贖罪のゼロ   作:KEROTA

10 / 81
第10話 ARE YOU HUMAN ? 人造人間

「ボクの本当の名前は、EVE-325。7年前に1人の狂人(かがくしゃ)が造った、人造人間だ」

 

 イヴの口から告げられた内容に、乗組員たちのほとんどが言葉を失った。

 

「じ、人造人間って、そんな漫画みたいなことが……」

 

 トシオが漏らした言葉にミンミンが「いや」と口を挟んだ。

 

「人工授精や再生医療、遺伝子操作なんて技術があるくらいだ。それらを組み合わせれば、人1人作り出すのはそう難しいことじゃない」

 

「ボクの場合はそれに加えて、バグズ手術もだけどね」

 

 ミンミンの説明にイヴが付け加えるようにして言うも、ほとんどの乗組員たちは首をひねった。二つの技術が結びついた融合系が、今一つ思い浮かばなかったのである。

 その一方で、ティンやミンミンを始めとした察しのいい乗組員たちは、イヴの体の秘密に思い至った。そして同時に、その顔を青ざめさせる。

 

「まさか、いや……そんなバカな……」

 

「な、何か分かったんですか、副艦長?」

 

 マリアに聞かれ、ミンミンは震える唇を動かした。

 

「バグズ手術と各種医療技術を組み合わせて造られた人造人間……まさかとは思うが、私がここから思いつく結論は、一つしかない」

 

 そう言って、彼女は確認するようにイヴの方へと向き直った。

 

「イヴ……お前が使った昆虫の力は全て、()()()()()()()()()?」

 

「そうだよ」

 

 何てことないように頷いて見せるイヴに、ミンミンは息を呑んだ。

 もしも複合型のバグズ手術と言われたのならば、彼女はさほど驚かなかっただろう。だが、先天性のものなれば話は別だ。彼はそもそも、()()()()()()()()()()()()()()。一体、どんな技術を使えばそんな芸当が可能なのか――。

 

 ミンミン同様、呆気に取られて言葉を失った乗組員たちに、イヴは自分の体について詳しく話し始める。

 

「ボクがさっき使った力は、バグズ手術で後天的に手に入れたものじゃない。『バグズデザイニング』っていう技術でね、ボクの体には先天的に昆虫の遺伝子が組み込まれてるんだ」

 

「っはあ!? 何だそれ!?」

 

 衝撃からいち早く回復した小吉が素っ頓狂な声を上げたが、それをとがめる者はいなかった。

 ベースとなる虫が複数存在しているだけでも十分に異常なのだ。それが先天性であるなどと聞かされれば、信じられないのも無理からぬ話であった。

 

「いや、思い出してみろ小吉。イヴが最初に変態した時に、何か違和感がなかったか?」

 

 未だ半信半疑な小吉たちに、ティンが冷や汗を流しながら言った。そんな彼の言葉を受け、小吉たちは記憶の中からイヴが変態していく場面を引っ張り出した。

 

 

 変態を終え、臨戦態勢に突入するリー。そんな彼に対抗するかのように、ガスマスクを被ったイヴの腕が、昆虫の特性を反映したものへと変化していく――。

 

 

「あっ!」

 

 そして、小吉はその場面における決定的な違和感に気が付いた。

 

「そう言えば、変態するときに薬を使ってない!?」

 

 なぜ今まで不思議に思わなかったのか。あまりに当然のように振る舞っていたために全く気付かなかったが、イヴは最初の変態の時に薬を使っていない。それは、バグズ手術では決してあり得ない現象。

 

 そして同時に、イヴの説明が一気に腑に落ちた。先天的なものであれば、薬を服用せずに昆虫の力を引き出すこともできても不思議はない。

 まるで、呼吸をするかのように。あるいは、指を折り曲げて物をつかむかのように。

 イヴにとって昆虫の力を使うということは、それらの行為と同様にごく簡単なことなのだろう。

 

「薬なしだと、どうしても引き出せる力は落ちちゃうんだけどね」

 

