贖罪のゼロ   作:KEROTA

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狂想讃歌ADAM-1 宣戦布告

 既に時刻は夕方にさしかかり、ローマ市は一日の終わりを告げる夕日によって朱色に染まっていた。市内を流れるティベレ川の水面が西日を乱反射し、群青に染まり始めた東の空には微かに銀色の星々が瞬く。まるで絵に描いたような夕景の中の街道を、一台のイタリア車が走っていた。

 

 ――さて、どうしたもんかな。

 

 助手席に座っていた人物、ジョセフ・G・ニュートンは内心でため息を吐いた。極めて整いながらもどこか愛嬌のある顔立ちをした彼は、灯り始めた街の明かりが流れていくのを窓越しに眺めながら眉をひそめた。その表情を見れば、平時のジョセフを知る者はとても驚くだろう。彼は基本的に、笑顔を絶やさない。だから彼が、どこか不満げにも不快そうにも見える表情を浮かべることは、とても珍しいのである。

 

 そして実際に、そんな彼の様子を見てとったのだろう。運転席でハンドルを握る人物が怪訝そうな顔でジョセフに視線を向けた。

 

「なんだジョー、らしくないな? また女遊びで面倒ごとにでも巻き込まれたか?」

 

「あはは……冗談きついですよ、バルトロメオ先輩」

 

 思わず苦笑いを浮かべたジョセフの視線の先にいたのは、身長160cmもあるかどうかという程に小柄な、しかしそれを補って余りある程に筋肉質な体格の男性だった。

 

バルトロメオ・アンジェリコ――学生の頃に出会って以来、軍隊に入った今でも交流のある、ジョセフの先輩である。

 

「それはこっちの台詞なんだけどな、ジョー。火遊びをするのはまぁいいとしても、俺に後始末を押し付けるのはやめろ。毎度毎度、大変なんだぞこっちは?」

 

 胡乱気な表情で睨むバルトロメオに、ジョセフは乾いた笑いを漏らした。

 

「えっと、そこはホラ……右の頬を打たれたら左の頬を出しなさい的な、ね?」

 

「よーし、俺に聖書の一文で反論するとは言い度胸だなお前? このまま教会行くぞ、夜通し説教してやる」

 

「待って待って!? いや、今のは俺が全面的に悪かったのでそれだけは勘弁してください!? このあとの集まりに支障をきたすので!」

 

 ワタワタと大げさに慌てて見せるジョセフに呆れたように鼻を鳴らすと、バルトロメオは視線を進行方向へと戻した。学生の頃からの付き合いだが、この後輩は良くも悪くも変わらないらしい。

 

 もっとも、それはあくまで内面の話。学生時代と今を比べた時には、決定的に違っている点がある。

 

「しっかしまぁ、こんな休日に呼び出し喰らうとは……一族の当主様ってのも大変だな」

 

 同情ともねぎらいともつかない感慨のこもった声で、バルトロメオが言う。それに対してジョセフは「正しくは“次期”当主なんですけどね」と補足をして、再び窓の外へと視線をそらした。

 

 バルトロメオの知る学生時代のジョセフと今のジョセフの決定的な違い、それは彼の肩書である。

 

学生時代から何かと噂の尽きない男ではあったが、学校を卒業して以来、ジョセフを飾る言葉は多くなった。ローマ連邦空軍元帥、生物学修士号取得者、航空宇宙工学修士号取得者……そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 肩書きとは即ち、社会におけるその人物の位置づけを表すものである。なるほど、これだけ社会的な地位を抱えていれば、才能の塊のようなジョセフといえども悩みの一つや二つはあってもおかしくはない。

 

「ま、何かあったら教会に行け。神の寵愛は万人に等しく与えられるもんだからな。ジョー、お前の悩み事もスパッと解決するかもしれないぞ?」

 

「……ええ、そうですね。今度の日曜日にでも行ってみますよ」

 

 そう返したジョセフの表情は、どことなくやつれているようにも見える。久方ぶりの休日、うぬぼれでなければ気の置けない自分(先輩)と共に心置きなくディナーに舌鼓を打っていたところで緊急の呼び出しがかかったのだ。彼ほどの者が緊急で呼び出される案件である、多少の憔悴はあってしかるべきなのだろう。

 

 ――ああ、神よ。願わくは、手のかかる後輩のかかる悩みが少しでも軽くならんことを!

 

 己が信仰する神に祈りを捧げてから、バルトロメオは右足でブレーキレバーを踏んだ。小奇麗に磨かれた車体が止まったのは、石造りの橋の前であった。

 

「ジョー、着いたぞ。サンタンジェロ城だ」

 

「ありがとうございます、先輩。すいません、こんなところまで送らせちゃって」

 

 シートベルトを外しながらジョセフが言うと、バルトロメオは「お前の世話を焼くのは慣れた」と白い歯を見せた。

 

「今日の予定がポシャッたのは残念だが……まぁ、また次の機会にでも」

 

 ――じゃ、頑張れよ。

 

 そう言い残して、バルトロメオを乗せた車はローマの夕方へと消えていく。車の影が見えなくなるまで見送ってから、ジョセフは小さく呟いた。

 

「……さ、仕事だ」

 

