贖罪のゼロ   作:KEROTA

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第3話 GHOST WORD 亡霊からの手紙

 バグズ2号の乗組員である小町 小吉(こまち しょうきち)とゴッド・リーが艦長室に呼び出されたのは、バグズ2号が地球を発ってから7日目のことだった。

 

「何で俺ら艦長に呼び出されたんだろ? 何か悪いことしたかな?」

 

 重い足取りで廊下を歩きながら、小吉が情けのない声を上げる。オロオロという擬音がこれ以上ないほどに合う、見事なうろたえようである。

 そういえば小学校時代にクラス担任に呼び出された時もこんな気分だったなぁ、と懐かしくもどうでもいいことを思い出しながら、小吉は自らの半歩先を行くリーに声をかけた。

 

「リー、何か思い当たることない? 何かやらかしてないか?」

 

「さァな」

 

 小吉の問いに、爪楊枝を口に咥えながらリーが素っ気なく返した。通常の隊服の上にマントを羽織った強面の元傭兵は、小吉と違って全く動揺している様子はない。いつも通り隙の無い動きで、彼は廊下を歩いていく。

 小吉が大きくため息をつくと、リーは肩越しに小吉を見つめた。

 

「思い当たる節があるとしたら、むしろお前の方じゃねえのか、サムライ? 大方空腹に耐えかねて、食料(カイコガ)のつまみ食いしちまったのがばれたんだろ」

 

「ナ、ナンノコトカナ。ボクワカラナイ」

 

「……図星か、オイ」

 

「いや、違うんだ。あれは若気の至り的なやつで――」

 

 わけがわからない上に苦しい言い訳を始めた小吉に、リーは無表情のまま言い放った。

 

「冗談だ。俺たち二人が呼ばれたってことは……『あれ』のことかもな」

 

「『あれ』? ……ああ、『あれ』か!」

 

 リーの言葉に小吉が手を叩いた。思い出した、と言わんばかりの表情を浮かべ、せっかくなのでちょっとリーをからかってみることにする。

 

「この間、俺が頼んだビンの蓋をリーが開けれなかったことか! 一時間粘っても空かなかったし!」

 

「面白ェ、その喧嘩買ってやるよ」

 

「悪かった。謝るからそのナイフしまってくれ、リー」

 

 ナイフを抜いて臨戦態勢に移行したリーに謝り倒し、小吉は真面目に『あれ』の実態を聞くことにする。

 

「呼び出しの原因は、おそらくこの間の腕相撲だ」

 

「は? 腕相撲って……出発の前の夜に皆でやった、あれか?」

 

 今一つピンと来ない様子で小吉が聞くと、リーが頷く。

 彼の脳裏には、バグズ2号出発前夜に開かれた、乗組員全員に参加の大腕相撲大会の様子が浮かんでいた。上位陣の間では激闘が繰り広げられ、それなりに盛り上がった記憶があるが――。

 首をひねる小吉にリーが続ける。

 

「あの時の順位は俺が2位で、お前が3位だったな?」

 

「ああ。ついでに、1位はイチローだ」

 

「……個人的な感想だが、あいつの腕力はマジで化け物だと思うぜ」

 

 リーがポツリと漏らすと、小吉が激しく頷いた。元傭兵であるリーや、空手の有段者である小吉を始め、名だたる強豪たちを次々とねじ伏せていく最年少乗組員の構図は、見ていて軽く恐怖であった。

 

「話を戻すが……お前、艦長の順位も覚えてんだろ?」

 

「そりゃ勿論。腕相撲大会で艦長は4位だ。艦長戦はギリギリで俺が競り勝ったんだからな。忘れるはずないだろ」

 

 小吉がその時の光景を思い出しながらそう言った。滅茶苦茶アメリカンな雄叫びを上げるドナテロを日本男児な雄叫びを上げながら迎え撃ち、辛くも勝利したことは記憶に新しい。

 

「でも、それがどうしたん……あ?」

 

「気付いたか」

 

 そこで小吉が何かに気付いたように声を上げた。そんな彼に、リーは確信に満ちた声で言う。

 

「そう言うことだ。腕相撲とはいえ、部下3人に負かされる。上に立つ人間として、メンツは丸潰れだろうぜ……俺達へのお礼参りを考えたとしても、不思議じゃねえよな」

 

「いやいやいや! それはないだろ、さすがに! 大体、それならイチローが真っ先に呼ばれるんじゃないか?」

 

