前書きで書くことなくなったんだけど、どうするのさ日向~
瑞雲について語れば問題ない
・・・日向さんごめんなさい、この話では瑞雲の出番はなさそうです
榊原がパラオ泊地に着任して、一週間が経過した。
「よし!早速やってくれ、提督!」
威勢のいい摩耶の掛け声に、榊原は戸惑いの苦笑を浮かべて、横向きに構える。右手に意識を集中し、その先にある的に狙いを定めた。
「羅針盤回すわよ!」
見計らったように、榊原の狙いをつけた的が回転し始める。陽炎が『羅針盤』と呼んだそれは、表に書かれた文字が読めないくらい高速で回転していた。榊原は、そこに向かってダートを投射するのだ。
「パージェーロ!パージェーロ!」
摩耶が古いテレビ番組の掛け声で鼓舞する。榊原でも、見たかどうか覚えていないような番組のことを、一体どこで知ったのだろうか。
―――今!
ダートを手放す。右腕の振りによって勢いがついた小さな矢は、まっすぐに的へと飛んでいき、回転中のそれにきれいに突き刺さった。確認した陽炎が、的の回転速度を落としていく。刺さった位置を確かめるためだ。
やがて完全に停止した的の、ダートが刺さっている位置を、陽炎が読み上げる。
「午前十時。満潮、霞ペア」
それを聞き届けた二人の朝潮型駆逐艦娘は、呆れの溜息を吐いた。
ダーツに興じているパラオ泊地所属の面々だが、もちろん遊びでやっているわけではない。これも大切な任務の内だ。哨戒の開始時間と担当艦娘をランダムに選ぶのだ。『哨戒配置決め』と呼ばれるこのダーツは、深海棲艦にこちらの行動パターンを悟られないよう、苦心の末に編み出された方法だった。
と、言うのは摩耶である。
「ねえ、これってここまで大掛かりにやる必要ある?」
もっともな質問は、現在パラオ泊地で秘書艦を務めている曙からもたらされたものだ。
キョトンと不思議そうな顔をしたのは、若干二名の艦娘―――摩耶と陽炎だった。
「なんでだ?楽しいだろ?」
「ダーツじゃなくて、ルーレットにしてみる?」
「そういうことじゃないでしょうが」
パラオ泊地のボケとツッコミが決まった瞬間だった。
「さて、と」
哨戒部隊が出撃した後、ようやく段ボールが退出した執務室で、榊原はペンを取った。今日も今日とて、初期の山のような書類と格闘だ。それに午後からは、演習も行う予定だった。新米提督の彼には、やることがいくらでもある。
いくらか慣れてきたとはいえ、そのスピードはお世辞にも早いとは言えない。曙に叱咤されながらの毎日だ。
「哨戒記録の確認は、今日で終わりそうだな」
二ヶ月分の哨戒記録を精査している榊原が、手を止めることなく呟いた。引き出した折り畳み机―――秘書官机と呼ばれるようになったその机で、榊原と同じように書類を確認する秘書艦の曙も、それに頷いた。
「これで、溜まってた分は終わりそうね」
「そうすると、いよいよ泊地も本格稼働か」
「そういうこと」
工廠施設の完成は一週間以内であるとの報告も来ている。パラオ泊地も、ついにまともな運用ができるレベルになるのだ。
まあ、まだ寮施設は完璧とは言えないが。
「艦隊として動きだすんだから、クソ提督にも覚えてもらうことがたくさんあるわよ」
「・・・心しておこう」
曙は曙で、色々と考えているらしかった。
それっきり、二人黙ってペンを動かし続ける。時折、ぺらぺらと資料をめくる音が聞こえる以外は、これといって音はしない。今日の陽気は、扇風機を必要としなかった。
どれくらい時間が経っただろうか。
首の辺りに軽い凝りを感じた榊原が頭を起こし、コキコキと動かして時計を見ると、後十分ほどで十一時といったところだった。そろそろ、哨戒部隊が帰ってくる頃合いだろうか。
