贖罪のゼロ   作:KEROTA

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狂想讃歌ADAMー2 刺客乱舞

 ――緯度不詳、経度不明。

 

『槍の一族』の総本山、神殿と呼ばれる施設の最奥部にて。

 

「あのー、オリヴィエ様?」

 

「どうしたんだい、希维(シウェイ)?」

 

「いや、どうしたは私の台詞なんすけど……なんすか、それ?」

 

 ニュートンの血筋の中でも際立って特殊な立場にある『槍の一族』ことゲガルド家、その若き当主である希维(シウェイ)・ヴァン・ゲガルドは、自らの主(オリヴィエ)を見て……より厳密には、彼の手に握られたゲテモノを見て顔を引きつらせていた。

 

「ああ、これのことかな?」

 

 そう言うとオリヴィエは、まるで子供が買ってもらったばかりの玩具を自慢するかのように手中のそれを掲げて見せた。小太りの修道士を象ったゴム人形が、見る者を絶妙にイラッとさせる笑みを希维へと向ける。

 

「アダム君が郵便物と一緒に届けてくれた『おしゃべりロドリゲスくん』さ。これが中々、よくできていてね」

 

「よくできてるというか、無駄に作りがリアルっすね」

 

 どうやらオーダーメイドで作られたらしいそれは、モデルとなった人物をよく知る希维の目から見ても、かなりの出来栄えであると言っていいだろう。どこに需要があるのかは不明だが。

 

 ――なんでこんなもん作ろうと思ったんすかね? 

 

 喉まで出かかった疑問を、希维は飲み込んだ。気にするだけ無駄なことだ、恐らく目の前のこれも、悪ふざけと悪ノリの結晶にすぎないのだろう。アダム・ベイリアルと呼ばれる狂人集団は、特にその首領たる真のアダム・ベイリアルは、()()()()()()()()()

 

 まじまじとおしゃべりロドリゲスくんを見つめる希维に、オリヴィエは口を開いた。

 

「ところで希维、ちょっと『おしゃべりロドリゲスくん』の腹部を押してみてくれないかい?」

 

「えっ、嫌っすけど」

 

 ゴム人形とはいえ、なぜうら若き自分が中年男性の腹をプッシュしなければならないのか?

 

 至極もっともな理由で拒否する希维だが、「いいからいいから」と押し切られ、渋々人差し指でおしゃべりロドリゲスくんのでっぷりと飛び出した腹を突く。ぐにゅ、とゴム人形の腹部が1cm程沈んだところで、希维はゴム越しに固い何かに触れたことに気付く。それと同時に圧覚センサーが作動し、内部に仕込まれていた録音装置が音を発した。

 

 

 

『オォ……神よ……』

 

 

 

「ほら、面白いだろう? 今度、(リンネ)へのお土産にしようと思ってね」

 

「……そうっすか」

 

 どこかウキウキした様子でそう言ったオリヴィエに、希维はとり出したハンカチで人差し指を拭いながら、心底どうでもよさそうに返した。普段であればオリヴィエの秘書として「いや、それはプレゼントとして最悪のチョイスっす」と忠言を奏上するところであるが、今の希维にその気力は残っていなかった。

 

 結果として後日、オリヴィエの娘の下へと届けられたおしゃべりロドリゲスくんは『お慈悲を! どうかお慈悲を!』のボイスと共に握りつぶされる運命にあるのだが、それはまた別の話。

 

「……それより、そろそろ本題に戻しましょうっす、オリヴィエ様」

 

「ああ、それもそうだ」

 

 希维の言葉に思い出したとばかりにポンと手を打つと、オリヴィエは眼下に跪き首を垂れる人物へと顔を向けた。

 

 

 

「待たせてすまなかったね、ルイス。長旅ご苦労様」

 

 

 

 

 

「――勿体なきお言葉です、オリヴィエ様」

 

 

 

 

 

 そう発したのはオリヴィエが座す玉座の遥か下、そこに跪く白いスーツの青年だった。世の女性を魅了するだろう甘いマスク、しかしその目は狡猾な狐のように鋭い。その目を爛々と輝かせながら、青年は口を開いた。

 

「『槍の一族』が急先鋒、ルイス・ペドロ・ゲガルド――ここに参上致しました。なんなりとお申し付けください、我が君」

 

 ルイスは口元に笑みを浮かべ、うやうやしく遥か上方の玉座に座す主君を仰ぎ見る。

 

「あなたが望むのなら、ジョセフ・G・ニュートンもエドガー・ド・デカルトも、我が槍にて打ち砕いてご覧に入れましょう」

 

「……相変わらず芝居臭い従兄っすねー」

 

 そんなルイスに思わずぼやいた直後、希维は己の失敗を悟った。ルイスの視線がオリヴィエから、希维へと移ったのである――それも、剣呑の色を帯びて。本人には聞こえないように言ったつもりだったが、どうやらニュートンの鋭敏な聴覚は自分の呟きをしっかりと聞きとったらしい。

 

「聞こえているぞ、希维。そういうお前は、随分とオリヴィエ様に馴れ馴れしいな」

 

「……やっぱり、こうなるっすよねー」

 

 げんなりとした様子の希维。そんな彼女に対する侮蔑の色を浮かべながら、ルイスはせせら笑った。

 

「ハッ、まったくもって嘆かわしい! お前が当主に任命される余地を残したまま逝去されたのは、先代様唯一の失敗だろうよ! これでは我ら『槍の一族』の行く先も思いやられるというもの……さっさと私に家督を譲って、お前は血統を繋ぐ装置に徹していればいいのだ!」

 

「女性蔑視発言反対っすよー。あとルイス兄、知力も身体能力も私以下のくせに、毎度毎度どこからその自信が出てくるんすかぁ?」

 

「こちらの台詞だ。うっかりオリヴィエ様に毒茶を淹れるようなバカ女に、どうして当主が務まると思うんだ? その無駄な自信の源、ぜひご教授いただきたいものだな()()()()

 

「……」

 

「……」

 