 踵を返し、ジョセフは天使の像が立ち並ぶ石造りの橋を渡り始める。その顔に先程までの人がよさそうな表情はなく、その代わりにピンと張りつめた糸の様に強張った表情を浮かべていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ティベレ川の右岸に佇むサンタンジェロ城は、かつてローマ帝国において五賢帝と謳われた皇帝の1人であるハドリアヌスが、己の霊廟として建設したものである。14世紀に入って以降、この城は歴代のローマ教皇によって要塞として強化され、しばしば牢獄や避難所として用いられてきた。

 そうした経緯のためか、この城は「バチカンのサン・ピエトロ聖堂と秘密の通路で繋がっている」というような、隠れた空間の噂に事欠かない。今回ジョセフが呼ばれたのも、そんな秘密の空間の1つ。ローマを拠点として活動するニュートンの一族が、しばしば密会に利用している場所である。

 

「お待ちしてました、ジョセフ君」

 

 隠し扉を開けて中へと入ったジョセフを出迎えたのは、3人の人間であった。そのうちの1人――和服に身を包んだ褐色肌の青年、エロネ・新界がジョセフへと向き直った。

 

「お休みのところを呼び出して申し訳ありません、叔父様」

 

 エロネに続けてそう言ったのは美しい金髪の女性、ファティマ・フォン・ヴィンランドである。艶やかなドレスに身を包んだ彼女の顔はしかし、ジョセフに対する申し訳なさと事態の重大さのために曇っていた。

 

「いいんだよ、ファティマ。一族の次期当主として、このくらいの仕事はしないとね」

 

「お、叔父様……!」

 

 感動と憧憬が入り混じり、涙ぐみながらファティマは熱い視線をジョセフへとぶつけた。そんな彼女に微笑みかけてから、ジョセフは最後の1人へと顔を向ける。

 

「それで……何があったか教えてくれるかい、ミルチャ?」

 

「御意に」

 

 ジョセフの言葉に恭しく頭を下げたのは、中年の男性だった。礼装を身に纏う2人と違い、この男――ミルチャは、まるで浮浪者のようにみすぼらしい古着を着ている。

 

「私どもの方で進めていたアダム・ベイリアルの暗殺計画ですが……それなりの犠牲は払ったものの、3人ほど討ち取ることに成功しました」

 

 ジョセフは何も言わず、ミルチャに続きを促した。

 

 見た目で判断する者は決して気づかないだろうが――ミルチャという男は、一族の中でも優秀な人物である。

 

 ファティマやエロネに比べて一族の内部での地位は下がるものの上位の末席――あるいは中位に位置し、ニュートン一家の上位と下位の仲介役を任されている。

 

 無能に仲介役は務まらない。優秀であったとしても、一を聞いて十を知る程度の人物にも務まらない。一を聞いて十を成し、それでいて必要な時には躊躇わずに上を頼ることができる者でなければ、この家で中位という立場が務まるはずもないのだ。

 

 そんな、機を見るに敏いミルチャが、上を頼った。それもファティマやエロネではなく、一族でも最上位に位置する自分を、である。それはつまり、彼が持ってきた案件が相応に深刻なものであることを物語っている。

 

「その際に押収した資料の中から……ありていに言えば、テロの計画書を発見した次第です」

 

「私もまだ見てはいませんが、ミルチャが言うには一族に深刻な被害を及ぼしかねないものだと」

 

 ミルチャの言葉を継いで、エロネが言う。

 

「次期当主であるジョセフ君に、指示を仰ぎたい」

 

「詳細はこちらに用意してあります……ファティマ!」

 

「はいはい、言われなくてもやってますぅー」

 

 ミルチャの言葉に、ファティマはプクッと頬を膨らませながら、手元に用意したノートパソコンのキーボードを叩く。ニュートン一家が持つ最先端技術を集めたそのパソコンは、市販のそれに比べて小型でありながら高性能。故にその処理速度も非常に速い。

 

 

 

 

 

「……ちょっと、ミルチャ?」

 

 ――はず、なのだが。

 

 

 

 

「このパソコン、壊れてるんじゃないの? さっきからやたら読み込みが遅いんだけど」

 

「なに?」

 

 ファティマから呈された苦言に、ミルチャは怪訝な表情を浮かべた。買いたてホヤホヤ、とは言わないが、まだ壊れるほどの年月使用したわけではない。つい先ほど自分が扱ったときには、何の問題もなかったはずだが……?

 

「ああ、やっと読み込ん……だ……」

 

 そう言いかけたファティマの表情が固まる。そこに表示されていたのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ピンク色に縁どられたメッセージウインドウと、モザイクに加工が施された、半裸の女性の写真――いわゆる、アダルトサイトの消えない系の広告(ワンクリックウェア)だった。画面では残り59秒、58秒……と、心理的にプレッシャーをかける謎のカウントが始まっている。

 

「……」

 

「おい待て、誤解だッ! そんな目で私を見るのを止めろ!?」

 

 ドブネズミを見るような視線を向けるファティマに、ミルチャが思わず逆上気味に返した。

 

「えっと……ミルチャはこういうのが好みなのかな? いや、個人の趣味に口出しするつもりはないけど、一族のパソコンでこういうのはちょっと……」

 

「違います、私じゃありませんからね!?」

 

 引き気味でそう言ったジョセフに必死で弁解するミルチャ。弛緩する空気の中でただ1人、エロネだけは鋭い目で食い入るように画面――特に、女性の広告を見つめていた。

 

 無論それは、彼がアダルトサイトの広告に欲情した、などというふざけた理由からではない。

 

