パラオの曙   作:瑞穂国

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どうもです

定期投稿を取り戻しつつあります

そろそろマリアナも一段落ですが、十一月一杯はかかりそう・・・


第二陣到着

パラオ艦隊第二陣のマリアナ到着は、二日目の夜が明けた、〇八三〇であった。

 

合流した三救艦の“摩耶”にて指揮を執る清水から状況を聞いた榊原は、“大和”艦橋であごに手を当て、思案顔になっていた。

 

「・・・気になるな」

 

榊原が気にしていたのは、二夜連続で襲撃を行いながらも、中途半端な戦闘のみに留めているル級改の存在であった。

 

マリアナを防衛していた戦力では、ル級改を撃破することは非常に難しい。やろうと思えば、ル級改は十分に、その艦砲をもってサイパン島を砲撃できたはずだ。

 

にもかかわらず、ル級改はそれをしなかった。第一夜は“比叡”を撃破した段階で戦闘を切り上げているし、第二夜に至っては“金剛”が砲撃を開始した時点で反転している。まったくもって意味がわからない、というのが正直なところだ。

 

ともかく、これを撃破するのは、塚原の率いる横須賀の機動部隊が到着してからだ。こちらは、今日の正午前には、艦載機隊の航続半径範囲内にマリアナ諸島を捉えるとのことだった。

 

『提督、索敵機の発艦準備が整いました』

 

榊原を現実に引き戻したのは、第二陣に参加している軽空母艦娘からの報告だった。“祥鳳”搭載の“彩雲”に索敵を命じたのは榊原である。

 

「私と“摩耶”からも出せます」

 

大和も付け足して報告する。こちらは足の長い零水偵を用いることになる。

 

「よし、発艦を始めてくれ」

 

「わかりました」

 

十数秒後、“大和”後部のカタパルトから単葉双フロートの機体が飛び出した。両舷に据えられたカタパルトを用いて、“大和”からは計四機が飛び立つ。“摩耶”からは二機だ。

 

一方、“大和”後方に控える“祥鳳”からは、次々と“彩雲”が発艦し始めていた。こちらは全六機。細く絞られた機体は、直線であれば戦闘機にも劣らないほどの速度を有する。索敵任務にはもってこいだ。

 

上空をしばらく旋回しながら高度を稼いだ索敵機が、それぞれに割り振られた方位へと飛んでいく。目標とするのは、敵機動部隊と水上部隊の捜索だ。

 

青空の中へ溶けていくその翼を、榊原は静かに見つめていた。

 

 

 

索敵機がもたらした報告に、パラオ艦隊はにわかに慌ただしくなった。

 

『敵水上部隊見ゆ。サイパンよりの方位一〇〇、距離五十海里。速力一八ノットで貴方に向かう』

 

ル級改が、再び現れたのだ。

 

―――間が悪い。

 

軽い舌打ちを噛み殺す。もう間もなくで塚原の機動部隊が到着するというのに。

 

来ないものを嘆いても仕方がない。榊原はマイクを取ると、マリアナ沖に展開するもう一隻の戦艦へと繋いだ。

 

「こちら四救艦(第四救援艦隊。パラオ艦隊第二陣の呼称)、“大和”。角田大佐、聞こえますか」

 

『よく聞こえてるよ』

 

相変わらずの陽気な声が返ってくるが、そこにはいささかの疲れが見えていた。現海域における最高指揮権を持つ彼女は、おそらくここ二日、まともに休めていないはずだ。

 

『打って出よう。サイパンの目と鼻の先で迎撃するのは、ちょっとリスクが高い』

 

「わかりました。砲撃戦の指揮は、自分がいただいてもよろしいですか?」

 

『・・・うん、そうだね。今の僕は、間違いなく判断力が落ちてる。実質的な戦闘指揮は、榊原君に任せるよ。責任だけは僕が取るから、安心して、大暴れして』

 