 空気がピリリとひりつき、瞬きほどの間に、両者は己の武器に手を伸ばしていた。しかし希维がナイフを取り付けた拳銃に、ルイスが幾何学模様の刻まれた長槍に手をかけた瞬間、オリヴィエが場の空気を変えるように手を叩いた。パン、パン、と乾いた音が空間に響き、はっとした表情を浮かべる両者にオリヴィエが言う。

 

「はいはい。仲がいいのは結構だけど、そのくらいにしておこうか2人とも。話、進めてもいいかい?」

 

「――失礼しましたっす、オリヴィエ様」

 

 

「――オリヴィエ様が、そうおっしゃるのならば」

 

 主人の言葉に希维とルイスは佇まいを正す。それを見て、オリヴィエはゆったりと笑みを浮かべた。

 

「さて、ルイス。私が今、ちょっとしたゲームに参加していることは知っているかな?」

 

「勿論です、我が君。貴方様が率いる白陣営と、エドガー・ド・デカルトが率いる黒陣営による、アメリカの陣取り合戦。チェスになぞらえた駒を両陣営より出し合って執り行う代理戦争、『痛し痒し(ツークツワンク)』のことですね?」

 

「その通りだよ、流石に耳が早いね」

 

 感心したように声を上げるオリヴィエに、ルイスは「恐縮です」とかしこまる。それをどこか面白くなさそうに見ている希维をしり目に、オリヴィエは本題を切り出した。

 

「単刀直入に言うけど、ルイス。君に現場での指揮を任せたい――やってくれるかな?」

 

「ッ、勿論です!」

 

 その言葉にルイスは再びひれ伏した。崇拝にも近い忠誠の情を捧げる主人より、アメリカ合衆国の征服という大命を賜る。従者として最高の栄誉を受けて、どうして歓喜に震えずにいられようか?

 

 恐悦のあまり隠しきれない笑みを浮かべるルイスに、オリヴィエもまた口角を吊り上げた。

 

「任せたよ。相手はあのエドガー君とアメリカ合衆国。私が用意した駒を使っても大変だと思うけど――」

 

 しかしその次の瞬間、彼の口はルイスの心に波紋を立てる一言を紡いだ。

 

 

 

 

 

()()()()()()、私たち白陣営を勝利に導いてくれ」

 

 

 

 

 

「期待しているよ、ルイス」

 

「――御意に、我が君」

 

 オリヴィエの激励に一度だけ深く頭を下げるとルイスは立ち上がり、「失礼いたします」とだけいうと、踵を返して神殿を去っていった。

 

「……本当にいいんすか、オリヴィエ様?」

 

 その背を見送ると、希维はため息を吐きながらオリヴィエへと尋ねる。

 

「ルイス兄はゲガルドの中でも私の次か、次の次くらいには優秀っすけど……エドガー様の黒陣営にチェックメイトをかけるには、どう考えても役者不足っす」

 

 希维のその言葉は、私情からくるものではない。槍の一族を取りまとめるゲガルド家の当主として、正当な評価に基づいた発言だ。

 

 希维がゲガルド家の当主の座に就いている理由は至ってシンプル、ゲガルドに連なる者の中では彼女が最も優れた能力を有しているからである。槍の一族の中にも、彼女に内心で不満を持つ者は少なくない。

 

 それでも(ごく一部を除き)一族内部から不満が表出しないのは、ニュートンの、槍の一族の、そして遺伝子の本能が認めているからだ。自分よりも誰よりも、希维・ヴァン・ゲガルドという個体は優れている、と。

 

 そしてその希维でさえ、エドガーと正面からやり合えば勝ちの目は低い。老いた獅子の如きあの男の恐ろしさは、富、権力、知識――その全てにおいて、大部分のニュートンの上を行く点にある。(キング)自らが出向くことはないだろうが、彼はそれを駆使して強力な攻勢に出るはずだ。果たして、ルイス程度の実力で対処できるものか――。

 

「心配はいらないよ、希维。()()()()()()、このゲームの指揮官に相応しいんだ」

 

 そんな彼女の思考を断ち切るように、意味ありげにオリヴィエは告げた。はて、と主の言葉の真意を測りかね、頭上にクエスチョンマークを浮かべる希维。そんな彼女に、オリヴィエは意味ありげに微笑んで見せた。

 

「どう転んだとしても、彼は果たしてくれるとも。槍の一族としての責務をね」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「標的確認……これより作戦を開始する」

 

 隊長と思しき男の呟きに、彼に追従する3人の隊員たちは頷いた。無線機の向こうから聞こえてくる返事を聞くに、他の場所で待機する隊員たちの士気もまた高いらしい。

 

 奇妙なことに、隊員たちは1人1人の人種、性別、宗教も違っている。プロフィール上はほとんどの項目に一致など見られない彼ら。2つだけ全員に共通しているのは、彼らは皆フランス国籍を有する軍人であることと、MO手術を受けた人間であるということのみ。

 

 ――フランス外人部隊。

 

 フランスという国家が有する、異色の部隊。地理も、文化も、思想すらも違う他国から志願した者たちによって構成される、いわば「正規軍人には割り当てることのできない、汚れ仕事専用の軍隊」である。

 

 では、彼らは寄せ集めの烏合の衆か? ――否、断じて否。

 

 彼らは、(むれ)。厳しい訓練と文化の隔たりを越え、フランスという国家に仕えることを()()()()、紛れもなき精鋭たちである。

 

「ルイス・P・ゲガルド。奴の暗殺に成功すれば、我ら黒の陣営の勝利は大きく近づくだろう」

 

 彼らの視線の先にいたのは、白い高級スーツに身を包んだ青年。俯いているため表情はよく分からないが、口元を見る限り何事かぶつぶつと呟いているらしい。少々気味が悪いことは否めないが、注意力が散漫になっているのは幸いである。

 

 自分達4人の他、ルイスの前後左右を取り囲むように更に4人の隊員も配置済み。いかにニュートンの一族といえども、四方八方からMO手術を受けたプロの軍人に襲われれば、ひとたまりもあるまい。

 

 隊長は息を潜め、その時を待つ。作戦の開始には最良のタイミングがあることを、彼は良く知っていた。

 

