を完全に解除した。

 

『いずれまた会おう、イヴくん』

 

 あの瞬間、オリヴィエの唇は確かにそう言っていた。能力系統から思いついたブラフか、それとも本当に見抜かれたのか……その真意を確かめる術は、もはや存在しない。

 

 ――とにかく、ミッシェルさんかダリウス君と合流しなくちゃ。

 

 そう考えたシモンは足を踏み出し――

 

 

 

「っぐ、がはっ!!」

 

 

 

 ――限界を迎えた体は、そのまま地面へと倒れ込んだ。激しく咳き込んだ彼の口から血が噴き出し、天地が入れ替わったかの如き眩暈と全身の肉が泡立つような異様な熱に襲われる。

 

 ――しまった、やりすぎたか!?

 

 シモンの肉体を拘束し、その特性の発現を制御する彼の専用武器『封神天盤』。

 

これを全て取り払ったシモンは、アークと言わずあらゆるMO手術能力者の中でも間違いなく最強に数えられる1人である。

 しかしその力は純粋な経緯で獲得したものではなく、様々な技術の抜け道(チート)によって獲得したもの。当然肉体への負荷も甚大であり、無茶な術式で体に刻まれた災禍の戦列(カメムシたち)の遺伝子は、通常の変態でさえシモンの肉体を蝕んでいく。

 

比類なき全力の対価は、()()()()()()()()()()()

 

拘束制御を解錠するほどにシモンは強くなるが、変態状態を維持できる時間も縮まっていくのだ。

 

 全拘束を解錠したシモンの戦闘継続時間は、最大でも3分前後。その時間を過ぎればシモンの体は激しい拒絶反応を引き起こし、満足に動くことすらもできなくなってしまう。

 

「ごぱっ……ふふ、やっぱり駄目だな、ボクは……」

 

 シモンは自分の無様を嗤いながら、近くの壁にもたれかかった。なるほど経緯はともかく、結果だけ見ればルイス()は正しく己の役割を全うしたのだ。今の自分では並のテラフォーマーにすら後れをとる可能性がある。残念ながら、自分はここで退場(リタイア)だ。

 

 ――あの二人なら、きっと大丈夫。

 

 シモンは自分に言い聞かせると、ミッシェルとダリウスが無事に作戦を遂行することだけを祈りながら、静かに目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オォーッホホ! 無様ザンスねェ、ザ・セカンド!」

 

 紫に染まった髪、目を隠す赤と青の3D眼鏡、生えそろった歯を彩る七色のお歯黒。太ましいその体に極彩色の修道服を纏う、目が痛くなりそうな配色の怪人――ブリュンヒルデは肩で息をし、血まみれで膝を着いているミッシェルを見下した。

 

「パパからのもらい物だけでオフィサーまで登りつめたお嬢ちゃんが、アタクシのワルキューレ達に勝てるはずがないザンショ?」

 

 得意満面に言いきる彼女を取り囲み、立ちはだかるは不健康に青白い肌の少女たち。通常の鳥類型と違い、背中から生えた漆黒の翼を生やしたその姿はどこか不吉な雰囲気を漂わせている。

 

「この、外道が……ッ!」

 

 ミッシェルがブリュンヒルデを睨みつける。その唸り声は、煮え立つような怒気を孕んでいた。

 

「ンホホ! 負け犬の恨めし気な目は、いつ見ても気持ちがいいザンスねェ! そのまま死ぬといいザンス――ワルキューレッ!」

 

 ブリュンヒルデの号令で、彼女の周りに控えた少女たちが剣や槍、槌など各々が手にした武器を構えた。それを見たミッシェルは、傷ついたカラダに鞭打って立ち上がる――義憤の炎に、その身を焦がしながら。

 

「てめぇは、私がぶっ飛ばす……! 待ってろ、お前ら――」

 

 怒れる大天使の青い瞳が凛と見据えるは、『極彩色の悪意』。そして――

 

 

 

 

 

「――()()()()()()()ッ!」

 

 

 

 

 

 彼女が良く知るロシアの裏幹部(オフィサー)()()()()()()()()()()少女たち。その目に浮かぶことなき、『戦乙女の虚ろな涙』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 死は、あらゆる生命の終着に待ち受ける絶対にして不可避の現象である。どういう形であろうと、全ての生物はこの軛から逃れることはできない。

