5月に飲むラミンーある少女の挑戦―   作:飛龍瑞鶴

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新しいことを始めるには、それまでのことから離れる必要がある。


私の流儀

 オレンジペコさんとの会食の翌日。つまり、ラミンとして二日目の朝。

 私は陰鬱な気分で、通学路を歩いていた足取りは重く、気分は悪い。

 私は、通常の部活動では朝練が行われている時間。その時間に、現在所属するクルセイダーのメンバーと小隊長をクラブハウス、『フレイバー』に呼び出していた。

 理由は単純明快である。私がその車両と小隊を去るからである。故に私はその旨を伝え、今までの事に対する感謝を示さなければならない。

 それが礼儀であり。礼節を重んじる戦車道の嗜む者なら、礼儀はちゃんと行うべきだ。

 最低限の礼儀として、菓子折りを人数分、昨晩購入して持参して来た。

 それに、一言も言わずに去るのは、私が自分に守らせるルールから逸脱するのだ。

 この手の事は苦手だし嫌いだ。

 皆、私よりも高学年である。正直に自白すれば、先ほどから胃が痛い。

 半年の間、一両の戦車の乗員と言う運命共同体に属していた人間関係が変わるのだから、それなりに摩擦が生まれると思う。

 一年生の自分を砲手と言う立場に付けてくれて、指導もしてくれた人々に別れを告げるのは、後ろ髪を引かれる。

 また、一つのチームとして完成してきた所で、チームを抜ける行為を友好的に捉えてくれるだろうか?

 さらに付け加えるならば、先輩方を飛び越えて新戦車の車長になり、紅茶名を頂いている。嫌味は覚悟した方が良いかもしれない。

 先輩方は、戦車道の時間外にも私に個人指導をして下さった。それだけ、私を期待して、また信頼してくれていたのだと思う。それが離脱すると言う行為は、先輩方の信頼と期待を裏切る形になるのではないだろうか?

 思考は昨日からこのようにネガティブな方向に進んでいる。

 理由は簡単で、私が自分の対人関係能力を低いと評価しているのと、自分の中の卑屈な部分がどうしてもネガティブな反応が帰って来ると思ってしまう。

 「失礼します」

 決意を固めて入室する。視線が刺さるのを感じ、嫌で不快な汗が噴き出す。

 「既にご存知だと思いますが。新戦車の車長を命じられました。また、紅茶名をダージリン様より頂きました。今まで、ご指導ご鞭撻感謝いたします。皆さまのご指導が無ければ、この様な成果を得るは出来ませんでした。心より感謝いたします」

これは気持ちですので、と。ジョンソン&マリーのビスケットの缶を配る。

 反応が無いのが怖い。

 やはり、私の行動が、先輩方の期待と信頼に対する裏切りだと思っているのだろうか?

 「よくやりましたわ」

 ローズヒップ小隊長がいきなりいう。この人は…本当に予想がつかない。

 「私たちの指導の元、訓練を重ねた結果。それがダージリン様に認められるのは、わたくし達がダージリン様に認められたも同然。今後もダージリン様を落胆させない様に努力なさいませ。あと、これは喜んで頂きますわ」