 待って、待って、待ち続け――永遠にも思われる数十秒が経過した瞬間、彼は短く指示を下した。

 

 

 

 

 

「――やれ」

 

 

 

 

 

 瞬間、物陰から待機していた合計8人の隊員が一斉に飛び掛かった。全員が既に変態を終えており、その奇襲は戦闘訓練を相当に積んだ者であっても対処が困難なもの。

 

 全員が作戦の成功を確信した――その、次の瞬間のことであった。ルイスの前方から飛び掛かった4人の隊員たちの喉に、一瞬で風穴が穿たれたのは。

 

「ッ!?」

 

 崩れ落ちる同志たち。その姿を見て、隊長は思わず息を吞む。背負っていた槍に手をかけたところまでは見えた、だがそこから繰り出された突きは百戦錬磨の彼を以てしてもまるで捉えられなかったのである。

 

 若くしてこれほどまでに磨き上げられた槍術の腕前に驚嘆しながらも、しかし隊長は冷静だった。彼は怯まずに、その背後から飛び掛かる。既に長槍の間合いを越えている、ルイスが自分に向き直ろうと、もはやカウンターは不可能だ。

 

 ――とった!

 

 彼はMO手術の特性で強化された打撃を打ち込むべく、大きく振りかぶる。そして拳を突きだした刹那、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが、彼の見た人生最後の光景となった。

 

 布が裂ける音、次いでルイスの背から数本の槍が飛び出し、逃げる隙も与えずに隊長を串刺しにした。隊長にとっては幸か不幸か――というよりは、不幸中の幸いとでも言うべきだろうか。槍のうちの一本は頭蓋ごと脳を貫通しており、隊長は痛みを感じる間もなく絶命した。

 

「なッ!?」

 

 思わず足を止めた、フランス外人部隊の隊員たち。その目の前に、数秒前まで上司だった者の肉塊が、脳を撒き散らしながら転がる。彼を惨殺した槍――より厳密には、巨大化した棘とでも形容すべきそれは、役目を終えてズブズブとルイスの体内へ吸い込まれていく。うすら寒い恐怖を感じながら、隊員たちはその光景を見守ることしかできなかった。

 

「……許さん」

 

 そしてここに至って、隊員たちはルイスの声を聞きとることができた。だが彼らがその意味を理解するよりも早く、ルイスが絶叫した。

 

 

 

「許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さん――許さんぞ、希维イイィイィィィイィ!」

 

 

 

 ルイスは美しいその顔を怒りに歪め、ここにはいない従妹への憎悪をたぎらせながら隊員たちへと飛び掛かった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()、あの女狐め! そうだ、そうに違いない!」

 

 悲鳴が響く。だが、ルイスの耳には届かない。

 

「そうじゃなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 最後の隊員が槍に貫かれ、地面に伏せた。だが、ルイスの怒りは留まることはない。ルイスは激情のまま長槍を振り上げると、既に事切れた隊員にその穂先を振り下ろし始めた。一度、二度、三度――ルイスが執拗に刺突する度、死体は原型を失っていく。

 

「オリヴィエ様を支えるのに相応しいのはあのバカ女じゃない、私なんだ! それをウジ虫の分際で、私を偉そうに見下しやがって! 今に見ていろ、希维! 私がオリヴィエ様の側近になった暁には、貴様は私の靴を舐めることになるのだ!」

 

 やがてルイスの目に映る色が肌色よりも赤色が多くなった頃、ようやく彼は執拗な死体損壊を止めると、槍を杖代わりに立ちあがった。

 

「だが、焦るな……この戦争に勝ちさえすれば、オリヴィエ様も私こそが側近に相応しいとお気づきになるだろう。フフ、せいぜい女狐も、次期当主サマも、フランス大統領も……私とオリヴィエ様の踏み台になるがいいさ。さしあたって、まずは……」

 

 ――囚われの女王陛下(クイーン)を解放しなくては。

 

 ルイスは息を整えると、今後の段取りを脳内で組み立てながら再び歩き出す。虫のように殺した襲撃者たちに彼が意識を割くことは、ついになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その日、パリ市内は異様な空気に包まれていた。

 

「――隊長」

 

 部下からの呼び声に、フランス外人部隊隊長――マリアン・ヴィクトルは我に返った。

 

「これは、一体……?」

 

 そう言ったのはつい先日、彼の部下として部隊に配属されたブラジル人の女性隊員、コゼット・アントナであった。

 

 変態時は()()()()()()()()()()()()()薬でもキメたかのように凶暴化する彼女だが、平時は大人しく物静かな人物である。任務中に無駄口を叩くような人物ではないし、緊張を口にするような性格でもない。そんな彼女の顔には今、強い不安の色が浮かんでいた。

 

 マリアンは内心で「無理もない」と漏らす。ここ最近、フランス共和国を取り巻く『裏』の空気は、かつてないほどに張りつめている。つい先日も、極秘任務にあたっていた別動隊が標的の返り討ちに遭って壊滅したばかりだ。こうも立て続けに異常事態が続けば、いかに厳しい訓練を乗り越えた精鋭でも敏感にならざるをえないのだろう。

 

「任務の概要を聞いていなかったのか?」

 

 それを理解した上で、マリアンはあえて強い言葉を返した。部隊長たる自分の動揺は、隊の士気そのものに直結する。なればこそ、指揮官としてここに立つ自分は堂々と振る舞わなければならないだろう。

 

「いえ……ただ、私が聞き間違えたのかも」

 

 マリアンは口を挟まず、コゼットに言葉の続きを促した。

 

「護送任務ですよね、これ? なぜ、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ――フランス共和国の首相官邸たるエリゼ宮殿。その正面入り口前には、フランス外人部隊たる自分達以外にも、正規の軍人たち数十人ほど、整然と居並んでいる。平時の隊列のそれではない、2列に分かれて向き合う――いわば、花道を作る様な並びだった。

 

 なるほど、文面だけ見ればさぞや偉い人間への歓待のパフォーマンスにも見えるだろう。だが異常なのはここからだ。軍人たちは皆戦闘服に身を包み、これから戦場に赴くかのような物々しい武装に身を包んでいた。

 