 

 無論それは、人間とて例外ではなく。富、名声、権力――この世の全てをほしいままにした支配者たちが、最後に不老不死を求めた例は枚挙にいとまがない。歴史を紐解けば、生命の身に余る『永遠の生』を求め、そして破滅していく権力者たちのエピソードをしばしば目にすることになるだろう。

 

 その一方で、一部の生物たちは『死』を局所的にとはいえ克服しているといっていい。

 

 例えば、あるクラゲは老衰するとその身を若返らせ、外敵に捕食されない限り死なない体を持つ。

 

ある虫はクリプトビオシスという特殊な形態になることで、自らの命を脅かす有害物質に完璧にも近い耐性を身に着ける。

 

ある原始生物は、純粋な再生能力で致命傷すらも瞬く間に修復し、外傷による死を寄せ付けない。

 

 

 しかしそれすらも、不死というにはあまりに不完全。地球誕生以来、多くの生命たちは死を克服しようと躍起になりながら――未だかつて、どんな生物も死を完全に克服した者はいない。

 

 ブリュンヒルデに宿る生物は、そんな彼らを嘲笑う。死を克服するなど、何と馬鹿馬鹿しいことか――そんな無駄なことをする暇があるのなら、死とうまく付き合う術を考えた方がよほど有意義だろうに。

 

 それは、一匹の寄生蜂だった。

 

オオスズメバチのように頑丈な牙や、丈夫な甲皮や、強力な毒針はない。しかし彼らは、長い進化の中で己の死を克服するのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして進化の果てに、彼らは他のいかなる生物も有さない異質極まりない特性を手に入れた。

 

 この蜂に寄生された哀れな犠牲者に待ち受けるのは、()()()()()

 

 自我を取り上げられ、自由を奪われ……そして彼らは、死すらも許されない。

 

 内臓を喰い尽され、体を突き破られ、正常な状態ならばとうに死んでいるはずの損傷を受けてなお、犠牲者たちは生き続けるのだ。蜂の嬰児たちを守る奴隷として、体が朽ち果てるその時まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリュンヒルデ・フォン・ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル・アポリエール

 

 

 

 

 

 

 

国籍:ドイツ

 

 

 

 

 

 

 

52歳 ♀

 

 

 

 

 

 

 

167cm 98kg

 

 

 

 

 

 

 

αMO手術 “昆虫型”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ―――――――――――― コマユバチ ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――戦乙女(ワルキューレ)

 

 それは北欧神話における主神オーディン直轄の部隊であり、勇敢な戦死者たちの魂を救い上げ、神々が住まう天上の宮殿(ヴァルハラ)へと連れゆく美しき死神の名。

 

 詩や絵画始めとして、古来より様々な題材に取り上げられてきた彼女達。その傍らにはしばしば、とある鳥の姿が描かれている。

 

 

 

 ――その鳥は、人が作り上げた世界に最もうまく順応した生物の1つである。

 

 

 

 彼らは都市に張り巡らされた電線を止まり木とし、人が打ち捨てたゴミを餌とする。

 

鳥類の中でも屈指の知能の前には、多くの動物が犠牲になる文明の利器『車』すら食事のための道具にすぎない。

 

 その『狡猾』ともいえる知能、食性の一面である腐肉食性やそれを利用した鳥葬という習慣、そして黒という体色など、この生物にはしばしば死を象徴する生物として、各地で畏怖されている。

 

 

 

 人を利用し、死を運ぶ鳥。

 

 

 

そんな彼らの特性が埋め込まれたのが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのは、なんという皮肉だろうか。

 

 国のエゴによって安物のように大量生産され、家畜のように使い潰され、用済みとなってゴミのように捨てられた、とある女性の複製品(クローン)たち。

 

彼女たちは死の安寧すら許されず、生きながらにして地獄の苦しみを課され続けているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワルキューレ

 

 

 

 

 

 

 

国籍(製造元):ロシア連邦

 

 

 

 

 

 

 

14歳(享年) ♀

 

 

 

 

 

 

 

150cm 60kg

 

 

 

 

 

 

 

αMO手術 “鳥類型”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ―――――――――――― ワタリガラス ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――死を虜にする人形師(コマユバチ)延命(デッドロック)

