パラオの曙   作:瑞穂国

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どうも、秋イベの準備が整いつつある作者です

マリアナ沖の戦いは、後二話くらいで畳みたく・・・畳めるのか

とにかく、今回も全力で砲撃戦、参りましょう


新型戦艦ヲ撃破セヨ

彼我の距離が縮まるのは、想像以上に早かった。

 

ル級改の発砲後も、“大和”は変わらず一八ノットの速力で接近を試みていた。バルバスバウの効果で巨体と速力の割りに小さいとはいえ、艦首では大波が生じて艦の後方へと流れている。航跡を引きずって、“大和”は海面を割いていった。

 

そんな“大和”の行く手を阻むように、極太の水柱が上がる。各砲塔一門ずつの交互撃ち方を続ける、ル級改の一六インチ砲弾が、弾着時に巻き上げる海水の塊に、“大和”の艦首が突っ込んだ。崩れた水柱はバラバラと“大和”艦首甲板に降り注ぎ、錨鎖や揚錨機を濡らす。

 

「距離二一〇!」

 

「艦隊逐次回頭、針路〇二五!右砲戦用意!」

 

噴き上がる水柱に負けじと、榊原が叫ぶ。“大和”の舵が利き出すにはそれなりに時間がかかるから、今から曲げておけば、回頭終了時に丁度二万メートルを割るという計算だ。

 

「取舵一杯!針路〇二五!」

 

大和が復唱、すぐさま舵が傾き始める。舵角指示器の針が、取舵側へと大きく振れていき、やがて一杯のところで止まった。それでも、“大和”はまだ曲がらない。艦はじれったいぐらいに、直進を続けていた。

 

ル級改の砲撃が再び降り注ぐ。その狙いは明らかに“大和”だ。今度も至近に一六インチ砲弾が落下して、爆圧が艦底部を襲う。

 

転舵の指示からたっぷりと三十秒ほどをかけて、ようやく“大和”の艦首が左に振られ始めた。艦橋の正面からほんのわずか左に見えていた敵艦隊の姿が、次第に右方向へと流れていく。その動きに合わせるようにして、“大和”の巨大な三連装砲塔が、鈍い駆動音を発しながら右舷を指向した。艦橋からは見えないが、艦橋構造物トップにある十五メートル測距儀も旋回して、ル級改を捕捉しているはずだ。

 

相対位置が大きく変化したからか、ル級改からの砲撃が止まっている。しばらくすると、あちらも面舵を切り、針路を変更した。どうやら、“大和”たちに同航戦を挑むつもりらしい。

 

「“金剛”、回頭完了!」

 

後続の高速戦艦も回頭を終える。

 

「距離二〇〇」

 

「本艦、及び“金剛”目標、敵戦艦一番艦。先に“大和”が撃つ」

 

次なる榊原の命令を受け、ル級改への諸元算出が急がれる。十五メートル測距儀では、三角測量の要領で彼我の距離が計測され、その他の各種データと共に射撃方位盤へと打ち込まれる。そこから算出された旋回角と俯仰角が各砲塔に送られ、いよいよその右砲が鎌首をもたげる。重々しいその動きには、言いようのない迫力と凄みが感じられた。

 

主砲発射を告げる、ブザーが鳴り響いた。

 

「撃ち方始め!」

 

「てーっ!」

 

榊原の号令、大和の咆哮。次の瞬間、艦の右舷に向けて、紅蓮の炎が沸き起こった。前部二基、後部一基の主砲塔から各一発ずつ、観測射撃用の第一射が放たれる。それでも、四六サンチ砲の発砲に伴う衝撃は、全幅三十九メートルにも達する“大和”の艦体を、横方向へと動揺させた。

 

「敵一番艦、砲撃を再開しました」

 

ル級改の艦上にも、砲炎が上がった。相対位置変更に伴う諸元の算出やり直しを終えて、再度の砲撃に踏み切ったのだ。

 

両者の砲弾が、巨大なアーチを描いて交錯し、それぞれの目標へと落下していく。

 

「だんちゃーく!」

 

“大和”に続いて砲撃を開始した“金剛”の砲声が収まる頃、第一射がその飛翔を終える。

 

ル級改の姿を覆い隠すようにして、巨大な水柱が上がった。数は三つ。さながらそそり立つ壁のようだ。

 

「全弾近!」

 

観測機からの報告を大和が読み上げると同時に、ル級改からの砲撃も“大和”に降り注ぐ。飛翔音が頭上を圧したかと思うと、“大和”を飛び越えて左舷側に水柱が現出した。

 

―――近い・・・!