「どうだかな。1位を相手にやると角が立つから、俺達に狙いを絞った可能性だってある。それに、戦場じゃあよくあったぜ? ポーカーに負けた上官が後で部下を呼び出して、裏でいびるなんてことはよ」

 

「……せ、戦闘能力があるクルーのミーティングって可能性も」

 

「無ェな。それこそムエタボクサー(ティン)ヨコヅナ(イチロー)も呼ばれるだろ。第一、俺らの任務はゴキブリの駆除。火星人と戦うわけでもねぇのに戦闘の打ち合わせをすると思うか?」

 

「ぐっ……いや、でも……」

 

 小吉が反論していくが、リーはそれをことごとく一蹴する。

 次々と論破されてあーでもないこーでもないと悩み始めた小吉を尻目に、リーは足を止めた。艦長室に着いたのだ。

 

「まぁなんにせよ、まずは話を聞いてからだ」

 

 リーはそう言って、ドアの開閉ボタンへと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「単刀直入に言おう。お前たちには調査を頼みたい」

 

 執務用の椅子に腰掛けたドナテロ・K・デイヴスは、2人に向かって開口一番そう切り出した。

 

「調査、ですか?」

 

 小吉の質問にドナテロが「そうだ」と短く答える。その途端、小吉は拍子抜けしたような顔になった。

 

「? どうした?」

 

「ああ、いえ。俺『達』が予想していた内容と大分違ったんで」

 

 わざと『達』の部分を強調しつつ小吉は胡乱気な視線をリーに向けるが、当人はどこ吹く風と言わんばかりであった。

 

「で、俺たちに何を調べさせようってんだ?」

 

 華麗に小吉のジト目をスルーして、リーが言う。

 

「ああ、それについての説明はミンミンにしてもらう」

 

 ドナテロがそう言うと、彼の後ろに控えていたバグズ2号の副艦長、張 明明(チョウ ミンミン)が口を開いた。

 

「2人とも、今船内で起きている事件のことは知っているな?」

 

「事件……ですか?」

 

 一瞬戸惑ったように小吉が呟くが、その後すぐにはっとした表情になる。

 

「ひょっとして『バグズ2号の亡霊』のことですか?」

 

「……ああ、あれか」

 

 思い至った様子の小吉とリーにミンミンが頷くと、ファイルを片手に説明を始めた。

 

 地球を出発した直後から、バグズ2号ではある事件が頻繁に起こっていた。それは、船内の壁に警告文が書かれるというもの。

 

『火星に行ってはいけない』

 

『火星は危ない』

 

『皆殺される』

 

『今すぐ地球に引き返せ』

 

 そんな内容の警告文が、いつの間にか至る所に書き込まれるのだ。航行直後から起こり始めたこの事件だが、犯人の姿はおろか文字以外には痕跡を見た者すらいない。

 影も形もつかめないその不気味さから、乗組員たちには『バグズ2号の亡霊』などと呼ばれているのだ。

 

「2人には、一連の事件の手がかり――可能であれば、犯人を捜してほしい」

 

「犯人捜しですか……」

 

 気乗りしなさそうに、小吉が呟く。バグズ2号の中でこんな事件が起きているということは、当然乗組員のうちの誰かが犯人ということになる。

 バグズ2号の中でムードメーカー的な立ち位置にある小吉にとっては、どの乗組員も仲がいい友人だ。彼らを疑うような行為に、気が進むはずもない。

 

「私達としても不本意だが……私達だけでは人手が足りない。かといって、このまま事件が続くと全体の士気に関わるから、放っておくわけにもいかない。すまないが協力してほしい、2人とも」

 

 ミンミンのその言葉に、それまで沈黙を保っていたリーが口を開いた。

 

「……一つ聞きてぇんだがよ、艦長。何で俺らを選んだ? 俺達よりも頭が回る適任は他にもいるはずだろ?」

 

 納得のいく説明はあるんだろうな、と彼は言外に告げる。

 

「――経歴だ」

 

 リーの言葉に、ドナテロが重々しく口を開いた。苦渋に満ちた表情で、ドナテロは2人を見つめた。

 

「26年間イスラエルの武装勢力にいたリーと、乗組員の中では唯一の志願兵である小吉。お前たちが任務に怖気づくとは考えにくい。だから、お前たちは犯人候補から外して協力を要請することにした。情けない話だが、現状で完全に信用できるのはお前たちしかいないんだ」

 

