贖罪のゼロ   作:KEROTA

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第42話 CINDERELLA 硝子の令嬢

 ――アーク計画において火星に派遣された救助団の構成員は、以前も述べた通り全員が戦闘員である。

 

 アネックス1号の乗組員が『マーズランキング』によって序列を決められているように、彼らにもまた『アークランキング』と呼ばれる指標が存在する。このマーズランキングとアークランキングの評価基準は基本的に同じものであるのだが、1つだけ両者の間には明確な違いが存在する。

 

 それは前者が『捕獲を前提としたランキング』であるのに対し、後者にはその前提が存在していないという点。

 

 つまるところアークランキングによる順位は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もちろんそれは個人の技量、MOの特性、専用武器の質など様々な要因を総合したものである上、状況によってはこの番付も絶対のものであるとは言い切れない。しかしそれでも、順位が上がれば上がる程に強いのは確実と言っていい。

 

 さて、それでは以上を踏まえたうえでアーク第2団という部隊を考察すると、その評価はどうなるか?

 

 アーク第2団を率いるシモン・ウルトルや、潜入員であるキャロル・ラヴロックは言うに及ばず。それ以外の団員たちもまた、『アークランキング』の中にあって――言い換えれば、90人近い戦闘員の中でも30位以内に食い込む、正真正銘の実力者たち。

 

 彼らを一言で評価するのであれば『精鋭中の精鋭』。部隊としてのアーク第2団は掛け値なく、全実働部隊の中で最強である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――MO手術被験者 VS テラフォーマーの軍勢。

 

 両者激突の火蓋は意外な形で切られることになった。

 

「全員、掃射ァ!」

 

 それは、銃声。大男が号令を下すや否や、第2団の団員たちが構えた機関銃が文字通り火を噴いた。硝煙と共に放たれた鉛の弾丸がテラフォーマーの甲皮を貫き、黒一色の肉体に白の弾痕を刻む。

 

「お、おい! あんたら、無茶だ!」

 

 それを見た、第二班の班員の1人が叫ぶ。

 

「テラフォーマーには痛覚がない! 銃弾程度じゃ、こいつらは止められないんだ!」

 

 彼の脳裏に思い浮かぶのは、つい数時間前にアネックス1号の広間を襲撃したテラフォーマーの姿。ボーンを始めとして、居合わせた乗組員たちが3方向から集中攻撃を食らわせたが、ついにテラフォーマー1匹仕留めることができなかった。

 

 そう、あの場を見ていた者たちは身をもって知っていた。テラフォーマーという超生命体の、尋常ならざる生命力を。

 

 果たしてあえて無視しているのか、それとも銃声が邪魔をして聞こえていないのか。いずれにしても、アークの団員たちが銃撃を止める気配はない。ああ、防衛ラインが突破されるかと身を固くした班員の肩を、ポンと叩くものがいた。

 

「大丈夫だよ」

 

 彼の後ろにいたのは、いつも通り穏やかな笑みを浮かべたキャロルだった。言葉の真意をくみ取れず頭上に疑問符を浮かべる彼に、キャロルは「見た方が早いんじゃないかな?」と言うとテラフォーマーたちを指さした。

 

「見てて、そろそろ効果が出てくるはず」

 

 そう言われて訝し気に視線を戻し……そして彼は、驚いたように眼を見開いた。

 

 彼の目に映ったのは、銃弾を受けて一匹、また一匹と倒れていくテラフォーマーの姿。自分達の決死の猛攻など、まるで歯牙にもかけなかった害虫たちが、まるで普通の人間のようにパタパタと倒れていくのだ。

 

「改良型駆除殺虫剤『マーズレッドPRO 3.0』充填弾……うん、効果はあるみたいだね」

 

 驚く班員たちをしり目に、キャロルは1人頷く。

 

 

 

 20年前、バグズ2号に搭載されていたゴキブリ駆除剤『マーズレッド』。本来テラフォーマーには効果がないその薬品は、クロードの改良が加わることで、テラフォーマーに対して極めて高い毒性を発揮する専用の殺虫剤となった。

 

