だが、いうならば、堅い寝床、戦陣用の寝床となれ。
そうであってこそ君は彼に最も役立つものとなるだろう。
フリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』
作中でざんこくなびょうしゃがあります。ご注意ください
大洗から帰り、各自宅によった後。私たちは慣れ親しみだした共同生活空間に帰ってきた。
旅装を解き、皆でティータイムを楽しんでいる時に桐花が思いつめた様に私に訊ねてきた。
「ラミン。いや、皐月。貴方は何を隠して背負い込んでるの?」
目が座っていた。
それに
「なんで、そう思うの?」
私は平静を維持しようとしたが、桐花の覚悟を決めた視線から目を逸らせなかった。
覚悟を決めると、桐花は納得するまで止まらない。最悪つかみ合いの喧嘩、もしかしたら昔の様に殴り合いになるかもしれない。
「大洗に行くに前から少し様子がおかしかった。そして、大洗での行動。マウンティング行為なんて、アンタが一番嫌う手段じゃない。どうせ、練習試合当日に菓子折りもって『ウチの親戚がご迷惑をおかけしました』とかやって、相手を混乱させるつもりでしょうけど」
あらま、読まれていたか。幼馴染には私の考えはお見通しと言う訳か。どうするか、言うべきか口舌で誤魔化すか?この場で言って良いのだろうか?
私の幼馴染は苦悩自体も見通していた様で、嫌な笑みを私に向け言葉を続ける。
「色々考えて、悩んでるでしょ?素直にしてあげる。菖蒲、早苗、拘束!舞耶、準備!」
「「「了解」」」
桐花の号令に綺麗に揃った声で答えた皆の行動は、素早く的確だった。
椅子ごと後方に引かれ、右腕を菖蒲に、左腕を早苗に後ろに回され関節を極められる。これで、私は椅子に座ったまま拘束された。視界の端では、台所に走る舞耶の後ろ髪が見えた。
「私達も心配して怒ってるんですよ」
早苗が悲しそうな声で言うが、左腕に巻き付いた彼女の手はさらに強く関節を固定する。本気で怒らせてしまったようだ。
「アンタの戦車に乗った時から、私たちは運命共同体。信頼して、全て吐いて楽になりなさい」
菖蒲は暗に「私達ってそんなに信用無い?」と訊ねている。それが心に刺さる。
「準備、完了です。流石、軍用携帯コンロ、火力が違いますよ」
軍用携帯机に置かれた軍用携帯コンロが青白い炎を、凄味のある音と共に吐き出して、その上に載った鍋の底部を赤々と変色させていた。沸騰した水分が立てる水泡が奏でる景気の良い音が聞こえる。鼻孔に流れ込んでくる匂いが、鍋の中で煮立つ物を教えた。
―こ、これはオデン―
片岡―北野協定により、尋問に使用することが禁じられた凶悪兵器が着々と準備されている。舞耶の顔色を窺う、怖いまでの笑顔である。しかし、目は一切笑っていない。
私は、全員を怒らせてしまったようだ。全員が私の為に心配して、そして全力で怒ってくれるのは嬉しいが。
その為に、非人道兵器、タマゴ、ちくわぶ、そして最強最悪の餅巾着を口内に押し込まれるのは御免被る。
―えぇ、もう全て吐き出してしまえ―
「はなす。はなすから、その南極条約で使用禁止にされた拷問道具の準備はヤメてぇ!」
私の懇願の絶叫を聞いた桐花は満足げに頷くと、コンロの火を消す。しかし、菜箸を手に持ちカチカチと音を立てるのを止めない。
「素直が一番。私たちは皆で困難を乗り越える運命共同体。だから、余計な配慮は不要。信頼して、ね」
その声には頼む様な、縋る様な響きがあった。
「うん」
「でも、本気で心配させた罰で一個、食べようか」
無慈悲!