 更に、周辺の街道はパリ市警によって蟻一匹も通さない物理的な封鎖が、空には特殊な電磁波によるバリアが展開されており、アナログ・デジタル双方への万全な膨張対策がなされていた。まさしく厳戒態勢と呼ぶにふさわしい守りが展開されたエリゼ宮殿は、情報通信網が発達した2600年代に入って極めて珍しい『不可視領域』と化していた。

 

「残念ながらお前の耳は正常だ、コゼット。今回、我々に与えられているのは護送任務で間違いない」

 

 マリアンの返答にぎょっと目を見開き、コゼットが彼を見上げた。聞き耳を立てていた他の部下たちも、口こそ挟まないもののその顔に動揺を浮かべている。

 

「これほどの警戒を要する相手を、このエリゼ宮殿にですか……!?」

 

「任務にケチを付けるな……と言いたいところだが。今回ばかりは全く同意だ」

 

 そう呟いたマリアンの頬を、冷や汗が伝う。彼の視線の先では、到着した護送車の扉が丁度開くところであった。

 

「大統領は何をお考えなのか……まさか」

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 マリアンが呟いたのと、護送対象が姿を現したのはほぼ同時だった。

 

 背の高い男である。眼鏡をかけているためどこか理知的に見える男性だが、その体格はインテリのそれとは程遠い。世に言うマッチョではないが、遠目にも分かる程には鍛えられている。

 

 両腕にはめられた手錠と囚人服以外には、決して異様な風体というわけではない。しかしこの場にいる百戦錬磨の軍人たちは、ただ1人の例外もなく悟った。

 

 ――洗い落としても消えることのない血の臭い。

 

 ――その肉体は戦闘のためのものでなく、人体を破壊・殺傷・解体するために洗練されたもの。

 

 ――そして何より、眼鏡の奥でくすぶる眼光は闘志の色を秘めている。

 

 犯罪者と称するには、その殺意はあまりにも純度が高い。しかし自分達のような軍人とも違い、おそらく戦闘行為自体を楽しむ気質も持っているのだろう。かといって狂人の類かといえばそうでもなく、おそらく彼には独特の芯がある。

 

 あえて男を形容するならば『猛獣の如き騎士』――そんな表現が、ぴったりだった。

 

「……出迎えご苦労、フランス兵諸君」

 

 両サイドから銃口を突きつけられながら、騎士は臆した様子も見せずに笑う。それは現代人がコミュニケーションのために浮かべる笑みではない。原始的な威嚇としてのそれが混在した、極めて攻撃的な笑み。

 

 鋭き刃の如き殺気が騎士から放たれ、その圧に多くの者が気圧された。騎士は厳重に拘束され、無力化されているにもかかわらず、である。へたり込む者こそいないが、怯んで数歩後ずさる者は少なくない。

 

 それを見た騎士は殺気と笑みを押さえると、一転して呆れたような表情で嘆息した。

 

「てんで駄目だな。貴様ら、ここが戦場だったら今頃全滅だぞ? まったく、誇り高きフランス兵の名が泣くというものだ」

 

 ――まぁ。

 

 と続けて、騎士は笑みを浮かべた。威嚇のためのものではない。今回の笑み、それは満悦の笑みだった。

 

「そこの連中は()()()()のようだが」

 

 騎士の視線の先、自分の殺気にも臆さず近づいてくるのは、マリアンの率いる小隊であった。こと汚れ仕事を任されることも多い外人部隊である。エドガー政権の下では特に、正規軍との経験の差が顕著に表れていた。

 厳しい面持ちのマリアンに双眸を向け、騎士は愉快そうに喉を鳴らした。

 

「いいだろう、合格だ。案内してもらおうか、ウェイター」

 

 ――我が標的、エドガー・ド・デカルトの下へ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「貴様のような不敬者を余の執務室に挙げるのは虫唾が走るが……よく来たと言っておこうか、シド・クロムウェル」

 

「俺は貴公の召喚命令に従っただけだ」

 

 エドガーの言葉をどこ吹く風と受け流し、男――シド・クロムウェルは涼しい顔で言ってのけた。

 

「そう邪険にしてくれるなよ、エドガー」

 

「……ここまで余に対する礼儀がなってないのは、キースの奴と貴様くらいのものだ。揃いも揃って英国の出身者とはな……紳士の国が聞いて呆れる」

 

 エドガーの機嫌が微かに悪くなる。護衛のシークレットサービスたちが内心で慌てるのをしり目に、シドは全く動じずに返した。

 

「あの腹黒と同類扱いは流石にもの申したいが……まぁいい、事実だからな。だから貴公は、あらん限りの無理難題と汚れ仕事を押し付けて俺を使い潰す。俺は無礼以上の戦果を挙げ、貴公が神になるその時まで命を繋ぐ。そういう関係だったはずだ」

 

「違いない。そら、任務の概要書だ」

 

 つまらなそうに返すと、エドガーは自らシドに書類の束を渡した。シドはそれを受け取ると、詳細を読み始める。時々、執務室のゴミ箱から上がる『話が、話が違うではないですか!』『お待ちを! 私は! 私はまだ!』『アアアァァ―――――――――――!!』などの謎音声に集中力をかき乱されながらも一通り目を通し終えると、シドはエドガーを再び見やった。

 

「なるほど。俺に、数十人の部隊でアメリカ合衆国を陥落させろと」

 

「その通りだ。怖気づいたか?」

 

 そう言ってエドガーは、挑戦的な笑みを浮かべる。断れば、それもまたよし。この気に入らない無能な若造をこの場で粛清するまでのこと。

 

「俺が? いやいや、まさか! むしろ最高の任務だ、大統領閣下!」

 

 だがシドは、エドガーの――常人が訊けば気が狂ったとしか思えないその命令の内容に、むしろ歓喜の色を浮かべた。

 

「クカ、クカカカ! 委細承知した――ゆるりと座って待つがいい、エドガー。このシド・クロムウェルが、貴公に合衆国を献上してやるとも!」

 

「……せいぜい、今までのように上手くやることだな、我が騎士よ。くれぐれも、余の期待を裏切ってくれるな? ああ、だがその前に――」

 