ちらっと、窓の外を見る。そこからなら、ギリギリ港湾施設が見えた。
そんなのん気な思考をぶち壊す音は、窓とは反対側の扉からやってきた。執務室の扉を蹴破らんばかりの勢いで現れたのは、息を切らした木曾だった。ただならぬ気配を感じ取った榊原も曙も、一瞬にして思考を臨戦態勢へと持って行った。
「何があった」
「奴ら、仕掛けてきやがった」
間髪入れずに木曾が答えた。一呼吸を挟んで続ける。
「満潮から緊急電があった。『敵艦隊見ゆ』だ」
戦慄が走った。
「摩耶と陽炎は?」
「待機室に集まってる」
待機室―――一週間前まで『警備執務室』だった部屋に、哨戒部隊以外の艦娘は集まっているらしい。
「すぐに行く。曙?」
「書類は取り敢えず片付けといた」
言おうとしたことを先にやっている、優秀な秘書艦に微笑む。執務室の扉を開けて待つ木曾に続き、二人も執務室を後にした。
「駆け足!」
木曾の号令に合わせて、普段はランニング厳禁の廊下を、待機室目指して駆けていく。二階の執務室から一階に階段を降り、開け放された待機室へ飛び込む。すでに険しい顔の摩耶と陽炎が、海図台にパラオ周辺の海図を広げていた。
「まずは、状況を」
開口一番、榊原は尋ねた。心得たとばかりに摩耶が頷き、海図の上に置かれた模型を指し示して、走り書きのメモを読み上げる。
「バベルダオブ島の北東、三〇海里だ。満潮によると、敵の編成は重巡一、軽巡一、駆逐四。偵察艦隊だな」
「威力偵察か」
「だろうな。潜水艦の接近が少なかったのは、こういうことか」
摩耶は、海図台に置かれた敵艦隊を示す駒をつついて、苦々しげに呟いた。それから顔を上げ、榊原を見据える。
「で、どうすんだ提督?」
改めて確認するまでもないことだが、榊原はあえて考えるように目を閉じてみせた。
―――さて、やりますか。
「もちろん、打って出る」
「そうこなくっちゃな」
摩耶の表情は、打って変わって挑戦的な色を帯びた。いつも通りの彼女だ。
「満潮と霞は、接敵を続けてる。砲撃を受けないギリギリで見張ってるように指示した」
「わかった。急ごう、全艦出撃だ」
彼我の戦力は同じだ。パラオ泊地全艦で出撃する必要があるだろう。
「それと、旗艦だが・・・」
当然、榊原も一緒に出撃する。艦娘は艦の操作に集中し、艦隊全体の動きは提督が指示する。そのための提督であり、榊原だ。
榊原は、もちろん摩耶を旗艦にするつもりだった。艦隊でもっとも大きく、通信設備も充実している彼女からなら、作戦指揮をとりやすいからだ。
が、榊原が摩耶を指名する前に、彼女が右手を突き出してそれを制した。
「あー、あたしはパス。そういうの柄じゃねえ。乗るなら、曙にしてくれ」
摩耶は旗艦指定を断ると言った。その場の全員が目を見開き、木曾だけはその片目を険しくした。
内心驚いた榊原だが、今は、細かいことを詮索する暇はない。いくつかの質問を押し殺し、代わりに横の秘書艦に尋ねた。
「曙、どうだ?」
小柄な駆逐艦娘は、じっと、何かを見定めるように摩耶を見ていた。表情からは、何も読み取れない。しばらく、ただ静かに摩耶を見つめていた。
やがて、小さく嘆息する。コクリと、確かに首肯した。
「わかったわ」
これで決まりだ。
「それじゃあ、行こうか」
榊原が軍帽の位置を改め、全員が姿勢を正す。ピンと一本弦の張ったような緊張感が、待機室に満ち満ちていた。
「パラオ泊地艦隊、出撃!」
これが、パラオ泊地の初陣だ。
「・・・まさか、摩耶に断られるとは」
曙が精神同調を終え、埠頭から離れるのを待つだけとなった“曙”の艦橋で、榊原はポツリと呟いた。左手に見える重巡洋艦は、すでに埠頭から離れだし、外洋へと出ていこうとしている。