 愕然とする乗組員たちに苦笑いでイヴが返していると、テーブルの向かい側でウッドがひらひらと手を上げた。

 

「はいはーい、ちょっとアタシからも質問して良い?」

 

 お気楽な性分の彼女は、イヴの体の秘密を聞いても大して驚かなかったらしい。彼女はいつも通りの快活な声で、しかし不思議そうにイヴに聞いた。

 

「アタシはバカだからよくわかんないけどさ、今の説明じゃティン君たちの質問への答えにならないんじゃない?」

 

 飄々とした口調でありながらも、彼女の言っていることは的を射ていた。

 先天的に昆虫の遺伝子を持っていることは、確かに人間としては特例である。しかしだからといって、イヴが複数の昆虫の遺伝子を持っていることへの説明にはならないし、彼が大人に匹敵する能力を発揮できることへの根拠にもなり得ない。

 

「うん、そうだよ。だけど、その二つについて答えるには、まずはバグズデザイニングのことを説明しなくちゃいけないんだ」

 

 そんなウッドの鋭い指摘を肯定しながらも、イヴは続けた。

 

「昆虫の力を先天的に使えるようになるのは、あくまでバグズデザイニングの副産物でしかないんだ」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ネイト博士の研究所から押収できた数少ない資料によれば、バグズデザイニングのコンセプトは『優秀かつ強力な即戦力を造りだす』ことにある」

 

 U-NASAの最深部の部屋にて。

 クロードはそう言うと手に持ったファイルを軽く叩いて見せた。その中に閉じてあるのは、彼が率いる研究チームが7年をかけて調べ上げた、バグズデザイニングについての研究データだ。

 

「デザイニングの名を冠する通り、この技術は人をデザインするための技術。完全にとはいかないものの見た目や体質、果ては気質から潜在能力に至るまで、概ね設計者の意向通りの人間を造ることができます。イヴが身体能力・知能の面で優れているのは、このためです」

 

 クロードがファイルを開くと、そこには前任者の実験の犠牲となった、32名の子供たちの個表が乗っていた。

 

「ネイト博士が拉致した子供たちは、いずれも学力や運動能力に秀でた子供たちでした。その中でも、選りすぐりの子供たちを材料にイヴは造られたのでしょう。到底兵器には向かないあの気質は、後々実験がしやすいように、あえて従順になるように設計されたのかと」

 

 義憤を心の内で押さえながら、クロードが言う。

 自分にそんな感情を抱く資格がないことは百も承知だが、それでもその研究に怒らずにはいられなかった。バグズデザイニングはあまりにも、人道に反している。

 

「だが、それにしても妙ではないかね?」

 

 そんな彼の内心を知ってか知らずか、ニュートンがクロードに聞いた。

 

「その原理であればイヴは確かに優秀な素体を持つのだろうが、それでも『年相応』のものでしかないはず。だが身体能力に知性、精神年齢……どれをとっても、彼の能力は7歳児のものではない」

 

「その通りです。いかに素体が優れていようとも、それが幼ければ発達上の限界が来る。だからこそ、彼の体には昆虫の遺伝子を組み込んであるんです」

 

 胸中で燃え盛る怒りの感情に蓋をしながら、クロードは再び説明を始めた。

 

「当然のことながら、昆虫の一生は人間のそれよりも遥かに短い。つまり逆説的に、昆虫は人間よりも早く成熟する」

 

 昆虫と人。一生のうち、幼体である時間の比率がどうであるかはこの際さておき、絶対的な時間として考えれば昆虫の方が早く成長するということは疑いようがない。

 

 イヴの体に宿っているカメムシであっても、それは例外ではない。種によって差はあれ、彼らの寿命は約1年。仮に人とカメムシが同じタイミングで生まれた場合、人がやっと歩けるようになる頃にはカメムシは寿命を迎えて死ぬ。

 

「ネイト博士はここに注目した。つまり、人間の体の諸機能を昆虫並みの速度で発達させようと考えたんです。さすがに、調整は施されているようですが……」

 

 クロードは手元の資料に目を落とした。

 