 あぁ、こう言う考えもあるのか。正直、予想外だった。

 私自身の思考形態の根源的なマイナス方向、そして卑屈な面をどうしても自覚してしまった。

 私には、ローズヒップ小隊長がとても眩しく見える。

 そして、私はこの場の空気が暖かいものであると感じた。

 「惜しいな。さっちん…おっと、今はラミンであっているよね」

 昨日までの直近の上官、クランベリー先輩が砕けた口調で尋ねる。

 クルセイダー部隊は隊長のノリの為か、仲間内だけの時は格式ばらない事が多い。隊長は格式ばろうと努力しているけど。

 「はい、ラミンの名前を頂きました」

 私は答える。

 「ラミンは良い砲手になると思ったのだが…引き抜かれるのが痛い。まぁ、コメットの砲手の次に優秀な奴を探させてもらうよ」

 「感謝いたします」

 私は謝意を示すのと同時に操縦手の先輩が呟く。

 「車長、また一年から選ぶんですか?」

 「まぁ、クランベリーは年下が、お好みでしたか」

 ローズヒップ小隊長の言葉の意味を察した私は、折り曲げていた腰を止めて、一気に後ずさった。

 この人、そう言う趣味だったんだ。私は同性愛者を差別はしない。しかし、自分がそれに巻き込まれるのは困る。それとこれとは別問題で、個人的には大問題だ。

 「ラ、ラミン。そう意味じゃないのよ」

 「でも、クランベリー様、一年生は無垢で染める楽しみがあるって…」

 さらに距離を取り、出入り口を私は確認した。

 つまり、この半年の間。私はクランベリー先輩好みに染め上げられていたと言う事になる。嫌に冷たい汗が背中を伝う。

 「クランベリー様。人様の性癖に、口出しはいたしませんが…」

 私は恐る恐る口に出した。クランベリー先輩はさらに慌てて答えた。

 「ラ、ラミン。いや、さっちん、眼鏡がずれているよ。そう言う趣味じゃなくて、一年生の方が、変な癖が無くて伸びる部分が大きいからそう言っただけで。ローズヒップ様。下級生に誤解を与えるような。言い方をなさるのは勘弁してください」

 「あら、そうでしたの。ゴメン遊ばせ」

 ローズヒップ様は本気でそう思っていたんだろうと、眼鏡を直しながら思う。この人は良くも悪くも一直線な人だから。

 あと、クランベリー先輩は、ノーマルなのだろう。きっとそうだ。そうに決まっている。

 あ、眼鏡。鎖を付けないと、双眼鏡を使うときには眼鏡が邪魔だけど、車内で地図を確認するには眼鏡が必要になるから、付けている方が楽できる。ついでに、変な所に飛んで壊れない為の保険にもなる。

 「と、とにかく」

 ローズヒップ小隊長が声を張り上げた。全員の視線が集中する。

 「我々。クルセイダー小隊は貴方を応援しますわ。ダージリン様のご期待を裏切らないよう努力なさい。クランベリー、お紅茶を」

 「今日補充しようと思っていましたので、今は、ティーパックのしか備蓄が無いのですが。それでもよろしいですか?」

 「構いませんわ」

 ローズヒップ小隊長が胸を張る。

 「本当のお紅茶は、貴女がダージリン様のご命令を成し遂げた時に淹れますわ。その時はラミンのクオリティーシーズンの物を取り寄せて行います」

 「ベストを尽くします」

 私は深々と一礼する。

 私は大きく誤解していた事にも気づかされた。私はこのチームの中で上手くやっていたのだ。だからこそ、私の新しい道を祝福してくれる。

 そして、期待されているから、こうして暖かく送り出される。この期待に応えるためにも、これから歩む新しい戦車道では常にベストを尽くして、先輩方の信頼にこたえよう。

 そう、私は優しい先輩方に背中を押されて、新しい一歩を踏み出すことになったのだ。

 そこまで気がつくと、私は目頭が熱くなってくるのを感じた。

 しかし、涙を流すのはまだ早い。

 泣くのは、ここでラミンを飲む時。それまでは、涙を流す訳にはいかない。

 

 最初の一歩は、無線のエキスパートを引き抜く事から始めよう。

 まぁ、彼女なら。喜んで志願してくれるかもしれないが、迎えに行くのが。私の流儀だ。

 

 私の流儀。

 それは、私の自己認識で少し間違っていたのかもしれない。 

 新しい流儀を完成させて。それを貫く事が、私の戦車道なのかもしれない。

 




今回は短め。
新しい部署に行くのに、今の部署に挨拶しないのは、無礼なのでそういう話しを。

クルセイダー小隊の雰囲気は少し砕けた感じにしました。理由としては、高速戦闘をするぶたいなので、ある種の騎兵的な自由さと簡素さがあるんじゃないかなぁと思い。
こんな感じになりました。


2016/01/16PM:17:24
本文を大幅に修正しました。
ラミンの心境の描写不足を感想で指摘してくださった。ID:GXEuuIqY様ありがとうございます。



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