パラオの曙   作:瑞穂国

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どうもです

このペースなら、今月中に『NT作戦』に突入できそうです

改装なった摩耶。決戦へと向かうパラオ泊地


決戦ニ備エテ

今日は普段よりも波が立っている。波頭は崩れる際に白く泡立ち、舷側にぶつかる波も大きい。それでも、一万五千トンの艦体はビクともせず、艦首で波を切り裂きながら、悠然と海上を進んでいた。

 

―――いい調子だな。

 

自らの艦の状態が良好なことを受けて、摩耶は満足げに頷いた。それから、通信回線を開く。

 

「おい、足柄。しっかりついて来いよ」

 

『私を誰だと思ってるの?任せなさい、“狼”の二つ名は、伊達じゃないのよ』

 

自信たっぷりに答える声の通り、“摩耶”に後続する“足柄”は、的確なあて舵で針路を維持し、陣形を保つ。

 

今日、パラオ泊地の沖合では、摩耶の慣熟訓練を兼ねた砲撃演習が行われる。

 

昨日で各種海上公試を終えた“摩耶”は、これが初めての実戦を想定した訓練になる。

 

単縦陣で“摩耶”の後ろに続くのは、順に“足柄”、“大和”、“霞”、“磯風”、“曙”。“木曾”他は、泊地で留守番だ。

 

電探に映る後続艦の様子を確認する。丁度その時、海図室から出てくる人影があった。清水だ。執務のある榊原に代わって、彼が演習を見守ることになっている。

 

「各艦の状況は?」

 

隣に立ち、清水が尋ねる。

 

心臓の鼓動が、わずかに早くなる。まだ、誰かを乗せることに、慣れたわけではない。恐怖がないわけでもない。それでも、少しずつ、前に進むと決めたのだ。

 

深呼吸を一つ。清水の問いかけからいくらか間を取り、摩耶は口を開く。その間の意味を、清水も理解してくれているらしく、急かす素振りもなく待ってくれていた。

 

「陣形は単縦陣。速力一二ノット。波があるから、いつもより広めに間隔を取ってる」

 

「わかった。浮標は確認できたか?」

 

「バッチリ見えてる」

 

見張り妖精からは、波間の浮標が、はっきり見えている旨、報告があった。電探にもちゃんと映っている。

 

「・・・大丈夫か?」

 

呟くような清水の質問の意味を、一瞬図りかねた。それから、摩耶のことを心配して発せられたものだと気づく。

 

それまでとはあまりにもかけ離れたその問いかけに、堪えられずに笑いが込み上げる。怪訝な表情をする清水に、摩耶は笑みを浮かべながら、答えた。

 

「問題ない。ていうかお前、心配し過ぎだろ、最近」

 

図星だったらしい清水が、わずかに息を詰まらせる。それが益々、摩耶の笑いを誘う。

 

「お前ってさ、弟とか妹にウザがられるタイプだよな。心配性と、過保護で」

 

その言を受けた清水は、瞬きを一回、目線を摩耶から逸らす。まさかの図星だったらしく、最早摩耶は、笑いを隠すことができなかった。

 

「・・・弟と同じことを、よもや摩耶に言われることになろうとは」

 

「へー、弟いたんだ。ちなみに何をやらかして、そんなことを言われたんだ?」

 

「宿題やってるのを、横から口出ししてた」

 

「うわ・・・典型的なダメ兄貴がここにいる」

 

清水の意外な一面に、苦笑する。

 

いつも冷たくて、感情の起伏が乏しいように思える清水。実際、その通りなのだが。それでも、全く欠点がないわけではない。

 

清水は、誤魔化すように、咳払いを一つ。

 

「始めるぞ」

 

「わかった」

 

何とか笑いを押し殺し、摩耶は再び前を見る。波の動きはよく見えていた。むしろこれくらいの方が、初めての砲撃演習にはもってこいかもしれない。

 

「これより、砲撃演習を始める」

 

清水がマイクに吹き込んだ瞬間、浮標が動き始める。遠隔操作式の電動曳船に曳かれているのだ。それが全部で三つ。

 