 見覚えがある様な気がしたのだ、写真の女性のシルエットに。モザイク加工越しでも分かる美しい金の長髪に、人体比率の黄金比になぞらえればやや大きすぎる胸。そう、そのシルエットはまるで――。

 

 

 

「ッ! ジョセフ君!」

 

 

 

 違和感の正体に気が付いたエロネが叫んだ、その瞬間だった。ウインドウ中のカウントが、残り0秒になったのは。

 

 カウントが終わると同時、なぜか写真からモザイク加工が取り払われ、写真の人物が露になる。画面の中から硬直するジョセフたちに妖艶にほほ笑んでいたのは他でもない――()()()()()()()()()()()()()()()()その人であった。

 

 

 

「っ、私――!?」

 

 

 

 ファティマが声を上げるが、それを言いきる前にパソコン内で別のウインドウが開く。動画の再生プレイヤーである。皮肉なことにこのタイミングで最新鋭の処理能力を発揮したパソコンによって、ファティマがウインドウを閉じるよりも早くその動画は再生された。

 

 

 

『失楽園 ~世界征服をもくろんだ一族が火星のゴキブリに連続×××されて秒で××る~』

 

 

 

 そんなタイトルが一瞬表示されると同時に、画面いっぱいにその汚らわしい映像が放映された。

 画面の左上に映されるのは『衛星中継』の文字。どこかの施設なのだろうか、そこにはニュートンの一族――それも、上位に名を連ねる者たちが映し出されていた。

 

 トニー・S・ニュートン、ワンガリ・Eドラド、ハンニバル・フォン・ヴィンランド、久重・ケンロック、新墾・ジェイソン、エロネ・新界、金姫・フォン・ヴィンランド、ファティマ・フォン・ヴィンランド……そしてジョセフ・G・ニュートン。画面の端に見切れているが、ミルチャの顔もある。

 

 彼ら・彼女らは全員が裸で、床へと這いつくばっていた。その体にのしかかり『行為』に励んでいるのは、漆黒の人型ゴキブリ――テラフォーマー。彼らは「じょうじ、じょうじ♡」と気味の悪い声を上げながら、醜い恐慌に励んでいる。

 

「……ッ」

 

 ファティマは画面をギリと睨みつけた。

 

 おそらくは……というより、ほぼ確実にCG合成のはずだ。他でもない自分やジョセフがここにいるし、本物の上位勢がこれだけ失踪すれば、今頃ジョセフの通信端末がひっきりなしにアラームを鳴らしているだろうから。

 

 だからこの映像は気に留めるべきではない。ないのだが……自分の顔をした誰かが、テラフォーマーに蹂躙される様など見て楽しいはずもない。

 

 すぐさまこの映像を消そうと、ファティマは躍起になってキーボードを叩く――が、パソコンはもはや一切の入力を受け付けず、シャットダウンすら不可能であった。このままパソコンを破壊したいという衝動に襲われるが、怒りにのまれなかった僅かな理性がそれを押しとどめる。

 

 ――この異常事態の原因を、突き止めなくてはならない。

 

 そのためには、このパソコンを破壊するという行為は愚策である。自らを押し止めた彼女は深く息を吸い、数秒止めてからゆっくりと肺の中の空気を吐きだした。

 

 一般に、怒りの感情のピークは6秒ですぎると言われる。ファティマが6秒間の時間をとって心を落ち着けると同時に、ジョセフが口を開いた。

 

「『私』たちに敵意を持つ組織は少なくないが、ここまで悪趣味なことをしでかす者を私は知らない」

 

 ――一人称の変化。それは彼の発言がジョセフという個人としての言葉でなく、人類の最先端を行く一族の次期当主として発した者であることを意味している。

 

「聞こえているな、アダム・ベイリアル? さっさと出てきたらどうだ?」

 

 ジョセフの言葉と同時に、ウインドウ内の動画が唐突にブツリと切れた。代わりに表示されたのは、一枚の紋章である。

 

 

 

 食い尽くされたリンゴの芯と、それにまきついた妖虫――即ちそれは、()()()()()()()()()()

 

 

 

『なーんだ、もう分かっちゃったのか』

 

 パソコンのスピーカーから流れてきたのは、どこか残念そうな声音。それを聞いた瞬間、ジョセフの近くに控える3人の顔に一気に警戒の色が浮かんだ。

 

『やっほー、ジョセフ君! それにエロネ君とファティマちゃん、ミルチャ! 僕だよ、僕! 元気してたー?』

 

 耳障りなその声は、疑うべくもない。ニュートンの一族にとって最優先抹殺対象の一人に数えられる怪人、アダム・ベイリアルのそれに他ならなかった。

 

「……何の用だ、アダム・ベイリアル」

 

 ジョセフは慎重に言葉を選びながら、パソコンへ向かって声をかける。するとスピーカーからは、一々癪に障るような大げさな反応が返ってきた。

 

『おいおい、質問を質問で帰すなってご両親に教わらなかったの? あ、ごっめーん☆ 君のお母さんは行方不明で、君のパッパはそもそも息子への愛もあるんだかないんだかよく分からないような人だったっけ(笑)』

 

「こっちの神経を逆なでするためだけに通信を入れたのか? ……随分暇なんだな、お前」

 

 ざわつく心を瞬時に収めると、苛立ちなど微塵も見せずにジョセフが言う。

 

「もう一度聞いてやる……何の用だ、黒幕気取りの道化師?」

 