 ――貴様には、宮殿内のゴミ掃除をしてもらおうか。

 

 エドガーがそう言ったのと、大統領執務室の扉が慌ただしく開かれたのはほぼ同時であった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 宮殿前の広場に襲撃者が押し寄せたのは、今から遡って数分前の出来事だった。下手人は僅かに6人、人種も年齢もバラバラだが1つだけ共通点があった。全員の衣類の背中部分に刻まれた『血塗れの槍とそれに絡みつく二重螺旋の紋章』――見るものが見れば分かる、それは“槍の一族”を象徴する家紋だった。

 

 玉砕覚悟でこの場に乗り込んできたのは、一族内でもルイス・P・ゲガルドの派閥に与する、比較的下位の者たちだった。しかし下位といっても、彼らは500年の歳月をかけて品種改良された、文字通り最新のヒトである。その奇襲を受けたとあっては、いかに武装した兵士達でもどうしようもなかった。

 

 まず事態を把握する前に2割の兵士が殺された。次いで混乱の最中で更に2割が殺され、残された兵士のうちの半分は奮戦も虚しく殺された。この場にはMO手術を受けた兵士の部隊もあったが、生身の状態の彼らにすら太刀打ちできず、兵士たちは血の海に沈むことになった。

 

「レナルドとオーギュスタンはそのまま攪乱を続けろ! クロティルド、バリアを絶やすな! 敵の銃撃を通したら一気に攻め込まれる!」

 

 そんな中、唯一襲撃者に食い下がっていたのはマリアンの率いるフランス外人部隊であった。他の兵士達が抵抗も虚しく殺され、あるいは精々防戦に徹する中で、最終的に襲撃者を“撃退”ではなく“打破”するために動いているのは彼らだけだった。

 

「ッ!」

 

「おっと、行かせはせんぞ!」

 

 防衛ラインをくぐり抜けようとする襲撃者の1人を、マリアンは部下の一人と共に牽制する。その目的は足止めだ。

 

 ここまでの戦況で、彼らが超人的な身体能力を秘めていることは理解出来た。おそらく、自分達では数人がかりでなければ彼らを倒すことはできないだろう。だが足止め程度ならば――あるいは、少人数で抑え込むことも不可能ではない。

 

 自分も含めた10人隊員のうち8人を、2人1組として再編成し、4人にぶつける。残る2人の内、1人は銃弾をそらすためのバリア要員として配置。そして残る1人――彼の部隊で唯一、襲撃者たちを凌駕しうる戦闘員を1対1でぶつける。

 

 

 

「ヒャハ、ヒャハハハハハァ! 死ね、死ねェ!」

 

 

 

 狂ったように笑いながら攻撃を仕掛けるのは、先程マリアンと話していた女隊員、コゼット・アントナだった。先程までの物静かな様子とは一転、変態によって引きずり出された凶暴性でもって、彼女は刺客と互角以上に立ちまわっていた。

 

「ぬ、ぐぅ!」

 

 ――馬鹿な、何だコイツは!?

 

 繰り出される蹴りをいなしながら、刺客の1人は必至で思考する。たとえ生身であろうと、自分達の身体能力ならば生半可な戦闘員程度は抑え込める。それが変態してもなお、相手に優位をとれない――その事実が、彼を焦らせていた。

 

 全身に生えた羽毛から察するに、恐らくベースは鳥類だろう。その脚が恐竜さながらの頑強なものになっていることから、ヒクイドリやダチョウのような地上性の鳥であることは分かる。だが奇妙なことに、彼女の身体に発現した特性はそのどちらにも該当しない。

 

 一体これは――。

 

「隙だらけだァ!」

 

「しまッ――」

 

 一瞬の反応の遅れ。それはコゼットを相手にしていた彼が死ぬには十分すぎる理由だった。カポエイラの技術で放たれた渾身の蹴りが、襲撃者の頭に直撃する。一撃で頭部を半分吹き飛ばされた襲撃者は一瞬だけその体を痙攣させ、そのまま地面に崩れ落ちた。

 

「まず1匹ィ!」

 

 残りは5人――狂戦士と化したコゼットは雄叫びを上げ、血走った眼を周囲に走らせる。目に映ったのは、こちらに向かって走り寄る襲撃者。

 

「アハ……! 殺す殺す殺すゥ!」

 

 おそらく、防御に秀でた生物が手術ベースになっているのだろう。真正面から突っ込んで来るコゼットに対して襲撃者がとった行動は防御だった。

 

 ――だが、それは彼女に対して悪手中の悪手である。

 

「おらァ!」

 

 コゼットが跳び蹴りを食らわせる。まるで車がぶつかったかのような衝撃。それを甲殻で受けきった襲撃者はにやりと笑い、カウンターをくらわせようとする――が。

 

 

 

「ヒャハ、この程度で終わるかよォ!」

 

 

 

「なっ!?」

 

 コゼットの攻撃は、それで終わりではない。彼女は襲撃者が反撃に転じる隙を与えずに次々と蹴りを放つ。

 

「殺す、殺す、死ぬまで殺ォす! おら、おらおらおらァ!」

 

「う、オォ!?」

 

 初撃は防いだ――だが二撃、三撃と防げるとは限らない。防御が追いつかなくなっても、彼女の猛攻は止まない。肉切り包丁のような蹴爪が甲殻を剥ぎ飛ばしても、彼女は止まらない。柔らかい肉をさらけ出した襲撃者が泣き叫びながら許しを乞うても、やはり彼女は止まらない。ズタズタに引き裂かれた肉塊が地面に崩れ落ちたところで、ようやく彼女の身に宿る因子は次の標的を求めた。

 

「さぁ、次はどいつだ!? 死にたい奴からかかって――がッ!?」

 

 だがその瞬間、彼女の体は大きく仰け反った。数発の銃弾が彼女の体を貫いたのである。

 

「ッ、クロティルド! バリアを絶や――!?」

 