「電探に感あり。見張りより、目標は浮標と認む。数三。右舷三十度、距離二五〇(二万五千メートル)」

 

摩耶が読み上げる。双眼鏡を覗き込んだ清水も、同じように浮標を確認したらしく、すぐに指示が与えられた。

 

「第一戦速。転針、艦隊針路三四五。距離を詰める。右砲戦用意」

 

「第一戦速。面舵二〇、針路三四五。右砲戦用意」

 

清水の指示を、全員が次々と復唱していく。艤装との精神同調率が上がり、“摩耶”は合戦準備を整えつつあった。

 

増速した艦に舵が利き始め、“摩耶”の艦首が右に振られる。動きだしてしまえば早い。針路が三四五度に近づいたところで舵を中央に戻し、あて舵で回頭を止める。直進に戻った艦は、浮標に対して丁度「八」の字を描くように進んでいる。

 

後続艦も次々と舵を切る。

 

「“足柄”、面舵。続いて“大和”、面舵」

 

先頭艦であり、旗艦でもある“摩耶”は、僚艦の動きも気にしなければならない。一年ほどの間、旗艦経験などなかったが、昔取ったなんとやら、だ。マリアナ沖の時もそうだったが、特に違和感はない。むしろ慣れ親しんだ安心感さえある。

 

最後尾の“曙”がピタリと着けたところで、変針が完了する。その様子が見張り妖精から報告され、摩耶は頷いた。

 

「浮標を、先頭よりイ、ロ、ハと呼称。本艦目標、イ。“足柄”目標、ロ。“大和”目標、ハ。“大和”は二〇〇より砲戦開始。“摩耶”、“足柄”は一五〇より砲戦開始」

 

清水が出す矢継ぎ早の指示を聞き届けながら、自らへの命令を正確に聞き取り、復唱する。

 

「“摩耶”目標、イ。測敵始め」

 

艦橋頂部の測距儀が旋回し、浮標イに狙いを定める。三角測量の要領で得られた距離に、彼我の速力や針路、天候等の情報が加味され、射撃諸元が産出される。

 

主砲塔も右舷へと旋回する。砲塔の旋回盤にも改良がなされたおかげで、動きは滑らかなうえに早い。

 

―――これはありがたい。

 

主砲の旋回速度では、航空機への追随など不可能だ。それでも、動きが早ければ、選べる手は増えてくる。

 

旋回を終えた主砲の右砲が、次第に仰角を増していく。距離を詰めるまで発砲はしないが、いつでも発砲できる構えは見せておく必要がある。浮標は撃ち返してこないが、実戦では相手もまた、相手の戦術とタイミングでこちらを撃ってくるのだから。

 

電探に映る浮標との距離は、刻々と縮まっていく。二万メートルを割るのに、さして時間は必要なかった。

 

「距離二〇〇」

 

清水に告げてから十数秒後。

 

「“大和”、撃ち方始めた」

 

見張り妖精からの報告が上がる。それから十秒と立たず、遠雷を思わせる轟音が、後方から届いた。“大和”の四六サンチ砲が、早速観測射を放ったのだ。

 

さらに二十秒ほどが経過すると、浮標ハの手前に、巨大な水柱が立ち上った。数は三本。各砲塔から放たれた一トン半の砲弾が巻き上げる海水の量は、半端ではなかった。

 

諸元の修正が完了したのか、“大和”が再び発砲する。“摩耶”からは二キロ近く離れているというのに、その砲声は背中から圧迫されるような迫力があった。

 

三射、四射と繰り返される“大和”の砲撃を見守りながら、“摩耶”は自らの番を待つ。後ろの“足柄”からは、「早く撃たせろ」との通信が入るが、すべて却下していた。

 

距離が一万五千メートルを切ったのは、“大和”が第二斉射を放った時だった。

 

「撃ち方始め!」

 

威勢よく号令するや否や、振り立てられた五五口径二〇・三サンチ砲が咆哮する。間近で聞く分、こちらの方が“大和”よりも迫力がある。大太鼓をまとめて打ち鳴らしたかのような大音声が、“摩耶”の艦橋を揺さぶった。