 

視界を奪うほどの白い巨塔に、榊原は唸り声を噛み殺す。改flagshipと呼ばれるだけあって、練度は高い。

 

「修正完了」

 

大和はさほど動揺した様子は見せず、諸元の修正が完了したことを報せた。各砲塔中砲が仰角をかけられ、固定される。

 

「てーっ!」

 

第二射が放たれた。爆炎の中から一・五トンもの巨大な砲弾が飛び出し、彼方のル級改へと放物線を描く。

 

“大和”の第二射から十数秒を置いて、“金剛”も新たな射弾を放つ。“大和”より一回り小さい四一サンチ砲だが、右舷へ沸き起こる炎の量は凄まじい。

 

榊原は腕時計をチラリと確認する。秒針の動きを追えば、そろそろ弾着の時間が近いことがわかった。

 

「だんちゃーく!」

 

丁度その時、大和が主砲弾の到達を報せた。ル級改の手前に、先ほどと同じような水柱が生じる。マストの二倍はあろうかという巨大な柱が、天を突かんばかりに立ち上っていた。

 

入れ替わりに、ル級改の第二射が“大和”に襲い来る。今度も左舷に落下した一六インチ砲弾三発が海水を沸騰させた。距離は二、三百メートルといったところだろうか。

 

―――とにかく、撃つのみだ。

 

こちらは二隻に対して、相手は一隻。落ち着いてやれば、手数で十二分に圧倒できる。焦らず、いかに早く諸元の修正を終えるかが勝負のカギだ。

 

“大和”の修正第三射が放たれる。各砲塔左砲が咆哮し、艦橋の窓をビリビリと震わせた。揺れる艦橋に、榊原は足を踏ん張る。

 

『三救艦、これより戦闘に突入する』

 

清水からの短い報告が、スピーカーを通して聞こえた。お互いの快速艦艇たちもついに交戦距離まで接近し、その砲門を開こうとしていた。

 

“大和”とル級改、それぞれの第三射は、再び空振りに終わる。それから十数秒遅れた“金剛”の第三射も同様だ。各々の砲弾は空しく海面を叩き割り、海水を持ち上げる。

 

「修正急いで!」

 

射撃指揮所を急かす大和の声は、それでもまだ落ち着いていた。トラック沖での戦闘時とは明らかに違う。超弩級戦艦娘としての威厳や風格のようなものが感じられた。

 

彼女もまた、成長しているのだ。

 

諸元修正が終わり、第四射のトリガーが引かれた。砲身の中を滑走する間、砲弾は十分に力積を受け続け、またライフリングによって回転を付与されて、砲口から飛び出す。加熱した砲身から陽炎が立ち上り、黒いすすが付着した砲口から冷却水が流れ出る。

 

距離二万メートルでの第四射だ。すでに至近弾と言っていいレベルまで精度は詰められている。そろそろ、命中弾か、最低でも夾叉が欲しいところだ。

 

カチカチという秒針の音が、時を刻む。弾着まで、十秒・・・五秒・・・。

 

「だんちゃーく!」

 

四六サンチ砲弾の描いていた放物線が、海面と接触する。その成果は、果たして―――

 

「やりました!敵戦艦に命中弾一!」

 

大和が歓声を上げた。ル級改の手前、二本の水柱が生じている。その間から覗くように、艦上にオレンジ色の爆炎が上がるのを、榊原の目はしかと捉えた。

 

「次より、斉射に移行します!」

 

興奮気味に報告する大和に、榊原も頷く。押し切れ。その意志は、彼女にはっきりと伝わったようだ。

 

次の瞬間、ル級改の砲撃が到達した。水柱が上がる。それに混じって、後方から鈍い衝撃が伝わってきた。

 

