やはり俺に彼女が出来るまでの道のりはまちがっている。   作:mochipurin

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なんかもう本当にすいません。

リアルが忙しい、わけでもなく、家庭の事情がある、わけもなくただただ単純に遅れました。すいません。

17話です。どうぞ!


17. 彼と彼女は二人っきりで祭りを楽しむ。

「あ? 祭り?」

 

 弓道の練習を終えその帰り道、隣を歩いていた的前から、今週末にある祭りに行かないかとお誘いの声がかかった。

 

「うん。千葉市民花火大会ってお祭り。行ったことは無くても、聞いたことぐらいはあるでしょ?」

 

「俺がその祭りに行ってないって最初から決めつけるのやめてくれない? 確かに行ったことないけど」

 

「あ、ごめん。小町ちゃんから行ったことないって聞いてたから、つい」

 

「あいつ......」

 

 兄のプライベートを容赦無く筒抜けにしていく妹はさておき、夏休みも残すところ十日程となった。的前の言う、千葉市民花火大会は、夏休み最後の週末に開催されるので、思い出のラストを飾るにはもってこいのイベントだろう。

 が、それはリア充であればの話である。

 一人で行くのは以ての外、野郎と行けば哀しみが辺りに漂い、カップルですら彼氏は金ヅルと化す。彼女ですらない的前に同行する俺なんて論外だ。財布の中身が風前の灯火となるのは明白である。

 結論、適当な予定をでっち上げて断る。

 

「あー、すまん。今週末はーー」

 

 言いかけたところで再び、情報漏えいしまくる妹の姿が脳内に浮かんだ。

 

「今週末は予定ないから大丈夫です......」

 

「あ、あはは......小町ちゃんには勝てないね......」

 

 予想通り俺の予定も筒抜けでしたまる。

 

「いや、でもだな的前。夏休み明けに県内で試合があったよな? そっちの方は大丈夫なのか?」

 

 確か、休みが明けた週の土曜日に近場の数校が集まる、規模は小さいながらもきちんとした試合が予定されていたはず。

 要らぬお節介かもしれないが、なんだかんだ、的前以外の部員とも会話する機会が増えてきたし、趣味が合う奴もいたので、こちらとしてはぜひ勝って欲しいところだ。決して断る口実を作ってるわけではない。

 

「もー心配性だなー。当日の練習もちゃんと終えてから行くし、大丈夫大丈夫」

 

「や、そうじゃなくてだな。俺は祭りでお前が怪我したり体調崩したりしないかが心配なんだよ」

 

 もしこれで調子を崩して試合に出れなかったりでもしたら、部員に申し訳が立たないからな。まあ、流石に祭りでそこまでのことになるとは思わないが。

 

「えっと......その、私が部長だから......だよね?」

 

「おお......ほぼ毎日並んで部活に行ってるとはいえ、一ヶ月程度すれば思考も読めるのか。さすが的前」

 

 一日の四分の一以上を、家族以外の人間と過ごすのが初めてという悲しい事実よりも、何故か的前に思考が伝わっていることが嬉しかった。あれ......俺って今、相当悲しい人なんじゃ......

 

「はぁ......だよねぇ......」

 

 虚しい現実から目をそらそうとしていると、的前がおもむろにため息をついた。おや、君も現実逃避ですか?

 

「この類の発言だけは判断出来るようにしとかないと、これ以上心が持たないよ......」

 

 と、独り言のように口を尖らせブツブツ言い始めた。本格的に現実逃避し始めたかと思ったが、拗ねたような不機嫌顔なので恐らく違うだろう。いやどっちにしろなんで? そして何の類の判断?

 

「なあ、今のどういう意味ーー」

 

「あーはいはい、八幡くんは無意識だからわかんないよね! 今週末のお祭り楽しみだね! ばいばい!」

 

「お、おう?」

 

 先ほどの拗ねた表情なんて比じゃない不機嫌な顔でそうたたみかけると、俺の理解が及ぶ前に走り出し、曲がり角の前で振り返ったと思えば、べっと舌を出し消えてしまった。なにあれ、行動の意味がさっぱりわかんないけど可愛い。

 というか、明日も練習ありますよね?