 もっとも、殺虫効果が高いということは必然的に生物に対する有害性も高いということ。人体に対する影響の懸念から、以前の大規模散布という形はとりにくくなった。その代替として用意されたのが、この特殊な弾丸である。

 

 麻酔弾の要領で弾丸内にマーズレッドを充填し、弾丸として打ち込む。テラフォーマーなら概ね3~4発で昏倒し、6発も受ければ死は確実。何発もの弾丸を標的に打ち込むには相応の訓練が必要であるが、機関銃という連射装置によってこの問題を解決。アーク1号の乗組員は、これまで封じられてきた『人類の叡智』を、害虫たちに如何なく発揮する術を身に着けたのだ。

 

「10匹か。割と残ったな」

 

「ま、半分くらいは減らしたし上出来だべ。ウルバーノ、そろそろええんでねぇか!?」

 

 秘書風の青年の言葉に相槌を打ちながら、太った男性が大男へと声をかける。それに「おうよ!」と威勢よく返し、大男――ウルバーノ・ディアスは次なる指示を下した。

 

「射撃止め……総員変態ッ!」

 

 それを聞くと、団員たちは銃の引き金から指を離した。素早くサイドステップを切り、弾幕を潜り抜けて徒手格闘の間合いに入ったテラフォーマーから数歩分の距離をとる。そして攻撃を空ぶったテラフォーマーたちの眼前で各々の薬を取り出すと、団員たちは各々の特性をその身に発現させた。

 

 

 

「シッ!」

 

 白と黒の羽毛を生やした勝気な少女が、蹴りを繰り出す。その足はしなやかで美しく、しかし強靭にして屈強。造形としては、肉食恐竜のそれに近いだろうか。

 指先から生えたナイフの如き鉤爪に貫かれ、蹴りの衝撃で全身の骨を砕かれ、2匹のテラフォーマーが地に伏せた。

 

 

 

「おっと、油断大敵だ」

 

 鱗を纏った青年は、再び間合いを詰めたテラフォーマーの1匹を、右腕に生えた毒牙で迎え撃つ。続けて仲間の肉体の死角から襲い掛かってきたもう1匹を、彼は掌から放つ高水圧の液体のレーザーで狙撃。

 果たしてそれはテラフォーマーの腕を貫いただけであったが、テラフォーマーはすぐに膝を折る。2匹はほぼ同時に倒れ込み、弱弱しく痙攣するほかに成す術がなかった。

 

 

 

「ぬんッ!」

 

 茶色の皮膚を手に入れた太った男性が口を開くと、その口から高速で舌が飛び出した。粘着質の唾液で絡めとったテラフォーマーの胴体を、彼は舌を器用に操って持ち上げ、振り下ろす。

 力任せに地面へと叩きつけられたテラフォーマーは仲間を巻きこみ、首からゴキリと嫌な音を立てると、白目を剥いてそれきり動かなくなった

 

 

 

「まぁ、こんなものですかね」

 

 眼鏡をクイと上げながら、秘書風の青年は呟く。彼の前は、胸に刺し傷のあるテラフォーマーが2匹横たわっていた。規模こそ小さいが、その傷は正確に彼らの弱点である食道下神経節を貫いていた。

 彼は両腕から生える鋭い顎の刺突剣(レイピア)を振るい、こびり付いたテラフォーマーの体液を払い落した。刺突剣と彼の体に発現した銀の鱗が、日光を浴びてキラリと光る。

 

 

 

「 ガ ル ル ル ル ッ !!」

 

 そして獣の如き唸り声を上げ、ウルバーノがテラフォーマーに食らいついた。比喩でもなんでもなく、彼は文字通りその顎と、牙へと変異した歯を使ってテラフォーマーの喉笛を食い破ったのである。

 その隙に別の個体が背後から殴りつけるも、彼の体は頭髪と髭が変異した獅子の如きたてがみに守られ、全く傷を与えられない。振り向きざま、その逞しい腕でテラフォーマーの頭をねじ切ると、彼は己の戦果を知らせるかのように雄叫びを上げる。

 

 

 