「っ!」

 

確認するまでもない。“大和”もまた、ル級改の一六インチ砲弾を被弾したのだ。

 

これで、条件は五分と言っていい。後は、巨弾の応酬、ノーガードの殴り合いだ。どちらかが音を上げるまで、激しい撃ち合いが続く。

 

“金剛”の第四射は、再び空振りとなった。連日の戦闘が響いているのであろうか。砲撃が精度を取り戻すまで、もうしばらく時間がかかりそうだった。

 

斉射に備えた沈黙が支配していた艦上に、改めてブザーが鳴る。眼下に見える一、二番砲塔は、収められた四六サンチ砲全てを振り立てて、ル級改を睨んでいた。

 

ブザーが、止まる。

 

「第一斉射、てーっ!」

 

大和が声を張る。ほんの一瞬の静けさが、艦橋に流れた。

 

それまでに倍する轟音が、艦橋を包み、揉みしだく。あまりに大きな音は、瞬間的に榊原の聴覚を奪った。世界が音を取り戻す頃、砲口から飛び出した真っ黒い雲が、艦の前進に伴って後方へと流れていった。

 

「敵一番艦斉射!」

 

ル級改も斉射を始める。艦の前後で湧き起こった炎が艦上構造物を挟み込み、赤々と照らした。

 

彼我の砲弾は、すぐには到達しない。その間、加熱した砲身が下ろされて、冷却と次弾の装填が行われる。弾火薬庫から砲室に上げられた砲弾と装薬を、ちょこまかと動き回る妖精たちが、懸命に装填していた。

 

その作業が完了する前に、“大和”の第一斉射が飛翔を終え、ル級改の頭上から降り注ぐ。噴き上がった水柱のカーテンが、命中弾と思わしきオレンジ色の光に、内側から染まっていた。

 

戦果を確認する暇もなく、今度はル級改の砲撃が落ちてくる。甲高い飛翔音が次第に大きくなり、途切れたかと思った瞬間、後方から突き飛ばされるような衝撃が襲ってきた。主砲発射の時とは全く異なる激震だ。

 

大和がわずかに顔をしかめていた。

 

「被害報告!」

 

とはいえ、巨大な“大和”の被害を確認するには、しばらくの時間がかかる。集計された被害が報告される前に、第二斉射の準備が整う。

 

更なる咆哮に、艦が再び撃ち震えた。九発の四六サンチ砲弾は、物理法則にしたがった軌道を描いて、高空へと上っていく。

 

わずかに数秒後、ル級改も新たな射弾を放つ。斉射と斉射の間隔はおよそ三十秒。他の深海棲艦と変わりはない。四十秒を要する“大和”よりも、テンポの速い連続斉射が可能だ。

 

丁度その時、被害報告が上がる。被弾は計二発。いずれも後部のバイタルパート内に命中していた。損害は軽微。

 

「大丈夫です。まだまだ、戦えます」

 

大和は余裕のある笑みを浮かべていた。自らの装甲の強靭さを、わかっているのだ。榊原も、それについては身をもって体感している。一発や二発の被弾で、“大和”が音を上げることなどないのだ。

 

第二斉射は、彼我数秒の誤差しかなく弾着する。四六サンチ砲の水柱がル級改の姿を隠したかと思うと、至近に生じた一六インチ砲の水柱がこちらの視界を奪う。

 

観測機から、命中弾二の報告が入った。これで、“大和”が与えた命中弾は四発。対するル級改は三発。発砲遅延装置による散布界の縮小が利いているのかもしれない。

 

しかしながら、次なる第三斉射の発砲は、ル級改の方が早い。両者とも搭載する主砲の数が同じだから、手数の多さはル級改に軍配が上がる。

 

―――油断は大敵、ということか。

 

数秒遅れで放たれた第三斉射の轟音を聞き届け、榊原は艦橋に足を踏ん張る。砲戦は、まだ始まったばかりであった。




まあ、うん。手数の話したけど、金剛が加わったら榊原たちが圧倒的だしね。早く精度を取り戻していただきたく

一応、砲戦自体は次回で決着をつけたく思います

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