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 微妙にギクシャクした(主に的前が)数日が過ぎ、祭り当日。

 待ち合わせ場所である駅前に俺はいた。てっきり、いつものごとく的前の家まで赴き、そこで合流するものだと思っていたのだが、そう考えていたのはどうやら俺だけだったらしく、的前と小町、特に後者の方が猛反対。

 小町いわく、これは部活に行くのではなく、れっきとしたカップルデート。だから待ち合わせ場所もそれらしいところにしろ、ということらしい。誰がカップルデートやねん。

 ちなみに、現在時刻は集合時間の二十分前。二十分前である。天地がひっくり返るかもしれないこの現状。まあ、集合時間ギリギリに行こうとするとまた小町がうるさくなると思ったので、十分前ぐらいに着こうと家を出ただけなのだが。あと玄関先で、その早出の原因である妹に、「お兄ちゃんも、成長したねぇ」と、何故か涙ぐまれた。失礼すぎる。

 

「んお」

 

 ポケットに入れている携帯が、ズボンを通して振動を伝えてきた。すぐさま取り出し着信元を見ると、液晶には的前の二文字。駅に着いたら連絡すると事前に言っていたので、恐らく近くにいるのだろう。そばに噴水があるので、そこに行っとけばすぐ合流出来るか。涼しげな水の霧を吹き出している噴水へ歩みを進めながら、電話に出る。

 

「もしもし、おれおれ」

 

『あ、おれおれ君? わたしわたし』

 

「実は、さ。事業で失敗しちゃって......わたしわたし詐欺って語呂悪くね?」

 

『いや、詐欺するつもりは欠片もないんだけど......』

 

「人間なにがあるかわかんねえからなぁ......」

 

 まず最初に、近頃では当たり前になってきた、よくわからないやりとりをする。的前も、初めこそすれこのネタ振りに困惑していたものの、今ではむしろ、あっちからネタ振りしてくることがあるのだから驚きである。ボケとツッコミが自然と出来るくらいには、思考回路が似ているかもしれない。

 と、電車の時間も考慮して早速本題に入るとしよう。

 

「的前今どこだ? 俺は噴水前に移動してるとこなんだけど」

 

「......え? あ......」

 

 すると何故か、的前が困ったような声を上げた。

 

 

 

 携帯越しではなく、すぐそばで。

 

 

 

「えっと......お待たせしました?」

 

「......全然、今来たところだぞ......」

 

 最近は、考えること全般似てきているのかもしれない。事実、近頃の的前の言動には、俺の行動パターンを掌握しているような節が多々あるので笑えない。本当に笑えない。

 とまあ、デート定番の、「あ、待った?」「ううん、いま着いたとこ」イベントを微妙な形で達成したところで、目前の的前の服装に目を向ける。

 浴衣、ではない。これは、あー、確か、ノースリーブとかいうやつだ。それに、ロングスカートを組み合わせた、的前らしい大人しめな格好だった。

 しかし、その、あれだな。何気に的前の外出用の私服って見たことなかったな。部活に行くときは制服だし、林間学校のときは動きやすそうな服装だったはず。俺の家に来るときだって私服ではあるが、大分ラフな格好だった。つまり、そのなんだ、なんか照れくさい。

 自分を見る俺の視線に気づいたのか、的前が微妙に頬を染める。

 

「ごめんね......浴衣持ってなくて、私服で来るしかなかったんだ。で、でも気合入れた服は着てきたつもり! に、似合ってないかな......?」

 

 どうやら的前は浴衣を着てこられなかったことを申し訳なく思っているらしい。というか、気合入れた服着てきたつもりってなんだよ......めちゃくちゃ嬉しいんだけど......