「イヴの体は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。確認できた範囲だと思考・判断力、一部の運動能力、そして生殖機能が既に成人レベルに達しています」

 

「成程。それならば確かに、優秀かつ強力な『即戦力』たり得るな」

 

 クロードの説明に、ニュートンは興味深そうに髭を撫でた。大人並みの身体機能と判断能力を兼ね備え、しかも昆虫の力を使える少年兵。それがどれだけ脅威なのかは、言うまでもないだろう。生殖機能が発達していれば、補充も比較的に容易になる。

 よく考えられた方式だ。

 

「一方で精神面や学習能力は子供のままですね。もっとも、それが結果的に『献身さ』や『子供ならではの覚えの速さ』に繋がっていることを考えると、意図的に残した可能性が高いですが」

 

「随分と都合がいいな」

 

「勿論、利点ばかりではありません。この技術には致命的な欠点もあります」

 

 クロードはそう言うと、さらに言葉を続けた。

 

「当然、そんな無茶苦茶な処置を施した被検体に何の異常がないはずもない。さすがに一年で老衰ということはありませんが……放っておけば、被検体は十年と経たずに死亡する」

 

「ほう、では彼の寿命はあと三年も残されていないということかね?」

 

 愉快気にニュートンが言うが、クロードはそんな彼の言葉を一蹴した。

 

「馬鹿言わないでください、()()()()()()()()()()()()()()()()()。長寿の保証はさすがにできませんが、人並みの寿命を迎えることはできます」

 

「――では、君さえいればバグズデザイニングの欠点はさして気にならないということだな」

 

 意地の悪い笑みを浮かべるニュートンを、クロードは冷めた目で一瞥する。

 

「U-NASAに所属する科学者の中でも、この処置を行えるのは私だけですよ。おそらく、日本の本多博士やドイツのベルウッド博士でも無理でしょう」

 

「当然だ。彼らも優秀ではあるが、U-NASAにおけるありとあらゆる『科学技術』を司り、全ての技術者の頂点に立つ君と比べるのは、あまりにも酷というものだ」

 

 言外に「バグズデザイニングの実用化など考えるな」と釘を刺したつもりであったが、どうやらニュートンには若干違うニュアンスで伝わったらしい。あるいは、気づいていないふりをしているだけなのか。

 

「さすがだ、ヴァレンシュタイン博士。ダ・ヴィンチの再来とはよく言ったもの、やはりリスクを飲んでも君を登用したのは正解だったらしい。例え完成形のバグズデザイニングでも、君ほどの天才を造り出すことはできまい」

 

「でしょうね」

 

 クロードが心底どうでもよさそうに相槌を打つと、ニュートンは再び口に葉巻を加えながら彼が言う。

 

「ではついでにご教授いただきたい、ヴァレンシュタイン博士。なぜEVE(イヴ)が、複数のベースを扱うことができるのかを」

 

 おどけたようなニュートンに対し、クロードは露骨にため息をつくと口を開いた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「ボクが複数のカメムシの力を使えるのは、ボクがDNAキメラの体質だからなんだ」

 

 偶然にも地球でクロードが説明を始めたのと同じタイミングで、イヴがそう切り出した。

 しん、とミーティングルームから一切の音が消え去った。テーブルを囲う乗組員たちはほぼ一様に、聞き慣れない単語に目を点にしている。

 

「お、おい小吉……DNAキメラって何だ?」

 

「ちょっ、俺に聞くのか!?」

 

 静まり返った部屋の中に、小声で話し合う奈々緒と小吉の声が響く。しかしながら、ほとんどの者は口に出していないだけで彼らと似たり寄ったりな状況だ。

 大体の乗組員はイヴの言った言葉の意味を理解できず、頭上にハテナマークを飛ばしているか、さもなくば既に考えることを諦めているかのどちらかだった。

 

「一郎! HELP(おしえて)!」

 

「考える気がないのかお前は」

 

 いきなり話を振られた一郎が思わずそう漏らすが、すがるような小吉の視線に、渋々といった様子で話し出した。

 

 

 

 