 ドナテロの説明に「成程な」とリーが呟く。彼の言う通り、今は圧倒的に情報が足りない。しかし、待っていたからと言って、これから新しい情報が入るとは限らない。多少見立てが甘くリスキーではあるものの、ここでリーと小吉を頼った彼の判断は間違ってはいないだろう。

 

「いいぜ。やってやるよ、犯人調査」

 

「わかりました、艦長。正直、仲間を疑うのは嫌ですけど……そういうことなら、俺も手伝います」

 

 頷いた2人に対して、ドナテロは椅子から立ち上がって頭を下げた。

 

「ありがとう、2人とも――辛い役割を押し付けて、すまない」

 

 その様子に「いや、いいんですよ! 俺達にできることならどんどん言っちゃってくださいって!」と小吉が慌ててフォローをする。

 

「とりあえず、俺はそれとなく皆に聞き込みをしてみます。何か新しいことが分かるかもしれませんし……リーはどうするんだ?」

 

「俺は他の奴らとはあんまり話さねぇからな……とりあえず、艦内の要所を見回るか。犯人を捕まえられりゃ御の字、ダメでも他の奴らに見つかる前に警告文を処理できる可能性も高くなるだろ」

 

「おっし、そっちは頼んだぜ、リー! ――そんなわけで艦長、副艦長」

 

 小吉はドナテロとミンミンに向き直ると、ニッと笑って見せた。

 

「大船に乗ったつもりでいてください! 必ず犯人、見つけますから!」

 

「フン、面倒だがな」

 

 かくして、2人の犯人捜しが始まった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「亡霊事件で気付いたことか……アタシは特にないかなー」

 

「やっぱりそうだよなー……」

 

 バグズ2号の乗組員の一人にして、小吉の幼馴染である秋田 奈々緒(あきた ななお)は言った。

 薄々予想はできていたものの、その反応に小吉は落胆の色を隠せなかった。しかし、ドナテロたちにあれだけ大見得を切ったあとだ。さすがに何もわかりませんでした、では格好がつかない。

 

「ちょっとした違和感とか、些細な事でもいいんだ。何かないか、アキちゃん?」

 

「そう言われても……っていうか、さっきからやけにこだわるな。あんた、探偵でも始めたの?」

 

「えっ!? それはー、あー……」

 

 怪訝そうな奈々緒の言葉に、少し小吉が口ごもる。

 

「あー、あれだ! この間、推理ものの古典アニメ見てたら、探偵ごっこやりたくなっちゃってさー! ほらあの、見た目は子供、頭脳は大人~ってやつ! 丁度いい事件だから、この名探偵小吉がパパッと解決してみようかなー……なんて」

 

「丁度いい事件ってなんだ。というかお前の場合、見た目はゴリラ頭脳もゴリラの迷探偵ゴリラだろうが」

 

「アキちゃん! それ俺じゃない、ただのゴリラ!」

 

 ある意味いつも通りのやりとりに、ミーティングルーム内にいたクルーたちの間にどっと笑いが起こった。

 小吉と奈々緒の会話は、乗組員間では『ジャパニーズ・メオトマンザイ』の通称でちょっとした名物だ。もっとも、当人たちはその呼び名は知らないのだが。

 

「だが実際問題、あれは解決しないと少しまずいだろうな」

 

 2人の会話を横で聞いていた顔に傷のある乗組員――ティンが、宇宙食であるカイコを食べながら会話に混ざってくる。その顔には、事態への懸念が滲んでいた。

 

「今はまだいいが、放っておくと皆が疑心暗鬼になりかねない。ある意味、小吉がやってることは俺たちにとって渡りに船じゃないか?」

 

 ミンミンと同様、ティンが心配しているのはそのことだった。火星という未知の環境下で行う任務である以上、結束が乱れるのは危険だ。有事の際に速やかに協力し合うためには、互いに信頼し合うことが不可欠。この事件は一歩間違えば乗組員間に不和を生じさせかねない危険な事態である、というのがティンの見解だった。

 

「お前もそう思うよな、ティン! ほらアキ、さっさと吐け! とぼけても無駄だ、ネタは上がっている!」

 

「あたしは犯人か!? 証拠もなしに幼馴染を疑うとかさっそく疑心暗鬼になってるじゃねーか!」

 

 ギャーギャーと騒ぎ始めた二人の横で、ふとロシア人のマリアがポツリとつぶやいた。

 