 

「いや、その、すげえ似合ってる。可愛い」

 

「そ、そう? よかった......」

 

「おう......」

 

「............」

 

「............」

 

 お互いがぎごちなさすぎて、二人の間に微妙な空気が流れ始めてしまった。なぜだ、なぜこうも恥ずかしいんだ。最近なんて、ほぼ毎日顔を合わせてるだろうが俺。しっかりしろ。

 なんて思案していると、視界の端でこちらをガン見してくる大学生ぐらいのカップルを見つけた。

 

「ねー、ほら見てみてたっくん。あそこの高校生カップル、すっごい初々しい感じー。あの子達もお祭りいくのかなー?」

 

「あほ、聞こえちまうだろーが。さっさといくぞ」

 

 彼氏だろう。たっくんと呼ばれた青年はそう言って、駅のホームに群がる人だかりの中へ彼女の腕を引っ張って消えていった。というか、普通に聞こえてるんですが......

 

「......行こっか」

 

「そうだな......」

 

 的前も、今ので少し冷静になれたのか、苦笑いしつつも落ち着いているようだ。時計を見ると、もう数分もしないうちに電車がつくところだった。危ない。一応あの大学生カップルに感謝しておこう。

 前途多難な気がしてならない、俺と的前のデートが始まった。

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 はっきり言うと、デートは何事もなく、ただただ楽しいものだった。

 

 

「ほれ、的前はりんご飴」

 

「うぇ? なんで?」

 

「なんでって、食いたそうにしてたろ。あ、奢りだから安心しろな」

 

 屋台の明かりで紅い飴の部分が透き通り、ルビーのように見えるりんご飴を大通りから少し外れたベンチに座る的前へ差し出す。

 

 はっきり言うと、デートは何のアクシデントも起きることなく、ただただ楽しいのが現状である。俺はてっきり材木座とでもエンカウントするものだとばかり......

 ちなみにこのりんご飴は、羨望と葛藤の表情で屋台を見ていたので、トイレのついでに買ってきたものだ。俺はたこ焼きを一パック買ってきた。

 

「あー、うん、それじゃもらおっかな。ありがとう」

 

「おう」

 

「でも、本来誘ってる私が奢るべき立場なのに。あとそれに……」

 

「男女で祭り、というかどこかに出かけた時点で男は金ヅルなんだよ。あとなんも奢っていないとか小町に知られたら、理不尽すぎるぐらい怒られる。大人しく受け取ってくれ。それに林間学校の花火は的前の出資で成り立ってた様なもんだし、それのお礼みたいなもんだ」

 

 後半で何やら言い淀んでいたが気にせず言い放つ。なにせ今日の俺の財布には天下の諭吉さんが入ってるからな。心強いぜ。

 

「あー、その件なんだけど……。私、平塚先生が後日お金くれたんだよね。いいものを見せてもらったからって。さすがに全額は悪いから半分だけど」

 

 そう言って苦笑いした後、「でも、八幡くんにもお金払うって言ってたよ?」と、まったく心当たりのないことを言われる。

 いや、そういえば林間学校が終えた二日後に一緒にラーメン食いに行かない誘われたな。もちろん断る理由もなく行ったのだがその時、妙にチャーシュー増し増しのラーメンを奢ってくれたのはそういうことなんだろうか。仮にそうだとしたらイケメンすぎる。

 

「だったとしても半額だろ? お財布的には痛手に変わらないし気にすんな。またどこかでアイスでも奢ってくれ」

 

「わっ」

 

 りんご飴を的前に無理やり押し付け、言い返される前に、買っていたたこ焼きをパクつく。

 む? うまい。これは、関西風の出汁だろうか。少し冷えていてアツアツではなくなってしまっているが、それでも十分美味しい。

 

「う、うん。ありがとう、じゃあお言葉に甘えて……。うぅ、これ以上太りませんように……」

 

「…………」

 

 拒んでいた真の理由が呟かれた気がするが、もしかして迷惑ーー

 

 ぱぁぁぁっ

 

 一口食べた瞬間、的前の顔が満面の笑みに輝く。どうやら食べたいのは本当だったようだ。良かった。

 

「的前、これも食うか?」

 

 今度は先ほど買ってきたたこ焼きを勧めてみる。

 

「え、う、うぅぅー……ダメ!!」

 

 残念、たこ焼きは振られてしまった。心なしか関西風のたこ焼きの嘆きのツッコミが聞こえた気がした。なんでや。

 