 

 

 

 

 

 ――死を運ぶ黒き翼(ワタリガラス)悲嘆(ノークライ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【オマケ①】他作品の出演キャラクター紹介

エリシア・エリセーエフ(深緑の火星の物語)
 裏アネックス計画の第3班をまとめる色白な少女。気弱で優しい少女だけど、たまに目のハイライトが消えてヤンデレ的な多弁症を発症したり、黒い一面を見せたりする。見た目は色白なのに腹黒とは。
 彼女自身もある人物のクローン。強力なベースの適合者として万に届く姉妹たちと共にαMO手術を受け、ただ1人生還した。

エリシア「クロード博士の手術ベースってクラゲなんですね! しかも、とっても珍しいベースだとお聞きしたのです……じゅるっ」

クロード「オーケー、触手は何本か提供しよう。だから、その手に持ったナイフとフォークをゆっくり下ろすんだ」


【オマケ②】ふわっとアダム・ベイリアル補講(設定が固まってる奴らだけ)

・アダム・ベイリアル・×××××(真アダム)
専攻:『科学技術全般&???』 象徴:『机上の空論』
 ご存じ『贖罪のゼロ』のラスボス。倫理観や思考回路が他の連中に輪をかけてぶっ飛んでいるが、他の誰よりも高い技術を持つ。登場する度にキルカウントが増えていく。

・(旧)アダム・ベイリアル・ヴァレンシュタイン
専攻:『科学技術全般』 象徴:『インフレ』
 光堕ちする前のクロード博士。とにかく既存の科学技術を洗練し、過剰化させていくことに心血を注いでいたようだ。

・アダム・ベイリアル・アブラモヴィッチ 
専攻:『病理学・疫学』 象徴:『末期』
 ウイルスや細菌に精通した女科学者。ティンダロスの粛清に食い下がった1人。
贖罪時空の地球で二種類のAEウイルスが流行ることになった元凶にして、ゾンビウイルスの製作者。閑話ではかなり理知的に振る舞っていたが、実は現実と映画の区別がついてない……というより、退屈な現実を少しでも劇的な映画に近づけようと考えてるヤバい奴。

・アダム・ベイリアル・ハルトマン
専攻:『整形外科・生物学』 象徴:『下半身』
 下半身のプロフェッショナル……下半身のプロフェッショナルとは()ティンダロスの粛清に食い下がった1人。『深緑の火星の物語』のコラボで強化され、彼の下半身は更なる進化というか深刻化を遂げた。

・アダム・ベイリアル・ジェイソン
専攻:『生体工学・美容外科学』 象徴:『化けの皮』
 元アダム・ベイリアルのまとめ役。ティンダロスの粛清に食い下がった1人。
 変身願望の実現が主なテーマで、実現のために様々な技術でアプローチしていた。曲者揃いのアダムを取りまとめていたあたり、相当な人格破綻者だったと思われる。

・アダム・ベイリアル・サーマン
専攻:『軍事学』 象徴:『浪漫』
 最初に登場したアダム・ベイリアル。作者も存在を忘れかけてたのは内緒。人造人間、盛り盛りベース生物、厨二的なセンスと自分の発明品に浪漫を求めていたロマンチストさん。
 アレクサンドル・G・ニュートンの突撃部隊に対応できないあたり、上位アダムと比べると格落ち感が否めない(初期のキャラだからしょうがないけど)

・アダム・ベイリアル・ロスヴィータ(インペリアルマーズコラボより)
専攻:『生体工学』 象徴:『???』
 2618年以降に参入することになる女科学者。モザイク・オーガン・ハイブリット技術のスペシャリスト。『インペリアルマーズ』のコラボ編で登場。
 実力で真アダムに迫る数少ない科学者『レオ・ドラクロワ』の元弟子。痛し痒し時点ではまだ弟子。今後のはっちゃけっぷりに期待。

・アダム・ベイリアル・ベルトルト(深緑の火星の物語コラボスピンオフより)
専攻:『科学技術全般』 象徴:『闇堕ち』
 実力で真アダムに迫る数少ない科学者『ヨーゾフ・ベルトルト』がif世界線で闇落ちしてしまったルート。どうしてこうなった。
 何気に技術者としては超優秀なので、敵側に寝返られると相当ヤバい。

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