角田の言葉に「了解」と短く答え、通信を切る。次にスイッチを入れた時は、全救援艦隊に向けたものへと切り替えていた。

 

「一、四救艦を統合、指揮は榊原中佐が執る。二救艦及び“祥鳳”、“陽炎”、“満潮”は現海面にて警戒行動を続行。三救艦は四救艦に続け」

 

参加各艦から了解の返答があり、榊原が受け持つこととなった一、三、四救艦が大きく面舵を取る。進撃しながらの陣形変更は、慎重を期して行われていた。

 

『“曙”、前路警戒に着く』

 

言うや否や、“大和”の前に躍り出たのは、やはり“曙”であった。彼女らしい。鮮やかな舵取りでピタリと艦隊先頭に立った駆逐艦に、榊原も大和も、舌を巻くと同時に苦笑していた。

 

そんな“曙”を先頭にして、艦隊は複縦陣を敷く。左列は“大和”、“金剛”、“高雄”、“愛宕”。右列は“摩耶”、“木曾”、“霞”、“長波”、“卯月”。即席ではあるが、砲雷ともに強力な部隊だ。

 

もっとも、懸念がないと言えば噓になる。四救艦はともかく、一、三救艦はすでに戦闘を行っており、損傷のある艦が少なくない。

 

それでも、十分に戦える。榊原はそう思っていた。

 

丁度その時、接敵を続けていた索敵機から、追加の報告が上げられる。

 

「読みます。敵の編成は、戦艦一、重巡二、軽巡二、駆逐六。典型的な水上部隊ですね」

 

「それ以外に、敵艦隊見ゆの報告はあったか?」

 

「今のところはありません。これで全て、でしょうか?」

 

「・・・断定はできないな」

 

これで全てかもしれないし、まだ他にもいるかもしれない。

 

榊原個人としては、これで敵水上部隊は全てであると考えている。清水からは、昨夜の襲撃のうち、巡洋艦によるものは、敵艦隊の出現方位から機動部隊より派遣されてきたものである可能性が高いと聞いている。また、昨夜ル級改が現れた際には、随伴が駆逐艦三隻しか確認されていなかったとも。

 

それに、今確認された水上部隊の編成は、第一夜の戦闘時で撃破しきれていなかったものと勘定が合っている。これらから、マリアナ沖に展開する水上部隊は、報告に上げられたもので全てだと判断したのだ。

 

もっとも、確たる証拠はない。まして相手は、目的不明の行動を取るル級改だ。今までの深海棲艦の行動ロジックは、当てはまらないと考えた方がいい。

 

いずれにせよ、今の榊原たちにできることは、向かってくる目の前の敵を、全力で叩くことのみだ。

 

―――それに、確かめたいこともある。

 

心の中で呟く。まあ、その願いが叶う可能性は、極めて低いと言わざるを得ない。舞が語った通り、深海棲艦に意志があるのなら、尚更。

 

そんな榊原の思惑をよそに、索敵機が報せる両艦隊の距離は、刻々と縮まっていた。お互いに一八ノットを発揮する両艦隊の相対速力は三六ノット。五十海里の距離を縮め、砲戦距離に入るには、一時間と少ししかない。

 

「今回は、最初から徹甲弾ですね」

 

飛沫を上げる艦首を見下ろしながら、大和が言う。そういえば『IF作戦』の時には、最初の三射を三式弾で行うことになった。

 

「思う存分、撃ってくれ。大和ならできるってことは、俺が一番わかってる」

 

「・・・はいっ!」

 

榊原の言葉に、大和が元気よく返事をした。

 

やがて―――

 

「電探に感ありました!方位一〇〇、距離四〇〇!」

 

光よりもわずかに重力の影響を受けやすい電波の目が、その特性を生かして、まだ水平線の向こうに隠れたままの敵艦を捉えた。

 

「観測機発艦始め。三救艦、“高雄”、“愛宕”は先行せよ」

 