 マリアンは咄嗟に、電磁バリアを張っていたはずの隊員へと視線を向けた。そこには倒れ伏した3人の隊員と、その傍らに立つ2人の襲撃者の姿。おそらく、何かの拍子に形勢が逆転したのだろう。襲撃者の片割れはそれなりの傷を負っているが、戦闘続行には支障をきたさない程度だ。

 

「……化け物どもめ」

 

 もはや、勝敗は決していた。この場で戦闘が可能なのは、マリアンを含めた6人のみである。対する襲撃者は、未だ4人が健在。勝ち目などあるはずもない。

 

「随分と手こずらせてくれたな。たかが、人間の分際で」

 

 起き上がろうとするコゼットの首を踏みつけ、襲撃者の1人が言う。苦し気に呻く部下の声に苦い表情を浮かべながらマリアンは返した。

 

「……まるで、自分達が人間じゃないような言いぶりだな?」

 

「然り、我らヒトにしてヒトにあらず。ヒトの最先端、人類という名の長き進化の槍。その穂先に連なる者なり」

 

 そんな彼らを見下すように、襲撃者たちは嗤った。その様子にマリアンは既視感を感じる。彼らの振る舞いは、フランスの首領たるエドガー・ド・デカルトのそれにそっくりだ――もっとも、彼に比べれば多分に見劣りするそれではあったが。

 

「苦し紛れの戯言に付き合う義理もなし。ここらでご退場願おうか」

 

 その言葉を最後に、襲撃者たちは凶弾の詰まった拳銃をマリアン達へと向けた。

 

「白の城塞(ルーク)より伝言だ。「これは先日の返礼だ、エドガー・ド・デカルトに与する者はことごとく殺す」とな……死ね、雑魚ども」

 

 その言葉と共に、襲撃者が指を引き金にかけた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、黒の女王(クイーン)が直々に答えてやろう。『死ね、雑魚以下』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次の瞬間、彼の体は真っ二つに引き裂かれた。

 

「な――ッ!」

 

「!?」

 

 この場にいた者は、誰も動けなかった。それほどまでに、襲撃者を切り裂いたその一閃は鮮やかなものだったのだ。

 

 見栄えを求めず、強さを求めず――ただただシンプルに、人を殺すためだけに磨かれた剣筋。不謹慎は承知の上で、しかし誰もが感じていた。その一撃は今までに見たどんな技よりも「美しい」――と。

 

「――弱いな」

 

 その剣閃を放った張本人は、ただただ失望したとばかりに襲撃者たちを一瞥する。

 

「あれほどの大軍を殲滅したのだ、それなりの腕はあると踏んでいたんだが……とんだ期待外れだった」

 

 生き残った3人の襲撃者は我に返ると、即座に距離をとった。ニュートンの血が判断したのだ、目の前の男は自分達の命を脅かしかねない、極めて危険な存在であると。

 

「まぁいい。エドガーから預かった変則駒(フェアリーピース)とやらの具合も確かめたかったところだ。試し切りには丁度いいだろう」

 

 まるでその声に呼応するかのように、彼の手に握られていた剣がぶるりと震えた。不思議なことに、先程斬ったはずの襲撃者の血は既に刀身のどこにも付着していなかった。

 

「殺す前に言っておきたいことが、2つある。まず1つ目、お前ら程度の実力で、うちの(キング)をとろうなぞ1000年早い。そして2つ目だが――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エドガー(あれ)は俺の獲物だ。お前達如きに、渡すものかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――火星、とある研究施設にて。

 

「それで、プライド君はどの陣営に賭けるー?」

 

 テラフォチェスなる新手のボードゲームを観戦していたプライドは、当のプレイヤーであるアダムから突然振られた話題に、めんどくさそうな表情を浮かべた。

 

「……なんですか、藪から棒に?」

 

「いやいや、せっかくのゲームだし。ただ運営だけしてるのもつまんないなー、と……あ、メダカハネカクシ型ビショップをa3へ」

 

【むむ……エメラルドゴキブリバチ型ビショップをb3へ】

 

 アダムの対面、絹製のフードを被った対局相手が次の手を打つ。それに対処するべく駒をとると、アダムは一度盤面から目を離してプライドを見やった。

 

「クロカタゾウムシ型ビショップをg7へ……皆、ノリが悪くてねー。エンヴィーは心開いてくれないし、ラースは死んでるし、スロウスは廃人で何言っても笑ってるだけだし、ラストは全然興味なさそうだし。そんなわけで、オッズも何もあったもんじゃないんだよ」

 

【f4にパラポネラ型ビショップを】

 

「お、そう来たか……じゃあ、カイコガ型ビショップをg5へ。チェック」

 

【マジかよ。f7にミイデラゴミムシ型ビショップで防御】

 

「a5にマイマイカブリ型ビショップでチェック。おっ、これはいけるんじゃない? もしかして僕、初勝利パターンじゃない?」

 

「どうでもいいですけど、盤面のビショップ率高すぎません?」

 

 まぁそんなわけで、とアダムはプライドのツッコミを無視して笑いかける。

 

「ぜひプライド君の予想を聞きたいなー、と。中年のおっさんがテレビの前で横になりながら、競馬の順位予想するようなもんだから、気軽に言っちゃってどーぞ」

 

「……では、私は白の陣営に」

 

 プライドの言葉に「お、堅実だねー」とアダムは返し、ボードの付属品で空中に固定されていた駒へと手を伸ばした。

 

「あ、グリード。オニヤンマ型ビショップで空中マスa3から君のエメラルドゴキブリバチ型ビショップをとるよ」

 

【……空中b5からサバクトビバッタ型ビショップでオニヤンマ型確保】

 

「うぐっ……ま、まぁいいさ! これくらいは誤差の範囲だ。地中g8からオケラ型ビショップで奇襲だ!」

 

「いや、何ですか空中マスと地中マスって」

 

 プライドが聞くが、やはりアダムは答えない。代わりに、先程のプライドの予想に対する私見を彼は口にした。

 

「確かにαMO手術は脅威だよねぇ。真正面からやり合ったら、チート揃いの君たち『【S】EVEN SINS』でもただじゃすまないだろう。ただ、僕とは意見が割れたね」

 

「……ということは、博士は黒の陣営に?」

 