 ――2002年、アメリカのワシントン州に住んでいたリディア・フェアチャイルドは不可解な出来事に見舞われた。

 

 それは、当時2人の子供を女手一つで育てている上に妊娠中であった彼女が、生活保護受給のためにDNA鑑定を受けた時のことだ。

 なぜかDNA鑑定が、リディアと彼女自身が生んだはずの子供たちの遺伝子情報が一致しないという結果を出したのだ。何度鑑定を受けても、結果は同じ。しかし奇妙なことに子供たちと夫との遺伝子は完全に一致していたのである。

 

 一体どういうことなのか。

 

 紆余曲折の末にリディアの全身の遺伝子情報を検査した結果、興味深い事実が明らかになった。彼女の子宮のDNAが、他の部位のものと明らかに違っていたのである。それを用いて改めて鑑定を行った結果、子供たちのDNAとリディアの子宮のDNAは完全に一致、こうして無事に親子関係は証明された。そう、全ての原因は、本人すら自覚していなかった彼女の特異な体質にあったのである。

 

 その体質の名こそが、DNAキメラ。

 

 その身の何処かに第二の遺伝子を隠し持つその希少体質は、ライオンの頭とヤギの半身、蛇の尾を持つと言われる架空の生物の「キメラ」の名をとってそう呼ばれている。

 

 

 

「本来なら1種類しか持たないはずの遺伝子を何かの理由で2種類以上持っている奴。それがDNAキメラだ」

 

 神妙な顔で聞き入る乗組員たちに向かって、一郎がわかりやすいようにかみ砕いて説明する。

 

「発生する原因は、本来双子で生まれるはずの受精卵が早い段階で合体するとか、特殊な状況に限る。本来の発生率は70万人に1人だそうだ」

 

 ――だが。

 

「さっきこいつが言ったバグズデザイニングの特徴と照らし合わせれば、そんな希少体質を造り出すのも無理じゃないだろうな」

 

「成程……」

 

 一郎が話し終わると、所々から驚嘆の声が上がった。

 

「ってことは……イヴの体には3つの違う遺伝子があるってことでいいのか?」

 

 こんがらがってきた思考を整理する意図もかねてテジャスが確認すると、イヴは彼に頷いて見せた。

 

「うん、そんな感じ。ボクの場合は腕と胴体、それから足の遺伝子情報がそれぞれ違ってるんだけど、組み込まれた昆虫の遺伝子も部位ごとに違うんだ。具体的には腕がツチカメムシ、胴体がカハオノモンタナ、足がウンカっていう感じで。だからボクは、複数の違うベースを一度に使える」

 

「……オーバーテクノロジーもいいところだな」

 

 ミンミンが思わず呻くと、他の者たちも激しく首を縦に振った。

 本来ならば最先端の技術であるはずのバグズ手術がかすんで見える程に、バグズデザイニングは高度なものであった。

 とことん進歩した科学は魔法と大差ないとはよく言うが、彼らにとってバグズデザイニングは魔法以外の何物でもない。思わず笑ってしまいそうなくらいだ。

 

「えっと、ボクについてはこんなところでいいかな? ティンさんとリーさんの疑問に答えられてるといいんだけど……」

 

「あ、ああ。ありがとう、イヴ」

 

 確認するように首を傾げたイヴに、ティンが言った。予想の斜め上をいく解答であったが、一応のところの疑問は晴れた。リーも口を出さないあたり、納得はしたらしい。

 

 ドナテロはそれを見て、深く息をついた。

 

「これで聞くべきことは大体聞いたが……イヴ、最後にもう一つだけ聞きたいことがある」

 

「なあに?」

 

 何でも聞いて、とばかりにドナテロに笑いかけるイヴ。ドナテロはそんな彼の青い瞳をじっと見つめながら、言った。

 

「お前はリーたちに『金を用意できる』と言っていたそうだが、どうやって金を集めるつもりだったんだ?」

 

 心なしか彼の声には、どこか剣呑さが感じられた。それに気づきながらも、イヴは自分が考えていた『金を集める』方法を、正直に答えた。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 一切の躊躇も、迷いもなく、彼はそう言い切った。