――個人の実力で言えば、彼らよりもミッシェルや燈の方が上だろう。だが人数という面で考えた時、日米合同第二班の中でテラフォーマーを相手に戦えるのは、この2人とアレックスだけ。10人以上もの非戦闘員を守るには、正直な所心もとない数である。

 

 その点、アネックスの一般戦闘員と比較しても遜色ない実力者の集まりであるアーク第二団が、これから行動を共にすることの意味は大きいだろう。彼らの存在は数の不利を打ち消し、行動の自由度に幅を持たせるのだから。

 

「あの人達、アネックスにいたら何位くらいなんだろうね、燈くん……燈くん?」

 

 戦況を見守っていた百合子が隣にいる燈に話しかけるも、返事がない。彼女が隣を見やれば、そこにはどこか遠くを見つめている燈の顔。不思議に思った、百合子も同じ方向へと目を向ける。それと同時に、「ああ、なるほど」と彼女は心の中で納得する。

 

 彼は見つめていたのではなく、()()()()()()()()

 

 武道家である彼だからこそ、その光景にとりわけ目を引きつけられたのだろう。間近で彼の修業風景を見続け、武道を見る目が多少肥えていた百合子だからそれが分かった。

 

 2人の視線の先にいたのは、フルフェイスの人物。テラフォーマーを相手に立ちまわるその姿は、まるで舞を舞っているかのようで――()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 風切り音が鳴り、胸部に穴を穿たれたテラフォーマーがまた1匹、地に沈む。最小の動きから放たれるその刺突は、傍目には決して派手な技ではない。だが見るものが見れば分かる、彼の一連の動作には一切の無駄がないことに。

 

「……」

 

 戦いは、とにかく静かに進行する。その場に響く音のほとんどは、テラフォーマーたちの足音と鳴き声、そして一撃を受けて地面へと彼らが倒れる音だ。シモンが立てる音といえば、槍の風切り音くらいのもの。

 

 ――存外に、冷静なんだな。

 

 静寂の戦場、彼の脳は肉体に戦闘の最適解となる指示を下しながら、その片隅でぼんやりと思考する。

 

 ――目の前にいるのは、大切な友人の仇だぞ? それを前にして、こうも平静でいられるお前は何だ? 体だけじゃない、心も冷たい虫のそれになり果てたのか?

 

 

「……」

 

 脳裏に浮かんだその答えに反論する言葉は思い浮かばない。その事実に苛立つでもなく嘆くでもなく、シモンはただただ小さくため息を溢しながら、その腕を振るう。ヒョウと槍が鳴き、その穂先は寸分の狂いなくテラフォーマーの喉を潰した。

 

 それから次の敵に備えるために槍を構え直し……そこで初めて、彼はこの場にいる全ての敵を己が倒していたことに気が付く。

 

「……テラフォーマー、捕獲」

 

 思い出したようにそう言って、シモンは槍を肩に担いだ。

 

 テラフォーマー30匹前後のサンプル、アネックス計画への寄与度は大きいはずだ。加えて、今の戦闘で自分達が味方であることも理解してもらえたはず。

 

 彼らの、そしてミッシェルの喜ぶ声を聞くことができれば、多少は気も紛れるだろうか? そんなことを考えながら、シモンは踵を返した。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「で、シモン? 納得のいく説明はしてもらえるんだろうな?」

 

「それはもちろん」

 

 ミッシェルの言葉に、シモンは力強く頷く。

 

「情報漏洩を防ぐためとはいえ、当事者であるアネックスの乗組員たちに隠してたことは謝罪します」

 

 そう言ってシモンは頭を下げ、更に言葉を続ける。

 

「その上で改めて、ボクの口からこの計画について皆に説明する。小吉さんに説明を投げっぱなしじゃ、どう考えても筋が通らないからね」

 

「……ああ、頼んだぞ」

 

 人の本気を見極める指標は幾つかあるが、そのうちの1つが口調だ。ミッシェルの聞く限り、シモンの声には力がこもっている。付き合いの浅い間でもない、青年の人柄はそれなりに知っているつもりだ。ならば信頼しても大丈夫だろうと、ミッシェルは結論を下した。

 