「そう言えば……あの警告文、何であんな位置に書いたのかしら」

 

「? どういうことだ、マリア?」

 

 ティンの言葉に、小吉と奈々緒も騒ぐのをやめて彼女に視線を向けた。三人に見つめられたマリアは少し困ったような表情で、「大したことじゃないんだけど」と前置きして、その疑問を口にした。

 

「あの警告文って、私たちの腰かそれよりも下に書いてあったじゃない? 何でそんなに書き辛そうな場所に書いたのか、ちょっと気になって」

 

「言われてみれば、そうだな」

 

 マリアの言葉にティンは脳裏に現場の様子を思い浮かべる。亡霊の警告文は全て船内の壁に書かれていたのだが、確かに位置は低かった。一番背が低いクルーでも、あの位置に文を書くためには身をかがめる必要がある。

 

「けど一歩間違えば目撃されるような状況で、犯人がわざわざそんな面倒なことをするかな?」

 

「確かにそうだな」

 

 メモメモ、と小吉がどこからか手帳を取り出して書き込んでいると、テーブルの向こうから声をかけた者がいた。

 

「あ、俺もちょっといいか?」

 

「テジャス! お前も何か知ってるのか?」

 

 インド人乗組員のテジャスだ。小吉が食い気味に聞き返すと、彼は少し申し訳なさそうな顔つきになった。

 

「悪い、小吉。マリアみたいに俺も腑に落ちないことがあるだけなんだ。あまり、関係ないかもしれないけど」

 

 直接的ではないものの、今はどんな情報も貴重だ。小吉が促すと、テジャスはゆっくりと話し始めた。

 

「あの文字に使われてる塗料はペンキだと思うんだが……どこから持ってきたんだ?」

 

「! そういえば」

 

 テジャスの情報に一同は顔を見合わせる。バグズ2号の備品にペンキはない。それにも関わらず、警告文はペンキで書かれている。言われるまで誰も気が付かなかったことだが、言われてみればこれはかなり奇妙だ。

 

「誰かが持ち込んだ? いや、このためだけに……っていうのは考えにくいな。リスクとリターンが釣り合わない」

 

「何だか、よくわからないことが多いわねこの事件」

 

 ティンとマリアが口々に言うのを聞いて、小吉は考える。今回の一件は何かがおかしい。今の会話で手に入れた僅かな情報を整理するだけでも不自然な点が多すぎる。

 これは――

 

「で、肝心の犯人と事件の全貌は分かったのか、名探偵?」

 

「う、うーん。これだけじゃ何ともなぁ」

 

「……この迷探偵ゴリラめ」

 

「いや、今の情報だけじゃ俺でなくても無理だろ!? 今はまだこの事件は解けません! じっちゃんの名にかけて!」

 

「使い方間違っとる! というか、それはさっきのとは別の作品でしょーが!?」

 

 実際問題、これだけの情報で犯人が特定できれば苦労はしない。というかおそらく、乗組員のなかではトップクラスに頭がいい一郎やジャイナでも無理だろう。

 

「ただ、一つ分かった」

 

 ふと、小吉が真面目な声色でそう言った。いつになく真剣なその様子に、周囲のクルーたちは口を閉じた。彼らは皆小吉を見つめ、次の言葉を待った。

 

「あくまで予想だけど、多分これをやった奴は――」

 

 しかし、その言葉が最後まで発せられることはなかった。

 

「皆、大変だ!」

 

 突如1人の乗組員が、大声でそう叫びながらミーティングルームに飛び込んできたから。

 

虎丸(フワン)! どうしたの、そんなに慌てて!?」

 

 飛び込んできたのは、陽 虎丸(ヤン フワン)。中国人乗組員である。

 肩で息をする彼に、マリアが駆け寄った。フワンの慌てた様子を見るに、何か非常事態が起こったとみていいだろう。

 ミーティングルームに、緊迫した空気が張り詰める。

 

「……密航者だ」

 

 息を荒げながら彼が言ったその言葉に、乗組員たちは耳を疑った。

 

 

 

「バグズ2号の船内に――乗組員(おれたち)の他に密航者がいたんだ!」

 

 

 

 

 




【オマケ】

ドナテロ「腕相撲大会の結果は気にしていない……………………………………………………………全然、気にしていないからな」ズーン

リー「(やっぱり気にしてたのか)」

ミンミン「…………私も、全然気にしてないから」ズーン (←15人中11位)

小吉「(こっちもか!?)」


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