 プライドの疑問に答えようとしたその時、対局相手――グリードの神の一手が光った。

 

【かかったな、馬鹿め! 特殊効果発動、対空シールド型ビショップ!】

 

「ぐわあああああああ!? せっかく攻め込んだ僕の駒が全滅したァ! コイツ、まさかこんな隠し札を……!? くッ、ここは退くんだクロカタゾウムシ型ビショップ!」

 

【更に脱出機型ビショップでダイレクトアタック! ターンスキップでまた小生のターンだ、アダムゥ!】

 

「それやったら戦争だろうが……! カウンター駒発動、技術盗用型ビショップ! おら、お前の特殊効果寄越せやァ!」

 

「き、キィィイィイィィィィィイイィイィ!?」

 

「……もうツッコミませんからね、私は」

 

 考えるのも面倒くさい、とプライドが被りを振る。そのタイミングでグリードが、初めて2人の話題に口を挟んだ。

 

【しかし意外だな、アダム】

 

「【んー?】」

 

【小生、てっきりお前も白に賭けると思ってたんだが……あ、ポテチとって】

 

「【ああ、はいはい】」

 

 アダムがスナック菓子の袋を手渡した。袋の表記を見るにそのポテトチップスは「苔味」という、控えめに言って食欲が沸かない味付けなのだが、グリードは美味そうにそれを貪った。

 

「うん、個人的に応援したいのはオリヴィエ君の方なんだけどね。この痛し痒しゲーム(ツークツワンク)は、戦争なんだよ」

 

「戦争、ですか?」

 

 ようやくまともな話題になったか、とプライドは安堵の息を吐きながら聞き返す。

 

「ならばなおさら、αMO手術を一定数有する白陣営が有利なのでは?」

 

「一理あるけど、戦争の勝敗は現場の()だけじゃ決まらない。駒が互いに制限されてるなら、むしろ駒以外の要素が勝負の決め手になる。支援体制、コネ、軍略、情報……盤上の駒は白が優位でも、それ以外の優位は黒にある。だから、勝つのは黒だ――って、グラトニーが言ってた」

 

【受け売りかーい!? ――って、あっ】

 

「……何をしているんだ、まったく」

 

 グリードがふざけてアダムの頭をはたけば、勢い余ってその頭部が胴体からねじ切られた。ブシュゥ、と血を噴き出して床に倒れ込むアダムの体。それを見て「はわわわ……」とばかりにうろたえて見せる元凶に、プライドは嘆息した。

 

「ふざけてないで早く戻せ。床が汚れるだろう」

 

【テヘペロ☆】

 

 焦っていたのは演技だったのだろう、グリードは可愛らしく舌を出して見せると(面相的に可愛さなど欠片もないのだが)痙攣するアダムの胴体を抱き起こ――そうとして。

 

 何かを思いついたように手を打つと、グリードはチェスボードに向き直る。それから駒の配置を自分に有利になるように並べ直すと、今度こそアダムの胴を抱き起して、首の断面に頭部を乗せた。

 

【アダムマン、新しい顔よー】

 

「ゴぽッ、ケホ……元気100倍、アダムマン! じゃないよグリード、僕ツッコミで死にかけたんだけど」

 

【めんごめんご。あ、チェックな】

 

「……あれ? 何か配置違うくない? まぁ、いっか」

 

 アダムは首が完全に回復したのを確認すると、盤の目と睨めっこ始めながら口を開く。

 

「まぁ、そんな感じで僕は黒陣営に賭けてるってわけさ。でもそれだと、僕とオリヴィエ君の友情に亀裂が入りかねないから……」

 

【向こうは特に友情は感じてないんじゃないか?】

 

「うるせぇやい! とにかく、友情の破損に気を遣って製造したのが、このおしゃべりロドリゲスくんさ!」

 

 ババーン! という効果音と共に、アダムはどこからか太った修道士のゴム人形をとり出した。

 

「オリヴィエ君の部下の1人を模して作った、このおしゃべりロドリゲス君! なんと自動再生機能が付いているので、押しても押さなくても勝手にしゃべります!」

 

「世界一いらない機能ですね」

 

「というわけで、ハイ。プライド君に最後の1個あげちゃう」

 

「いりません」

 

 心底いやそうな顔をするプライドに、アダムはゴム人形を無理やり押し付けると、口を開いた。

 

「……実はさ、正直リアルすぎて僕も自分でドン引きだったんだよね。もしいらないなら、適当に処分しちゃっていいよ」

 

「まったく、余計な手間を……」

 

 うんざりしたようにぼやくとプライドはそれを床に投げ捨て、おしゃべりロドリゲスくんへと人差し指を向ける。

 

 その直後、彼の人差し指から青白い閃光が迸った。光速の2000分の1、驚異的な速度で放たれたその一撃は、幾本もの筋となっておしゃべりロドリゲスくんへと襲い掛かる!

 

 

 ……が。

 

 

 

『――おお、素晴らしい……!』

 

 

 

 ――おしゃべりロドリゲスくん、健在。

 

 

 

「……」

 

 悲しいかな、アダムが有する戦力の――否。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼の一撃だが、今回に限ってはあまりに相性が悪すぎた……主におしゃべりロドリゲスくんの材質的な意味で。

 

 何とも言えない空気が、部屋の中に流れる。

 

【……ブフッ!】

 

「ちょっと、グリード! いくらなんでも笑ったらプライドに悪いってあひゃひゃひゃひゃ!」

 

「……」

 

 ――怒るな、怒るな。いつものことだ。

 

 ささくれ立つ心をなだめつつ、プライドはおしゃべりロドリゲスくんをゴミ箱に叩きこむべく手に取る。しかし強く握りすぎたのだろう、内部の圧覚センサーが反応し、ゴム人形が余計な音声を流す。

 

『ですがやはり……貴方もその程度、という事でしょうなぁ』

 

 嘲りのボイスに、静まりかけたプライドの額に青筋が立った。なぜか知らないが、無性に癪に障る声色である。平時の彼なら、きっと流せただろう。しかし今の彼は少しばかり、気が立っていた。

 

「……」

 