後甲板で準備されていた零水観が発艦を始めると同時に、清水に率いられた快速水上部隊が加速した。“摩耶”を先頭とした、三隻の重巡、一隻の雷巡、四隻の駆逐艦で編成された部隊だ。砲力こそ戦艦には劣るが、片舷投射可能な魚雷の数は実に五十二本(“曙”、“卯月”は魚雷を撃ち切っているため)。

 

今から先行させれば、三四ノットを発揮可能な彼女らは、丁度“大和”たちの砲戦が大詰めを迎える頃に、敵艦隊に肉薄できる計算だ。

 

「敵艦見ゆ!」

 

防空指揮所からの報告を大和が叫ぶ。首から下げた双眼鏡を、榊原は覗き込んだ。

 

空と海が一体になろうかという水平線上に、マストと思しき細いものの先端が見えていた。高速で接近しているからか、次第にその姿が大きく、はっきりとしたものに変わっていく。

 

艦橋トップの測距儀が現れる。塔のような艦橋が現れる。そこからは早い。水平線から突き出す艦橋が見るからにがっしりとした印象を抱かせるようになる頃には、それ以外にも多くの影が水平線上に確認できた。

 

―――あれが、ル級改か。

 

双眼鏡を目から離す。がっしりとした艦橋の下に、圧倒的な力を誇る戦艦がいることは間違いなかった。

 

「距離三五〇」

 

「砲戦距離は二〇〇とする」

 

榊原の指示に、大和がパチクリと目を瞬いた。

 

「二五〇ではないのですか?」

 

「ル級改に対して、“金剛”の四一サンチ砲が有効な打撃を与えるためには、最低でもそこまで近づかなければダメだ。それに、初速と突入角の関係から、深海棲艦の一六インチ砲は二〇〇でも“大和”の装甲を貫けない。であるなら、命中率を高めるためにも、接近するのが得策だ」

 

「・・・わかりました」

 

榊原の説明に、大和も納得したらしかった。

 

「敵巡洋艦部隊に動きはあるか?」

 

「いえ、今はまだ。そろそろ動きだすと思いますけど・・・」

 

「動いたら、俺に報告せず、直接三救艦に報せてくれ」

 

艦橋が高く、視点が上がる“大和”の方が、敵艦隊の動きを見張りやすい。向こうの動きを早く報せることができれば、三救艦も動きやすくなるはずだ。

 

敵巡洋艦部隊が加速したことを大和が報告したのは、彼我の距離が三万メートルを切った時だった。さらに、この時点でル級改も動いた。わずかに面舵を切り、“大和”たちの頭を抑えにかかったのだ。

 

―――まさか、もう撃ってくるつもりか?

 

榊原は身構えるが、すぐには何も起こらない。相変わらず、お互いに距離を縮めるだけだ。その主砲に砲炎が踊ることも、丈高い水柱が上がることもない。ただ、上空をお互いの観測機が飛んでいるだけだ。

 

新たな動きがあったのは、お互いの距離がついに二万五千メートルを切った時だった。

 

「敵戦艦、主砲旋回しています!」

 

すでに測敵も終えて、じっとル級改の動きを見つめていた大和が叫んだ。ル級改の艦上、三基の三連装砲塔が、のっそりと動き始めていた。横方向の旋回に、やがて縦方向の仰角も加わる。

 

彼女は、今まさに砲戦を始めようとしているのだ。

 

「このまま、距離を縮める!」

 

榊原が指示に変更がない旨を伝えた、次の瞬間。

 

ル級改の主砲に、めくるめく閃光が走った。さながら地上に現れた太陽のごとき火球が生じ、一拍後には真っ黒い煙となって後方へと流れていく。

 

三十秒ほどが経つと、大質量の物体が無理矢理に空気をかき分けて落下してくる、異様な音が聞こえてきた。その音が途切れた時、左舷に巨大な水柱が生まれて、少なからず“大和”を揺らし、その舷側に激しく水滴を叩きつけた。




これ、余裕で百話突破するな・・・

久々に大和が戦うということで、燃えて参りました

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