 誰かが息を呑む音が聞きながら、イヴはどこか誇らしげに自らの考えを明かし始めた。

 

「バグズデザイニングで造られたボクの体の価値は、すごく高いと思うんだ。中国辺りに売りつければ、皆の借金を帳消しにするだけのお金が確実に――」

 

 しかし、イヴはそこから先を言うことができなかった。

 

 突然、彼の頭部に衝撃が走った。鈍い音と共に無数の星が飛び散り、その直後に涙で視界がぼやける。

 

「か、艦長!?」

 

 ティンの叫び声を聞いたイヴは、自らがドナテロに殴られたことを悟った。灼熱感にも似た痛みに耐えつつ、頭を押さえたイヴが後ろを見ると、そこには拳を握りしめたドナテロが、鬼のような形相で立っていた。

 

「――二度とそんなことを言うな」

 

 ドナテロの声は低く静かに、しかし憤怒の色を強く滲ませながらミーティングルームの中に響く。それを聞いたイヴの体がビクリと竦む。

 

「俺達は金がない連中の集まりだ。人権もない、人として認知されてすらいない――だがな、()()()()()()()()()()()()()

 

 ドナテロがぐるりと乗組員たちを見渡す。彼らがこの船に乗っている理由は、ほとんどが金が必要だからだった。事情は人によって様々だが、自業自得で金を失った者も決して少なくはない。

 

「ここにいるのは、誰よりも人であることに誇りを持ち、最底辺まで落ちることを良しとせずに抗い続けてきた奴らだけだ」

 

 万事、堕ちることは楽である。ただただ状況に流されるまま、無気力に身を委ねるだけで勝手に事態は転がっていく。

 

 だがここにいる者は皆、這い上がるために必死であがいてきた者達だ。成功率四割を下回る手術を受け、何年もの訓練に耐え抜き、宇宙で命がけの任務に臨む。現状を打破すべく、そんな茨の道を進むことを決意した人間達である。ゆえにドナテロは、彼らに対してある種の敬意を抱いていた。

 

「だが、お前の犠牲と引き換えに金を手に入れたら、あいつらの誇りはどうなる? 他人の不幸を代償に自分の幸せを手に入れたら、あいつらの決意はどうなる? お前の言う方法を実行したその瞬間に、俺達はただの畜生に成り下がるだろう」

 

 その言葉はイヴの痛みを忘れさせるほどに、彼の心を打った。そしてイヴは、自分が今怒られているのではなく、叱られているのだと悟る。それと同時に、彼の心の中に立ち込めた恐怖の感情はどこかへと消えていった。

 

「お前が俺達のために命を懸けてくれたことには、心から感謝する。だが、俺達を助けるために、お前が不幸になるようなことだけはしないでくれ。それは、こいつらに対する侮辱にしかならない」

 

「……わかった」

 

 ドナテロの言葉に、イヴが神妙に頷く。すると彼は「よし!」と言って笑みを浮かべ、イヴの頭をくしゃくしゃと撫でた。それから椅子から立ち上がると、おもむろに手を叩く。

 

「他に何もなければ、今日のミーティングはこれで終わりとする!」

 

「えっ?」

 

 ドナテロの指示に、乗組員たちは一様に拍子抜けしたような顔つきになった。てっきり、これから例のテラフォーマーの対策について話し合うものだと思っていたのだが――

 

「艦長……」

 

「ああ、お前らの言いたいことは分かっている」

 

 懸念するようなミンミンに、ドナテロが答える。

 

「だがさっきも言った通り、火星に着くまではあと32日間の猶予がある。対策を考えるのは明日からでも問題ないだろう。どのみち、やれることはそう多くない」

 

 それに、とドナテロは言葉を続ける。

 

「今日は朝から色々とあったから、皆も疲れているはずだ。今話し合うよりも、充分に休んでからの方が効果的。だから、今日のところはこれで解散とする!」

 

 あとは各自、好きに過ごしてくれ。

 