 

 このあと、結局物欲しそうに見てきたのでもう一度勧めてみると、「このお祭りで歩けばプラマイゼロだよね......っ!!」と言って、迷いなくたこ焼きを口に運んでいた。どうやら吹っ切れたらしい。

 しかし、どう見ても太っていないと思うんだが……。女子とは実に気難しいものである。

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 そんなしょうもなくも、楽しい時を的前と過ごし、花火まであと一時間といったところで見知った顔を発見した。

 

「あれ、あれって結衣ちゃんじゃない?」

 

「うげ、マジだ。もしかして、雪ノ下とかまで......って、少なくとも今は一人みたいだな」

 

 面倒臭いことにならないかと危惧したがどうやら杞憂だったらしく、由比ヶ浜が一人で正面から歩いてきていた。

 あ、目があった。

 

「あれ?! ヒッキーと優香ちゃんじゃん! おーい!」

 

 手をブンブン振りながら、人混みをかき分けてこっちに向かってくる由比ヶ浜。

 

「的前、由比ヶ浜が合流したらちょっと道から外れようぜ」

 

「うん? どうして?」

 

「どうせあいつのことだ。長話とまではいかずとも数分は喋り続けるだろ。流石にこの人混みの中だと疲れる」

 

 不思議そうに聞き返してくる的前に理由を答えつつ、辺りに逸れられるスペースがないか見渡す。

 と、あそこにもう一本あるな。

 今いる道の左手、少し暗そうな道があった。人通りが多いわけではないが、そちらへ避ける人もいるので、現在位置から変に外れる道ではないだろう。

 とりあえず由比ヶ浜を連れてあの道にーー

 

「ふーん」

 

 ふと、横にいる的前から不機嫌そうな声が上がった。振り向くとなぜかジト目である。

 

「ど、どうした」

 

「なにもー。結衣ちゃんのことよくわかってるんだなってー」

 

「あるんじゃねえかよ。......そりゃ、同じ部活の部員同士なんだから、行動パターンぐらいは読めるだろ」

 

「......そっか、結衣ちゃんいいなぁ......」

 

 ボソッと、的前が口を尖らせて何か呟くが、祭りの喧騒にまかれ聞き取ることが出来ない。

 

「あ? いまなんてーー」

 

「なんでもない! ほら、結衣ちゃんすぐそこまで来てるよ!」

 

 聞き返してみるも、思いっきり背中を叩かれ話を逸らされてしまった。いたい。なんでや、ものの数分前までりんご飴を満面の笑顔でパクついてたやん......わいまた関西弁やん......

 関西弁が癖になりつつある現状に危機感を覚えていると、俺たちが道を逸れきったところで由比ヶ浜が合流した。

 やや息を荒らげながら膝に手をついて呼吸する由比ヶ浜を見ると、彼女は浴衣姿だ。明るい色をベースにしたひまわり柄の由比ヶ浜らしい浴衣である。

 本来ならここで、「小町仕込み、女の子の服装は相手に聞かれる前に褒める!」を発動させるところなのだが、ここでカウンタートラップが発動! 「小町仕込み、ただし! 既に違う女の子が一緒ならばそれすなわち愚行なり!」の効果により、比企谷八幡のお口をセルフチャックだ!

 

「あー、ほんと凄い人だかり、なんてどうでもいいとして、まさかヒッキーと優香ちゃんがいるなんてびっくりだし! どしたの? デートデート?」

 

「んなわけねえだろ。ちょっとでかい財布を引き連れた的前の一人歩きだよ」

 

「ちょっと! 人聞き悪いこと言わないでよ!」

 

「あ、あははー......相変わらず仲いいね二人とも......」

 

 苦笑いしながら感想を漏らす由比ヶ浜。

 ......あの由比ヶ浜がこれって、俺と的前ってどうしようもないくらい周りに呆れられてるんじゃ......?

