パラオの曙   作:瑞穂国

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どうもです

さて、ようやく一区切りがつきそうな予感

来月の頭くらいには、マリアナ編を畳めるかと思います


深海ト艦娘

テーブルについた榊原と曙に、サノが暖かなティーカップを差し出した。カップには、テーブルの上に準備されていたティーポットから、いい香りのする紅茶が注がれている。ありがたく受け取った榊原と曙は、サノが席につくのを待って、カップに口をつけた。

 

「紅茶だけですまない。スコーンでもつけてやれればいいのだが」

 

真っ白な表情が、少し申し訳なさそうに歪む。その仕種に、榊原はわずかに緊張を緩めた。

 

「紅茶を飲むのは、久しぶりです」

 

「そうか。どうだ?可能な範囲で研究などしてみたんだが・・・。率直な意見を聞かせて欲しい」

 

「こういうのには疎いので、何とも。でも、おいしいですよ」

 

「なら、よかった」

 

サノは薄く笑った。安堵するように呟いた彼女は、自分のカップに口をつける。十数分前まで戦闘をしていたとは思えないほど、のどかな時間が、両者の間に流れていた。

 

「ところで」

 

カップの中身が半分ほどになったところで、サノが話を切り出した。コトリ、カップをソーサーに戻した彼女は、真っ直ぐにこちらを見ている。否、見つめている先は榊原ではなく、隣の曙だ。

 

「曙、といったか」

 

「そう名乗ったでしょ」

 

曙はいつもと変わらない、どこかぶっきらぼうな言い方で答える。その様子を、サノはためつすがめつしながら、観察していた。

 

「・・・以前、どこかで私と会わなかったか?」

 

「は?」

 

質問の意図がわからない、というように、曙が怪訝な顔になる。

 

「脈絡のない問いかけであることは理解しているが、どうも初対面とは思えなくてな。曖昧な言い方で遺憾だが、お前から以前嗅いだことのある匂いがする。それもおそらく、かなり前の記憶だ」

 

「・・・よくわかんないけど、あんたとは初対面よ。ていうか、そもそも深海棲艦と話すのが初めてだし」

 

「・・・それもそうだな」

 

サノはあっさりと追及をやめた。もう一度カップに口づけ、唇を湿らせた後、再び話を始める。

 

「さてと、息抜きは十分だろう。最初はそちらのターンと行こうか。何が訊きたい?」

 

問われた榊原は、一瞬曙と目配せをし、口を開いた。

 

「まず確認したいのは、深海棲艦がどれほどの意識や思考を持っているのか、です。あらゆる深海棲艦が、こうして貴女と同じように対話が可能なら、この戦争に新しい選択肢が生まれる」

 

舞からは、ここに関して詳しく聞いていなかったし、彼女自身も知らない様子だった。あくまで、『T・T独立艦隊』の目的はZ海域の封鎖と“イレギュラー”との接触であり、通常の深海棲艦とまでコンタクトを取る余裕はなかったらしい。それに、彼女たちが知りたがっていた情報は、“イレギュラー”しか持ち合わせていない。

 

榊原の質問に、サノはかぶりを振った。

 

「残念ながら、彼女らに意識や思考という概念はない。普通の深海棲艦は、戦略を実行するために必要な思考と論理はあっても、戦略を立てるような高度な意識と思考は持ち合わせていない。そう作られたのかどうかは知らないが、ともかくほとんどの深海棲艦は、操り人形みたいなものだ」

 

お前たちはついてるよ。サノはそう言って、口の端を吊り上げる。

 

「彼女たちは、戦略的思考を持っている者の指示に従うだけ。現にこの海域には、私の指示でいまだに機動部隊が残っている。戦力はほぼ壊滅しているにもかかわらず、だ。“統制者”や“異端者”、あるいは私のような存在の方が異質なんだ」

 

言い終わったサノが、さもつまらなそうに息を吐いた。その真意を伝えるように、言葉を続ける。

 

「“大いなる先駆者”は、人間をよく知っている。高度な意識と思考を持つことには、それが故の弊害がある。深海棲艦の直接指揮権を持つ“統制者”は、言いなりの駒にはならない私や“異端者”を嫌った。深海棲艦という、一つの種とでも言うべき我々が、自らの存在の探求と、他者との接触のために産み出したのが、私や“異端者”であったというのに。疎まれた“異端者”は狭い海域に押し込まれ、いつしか“イレギュラー”と呼ばれるようになった。一方で、“大いなる先駆者”直属であるが故に、難を逃れて、私は今ここにいる。何とも、面白いのか、面白くないのか」

 

自嘲するような笑みを漏らしたサノは、最後にこうしめる。

 

「ともかく、深海棲艦と和平や共存を望むのは、大きな間違いだ。“統制者”たちが人間との戦争を望んでいる以上、その実現性は極めて低い」

 

―――まあ、当然と言えば当然か。

 

それほど甘い話ではないのだ。

 

「・・・根本的なことなんだけど。なんであんたたちは、人間を目の敵にしているわけ?」

 

横から鋭い言葉を浴びせかけたのは、曙だった。その質問に目を瞬いたサノは、考え込むようにあごに手を当てる。

 

「・・・“統制者”がそれを望んでいるから、としか言いようがないな。正確には、“統制者”の命令の根幹となっている、初歩的な命令―――おそらく“大いなる先駆者”が出したであろうその命令に従って、深海棲艦は人類とそれに与する艦娘に攻撃を加えている。それ以上の考えは、持ち合わせていない」