 ドナテロがそう言うと、一部の乗組員から歓声が上がり、それから各自思い通りの行動をし始めた。立ち上がって伸びをするもの、すぐに部屋を出ていくもの、座ったままで雑談をするもの……本当にバラバラだ。

 そんな彼らの様子を眺めながらこれからどうしようかと頭を悩ませていると、イヴは頭をポンと叩かれた。

 

「イヴ! 難しい話も終わったことだし、バグズ2号の中を案内してやるよ。探検しようぜ、探検!」

 

 小吉だった。イヴを見下ろしながら、ニッと笑っている。そのすぐ後ろでは、奈々緒が「小学生か」とぼやきながら、呆れた眼で彼を見つめていた。

 

「何を言ってんだアキちゃん。探検は男のロマンだろ?」

 

「いや、知らねーよ」

 

「全体的に色々と男に近いアキなら理解してくれると思ってたんだが……見込み違いだったか」

 

「上等だ、表に出ろゴリラ」

 

 今にも殴りかかってきそうな奈々緒を手で制しながら、「まぁ、真面目な話さ」と小吉はイヴに向かって切り出した。

 

「見取り図とかで知ってても、ちゃんと入ってみたり、使ってみたりしたことがない場所も多いんじゃないか?」

 

「あっ……」

 

 言われてみれば、確かにその通りだ。バグズ2号に密航している間、イヴは乗組員たちに見つからないよう、極力人が集まりそうな場所は避けていた。そのため、詳しく知らない場所も少なくない。

 

「やっぱりな」

 

 イヴの反応を見た小吉は、予想通りと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「でも、これからはお前もバグズ2号の一員だ。なら、使い方も知ってた方がいい」

 

「嘘でしょ!? 小吉がまともなことを言ってる!?」

 

 小吉の口から飛び出す正論の数々に、奈々緒が愕然とした表情を浮かべた。失敬な、と言いながら小吉はイヴに手を差し出す。

 

「ほら、行こうぜイヴ」

 

 イヴは頷くと長椅子から立ち上がり、小吉に手を引かれてミーティングルームを後にした。それを見た乗組員たちが顔を見合わせる。

 

「……せっかくだし、アタシ達も行ってみようか?」

 

「そうだな。小吉、俺らもついてくぞ!」

 

 そんなことを口々に言い合いながら、彼らはイヴたちを追うように次々と部屋を出ていく。気が付くと、ミーティングルームに残っているのはドナテロの他にはミンミンとリーだけとなった。

 

「どうなることかと思ったが……馴染めているようでよかった」

 

「単純だからな、あいつらは。気が合うんだろうよ」

 

 安心したように呟くドナテロに、リーが相槌を打つ。その横で、ミンミンはくすくすと笑っていた。

 

「どうした?」

 

 不思議そうなドナテロに問われ、ミンミンが「申し訳ありません」と断ったうえで、面白そうに答えた。

 

「いえ、艦長がどことなく寂しそうに見えたので、つい……」

 

――イヴに新しい友人ができたことが嬉しくもあり、同時に少しだけ寂しくもある。

 

 そんな自分の子供が小学校に入った直後のような複雑な心境を見透かされ、ドナテロは決まり悪そうな表情を浮かべた。

 

「図星か」

 

「……少しな」

 

 どこか呆れたようなリーに、ドナテロは照れくさそうな口調で言い――しかし直後、その表情をふと真剣なモノへと切り替えた。

 

「それよりもミンミン、リー」

 

 ドナテロの口調から何かを感じ、2人は視線を彼へと向けた。そんな彼らの眼を見つめ返しながら、ドナテロは口を開いた。

 

「重ね重ねで悪いが――頼みたいことがある」

 




U-NASA予備ファイル1『スパーク・シグナル』 【武器】
 元々はU-NASAの対人防犯器具で、一言で言えば杖型スタンガン。後に対バグズ手術被験者用の『武器』として改良された。
 改良にあたって組み立て式となり、更に電圧調整機能が備わった。電気信号式であり、連結状態になくてもスイッチを押せば放電が可能。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。