「うん、任された。だからね、ミッシェルさん――」

 

 そう言うと、シモンはヘルメット越しにミッシェルを見つめ……。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ、正座崩してもいいかな?」

 

 全く情けないことを、頼み込むのだった。

 

「は? 駄目に決まってんだろ。それはそれ、これはこれだ」

 

 そう言ったミッシェルの目は、限りなく冷たい。どうやら内心かなり怒っているらしいことが、その様子から手に取るように分かる。

 

人の本気を見極める指標は幾つかあるが、そのうちの1つが口調だ。シモンが聞く限り、ミッシェルの声には力がこもっている。付き合いの浅い間でもない、彼女の人柄はそれなりに知っているつもりだ。ならばこの態勢を解くことが許されるのもしばらく先だろうと、シモンは嘆息した。

 

 今現在、シモンは火星の大地に正座して説教を受けるという、人類史上初となる快挙(?)を成し遂げていた。武道を収める身として、別に正座の1時間や2時間如きはなんということもないのだが……

 

「……救助団の団長さん、正座させられてんぞ」

 

「本当にさっきゴキブリ倒してたのと同一人物なのか?」

 

「というか、何であの不審者スタイルなんだ……?」

 

「やっぱミッシェル班長こえー」

 

 ……周囲からの視線が、痛すぎる。

 

 テラフォーマー100匹と戦えと言われても平然としている自信があるシモンだが、好機と憐憫の目で見られる公開処刑には早くも心が折れそうである。

 

 シモンは助けを求めてキャロルにアイコンタクトを送るが、彼女は申し訳なさそうに手を合わせるだけだ。ならばと副官であるウルバーノを見やるも、彼は肩をすくめて周囲の警戒に戻ってしまう。他の団員も笑い転げるやら呆れるやらで、誰一人として助け舟を出す気配がない。

 

 遠まわしに部下に見捨てられ、シモンはヘルメットの奥で涙目になった。

 

「ま、しばらくそうしてな。私に黙ってた件はそれでチャラにしてやるよ」

 

「あー、うん。そういうことなら、謹んでお受けします」

 

「……私が言っといてアレだが、本当に真面目な奴だよお前は」

 

 律儀に頷くシモンの様子に、ミッシェルは感心半分呆れ半分といった調子で呟いた。

 

「少し待ってろ、水浴びてくる」

 

 そう言うとミッシェルは、シモンへと背を向けて歩き出した。この状況で何を呑気な、という者はこの場にはいなかった。

 

 彼女の体は今、先の戦闘でテラフォーマーと交戦した際に付着した返り血ならぬ返り汁で汚れており、不衛生な状態。このまま何かの感染症に罹って戦えなくなろうものなら、それこそ一大事である。

 

「ミッシェルさん、あの人達と面識があるんですか?」

 

「まぁな……って言っても、あのフルフェイス以外は知らないが」

 

 その道すがら話しかけてきた八重子に、ミッシェルは頷く。興味深そうに耳をそばだてる班員たちにも聞こえるように、彼女は答えた。

 

「あいつはシモン・ウルトル。クロード・ヴァレンシュタイン直属の特別対策室……分かりやすく言うと、テラフォーマーだのMO手術だのを悪用しようとする馬鹿が表れた時、それを止めるために出動するエージェントさ」

 

「ああ、掃除屋(スカベンジャーズ)みたいな感じか」

 

 そう呟いたアレックスの脳裏に思い浮かぶのは、少し前にマルコスやシーラ、そして河野開紀と共に南米で挑んだミッションの記憶。あの時、彼らに同行したのがスカベンジャーズと呼ばれる二人組だった。

 

「大体その認識で良いが、あいつが駆り出されるのは更に危険度が高い時だ。例えば……最近だとテロリスト相手に、州をまたいだ大捕り物があったか。U-NASAが抱えるトラブルの中でも、特にヤベェ案件の処理に関わってる」

 

「な、なるほど……」

 

 ミッシェルの説明を受け、班員たちの顔が少しだけ曇った。言うなればU-NASAの暗部に関わる人間が率いる部隊を、果たしてどれほど信用していいものなのか。そんな彼らの不安を払拭するように、ミッシェルは表情を和らげた。