桐花は菜箸でマグマの様に煮立った鍋の仲から、汁を十分に吸って、もうもうと湯気を吐き出している餅巾着をつまみ上げる。口は、舞耶が万力じみた力で口を開いた状態で固定している。
「はい。あ~ん」
「ひょうきん族!」
私は良く分からない悲鳴をあげて、口内に餅巾着を迎え入れた。
「で、何処から話してくれるの?」
一連の騒動の首魁は、満足はしたが、納得してない様で私に尋ねてくる。
私は、舞耶に口内に綿棒で薬を塗ってもらいながら、その答えを言う覚悟をしている。幸い、餅巾着は意外に熱量を持って無かったので、口内を酷く火傷する事は無いだろう。
「OG会が圧力をかけてきてる」
「それは、学園長に抑えてもらう様にお願いしたんじゃないの?」
確かに学園長はOG会を押さえてくれている。しかし、顔も知らぬ
「『新型戦車の車長は心療内科に通院歴があるらしいけど、そんな人物が車長をしていて大丈夫?』とか。『プレッシャーに負けて逃げ出した人物に何ができるの?』って学園の生徒やOG会に吹聴されている方が居る様でね。我が家にも来たそうよ『お子さんに今の立場を降りさせる様に』説得しに」
「卑劣ですね」
早苗が平坦な声で言う。
卑劣、それには同感だ。しかし、効果的ではある。
人格攻撃ではあるが、『逃げ出した』のも『心療内科に通院』しているのも事実だ。故に私は否定できない。
『私は聖グロリアーナ女学院の戦車道部の今後を憂いてあえて警世しているの』とのたまって善人ぶれば何人かは賛同するかもしれない。
「あちゃ~」
「自殺志願者?」
私の「家族」を知っている。菖蒲と桐花が呆れた声を漏らす。
「どうしたんですか?二人とも?」
舞耶が内心をどう表現したモノかと悩んだような声で、二人に尋ねる。
「我が子を誹謗された親は普通、どう思う?」
桐花が嫌に神妙な声で言う。
「怒りますよそれは」
「その親と家族がそれなりの権力を持っていて、それの拡大解釈的行使に躊躇がないとしたら?」
「え?」
「父は官僚で、
私が指折り言うと、舞耶の顔が青くなっていく。
「父方の祖母は、電話数本で市立校の人事を数か月で変えれる。祖父は船舶会社の顧問……」
「もういいです。つまり、相手を法的にも社会的にも追いつめる事が出来るんですね」
「物理的も可能かなぁ……兄さんは『心配ない気にするな』って言ってたから」
流石に
「それは、良いとして。私たちがしなければならない事実が一つだけある」
私は、その言葉を全員が聴き、理解するまで時間をおいた。
「私は、ダージリン様から紅茶名を授かり、貴女達を選んだ。少々強引な手段も使ったのも事実。つまり、ダージリン様が在籍中に多くを納得させる「成果」が必要になる」
ダージリン様が卒業してしまえば私は後ろ盾を無くすことになる。その後がどうなるかは未知数だ。
そして、恐らく最も誰もが認める「成果」とは。
「大洗女子相手に奮戦、可能であればⅣ号中戦車の撃破」
菖蒲の出した答えに、私は無言で頷く。
大洗のⅣ号中戦車の撃破、これこそが現状では最も多くの人間を納得させる「成果」になる。しかし、それを強調して皆に無用な重圧を感じさせたくなかった。
「フフフ、燃えてきた」
「ジャイアントキリング……嫌いじゃないわ」
「あの五十鈴様と撃ち合って勝てと、御所望ですか。ラミン様も無茶をおっしゃりますが、嫌じゃないですよ」
桐花、菖蒲、早苗の三人が私の予想に反して、鮫の様に笑って口々に言う。
そこには煮え滾る闘志が溢れ出ていた。
想定外の反応で混乱している私に、舞耶が穏やかな声で尋ねる。
「車長、我が車のモットーは何ですか?」
「
「その基準で、貴女が集めた私達ですよ?前提からして28日で大洗女子相手に戦えるようになると言う無茶苦茶な条件です。それに今更一つ無茶が加わったところで怖気づく私たちじゃ、貴女に選ばれてません。私達もですけど、少しは自分の鑑定眼とこれまでの努力の結晶を信頼してください」
「うん」
私は素直に頷く、舞耶も笑顔であるが目には闘志の炎が燃えていた。
そう、私たちは無茶を乗り越え、大洗女子相手に戦えるとダージリン様に判断された。28日でそれを成し遂げた事、その間の血の滲むような努力は、私たちの糧になっている。 今、さらに大きな目標ができたが、私達ならできると今ならそれが信じられる。
「勝とう。皆で」
「「「「了解」」」」
この時、私たちは本当の意味でチームになった。
友情は瞬間が咲かせる花であり、時間が実らせる果実である。
アウグスト・フォン・コッツェブー 『イギリスのインド人』
この登場人物たちは特殊な訓練を受けています。
皆さまは絶対真似をしないでください。
ラミンが焦っていた理由があきらかになり。
そして、それを隠していた事でメンバーを怒らせましたが。
雨が降って地固まることに成功しました。
さて、いよいよ大洗女子との練習試合が目前となりました。
次回もベストを尽くして書きますので、よろしくお願いします。