ぼっちな俺はとある理由で田舎で暮らす。 作:ちゃんぽんハット
陽乃が八幡に学校を案内するところからスタートです!
それではどうぞ!
まず雪ノ下陽乃が案内してくれたのは、2年1組の教室であった。
「じゃーん!ここが私と比企谷君の教室です!」
先程からずっと上機嫌の彼女は、両手を広げて元気たっぷりに紹介してくれる。
大人びた雰囲気を持ちながらも、あどけない可愛らしさを惜しみもなく発揮する雪ノ下に、自然と鼓動が高鳴る。
っといかんいかん、さっきから俺はドキドキしっぱなしだ。
これじゃいつ心の声が聞こえてもおかしくない。
こんな序盤からトラウマを掘り返されでもしたら、折角こんな田舎まで来た意味がなくなっちまう。
落ち着け八幡、クールにいこうぜ。
努めて冷静に振る舞おうと再度気持ちを引き締める俺。
そんな事を露ほども知らない彼女は、パタパタと中に入っていき、1つの椅子に腰かけた。
「ここが私の席、それで隣が多分あなたの席♪」
そう心底楽しそうに教えてくれる。
いったい何がそんなに楽しいのだろうか?
ふと教室内を見回すと座席の少なさが目立った。
30くらいだろうか。
前の高校と比べるとだいぶ少ない。
そんな俺の視線に気が付いたのだろう、雪ノ下は頬杖をしながら語りかけてくる。
「うちのクラス少ないでしょ?」
「…………まあ」
「と言ってもこれで2年生は全部なんだけどねー。ちなみに言っておくけど、2組はないよ?この学校は、1学年1クラス。全校生徒が100人くらいしかいないんだよ!」
何故だか少し自慢気であった。
けどまあこれには俺も少々驚いた。
田舎だとは思っていたが、そこまで少ないのか。
それにこの高校は普通科しかなかったはずだから、やはり相当少ないのだろう。
しかし俺からしてみれば、それはとてもラッキーだった。
力のことを考えるならこの環境は今の俺に最も適している。
やはりここに来て正解だった。
改めて家族には感謝しなくては。
「クラスはこのくらいにして、次は体育館に行こう!」
「……え、遠いから最後でよく……」
「ほれほれー、早くしないと置いてっちゃうぞー♪」
言うやいなや、鼻唄混じりに小走りで教室をあとにする雪ノ下。
「あっ……たくなんでまた体育館なんだよ……」
わざわざ校舎内ではなく体育館を選ぶ理由は全くわからない。
がしかしついていくしか選択肢はなかった。
はあ……仕方ねえ。
スカートの裾を揺らしながら駆けていく彼女に遅れないようにと、俺は少し大股でその背中を追いかけるのだった。
☆☆☆
体育館を訪れた後は、家庭科室、理科室、3年の教室、保健室、生徒会部屋、1年の教室、校長室などなどを順番に訪れて行った。
そしてその教室のどれもが、とても遠かった。
というよりわざわざ一番遠い教室を選んで回っていたようだった。
3年と1年の教室なんか2年の両端だったしな。
そのせいで俺はクタクタである。
ただでさえ4時間歩いた後だってのに。
こいつは一体何を考えてんだ?
俺の5メートルほど前を歩く雪ノ下を睨み付ける。
もちろんバレないようにこっそりと。
八幡無駄な争いは嫌いだもん!
勝てる気が全くしないしねん!
すると突然クルリと振り返る雪ノ下。
両手を後ろで組んでいたずらっ子のような笑みを浮かべてくる。
「どう比企谷君、この学校のこと少しはわかった?」
「……まあ」
「おやおや、その顔は……なんでこんなにつれ回されなきゃならねーんだ、と思ってる顔だね」
ギクッ!?
な、何故ばれた!?
「あ、やっぱり図星かー。君結構顔に出やすい方だと思うよ?」
にししっと笑う雪ノ下。
マジか?
ポーカーフェイスには自信があったのだが……
こいつなかなか鋭いな。
てか分かってたんなら普通に回ってくれよ。
「ごめんね遠回りばっかしちゃって。でもこれにはちゃんと理由があるんだよ?」
「…………」
「そ、れ、は~……君と少しでも一緒に居たかったからなのだよ~♪」
「…………」
「やだもー照れないでよ、私だって恥ずかしいんだから♪」
キャっと言って彼女は両手で顔を覆う 。
俺はこの時、こいつの心の声だけは絶対に聞きたくないと思った。
だってなんかもう、ろくなこと考えてそうにないんだもん!