 

「心配すんな。何回か一緒に任務を受けたこともあるし、あいつの人格と実力は保証する」

 

「それにホラ、皆見てよ」

 

 そう言ってキャロルが指さした先には、言われた通り地面で正座を続けるシモンの姿。

 

「あの人が皆に何かすると思う?」

 

「……確かにそう言う人には見えないね」

 

 キャロルの言葉に八重子が答え、他の面々も頷いた。彼の様子は飼い主に「待て」と言われて待っている子犬のようで、改めて観察するとどうにも気が抜ける。格好が変なことはともかく、とてもではないが暗部に関わる人間には見えない。

 

「そういうことだ。だからまぁ、安心しとけ。あいつは裏切る様なタマじゃないし、あいつらがいることで任務の成功率と私達の生存率が大幅に上がるのは間違いないからな」

 

 ミッシェルはそう言うとキャロルに何事か囁いて、湖の方へと再び歩き始めた。一方のキャロルはそれを聞くと頷き、小走りでシモンへと近づいていく。

 

「団長、正座はもう解いてもいいってさ」

 

「うん、了解です」

 

 キャロルからの伝言にシモンはそう返すと、すっと立ち上がった。特に足が痺れた様子もなく、普段通りの姿勢を維持しているその佇まいからはどこか品性を感じさせる。先程まで、年下の女性に説教されてガチ凹みしていた人物とは思えない切り替えの早さである。

 

「とりあえずキャロルちゃん、本当にお疲れ様。ここまで皆を守ってくれて、ありがとう」

 

「いえいえ。アタシはまだ何もしてませんから」

 

 そう言いつつ満更でもない様子のキャロルに思わず頬を緩めながら、シモンは続けた。

 

「装甲車にキャロルちゃんの専用武器があるから、調整しておいてね。それから、本艦にこれまでの記録の報告もお願い」

 

「了解です、団長!」

 

 敬礼して走り去っていくキャロルの背を見送りながら、シモンはホッと息を吐いた。ひとまず、当面の危難は去ったはずだ。問題はここから、どう動くかである。

 

 とりあえず、アネックス第一班・アーク第一団への合流は最優先事項だ。そこから素直にアークへ撤退するか、アネックスを先んじて確保すべく動くか。

 

 そんな思考を巡らし始めた矢先、特性で周囲の警戒をしていたウルバーノが声を張り上げた。

 

 

 

 

 

「総員警戒! なんか来るぞッ!」

 

 

 

 

 

 直後、ドンという音と共に何かが落下――否、()()()()()()、苔混じりの土煙を巻き上げた。それが止んで姿を見せたのは、1匹の力士型のテラフォーマー。ただしこれまでの個体と違い、その足は異様に発達している。

 

「あれは……!」

 

突然の事態に動揺する一同の中で、シモンはすぐさまその正体に思い至った。その脚部の形状に、見覚えがあったのだ。それは20年前、バグズ2号で小吉と並ぶ戦果を叩きだした乗組員であり、現アネックス第4班の副班長の片割れであるティンに与えられた特性と同質のもの。即ち――

 

「『サバクトビバッタ』……バグズ手術か!」

 

 理解すると同時、シモンはすぐさま槍を抜き放った。通常の力士型テラフォーマーならばいざ知らず、そこにサバクトビバッタの脚力が上乗せされている。この個体はこの場で、自分の手で仕留めるのが最善だろう。

 

 そう考えてシモンは踏み込み――そして、咄嗟に槍で()()()薙いだ。

 

 手ごたえは、ない。だがしかし、プンッ! と何かがこすれるような音と、確かな風の感触を彼は感じた。

 

 風は不規則な軌道で飛行すると、脱出機の翼部分をへし折るように着地して、その姿を見せた。表れたテラフォーマーの姿に、シモンは思わず唇をかんだ。当たってほしくない予想が、当たってしまったのだ。

 

 大量の複眼となった眼球、黄色の縞模様に、薄く細長い翅。その特徴は、“日本原産”『オニヤンマ』のもの。

 

