5月に飲むラミンーある少女の挑戦―   作:飛龍瑞鶴

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怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。
おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。

Wer mit Ungeheuern kampft, mag zusehn,
dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird.
Und wenn du lange in einen Abgrund blickst,
blickt der Abgrund auch in dich hinein.

ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェ著「善悪の彼岸」第146節から引用。


Dishonored 1

 その時の彼女が感じた驚愕を文章にするのは難しい。

 

 もう数日後には戦う事を決定されている相手であり。勝たねばならない相手であり。

 最も関心を持ち日夜、必死に研究している相手が、童女の様に真剣にぬいぐるみショーを見ている。

 ただ、その遭遇が彼女にとって、意図していなかった行動をさせる事になる。

 「桐花。ちょっと良い?」

 「何よ…わかったわ」

 桐花はラミンと瞳を合わせた瞬間に彼女の強い意志と何か壮烈な決意を読み取った。真剣になり声を潜め、彼女の傍で話を聞く体勢になる。

 「アレする。皆に説明よろしく」

 「いいの?」

 彼女がやろうとしている事を、本人が嫌っている事をよく知っている桐花が心配そうに尋ねる。 

 「やらなきゃ。いけなくなった」

 答えるラミンの声が不自然な程平坦になる。

 

 ―あぁ、この娘。覚悟決めちゃったか……止めるのは無理ね―

 視線と声からそれを悟った桐花は彼女を最大限サポートする覚悟を決める。

 

 「無理はしないで……と、言うか準備は」

 「当然してきた。無理はしない約束する」

 「こちらの準備はしとく、詳細を後で伝えて」

 「了解」

 

 ラミンは他の皆に少し花を摘んでくると言い。小さな鞄を荷物から取り出して雑踏に消えた。

 私は、それを憂いを感じながら見送ると、西住みほに対して注意しながら、仲間を集めた。

 「皆、話をよく覚えていて。ラミンは数十分で帰って来ると思うけど、私が接触するまで、声を掛けないで。私が接触したらその時に呼ぶ名前でそれ以降、彼女を呼んであげて。彼女の一世一代の演技だから」

 桐花の説明に全員が頷く。

 「ラミンさん。何するんですか?」

 「女は化ける。それの実例の一つよ」

 彼女はそう言いながら、ラミンから送られてきた設定を仲間に話し始めた。

 

 

 ショッピングモールでパウダールームを運良く見つけたラミンは、荷物を開くそこにはプロ顔負けの化粧道具。そして、茶髪のウィッグ。

 (これを使う事は無いと思ったけど…私じゃ、彼女に近づく勇気がない。でも……)

 

 化粧―けわい―と言うのは古来、神を降ろすために行われた。

 神意は凡夫では聞くことは、出来るはずもない。故に化粧を施し、他人になり神に近づく。つまり、化粧とは他人になる為の儀式でもある。

 古来より、日本の武士、英国のハイランダー等は戦いに赴く時には、必ず化粧をしたと言う。自分で無い者になり、普段の自分ではできない事を行う。ラミンが行おうとしているのは、それであった。

 しかし、彼女の心の芯は高潔であり、その様な事をして行う妖芸を好んでいなかったが、しかし、「備えあれば憂いなし」と心配性を通り越したシスコンの兄に基礎を教えられており。新体操選手時代に「演じる」と言う事を何度も実践していた為に、この技術を磨いていた。

 

 髪を濡らしクリームで固め、ネットの中に押し込む。瞳に焦げ茶のカラーコンタクトをする。

 肌の色を白人にするには時間がかかり過ぎるので、無茶をせず日本人と白人のハーフを演じる事にする。

 唇に紅を引き、ファンデーションで肌質に変化を入れる。

 そして、焦げ茶のウィッグを被り長時間ごまかす訳でもないので、皮の手袋をハメる。

 茶色のウィッグを選んでカラーコンタクトを焦げ茶にしたのは、白人と日本人の間の子供は白人の遺伝子が劣勢の為に青い瞳と、綺麗な金髪になる事は無い。

 故に混血特有の外見を選択した。

 

 そこにはラミンと呼ばれる少女は居なかった。彼女には似ているが、明らかに異国の血が混じった一人の成人女性が居た。

 着てきた服が少し背伸びをした大人びた格好だったので、違和感が無い。

 今の彼女は、「英国生まれ、英国育ちのラミンの親戚であるメイ・ハイランド」と言う女性である。

 ラミンの変装の中で唯一、詳細な設定を用意された人物である。

 その設定の大半は彼女が複雑な心境を懐く。あの兄が考えてラミンに変装、仕草、固有の癖まで叩き込んだ。

 「よし。行くわよ」

 パウダールームの鏡に映る。

 自分ではない自分を見るたびに彼女の良心が痛むが…それでも彼女はこれからの接触に強い好奇心に心が引きずられていた。

 故に彼女は鏡の向こうのメイ・ハイランドに対して気合を入れた。

 荷物を纏め、ラミンだった女は雑踏へと消えた。

 

 「メイ!こっち、こっち」

 人混みの中から桐花が大きく腕を振るのが見えた。

 私は人混みを上手く避けながら桐花に近寄っていく。

 「トウカ、お待たせ。場所聞くのにも苦労したわ」

 その声を聞いた菖蒲、早苗、舞耶の表情が驚愕に変わる。

 声の発音が日本語を母語とせず英語圏に生まれた人間のそれになっていた。声質もいつもより大人びている。そして、体運びも普段とは違い、ある種の優雅者を感じさせるもので、英国で教育を終えかけていると言う設定に矛盾しない振る舞いであった。

 それらの行為が見事にバランスを取り纏め上げられている。客観的に見ても全くの違和感が無い。

 殆どの人間は彼女を「外国人の観光客」としか思わないだろう。それの証拠に、ここに来るまでの道をワザと尋ねた時の人々の反応を見ても問題は無いだろう。

 彼女が今使って居る芸は、長年使い込まれた妖芸の一つの昇華された姿だった。

 「さて、皆合流で来たわね。それじゃぁ、フェロミー」

 メイと名前を変えたラミンは少し以上、テンションの高い年上女性を演じながら目標へ近づき遂に声をかけた。

 

 「ミホ・ニシズミさんですか?」

 メイとなった彼女は、今は心の奥底に押し込んでいる主人格が数時間後に自己嫌悪に陥る行為を開始する声を発した。

 




ラミンの隠された技能…それは変装。
彼女自身はこれを使う事を嫌っているが、それしか手段が無い時はそれを完璧に行い。
変装を解いた後。すさまじい自己嫌悪に見舞われるのだが……

かの大怪盗:アルセーヌ・ルパンを書いた。モーリスルブランによれば。
「ルパンの最大の能力はどの様な状況でも設定した人物を演じ通す胆力と知力である」
と書いています。

さて、西住殿を前にラミンの胆力は果たして持つのだろうか?
まて、次回と言う事で……

次回もベストを尽くして書きますので、よろしくお願いします。

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