『ちぇっ、面白くないなー。さっきのAVの感想をもう一言二言ぐらい聞いておきたかったのに……ま、いっか』

 

 ――こっちも人を待たせてるしねー。

 

 そう言ってアダムは、ジョセフに本来の用件を切り出した。

 

『と言っても、近況報告みたいなものなんだけど……僕達これから、アメリカで陣取り合戦をやるんだ!』

 

「……」

 

 ジョセフが何も答えずにミルチャを見やると、彼は小さく頷いた。どうやら、先程ミルチャが報告しようとしていたテロとは、どうやらこのことらしい。

 

『二つの陣営に分かれてアメリカ合衆国の土地をとり合うんだ! 両陣営ともに、MO手術やらなにやら飛び交う、それはそれは素敵なゲームパーティ! どうだい、楽しそうだろう?』

 

「そうかい、こっちには全然そうは思えないけどね」

 

『えー、せっかく考えた楽しい遊びなのに―』

 

 不満そうな声を漏らしたアダムに、ジョセフの吐き捨てるように言った。

 

「で、それがどうした? まさか、私に参加しろとでも? 生憎だが、私はお前の下らない遊びに付き合ってやる気は――」

 

『えっ?』

 

 だが、スピーカーの向こうから聞こえてきたアダムの声に、思わずジョセフは言葉を飲み込んだ。

 

 ――脅してこちらを引きこむつもりじゃないのか?

 

 エロネが内心で首を傾げた瞬間、スピーカーからアダムの声が響いた。

 

『あ……あー! そっかー! ジョセフ君、自分が誘ってもらえると思っちゃってたかー! いやぁ、ごめんごめん! 僕の気が利かなかったね! うん、ちゃんと言わなきゃ伝わらないよね』

 

 わざとらしくそう言うと、アダムは大きく咳ばらいをして言い放った。

 

 

 

 

 

『悪いねジョセフ君、このゲーム3人用なんだ』

 

 

 

「……ッ!」

 

 その発言に込められた真意を理解した瞬間、ジョセフの顔に初めて焦りの色が浮かんだ。

 

『じゃ、そういうことだから! ジョセフ君はママのおっぱいでも吸いながら、アメリカが僕達の手に落ちるのを見てるといいんじゃないかな! あ、ママはいないんだっけ? まぁ、そんな感じで! あ、それとこの通信が終わったら、パソコン内のデータは自動で消滅するから、よろしく』

 

 散々まくしたてるだけまくしたてると、アダムは通信を切断してしまう。それと同時に、パソコンが完全にフリーズした。どうやら、そういう用途のプログラムが事前に仕込まれていたらしい。

 

 完全に使い物にならなくなったパソコンを、今度こそファティマは怒りのままに蹴り飛ばした。そのまま彼女はハイヒールでパソコンを執拗に踏みつけながら、ヒステリックに叫んだ。

 

「なんなのよ! こいつは、いつもいつもッ!」

 

 もはやパソコンの形をしていないそれに、とどめの一撃を見舞ってから、ようやく腹の虫がおさまったらしいファティマが肩で息をする。それをしり目に、エロネはジョセフを見やった。

 

「……どうなさいますか、次期当主?」

 

 ファティマと違い、彼は冷静な口調でジョセフに指示を仰いだ。

 

「先程の通信はいつも通り、戯言かもしれません。ただ……もし、アダム・ベイリアルがその気になれば、アメリカは落ちるでしょう」

 

「そうだね……エロネ、一族上位の者にこのことを連絡してくれ、大至急ね。「何かあったらにすぐ行動を起こせるようにしておいて」とも伝えてね」

 

 ジョセフの指示に、ミルチャとファティマが目を丸くした。ジョセフの指示は事実上「一族の力を総動員して脅威に備えろ」と言っているようなものだったから。

 

 一方でエロネはただ「かしこまりました」とだけ返して、通信端末を片手に秘密の通路へと出ていく。それを見送ったジョセフは、次いでファティマとミルチャに向き直る。

 

「2人はアメリカに潜り込んでいる間者に連絡を。多少の無理をしてもいい、内部から働きかけて奴らのテロに備えさせろ。それと、完全に片が付くまで徹底的に情報集めるようにも伝えてくれ」

 

「分かりましたわ……でも叔父様、ここまでやる必要はあるんでしょうか?」

 

 ファティマは異論を唱えないものの、どこか不可解そうに首をかしげた。

 

「これまで、アダム・ベイリアルがちょっかいをかけてきたことは数えきれません。実際に国を滅ぼそうとしたこともありました。でもその時だって、こんなに警戒したことはなかったのに……」

 

「ああ、そうだ――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――それほどまでに警戒しなければならない敵が、相手だと?」

 

 ジョセフの言葉に、ミルチャが表情を険しくした。このゲームは3人用、という言葉から、協力者がいるらしいことは2人にも想像がついていた。だがその正体を、彼らは掴みかねていた。

 

「確固たる証拠があるわけじゃないけどね……さっき流されたあのビデオ、覚えてるかい?」

 

 それを悟ったらしいジョセフが、ゆっくりと口を開いた。

 

「あの合成映像は、ニュートンの一族でも上に立っている人をほとんど網羅していた。ご丁寧に、あまり対外的には有名じゃないミルチャまでいた」

 

 ――それなのに。

 

 と、ジョセフは苦々し気に呟いた。

 

「それなのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一族の中でも、地位的には最上位といっても過言じゃない彼らが、あの映像の中にいなかった」

 