 バグズ2号においてトシオ・ブライトに与えられていた特性であり、テジャス・ヴィジの『メダカハネカクシ』に並ぶ機動力を持つ昆虫だ。

 

「おォッ!」

 

 太った男性団員が銃撃するが、銃弾が届く頃にはそこにオニヤンマ型の姿はない。高速機動で逆に背後をとったオニヤンマ型は、その強靭な顎で団員の首筋を食い破ろうとし――。

 

「あぶねえ!」

 

 しかし、寸でのところで割り込んだ燈に救われる。彼は踏み込みざまに忍者刀を振り抜くが、その切っ先はオニヤンマ型を捉えず、彼が首にかけていたひも状の勲章を切り落とすにとどまった。

 

「チッ……悪い、団長。してやられた」

 

「いや、気にしないで」

 

 ウルバーノの謝罪に、シモンは首を横に振った。レーダーだけでなく、彼の特性である鋭敏な嗅覚をも用いた警戒態勢は万全に近かった。ただ今回の襲撃者たちは、あまりにも『索敵』との相性が悪すぎた。おそらくどんな方法を使っても、この状況は避けられなかっただろう。

 

「それより、あいつらをどうするかだ」

 

 現状はあまり好ましいとは言えない。バグズ型のテラフォーマー2匹、それもそれなりの機動力を有する2匹による襲撃である。おそらく、並の戦闘員では相手にならないはず。

 

 となると、現状バグズ型に対処できるのは自分とミッシェル、燈とキャロルの4人だ。次点でアレックスとウルバーノも考えられるが、少々彼らには荷が重いだろう。

 

ならば他の団員たちは非戦闘員の護衛に回し、燈と自分で相手をするのが得策。直に異変に気が付いたミッシェルも戻ってくるはず、そうすれば……

 

「ッ! ミッシェルさん!」

 

 そんな彼の思考は、燈の叫び声によってかき消された。嫌な予感に湖の方を見れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()

 

 遮蔽物などほとんどない火星である、見えない場所にいるとは考えられない。では、彼女はどこへ消えたのか? 

 

その問いに答える者はいない。だが、そよ風すら吹いていないのに波紋が広がる湖面が、岸にポツンと取り残されたミッシェルのコートが、彼女の身に何が起こったのかを物語っていた。

 

 

 

 ――不味い。

 

 

 

 シモンの額に、ぶわりと脂汗が浮かぶ。おそらく彼女は、()()()()()()()()()()()()()。バグズ型のテラフォーマーが襲ってきている現状から考えるに、おそらく下手人は『ゲンゴロウ』。あるいはそうでなくとも、水中での活動に特化した何らかの生物である可能性が高い。

 

 いかにミッシェルといえども、水中戦では勝ち目がないはず。一刻も早く引き上げなければ、彼女の生命に関わる。

 

 すぐさまシモンは、注射器型の変態薬を首筋に突き立てると、湖へ向かって駆け出した。

 

「じょう」

 

 だが、テラフォーマーたちがそう簡単に救援に行かせるはずもない。シモンの前にサバクトビバッタ型が立ちはだかると、すかさず豪脚による強烈な蹴りを放つ。空気が裂けるのではないかという速さで放たれたそれを、シモンは辛うじて躱した。つま先がフルフェイスヘルメットを掠め飛ばし、その下から青年の素顔が露になる。傷だらけのその顔には、微かな焦燥の色が浮かんでいる。

 

 ――このまま強引に押し通る?

 

 シモンは脳裏に浮かんだその考えを、すぐさま却下した。無理に突破すれば、背後から襲われるか燈へと攻撃の矛先が向かうかのどちらかだろう。事態は急を要するが、この個体はここで倒さなければならない。

 

「やるしかない、か……!」

 

 歯がゆいが、このまま放置はできない。そう判断したシモンの前で、サバクトビバッタ型の脚が再び放たれた。それを受け流すべくシモンは槍を構える……が、そのタイミングで両者の間に割って入った者がいた。

 

「はぁあッ!」

 