 

「俺たちのことはどうでもいいんだよ。それより、由比ヶ浜はなんで一人なんだ? お前のことだから一人で来ているわけないし......ああ、迷子か、お前」

 

「ええ?! 今これは迷子になっちゃたかなーって思っていたとこなのになんでわかったの?! ヒッキーキモい!」

 

「なんでディスられなきゃなんねえんだよ......。で、迷子の由比ヶ浜さんはどこに行こうとしてらっしゃるので? 俺らと喋ってる暇はないんじゃないの?」

 

「? ああ、スマホあるからその点は大丈夫」

 

 そんなことを言いやがった。

 

「じゃあさっさと連絡とれよ......」

 

 通信手段あるんならどうしてお前はここにいるんだよ。頭の中お花畑にも程があるわ。四季問わず咲き乱れすぎだろ。

 

「うーん、そだね。とりあえず連絡しとく」

 

 サッとスマホを取り出し、わずか数秒でコールし始める由比ヶ浜。相変わらずこういうことだけは素早い。

 祭りの騒音のせいで、相手が着信に気づかないのか、少し手持ち無沙汰になった由比ヶ浜が喋りかけてきた。

 

「あ、それでヒッキーと優香ちゃんは買い出し? 小町ちゃんに挨拶もしときたいなー、近くにいる?」

 

「なんで小町いることが決定事項なんだよ。あいつは今日いねえよ」

 

「え、そだったの。あー、じゃあ、うーんと、えー、材木座くんとか?」

 

「あまりに長い失礼な思考時間をどうも。材木座でもねえよ、今日は俺と的前だけだ」

 

「......まったまたー。お節介な小町ちゃんのことだから後をつけてきてるんでしょ?」

 

「いやほんとだから。ついさっきビデオ通話で家にいるの確認した」

 

「そんなに信用ないんだ?!」

 

 小町のお節介癖がとうとう第三者までにも知られているのは、どう考えても自業自得なので放っておくとして、どうやら由比ヶ浜は俺と的前が二人っきりでいることがどうにも信じられないらしい。はて、これまでにも的前と二人になることは何度かあったはずだが。

 なんて思案顔になっている俺に的前がこそっと耳打ちしてきた

 

「八幡くん八幡くん。結衣ちゃん、というかみんなは、これまでに私と八幡くんが二人だけでいたことをほとんど知らないんじゃないかな」

 

「......あー、なるほど」

 

 思い返せば、小町を除く周囲の奴らが認知している俺と的前の行動といえば、二人で弓道の練習に行っているということぐらいな気がする。弓道具の買い出しから、小町に頼まれた夕飯の食材の買い出しまで、そんな日常の一部に的前が割り込んでいるだなんて、第三者が知りうる領域ではないだろう。となると、由比ヶ浜からすると少し信じがたい光景なのかもしれない。

 そうこうしている内にどうやら電話が繋がったようだ。由比ヶ浜もなんだかんだ繋がるか不安だったようで、少し安堵した声で会話し始めた。

 

「あ、優美子ー? あははー、ごめんごめん、ちょっとはぐれちゃって。うん。うん。わかった。じゃあ花火会場で」

 

 どうやら話を聞く限り、通話相手は三浦のようだ。となると葉山含むいつもの面子で訪れているのだろうか。

 由比ヶ浜らしくもない、ごく短い通話時間に若干驚いたが、ここは迷子の由比ヶ浜が姉御の三浦に連絡を取れたことを素直に喜んでおこう。

 

「で、落ち合う場所は花火会場でいいのか? よかったら送ってくぞ」

 

「え?! ほんと?! じゃあお言葉に甘え......て......あ、あはは......や、やっぱりいいや」

 

「あ? なんでだよ」

 

 小町仕込みの、「とりあえず女性の送り迎えはしろ」を発動したが、冷や汗を流し始めた由比ヶ浜には拒否されてしまった。

 その視線の先は俺の隣、つまり的前に向けられているわけだがーー

 

「むぅぅぅうーー」

 

 タコだ。タコがいる。

 女性に対して失礼極まりない感想であることは認めるが、頬を極限まで膨らませる今の的前を表そうと思えば、タコという他に言葉がない。先ほどの関西風たこ焼きで身体が変化し始めているのだろうか。

 

「あ、あの、的前さん?」

 

 普段なら絶対しないであろう的前のしかめっ面についキョドってしまう。あのあの、僕何か気に障ることしましたか......?