「――!」

 

「まさかッ!」

 

 ミルチャとファティマがその結論にたどり着いたのは、全く同じタイミングであった。そして、理解する――アダム・ベイリアルの遊び相手を務めているのだろう、残り2人のプレイヤーの正体を。

 

「繰り返すけど、証拠があるわけじゃない。今回の一件で彼らを直接どうにかすることは不可能だし、そもそもブラフの可能性も捨てきれない。ただ、その上で俺の推測を言わせてもらうなら――」

 

 そう前置きしながらもジョセフは、どこか確信を持って断言した。

 

 

 

「槍の一族とデカルト、彼らがアダムとグルになっている可能性がある」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「よし、これでセレモニーはおっしまーい! あ、プライド、撮影現場の後片付けはよろしく~。グリードに手伝わせてもいいから、頼んだぜ?」

 

「……正気ですか?」

 

「勿論♪」

 

 向けられる抗議の視線を無視して、アダムはにっこりと笑みを浮かべる。それを見て観念したのだろう、彼の背後に控えていた、顔に傷のある男は、どこか疲れた様な様子で部屋を出ていった。

 

「さてさて、ジョセフ君はメッセージに気が付くんでしょーか!? 続きはCMのあとで!」

 

 そう言ってアダムはモニターをビシッと指さす――が。

 

「ってちょっとおおおお!?」

 

 モニターの向こう側、肝心の参加者は2人とも、アダムが手塩にかけて用意した余興にこれっぽちも興味を示していなかった。

 

「2人とも、せめてお世辞でもいいから何か言おうよ! エドガー君、セレモニーを無視して執務するの止めない!? オリヴィエ君も居眠りはよくないぞ!」

 

「……なぜわざわざ、貴様如きの悪ふざけに余が付き合わねばならないんだ? 回線を切らないでおいてやっただけでもありがたいと思え、愚民以下」

 

「んん……? ああ、終わったのかな? いや、中々いい子守歌だったよ」

 

 ――あらやだ、ちょっとフリーダム過ぎない君たち?

 

 アダムが思わず内心で呟く。もしもアダムを知る者がこの言葉を聞いていれば、恐らく誰もが「どの口が言うんだ」と返すことだろう。

 

「下らん余興が済んだのなら手早くルールの説明をするがいい、“黒幕気取り”」

 

 エドガーはそう言うと、革張りの椅子にゆったりともたれた。その瞳の奥には、およそ常人には計り知れぬ野望の炎が煌々と燃えている。ぎらつくその眼光は、『己以外のあらゆる存在は、等しく無価値である』と雄弁に語っているかのようだ。

 

 ――この世の全てを見下す男、エドガー・ド・デカルト。

 

 フランス共和国を統べる大統領にして、人間を超越した思想の下で神の頂へと手を伸ばす“神への挑戦者”は、どこまでも尊大に言い放った。

 

「そこのスペアはともかく、一国を統べる余は忙しいのだ。本来なら、貴様ら如きに時間を割くことすら惜しい……ありがたく思えよ?」

 

「おや、その言い分は心外だな」

 

 そんなエドガーの言葉に、彼の対面に設置されたモニターの中から、オリヴィエが声を上げた。

 

「私にも、やることがないわけではないんだよ?」

 

 金髪碧眼、黄金比と言ってもいいほどに端正な顔立ちの青年は、どこか不満げに唇を尖らせてぼやく。だがその表情からは、およそ感情らしい感情が読み取れない。まるで作り物のようなこの青年が醸し出す雰囲気は、言いようのない不気味さを孕んでいた。

 

 ――二重螺旋と槍の紋章を背負う青年、オリヴィエ・G・ニュートン。

 

 ニュートンの一族の中でも際立って異質な『槍の一族』を取りまとめている人物であり、人類の到達点たるジョセフのみに有事があった際、彼に代わって神へ至る役割を背負う “神のスペア”である。

 

 彼は肩をすくめると、「まぁ」と続きを切り出した。

 

「そこまで急ぐような案件ではないけどね。どうかな、エドガー君。せっかくの機会だ、他愛のない雑談で親交を深めてみるのも一興じゃないかな?」

 

「――ほざくな」

 

 オリヴィエが冗談交じりに口にしたその言葉は、しかし。どうやらエドガーの琴線に触れるものらしかった。

 

 

 

 

 

「一族の理念に取憑かれた亡霊如きがッ! いずれ神へと至るこの余にッ! 馴れ馴れしく口を利くんじゃあないッ!」

 

 

 

 

 

 その瞬間、彼の全身から放たれるのは、身の毛もよだつような怒気。ジリジリと突き刺さる様なそれをエドガーは、モニターの向こうで微笑むオリヴィエへと向けた。

 

「このエドガー・ド・デカルトに、貴様となれ合うつもりは毛ほどもありはしないぞ、泥人形! この際はっきり言っておくが、貴様は誰よりも目障りだ! 神に至るのはただ1人――スペアはスペアのまま朽ち果てろ、オリヴィエ・G・ニュートン!」

 

 

 

 

 

「――奇遇だね、エドガー君。私も同じことを思っていたよ」

 

 

 

 

 

 それに対抗するかのように、オリヴィエの纏う雰囲気もまた俄かに変わる。怒気とも殺意とも違う、もっとおぞましい何か。まとわりつくようなそれを、オリヴィエはモニター越しにエドガーへと向けた。

 