 まるで自動車事故のような、激しい衝突音。人体など容易く砕き、仮に致命を免れても体ごと吹き飛ばされてしまいそうな一撃をあろうことか押し返し、乱入者――キャロル・ラヴロックは叫んだ。

 

「こいつの相手はアタシが! 団長はミッシェルさんを!」

 

「ッ、ありがとう!」

 

 緊迫した状況で、冗長な会話は不要。手早く言葉を交わすと、シモンはすぐさまその場から跳躍し、文字通りひとっ跳びに湖岸へと向かった。

 

「よし、これでミッシェルさんは大丈夫……あとはこっちか」

 

 キャロルは呟くと己の専用武器――人間1人を覆い隠してしまえるほどに巨大な盾を構え直し、肩越しに背後を振り返る。彼女の視界には、こちらに背を向ける燈の姿が映った。

 

「燈くん、そっちのオニヤンマはお願いしていい?」

 

「ああ、任せておけ」

 

 短く答えた燈の手からは、目を凝らさなければ見えない程に細く、それでいて世界中のいかなる物質よりも頑丈な糸が紡がれる。先程の戦闘では見せることのなかった、後天的に組み込まれた生物の特性。

 

 即ちそれは『マーズランキング6位』、幹部に次ぐ実力者である膝丸燈が本気を出したことの証左である。

 

「背中を預けるぞ、キャロル。バッタ(そっち)は頼んだ!」

 

「もちろん」

 

 キャロルは頷くと、サバクトビバッタ型のテラフォーマーへと向き直る。拳や額を始めとする人体の急所を守るように、水晶のような結晶でコーティングしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――植物。

 

それは地球上でもっとも繁栄しながら、生態系において最も下層に位置づけられる生物。

 

彼らの特性は実に多様であるが、その中にあってキャロルの手術ベースとなった植物は、本人が再三言った通り極めて凡庸なものだ。

 

目を引かれるほど美しくもなければ邪魔者扱いされるほどの繁殖力もなく、強力な毒もずば抜けた薬効もない。

 

箸にも棒にも掛からない、そんな表現がまさしく相応しいこの植物。しかし実は一つだけ、あまり知られていない特徴がある。それは、()()()()()()()2()()()()()()()()

 

 

 

 1度目は夏の終わりに、小さく可憐な白い花を。

 

 

 

そして2度目は厳冬の最中。多くの植物に埋もれ、誰に惜しまれることもなく枯れ落ちたその後に、彼女達はもう一度だけ咲き誇る。美しくも儚い、ガラス細工のような()()()()

 

 

 

 ――故に、与えられた名は(コードネーム)硝子の令嬢(シンデレラ)

 

 

 

 戦闘という面において、他の潜入員の手術ベースには遠く及ばない。しかし最も『美しく』自らの生きた証を、歩んだ軌跡を飾る生物。それが彼女に与えられた特性である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼前の敵に意識を集中させながら、キャロルは自分自身も含め、この場にいる全員に聞こえるように宣言する。

 

「大丈夫だよ――絶対に、守るから」

 

 そう言って彼女は、笑った。自分と周囲を、鼓舞するかのように。彼女は優しくも頼もしく、花のように笑ったのだ。

 

 

 

「それが、アタシがここにいる理由だからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャロル・ラヴロック

 

 

 

 

 

 

 

国籍:アメリカ合衆国

 

 

 

 

 

 

 

25歳 ♀

 

 

 

 

 

 

 

168cm 60kg

 

 

 

 

 

 

 

『アークランキング』15位 (マーズランキング9位相当)

 

 

 

 

 

MO手術 “植物型”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ―――――――――――― ”日本固有種” シモバシラ ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

“ツノゼミ累乗術式” MO手術ver『Hyde』 “昆虫型”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ―――――――――――― ミツツボアリ ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―― 氷華の乙女(シモバシラ) & 生命の涙(ミツツボアリ)開花(フロスト)

 




【オマケ】

燈「『バグズ2号』の蜻蛉だったやつの方が強い。多分…お前より」

オニヤンマ型「……」

燈「……ごめん、やっぱ今のなしで」

トシオ「もうちょっと頑張れよ!? 事実だけども!」





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