 

撃ち出された高初速の二〇・三サンチ砲弾は、今までよりもわずかに低いアーチを描きながら、浮標イへと飛んでいく。

 

「“足柄”、撃ち方始めた」

 

後続の“足柄”も、待ってましたとばかりに発砲する。“足柄”もまた大規模改装は受けているが、こちらは三号砲に換装していなかった。装填機構の改良はされているので、斉射間隔は“摩耶”と同じ十五秒となっている。

 

第一射が弾着する。艦橋からでは、その正確な弾着位置まではわからない。今回は観測機を用いていないので、見張り妖精の目だけが頼りだ。

 

「全弾遠。諸元修正急げ」

 

“摩耶”の第一射は、その全てが浮標イを飛び越えた位置に落ちていたのだ。

 

弾着の結果をもとに、第二射への諸元修正が加えられる。装填のために下げられた右砲に代わり、左砲が鎌首をもたげる。

 

第二射が放たれる。前甲板の二か所で真っ赤な火焔が踊るのを見つめながら、摩耶は見張り妖精から報されたことを気にしていた。

 

思考の海に沈む前に、第二射が弾着する。今回も全弾遠。再装填の終わった右砲が、射撃位置へと仰角を増していく。

 

見張り妖精からは、先ほどと同じ報告が上げられていた。

 

―――やっぱり、散布界は広がっちまうか。

 

軽量砲弾特有の問題だ。どうしても、高初速にすると散布界が広がってしまう。発砲遅延装置のおかげである程度抑制はできているが、それでも従来よりは広く散らばってしまう。工廠部の事前計算では、散布界半径が一割から二割、拡大する可能性ありとのことだった。

 

大型艦への射撃ならそれほど問題とならないだろうが、駆逐艦への牽制砲撃には影響が出てしまうかもしれない。

 

その辺りは、後続している駆逐艦娘たちとの連携で、埋めていくしかなさそうだ。

 

“足柄”は第三射、“摩耶”は第四射で夾叉弾を得、斉射へと移行する。その間に、“大和”には「砲撃止め」が下令された。このまま撃ち続けたら、いかに「沈まなことを追い求めた」射撃訓練用の浮標といえども、パラオ沖で澪標になってしまう。

 

斉射に移行したことで、艦体を襲う衝撃は倍となる。炎が生じるとともに、バルジが追加された艦体が横方向に動揺した。その揺れが、どこか心地いい。

 

六射を放ったところで、“摩耶”と“足柄”に「砲撃止め」が下令される。砲身を下げ、冷却作業に入る。足柄はまだ撃ち足りない様子であったが、渋々清水の指示に従っていた。

 

ここからは、駆逐艦の番だ。

 

「“霞”、“磯風”、“曙”、右砲戦、右魚雷戦用意。以後の指揮を、別命あるまで曙に移譲」

 

了解と答えた三隻の駆逐艦は、早速とばかりに増速すると、鋭く舵を切って浮標に接近していく。先陣を切る“霞”の艦影が、すぐさま“摩耶”の横をすり抜けていった。

 

「サイパン沖海戦」後、“霞”もまた大規模改装を受けている。より対空戦闘を意識した改装による艦容の変化が、各所に確認できた。

 

主砲は高角砲に換装されている。“秋月”型と同じ、砲塔型の長一〇サンチ砲だ。それを前後に一基ずつ、計二基四門。

 

魚雷発射管は一基に減らされている。その代わり、新開発の六連装発射管だ。それまで二番発射管があった場所には、機銃座や大型対空電探が増設されている。

 

高射装置も、“摩耶”と同じものに換装していた。

 

同じ改装は、現在“陽炎”と“満潮”に施されている。“霞”の改装期間が一週間弱で済んだことから、この二隻についても来週中には出渠し、『NT作戦』までに慣熟訓練を終えられる予定であった。

 

やがて、駆逐艦たちが発砲する。小太鼓を叩くような砲声が連続して響き、曇天のパラオ沖を震わせた。




そういえば、冬イベの告知がきてましたね。今回はどうなることか・・・

あ、ザラ姉様育てなきゃ

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