今のも明らかに嘘だし……
どこか胡散臭いんだよな。
多分心の声聞こえたら死にたくなると思う。
割りと本気で。
俺はまたもや顔に出ていたのだろうか。
先程までのウザイくらいの明るさが一瞬だけ消えて、雪ノ下は窓の外を眺めながらぼそりと呟いた。
「って、こんなこと言っても信じてもらえないか…………まあ冗談ではないんだけどね……」
「……え?」
それってどういう……
「まあまあそれは置いといて!ほら、着きましたよー。ここが本日最後の観光スポット!図書室です!」
雪ノ下は今さっきの発言をかきけすやうに、一段と明るくそこを紹介した。
「それでは早速入ってみましょ~♪」
図書室用のスリッパに履き替えて中へと入る。
ぐるりと中を見渡すと、田舎の高校で生徒数が少ないわりには品揃えは中々だった。
自然と俺の気分も高揚する。
本好きにとっては嬉しいことこの上ない。
早くも俺が入り浸るだろう場所に決定した。
じいちゃんの書斎にもたくさんあるし、これなら本に困ることはなさそうだな。
っと柄にもなくワクワクしてしまう俺。
「どう?気に入ってくれた?」
そう言ってニコッと尋ねてくる雪ノ下。
「……まあ、それなりに」
「そっかそっか。君本好きそうだもんね♪」
ふと、何を思い付いたのだろうか。
雪ノ下は一番大きな本棚の前まで歩いていくと、その本棚を指差しながら尋ねてきた。
「比企谷君のオススメの本とかある?」
本好きにはその質問はとても嬉しいものだった。
誰しも読書家というのは、自分の好きな本だったり作家だったりについて語りたいものである。
もちろん俺も例外ではなく、昔小町にそれを聞かれてそれはもう饒舌にオススメ本に関して喋ったのだ。
その後小町に何か言われたが今はよく覚えてない。
お兄ちゃんちょっとキモいとかそんな事言われた記憶はこれっぽっちもない。
しかしこのときの俺は、その場から一切動こうとはしなかった。
別に小町とのことがあったからという訳ではない。
ただ今はまだ、極力人とは近づきたくなかったのだ。
「比企谷君?」
「…………」
「……ふーんそっか。教えてくれないのか」
さほど残念そうには見えない様子で呟く彼女。
ふむふむと言いながら図書室の背の低い机にちょこんと座った。
「ねえ比企谷君」
「…………なんだ?」
「どうして私から逃げようとするの?」
「………!?」
突然の言葉に驚愕する俺。
なおも彼女はニコニコ笑顔で続ける。
「さっきからずーっと、私と一定の距離を保とうとしてるよね?」
「…………」
「どんなに私が近づこうとも君は絶対にその距離を縮めようとはしなかった」
「…………」
「……ねえ比企谷君」
「…………」
「わたしのこと、こわい?」
ゾクッ!!
背中を何か嫌なものが走り抜けた。
雪ノ下は笑顔なのである。
しかしそれは、どこか貼り付けられたような、そして真っ黒な闇を含んでいるような笑顔だった。
「…………こわい?」
「そうこわい。初めて会った時から、君の私を見る目は何かに怯えているみたいだなーって思って」
「…………」
俺は雪ノ下に恐怖を感じていたのか?
いや、そんなことはないはずだ。
その美しさにドキドキして、鼓動が早くなるのを抑えようと必死だった。
彼女の魅力に引き込まれないよう抵抗するのに必死だった。
距離を空けているのは力の発動を危惧してだ。
最低限の会話しかしないのも、オススメ本を教えなかったのもそれが理由だ。
しかし……
果たして彼女をこわいと思っていただろうか。
俺にはそれがはっきりと分からなかった。
「私ね、君と会うの楽しみにしてたんだよ?」
唐突に語り始める雪ノ下。
「君の事を知った時から、何だか分からないんだけどすっごく楽しくなって」
「…………」
「今日本当に会ってみてもその気持ちは変わらなくて」
「…………」
「自分でも不思議なんだよ?こんなになってる私が」
「…………」
「色んな所につれ回したのも、少しでも君のことを知りたいって思ったからなんだよ?」
「…………」
「何か言ってよ比企谷君」
「…………」
「だんまりか……」
すると彼女はすっと立って真っ直ぐにこちらを見据えてくる。
やはり彼女は美しい。
俺にはそれ以外にこいつのことがわからない。
しばしの沈黙。
風によって図書室の窓がカタカタと鳴る音だけが二人の間を流れた。
そして、先に口を開いたのは雪ノ下だった。
「これはもう仕方ないよね」
少しおどけたように、うんうんと腕組みして頷く。
「静ちゃんにはあー言ったけど……悪いのは比企谷君だし♪」
ふっと腕をほどいて一歩だけ近づく彼女。
何故だろう。
俺は動くことが出来なかった。
それまで決して変わることのなかった二人の距離が、ほんの少しだけ縮まる。
そして雪ノ下の口がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ちょっとだけ……ね♪」
何度目かわからない俺に向けられる笑顔。
しかしその時のそれは、今までのものとは違うような気がした。
キーンと耳鳴りがする。
やばい。
何か分からないけどやばい気がする。
逃げなければ。
けれど俺はその場を動く事は出来なかった。
するとどうしたのだろうか。
少しだけ目を見開いたかと思うと、目の前の雪ノ下が急に笑い始めた。
「っぷ、あはははははははははははははは」
なんだ!?