 

「............」

 

 完全にガン無視である。

 なんでだ。ほんのちょっと前までは会話してたはず、つまり今に至るまでに何か的前の機嫌を損ねる言動が......思い当たらない。

 いや、そもそもだ比企谷八幡よ。まず俺が原因という前提条件を無くそう。視野を広く持て。見ろ、あの的前の何か言いたいことが言い出せず、それでも必死に瞳で訴えかけてくるあの姿を。

 ......! 閃いた!

 

「的前、お腹が痛いのならトイレまで送ってーー」

 

「ヒッキーはバカだし?!」

 

「ぐへっ! って、おまっ、何を」

 

 俺が気の利いた提案をすると、真横からなぜか由比ヶ浜の鉄拳が迫り、見事頭部に命中。ふらついたところで胸ぐらを掴まれ、そのまま的前から少し離れた地点まで引っ張られる。

 

「由比ヶ浜お前な、もう少し優しく扱えないの? 脳震盪でも起こしてたらどうするつもりだったの?」

 

「ああ! もうそんなどうでもいいことはいいから! 早く優香ちゃんに謝ってきて! あたしも悪い部分あるし一緒に謝ってあげるから!」

 

「お、おお。って、そこ、そこなんだよ。なんで的前は、あんなタコ見たく頬を膨らませて不機嫌にしてるわけ? 俺たちなんかしたの?」

 

「ああああああああ!! この鈍感ヒッキー!! そんなんだからクラスで陰湿ムッツリ野郎なんて言われてたんだよ!」

 

「まって、そんなあだ名初耳なんだけど。ねえ、それ命名したのだれ? というか鈍感なのとそのあだ名の関係性ないよね?」

 

「ああもうっ! そこはどうでもいいからツッコまなくていい!」

 

 いや、十分重要だろ。これからクラスメイトになにされるか不安で授業中も眠れねえよ。

 

「いい? 優香ちゃんは、やきもちをやいてるの。雰囲気でわかんない?」

 

「まあ確かに。あの頬をはち切れんばかりに膨らませている的前を見たらわからんことは」

 

 ちらっと見るとあら怖い。タコ魔人的前様がこちらを見つめてる。

 

「でしょ? だからさっさと謝る、せめて何かして機嫌を直させる! ほら、いくよ」

 

 そう言って背中をぐいぐい押してくる由比ヶ浜。

 あ、ちょ、由比ヶ浜さん。む、胸が少しばかり背中に当たって......的前さんそんな睨まないでください怖すぎます。

 

「あ、あのだな由比ヶ浜。そもそもなんで俺が謝らなくちゃならないんだよ。確かに俺に非もあると思うが、やきもちやかせたのはお前であって俺じゃないだろ」

 

 的前と由比ヶ浜、同じクラスな上に奉仕部絡みで結構仲良いからな。俺がしゃしゃり出てきてやきもちやかれるのはしょうがないし、俺にも非がある。だがこの現代、やきもちをやかせたやつが最も悪いのは決定事項。つまり的前にやきもちをやかれた由比ヶ浜がーー

 

「......は?」

 

「いえなんでもありません私が悪かったです」

 

 的前には聞こえないよう、由比ヶ浜にそっとそう囁くと、鬼が二人に分身。気づけば逃げ場がないこの状況。詰んだな。

 無言になった由比ヶ浜の目線に促され的前の正面へ。ふえぇ......前後から凄まじい殺気が漂ってくるよぅ......。僕がなにをしたってのさぁ......。

 って、痛い痛い! 何を言おうか迷ってるだけなのに横腹つねってくるのやめて由比ヶ浜さん!