 

それから再び、少しの間があった。

 

「逆に訊くが、なぜ艦娘は人類に味方する?なぜ深海棲艦を攻撃する?明確な理由はあるのか?」

 

「それは・・・」

 

珍しく、曙が言葉に詰まった。

 

「ないだろう。そういうことだ。つまり、そういうことなんだよ」

 

サノがジッと曙を見つめる。その視線を、曙は真っ向から受け止め、同じだけの強い意志を込めた瞳で見返す。

 

「・・・少なくとも、今のあたしは、あんたたちとは違う」

 

「・・・そうか。見つけることができたんだな、理由を。それが幸せなことかどうかは置いておいて、羨ましく思う。心から」

 

挑むような曙の言葉に真正面から対峙し、サノは頷いた。それから意味ありげに榊原の方を見遣る。その視線の意味に気づけず、榊原はクエスチョンマークを浮かべた。

 

「これはあくまで私の個人的な考えに過ぎない。そのことを、前もって言っておく」

 

榊原のクエスチョンマークには答えず、サノはさらに言葉を紡ぐ。

 

「“大いなる先駆者”に、人類と戦争をしているという認識はない。いや、あってもそのことが目的じゃない。人類を攻撃することで、“大いなる先駆者”は別の何かをなそうとしている」

 

「『何か』って何よ」

 

「それがわかれば苦労はしない。言っただろう、私は“大いなる先駆者”に造られた存在だ。その考えなど知り得ない。人類のことわざにも、『親の心子知らず』というのがあるだろう」

 

それとこれとは意味が違う気がしたが、あながち当たっている気もして、否定もできない。

 

「戦争は、一種の外交的手段だと捉えることができる。例えば土地や権利の獲得といった、外交目的を達成するために執られる、手段の一つだと。だが、我々は別に、そうした目的を持ち合わせているわけではない。土地も権利も資源もいらない。あるのは命令を遂行することだけ。最初に与えられた命令は、人類と戦って、海から追い出すこと。そして、反抗するものは、なんであろうと排除すること。今の私たちは、戦争を目的とした戦争をしている状態だ。絶対にあってはならない、下策中の下策に他ならない」

 

それでも、戦い続けるのか。だとしたら、その戦う理由は?

 

「“大いなる先駆者”にとっては、今のこの状態さえ、思い描いた通りなのかもしれないな。私から“統制者”、“異端者”、全てひっくるめて、言ってしまえば“大いなる先駆者”の駒なのだから」

 

普通の深海棲艦よりも、高度な意識と思考を与えられたサノも、その点に関しては何ら疑問はないという。戦う意味をひっくり返そうとは思わないという。

 

「お前たちと会う、という私個人の欲求は、必ずしも“大いなる先駆者”の思想に反しないと、私は判断している」

 

きっぱりと言い切ったサノの様子は、いっそ清々しいくらいだ。

 

「さてと、そろそろこちらからも質問をしていいだろうか?」

 

榊原たちが考え込もうとしている雰囲気を察知したのか、その思考を遮るようにサノが畳みかける。了承せざるを得ない。

 

「さっきも言ったが。なぜ、艦娘は人間と共に戦う?なぜ、人間は艦娘と共に戦う?」

 

意外な質問の内容に、榊原は思わず曙の方を見た。目が合った彼女は、ツイとそっぽを向いてしまう。仕方なく、榊原が先に口を開いた。

 

「つまらない正義感、だと思います。本当は人類の問題なのに、俺たちは彼女たちに頼りっきりだから。せめて、その隣で戦おうとする、そういうことだと」

 

「なるほど。都合のいい考え方だ。自分が満足するために、艦娘と共に戦う、と?」

 

「最初は、きっと皆そうだったと思う。でも、ある時気づくんです。うまく言えないけど、彼女たちの隣で戦う意味に。それを教えてくれたのは、曙です」

 

思い出したのは、身を盾にして仲間を守った、曙の姿。炎の艦橋で最後までたち続けた、華奢な少女の姿。

 

あの時。榊原は、心の底から、彼女の隣にいたいと願った。

 

「そういうものなのか」

 

榊原の話を聞いていたサノが、言葉の意味を噛み締めるように、二度三度と頷く。それから好奇心に満ちた瞳を、曙の方に向けた。

 

なぜか耳まで赤くなっている曙が、まるで叩きつけるように言う。

 

「さ、さっき言った通りよ!あたしは見つけたの、戦う理由を!だから、クソ提督の隣に立ちたいと思ってる!それだけっ!」

 

言い切った曙の視線が、榊原のものとぶつかる。瞬間、よく熟れたトマトのように赤くなって、曙は盛大にそっぽを向く。やはりその理由は、榊原にはわからなかった。

 

「そうか・・・そうか」

 

曙の意図を理解したらしく、サノは微笑を浮かべて首肯した。その目は榊原と曙を交互に見るが、腕組みをして明後日の方向を見てしまっている曙とは、結局視線が合わなかったようだった。

 

「最終的な答えは、お互いにまだまだ、といったところか」

 

「そうですね。答えを探しているからこそ、共に戦っているのかもしれません」

 

「人間というのも、艦娘というのも、難儀な生き方なのだな」

 

そう言いつつも、サノの瞳はどこか羨望の色に染まっていた。




はい、長い会話が多くてすみません・・・

サノにどこまで語らせるか悩み中ですが・・・あまり色々書く必要もないかと

次回でサノとの接触を終える予定です

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