「神に至るのは1人だけ、私も常々そう思っていてね……競争相手は少ない方がいい。少しばかり予定が前倒しになるが、ご退場願おうかな? お望みなら、私自身の手で引導を渡すのもやぶさかじゃない……挑戦者は挑戦者のまま、いつまでも敵わぬ夢を追い続けるのがお似合いだよ」

 

 

 

 エドガーのぎらつく眼光と、オリヴィエの粘りつく視線がぶつかり、異様な空気が立ち込める。

 

 傍目から見るものがいれば、疑問に思うことだろう。なぜ、これほどまでに険悪な両者がこうして顔を突き合わせているのだろうか……と。

 

 

 ――文字通り『人間』という生物を極め、あらゆる分野において突出した能力を持つニュートンの一族。

 

 エドガー・オリヴィエ両名はその中にあって、一族の筆頭たるジョセフと比較しても何ら遜色ない実力者である。彼らは一族の中でも五指に入る程に優秀な人物であり、ある意味ではジョセフ以上に特殊な立場にある人物であり……そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なぜなら、彼らは自らの目的――即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ニュートンとしての総意にも容易く背き、次期当主たるジョセフにすら躊躇なく牙を剥きかねない不穏因子だからである。

 

 もし仮に、彼らがこうして言葉を交わしていることが判明すれば、一族の者たちは死に物狂いで止めにくるだろう。万が一にも両者が手を組むようなことがあれば、冗談でもなんでもなく、世界が滅びかねないのだ。

 

 もっとも、その可能性は億が一にもありえない。彼らは神へ至るという終点こそ同じだが、それ以外の全てにおいて反立しており、だからこそ彼らは絶対に相いれない。

 

 ゆえに両者が接触することがあるとすれば、それは2人が神の座を巡って潰し合う時だけだろう、というのが一族として出した結論であった。実際この推論は9割方当たっており、エドガーとオリヴィエが友好的に言葉を交わすシチュエーションなどありえない……『はずだった』。

 

 

 

 だが、現実にはどうか。彼らはこうして険悪ながらも空間を共有し、言葉を交わしている。なぜこの悪夢のような事態が発生したのか?

 

 

 

「ちょっとちょっと! 2人だけで、勝手に薔薇色の世界に入り込まないでよね!」

 

 

 

 ――理由は簡単。彼らは、外的要因を考慮していなかったのだ。

 

 

 

 いや、考慮しなかったというのは的確ではない。見誤っていたのである。外的要因がいくら働きかけようと、究極の自己完結とも言えるような彼らを動かすことなどあり得ない。

 

 そもそもの話、危険因子たる両者をわざわざ引き合わせようなどと考える輩がいるだろうか? どんな者にでも行動を起こすからには目的があり、その目的を達成するために適切な手段をとる。両者を引き合わせたとしても、得られるものなど十中八九存在しない。そんな彼らを、一線の得にもならないのに引き合わせようとする者がいるのか?

 

「僕を仲間外れにして二人きりの世界に没入する何て、君たちはそれでも誇り高いニュートンの一族なのかい? いじめ、かっこ悪いよ!」

 

 

 

 ――いたのである。

 

 

 

 エドガーとオリヴィエという、2つの危険物。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。平然と火にガソリンを注ぎ、混ぜてはいけない薬品を混ぜ合わせ、それが引き起こす惨事を、ゲラゲラと笑いながら楽しむ者が。

 

 それこそが、ニュートンに対する嫌がらせを生きがいとする狂人――アダム・ベイリアルだった。

 

「……それもそうだね。まぁ、この場でお互いへの悪感情をぶつけたところでどうにもならないし、ひとまずはゲームキーパーの言葉に耳を傾けるとしようか」

 

「……まぁよかろう。今は貴様の口車に乗ってやるしようか」

 

「わお、2人共寛大だねぇ。どこかの愛を知らないジョセフ坊やとは大違いだぜ」

 

 そういったケラケラと笑うのは、白衣を羽織った少年。これと言って特徴のない、どこにでもいそうな平凡な容姿をした人物。およそ彼が、ニュートンの異端者たちと引き合わせうる存在には見えまい。

 

 しかし、それは見せかけである。彼の思考回路はどうしようもないほどに歪み切り、その心は取り返しがつかない程に腐りきっている。彼は信念も論理もなく、ただただ面白半分に、とにかくジョセフを始めとしたニュートン一家が嫌がることをしたいと考えていた。

 

 考えに考え抜いて――そして1つ、冴えた方法を思いついた。

 

 そうだ、エドガーとオリヴィエを引き合わせてトライアタックだ! あ! ついでに、ジョセフの故郷、フィラデルフィアごとアメリカが滅んだらすっごい嫌がるよねやったぜ! 