気分としては、女子にフラれた感じだろうか。という例えは、あまり適切ではないなと自分で自分にダメ出しをして、苦笑いする。学生の思考が、まだまだ抜けきっていないみたいだ。
「無駄なこと考える暇があるなら、ちょっとは作戦とか考えなさいよ、このクソ提督」
演習諸々をすっ飛ばして、いきなり実戦指揮を経験することになった榊原を叱咤するのは、彼の教官である駆逐艦娘だ。普段のセーラー服に艤装を背負い、精神同調もすでに臨戦態勢となっている。
「作戦か・・・。ここは、セオリー通りに、だよな」
「今のあんたじゃ、教科書通りに艦隊を動かすしかないでしょうが」
「それもそうだよな」
ここで下手を打つ必要はない。経験のない榊原には、黒田官兵衛や竹中半兵衛のような軍略は、到底望めない。だからセオリー通り、堅実に。
「“摩耶”で重巡を押さえ、水雷戦で決着を着けるしかないな」
「でしょうね」
曙も首肯する。それ以外に取れる作戦は、なさそうだ。
「・・・出港よ」
迫りつつあるタグボートを確認した曙が、そっと告げる。榊原もそちらを見遣り、決意も新たに双眼鏡を握りしめた。
“曙”がゆっくりと動き出す。タグボートに押されて埠頭から離れ、少しずつ外洋へ。中天に近い太陽光が甲板を焼き、水平に保たれている主砲身を力強く輝かせた。
「微速前進」
埠頭から離れた“曙”の主機が、ゆっくりと回転を始める。タグボート上の港湾部員に手を振り、外洋を目指す。すでに出港した“摩耶”と“木曾”が、そこで待っていた。
『おーい、提督。聞こえてるか?』
頭上のスピーカーから流れてきたのは、泊地最大の巨躯を誇る重巡洋艦の艦娘からの声だった。榊原は曙からマイクを受け取り、スイッチを入れる。
「聞こえてる。何かあったか?」
『いや。作戦だけ確認しておこうと思ってさ』
「作戦は、これといってないな。セオリー通り、摩耶が重巡を押さえてる間に、水雷戦で決着を着ける」
『オッケー。満潮と霞は下がらせていいよな?』
「ああ。途中で合流するように言っておいてくれ」
『はいよ』
短い会話があって、通信が切れる。丁度その頃、最後になった“陽炎”が埠頭を離れて、こちらへと向かってきた。これで、泊地全艦の出撃が完了したことになる。
重巡一、軽巡一、駆逐二。ここに、現在接敵中の“満潮”、“霞”が加わって、全六隻の艦隊だ。敵偵察艦隊と戦力的には互角である。
「全艦集合したみたいね」
腕組みをして艦橋の外を見つめる曙が呟いた。そのきらめく瞳が、榊原を流し見る。「指示は?」と、そういうことだろうか。
「行こう」
彼女の視線に頷き、榊原はもう一度マイクのスイッチを入れた。
「摩耶を先頭に、単縦陣。全艦進発せよ」
「了解」の返信が重なり、榊原の指示通り、四隻の快速艦が“摩耶”を先頭にして単縦陣を組んだ。榊原の乗る“曙”は、“木曾”に続いて三番艦の位置につけた。羅針艦橋からは、単装砲の並ぶ“木曾”の後部甲板と、ほっそりとしたマストが見える。その向こうに、一際がっしりとした“摩耶”の艦上構造物があった。
「第一戦速に増速」
艦隊が速力を上げる。“曙”の主機も、さらに回転数を上げて、細くまとまった駆逐艦を加速させた。
確かな意志。そして誇り。頼もしい彼女たちの息吹を確かに感じて、榊原は余計な一言をマイクに付け加えた。
「暁の水平線に、勝利を刻め!」
戦闘は結局次回に持ち越し・・・
やっと艦隊戦か・・・胸が熱いな
話を追うごとに、戦闘をどんどん豪華にしていくつもりです
長門と陸奥で統制砲撃とかやってみたいよね・・・