 ひょい、とプライドは再びゴム人形を床へ放り捨てた。それから彼は一度だけ大きく息を吐くと、腰のホルスターから近未来的な意匠が施された拳銃――彼の専用凶器を抜き放つ。『な……に……?』というボイスが自動再生されたのは、果たして偶然だったのか。

 

「死ね」

 

 プライドが引き金を引くと同時、その拳銃から音速の7倍の速度で弾丸が放たれた。『お慈悲を! お慈悲を! どうか、お許しを!』のボイスが再生されるよりも速く、弾丸は合成ゴムごと内部の録音装置を熔かし尽す。更に二度、三度と引き金が引かれるたび、撃ち込まれた弾丸はおしゃべりロドリゲスくんの痕跡をこの世から消し去っていった。

 

「不評だなー、おしゃべりロドリゲスくん。次は着せ替え千古ちゃんでも造ろうかな?」 

 

「ようじょ!?」

 

「グリード、僕は君の名前を色欲(ラスト)にしなかったことをホント心から後悔してるよ」

 

 背後から聞こえる破壊音など気にもせず、アダムはグリードとの対局に戻った。

 

「【それで、グリードはどこに賭けるの?】」

 

【小生か? 小生は――】

 

 

 

 

 

「“Grey(“灰”に)“」

 

 

 

 

 

「おろ?」

 

「……なんだと?」

 

 意外そうにアダムが目を丸め、タガが外れたように銃を乱射していたプライドが思わず引き金を引く指を止めた。そんな彼らに、グリードはにんまりと笑いかけた。

 

【――確かにこの戦争、順当にいけば白か黒が勝つだろう。ヒトを極めた者同士の代理戦争、送りこまれる尖兵も相応の怪物だ。どう計算しても、並の戦士たちが勝てる道理はない】

 

 

 

【だが】

 

 

 

【だがそれ故に、“灰”は侮れない】

 

 

 

【人間は未熟だ、そのくせ強欲だ。自分の手が届く範囲を本当は分かっているくせに、それ以上を欲する。それ以上を守ろうと死に物狂いになる】

 

【だから、強い】

 

【土壇場まで足掻くから、絶望的な状況でも希望を見出す。咄嗟の行動が、逆転の一手に繋がる。そして勝つまで、何度だって立ち上がる。それは我々や、既に完成されたオリヴィエとエドガーにはない強みだ】

 

 

 

「【……とんでもない大穴狙いがいたもんだね】」

 

【イかすだろ?】

 

 ニタニタと笑うグリードに、アダムはため息を吐いた。

 

「【君が言ってることを間違ってるとは言わないけど……1つだけ忘れてるぜ、グリード。その原理だと、未熟な灰陣営が勝つまでにはかなりの年月がかかる】」

 

 アダムは九頭竜型ビショップを空中へ配置しながら、対局相手の無感動な目を見つめた。

 

「【それまでに、白も黒も待ってはくれないんじゃない? 戦況が泥沼化して、結局すり潰されちゃうかもしれないぜ? このゲームみたいに】」

 

【逆転の目がないわけでもないだろうよ、このゲームみたいに】

 

 そう言ってグリードは成人ゴキ型ポーンを動かし、ハゲゴキングへと差し向けた。

 

 

 

 

 

じょ、じょうじ(ほい、チェックメイト)じょうじ、じょうじょう(今月分のトイレ掃除、シクヨロ)

 

じょ(あっ)

 

「……お見事」

 

 

 結局ルールはよく分からなかったが、勝負はついたらしい。アダム相手に通算100連勝を記録したグリードに、プライドは形ばかりの賞賛と拍手を送った。

 

 

 

 

 




【オマケ】 他作品出張キャラ紹介 ~作者の妄想を添えて~

希维(シウェイ)・ヴァン・ゲガルド(深緑の火星の物語)
「~っす」という、ちょっとおバカな喋り方がチャームポイントな『槍の一族』の当主。「オリヴィエが当主じゃないの!?」と思ったのは私だけじゃないはず。普段はオリヴィエの執事のような役回りと、オリヴィエ陣営の取りまとめをしている。希维の「维」が何と打てば変換されるのか未だによく分からない。

アダム「というわけで、おしゃべりロドリゲス君の次に開発されたのがこちら! 完全再現☆しえいちゃんリバーシブル抱き枕! ん、裏の絵柄が印刷されてない? いやいや、これはモデルになった人物の気配遮断の特性をも再現した特殊加工でして……」

希维「それは詐欺っていうっすよ。あとオリヴィエ様、「言い値で買おう」じゃないっす。これリンネちゃんにゴミ箱ダンク決められたらガチ目に凹むっす」


マリアン・ヴィクトル&コゼット・アントナ(インペリアルマーズ)
フランス外人部隊の隊員。マリアンが隊長で、特殊な手術ベース持ちがコゼット。他にも8人、個性あふれるメンバーがいる。彼らが大活躍()するお話は、インペリアルマーズ地球編で! 多分、今回の話で一番株が上がってるのはこの人達。

マリアン「ちなみに本編で登場したシドだが、お前の先輩にあたるらしいぞ? 主に受けたMO手術的な意味で」

コゼット「そういう重要情報、このコーナーでさらっと出します?」


セシリオ・ロドリゲス(深緑の火星の物語)
 おしゃべりロドリゲスくんの元ネタ。太った修道士で、基本的に全ての台詞が意味深。存在そのものがネタキャラだが、モブ相手に無双するだけの戦闘力はある。
再生ボイスは全て出典元からコピペしてます。時間軸を気にしてはいけない。

ロドリゲス「それで、おしゃべりロドリゲスくんは娘さんに喜んでいただけましたかな、オリヴィエ様?」

オリヴィエ「えっ、うん」



【宣伝】
 あけましておめでとうございます。いきなりですが、『インペリアルマーズ』様でコラボ企画が連載中です! 感想:アダムは畜生だな!

そして、『深緑の火星の物語』でもちょびっとコラボが掲載されておりますよ!(ガチ目なのは後程とのこと) 感想:アダムは畜生だな!

 逸環さま、子無しししゃも様にはこの場を借りて感謝申し上げます!



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