 

 ……と。

 

 エドガー・ド・デカルトが、人間としての在り方を超越しているのであれば。

 

 オリヴィエ・G・ニュートンが、人間としての在り方を逸脱しているのであれば。

 

 彼――アダム・ベイリアルは、人間としての在り方を踏み外していた。

 

 かくして、この奇妙な連帯は成立したのである。

 

 エドガーとオリヴィエの名誉のためにも明記しておくが、彼らは騙されているわけでもなければ、乗せられたわけでもない。人類の到達点に比肩する実力と頭脳を兼ね備えた彼らは、口八丁だの口車だの、そのようなもので動かせるような存在ではない。

 

 だからアダム・ベイリアルは、とある提案をした。そしてその提案は、両者が重い腰を上げる――とまではいわないまでも。片手間に付き合う程度ならばいいか、と気まぐれを起こさせるだけの条件を満たしていた。

 

 別に彼らは手を組んだわけでもなければ、仲が良くなったわけでもない。アダムが用意したゲームとやらが、自分の目的のためにまぁまぁ使えるものだった。だからお互いが対戦相手として、同じ卓を囲んだ。ただ、それだけの話である。

 

 それだけの話で、アメリカという一大国家は今まさに、滅びるか否かの瀬戸際に立たされた。

 

「よーし、それじゃあ仲直りが済んだところで、説明を始めちゃうぞー」

 

 アダムはそう言って、液晶パネルを指で撫でた。同時に、オリヴィエとエドガーのモニターに、30分で作りました! とでもいわんばかりの、極めて雑な出来のプレゼン資料が浮かび上がった。飾りっ気のないスライドには、インターネットから適当に拾ってきたと思しき、アメリカ全土の地図が載っている。

 

「君たちにこれからやってもらうのは、ジョセフ君にもいったけど陣取り合戦です。舞台はアメリカ全域。君たちにはこれからオリヴィエ君が率いる白陣営と、エドガー君が率いる黒陣営に分かれて、アメリカ合衆国を落としてもらいます」

 

「『落とす』の定義は?」

 

「手段は問わないよ。とにかく『この国は俺の物だ!』って言える状態にして、反抗やら反発やらを抑え込めれば、なんでも」

 

 エドガーの問いにアダムはそう返して、説明を続ける。

 

「最終的には、アメリカ全土を支配下に置いた方が勝ち。降参するか、どう考えても打つ手がなくなったら負け……ね、簡単でしょ?」

 

 こともなげに国家の未来を左右する発言をしながら、アダムは「ただし」2人に向かって指を振った。

 

「このゲームを遊んでもらうにあたって、君たちには幾つか注意事項があります」

 

「それが前に言っていた、“駒”のことかな?」

 

「ザッツライッ!」

 

 ビシ、とオリヴィエを指さして、アダムは楽し気に続ける。

 

「エドガー君が外交の暴力で軍隊を送り込むか、オリヴィエ君がαMO手術被験者の軍勢を大量に送り込みでもしたら、アメリカは即堕ち二コマ待ったなし。とてもじゃないけどゲームにならないよね? だから、注意点一つ目。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って、アダムは次のスライドを写す。そこに映されていたのは、(キング)女王(クイーン)城塞(ルーク)僧侶(ビショップ)騎士(ナイト)兵士(ポーン)……全て、チェスの駒の写真であった。

 

「この間も言っておいたけど、念のためもう一回確認ね。君たちがアメリカ征服のために使っていい戦闘員は、この駒になぞらえて用意した兵士だけ。ただし、君たちは差し手(グランドマスター)であると同時に(キング)だ。これは確定事項、誰かに代わってもらうことはできないのでご注意を」

 

当然、万が一にもとられたら負けね、と付け足して、アダムは続ける。

 

「あと、騎士(ナイト)騎士団(ナイツ)として20人くらいなら揃えていいけど、女王(クイーン)城塞(ルーク)僧侶(ビショップ)は1人だけ。兵士(ポーン)は、こっちで用意した廉価版テラフォーマー達をあとで郵送(着払い)するから、それ使ってね……うーん、駒関係だとこんなもんかな?」

 

 そのまま次の説明に移ろうとするアダムだが、そこでエドガーが「待て」と口を挟んだ。その顔には、ありありと不満の色が浮かんでいる。

 

「そのルールは()()()()()()()()()()()()()()。余らに大駒の称号をくれてやるほどの人材を捻出しろと言っておきながら、貴様は出来損ないのゴキブリを数十匹出すだけか? もしそうなら、余は降りるぞ」

 

「せっかちだなぁ、エドガー君は……安心しなよ、僕の方からもちゃんと支援はするってば」

 

 エドガーの鋭い眼光をへらへらと受け流して、アダムは言った。

 

「君たちが糸を引いていることを確信させないように情報操作はするし、武器一式・必要な物品を揃えるための資金は僕が出しちゃう。なんたって、悪名高きマッドサイエンティスト集団アダム・ベイリアルは壊滅寸前。人員が不足しすぎて、研究予算は腐るほど余ってるからね! イッツ、アダムジョーク!」

 

 HAHAHA! とアダムは笑うが、エドガーはとにかく面倒くさそうに顔をしかめ、オリヴィエは生暖かい視線を向けるだけで、一切の反応を返さない。さすがにいたたまれなくなったのか、アダムは咳払いをして再び話し始めた。

 

「それともう一つ……両陣営にはそれぞれ一つずつ、僕から変則駒(フェアリーピース)を贈呈しよう」

 

「ほう?」

 

 その言葉にエドガーが眉を上げた。彼が初めてアダムとオリヴィエに見せた、好意的な反応である。無言で続きを促すエドガーに、アダムは言った。

 

「ざっくりいうと、アダム・ベイリアル(僕たち)が技術の粋を集めて作った兵器ね。色々あるけど、どれもこれも国際条例に引っ掛かりそうな、超ヤバイやつ。それを君たちの陣営に合わせて、僕セレクションでお届けしようじゃないか! ……さすがにこれだけ出せば、アンフェアってことはないよね?」

 

「私はこれでいいと思うよ。本家の皆様を散々苦しめてきたアダム・ベイリアルの兵器なら、十分につり合いはとれる」

 