 そして、さっさと喋れとでも言わんばかりに、次第につねる力を強めてくる。なんだこの現代版ゆとり拷問。

 

「あー、その、なんだ。悪かった、なっ?!」

 

 気持ち程度に頭を下げ、謝罪の言葉を述べると刹那、クロックスを履いているため靴下を履いていないむき出し足首に激痛。

 

「なんなんだよお前! 謝っただろ! なんの不満があるんだよ!」

 

「態度だよ! あーっと、ごめんね優香ちゃん。久しぶりに会ったからちょっとはしゃいじゃって。といっても林間学校以来だからそんな久しぶりってほどでもないっけ」

 

 態度が悪かったら蹴られるんですか。さいですか。しかもそれ下駄ですよね? まだジンジンとした痛みが残ってるんですけど? どこが悪いのか皆目見当もつかないのに謝らされ、挙句、下駄で蹴られる俺まじ不憫じゃないですかね?

 

「......八幡くん」

 

「あっはい」

 

 心中で不満を垂れながしているとこれまで口を開いてなかった的前から、ついに声がかかり、思わず身体を硬直させる。なんだろ......俺、死刑宣告でもされちゃうのかな......。

 

「八幡くん言ったよね。今日は一日、私の金づるだって」

 

 あっ、これ、俺じゃなく財布の方に対して死刑宣告もといチェックメイトかけてきましたねー。非常にまずい展開です。いや、無期懲役じゃないだけまだマシ......? 法廷で判決を言い渡される直前ってこんな気持ちなんだろうか。絶対罪は犯さないようにしよう。

 なけなしの諭吉さんが散って逝く未来を想像しながら静かに判決を待っていると、ついに次の言葉を紡ぐべく的前の口が開かれた。

 

「......だから、今日だけ八幡くんは私のものなの!」

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

「あー......」

 

「結衣さっきからため息ばっかだけどどしたん? 高校生にもなって迷子になったのがそんなに辛い?」

 

「いや、うん、あれは勝てないなぁ......って」

 

「?」

 

「我ながらなんて敵に塩を送る行為......しかも現状最強の敵に向かって......はぁー......」

 

「結衣、疲れてんならそこらへんで休んできてもいいんだかんね?」

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

「............」

 

「............」

 

 やべえ。どうしたらいいんだこの状況。

 

的前、突然の大胆発言から既に一時間。俺はもちろんのこと、発言者である的前ご本人もだんまりしてしまい。気づけば花火も終了。言葉を交わすこともなく、二人で駅へ向かっている最中というわけだ。

 由比ヶ浜は即効消えやがるし、会話の切り口になるかと思った花火のネタも、今の状況を見れば火を見るより明らかだし。

 ......いや、いまからでも遅くない、か。花火綺麗だったな。とか、感想から始めれば充分会話の材料になるはず。よし、そうとなれば早速実践あるのみだ。もうこの沈黙には耐えられん。

 

「ま、的前。あ......のだ......な......」

 

「っ......う、うん」

 

 うぐ、気まずさに全てを押し潰される......っ!

 いかん。ここで引いてどうする。電車での移動など含め、最低でも四、五十分は一緒なんだ。そろそろ打開しておかないと俺のメンタルが死ぬ。

 

「その......」

 

「............」

 

 いや、そこでやけに頬を赤くして俯くのやめにしません? 沈黙よりそっちの方がメンタルの削れ早いんですけど。

 っと、いかんいかん。言うんだ俺、この空気を打開するために。

 

「その、きれーー」

 

 

 

「あ、優香。電話しても返事がないから心配したじゃないか。......と、お邪魔だったかな」

 

「は? ......じゃなくて、その......」

 

 知らないおっさんが話しかけてきた。怖い。妙にニコニコしてるし。あ、これって的前を連れて逃げたほうがいいやつだったりする?

 不審がってる雰囲気が出てしまったのだろうか。目の前の中年男性は苦笑いを浮かべたまま、

 

「自己紹介もなく声をかけてすまない。彼氏くん、かな? 私は的前茂光」

 

 

 

「しがないながらも、的前優香の父をやらせてもらってます」

 

 そう言った。

 

 デートの帰り道で、相手の父上にエンカウントするとはこれいかに。

 

 

 

 

 

 

 

 




最強の敵、お(義)父さんとエンカウント


感想等々あればよろしくお願いします!
ではまた次回に!

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