いきなりどうしたんだこいつ?
なおも笑い続ける雪ノ下。
腹を抱えて爆笑する彼女の目には、笑いすぎでうっすらと涙が浮かんでいた。
遂にはその場にうずくまってしまう。
……本当にどうしたんだこいつ?
俺の頭の中は疑問符でいっぱいだった。
何が何だか訳が分からない。
『ふふ、そうか。そういうことか♪』
ビクリと俺の体が震える。
しまった!
こんな時に……くそっ!
聞こえてくる心の声に焦る俺。
いや、とにかく落ち着け!
このままだと何が聞こえてくるか分からない。
一刻も早く力を抑えねば。
あの時みたいになるのは二度とゴメンだ!
俺は心を静めるべく深呼吸をしようとする。
しかし、
『なるほどねー。だからかー♪』
──ふとそこで動きを止めてしまう。
それは、彼女の言葉が妙に気になったからだ。
……なにを納得してるんだこいつ?
今止まっては行けない。
身体中のベルというベルが、ものすごい勢いで鳴っている。
けれども俺は、雪ノ下のことが気になって仕方なかった。
『いやーそういういことね♪』
何がだ?
『そりゃ楽しくなっちゃう訳だよ♪』
だから何がだよ?
『これはもう運命としか言いようがないね!』
運命?なんのことだ?
『ありがとう神様!初めてあなたに感謝だよ!』
そいつはようござんした。
『はぁー、これから楽しみだなー♪』
それよりそろそろ教えろよ。
『もう、せっかちな男は嫌われるよ?』
余計なお世話だいいから早…………え?
『しょうがないなー、じゃあ教えてあげる♪』
…………いや、ちょっと待て……
『え?聞きたいんじゃないの?』
違うそうじゃなくて……
『てゆーか、もしかして気付いてなかったの?』
うそ……だろ?
『嘘じゃないんだなーこれが♪』
…………
『ありゃ、心の中までだんまりか』
…………なんで、返事を
『まあしょうがないか、初めはそんなもんだし』
…………待てって
『力はまだ使いこなせてないっと。
まあそれは今後の成長に期待だね♪』
…………おい
『ふふんこれは本当に楽しくなってきたぞ♪』
…………待てって言ってだろ!!
『もう、いきなりそんなに怒んないでよ!』
…………マジかよ
『マジもマジ、超マジだよ♪』
…………
『まあまあ、そういう訳だからさ』
…………やめろ
『比企谷八幡君!』
……やめろって
『こんなクソ田舎によーこそ!』
…………やめろって言ってんだろ!!!
『そしてこれからよろしくね♪』
ッッ───────────────
『─────私とおんなじ不幸な子♪────』
わたしのことがこわいか?
今ならその質問にイエスと速答できる。
いや、違うな。
俺は初めからこいつのことを心のどこかで怖がっていたんだ。
それに気付かない振りをしていただけで。
あーあ、もう最悪。
神様なんて大嫌いだ。
そこで思考のショートした俺は、その場にぶっ倒れた。
比企谷八幡はこの日のことを後悔する。
好奇心は猫をも殺すのだ。
ぼっちなんてあっという間に一捻りである。
あれほど気をつけていたのに。
前よりも最悪の状況じゃねえかよこれ。
これだから田舎はいやなんだ。
いや、田舎は関係ないか。
目の前の少女から何やらどす黒い、いや、もはや黒かも判断しがたい濁った色が少年の体を包み込む。
それは不幸を具現化したそれに違いなかった。
きっと彼はこれからもこの負の連鎖からは逃げられないのだろう。
頭に響く彼女の笑い声が、ぐわんぐわんと身体中を駆け巡る。
いつまでもいつまでも止むことはなかった。
──まだ、物語は始まったばかりである──
いかがだったでしゃうか?
色々悩んだ末に、陽乃はこんな感じになりました。
二人はこれからどうなっていくのか。
私も未だにわかりません!
少しでも楽しんでいただけたらなと思います!
それでは今日はこの辺で。