「クハハ……いいだろう、この条件ならば余としても異存はない。たかがゲーム、これ以上食い下がるのも見苦しいしな」

 

 2人が同意したのを確認して、今度こそアダムは次の説明に移る。

 

「次、2つめの注意点ね。さっき散々ジョセフ君を焚き付けたから、このゲームにおそらく第三勢力が介入してきます」

 

 そう言って、アダムはモニターのスライドを次のページに切り替える。そこには、ニュートンの一族の次期当主たるジョセフ・G・ニュートンの顔が映し出されている。

 

「多分裏で糸を引く(キング)はジョセフ君だろうねぇ。次点で特殊対策室としてのクロード君か、グッドマン大統領あたりかな? ともかく便宜上、彼らのことは灰陣営としておこうか。当然だけど、灰陣営には君たちが課された制限はかかっていない」

 

 それはつまり、アメリカという国家の兵力がそのまま駒となって襲ってくるということ。

 

「だからどうしたって感じはするかもだけど、君たち同士の純粋な勝負じゃないよ、ってことだけ覚えておいてね。僕からは以上、何か質問ある?」

 

 アダムが確認するが、エドガーは特に何もないらしく口を開かない。しばし考え込んだオリヴィエの「私からは何も」という返事を聞いて、この狂ったゲームの主催者たるアダムは口元を歪めた。

 

 

 

「それじゃあ、”神へ至る者の代理戦争”――『痛し痒し(ツークツワンク)』、開戦だ。何かあったら気軽に運営に確認してねー。あ、あと暇になったら僕の方から話しかけに行くヨ!」

 

 それじゃあねー、という言葉を最後にアダムの通信は切断された。

 

「じゃあ、私も一旦失礼するよ」

 

 オリヴィエは手元のパネルを操作しながら、エドガーへと微笑みかけた。

 

「ではね、エドガー君。健闘を祈っておくよ」

 

「その言葉、そのまま返させてもらおう。もっとも、最後に勝つのは余だがな」

 

 それだけ言うと、エドガーは興味もなさげに通信装置の電源を落とした。それを見たオリヴィエは「つれないなぁ」とぼやくと、自身もまた通信を切る。

 

 

 

 そして三つの通信モニターは暗転し、あとには不気味な静寂だけが残された。

 

 

 

 

 

 






【オマケ①】 今回のカメオ出演キャラ紹介 ~作者の妄想を添えて~

バルトロメオ・アンジェリコ(インペリアルマーズ)
第六班所属、ジョセフの先輩。学生時代からジョセフの世話を焼いており、ジョセフは彼に頭が上がらない。一般搭乗員ながらマーズランキングは幹部級で、第六班の影の班長と名高い。
何気に出典作品より今回のコラボで喋った台詞量の方が多い疑惑がある。

カリーナ「バルトロメオ班長? 良い人ですし、めっっっちゃクールな方ですよ! おそらくマルシアを凌ぎますね……私に次ぐクール力と見ました」

バルトロメオ「毎度思うんだが、なんでこいつはこんな自信満々にクールビューティを自称できるんだ?」

ジョセフ「いやあの、カリーナさん。六班の班長は俺……」



ミルチャ(深緑の火星の物語)
 ニュートンの一族の1人。一族下位の者をとりまとめて上位と繋ぐ中間管理職のような役職を担っている。ホームレスのようなみすぼらしい見た目だが、一族を守るようにオリヴィエの前に出たり、そのまま平然と嫌味を言えたりするスゴイ人。
 なぜかアダムは彼だけ呼び捨て。ビデオでも彼だけ見切れるという謎の処遇を受けている。

オスカル「……ジュルッ」

ミルチャ「エロネェ! お前の異母兄弟が私の尻に狙いを定めてる!? なんでもいいから今すぐコイツを止めろォ!」



【オマケ②】Ant test ~独断と偏見で解説する、各作品のボスの感性の違い~

問:あなたが道を歩いていると、目の前を蟻の行列が横切っていました。どうしますか?

ジョセフ(原作):気付いてすぐに避ける。同行者がいたらさりげなく注意喚起をしたり豆知識を披露したりして好青年アピール、好感度を稼ぐ。なお、ここまで全て計算づく。必要なら踏み潰すが、わざわざ潰す理由が見つからない。

エドガー(インペリアルマーズ):そもそも気付かない。仮に気付いても歩調を変えたりはせず、踏み潰そうが構わず進む。蟻如きに思考を割くなど究極の無駄、そもそも踏みつぶされる方が悪い。必要なら避けるが、わざわざ避ける理由が見つからない。

オリヴィエ(深緑の火星の物語):気付いた上で、慈愛の表情で踏み潰す。自分に踏み潰されることが蟻にとって最高の幸せであると信じて疑っていない。丹念に全て潰したら、何事もなかったように歩き始める。必要なら避けるが、わざわざ避ける理由が(略)

アダム(贖罪のゼロ):嬉々として踏み潰す。最初の方は一匹ずつ丁寧に潰していくが、十匹目くらいで飽きて雑に。その後、巣を辿って熱湯を流し込んだら満足して帰る。必要なら避けるが(略)。気分次第で、必要でも踏み潰したりする。

結論
ジョセフが一族の当主に推された理由がよく分かる。

【お知らせ】

 コラボについての活動報告を更新しました! 色々とお願いなどが書いてあるので、一読していただければ幸いです。


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